• 西洋美術史オタク、シャニマスのイラストについて考える

    2019-07-14 21:406

    先日、シャニマスで霧子の新しいサポートSRが出ましたね。
    その名も「我・思・君・思 幽谷霧子」
    果たしてどんなイラストでしょうか?








    遠っ!



    がっつりと大きく取られた背景の中にポツーーンと人がいる。たしかに印象的ですね。
    ……あれ? この構成、どこかで見たことがありますよね?



    そう。19世紀フランス・バルビゾン派を代表する画家、
    ジャン=バティスト・カミーユ・コローです!
    代表作「モルトフォンテーヌの思い出」なんか、人物の比率がほとんどそのままじゃないですか!!!!!!!!!!!!!!!!!


    シャニマスは間違いなくバルビゾン派の影響を受けている!!
    終わり! 閉廷!!!!!!!!!!!!!




    などという茶番をやるために筆を執ったわけではありません。


     シャニマスの絵、いいですよね。
     ぜんっぜんプレイしてないですがツイッターによく流れてくるのでなんとなく見たことあります。実際、ソーシャルゲームの文脈の中ではかなり新鮮だなぁ、と。
     だから必然的にいろいろな意見が飛び交うわけです。

    「シャニマスは美術作品」
    「シャニマスは現代美術」
    「これ最終的にアイドルいなくなるぞ」
    「ディレクションの違いでは?」
    「ユーザーの需要が変化したんじゃないの」
    「リミッターを解除しただけ」
    「デレステだって頑張ってるぞ」
    「ミリシタはもともと上手い」

     などなど。まぁ、各タイトル間違いなく影響は受けているでしょう。
     また、イラストの凄さに言及するブログ記事もいくつか上がっています。

    https://note.mu/kanohara/n/nfa805efc01f5
    https://note.mu/gamecast/n/nf5be39506bed
    https://me-scapes.tumblr.com/post/185309768179/shiny-colors

     オタクにここまで考えさせるシャニマス、恐ろしい子……!


     さて、私は趣味で西洋美術史を勉強しています。守備範囲はだいたい15〜20世紀のフランスを中心としたヨーロッパ美術。

     「シャニマスは美術作品」という意見があると書きましたがそれは大正解です。正確には、この世に現れた「表現」は全て否が応にも美術史の系譜の中に組み込まれ、美術作品として評価してもいい状態になります。なのでシャニマスを美術史的価値観で鑑賞することは何も問題ありません。

     というわけで、今回はコローに似たイラストも来たことですし、美術史オタクとしてシャニマスのイラストを見てて感じたことをメモっておこうと思います。

     昨今のアイマスイラストの進化について、考える助けになれば幸いです。



    ★構図〜人物の面積比〜

     シャニマスのイラストを論じる時に最も良く話題にあがるのが「構図」ですね。画面分割や三角構図など語れることはいくつかありますが、まだ手垢の少ない「人物の面積比」について見てみましょう。

     大変誤解されやすいので初めに断っておきますが、美術史という大きなくくりで見ればシャニマスの構図の取り方は特に珍しいものではありません。例えばメインの人物を画面端に寄せる構図は、早くは16世紀フランドルのピーテル・ブリューゲル(父)の作品に見ることができます。なので、斬新さに言及する時は「ソシャゲとして見た時に」というマクラが必要です。

     ソシャゲとして見た時に印象的な構図の例となるとやはり「メロウビート・スローダウン 三峰結華」でしょうか。ソシャゲはUIの都合などもありますから本当の一枚絵として論じるのは難しいのですが、それでもこれは思い切ってます。実際私も誰がメインかわかりませんでした。



     メインの人物をあえて端に寄せる構図は、例えばピーテル・ブリューゲル(父)作「サウルの自害」などに見られますが、より効果的、あるいは作為的に用いられているのはやっぱりトマス・ゲインズバラ作「アンドリューズ夫妻」でしょう。



     イギリスの画家ゲインズバラは「風景画家になりたいけど生活の為に肖像画を描いていた」という特殊なキャリアの持ち主です。なのでゲインズバラとしてはこれは風景画。アンバランスに描かれているアンドリューズ夫妻は完成品を見てどう思ったんでしょうか。

     画家がこういった構図を取る場合、多くは「どっちかっていうと風景のほうがメイン」ときが多いですが、面積比を極端にすることで自然と粗密の対比が生まれ、結果的に小さい面積で書かれた人物の方にも注目が行くというオイシイ構図だったりします。そう考えると、「メロウビート〜」も、画面から受ける暑さ、気だるさはアイドルからでなく主に全体の色合いなどから受ける印象ですね。「背景だけで何かを語れる」という自信の表れです。

     余談ですが、特にサポートSRにこういった構図の絵が多いことから、シャニマス的にはこういう構図は工数が少なくて済むんだな〜と邪推しています。


     構図関係でもう一つ。

     特にアンティーカのサポートアイドルイラストは、何人かが見切れたり後ろ姿になろうともメンバー全員が同じくらいの大きさでギュウギュウに描かれことが多い傾向にあります。意図的な画面作りであることは間違いないでしょう。







     逆に、同じメンバー数の放課後クライマックスガールズでは見切れはほとんど起きません。それどころかアイドルをデフォルメしたりかなり後方に下げてまで顔が入るようにしています。メンバーの身長はアンティーカよりもバラバラなはずなのに。





     絵画の世界では、同じ大きさ・情報量で描かれたものは同じような重要度を持っていると考えます。ここは難しいところで、「全員が同じ重要度」なのは全員が同じ大きさのアンティーカか全員の顔が入っている放クラのどちらなのか、迷うところです。ここらへんの判断はコミュをじっくり見た人に任せましょう。
     また、「街角フラワーガーデン 白瀬咲耶」のように他のメンバーが遥か後ろに下がっている場合、他のメンバーから畏れ敬われているという暗示かもしれません。エモい。

     「メロウビート〜」についても、鑑賞者が誰メインの絵かわからないんですから、この絵を描いた人=ディレクションした人は「誰がメインかわからなくても構わなかった」ということになります。なのでこのイラストは「三人が等価値である」というコンセプトで制作されていて、残り二人を冷えた飲み物に喩えることで「残り二人はこの三人とは違う」と区別しようとしている、と考えることができますね。

     こういった焦点のしぼり方の対比はバロック時代の肖像画に見ることが出来ます。
     17世紀フランドル地方のバロック様式を代表する肖像画家、フランス・ハルスとレンブラント・ファン・レインを比較してみるとよくわかります。





     この時代に流行した集団肖像画は全員を均等に描くというお決まりがありました。基本的に全員でお金を出し合って依頼するものなので、そうでないと不平等だったわけです。ハルスの「聖ゲオルギウス市民隊士官たちの宴会」(上)はそのお決まりに忠実に描いていますね。

     しかしアムステルダムの火縄銃組合の依頼で作られたレンブラントの「夜警」(下)は、あきらかに中央にいる隊長と副隊長に注目が行くように構図とライティングが調整されています。ちなみにその左側にいる女性はレンブラントの妻・サスキアという説があるんですが、何の関係もない女性が組合員よりも目立っちゃってるのでそこそこ不満が出たそうです。



    ★時間のずらし

     シャニマスの更に大きな特徴に「時間のずらし」があります。Catch the shiny tailのイベント報酬サポートSSR「風野署長の一日勤務回想録 風野灯織」を見てみましょう。


     なんと、フレームに入ったアイドルの写真「だけ」を映しています。回想録の名の通り「仕事が終わった後」の風景なんですね。
     今までのアイマスのカードはライブ中、撮影中、休憩中……と、「出来事のピーク」の華やかさを切り取ってきたわけです。しかしシャニマスのカードは時折、アイドルたちのピークでない「余韻」とか「過程」をイラストとして提示してきます。

     それが如実に現れているイラストのひとつがサポートSSR「かしまし、みっつの願いごと 大崎甜花」。


     初詣に向かうアルストロメリアの面々を描いています。しかし、同じガシャに実装されていたプロデュースSR「しじまに華ひととき 櫻木 真乃」はお参りで願い事をする瞬間をとらえています。プロデュースとサポートの価値の違いはありますが、少なくともこの時、シャニマスは出来事のピークよりもそこに向かうまでの過程に価値があると定義していた、と考えることが出来ます。
     Catch the shiny tailイベにおいても風野署長がサポートSSRだったのに対し、同じく報酬だった「アイムカミングスーン 八宮めぐる」はサポートSRですから、あながち間違ってなさそうです。

     この対比に、私はスペインのフランシスコ・デ・ゴヤ作マドリード1808年5月3日またはプリンシぺ・ピオの丘での虐殺」を思い出します。


     ナポレオン率いるフランス軍がスペインを侵略した際の光景を、ゴヤが取材を元に描いたものです。泣き叫びながら命乞いするマドリード市民と無機質なフランス軍の対比が恐怖を引き立てていますね。

     一方、この絵に影響を受けて描かれたとされるのがフランスのエドゥアール・マネ作「皇帝マキシミリアンの処刑」。


     時代が変わりナポレオン3世の支援によってメキシコ皇帝に即位したマキシミリアンが、大統領フアレス率いるメキシコ軍によって処刑される瞬間を描いています。

     ゴヤの絵からは無残に殺されていく運命の市民の痛ましさがこれでもかと伝わってくるのに対し、マネの絵のなんと平凡なこと。まぁ、マネを始め写実主義や印象派の面々はナポレオン3世に思うところがあったでしょうし、この切り取り方には彼への恨みのようなものを感じることもできるわけですが……。
     出来事の決定的瞬間を描くだけが絵画ではない、と思い知らされるいい例です。



    ★鑑賞者の立ち位置

     最後に。構図と被る話になりますが「鑑賞者の立ち位置」について見てみましょう。
     美術作品について考える時は作品そのものだけでなく「誰の・何のための作品か」も並行して考えます。芸術が鑑賞者なくして芸術たり得ないのと同じように、アイドルマスターのイラストにおいてもそのシチュエーションにおける我々の立ち位置は常に考えなければなりません。
     この点に注目してみると、シャニマスは「鑑賞者の立ち位置が極めて無秩序」ということに気づきます。これはサポートよりもプロデュースアイドルの方に顕著です。

     「バッドガールの羽ばたき 西城樹里」は、腕の位置からして鑑賞者=プロデューサーの視点から描かれていることは間違いありません。アイドルイベントでもこの絵はプロデューサーが樹里の腕を引っ張るシーンに挿入されています。



     しかし、「チエルアルコは流星の 八宮めぐる」はそうはいきません。水槽に映るこの角度のめぐるの顔を見ることができるのはめぐる本人だけのはず。つまりこれは「アイドルの視点」から描かれています。



     個人的に一番メチャクチャやってると思ったイラスト、「カトレアの花言葉 有栖川 夏葉(フェスアイドル)」雲やパンダなど現実に存在し得ないものが描かれています。ということは、「なんらかの媒体に載せるために加工された写真データ」ということになります。



     という具合に、シャニマスは特にプロデュースアイドルイラストにおいて鑑賞者の立ち位置をコロコロと変えることで魅力あるアイドルの一場面を演出しているのです。

     額縁という窓から景色をのぞく時、私達は望まずとも「その場にいる透明人間」となることがほとんどですが、時に画家は巧みなシチュエーション設定や画面構成で鑑賞者の立ち位置を操作することがあります。
     立ち位置操作の代表と言えば、ディエゴ・ベラスケス作「ラス・メニーナス」ですね。



     スペイン国王・フェリペ4世の宮廷の一室を描いたこの絵。中央にいる王女マルガリータが目立ちますが、目を凝らしてみれば画面中央やや左に小さな鏡が。ここに映っているのは、他でもないフェリペ4世と王妃マリアナ。つまりこの絵は、いままさにベラスケスの前で肖像画のためにポーズをとっている国王夫妻の視点から描かれているのです。

     前述の「チエルアルコ〜」にも同じ技術が使われています。この場合、鑑賞者をアイドル自身と設定することで我々という透明人間を消去しています。そうすることで純粋なアイドルだけの世界……つまり「孤独」をより強調している、と考えることができますね。

     この「鑑賞者の立ち位置」の設定、ミリシタ・デレステとシャニマスの違いを語る上での大きなポイントだと考えています。
     まず、ミリシタはグリマス時代から鑑賞者に「カメラマン・早坂そら」というアバターを与え、「カメラマンが見ることができる風景を描く」というルールを基礎に制作されています。当然オフショットなど「いつ撮ったんだよ」という例外はありますが、それでも「チエルアルコ〜」のようなアイドル視点からの構図は見受けられませんし、「カトレアの〜」のような特殊効果も人形や舞台セットとして描くことで「その場にある」という説明がされます。最近ではイラストとしての光の効果もレンズフレアなど「カメラから見えるもの」として描くことでうまく理由付けしています。



     一方デレステはかなりあやふやで、鑑賞者に確固たるアバターを設定していないため、カードごとにプロデューサー目線だったりスタジオのカメラマン目線だったり、あるいはいわゆる神目線だったりして、その点ではよりシャニマスに構造が近いです。しかしその「無秩序の秩序」ともいうべきカメラワークの自由さをシャニマスほど上手に使いこなしているカードが少ないため、残念ながら現状では付け焼き刃の後続という印象を持たれてしまっているように思います。




    ★存在の耐えがたい軽さ

     構図・時間のずらし・鑑賞者の立ち位置の操作に注目してみて感じたのは、「シャニマスは、『ある出来事のピーク以外で起きたアイドルの感情の動き』がイベントやガシャの報酬に値すると考えていて、かつそこにプロデューサーがいない状況を肯定している」ということ。
     言い換えれば、「アイドルがそこにいて青春してるなら、そこにプロデューサーはいなくてもいい」ということです。

     ここで重要なのが、アイマスにとって私達はパトロンでありお客様だということです。だからアイマスのメイン商品であるカードイラストは「必ず」私達の需要に応えるように作られています。
     だとするならば、「アイドルがそこにいて青春してるなら、そこにプロデューサーはいなくていい」と考えているのは他ならぬ私達自身だということになってしまいます。
     これ、アイドルと二人三脚でトップアイドルを目指すゲームとしてスタートしたアイドルマスターというゲームにおいてかなりの異常事態ですよね。プロデューサーの職務放棄みたいなもんです。

     アイマスの歴史の中で私達が変化していったならば、それは美術史的考察におおいに関係があります。なぜなら美術史は「変化」の歴史だからです。
     美術史の中には、美意識……すなわち「何を美しいと思うか」という価値観が文化圏レベルで変わる時があり、そういった価値観の変化を先導するムーヴメントを「美術運動」と呼ぶわけですが、新たな美術運動が興る時には一つでなくとも必ず大きな原因があるもの。
     だから今、ソシャゲという土壌でシャニマスのような表現が新鮮なものとして評価を得ている背景にはパラダイムシフトと呼ぶべき大きな価値の変化が起きた・起きているハズ。そしてその変化とは大体の場合「需要の変化」だったりします。

     私達の需要の変化について考えることでシャニマスの表現の意味がより深く理解できるなら、考えてみる価値はありそうです。

     いったいなぜ、私達プロデューサーの存在は希薄になっていったのでしょうか?



    ★特別な体験

     美術運動は基本的に現状を打破するためのカウンターカルチャーとして発生します。
     例えば18世紀の美術様式、ロココが生まれた背景には貴族の繁栄がありました。ルイ16世とマリー・アントワネットが収めるフランスにおいて、貴族たちは直前のバロック様式に見られる説教じみた教訓の示唆よりもより華やかで享楽的な絵画を求めました。しかしそんなバラ色の絵画も次第に下品だと蔑まれるようになり、更にポンペイの発掘による歴史ブームとフランス革命に向かう政治不信の高まりが重なって、時代はギリシャ・ローマ時代の精錬された美を礼賛する新古典主義へと移り変わっていくわけです。

     そう考えると、私達も不満にまみれた日常を送っていますね。
     高度経済成長やバブルの最中に私達の物質的欲求はピークを迎え、そこから徐々にモノへの欲求は衰退していきました。でも、人と関わる中で自己顕示欲を捨てることは難しいわけで……私達は家や車などに代わる、誰かに対して精神的なマウントを取れるものを探していました。
     そこに現れたのがソーシャルゲームです。私達は恵まれていますが社会で一番を取れるほどではありません。ゲームの世界はそんな私達でもそこそこ頑張れば一番になれる場所だったんですね。それこそシンデレラガールズが始まったころ、ソシャゲはどれもモノ重視=豪華さ重視だったと記憶しています。お金をかければけるほどアバターがド派手になってみんなホメてくれます。

     しかし欲とは恐ろしいもので、自己顕示欲というやつは「絶対に」満たされません。満たしたと思っても他の何かを見つけたら途端に不安になる。負けないように更に金をかける。そのループです。結果、華美になる一方のロココ美術が衰退したようにユーザー達も経済的・肉体的・精神的に疲れてしまいました。こうしてソシャゲ文化は現実と同じように、精神的な満足感=勝利以外の喜びを重視する時代に突入したというワケです。

     私がアイマス界で「あっ、みんな疲れてんな」と感じ始めたのは「サプボ」という単語が登場し始めたあたりです。確かデレアニのころだったでしょうか。
     小早川紗枝などの例外があるにせよ、ボイスは基本的に「選挙結果に対して与えられるもの」という認識でした。しかしいきなりアイドルにボイスが付いてしまったことでその価値観は崩壊し、頑張ることの価値がわからなくなってしまった。今ではシンデレラガールという「トロフィー」そのものが形骸化している……なんていう意見も聞こえてくるようになりました。まるでバブルだこりゃ。
     あるトロフィーの価値がなくなってしばらく経つと、人はまた新しく優位性を持ったトロフィーを求め始めます。しかし一度インフレを体験したプロデューサーは札束で殴り合うことの虚しさを思い知っている。

     だから私達のうち一部は「戦わない」ことを選びました。吉良吉影の言葉を借りるなら、「激しい喜びはいらない、そのかわり深い絶望もない、植物の心のような人生」を望んだわけです。
     でも、戦うことをやめた私達がアイマスで何を楽しんでいるんでしょうか。
     かなり抽象的ですが、多分「特別な体験」と呼ぶのが妥当だと思います。それまでは「勝つ」ことがオーソドックスな「特別な体験」でした。しかし、プロデューサー同士が交流したり二次創作が活発になるにつれて、特別な思いを得るためには必ずしも「勝つ」必要はないとプロデューサー達は気づいてしまった。だから「戦う」必要もなくなっていった。よりオンリーワン志向の強いアイマスが幕を開けたのです。

     しかしひとつ問題が。
     戦うことをやめてなお、私達はプロデューサーなのです。つまり私達がその場にいるだけで、アイドルは職業としての「アイドル」になってしまう。それでは「何かが起きてしまう」。だから私達は、戦わないことと同時にその場から消え去ることを選んだ。そうすることで、アイドル達が私達に見せない表情を眺めようとしている……と、そう解釈しています。

     シャニマスだけでなくアイマスの素晴らしいカード絵を見ていると、アイドルは「絵になる」のではなく「そこにいるだけで周りを『絵』にしてしまう」存在なのだと実感しますし、シャニマスのイラストに「何も起きていない」あるいは「何かが起きていた」瞬間のものが多いのはそういった意図があるのだと私は睨んでいます。何も起きていなくてもアイドルが居さえすればその場面は十分に特別なのです。


     シャニマスが「何も起きていない」瞬間を報酬と定義していると考えると、ミリシタとデレステとのシーンの切り取り方の違いも説明がつきます。

     ポチポチゲーとして始まったふたつのタイトルはプラットホームを変えてもまだまだ苦労の末の豪華さで射幸心を煽るモノ重視タイプのゲームですから、トロフィーたるカード絵は「アイドルの感情のピーク」を切り取ったものになることが多いのです。
     そこに空間の凪の瞬間を捉えることに秀でたシャニマスのイラスト手法をそのまま取り入れてもイラストとゲームのコンセプトに矛盾が生じてしまいます。ミリもデレも、それぞれのスタンスの中でどうにか新しい技術を取り入れようとしている……そんな段階なんだと思います。例えば下の「潮風の一頁 鷺沢文香」も、シャニマスで出ていたらおそらくこちらを向かずに本を読んでいたことでしょう。そこは優劣でなく、ゲームコンセプトの差です。



     私が「シャニマス優秀だなぁ〜〜」と思うのは、「私達が『私達は実は物質的な豪華さよりも精神的な満足感を求めている』ことに気づいた」ことにいち早く気づき、ゲームシステムとイラストに組み込む英断をしたというところです。
     「プロデューサー」という名前の呪いに縛られた人たちは知り合いにも沢山います。そういった人たちに勝利以外のトロフィーを指し示したシャニマスはやっぱりスゴイ。



    ★美術史オタクのまとめ

     私が初めて冒頭の「モルトフォンテーヌの思い出」をルーヴル美術館の図録で見た時、まるで画面から風に揺れる木々のざわめきが溢れてくるような気がして、無性に懐かしい気分になったのを憶えています。しかし、私はフランス北部にあるモルトフォンテーヌの森に行ったことなどありません。行ったこともない場所を懐かしむなんておかしな話ですよね。
     図録によると、「モルトフォンテーヌの思い出」の原題はフランス語で「Souvenir de Mortefontaine」というそうです。Souvenirは日本語の「お土産」「形見」「記念」に相当する、記憶をとどめるために残しておくものを指す単語です。
     コローはよく旅をする画家で、様々な地方を訪れてはスケッチや写真を撮り、自宅に帰るとそれらを参考に自分が見た風景を「思い出」として描き残しました。こうしてコローが「感じた」記憶のモルトフォンテーヌの森は、地球の裏側にいる私の鼓膜の中で今もざわめき続けているというわけです。

     本当に優れた画家は、自分が感じた(「見た」ではない)景色の「におい」を筆で画面に表現することで、私達に同じ感覚を伝えることができるのだ、とその時に学びました。

     そういう意味では、現行のアイマスタイトルの美術班はどれもその「におい」を表現できる技術を持っています。ただ、ゲームの指針、ディレクション、工数、イベントの収益目標など様々なハードルがゲーム開発にはあり、それぞれのタイトルに「あぁ、力を出し切れてないんだろうな」というイラストがチラホラと見受けられるのが現実です。

     Twitterに流れてくる意見を見る限り、皆さんは「それぞれのタイトルのイラストを比較する」という行為に抵抗を持っているようです。それはおそらく、力を出し切れていないイラスト、いわゆる「アラ」がバレてしまうことへの恐れでしょうか。しかし美術史オタクとして言わせてもらいますと、同時代の作品こそどんどん比較していくべきです。

     美術は、「美」という本当に存在するのかすらわからないものについて考える学問です。
    だから本当は美術なんて全員わからないんですが、それでも、美しいものがなぜ美しいのかという好奇心を源に手探りで穴を掘り進んでいくような、そんな一面を持っています。
     だから作品単体のみを手がかりに価値を考える絶対評価だけでなく、美術作品を当時あるいは前後の時代の作品や時代背景と照らし合わせることで「その作品は美術史の中でどのような立ち位置にいるのか」という相対評価を同時に下していく必要があります。自分の感覚のみを頼りに作品を評価しているようでは、美を論ずることは到底不可能です。
     大事なのは、「『比較する』ことと『優劣をつける』ことは全く違う」ということ。これさえ踏まえておけば、美術品の比較はとても楽しいはずですよ。

     そして本当に価値あるものに出会えた時は、嫌いなものを嫌いと叫ぶのと同じくらいに良いものだと認めていくべきです。なぜなら、アイマスにおける全てのイラストは、他でもないあなたを喜ばせるために作られているからです。


    ★シャニマスはどこへ行くのか

     最後に、美術史的な観点から「シャニマスのイラストは今後どこへ行きつくのか」を予想してみたいと思います。

    「既成概念を破壊する」
    「何も起きていない瞬間を描く」
    「ユーザーがある種の無気力に陥っている」

     という特徴は20世紀に生まれた「ダダイズム」という美術運動のそれに似ています。
     ダダイズムが生まれたのは第一次世界大戦中のスイス。世界全体を巻き込んだ戦争に無力感を覚えた芸術家達による戦争、武力への抵抗をベースに、無意識・無意味な美術を志し、それによる常識の破壊を作品のコンセプトとしています。やっぱり総選挙は世界大戦やったんや……。

     ツイッターなどを見る限り、「最後には画面からアイドルがいなくなるんじゃないか」と予想している方々が多いようです。確かに、遺留物や幾何形体で表現されるアイドルはなかなかエモいかもしれません。

     ……まぁ冗談にマジレスも野暮ですが、ダダの文脈で考えるとそれはあまり美しくないと思います。
     ダダは「理不尽」を 大事にしており、モチーフが孕んでいる「意味」の難解な組み合わせで鑑賞者の価値観を混乱させます。故に、そもそもモチーフのもつ意味を汲み取れないようなレベルにまで抽象化するとは考えにくいのです。また、実は我々の大部分はカードに対して精神的な充足感よりも先に「かわいさ=性=セッ○ス」を求めているので、画面からアイドルの肉体が消えることはなさそうです。

     肉体を保ちながら理不尽さを出す。実は、そんな表現を可能にする技法がダダイズムにはあります。「レディメイド」です。



     マルセル・デュシャン作「泉」で一躍有名になったこの手法。「レディメイド=既製品」の名の通り、「既製品(または少し手を加えたもの)をそのまま美術作品として展示する」というトンデモナイ手法で、デュシャン以降の美術を決定的に変えてしまった20世紀最大の問題作と言われています。

     既製のものを用いて、肉体をもったアイドルを表現する。
     これなら、なんかイケそうじゃないですか?
     ということで、ちょっと作ってみました。


     断言しましょう、将来的にシャニマスのイラストは、こうなるに違いありません!








    いかん、危ない危ない危ない……。

     





    ご清聴ありがとうございました。
    シラス.

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    というわけで宣伝の時間です。

    西洋美術に関するクイズ番組「美術探偵シラス.」
    今年の夏もやりますよ!


    「美術探偵シラス. 夏の美術館めぐりスペシャル」

    7/27(土)22時よりうちのコミュで放送です!

    ご興味のある方! ぜひとも起こしください! 問題も募集中ですよ!

    ↓企画用ブロマガ↓

    https://ch.nicovideo.jp/sirasusirasu/blomaga/ar1393031



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  • 稚魚、 #ミリオンライブSSR合同 の感想を書く

    2019-04-20 21:46

     桜も散りはじめ毛虫の季節もいよいよか、という今日このごろ。いろいろとプライベートも落ち着きましたので溜まっていたタスクを消化する毎日です。
     で、その一環で長いこと積んでいた同人誌を少しずつ消化しているのですが、つい先日、またひとつSS同人誌を読み終わりました。

     昨年末の冬コミで頒布され完売という素晴らしい結果を残したSS合同誌。

     そう。

     ミリオンライブSSR合同である。

     「面白いSSしか載せてません」というウリ文句、サイコーですよね。

     実は企画告知アカウントができたくらいの頃からウォッチしておりましてnoteの参加レポや主催エントリも読ませていただきました。村上春樹のミリオンSS見たかったなオイ。
     私は年末は実家で過ごしますのでビッグサイトへは行けませんでしたが、電子版が販売されるということで迷わず購入させていただきました。


     で、遅ればせながら先日読了しました。


     ええやんけ!!


     かなり面白かったです! 六作家六作品がそれぞれ一万文字以上の力作を寄稿しており、標準サイズの合同誌ながら内容の密度は想像以上に濃かったです。
     無料で公開されている作家様の初稿集+解説も読み終わりまして、溢れ出る熱意にあてられて思わず感想を書きたくなりましたのでこの度は筆を執ることとなりました。


     真剣に書きますよ、ええ。


    *******

    ●杏奈のはなしを聞いて
    作者:和歌山狭山

    ○あらすじ
    眠たい目をこすりながら望月杏奈がベッドから出ると、家の様子がいつもと違う……
    そう、ゲームのお供だったクッションがない。
    寄りかかる場所をなくして、なんだか収まりの悪いまま事務所に向かう杏奈。
    果たしてほんとに足りないものは何?

    ○感想
     いわゆる「ライナスの毛布」についての話。
     読み始めはアイマスSSによくあるドタバタ騒ぎにでもなるのかと思ってましたが、杏奈にとってその"毛布"がどれぐらいの重要度か、というところの設定がとても絶妙。話を魅力あるものにしています。あって当たり前、しかし無ければ無いで困らない……けど物足りない。絶妙に何も起こらないまま始まるこのSSは第一話に相応しいと思いました。

     また、杏奈のけだるげな心理描写もさることながら、福田のり子の生活感がたまりませんね! セルフレジでお金を借りるシーンが特にお気に入りです。この本を冬コミで買われた方はこの後のシーンで思わず鍋をつつきたくなったのではないでしょうか。

    ○この一行が好き!
    「目の前で家族のだんらんを見せつけられて、気さくな会話を聞かされて、その家の匂いがまとわりつく。温かくて甘い匂いに気分が悪くなる。」
    ※人の家の匂いって、なんというか、馴れ馴れしいですよね……。


    *******


    ●神の証明
    作者:並兵凡太

    ○あらすじ
    空白の家で生まれ空白のまま育てられ、自己すら持たない"私"を導いたのは、
    年端も行かぬ黒衣の娘――天空橋朋花。
    しかし"私"の信仰とは裏腹に、下劣な民に犯されて、主が地へと堕ちていく。
    "Domine Quo Vadis ?" 答えはすでに示されていた。
    人が神と出会う時。相応しき空は、晴れか、曇か、それとも嵐か?

    ○感想
     とある悲惨な事情から天空橋朋花を崇拝することとなった"私"が主人公です。
     タイトルからも分かる通りかなり宗教色が強い作品。"私"の一人称視点で話が進んでいくんですが、この"私"の独白のスピード感がとにかく素晴らしい! 下品な話ですが、まるで射精直前のような高揚感を保ったまま終わりまで突き抜けていく文章の勢いに興奮すら覚えました。

     余談ですが、こちらの作品は今回の掲載作品の中で最も初稿から変更された作品だそうで。初稿の方も読みましたが、確かにまるまるプロットから作り変えられており素人目から見ても物語の没入感がグイッと増していました。作品批評会の重要性はこの作品だけを見ても感じられると思います。

     ただ、本当に朋花Pの感情を揺さぶりたいのなら、もっと"私"の造形を彼らの、ひいては我々のものに近づけたほうがよりエグいものになったのかなぁとは思いました。
     明日は我が身です。くわばらくわばら。

    ○この一行が好き!
    「神が収まるにはあまりにも小さい器だと思った。彼女の偶像としての働きは私に感銘を受けさせるほどでそれを評価しこそすれ、しかしどこか残念な気持ちは拭えなかった。我が神にこの器は矮小だったということだ。」
    ※一段落まるまる好きです。衒学的な文章は良いですね。


    *******


    ●今、歩き出す君へ
    作者:wizard5121

    ○あらすじ
    最上静香は舞台の袖から望月杏奈を見ていた。
    ステージの上の彼女はまるで普段とは別人のように輝いて見える。
    十四歳の静香は不安を抱えながら新しいステップへ進もうとしていた。
    来週からは杏奈とのペアレッスンが始まる。
    最上静香に残された時間は、あとどれほどだろうか。

    ○感想
     アイドルらしくステージとその裏の奮闘を描いています。直前の話が話なのでギャップにだいぶ癒やされました。

     話の大枠は「ステージに向かうアイドルの葛藤」というアイマスのSSではよく見る主題ですが、さすが批評会を経ているだけあって、文体がしっかりとしてとても読みやすい。そのおかげか最上静香を生意気なアイドルとして描くという典型的な扱いも古臭さを感じにくくなっています。
     また、キャラクターの動作の描写が多く読んでいて場面が賑やかなのが印象的でした。プロデューサーが椅子でくるくる回ったり、杏奈がコタツで丸くなったり……。頭の中に動きが浮かぶからこそ心理の揺れ動きが映える、のかもしれません。

    ○この一行が好き!
    「ステージに立つ時は……アイドルの杏奈じゃないと駄目、だから……」
    ※杏奈が導き役であり導かれ役である、という構成が良いです。


    *******

    ●ぷっぷかぷりんは昼歩く
    作者:鶏口

    ○あらすじ
    麗花ちゃんは変だ。けれど今日はいつもよりずっと変だ。
    どうやら今日は「ルカク」を探しに行きたいみたい。
    いつもカワイイ茜ちゃんは、いつも麗花ちゃんに振り回されてばかり。
    麗花ちゃんを追いかけて、狭い東京を西へ東へ、不思議な旅のはじまりはじまり……。

    ○感想
     六話の中で唯一のハッキリとしたコメディです。

     作者本人の作品解説にもある通り、こちらに訴えかけるようなメッセージはほぼなく、ひたすら「北上麗花と野々原茜」の行動を書き続ける形。興味のままの飛び回りコロコロ場面転換していく文章はまるで北上麗花のコミュを見ているようです。765レーサーグランプリの北上麗花がこんな感じだった気がする。

     それでも、最終的に爽やかな終わり方を迎えるのは、なんだかCメロで泣かせてくるギャグ曲みたいですね。他の話が全体的に濃い味付けですので、その中にこういった作品があるのは安心できます。ちょくちょく腕がもげそうになる茜ちゃんに悲哀を感じざるを得ません。
     深いことを考えずに読める、そういうSSもあってしかるべきですね。

    ○この一行が好き!
    「以上、ルカクちゃんのショータイムでしたー! 皆様大きな拍手をー!」

    ※完全に予想外の展開でしたので、風呂で読みながら笑ってしまいました。


    *******

    ●特別じゃない夏の一日
    作者:だぶれ

    ○あらすじ
    「初めてのお付き合いの話を聞かせてほしい」
    星梨花の突然の相談に、馬場このみは苦笑する。
    友人の莉緒と酒を飲みながら、彼女は過去を思い出していた。
    このみの初めてのお付き合いは中学三年の夏だった。
    少し背伸びをしすぎた中学生の、どうということはない、よくある話。
    窓の外では、もう蝉が鳴き始めていた。

    ○感想
     「ほろ苦い失敗談」を中心に据えた話です。以前感想を書かせていただいたSSゴウドウボンといい、馬場このみは苦い過去を背負わせたら天下一品ですね。しかし今回のこのみの回想は、失敗談と呼ぶにはなかなかハード。それをスルスルと話していくこのみに綱渡りのようなスリルを感じていました。
     しかしそこはそこ、作者が着地点をうまく設定しているおかげで読後感は思いの外あっさりとしていて、それが逆に中盤のドロドロとのギャップで異様な空気を作り出しています。解説を読む限り作者の方はそこまで設計されていたようで。まんまと掌の上で踊らされてしまいました。

     私が特に好きなのは小料理店の描写。イカソーメンやノドグロといった酒の肴をかなり上手に心理描写に絡めています。きっとお酒が好きな方なのだろうと楽しんで読んでいました。

    ○この一行が好き!
    「ちょっと熱くなってきたかも。でも次に飲むの、地元のお酒でしょ」

    このみは煮え切らない顔になった。
    「ふーん、山口の時なのね。初彼氏」
    ※会話ですので三行で。この大人の掛け合いは私からは絶対に出せません。お見事です。


    *******

    ●Re/Princess
    作者:たう

    ○あらすじ
    徳川家の長女として生まれたまつり。
    その従兄弟である主人公は、まつりとのお見合いのため実家に呼ばれた。
    名家の血のしがらみから自由を手にするため奮闘する二人。
    「お姫様は、最後にかならず幸せにならなければならない」
    果たして彼は、プリンセスを魔女の呪いから救うことができるのか?

    ○感想
     合同誌の最後を飾るのは主催のたう様の作品。
     私はアイマスSSにおけるオリジナルキャラが結構好きなんですが、今作のオリジナルキャラ、姫を閉じ込める魔女役であるまつりの義理の母・徳川兎群(とむら)の造形が特に好みです。ケラケラと笑いながら主人公たちをあざ笑う姿は清々しいくらいの魔女。ケラケラ笑ってほしいなぁと思ったら本当にケラケラ笑ってました。

     ストーリーもコッテコテで下手するとただの茶番劇にしか映らなくなってしまいそうですが、それでも全体として読みやすく整っているのは、作者が「登場人物を与えられたロール通りに動かす童話のような読後感」というコンセプトに素直に従った賜物ではないでしょうか。

    ○この一行が好き!
    「寂しそうに言い放つ姿は、残念ながら魔女というより、ただの母親のようだった。」

    ※哀愁のあるオリキャラはいいですね〜!


    *******

    ★合同誌としての感想

     良かったですよ! この内容で千円は安い。

     主催ならびに参加者が意図したものかはわかりませんが、それぞれの話の根底には「幸福」というテーマがあります。
     登場人物たちは、ある時はチルチルとミチルのように身近な幸せを探したかと思えば、またある時は人生が変わってしまうほどの幸福のために魂を投げ売っています。そのような各々の幸福論をまとめた合同誌の最終話が「めでたしめでたし」で締めくくられるのはとても美しい。やはり主人公は(あらゆる意味で)救われるべきですね。

     また、本編を読んでいる段階から作家の皆様がSSというメディアに対して自分なりの「哲学」を持っていることがヒシヒシと伝わってきました。私は本編を読んだ後に初稿集+解説を読みもう一度本編を読み返したわけですが、それぞれの思惑がどのように文章に残りどのように削られたのか、その痕跡が見て取れるのはとてもワクワクします。
     「SSを作る」ということに真正面からタックルできる作家が集まりそれぞれが腕を振るった結果、ここに強烈な熱量を持つアンソロジーが生まれました。このような事件がミリオンライブという界隈で起きたことは他に誇って良い出来事でしょう。


     しかしそれ故に、文章以外の点をあまり褒められないのがとても惜しいです。

     まず、読み終わった後の一番の感想は「これ本にする必要あったんか……?」でした。
     確かにそれぞれの掲載作品は素晴らしいものでしたが、これらの作品を一つの合同誌に集める必要性はあまり読み取れません。なんだかポータルサイトで閲覧数順ソートかけたあとの検索結果を上から順に読んでいる感覚です。おそらく書籍の頭から尻尾までを通してのテーマ、一貫性が明文化されていないからだと思います。

     またデザイン面についても疑問が残ります。デザイン担当の方を責めるつもりはございませんが、始めて表紙を見た時はどっかの高校の文化祭ポスターみたいだなと思いました。高校の文化祭では面白いSSは読めませんよね。だから初めて表紙を見た段階では「本当に面白いんか、この本」と思っていました。

     これは予想ですが、おそらく主催と参加者が話し合った時間の大半は「掲載作品の質を上げる」ことに費やされ、肝心の「『SSR合同』という同人誌をどういう本にしたいか」という討論はほとんど行われていなかったんじゃないでしょうか。
     その結果、魅力あるコンセプトの合同誌にも関わらず、いわゆるアンソロジーとしては並の完成度となっています。普通は同人誌に対してここまでは求めないのですが、企画告知noteで大きく出られてしまうとそれなりのレベルを期待してしまいます。

     主催は作品解説の中でこの合同誌を「荒野に送るモールス信号」と例えています。つまり、挿絵や表紙の美麗さ、参加者の知名度ではなく話の面白さだけを求める読者に向けて作られた本だ、と。
     しかしその選民思想はnoteに書かれた『SS本はどうして読まれないんだ』という疑問の打破」と真っ向から矛盾します。残念ながら多くのアイマスユーザーはモールス信号を受信する器官を持ち合わせていません。そのような方々に受け取れる波長に変換するために美しい表紙や豪華執筆陣(笑)が存在するのです。

     「内容の品質を保証する」という発想は同人誌のコンセプトとして個人的に超好きですが、その一方で「同人誌のコンセプト、装丁、表紙デザイン、イベント前までのサンプル等の出し方は内容以上に同人誌の売上を左右する」という現実を無視することはできません。SSの添削にかけたのと同じくらいその現実に向き合い続けることが、界隈の現状を打破する一つのアンサーとなるのではないでしょうか。

     面白いSSしか載っていない合同誌は、それに相応しい姿を与え世に打ち出すべきです。今回寄稿された作家様六人はいかなる表紙イラストよりも魅力あるSS作品を書かれた六人です。きちんと読ませることができれば「表紙詐欺」などと言う人はいないでしょう。

     喜ばしいことに、第二弾の制作が既に始まっているそうです。もちろん買わせていただきますので、ぜひとも電子版を頒布していただきたい所存でございます。

    ******


     長々と綴ってきましたが、そろそろお開きということで。
     最後は今合同誌において最も心に強く残った、並兵凡太様の作品『神の証明』のファンアートで締めくくらせていただきます。
     お読みいただきありがとうございました。




    シラス.





  • 畜生、ミリシタ・シアターチャレンジ投票を振り返る #アイドル投票TC

    2019-01-29 21:0011


    ※注意
    このブロマガは畜生が書いています。



     つい先日、ミリオンライブ!シアターデイズ(以下、ミリシタ)では「キャスティング投票企画 The@ter Challenge!」なる企画(以下、TC)が行われました。ルールは以下のとおり。


    ●3テーマ15の役が用意され、『それぞれのテーマのキャストにふさわしいメンバーを投票によって選出しユニットを結成します』(イベントヘルプの原文ママ)。

    ●期間は12/19 0:00 〜1/19 23:59

    ●票数は一人最大765票(課金での入手分含む、期間中のイベントランキング報酬で変動)

    ※無課金ならだいたい200〜300票くらいもらえる感じ

    ●1位になったアイドルはゲーム内イベントに出る

    ●2つ以上の役で1位をとっても票数の多い役のみにキャスティングされ
    その他の役は2位が繰り上げ当選になる

    ●一定期間、アプリ内にコンベンションセンター(以下、CC)という掲示板が設営され
    プロデューサー同士の交流に使える

    ●役はそれぞれ

    孤島サスペンスホラー……主人公、友達、先生、館の女主人、メイド
    おとぎの国の物語……少女、妖精、魔法使い、オオカミ、旅人
    近未来アウトサイダー……ダスク、バスターブレイド、アマリリス、ベルベット、ファイナルデイ


    15役の出演枠を賭けて、今回はAS13人を追加した52人が競い合います。

     かつて2度行われたキャスティング投票の再来、しかも今回は参加アイドルが増えているのに役の数は据え置き。地獄にならないはずがありません。

    さて。知ってる人は知ってると思いますが、私はめっっちゃくっっちゃ性格が悪いです。
    正しく言えば

    「人々の思惑が絡み合って
    大きな数字が上下する様子を
    ハタから観察するのが大好き」

     なので今回の選挙はまるで荒れ果てた世紀末の荒野を眺めるかのような、恐ろしく厳しいイベントでした。

    というわけで、TA投票TB投票のブロマガと同じく私が楽しかったポイントを備忘録を兼ねた雑感としてまとめとこうと思います。ミリシタからのPも、グリマスからのPも、全然知らないPも、何が起きたかを知るきっかけになれば。


    *****


    ★ホットスポット考察

    畜生的に今回の見所だったポイントは以下のとおり。
    どれも書き記したくなる特徴的な活動があった役です。

    ●主人公…野々原茜
    ●館の女主人…二階堂千鶴VS水瀬伊織
    ●メイド…北沢志保VS高槻やよい
    ●妖精…周防桃子VS白石紬VS矢吹可奈VS春日未来
    ●旅人…永吉昴VS北上麗花VS三浦あずさ
    ●ダスク…如月千早VS真壁瑞希 
    ●バスターブレイド…星井美希VS高山紗代子VS福田のり子VS馬場このみVSジュリアVS舞浜歩VS最上静香
    ●ファイナルデイ…天海春香VS宮尾美也VS田中琴葉

    ※すべての数字を追いきれているわけではないので、一部史実と異なる可能性があります。
    ※どの役もドラマがあったのは承知のうえですが、全部書くとキリがないので特に興味深かったところだけをピックアップしています。


    ★みんなで流れりゃ怖くない!
    主人公…野々原茜



     今回、MVPアイドルをひとり挙げるとしたら間違いなくこのアイドルとなるでしょう。

     実は茜ちゃん、始めはDiscord内で主人公役と友達役、二つの候補が上がっていたそうです。そして意思決定のためTwitterアンケートを行った末に主人公役に決定。そのままスタートを迎えたわけですが、その結果は今さら私が説明するまでもないでしょう。

     野々原茜は今までのイベントでも決して怠惰だったわけではないんですが、熱心に企画を立ててもなかなかハネずに敗退……というパターンを繰り返してきた過去があります。苦汁を舐め続けてきた野々原茜、彼女が役を勝ち取る最善策が『島流しにする』だったなんて誰がわかるかって話です。

     また、プロデューサーたちの振る舞いも特徴的でした。
     2位が佐竹美奈子ということで油断ならなかったのも事実でしょうが、とにかく勝敗関係なく茜ちゃんが盛り上がっている様を素直に喜んでいたのはとても気持ちが良かったです。2位と大差がついているにも関わらず一斉投票を打っていたのも、純粋な祝福によるところが多いでしょう。
    『#茜ちゃん絶対島流しにするからね』という傑作ハッシュタグ以外にも書き残すべき部分の多い、まさしくMVPだったと言えます。

    ちなみに、#茜ちゃん絶対島流しにするからね というハッシュタグについては後日改めて個人的な考察ブロマガを上げる予定ですので、よろしければそちらもお願いいいたします。



    ★お嬢の言葉で話セレブ
    館の女主人…二階堂千鶴VS水瀬伊織



     茜ちゃんがMVPアイドルならば、千鶴CCはベストCC賞といったところ。イベント開始直後からお嬢様部と化したCCはあらゆる話題で期間中、常に笑いをかっさらっていきました。

     『担当Pは楽しんでる空気を出していこう! それが浮動票を得る近道!』というのはTAのころから言われ続けていることですが、狙って明るい感じを出そうとするのって結構難しく、気さくに振る舞おうとして失敗したPも数知れず。千鶴Pも過去2回の敗北を受けてただならぬ心境の人もいたでしょうが、それでも養殖モノでないネアカのニオイを、コロッケの香りとともに振りまき続けた千鶴コンベは他と一線を画しています。

    だって、千鶴CCの最初の書き込み、コレですよ?


    引用元:https://mokewo.hatenablog.com/

    ……勝てるワケねーだろ!!


     千鶴CCだけでなく全体を見通して興味深かったのが、コンベのスクショが非常に多く流れてきたという点。
     CCは52個あるわけで、他のアイドルのCCで面白いことが起きていても見に行く気力が起きにくい。そういった瞬間的な面白い事象を手軽に見られるCCスクショには2ch(5ch)まとめサイトのような役割があったように思います。ミリシタをプレイしてる人は全員スマホを持っているわけですから、スクリーンショットというデフォルトの機能だけで完遂できる拡散方法はかなり強力ですよね。

     伊織もASの中では決してP母数の少ない方ではなく、競う相手と戦い方次第では余裕で勝っていたかもしれないアイドルです。楽勝にならなかった原因を上げるとすれば、相手の立ち位置が時代と噛み合いすぎたという事でしょうか。

    108万票突破のことを税込みミリオンと表現するセンスはぜひとも身につけたいところです。



    ★まだ時間はあります。
    メイド…北沢志保VS高槻やよい



     北沢志保です。

     かつてTAの際にCCがモメにモメたことにより完全に『暴れ馬』の烙印を押されてしまった志保(というか志保P)はTBでも若干マイナスイメージからのスタートとなり、過去のイベントではどちらも役を逃しています。TAのころから畜生の名を冠するブロマガを書いてる者として、今回も注目していたのですが……。

     正直な感想として、もう過去の志保Pのイメージはさっぱり消え去ったように思います。無論、意見がまとまるまではそれなりに一悶着あったようで海外Pの参入によりようやく形になったようですが。

     3度目の正直として志保Pも並々ならぬ気概で挑むのかなーと思っていたらそんなこともなく、イベントが始まってしまえば他のアイドルと同様、比較的温和に活動していたように見え、ミリシタから参入したPの多さに感心するとともにグリマス時代と層が変わりつつあるんだなぁと感慨にふける所存であります。
     もっともここに関しては、2位のやよいが中盤で目に見えて失速し独走状態になって余裕が生まれたのも大きかったかも。もしもメイド役が、血で血を洗う接戦だったらどうなっていたでしょう? またしても、人間の汚い部分が露出していたでしょうか?

     『アイドルとプロデューサーは似る論』を支持する私としては、途中から目に見えて失速したやよいに油断せず誕生日一斉投票というファイナルトリガーをぶちかました志保Pは『やっぱり心配性なんだな……』とか思ったり。



    ★桃子谷にツムーミンがふる日
    妖精…周防桃子VS白石紬VS矢吹可奈VS春日未来


     序盤は桃子、可奈、未来の三つ巴の戦いとなった妖精役。特に桃子はTA、TBでも危なげなく役を勝ち取っている超実力派アイドル。今回は3冠を達成できるのか、多くのPに注目されていましたが、そこに突如現れたのがツムーミン……もとい白石紬でした。紬もTBで凄まじい爆発力を見せて探偵役をもぎ取ったアイドルです。


    ▲こんなカバにいきなり後を追われる立場となった桃子Pの心境やいかに。作者:SAKO氏(@SAKO_DYDO )

     しかし、紬界隈のネタの作り方やイジり方の速度をTBと比較するとややTBの幻影を追ってしまったフシがあるように思います。アレは交通事故みたいなもので二度三度起こせるものではない……ということでしょうか。

     さて、妖精役で一番書き残したかったのは、むしろ可奈VS未来の方。
     中盤に食い込んできた紬と桃子の戦いになったと思われた妖精役でしたが、実は水面下で3位決定戦として可奈と未来が、100票差以下という超至近距離で抜きつ抜かれつという壮絶なデッドヒートを繰り広げていました。
     妖精役だけでなく、少女役のひなた等、役争いから脱落してしまった後も投票を続けた界隈が多かったのが印象的でした。3位のアイドルがCDに出た前例はありません。しかし、ハッシュタグとダイマを諦めず、果敢に結果を残そうとした、というかイベントを楽しもうとした彼女達と彼女のP達に盛大な拍手を。



    ★バット、プリン、かばんにつめこんで
    旅人…永吉昴VS北上麗花VS三浦あずさ


     昴は過去2回、北上麗花はTBで役を逃し、あずさは初参戦……という異例の戦いになった旅人役。

     今回の昴、麗花、あずさ陣営はダイマ、一斉投票、ハッシュタグ戦略とどの点を見てもかなり上手く立ち回っています。一部でイザコザがあったくらいで正直ケチのつけどころがなく、畜生ブロマガとしては焦っています。
     特に昴は過去2回の経験を踏まえて界隈でかなり研究を重ねていたようですから、ようやく花開いたといったところでしょうか。

     この役で注目したいのは『#麗花サンタがやってくる 』という投票企画。
     他のアイドルに票をプレゼントするというとんでもない企画で、当然他のアイドルに投票とか頭沸いてんのかみたいな意見もあったみたいですが、無事に決行され大きな盛り上がりを見せました。

     私がこの企画に感動しているのは『新しいルールを作ったところ。
     キャスティング投票において私達が直接、アイドルに行える行動は『投票する』のみです。で、たぶん大多数のPが、自分の担当に票を入れてるんじゃないでしょうか。

     『担当じゃないアイドルに入れる』というのは界隈への反逆とも取られかねない行為なわけで、そこに『プレゼント』という新しい意味を与えたという点で、この企画は超スゴイ。
    勝負はいつでも、新しいルールを作る人が強いですからね。

     ただし、プレゼントした分の票があったら麗花は昴に勝てたんとちゃうかという意見ももっともなわけで、キャスティング投票って本当にすげーな!


    ★フロム・ダスク・ティル・ドーン
    ダスク…如月千早VS真壁瑞希



     今まで真壁瑞希は比較的危なげなく勝ってきたのであんまツッコミどころもなかったんですが、ついに書く機会が来たなぁという感じです。

     真壁、千早の両方とも準備期間にDiscordでダスク役での方針を固めており、開始からほとんどブレずに最終日まで進みましたので役移動はありません。

     真壁と千早の差についていろいろと考えるわけですが、決定的だったのは2つの陣営の『目標』だったように思われます。
     真壁瑞希Pは『勝負事が好き』というセリフを統率力の源というか旗頭にしていますが、千早Pは『千早が負けるのだけは耐えられない』というモチベーションで動く、まったく違う種類の戦闘狂です。同じ方向を見ていても、過程でなく結果に目が向いていた分、千早の刃のほうが深くハラワタをとらえたというところでしょうか。今まで自分たちがとってきた戦略を相手に返されるという最高にアツい展開に、ただただ立ち尽くすばかりです。

     そしてその統率力が直接投票力に変換されていました。無尽投票キサラギの企画名はダテではなく、いくらまくっても早歩きで追い越される票差に真壁界隈もかなり疲弊してしまったように思います。
     今回は珍しく一斉投票なんぞをしかけてみたんですがその感想としては、票差を埋めてモチベーションが上がったのと同時にうっすらと分母の底が見えてしまったきらいがあり、序盤の一斉投票はタイミングを図るのがメチャクチャ難しいと反省している所存です。

    いやぁ〜〜〜〜〜キツイっす!



    ★7本の剣
    バスターブレイド



     今回、一番の混戦を見せたのがバスターブレイド役。なんと、星井美希、高山紗代子、福田のり子、馬場このみ、ジュリア、舞浜歩、最上静香と実に7人ものアイドルが参戦するという異常事態に。AS参戦にも関わらず役数が増えなかった事による混戦は予想されていましたが、ここまで人数が増えるとは……。

     とにかく星井美希の活躍が光っていました。
     はじめはベルベット役を狙うも途中でバスターブレイドに転換した美希。バスターブレイドに行った理由が『勝てそうだったから』というのが素晴らしい。そしてベルベット役から去る時に『真君とは戦いたくないの』と言ってのけるも更に素晴らしい。ふらふらと一つところに留まらない姿に説得力を持たせられるのは、星井美希プロデュースの集大成といった感じです。役移動が少なかった今回の投票でのベストフットワーク賞は間違いなく彼女でしょう。

     そして、途中参戦した美希が1位に躍り出たことにより以下6人のアイドルが完全に燻ってしまったのも印象的です。特に紗代子、このみ、のり子あたりは大きな下手もなかったように思いますので、ニコマスの祖のプロデューサー母数をまざまざと見せつけられるまさしく世紀末な役でした。



    ★びっくりするほどディストピア!
    ファイナルデイ…天海春香VS宮尾美也VS田中琴葉
    (1/31修正)


     アウトレイジ軍の頭(ヘッド)役ということで、始めは春香と美也、その後に琴葉が参戦。閣下VS艦長VS総統という三国志みたいな戦いになりました。

     この役も戦術はけっこうオーソドックスで、一斉投票の駆け引きとかで勝負を繰り広げるタイプの戦いとなりました。特にTBで爆発力を見せつけた美也陣営のプレッシャーはハンパじゃない。春香Pはずっと胃をキリキリさせてたんじゃないでしょうか?

     ただし、この役でもっとも書き記すべきはCCの荒れ具合だと思っています。特に春香、琴葉CCはいまだかつてない程に微笑ましいやりとりが繰り広げられました。

     期間中、天海春香CCには『近未来アウトサイダーをASで埋めよう』という企画提案兄貴が現れ、アウトサイダーに参戦するシアター組アイドルのCCに役を譲るようお願いする等という愉快な展開に発展。書き込みのあとに他の春香Pが謝罪にくるなど、異様な空気を醸し続けました。
     イベント終了後もCCにてグループでのアンチ活動であったことを告白するものが現れるなど、今回のユーザー間のいざこざ、そしてASとシアター組間の対立を象徴するCCのひとつと言ってよいでしょう。


     そして田中琴葉CC。個人的に、今回いちばんひどい目にあったのは琴葉P…というより琴葉CCです。

     琴葉陣営ははじめ主人公役で進むことが濃厚でしたが茜ちゃんの台頭で役変更の必要性が叫ばれだし、話し合いの結果ファイナルデイ役に転換することになります。しかしこれに乗り切れなかった琴葉Pとの断絶が発生してしまい、ついに琴葉CCは12月末に意思統一のための『会議』を開くことになるのですが、その内容が

    ・誰もが自由に閲覧、発言できるCCで挙手制の会議を行う
    ・方針が固まるまで投票を凍結
    ・会議に規則があり、破り続けるとまとめ役に『最終通告です』とか言われる
    ・挙げ句、まとめサイトで晒されてハセカラ民をはじめとした荒らしが湧く

     という前代未聞の状況に。初めて噂を聞いたときは全盛期のイチロー伝説みたいな捏造だと思っていました。そしてその後の琴葉Pによる自由投票でファイナルデイ役が主人公役に抜かれる始末。美希とは異なり、方向転換に完全に失敗した例となってしまいました。

     琴葉CCで会議を取り仕切っていた方は、ぜひとも! ブログなりなんなりで、自らの行動を振り返ってみてください。
    きっと伸びますよ〜〜〜〜〜〜!!



    ★雑感もろもろ
    ・まず感じるのは、運営はイベントの、そしてユーザーの制御に失敗したのでは? ということ。
     アイドルのDiscordが乱立する状況で、投票イベントと同時にIDの紐づけすらないコンベンションセンターを実装したらそこに意見の齟齬が起きるのは明らかです。『そんなこと運営の知ったことではない』という意見も至極まっとうですが、混乱を予想しつつこのタイミングで実装したとしたら運営はなかなかのド畜生です。
     それとも、彼らの想像以上に悪質なユーザーが増えていてコントロールできなくなってしまった……とか?
     まさか、ご冗談! いっつも最高確認してる運営なんだから、そんなこと起こすはずがありません。でしょ?


    ・アイドルの役獲得に影響を与えないであろう票を『死票』と呼ぶことに強く反対します。 いつもこんなブロマガを書いていますが、こう見えて(他人を否定しない限りは)別に人の意見なんて気にせず入れたい所に入れりゃいいと思っています。こつこつと時間を作って手に入れた票にはそれぞれの思いがこもっているでしょうし、その思いはどんなものであれ、かけがいのないもののはず。


     しかし残念ながら、ランキングの順位や得票数の数字には我々が込めたパトスは一切反映されません。それ故、勝利に固執した一部のプロデューサーが『死票』という言葉を使う場面が散見され、目に余りました。
     あなたが彼らの票を死票と呼ぶならば、界隈において取るに足らない存在であるあなた方はさしずめ『死プロデューサー』といったところでしょう。

     数字を追うと感情は置き去りに、感情に重きを置くと現実に霞がかかる。アイマスの世界に長く横たわるこの葛藤がTCではより色濃く現れたように思います。感情を廃するなんて所業はどっかの畜生にやらせときゃいいんですよ。


    ・今回のボイスキャスト投票では以前ほどドラマティックな路線変更が起きずどうブロマガを書いたものか迷いました。

     票数や他陣営の動きを見ての駆け引きがボイスキャスト投票をシンデレラガール総選挙と差別化する魅力のひとつだと思っています。『見たい役に入れる』というボイスキャスト投票の方針とは反する戦術であること、路線変更が『敗走』ととられるような風潮になってしまったこと、が大きな要因でしょうか。もしもTCがこれまでのように抜き打ちのイベントだったらもう少し足取り軽く動き回れたのかな……と思うと、準備期間というシステムにも疑問が残ります。今後のルール改正に注目ですね。


    ・各アイドルのDiscordを眺めていて印象的だったのは、『対立』することについて積極的になれない界隈が存在するということ。
    確かにAS組には『先輩感』があること、『2連敗』『2連勝』のアイドルが出始めたこと等諸々の事情によりイーブンの戦いが難しかった感はありますが、それにしてもアイドル同士の対立をネガティブに捉えるか、もしくはあまり関心のない人が存外に多くビックリしました。

     なぜ、対立に上下関係を見出してしまうんでしょう?あなた方の大好きな『ライバル同士の少年誌的アツいバトル』に持ち込めば、いい勝負になった界隈もあったでしょうに。過去に名勝負を繰り広げた『オードリヘップ馬場ーンvsマツリンモンロー』のようなバトルは、お互いへのリスペクトの為せる技です。もっと相手のアイドルを称え合いましょう。我々に必要なのは大喜利ではなくラップバトルだ。

     それに、本当に対立を避けるなんてのは全員が桃太郎をやることでしか解決できませんし、ボイスキャスト投票はそういうシステムのイベントではありません。
    そういえばそういう教育を受けさせられた世代があった気がしますが、もしかしてその世代がこのゲームのメイン客層なんでしょうか?


    ・前回の投票で『ポジティブな空気』の威力を思い知った状態でのスタートとなったわけですが、その結果『楽しい雰囲気をどうやって出すか』と考え込んでしまうという本末転倒な思考に陥ってしまった界隈も見受けられました。楽しい空気って理屈で作るものではないはず。もちろんそのための土台作りは重要ですが。
     楽しむ術がわからないのならいっそ正気を失うまで血に飢えてくれたほうが票を入れたくなるというものです。


    ・とにかくハッシュタグが大量に作られたイベントでした。
     ハッシュタグがハネた時の威力はバカにならないという事実は界隈に十分に浸透したようで、企画立案と同時にハッシュタグも作られたり、一斉投票企画の名前がタグを意識したものに寄っていたりと各陣営のタグ戦術が眺められる心躍るイベントとなりました。
     ハッシュタグを作れば頭一つ抜けるという時代は終わり、今後のプロデュース活動ではその質やコンセプトを問われることになるでしょう。一層の研究を続けていきたい所存です。

     ちなみに、私のコミュニティの有志が集めたTC期間中に作られたタグリスト(36陣営、1200個ぐらいある)を公開いたしますので、各陣営のハッシュタグ戦略の参考に使っていただけましたら幸いです。
    集めてくれた紗代子P兄貴、本当にありがとうございます。
    https://docs.google.com/spreadsheets/d/1vRvgxEqBsmp5KWqRLfWKZl6VjRtMlh-GzNO8d07t-Rc/edit?usp=sharing


    ・今回はTCについての意識調査アンケートを実施していたんですが、その回答結果がなかなか面白かったので公開させていただきます。『アンケートに答えるくらい熱のある人』というバイアスはかかっていますが、かなり興味深い数字がでていますよ。
     特にQ11の自由記述欄のコメントは絶対運営に送れなさそうなものも含まれていますので、運営の皆様、ぜひとも次回のご参考に。

    アンケート
    https://creativesurvey.com/ng/answers/5da87ce9aaac64adeb09ff4639199d/

    スプレッドシート
    https://docs.google.com/spreadsheets/d/1LrdjkPuWAF8S9gFxyl4LPpf6DkTlrGdq7_60IUDJUUc/edit?usp=sharing


    ・以前よりも『現在の路線が自分の理想と違う』という理由で他人を腐すユーザーが増えた印象です。
     TAのころから言い続けていますが、あなたの意見が聞き入れられないのはあなたとあなたの表現に魅力がないからです。
    そういう人に限って『説得力がない』『愛がない』『アイドルのためにならない』という言葉を投げつけて最前線で知恵を振り絞り戦う者たちを否定するものですが、現実を直視しない限りあなたの意見はこれ以降TDからTZの間まで決して受け入れられることはないでしょう。
    ああ、こんな当たり前のことをわざわざブロマガに書くとは、私はなんて優しいんだろう。



    ★畜生の総括

    いやぁ最高のイベントでしたね

     あなた方の醜い罵り合いこそが最高のMVだということを一年ぶりに再確認致しました。
    これだからミリオンライブはやめられん。

     TAのころから総括記事を書いてきた人間として思うのは、キャスティング投票において全てのプロデューサーは間違いなくそれぞれの信念に基づいて行動しているということです。

     票をすべて担当アイドルにぶっぱなすのも、
     逆に界隈の意向に同意できず票を腐らせるのも。

     CCで楽しげにアイドルの愛を語るのも、
     逆に荒らしを目的に他アイドルを中傷するのも。

     見たい役を広めるためにファンアートを量産するのも、
     逆に投票先を求めてダイマ資料を要求するのも。

     担当と役への情熱をブログにしたためるのも、
     逆に匿名記事でユーザーを吊るし上げるのも。

     TCで起きた全ての事象の根底にはそれぞれの信念……というかミリオンライブというコンテンツに対する距離感が見て取れます。そしてそれこそが、我々がふだん『愛』と呼んでいるものの正体です。

     忘れてはいけません。
     愛の名のもとならば人はいくらでも大胆に、そして残酷になれるということを。
     そういう意味では、今回のTCは今までの投票よりも遥かに愛に溢れた』ものだった、と言えるでしょう。


    ******


     TCはまさしく『挑戦』の名に相応しいイベントでした。
     果たして、誰が誰に挑戦したのか? 最後に笑ったのは、泣いたのは誰か? 思いを馳せてみるのも一興でしょう。
     そしてそのドラマがあるからこそ、私はこのイベントが大好きなんでしょうね。


     そして、もし可能であればこの記事を読んでくださった皆様にも、担当アイドルの分だけでいいのでTC選挙の感想というか総括を書いていただきたいと思います。
     全てのアイドルの戦いは記録されてしかるべきだし、何より私自身全てを追いきれてはいませんので、なんとかして正しい歴史を知りたいのです。
     よろしくお願いいたします。


     そんでもって、エクストラコンテンツとして今後書く場所もなさそうな自分語りをさせていただきます。
     私の人生に興味のない人とはここでお別れです。
     ご拝読ありがとうございました。




    ******

    俺と真壁とガスマスク


     昔の事ですのでもはやご存知でない方も多いでしょうが、ガスマスク真壁という概念は2015年に私がこの界隈に投じたものです(元ネタはニコマスの装備、あべりかさんがカミングアウトするよりずっと前)。そして如月千早は私がアイマスにハマって最初に惚れたアイドルです。

     引っ越しも終え新生活に疲弊していたので今回ばかりは傍観を決め込もうと思っていたんですが、フタを開けてみれば……私のことなど知りもしないたくさんの真壁瑞希Pが、私が作り出した武器で、かつて私が惚れ込んだアイドルと戦っている。

    『瑞希のガスマスク姿、みてみたい!』
    『ガスマスク真壁とか意味不明。全く理解できない』
    『みんなで真壁瑞希をダスク役に! あべりかさんの夢を叶えよう!』
    『あんな似合わない一発ネタでゴリ押しするのは瑞希のためにならない』

     ……なんなんだよ、この状況は?
    期間中ずっと頭がおかしくなりそうで、その結果ものすごく中途半端な軍師ムーヴで首を突っ込んでしまったことを白状いたします。
    ガスマスク真壁が勝つところが見たいというエゴイズムが動機の、とびっきりクズなやつです。申し訳ありません。


     で。真壁瑞希は敗北しました。
    メチャクチャ悔しいです。なにより、真壁瑞希が負けたこととガスマスク真壁が負けたことのどちらが悔しいのかわからなくなってる自分に、しかもそれを界隈のせいにして納得しようとしている自分にとても腹が立ちます。


     上でも書きましたが、私が作り出した価値観を武器にそれなりの人数が奮闘した結果アイドルが役を勝ち取れなかったなら、それは私と私のコンテンツこそが、力と愛と説得力が足りない『軍師くずれ』そのものだったということ。ガスマスク真壁を好きと言ってくださった皆様、そして真壁くん。誠に申し訳ありませんでした。


     でも……。ほんの少し嬉しいのも事実です。
     『#ガスマスク真壁製作委員会』というタグは本来、たくさんの人に真壁瑞希のイラストを描いていただくために作ったもの。今回、ガスマスク真壁を『見たい』と共感する人たちによって、追いきれないぐらい沢山のイラストやコラが作られました。
     アンチも多いタグでしたが、3年前の自分が肯定されたようで泣きそうなぐらい嬉しかった。地獄のような一ヶ月は夢のような一ヶ月でもあったというワケです。

     埋め合わせになるかわかりませんが、私にできることは、真壁瑞希がなぜ敗北したかを反省し、さらに表現の精度を上げ、皆様が見たい役を真壁瑞希が演じてくれるよう努力することだと思っています。
     いやぁ……いつになっても難しいなぁ、アイドルプロデュースは。


    ******


     愚かな自分語りもこのへんで、そろそろお開きと致しましょう。

     それでは、総勢51名の愛しいほどのライバル様方。
     次回投票がありましたら、真壁瑞希Pは大いなる愛と、より強力な武器と、類稀なる足並みで必ずや真壁瑞希を舞台に返り咲かせますので、皆様どうかご覚悟を。

     シラス.


    P.S,



    いやぁ本当にわりぃわりぃ!