今頃赤穂に行ってきたお。
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今頃赤穂に行ってきたお。

2014-10-20 14:00
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 Twitterだったかブロマガだったか、10月1日に散髪に行って大石神社に行くとか言ってましたが、行ってません。体調不良で。その後もなんやかやで伸びに伸びて17日(金)に行ってきました。半月も経ってますね。ていうかその半年の間に「自分でも気付いてないけど心身共に疲れてたんだなぁ」と実感。次の職場を見つけずに有給フル消化を選んだ理由は別にあったのだが、まぁ、結果良かったということで。でもそろそろ次を探さないとマズいな。



 まぁ、そんな訳で、18日(土)は床屋→天和駅→大石神社→地元のゲーセンとまわってきました。とりあえず就活の為にも床屋でスッパリ切ってもらいました。もう3か月くらい伸ばしっぱなしで見苦しい感じになってましたしね。ちなみに理容師さんとごくごく普通の最近の天気や台風や噴火の話になったのだが、理容師さんが「岡山は台風の被害ってあまりないですよねぇ」って言われるので「そうですねぇ、岡山は四国という天然の大防波堤がありますからねぇ。」って言おうとして「そうですねぇ、」まで言ったあたりで理容師さんが「僕は高知の出身なんで台風の被害が凄くて…」と言われて、あぶねぇあぶねぇ。高知の人の前で言っちゃなんない一言を言うところだった。セーフセーフ。



 その後で、250号で備前まで出て、そこから細道に入って赤穂方面へ。赤穂に行くなら必ず寄るココにも今回も行きました。





みんな大好き天和駅



 別に本来の地名としては「鷆和」だし、別に寄った所でなんかあやかれるって訳でもないが、毎回寄りますね。ついでなんで今回は天和駅の他の角度で。





全体図





駅舎





停車駅のご案内(ところで新快速って天和停まったっけ…?)





天和からの運賃。





時刻表(駅名が天和だけにたまにしか来ません。)



 停車駅の案内を見て思ったけど、北陸本線ほどじゃないけど、赤穂線も結構難読漢字多いね。「寒河」「日生」「伊部」「香登」「長船」…。まぁ私は地元なんで読めるけど、土地勘ない人には難しいかも知れん。阪急宝塚沿線の人にとっては能勢電鉄の「日生中央」があるだけに紛らわしいだろうな。



 そんでもって赤穂市内に入って大石神社へ。赤穂城跡の中にある大石内蔵助の屋敷跡に建てられた神社で、大願成就の神社。もう何回お世話になったか。入口には赤穂浪士の石像が飾られています。






寺坂吉右衛門像



 幕府による切腹を逃れた唯一の四十七士。理由は足軽という身分の低さ説だったり、実は内蔵助の密命を受けてゴニョゴニョ説だったり。切腹して果てた他の四十六士の分も長生きして83歳まで生きる。東京の泉岳寺には四十七士の墓に入れてもらえず、(後から萱野三平同様に供養塔がつくられたが)色々あった人物。まぁ、四十七士の中で唯一切腹をしなかったってのはクイズ的には絶好の情報。ちなみにウィキペディアには寺坂吉右衛門のお墓一覧もあるが、なぜか赤穂にある花岳寺が抜けている。そら泉岳寺に比べたらマイナーかも知れないけど赤穂藩の菩提寺で、ちゃんと四十七士+萱野三平のお墓もあるし、赤穂義士の記念館もあるし、花岳寺の奥に行けば申し訳程度に森家(※浅野家の後に赤穂藩主になった家。森蘭丸の弟の子孫。)のお墓もあるのに。ちなみに花岳寺の赤穂義士の墓所や宝物館に行く時は平日の他に誰も行かなさそうな日がオススメ。そういう日に行くと、たまに受付のおばあちゃんが色々案内してくれます。





奥田孫太夫像



 赤穂藩の武具奉行。武具奉行だけあって、討ち入りの際には狭い屋敷内で存分に働ける尺の短い武具を作りだしたりしている。吉良の刃傷の時点でも結構なお年ではあるのだが、浅野藩取り潰しの際には籠城を主張し、取り潰された後は吉良邸討ち入りをガンガンに主張してくる好戦派。爺さんハッスルしすぎ。





堀部安兵衛像



 高田馬場の決闘で有名な人。高田馬場の決闘は18人を斬ったのか、3人なのか、実は1人も斬ってないんじゃね?などの説があるが、安兵衛と共に討ち入りに参加する弥兵衛さんは自分の知行300石の内200石を割いて安兵衛さんを迎え入れたという当時類をみない迎え入れ方だったらしい。(花岳寺の受付のおばあちゃん情報)石田三成が知行4万石の半分を割いて島左近を迎え入れたのも有名だが、それはそれで凄いんだけど、300石の内200石ってのはインパクトあるし、もっそい話だ。





大石内蔵助像



 え?もう大石内蔵助?って思う人もいるかも知れないが、全48人の説明とかやりだしたらキリがないし、第一そんなに全員について知ってる訳じゃないwそれに赤穂出身・赤穂在住の妹尾さんが地元だけにこのへん詳しいからヘタなこと言えないしwまぁ、昼行燈と言われがちではあるが、家老としての実務の他にも絵画や書、俳句にも優れたマルチ家老だったらしい。絶チルのパティ風に言うなら、仕事でも高い職に就いてバリバリこなし、趣味の同人活動もアニパロ漫画からオリジナル小説まで多彩で、それぞれのクォリティも高めな感じな人。そして石像の土台には、







 11代目後裔だって。凄いね。こういう有名人の子孫って憧れるわぁ。ウチはごくごく平凡な家系な上その家系からも追い出された身だからw





大石主税像



 そんでもって、その息子の主税さん。ちなみに当時の役職は「部屋住」。現代風に言い直すならNEET。別に働きたくないから部屋住になった訳じゃないけどね。ちなみに背丈が170cm近くある大男。当時の成人男性の平均身長が150cmそこそこなので、今で言うなら190cm超。コブクロのデカい方クラスの大きさだったらしい。ちなみに内蔵助はそんなに背が高くなかったが、内蔵助の妻のりくの実家が代々大柄な人が多い家系だったらしい。そして前にもTwitterで言ったことがあるが、右手に持ってる物がきのこの山にそっくりだよね。で、本当はどんな形をしてるのか新兵器・デジカメのズーム機能で確認。





ズームアップ!



 …やっぱきのこの山だよね。きのこの山にしか見えない。



 まぁ、神社に入るまでをこんなに長くやっても仕方ないよね。その後は一文字流しで今回も「貧」を流したり(※ていうか今回は結構切実!)、お賽銭を入れてお願いをしたり、おみくじをひいたり(今回は末吉)、絵馬に願い事を書いたりして帰りました。このへんも本当は長々やる予定だったけど、無駄に長くなりそうなので省略。





一文字流し





一文字流しとは





流す一文字の例。



 それにしても、吉良に「お金に困りませんように」とはw今では名君として有名(名君として有名になると「いやそれは…」って説も出てきたけど。)だが、上野介は虚栄心が強かったらしく、派手な浪費を好み、そのツケを息子を養子に出した先の上杉家に持って行ってて上杉家としては大変まいっちんぐマチコ先生だったらしい。そのへんも踏まえたチョイスなんだろうが、ま、赤穂の神社での話だし。





お守り



 あ、新たにお守り買いました。てか前の派遣先でも成果は得られたんだがなぁ。得られたというか、誰にも助けてもらえず徒手空拳で頑張ってなんとか出来上がったものをごっそり陰険円周率リーダーにもってかれたっていうか。まぁ次の仕事先ではそんなことがないように祈りたい。



 まぁ、後は帰りました。ゲーセン寄りました。今回の面白問題でもうpって終いにしましょうか。





当時は「西の大魔神」って呼ばれてたっけか…。





1回聞くと忘れにくいネーミングだよなぁ。





すぐ聖衣を脱ぎますwww





これ使ってました。確か当初は勝率3割あればいいキャラのはずが結構強かったような。





最近の仮面ライダー見てないけど、ロケ地に使ってるのね。





この手の問題はいつみてもややこしいわ…。





この頃のアニメ問題なら強いよ。



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いやいや待ちたまへw
私だってそんなに詳しいワケじゃないよ。どっちかと言うと史実よりフィクションの「忠臣蔵」の方が好きだったりするしw

ちなみに好きなテーマは、忠臣蔵(もちろんフィクションの方)の3(5)大「美味しい脇役」の話www

ここでは書かない!
64ヶ月前
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>>1 妹尾陸さん
 いや、GWに姫路であった時に軽く赤穂浪士の話にもなったけど、やっぱ地元だけに詳しいなぁと思って。
 では次に会った時にはぜひ5大オイシイ脇役の話を聞かせてほしいですw
64ヶ月前
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