エリート街道を歩んできた超一流選手にも関わらず、日本代表では長い間、サブメンバーだったのが遠藤保仁だ。トルシエ、ジーコ、オシム、岡田、ザックと数多くの監督の元でプレーしたが、スタメンではなく、サブとして客観的にチームを観察する時期が長かった。
年代別の日本代表には選ばれてきたものの、実際ワールドカップのピッチに立ったのは、30歳で迎えた2010年南アフリカ大会が初めてだ。それでも、国際Aマッチ最多出場の記録を持っているのは、長年質の高いプレーを続けてきたからだろう。
不遇の時代を乗り越えて世界的に展開し成功をおさめている企業がある。海外ではMUJIとして知られている無印良品だ。
無印良品は1980年、スーパーの西友のプライベートブランドとして誕生した。ブランド志向へのアンチテーゼをコンセプトにし、シンプルで素材感を活かしたデザインが人気を呼んだ。しかし、人気に胡坐をかき、ユニクロ、ニトリ、ダイソーなどのカテゴリーキラーの台頭もあり、1999年に133億円の経常利益だったのが2001年に38億円の赤字に陥ったのだ。この様な状況を救ったのが2001年に社長に就任した松井忠三氏だ。松井氏は業績悪化の原因はどこにあるのか様々な角度から分析し、6つの内部要因を挙げた。「社内に蔓延する慢心」「急速にすすむ大企業病」「焦りからくる短期的な対応策」「ブランドの弱体化」「戦略の間違い」「仕組みのないままの社長交代」などだ。
松井氏は「悪化要因の洗い出しはどんな企業でもできることだろう。重要なのは、問題点の構造を探り、問題を解決する仕組みに置き換えることだ」と考えた。戦略一流の企業と実行力一流の企業では、勝つのは間違いなく実行力一流の企業だという。かつて、同社が所属していたセゾングループでは、本部からの通達があってもそれが実行されるのは一週間から10日かかっていた。それに引き換え、イトーヨーカ堂は翌日にはすべての売り場ができあがっていたという。ここまで、実行力の差があったのだ。堤家という絶対的なオーナー企業のグループであるが故に、本部の顔ばかり覗い現場の力が弱く実行力が希薄だったのだ。そこで、松井氏は実行力を一流にするために、現場スタッフが能動的に動けるような仕組みづくりに注力した。機動力のある現場にするためには、仕事を標準化することが必要と考え、オペレーションマニュアル「MUJIGRAM」の作成をスタートした。マニュアルをつくることで多くのメリットが生まれた。マニュアルは本部だけでつくるのではなく、現場スタッフの知恵をすくいあげまとめているため、すぐれた個人の知恵や経験を組織として蓄積できる。業務を一定のルールで標準化することで、改善の方向が定まる。人材教育を効率的に行えるようになる。組織の理念をマニュアルを通して伝えることでスタッフ全員の志をひとつにできる。マニュアルを改善していく過程で仕事の本質と向き合い、見直すことができるなどだ。