2020.06.25 The Last of Us Part IIを完走した日。 #TLOU2
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2020.06.25 The Last of Us Part IIを完走した日。 #TLOU2

2020-06-25 23:07
    注意:この記事には『The Last of Us Part II』のストーリーの詳細に触れています。本作をこれからプレイする予定の方は、閲覧を控えることをおすすめします。



    『The Last of Us Part II』を無事にクリアしました。プラチナトロフィーも取ろうと思っていますが、いまはクリア後の余韻に浸っています。気が早いけど、できることなら『Cyberpunk 2077』のようにPS5アップグレード版も出てほしい。

    『The Last of Us Part II』は、ゲーム的にもシナリオ的にも「Part II」…世界観をしっかりと引き継ぎ、かつ時系列も前作の続きである「正統続編」に感じました。前作の結末からどのように話が続くのか……創作にあたってのこの非常に難しいミッションに、Naughty Dogは真正面から向き合ってくれたのだと思う。ありがとうNaughty Dog。ありがとうSony Interactive Entertainment。

    ソルトレイクシティでの出来事


    前作『The Last of Us』をクリアしたあと、しばらくして思ったことがあった。ゲーム終盤、ソルトレイクにあるセントマリー病院に近づくと、エリーの表情が曇りがちだった。あのとき彼女はなにを想っていたのだろうか、と。

    旅を共にしてきたジョエルとの別れを惜しんでいたのかもしれない。

    「別れ」とは?

    エリーに課せられたミッションは、感染症のワクチン生成のために犠牲になることだった。自らの死と引き換えになることはファイアフライのリーダー、マーリーンから伝えられていたかどうかは分からない(覚えてない)けど、出発前にその可能性もあるということは聞かされていたかもしれない。

    一方、ワクチンのためにエリーを失うことを認められなかったジョエル。彼はファイアフライからエリーを取りもどし、病院を脱出した。手術を始めようとしていた医師と、マーリーンを殺害して。

    エンディングでジョエルはエリーに対して「嘘」をつく。セントマリー病院では他にも免疫保持者がいた。そしてファイアフライは免疫を作ることをやめたと。エリーはそのことに間違いがないかとジョエルに問う。ジョエルは嘘ではないという。それを聞いたエリーはこう答える。

    「わかった」

    この一言に込められた意味は深い。エリーはジョエルの話を完全に信じた上での「わかった」なのか。それとも半信半疑ながらも自分自身に納得させるために言った「わかった」なのか。それとも・・・。

    さあ、ここまで書いてようやく『The Last of Us Part II』の話に移ることができる。





    ジャクソンでの出来事(以下、閲覧注意)

    『The Last of Us Part II』のゲーム本編を少し進めると、エリーではない別の女性キャラクターを操作する場面が挿入される。「あぁ…チュートリアル用のキャラクターかな…?」と思ってたんだけど、のちにそれは大きな誤りであることに気づく・・。

    彼女は訪れたジャクソンの街で、感染者の集団に襲われる。危機的状況の中、ジャクソンのパトロール隊がやってくる。彼女はパトロール隊と共になんとか寝泊まりをしていた小屋に戻ることができた。

    一方その頃、同じくパトロールをしていたエリーたちは仲間の口から「ジョエルが行方不明」と聞かされる。ジョエルの捜索を始めるエリーたち。その過程でエリーは明かりの灯っている小屋を発見する。

    小屋に潜入したエリーは、目を疑いたくなるような場面に遭遇する。

    ジョエルが数人の部外者に拘束され、暴行を受けているのである。

    「やめて!」というエリーの必死の叫びも虚しく、ジョエルは屈強な女性に殴られ続ける。

    この女性こそ、「チュートリアルキャラかな?」と思っていた「彼女」であり、彼女と合流した「パトロール隊」というのが「ジョエル」だったのである。

    エリーはその後、仲間から救出される。しかしジョエルは帰らぬ人となってしまう・・。

    ここまでがプロローグ。この出来事をキッカケに、エリーは「ジョエルを亡き者としたあの場にいた全員を殺す復讐の旅に向う」という本編へ続くのですが、正直、ジョエルの死亡は全く考えてませんでした。公式トレイラーでは何度もジョエルが登場するカットが挿入されていましたから、エリーだけのソロプレイだとしても、それなりに出番があると思っていました。

    前作であれだけの大怪我を負ったジョエルが生還する場面を見てきてましたから、「そうは言っても最後の最後に『じつは生きてた!』っていう展開があるよね??」みたいな事も考えてましたが、甘かった。甘すぎた。。。

    ジョエルを殺害した女性の名前はアビー。彼女がエリーにとっての最大のターゲットだということになります。アビーが所属している組織があるとされるシアトルでの追跡。アビーの仲間を次々と殺害していくのですが……。

    プレイしていた感じたことを率直に言うと、「エリー、そこまでやるのか……」という感覚。目的のためなら手段を選ばない、時として鬼のような行動を取ります。だからこそこうした世界で生き残ることができたのでしょうが、恐ろしくも感じます。前作の「人肉を食べる集落」で集落のリーダー、ディビッドを滅多刺しにするシーンを思い出します。

    感情がリミッターを振り切ったときのエリーの凶暴性は、エリーだけが抱えているものではない、多くの人間が抱えているもののようにも思います。

    しかしその反面、時折垣間見える人間らしさ・・思わず嘔吐してしまうところとか・・に、エリーの複雑な内面を感じます。







    そうしたシアトルでのある日の夜、エリーが拠点としていた建物に予期せぬ来客が襲撃してきます。それはジャクソンでジョエルを執拗に殴り続け死に至らしめたアビーだったのです……。

    と、ここでまさかのプレイヤーキャラクターのチェンジ!!ここからはなんとアビーを操作してゲームを進めていくのです。実はアビーはガッツリと本編に絡んでくるもうひとりのプレイアブルキャラクターだったのです。

    『The Last of Us Part II』は、エリー視点とアビー視点、両方の視点で物語が紡がれていきます。この展開にも最初はかなり驚きましたが、わりと早い段階で「このシリーズであればゲーム的にもストーリー的にもメッセージ的にも、非常に重要な要素だ」と感じました。


    復讐の連鎖

    前作『The Last of Us』でのジョエルとエリーの旅に、僕は引っかかる点がありました。それは「見方を変えればジョエルたちは危険人物ではないだろうか」ということ。

    前作はジョエルとエリーの視点で物語が進んでいきました。遊んでいるうちに徐々に2人に感情移入していき、人肉食の集落やソルトレイクの病院からの脱出劇に胸をなでおろしたりもしました。

    しかし、集落の住民にとってみたら「平和な集落に突然現れて、コミュニティを崩壊に追いやったヤバい奴」でしょう。感染症のワクチンの完成を目指していたファイアフライにとってみれば「ワクチン完成を妨害された挙げ句、組織を崩壊に追いやったテロリスト」でしょう。

    「なんて穿った見方をしてるんだ」
    「あれだけの酷いことをエリーにしたんだ、当然の報いだ」
    「失いたくない者を守ることは当然じゃないか」

    これを読んだ方の中には、そう思う方もいらっしゃるかもしれません。もちろんそうした感想も間違ってはいないと思います。それにジョエルとエリーの旅をずっと追体験してきたのですから、彼らに感情移入するのも当然です。

    でも、前作では「もう一つの立場」を描くことがおざなりになっていたことは確か。「善悪」をはっきりと二分して語ることができないこのシリーズの特性をより明確にさせたのが、『The Last of Us Part II』での「プレイアブルキャラクターが2人」という仕様、構成なんだと思います。

    このあたりは『NieR:Automata』のCルート(エンド)・Dルート(エンド)に近いかもしれません・・・『The Last of Us Part II』にはEエンドのようなものはありませんが・・・だがそれでいい。





    アビーのパートを進めていく中で、彼女の素性がだんだんと分かってきます。彼女は元ファイアフライであること。そしてソルトレイクのセントマリー病院でジョエルに殺された医師は、アビーの父親であったということ。

    アビーは、父親を殺したジョエルへの復讐を胸に秘めていたのです。ジャクソンでその復讐を果たしたアビー。アビーのパートはその後のシアトルから始まります。

    完全にエリーとアビーは「表」と「裏」の関係になっています。時系列的にも。エリーの追跡劇の裏でどのようなことが起きていたのかが分かります。だから

    「あぁ・・この場所・・・このあと・・・あああぁ・・・マジか・・・」

    という感じになるのです。アビー視点はエリー視点と同じくらい周辺人物との関係性を掘り下げて描いてるので、思わずアビーに共感してしまう場面があったりするんです。このへんが上手いなぁというか、「敵だと思っていた相手の素性を知ってしまうと愛着が湧いてしまう」というのはいかんですよ。いかんです。揺さぶりがすごかったです。

    そして、アビーが新キャラクターであることもあって、彼女の性格もゲーム中でしっかり描いてくれています。見た目は非常に屈強な女性なんですが、ある場面で高所恐怖症という弱さが露呈します。こういったキャラクターの肉付けも手伝って、僕にとってはアビーも「愛すべきキャラクター」になりました。

    ゲームプレイについてもエリーとアビーで性能が異なっていて、アビーは前作のジョエルにかなり近い仕様になってます。「ジャンプができるジョエル」といった感じです。また、アビーと同行するキャラクターが幼い子どもなので、このあたりもジョエルに近いというか・・ある意味「もうひとつの『The Last of Us』」というふうにも感じます。

    アビーに同行する子どもは、アビーの窮地を救った命の恩人であると同時に、敵対する集落の住民でもありました。しかし集落を追われる身となっていたため、同じ目的のため行動をともにすることとなるのです。次第に心が打ち解け合い、反面アビーはもともとの仲間から裏切り者とされる立場に。

    もはや自分たちしか仲間がいない。

    アビーの最後はほんとに「The Last of Us」って感じが漂ってました。アビーも、戦いに明け暮れる日々に疲れ切ってしまったかのよう・・・。

    父親を殺されたことに対する、アビーのジョエルに対する復讐。
    ジョエルを殺されたことに対する、エリーのアビーとその仲間たちに対する復讐。
    仲間たちを殺されたことに対する、アビーのエリーに対する復讐。

    復讐が復讐を呼び、さらに次の復讐へと繋がる。復讐が連鎖していく様子が、見ているこちらが悲しくなるほどに描いてます。ゲームだからこそ、ここまで感情を揺さぶってくるのかな、と思ったりもします。


    復讐の終着駅

    この復讐の連鎖の結末はどうなるのか?
    エリーとアビーに決着はつくのか?
    『The Last of Us Part II』は最後に何を投げかけるのか?

    そう思いながら終盤をプレイしてました。エンディングを迎えて、いま思うは、「許すこと」が『The Last of Us Part II』のもう一つのテーマなんじゃないかな?ということです。

    許すこと。

    エリーはジョエルを許していませんでした。

    ソルトレイクでジョエルに病院から担ぎ出されたこと。ワクチン製造が不可能となったこと。病院で何が起きたのか、ジョエルが嘘をついていたこと。。。エリーは一人で病院に潜入し、何が起きたかを知ってしまったのです。

    それでも、ジョエルは「同じことをするだろう」と告げます。そんなジョエルを、エリーは少しずつ「許そう」としていた最中でのジャクソンでの惨劇でした。

    倒れ込むジョエルの姿はエリーのトラウマになっていました。

    アビーと決着を付けなくてはならない。


    いっぽうのアビーは、シアトルで同行していた子どもと、ファイアフライの痕跡をたどっていました。安住の地を求めていたのでしょうか・・戦いを求めてはおらず、仲間と呼べる仲間も同行者だけ。

    再びエリーとアビーが出会った時、アビーに戦う意志がなかった理由も伺えます。敵地から脱走していたわけですからね・・うんざりだったのでしょう・・。

    とはいえエリーは殺る気。アビーの同行者に刃物を向け、アビーを脅します。決着をつけようと。アビーはそれに応えます。

    ここでの最終決戦、エリー視点での戦闘なんですが、すごくいやだった。ほんと。エリーの気持ちも痛いほど分かる。でも、アビーの気持ちもわかる。

    決着を付けたくない!どちらも死なせたくない!

    それでもゲームは進んでいく。
    アビーのパンチを躱しつつ、攻撃を加えていきます。
    容赦ないエリー。しかしアビーも必死に抵抗を続けます。

    ついにアビーに急所攻撃を与えるチャンスが!

    ぼく、ここで急所攻撃をしないでいました・・・ほんとに嫌だった。アビーを殺さないとだめなのか?だめなの??やっぱり殺すの???

    一定時間がすぎるとアビーは体制を立て直し、再び戦闘が始まりました。

    あー、これは決着付けないとだめなのか・・・

    そう悟って、止めを指すためにボタンに手をかけました。

    エリーはアビーの溺死を狙ってマウントを取る・・手に力を込めるエリー、しかしその目には涙を浮かべて・・

    すると、エリーの頭の中で、優しくたたずむジョエルの姿がよぎる・・・・。

    エリーはアビーからはなれ、この場から立ち去るように告げます。エリーの手をジョエルが止めたのでしょうか。






    闇の中にいるときこそ、光を探して

    ものすごく重たいものを『The Last of Us Part II』から投げつけられた感覚のまま、この感想を書いています。いまでも思いを馳せていて、「そういえば前作を初めてクリアしたときも、こんな感じだったなぁ・・」って思い出してます。

    エリーのとって、ジョエルの存在がいかに大きなものだったのかが伺えました。

    物語の中でエリーとアビーは、最後までお互いに分かり合えることのないまま、その幕を閉じました。ただ、分かり合えなくてもこうして、それぞれの「復讐」にも終止符が打たれたのは、何かすごく印象深いものを感じます。

    最後の戦闘中にエリーの脳裏をよぎったジョエルの姿は、エリーが「病院での嘘」を「許し」始めたジョエルの姿でもあるんですよね・・・あのジョエルは「許すこと」のシンボルなのかもしれません。ただ、終盤のエリーを突き動かしていたものは、小屋で倒れ込むジョエルという「トラウマ」であって、それでアビーのもとにたどり着いたんだと思います。

    しかし最後の最後は、そんな「トラウマ」「恨み」の力ではなく「許すこと」で決着がついたのかもしれない・・・そう思ったりもします。そんなに単純じゃないとは思いますが、「欲望」とか「理性」とか、そういったものだけでは片付けられない姿を感じました。

    エリーにとってのジョエルは、探し求めるべき「光」なのかもしれない。


    賛否両論、当然のゲームだと思います。

    ただ、僕にとってはここまで重たいゲーム・・・押すことを強要されたボタンを、こんなにも押し渋るようなゲーム・・・MGS3以来なんじゃないだろうか・・・・。そしてこの結末は、嫌いじゃないです。

    ここまでのゲームを世に送り出すことができたNaughty Dogには本当に感謝するとともに、敬意を払いたいと思います。Naughty Dogは「アンチャーテッド」シリーズで【プレイする映画】を体現するかのような作品を贈り続けてくれましたが、『The Last of Us Part II』はそんなこれまでのNaughty Dogの集大成とも言える作品になっていると思います・・・ホントにすごいです。

    いやーーーもうだめだよほんと・・・命の重さと軽さが逆転するような演出はこっちの心を病んじゃうよ・・・・





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