とある不登校の番組を見た感想②
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とある不登校の番組を見た感想②

2019-06-30 23:10

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     ※当ブロマガは倉敷クイズ会某クイズ団体関係者の閲覧を堅くお断りしております。私はあなたがたに見下され、なめられ、自分が守る気のないモラルコードを上から目線で命令される為に生きている訳ではありませんし、書かれている文章やエッセンスをパクられる為にこのブロマガをやっている訳ではありません。即刻ブラウザバックでお帰り下さい。あ、別にこっちに対して見下したり敵対意識を持ってる人でなければ持ってってくれても構わないんですけどね。



     前回のつづきです。基本ぬかるんだ土の中で生きてるだけでもツラいし、悪意であれ善意であれどっちでもないものであれ雨は降ってくる。10代なら尚更よく降る。親もうるさいし、教師もうるさいし、常に学校の中で学力・体力でランク付けもされる。ヒエラルキー(学校カースト)で今いる階層から落ちたくない恐怖もある。将来に対する不安もある。恋愛だったり友人関係だったり部活が厳しいとか、もうイヤんなるくらいの雨が降る中で、自分の立ち位置とか、他人への気配りだったり、ヒエラルキー下位への蔑視対応とか、揉めたり揉めなかったりしながら自分の中の「正義の側でありたい欲望」「他人を抑え込みたい欲望」「イジメはよくない事だよね」とか「差別とかはあってはならない事だし、慈愛と正義って大事だよね。思いやりって大事だよね。」みたいな清も濁も区別つかない状態になってる心の中の感情の折り合いを付けなきゃならない訳だが、多数派の人達の価値観に合わせて全体として生きて行かなきゃならないんだけど、どうしても100人居て100人が不満を漏らさない集団なんてまずありえないし、どうしてもその中で誰かをヒエラルキー下位層に押し込んで優越感に浸りたくて仕方がない人と、ちょっとしたきっかけでヒエラルキー下位層に押し込まれる人達と、大して深い考えも持たずにその場の流れに流されがちな人ってのが出てくるのね。



     例えば、私がいた中学校って1学年250人くらい居たんだけど、学力順位50位以内の秀才もいれば、学力順位200位以下という私みたいなバカもいるんですよ。で、その秀才の心の中で「なんでアイツらこんな簡単な問題もわかんないの?バカだなぁ」って心の中で思うだけなら別に問題はないんだけど、だからと言って私が中間テストや期末テストで1科目30点くらいしか取れないサマを見てその秀才が「なんでお前、そんな事が出来ないの?ここをこうすれば出来るじゃねーかwバカかお前は!」って言いだしたらそれはヒエラルキー降格戦のスタートだよね。(※これは仮の話ね。少なくとも私の中学生活の中でそんなロコツに言ってくるタメ年のヤツはいなかったよ。)1科目30点くらいしか取れないたって、同学年で同ヒエラルキーのはずなのに、一方的に上から目線でゴジャゴジャ言われる筋合いとかある訳もなく。てか俺の点数が低いからって秀才様に迷惑なんか掛けてない。完全にイチャモンだし、これを受け入れるとそれを見ていたクラスの他の連中にも「あー、アイツはああいう攻撃していいんだ。まぁバカだしチビだしケンカ弱いし仕方ないか」みたいな情報の刷り込みが行われる。(※この状況を見て「おい、何言ってんだ!MESHのテストの点数が悪いからってお前に迷惑掛けた訳じゃないだろう!それはイジメじゃないのか!」って言って助け舟を出してくれる中学生なんてそういないし、大人や教師でもそれが出来るかって言ったら難しいのが実情だよね。)こんな一方的&身勝手に仕掛けられたヒエラルキー降格戦に負けてしまうと、更にぬかるんだ下層ヒエラルキーに放り込まれる。文字にして表すと物凄い理不尽な話だが、実生活ではよくある話。今まで対等だと思っていたクラスの連中からの欲望のはけ口として対処されるんだけど、そうなったら学校なんて行きたくなくなるよね。「こんなイジメをしたら周りから白い目で見られる」っていう歯止めがクラス内という限定された範囲内ではあるが効かなくなってくる。各自の足元にあるぬかるんだ土を蹴りいれられる、悪意の水を思いっきり投げつけてヒエラルキー下層の人がビショビショ(失意のどん底)になったサマを見て「お前にはお似合いだな!」「おいおいやめたれやーw」と周りもその状況を肯定するように煽ってくる。こうなったら「イジメをしちゃダメ」なんて常識が吹っ飛んでしまって「頭の悪いアイツに賢い私が指導してあげなきゃ。タメ年といっても学力的にもヒエラルキー的にも上なんだし、多少荒っぽくなってもアイツの為にも成る訳だし、これが正義と慈愛だよね」って勘違いが発生する。ただ、それがクラスや学校の中でしか通用しない正義だって事も心の中でハッキリと明文化されてはいないものの存在する。



     前回のブロマガで触れた私が受けたイジメの話とも重複してしまうけど、世間一般の中での「イジメはよくないよね。」「誰かが誰かを身勝手な理由で一方的に攻撃するのは良くないよね。」ってのと並行して、「この攻撃は悪意の洪水じゃなくて、ダメなアイツにデキる私から贈る試練の聖水。」みたいな歪んだ思想が同時に存在しえるんだよね。大人でも割と頻繁に起きる現象なんだから子供や学生だったら尚更。ただ、こんな感じの誰かを一方的に卑下して、見下して、些細な言動に一々上から目線で言えるってとんでもない快感なんだ。私も当然そっち側に居た事あった(※これは高校卒業後の話で、後で触れます。)からわかるが、人の子の分際で、同じ人間を一方的に下層ヒエラルキーに押し込んで上から目線でgdgd言えてそれを自分の周りの小さいコミュニティ内部でも肯定してて、同じように攻撃してる人がいる。この上層ヒエラルキーにいるような錯覚ってとんでもなく楽しい。私は酒もタバコも違法ドラッグもやったことないので、それらに比べて快感の比較表現は出来ないが、例えるならBOX(6点)買いで2~3万舟(※競艇で100円が2~3万円になる高配当)を当てた快感が毎日2~3回続くくらいかな。あれくらいの快感だった訳だが、そんな快感が毎日続くとか最高だよなぁ。そんな中で快感を得る為に下層ヒエラルキーに落とされて、常に悪意の泥水を浴びせ続ける側としてはたまったもんじゃないが。



     で、「他人を見下す快感」「自分よりぬかるんだ下層でもがく人がいて、それはもがいてる人に原因があるからであって私ハ悪クナイ」ってのが心の中で結びついてしまうと、これをほどくの大変だよね。そんなイジメを当たり前のように行える子なんて、親や先生の前では「世間一般の常識に照らし合わせると、不当に誰か1人を攻撃するなんて良くないよね」って表向きの顔で応対してるし、攻撃してる証拠なんて出しゃしない。いつぞや書いた「リベンジポルノの境界線」でも触れたが、「実は隠れて陰湿なイジメを繰り返しているが、それは相手に非や原因があり、それを糺す為の慈愛と正義の行為」っていう勘違いと「その行為を何の説明も無く外の世界にバラしてしまうと今度はこっちが白い目で見られるくらいのダメな行為」っていう認識の両方が一応あるにはあるんだけど、そのどっちが強く働くかと言うと大人でも相当心が強くないと「誰かの行為を上から目線で一方的に裁く快感」には勝てないし、10代ならまぁまず勝てない。



    https://ch.nicovideo.jp/socks_of_MESH/blomaga/ar1301163

    リベンジポルノの境界線



     ただ、ここで教師だったり親だったり周りの大人がなんとか見つけ出して「それはイジメだろうが!学力が良いってのは相手の学力の無さを無制限にイジっていいライセンスではないし、途中から学力とは全然関係ない話の1つ1つに対して悪意丸出しでダメ出ししていくとかお前は何様のつもりだ!」って怒ってやらないと、


    「イジメはよくないよね。」「誰かが誰かを身勝手な理由で一方的に攻撃するのは良くないよね。」


     という世間一般で通用する部分が、


    「イジメはよくないよね。」「誰かが誰かを身勝手な理由で一方的に攻撃するのは良くないよね。(※但しそれは身勝手な理由ではなくて、周りも身勝手ではないと承認してたらOK!イェイ!)


     に簡単にすり替えられる。「身勝手でなければ」なんて本人の中の心の持ちようであって、いくらでも変わるのは言うまでもないが、こういうイジメ成功体験があればある程本人の心の中に定着していくし、誰か(教師なり親なり周りの大人なり)に強く注意でもされない限り、自分は大上段から誰かを足蹴にしたい。それは私が一方的な正義&足蹴にされる方を一方的な悪という概念の元で!みたいな欲望はドンドン加速していって、更に進化して行くと誰かを陥れるスキルや周りを巻き込むスキルばかりが上達して、そいつがいるコミュニティでは、勘違いした思考をしたヤツ主導で常に椅子取りゲームが行われていて、ワルモノターゲットにされたヤツは足蹴にされるのが常態化する。あと、積極的に悪事に加担する気はない周りの人も相当な覚悟か見識でも持ってないとその状況を注意しないし、なんなら一緒になって下層ヒエラルキーに泥水やら石やら放り込んで「周りが容認した正義のイジメ」をやってしまいスナック菓子をボリボリ食うレベルで楽して得られる中々の征服感という事態が発生する。まぁスナック菓子を食うレベルで人間の尊厳を奪われる方の絶望感はハンパないものがあるのだが、当の本人は「当然の制裁!正義の一撃!非は向こうにあるのだからあれくらいの絶望感に打ちひしがれて、そこから成長できたらやっとウチらの1つ下の階層ヒエラルキーに来れるのよ」くらいにしか思ってない。てか、小学校・中学校時代にいじめられた人が大人になって、いじめたヤツのSNSを見つけてみてみたら「ニュースで取り上げられてたイジメ自殺事件ヒドい!イジメるヤツには人の心が無いのか!」とか言ってて、あんなイジメてたヤツが何言ってんだ的な話はネット上にたくさんあるけど、当人はいじめた側だからいじめられた側の心の傷なんてまず理解してないし、多分いじめた相手に対して「身勝手な理由でいじめた」なんて思ってないんだろうし、ニュースで取り上げられたイジメ自殺事件なんかもハタから見て「なんて悪意に満ちた事件なんだ!許せない!」誰か1人を身勝手に攻撃する側に正義の怒りを覚えて、SNSに投稿したりするなんてことになる。



     で、ちょっとここで脇道に逸れるんだが、誰かをハメてイジメぬくことに対して抵抗感が少ない人(※10代だったら大体の人がここに当てはまると思う)が、相手を攻撃する理由が「身勝手か」「身勝手でないか」の基準のモロさにもチロっと触れたい。



     例えばね、1クラス40人の中で集団行動を取る機会があって、みんな揃って出来なかったら連帯責任みたいなイベントがあって、そんな中で誰か1人がその集団行動に向いてなくて足を引っ張るようなことがあって、しかも足を引っ張ってるくせに態度がデカいとかそういう事があればそれは普通に叱られて当然なんだけど、叱って行く中でドサクサまぎれに「ヒエラルキー降格戦」も同時進行してたりする。降格戦を仕掛ける方も「ドサクサまぎれに仕掛けてやろう!」と思うワルモノターゲット大好きなエグさ全開な人もいれば、仕掛けるつもりはないし、当初は叱責されて当然の事をしたから仕方なく怒ってるんだけど、その中で「ワタシノ方ガ上デ、ヤツハドウシヨウモナイ下ッ端」みたいな感情が意識下で起き始めて、その欲望・衝動が止められずに集団行動をする中で足を引っ張る以外の場面でも「グズの言動の一挙手一投足を掬い上げて無様に転んだ上でワレワレに謝る姿が見たい」的な事を思うようになり、割とクラスの中でそれは許容範囲だからいけんじゃね?って思い始めたら、その時点でクラスの中と世間一般とで違う空気が流れるの。「世間一般から見るとやっちゃいけないイジメだけど、クラスという団体の中では認められた必要悪な暴力」という新造された正義が発生する訳。そして、こういう発想を持った時点で「TVニュースで流れるイジメ自殺は、イジメをした側に絶対的な非があるじゃないか!許せない!そしてイジメられた結末で自殺した子がかわいそう!」っていう感情と、「ウチのクラスで起きてる現象は、TVニュースで報じられるようなイジメじゃなくて、みんながクズには迷惑してて、それを叱っているだけ。そして、クズはその集団行動のみならず他のいくつかの場面でもグズだし、そんなかわいそうな子にはデキる我々が仕方なく慈悲と正義を持って叱っているだけ。これはイジメじゃなくて正義」という世間一般としての正義とクラス内でしか認められない正義が当たり前のように混在した状況が発生。全くの他人から見たら「いや、お前ら同類だよ」って案件でも、当人の脳内ではTPOをわきまえた正義として両方がさして干渉しない形で両立する。10代どころかイイ歳こいた大人でも割と頻繁に発生する。これに関しては私が経験した2つの事例を挙げて説明したい。



     もう何年か前の話だけど、当時いた会社で製造業の作業してて、休憩中だろうが仕事中だろうがよくしゃべって周りを巻き込むババアがいたんだけど、ある時そのババアと私を含む3人が同じテーブルで作業してたんだけど、テーブルって言っても狭いスペースで、その中で道具とか色々並べて作業するんだけど、まぁババアともう1人のオバチャンが仲良くしゃべりながら作業してんのね。手が止まり止まりwその時点では「こっちも派遣だし、そういうのは上役が言うことであって俺が言うことじゃねーわ」ってことで無視して黙々と自分の作業だけやってたんだけど、そんな中でババアがテーブル内の使いさしのウェットティッシュとか使った作業具とかをこっちのスペースにバンバン置いてくる。本人は狭いテーブルを他人の分まで使って広々快適なのかも知れないが、こっちはただでさえ狭いスペースすら侵されてやりづらいやりづらい。で、こっちとしてはメンドい状況なんだけど、ババアとしてはちょっとした行為に見せかけたヒエラルキー降格戦も兼ねてるだろうし、これを放置したら増長するからババアのはみ出した用具や使いさしのウェットティッシュを1回1回ババアのスペースに戻して作業してたのよ。そしたらババアからしたら「アンタは格下の人間だから降格戦を仕掛けてるのになんで従わないのよ!」みたいな感情に駆られたのか、1回1回戻す度にババアとオバチャンとで「うわぁ~1回1回律儀に戻しとるで~アホちゃうか~」みたな空気の笑いを無言で起こされる。それは決して被害妄想ではない。2人でクスクス笑いつつも2人とも目線は「ババアとオバチャンで見つめ合う」⇔「2人で嘲笑気味にこっちを見る」の繰り返しだったし、回数を繰り返すウチに指まで指してきたからね(※前回ブロマガで書いたクソガキ中学生と大差ない話だなコレ…)。そして無言なのは言葉で罵倒してないから証拠もないしセーフだというこの手のイジメ大好きな人達が思いがちな勘違い。



     だけどヒエラルキー降格戦を成立させるには多対一で相手に屈辱感を与えなければ勝利条件を満たさないから、目線と態度と指先で「こっちの方が上段・上層にいるんだから、お前はこういうイジメにひたすら耐えなきゃダメなんだよ」って空気を出さなきゃならない。もうこの手のイジメは生まれてこの方45年。何百回起きたことだろう。45年の人付き合いの大半がこんな感じだったと言っても差し支えないくらい。親とか親戚が「そういうのは相手にしなきゃいいのよ。それ以上はやってこないから」とか言ってくるから一時期我慢してた事もあったんだけど、好転したタメシなんか1回も無かった。そりゃそうだ。相手が仕掛けて来てるのはヒエラルキー降格戦なんだから相手を蹴落とすまでやるわ。そういう陰湿なイジメ経験がない平和な人達の意見か、適当な事を言って解決した気になりたいだけのさして経験値も知能もないけど、賢者気分で裁きたい人の世迷言でしかなかった。途中にそれに気づいてからは抵抗して行ったんだが、で、さっきのババアが仕掛けてきた陰湿なヒエラルキー降格戦が30分以上ずーっと続いた時点でもう限界だなと思って、目線だけこっちで2人で無言でクスクス笑ってる時にそのババアの胸ぐら掴んで「おい!いい加減にしろよ!お前はどんだけ人をバカにしたら気がすむんや!あぁ!ケンカ売っとんのかコラ!」って叫んだら、その時点で何事かと思ってリーダーが駆け寄るんだけど、その瞬間にそのババアがターボばあちゃんかってくらいの俊足でリーダーの元にいち早く駆け寄って、「ワタシは何もしてないんじゃけどな、MESHくんが勝手にキレたんよー。ホンマ意味がわからんのんよー。ワタシの行動の何が引っかかったんかもわからんのんよー。」と深刻そうに訴えて、そのリーダーも「あー、そうなんじゃー。」とその言葉をマンマと受け入れて、なぜキレたかとかいう聞き込みを私にはせずに「ババアは普通にしてただけなんだけどMESHが勝手にキレた」って結末で終わらされてしまい、事務所にもそう報告して周りにもそう伝わった。立派な変人・狂人の一丁上がりだ。こういうと「そう思われかねない言動を普段からしてたんじゃないの?」って思うかも知れないが、確かにその会社で浮きまくってた存在だったし、キレたのも1年半で2度目だ。



     2回目なんだったらそう思われても仕方ないんじゃないの?っていうのもわからなくはないんだけど、私がキレた時にババアがリーダーに取った行動の所を読み返してほしい。何か違和感が出てこないだろうか。なんでババアは自分にはキレた原因がないといち早く断定して、それを物凄い速さでリーダーに伝える必要があったのだ?本当に私は何もやってないんだって思ってる人に誰かがキレて食って掛かった場合、「え?え?なんで?」って感情が先に来るはずで、なんで私がキレたのかを私に聞いてこない?「え?あの、ごめんなさい。煽りでも何でもなく何でキレてるのかわかんないけど、何が気に障ったの?」って私に聞いてこないかな?で、そんな中で私がリーダーに話しかけるより早く迅速にリーダーに「ワタシハ悪クナイ。何モシテナイ。アイツガ勝手ニキレタ」を伝えようと思った動機は何なのか。



     …全部知ってるし、自分が仕掛けたことだからである。それしかねーやん。



     もうコレ、「①世間一般ではイジメとされる行為はしちゃいけない」「②但し、それは範囲が狭いコミュニティにおいては場合によっては(※もしくは自分からそういう雰囲気を作り出せば)正義の一撃となることを熟知してるし、その2つを両立して自分が常に正義の側で正義の棍棒を振い続けるやり口を知っている」この2つが違和感なく心の中で仲良く暮らしているよね。ヒエラルキー降格戦で相手を屈服させるまでは①ルールのままで水面下でネチネチネチネチ攻撃する。屈服させて、何を言っても反抗しないまで行けば面倒な仕事も押し付け放題、みんなにも「いや~、私はいいって言ってるんだけど、彼が進んでやりたがってるのよ~」と①と②のルールが混在した関係性を大っぴらに公開できる。ただし、相手が屈服せずに反抗してきた場合には①のルールを悪用して、どんな手を使ってでも「ワタシハ何モシテナイノニ、向コウガ勝手ニキレテキタ」を実証させる必要がある。それを意識下で熟知しているクソババアの例である。



     もう1つの経験談は文字数の関係で次回ブロマガにて。



     次回につづく。


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