とある不登校の番組を見た感想①
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とある不登校の番組を見た感想①

2019-06-30 23:00

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     ※当ブロマガは倉敷クイズ会某クイズ団体関係者の閲覧を堅くお断りしております。私はあなたがたに見下され、なめられ、自分が守る気のないモラルコードを上から目線で命令される為に生きている訳ではありませんし、書かれている文章やエッセンスをパクられる為にこのブロマガをやっている訳ではありません。即刻ブラウザバックでお帰り下さい。あ、別にこっちに対して見下したり敵対意識を持ってる人でなければ持ってってくれても構わないんですけどね。



     こないだNスペで『シリーズ・子どもの“声なき声”/第2回“不登校”44万人の衝撃』って番組やってたんだけど、まぁなんか思う事がたくさんあったよね。



     まぁ私も中3の時に1か月ちょいくらい仮病使って不登校だった時期があるんですよ。旧マホらん時代の日記に1回に書いたが、かなり前の事なのでもう1回言うと、中学生活ってとにかく息苦しかったんですよ。こないだのブログで高校時代はこんなにハッピー♪的なこと言ってたけど、中学時代は本当にキツかった。私が行ってた中学校の卒業式って卒業する3年生と見送る2年生だけが参加して1年生は参加しないんだけど、最後に体育館から正門までの道の両端を2年生でうめてみんなに「卒業おめでとうございます」って言われながら3年生が去って行くんだけど、2年生で送る役目をしてた時に「うわー。俺もあっち側(卒業生)に行きてー。明日にでも行きてー。こんな学校とっとと抜け出してーわー。」って思ってた訳。今でもその時の記憶はハッキリ覚えている。



     まぁ今風に言う「スクールカースト」に関しては、勉強もできない運動もできない身長も小学生よりも低い中学生だったので下っ端だったし(※勉強はともかく、運動できないのと身長が小学生並みに低かったのは先天性の成長ホルモン異常のせい)、同級生に関しては見下されてる部分もあるにはあったが、さすがに一線を越えたいじめは行われることはなく、いじり程度のかわいいものだったから別にそれは不登校の原因じゃなかったし割とこっちも受け入れてた。そして上級生に関してはむしろ可愛がってもらってたくらいだからイヤな思い出は特にない。問題は下級生。子供の頃の万能感もまだまだ色濃く残る第2次成長の時期で、小学校6年生から中学1年生になって、上級生は小学校出たばかりの自分らと比べると基本ガタイもよくて、昭和末期とはいえまだまだ昭和の頃の中学校なんで上級生はかなーり怖い存在だったし、上級生に刃向うなんて相当気合い入ったワルでもない限り出来ないんだけど、そんな中でこまい上級生がおるわけですよ。超弱々しいのが。まぁ私のことなんですがね。普通で考えたら自分の征服感を満たしたいが為に弱い上級生を見つけてチマチマ嫌がらせを繰り返すってどんだけ底意地の悪い話なんだ。そんなことをやっちゃいけないな。って話なのだが、自分の肥大化したプライドや征服欲。生の人間、しかも普段ペコペコしてる上級生相手に俺の偉大さを見せつけられる!これが俺の凄さやでぇ!所詮世界は弱肉強食!やってやんでぇ!が優先しちゃって、自分の心の弱さを受け入れられず、誰かを攻撃することで弱さを克服した気になってしまう。まぁさっきも触れたが小学校卒業したばかりだから、


    【他人の心の痛み<<<<<(越えられない壁)<<<<<上級生をいじめて自分の征服欲を満たす快感】


     これくらいの認識でしかなく、中学1年生の中でも特段目立つ要因もなく埋もれがちな人達に目を付けられるハメになる。(むしろ学年の番長クラスまで行くと「あんなの相手にせずにもっと上狙えや。」って意識があるのでそんなの言ってこない。)もう本当にめんどくさかった。こまい話を入れると相当な数の嫌がらせがあった。その中でも決定打が中学2年の時にあった事件。音楽室の前で友達を待ってたら音楽室近くのトイレに1年坊が4人居てこっち見てクスクス笑ってる訳。こそこそ笑う感じではあったが、被害妄想とかじゃなく明らかにこっち指さして笑ってたもん。さすがにヒドいしこれを許したら、こいつら更に調子に乗ってエスカレートするやろからさすがに怒って「おい、なんやねんお前ら!人のことコソコソ笑いやがって!」と怒鳴って殴りかかろうとするが、4人は廊下や階段を全力疾走で逃げ散らかし、バラバラになった後各々の教室に何食わぬ顔して戻りやがった。まぁこれだけでも中々腹の立つ話なのだが、翌日更にとんでもない展開を迎える。



     翌日校内放送で大々的に「2年●組MESH君。至急応接室に行くように。」などと言われ行ってみたら、昨日のガキ4名とそのオカン4名と私の担任教師1名が中にいた。「なんだなんだ?昨日の悪行を反省して親と一緒に謝りに来たのか?」などとクソのんきなことを思っていたが、まったく逆の話だった。「中1のガキ4名は何もしていないのに、上級生が何の意味もなく急に襲ってきた!上級生が下級生をいじめるなんてなんたることザマスか!」とババァ4人が襲い掛かってくる。事実確認を取る段なんて一切無し。100%善人の自慢の息子が1点の曇りの無い状態なのに急に上級生に襲われて、その上級生が完全に悪。これ以上ない悪。そんな相手側が勝手に決めた設定で4人のババァに怒鳴られまくる1時間。「いやいや待って、そもそもオタクらの子供が何もしてないって勝手な設定で話が進むってなんなん?」って言おうとしても「いやいや待って」くらいで4人がかりで食い気味で「いいから黙って聞きなさい!!!」とこっちの話を封殺した上で更に説教を始める。てかもう説教でもなんでもない。自分たちの設定した善と悪を事実確認も一切しないままババア4人が物理攻撃こそしないものの正義の棍棒をブン回し続ける地獄タイム。自分の未熟な攻撃性を「正義」でコーティングして一方的に吐露しまくった上に多対一、しかもひょろい中学生の私vs女性とは言え大人4人が悪と決めつけた相手の主張を一方的に封殺しながら弱って行く様はさぞかし快感だっただろう。私は45年の人生の中での地獄体験ベスト10に今でも入る心底辛い1時間だったが。尚、私の担任教師は応接室の隅っこで地蔵と化してた。



     あのね。もうね。涙も出なかったよね。訳わかんな過ぎて。ただただ4人のババアに言いまくられる1時間。旦那と上手く行ってないのか、姑のいびりがエグいのか、息子が自分が思った程優秀じゃなくて平凡すぎる子供にしか成らなかったストレスなのかわかんないが、とにかくいびられまくった。そして1時間くらい経ったあたりでストレスを全部吐き出せたのか。「まぁじゃあ本人も反省してるみたいだし、ここらで終わりにしましょうか。もうこんなことは二度としないでくださいね!」と最後まで大上段からの正義の棍棒を振り回しながらババア4人と元凶であるはずの中1の悪ガキ4名がイヤミったらしいツラでこっち見ながら去って行く。その後で私も悲しいやら未だに話の展開が腑に落ちてない混乱状態で応接室を出ようとした時に、さっきまでずっと地蔵だった担任(オッサン)が私の肩をポンポンと軽く叩きながら笑顔でこう言う。「まぁその、MESH、スマンかったな。」



     …………………………はあっ?!



     お前、事実確認も無く一方的に罵倒されまくったその不条理さを知った上で放置してたのかよ。アンタまじで何考えてんだ。ていうか普段何考えて教職をこなしてんだよオイ。多感な時期にこんなエグい仕打ちを受けてる生徒を放置とか何考えてんだよ。事実確認もせずに「事実確認をしよう!」という声も掻き消される最中でなんとなくわかってはいたけど地蔵て。許すまじ。もう30年以上経った話だが絶対許せない。



     まぁ、これが一番ヒドかった話かな。無論この1件に収まる話じゃない。自転車で買い物に出て油断して鍵をかけずにスーパーの2階の本屋に行ってから戻ろうと階段を下りてる時にさっきの話とは別の下級生が私の自転車の鍵を締めようとしてたりね。この時は私の1つ上の従兄弟が一緒だったので、その従兄弟が「おい何してんだ!」って言ってくれたおかげで、未遂で済んだがこの手のいやがらせがしこたま続いてた。その時の担任教師がアテにならないのはさっき書いた通りだ。彼らにとってはこんな認識だったのだろう。








     誰か1人だけが差別意識を強くもっていたって、そうそうこんなエグい展開にはならない。中学生とは言えさすがにそこはわかってる。たった1人が誰かを「あーアイツ生意気だなー」って思ってたって、誰かが同調しないと動かない。誰も同調しない状態でたった1人で誰かをヒエラルキー下層に落とし込もうなんてイカれたヤツはそういない(※その他大勢にターゲットとなる人の誹謗中傷をバラまいて、世論やクラスやその集団のその他大勢に「コイツは非道いヤツだから、正義の棍棒での攻撃無制限OK!」の認識を植え付けて無理くりヒエラルキー下層に陥れて、大上段からgdgd言いたいプライドが超絶肥大化した騒動屋については後で触れるのでここではカット)。じゃあこっちに悪意を持っていた中1のクソガキ4人が親には「僕らは何もしていないのに、上級生にいじめられた」と報告したのか。彼らの中にも「僕らは1年生で相手はどんなに弱々しくても2年生。目上として扱うのが常識だし、『弱々しい上級生なんてイジメの対象としか見えないよねーw』なんて言ったら親にも怒られるし、同級生にもハブられて、今度は自分がいじめられる」なんてことは一応ひととおり判ってはいるんだ。中学1年生にだって。じゃあ、なんでこっちには悪意を向けて、親には「僕チン何も悪くないのに上級生にいじめられたよー」と報告したのか。そこでこの図を見てほしい。








     私の力不足で立体的な図には出来なかったが、灰色の部分が公に認められてる「誰かが弱いからってよってたかってイジメをするなんて許されないことだよねー。」という領域。赤色の枠内が、クソガキ共が勝手に思っている領域です。灰色の部分の「私が2年生で何のトガなく下級生をいじめてはいけないし、1年生が弱々しい上級生を見つけてもいじめてはならない」と赤色の領域内の「それはそうとして、アイツ弱々しいのに上級生として扱うのなんてウザくね?それよりも外に出ない範囲で囲って上級生を手玉に取れたら俺らすごくね?ランクアップした感無くね?」っていう身勝手なダブルスタンダード。その身勝手さ、バレたら自分ら(中1のクソガキ共)が逆に世間から白い目で見られるのはわかってる。じゃあ、悪意全開でちょっかい出してた部分を無かった事にして、自分らの心が弱くて他人を攻撃しようとした罪をそっくりそのままいじめようとした上級生に転嫁させて、自分は100%無罪として、親に報告。子が子なら親も親なのかマンマと騙されて親にも子にもナブられて、担任教師も地蔵という地獄絵図が完成してしまった。はっはっは。



     まぁ地獄絵図の完成まではこんな所だが、私に悪意を向けまくった下級生の「勝利条件」についても触れたい。もちろんこういう地獄絵図の中で悪意を発した原因も見下される役目も全部押し付けて相手(私)が一方的ナブられた上に、自分らは無傷で純粋な正義マンとして1件が終わる。これもヤツらにとっては勝利は勝利だが、当初の勝利条件はそこじゃなかっただろう。彼らの勝利条件は多分コレ








     自分らの思い込みである「あいつ上級生だけど、見た目チョロいんだし俺らより下であるはずだよね。てか上級生を自分らの手下として扱えたら俺らスーパー中1じゃね?」と云うその悪意を少しづつ、少しづつターゲット(弱々しい上級生の私)に差し向けて、この歪んだ理想で満ちたヒエラルキーをターゲットに刷り込ませる。「上級生ぶってるけど、お前は実は無力で、俺らの手下なんだよ」ってのを多少時間を掛けてでも刷り込ませる。そうやっていくウチに相手の抵抗する力が段々弱くなって半ば受け入れた時点や、クソガキの味方になって、ターゲットを攻めることが当たり前だという雰囲気になって、そこが出来たら今までダブルスタンダードになっていた「途中でバレそうになったら『俺らは世間と同じ常識の範囲で動いていたし、100%善人だし、悪意なんて向けてないのに理不尽に上級生にいじめられた』という設定の赤枠を少しづつ取り外す作業」にかかっていく。元々は自分勝手な新造ヒエラルキーの構築だが、多対一で押し込んで、味方を多く取り込んで形勢が傾いていき、歪んだ思想のヒエラルキーであってもある程度安定すれば、教師なり外部なりその親からの意見も、「え?上級生なのに下級生にそこまで言われて何もできないなんてちょっと情けないよね」とか「もうコレ本人もその位置で安定してたら外野が何か言うのもなぁ…」「もうコレ本人も納得してないかなコレ。本人がイヤだったらこうなる前に手を打つでしょ」みたいな意見を言う輩も出てきて「公の意識」すらこの位置が安定していき、最終的には赤枠を全撤廃しても、自らが望んだ新造ヒエラルキーで大手を振って闊歩し、当初に望んだ「上級生を下層ヒエラルキーに押し込んで大上段から物を言いたい。てか上級生を手玉に取る俺ら凄くね?」が完成。これが真の勝利条件だろう。まだまだ抜けきらない子供の頃から引きずる「幼児性万能感」も満たされて最高の気分だろう。もっと言えば、下級生の言う「君はダメだな~。ここはこうじゃないか~w」に対して弱々しい上級生である私が「あ、確かにそうですね。やっぱ凄いですね。ありがとうございます」と敬語で言いだすようになったら完全勝利だろう。



     と、彼らの動機はおそらくこんなモンだろうと書いたが、多分こんな長文で書いた全てを胸の中で全て把握した上で行動に移してる訳ではない(ていうか、中学1年でそこまで自我がハッキリしてるヤツなんてまずいないだろうし、ハッキリしてた上で行動できてたらガチの悪人すぎるw)。動機の大半が「幼児性万能感から来る誰かを対象とした見下し」これが一番の原因だと思う。そしてそんな幼児性も残ったままでの第2次成長の時期として色々と知識も付いて知恵もわいてくる。そんな中で


    「弱い者いじめしたい」

    「俺は世間の凡百な存在を超えたGREATな人物であるはずだ」

    「でも、世間としてやっちゃいけないラインもわかりつつある」

    「無敵のヒーローとして、他人を正義の棍棒ブン回して屈服させたい」


     …等々の守らなきゃいけないルールやまだまだ肥大化した自意識や幼児性全能感、その中での自分の立ち位置の確認、「自分が正義という立ち位置からの他人フルボッコ」という欲望を叶える抜け道を懸命に探す卑しさと不遜さとの折り合い。その辺を叩けば簡単に壊れたり穴が開くような脆い壺の中でグツグツ煮え立った感情が正邪の区別もほぼ無くグッチャグチャになってるのが中高生(程度の差はあれ、いじめる方もいじめられる方も、その両方でもないほぼ全ての中高生)の心の中だろう。その中で集団の中で立ち回るのだが、まだまだ心の壺が不定形で脆い状態なので、自分でも「不当に他人を攻撃してる」なんて認識がない状態で攻撃してしまう事もどうしても出てくるし、それを受ける側に回る事もある。そんな中で教師や親や世間の監視の元で心の壺が段々固まって来て大人になっていくのだろうが、その途上で道を間違える例として


    ①「上級生だけど見下したくなる弱々しいヤツがいる」

    ②「そう思ってる仲間が他にいた。」

    ③「仲間同士で『アイツ上級生だけど生意気だわーw』『わかるわかる。上級生ぶってんじゃねーよって感じやわー』って陰口を言い出すのが当たり前になる。」

    ④「仲間がいるってことはそれは相手に少しづつ、でも相手にわかるように悪意を向けても大丈夫なんじゃないか?それで弱るアイツが見たい」

    ⑤「むしろどんどん見下していっても良くね?自転車の鍵を勝手に掛けて困らせたり、教科書やノート盗んでアイツ困ってもそれは正義の範疇だし、大丈夫大丈夫。」

    ⑥「そもそも上級生っていってもこんなに同意してる仲間が多いなら上級生だと思う方が間違いじゃね?俺達の方が絶対偉いって!」

    ⑦「なんでお前は上級生ぶってんの?弱いのに。お前は俺らより下の存在だろうが!認めろやオラ!(物理)」

    ⑧「死ねよバーカ!」


     幼児性全能感をブツける相手がいた。その価値観を共にする仲間もいた。その思いはもうどうにも止められない人がエスカレートしていく順番がこのあたりだろうか。⑦「なんでお前は上級生ぶってんの?弱いのに。お前は俺らより下の存在だろうが!認めろやオラ!(物理)」くらいまでのぼせた考えに至ったあたりだと、例え私がいじめを苦にして飛び降り自殺をして、遺書でいじめの内容をビッチリ書いていたとしても、身勝手な新造ヒエラルキーがクソガキ共の心の中でかなり定着していただろうし、賛同してくれる仲間も多くなってる段階だろうから「え?だってみんなそう思ってたし…、それが当たり前だと思ってた…」くらいの気持ちしか出て来なくなるだろう。



     かと言ってどこの時点で止めるのを見極めるのは難しいというかなんと言うか。とかの時点じゃ100%当人達の心の中だけの動きだからどうしようもないし、は当人達が鬱憤晴らしで言いあってて、対象の上級生の前ではちゃんと目上として最低限の礼を守っていればギリギリセーフってレベルの話。ただ、のあたりからもう公には絶対許されない領域に入ってくるのだが、さすがに⑤の「店に置いておいた自転車の鍵を勝手に掛けて困らせる」とか「学校の下駄箱に細工するとか靴の中に異物を放り込まれる」とかになって、こうやって文字列にすれば明らかに問題だろって話だが、じゃあ実際に起きました。現行犯で捕まえて誰が悪意を持ってイジメを図ったのか判る状態で教師に突き出せれば解決への道を近づこうというものだが、「こういう事が続発していて、他にもこういう人達いるから、報復が怖い」とか「下駄箱を開けて靴を取り出したらこの状態だったから犯人がわからない」とか「現行犯を捕まえて教師に突き出したけど、教師に緊迫感なんかなくて『こんなの下級生の可愛いいたずらじゃねーかw心を広くして許してやれやw』とか言いだすクソ教師だったり、現行犯の母親が数人で押し掛けて来て、加害者と加害者の母親の計10名くらいが被害者を一方的に加害者に見立てて責め立てていても担任教師が地蔵」とか諸々の問題が実際にある訳だが、ここでなんとか教師や親や地域で食い止めないと以降になると勘違いステージが取り戻せないまで進んでくる。もう増長なんてものじゃない。やっていい事とダメな事の区別が明らかに出来て無くなるし、で誰かが強く叱って「それはやっちゃダメなことなんだ」ってのを大人や周りが全力で教えないと、こんな歪んだ状態のまま大人になると一生間違った認識のままで生きることになるだろう。



     ここから自分の体験談から一般的ないじめ問題・不登校問題にちょっとづつスライドしていくが、基本的に人間関係って「基本ぬかるんだ土の上でみんなで生活してて、土が乾くことなんてあまりなくて、個人差や地域差は大きいけど雨もよく降る。そんな中で悪意の泥水や悪意の洪水に対して独りでどう対応して、集団でどう対応していくのか。」そんな世界だと思ってるのね。大人であれ子供であれ。で、人間である以上、誰もが自分の中に正義もあるし悪もある。身分的な上下関係も、心理的な上下関係もある。そしてその基準も人によってマチマチだ。その人の経験のアリナシだったり頭の良し悪しだったり勘の良し悪しだったりではあるが、一応「人によって誤差はあるけど、大体こっからここまでは世間一般としてはOKな範囲だよね」という共通認識の元で動いている。で、そんな中でみんな「ここまで相手をいじっていい(悪意の泥水掛けてもいい)。逆に相手からもいじられてもいい(悪意の泥水掛けられてもいい)。」みたいなラインを探り探り、誰も傷つけず誰も傷つけられない優しい世界の中で生きて行きたい。とりあえずみんなそう思ってる。ただ、そこにバグが発生しやすい。そういう磁場かどうかもあるが、この手のバグは発生しやすい。全員がそんな優しい世界を願っていても自分への設定ラインや相手への設定ラインが人によって違うからバグが発生する。大人同士のやりとりだって万全に機能させるのは至難の業なんだから中学生や高校生なんてもう本当に簡単に発生する。自我の固定もままならず、どんなに頭が良かろうが悪かろうが、自分が経験したり、読書やTV鑑賞や親兄弟や誰かしらの話を総合させてそのラインは自分の中で設定するんだけど、子供の設定ラインなんて基本デタラメだよね。



    ただ、ここで文字数もいっぱいいっぱいになってきたので、この続きは次回のブロマガにて。



     次回につづく。


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