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  • アンヌ・モレリ『戦争プロパガンダ10の法則』

    2020-01-07 19:18


     ぼくのつれあいがサンフランシスコにいたときに、同時多発テロがおきた。
     同僚のアメリカ人たちは、みんないいやつだったけど、このテロがおきたとき、人がかわったように「アフガンをやっつけろ」とさけんだ。ちょっとでも、ブッシュを揶揄しようものなら、怒られた。町中が主戦派の色での「愛国」にかわってしまった。

     このときのアメリカの戦争宣伝は、まさしくこの歴史学者の指摘する10の法則にぴったりあてはまっていた。戦争を推進する側は、つぎの10の法則どおりに、事態をえがこうとする。
    (1)「われわれは戦争をしたくはない」
    (2)「しかし敵側が一方的に戦争を望んだ」
    (3)「敵の指導者は悪魔のような人間だ」
    (4)「われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う」
    (5)「われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる」
    (6)「敵は卑劣な兵器や戦略を用いている」
    (7)「われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大」
    (8)「芸術家や知識人も正義の戦いを支持している」
    (9)「われわれの大義は神聖なものである」
    (10)「この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である」

     モレリは歴史学者らしく、これらの例証を、近代のヨーロッパや日本から自由に集めてくる。
     戦前の日本は、とくにこの10法則の好例で、どの法則もほとんど例外なく適用されたことを例証できる。

     しかし、「まったくアメリカ人ってやつぁ」と言ってはいられない。
     その1年後に日本でおきている北朝鮮報道の洪水は、まさに日本版911のごとく、日本社会をあっという間に一色にそめあげてしまった。
     ぼくはこのプロパガンダのあやうさを感じずにはいられない。前にものべたけど、ぼくは北朝鮮はひどい国家テロをずいぶんやってきたとおもっているし、無法国家といわれてしかるべきだろうと思っている。

     しかし、そのことと、いま日本をおおっている異常ともいえる排外主義の空気は別の問題である。

     在日朝鮮/韓国人の人々がいわれのない暴力をうけ、北朝鮮は意図もわからずにこちらを襲ってくる悪魔のような国家としての宣伝が大量におこなわれている。もし、その空気に異論をさしはさめば、テレビでは袋だたきにあうし、相当数の脅迫を覚悟しなければならない。こうした空気は、ミサイル防衛や有事法案といった攻撃的軍備の絶好の口実となっている。
     さいきん、とみに民放系テレビでふえていて気になるのは、北朝鮮の番組をつまみ食い的に流して、米国の戦争意図をあばく言説を「反米洗脳教育」だとすりこもうとしている映像だ。
     アメリカが朝鮮半島と台湾にたいして戦争介入の計画をもっていることはまぎれもない事実で、とくに朝鮮半島にたいしては、先制的核攻撃の計画をアメリカはもっている。アメリカが正義の戦士であり、日本は無垢の協力者などという神話を信じるわけにはいかない。

     だいたい、金日成や金正日崇拝が異常なことはぼくも認めるけど、そういう話題をしたすぐあとに、ワイドショーが「さ、それでは、きょうの愛子様」などということになんのためらいも感じない感性を不思議に思う。

     北朝鮮に同調しなければ親米、アメリカに同調しなければ反米――まったくブッシュの「善と悪のたたかいでその中間はない」という立場と選ぶところがないではないか。

     ぼくは第三の道をとる。
     北朝鮮の無法をおさえこみ、そことの交渉と対話のルートをもつこと。
     同時に、アメリカの、この地域での戦争計画をやめさせること。
     いま、イラク攻撃についても日本のマスコミは、世界の反戦の動きを報じることはつとに弱い。まるで戦争は秒読みであるかのようだ。与党も、きのうの国会で「残念だけどもしイラク攻撃がはじまったら日本はどんな協力をするか」という質問までやっている(公明・日笠議員)。

     マスコミを読み解く力が必要だと思う。


    (永田千奈訳、草思社)
    採点70点/100

    2003年 1月 23日 (木)記


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  • #すべての道はローマに通ず キリスト教がキリスト教と呼ばれていなかった時代 

    2019-03-26 14:42

    イエスをメシアとする、ユダヤ教のいち教派にすぎなかった。
     ※ユダヤ教イエス派? 
    原始キリスト教と呼べる彼らは、二分していた。

    ペテロ率いるエルサレム教団と、 
    パウロ率いるアンティオキア教団である。
    「わたしは
     イスラエルの家の失われた羊のほかは誰のところにも遣わされていない」
     このイエスの言葉にしたがい、エルサレム教団はユダヤ人のみで構成されており、ユダヤ教における儀礼も行っていたので、他のユダヤ教徒たちからも一目置かれていた。
     打って変わって、アンティオキア教団はユダヤ民族以外にも布教していた。当時、聖地エルサレムはローマの属領であったために当然ユダヤ民族以外もいた。異民族にも布教していたぶん、エルサレム教団よりも規模としては大きかった。
    ペテロ率いるエルサレム教団(保守、民族主義、ユダヤ教儀礼遵守) 
    パウロ率いるアンティオキア教団(リベラル、外民族構成)

    第1次ユダヤ戦争(VS古代ローマ)が勃発。
    ユダヤ人たちは勇敢に戦っただろうが、相手が悪かった。古代ローマは当時の最強の軍事国。当然勝てるわけもなく、国としてのユダヤは実質、滅びてしまう。
     エルサレムを聖地・拠点としていたエルサレム教団は、戦時どうしていたのだろうか。なんと、あろうことか戦うのではなく彼らはエルサレムを放棄した。
  • 関ヶ原の戦いにおける徳川の勝利はエリザベス女王の意向? 

    2019-03-18 20:26

























































































    RIIA
    :Royal institute of international Affairs
    :王立国際問題研究所
    :チャタムハウス 
    :アメリカのCFR(外交問題評議会)とは姉妹機関として知られる。
    :世界秩序を統治する構想から作られたシンクタンク