空母探偵龍驤ちゃんと七人の駆逐艦たち:第壱話-龍驤ちゃんと胃袋ブラックホール
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空母探偵龍驤ちゃんと七人の駆逐艦たち:第壱話-龍驤ちゃんと胃袋ブラックホール

2016-06-16 13:28
    「はー、おいしいねー。やっぱお寿司っていいなー」
    「ウウウウマーイ。いいですねーいいですねーやっぱりスシはオーガニックですよ。そしてトロ!」
    「野分ちゃんはトロ好きだねー。わたしも好きだけど。あ、板前さんとりあえずウニとエンガワとカンパチとイクラとスズキ追加でー」
    「あ、こちらはタマゴお願いします」
    「でもお寿司はおいしいんだけど、値段考えると量食べられないよねー。そのせいで普段は控えてるんだけどさー」
    「だったらここでも控えんかいっ! なんやその皿の数ふざけてるんかいな!」
    「? まだ50皿行ってないよ?」
    「十分過ぎるわっ!」
     龍驤は絶叫した。
    「おおお支給されたばかりの今月分のゼニが……笑顔になれるものは野口に樋口と福沢諭吉という古き言い伝えは本当やった……!」
    「金の亡者みたいだねー。名古屋人?」
    「ウチや生まれも育ちも神奈川県民や! なめんといて!」
    「あ、そ、ソウデスカ……」
     ならなんで関西弁? という顔をしている相手に、龍驤はため息。
    「ちゅーか小田切。確認しとくで」
    「ん? なにさなにさ龍驤ちゃん。なんか言いたいことあるの?」
    「自分はウチの従者っちゅうことで問題ないんやな?」
    「そだよー。アナタの従者の小田切双葉ですっ☆食費の確保はよろしく!」
    「…………。で、特技とかは?」
    「大食いで負けたことは一度もないっす!」
    「まあ特技やな。他には?」
    「えーと、うーん。あ、歌とか? 聞くとだいたいのひとが逆に感動したって言うよ?」
    「逆に……? ま、まあええわ。他には?」
    「料理できるよ? わりと好評だよ?」
    「……他には?」
    「えー、まだ必要なの? あ、かわいい女子高生だよ?」
    「んなもんが特技になるかいっ!」
    「キレられた!?」
     うがーと暴れる龍驤。
    「あーもう、戦闘に使える特技とかなんかひとつはないんかい! 八極拳の使い手とかそういうの!」
    「それは少なくともわたしの方向性じゃないよね。あ、板前さん中トロとホッキと赤貝と炙りサーモン追加でー」
    「うがあああああっ!」
    「怒られてもなー。呼んだのはわたしじゃなくてそっちだしさー」
    「……ガチで外れ枠引くとはなー。先が思いやられるわ」
    「なんだよー。そもそもそっちは艦娘とか言って戦闘できるんでしょ。だったらわたしが戦闘できなくてもいいじゃんかさー」
    「艦娘は陸ではまともな戦力にならへん。ウチは陰陽道ちょいかじっとるからまだマシやけど……他のも含めて陸上戦でどの程度使えるかは未知数やで」
    「ですねー。わたしもカイジュウを陸に上げる前に倒すのが仕事なんで、装備も基本的に海仕様ですから」
     野分はそう言いながら大トロをぱくり。
    「あさたんやてるりんも似たようなこと言うとったわ。ながもんもな。初雪はわからんけど。潮ちゃんは……まあアレとして、そしたらあと使えるのはもう若葉くらいか」
    「悪くない」
    「うわあっ!? 横にいるなら先に言えや!」
     いきなりひょこっと顔を出した若葉に龍驤は絶叫した。
    「一応私も自衛官だ。陸戦ができないということはない」
    「CQCって奴やな」
    「そう。宇宙CQC」
    「それは違うジャンルの奴や!」
    「大丈夫だ」
     しゅっしゅっ、とジャブの形で拳を出しながら、若葉。
    「あのアニメと同じくらい手段を選ばないから」
    「怖っ!」
    「ところで……この4名がチーム、ということでいいのか?」
    「あー、まあそうやな。残りの連中は情報収集側に割りふっとる」
    「では、この4名で辻斬りに対処することになるのか?」
     若葉は双葉のほうを見つつ、言った。
     龍驤はうなずいた。
    「まあ、そういうことやな」
    「だが、戦力として使えるのは私だけではないか?」
    「のわっちは若干戦えるっぽいけど、まあ基本はそうやな。不安か?」
    「いや。それも悪くない。……が、この4名に絞った理由を聞きたい」
    「主戦力は若葉、キミや」
    「それはわかっている」
    「次にウチと小田切は……まあ、セットで扱うのが無難やからな。ウチが出る限り、小田切もおる」
    「……なるほど」
    「んで、のわっちは連絡担当や。元がロボだけにのわっち、そうとう高精度な通信機能を持っててな。ジャミング等の心配はまずないねん」
    「ふむ」
    「で最後にウチの仕事やけど、これは情報の整理」
    「整理?」
    「情報っちゅうのはな、集めるだけやない。ゴミを取り除いて、正しい情報を整理整頓して、初めて使えるもんや」
     龍驤は言った。
     それから、手元のメモに視線を落とし、
    「特に今回は……たぶん、最前線でやったほうがええっちゅうんがウチの勘でな。相手が玄人すぎるんや」
    「板前さーん、鉄火とイワシとアナゴと甘エビとカツオ追加でー!」
    「ってまだ食うんかい!」


    「若葉は辻斬りっちゅうたけど、実際のところそう単純なもんでもなさそうなんや」
     龍驤は歩きながら言った。
    「まず状況の確認からやな。敵はおそらく神道系の魔術結社。《誘導召喚》のための触媒を探しているところを内閣調査室の連中に感づかれ、内部調査に乗り出されたところを一体の従者が反撃、逃走。《語り部》と共に潜伏しつつゲリラ戦的に調査室関係者を襲撃中ってとこやな」
    「我々の目的はその従者を追い詰めて《語り部》を拘束すること。相手に支援がない単体戦であることはほぼ確定し、デビュー戦にはちょうどいい難易度……と、ガブリエルは言っていたが」
    「あんまり鵜呑みにはできへんな。援軍はいないとしても、敵戦力は未知数や」
     若葉と言い合いながら考える龍驤。
     ちなみに《誘導召喚》というのは、従者を召喚する際に狙った相手を呼ぶための儀式、みたいなものである。
    (正確に言えば、シチュエーションを整えて可能な限り高い確率で狙った相手を呼ぼうとする方法、て感じやけど……)
     この場合、注意しなければならないのは、禁止行為というのは《語り部》の魔術自体ではないということだ。
     魔術を禁止する法制度など存在しないし、魔術自体が公にはなっていない。だから内閣調査室も、別にそれだけで相手を罰することができるわけではない……のだ、が。
     そもそも《語り部》の魔術自体が、魔術バランスを壊すということで、昨今の大きな魔術結社間では禁止協定が結ばれているそうで、そんなものに頼るのは小さなところ、しかもだいたいは外法と呼ばれる、やばいものを扱う連中である。
     当然、査察に入られたらそれ以外の違法行為の証拠がずらり、というわけだ。
    「せやからこそ、天使の紐付けがあるウチらに仕事が回ってくるんやろうけど……うーん」
    「なにか問題でもあるんですか?」
    「いや。今回、けっこうな量の証拠が残ってるやん?」
     龍驤は言って、野分のほうを見た。
    「映像記録、見たやろ? 査察官と従者が戦っている映像」
    「見ました。カタナ使いでしたね。私のいた世界でもイアイドーというカタナを使うカラテ流派がありましたが、ちょっと違う技術に見えました」
    「突きをメインとした戦い方やったな。それと服。ながもんに聞いたら戦前の警官の服であろうっちゅう話やったな」
    「はあ。それがどうかしたんですか?」
    「ちょっち、手がかりが多すぎやと思わん?」
     龍驤はそう言った。
    「戦前の警官で突きメインの剣士言うたら、有名どころはほぼ一人に絞れてまうやん。それに、扱いやすい奴とも思わへん。なんやブラフの気配を感じるんよ」
     実際、弱点を隠すために従者の正体を隠すのは常套手段らしい。またそのせいで、有名な従者ほど不利になるという。従者戦闘は一筋縄ではいかないのだ。
    「なるほど……とすると、相手の正体は」
    「そこが読めへん。んー、あの動画以外に手がかりがないとなると厳しいな。いまのままやと、そのまま当たるのはちょっち危険っちゅうのがウチの見解やな」
    「それは賛成だ」
     若葉が言ったので、龍驤は首をかしげた。
    「なんか思い当たることでもあるん?」
    「映像は私も見た。……不自然だと思った箇所が一カ所あった」
    「ふむ。どんなとこや?」
    「正確には相手ではなく、その敵……内閣調査室の連中なのだが。連中、囲んでおいてなぜか、全員でかかっていくということをしなかった。不自然だと思わないか?」
    「それは……」
     言われてみれば。
    「たしかに、へたな時代劇の撮影みたいやったな。袋叩きにすればよかったんやろけど」
    「戦った連中は全員重傷で聞き取りもできないという話だったが、なんとか話を聞けないだろうか」
    「それがええかな」
    「無理だと思うけどなー」
    「……?」
     言った双葉に対して、龍驤は眉をひそめた。
    「なんや小田切。なんか意見あるんかい」
    「どーでもいいけどそろそろ名字呼び捨てやめようよ」
    「んじゃなんて読んだらええのん?」
    「双葉ちゃん様でいいよ」
    「キミはまた絶妙にネタ古いな」
    「え、元ネタあるのこれ?」
    「知らんで言ってたんかい!」
    「まあ冗談はともかくさ……ガブリエルさん言ってたじゃん。うちらの上司は自衛隊だって」
    「言うとったなあ。それが?」
    「内閣調査室と管轄違うでしょ? で、あのカメラ映像もどっちかっつーと内閣調査室の撮ったのっていうよりは防犯カメラ系の奴だったよね? たぶんよくある縦割りナントカで、横の連携取れてないんじゃない?」
    「あー……ありえそうやな」
     龍驤はしかめっ面で、考える。
    「するとウチらは、あの映像以外の手がかりなしで推理せなあかんのか。……参ったなぁ」
    「んで、わたし普通にひとつ心当たりあるんだけど」
    「あん?」
     龍驤は双葉のほうを見た。
    「いやほら、映像の最初のところだよ。見てみてよ」
    「お、タブレット持ってんのかキミ。……ん、最初?」
     龍驤は動画に見入る。
    「……特に違和感を感じへんけどな」
    「もー、よく見てよ龍驤ちゃん。最初のタイミングで一瞬だけ、内閣調査室のひとたちがびたっと止まってるでしょ?」
    「あ、たしかに」
    「んで、わたしはこう思ったんだよね。このタイミングでなにか、相手が仕掛けたんだよ! そこで動きが止まったと見たね。どうよこの名推理!」
    「具体的になにやったん?」
    「え? さあ?」
    「…………」
    「………………」
    「…………」
    「か、影縫いの術とか?」
    「忍者やないんやから」
    「ニンジャですか? でしたらシャドウピン・ジツよりは、ゲン・ジツとかフドウカナシバリ・ジツの類のほうがありそうな気がしますよ。シャドウピン・ジツなら、食らったら光を操作しないとまず動けないでしょうし」
    「む。……なるほど。のわっちは名推理やな」
    「立場を取られた!?」
     がーんとショックを受ける双葉をよそに、考え込む龍驤。
    「んー、幻術……催眠術とかかなあ。妥当なところやと。しかし催眠術で剣も使うとなるとなにがあるかなあ」
    「んじゃググってみようか」
    「ん、そか、小田切のタブレットがあったか」
    「『催眠術』と『剣士』で……あー、ダメだねこれは」
    「女催眠術師……なんやこの動画」
    「見なかったことにしよ。でもそうするとどうする? なんか調べ方が悪いのかなあ」
    「……『催眠術』『剣術』ではどうだ?」
    「お、若葉ちゃんないすー。んじゃそれでググって……ん?」
    「松山……主水?」
     龍驤と双葉は、互いに顔を見合わせた。



    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


     コウシュウ=ストリート。大通りは大量の人々でごった返し、ビルの壁際にあるパネルビジョンがTVショウを垂れ流す。「そこでポイント倍点!」「ワースゴーイ!」パネルの中の明るい世界と比較して行き交う人々の顔は暗い。世の中はフケイキだ。少なくとも野党はそう言っている。

     猥雑な気配を見せるこのストリートにも、昔ながらの光景というものが存在する。ステーションの付近に集まるトラディショナルな気配のヌードル屋台へと、酔ったサラリマンの二人組が近づいていく。「オットット!」「オットット!」いつもの光景。

     その中にひときわ目立つ屋台あり。「おいしーい!」叫ぶのは、この場には若干場違いなミドルティーンの少女。だがそのオデン屋台の彼女の椅子の前には大量の空になった皿。「おいしーい! 実際おいしーい! なんというか、屋台の味って感じがする! 普通においしい!」

     なんたる広告効果か! それに引き寄せられるかのように二人組の客が彼女の隣に座る。「ご注文は?」「……タマゴだ。それとコンニャク」「アイ、アイ」店主は手際よくオデン・スープの中に浸された具をすくい取って皿に入れた。「そちらの方は?」

    「うふふ。そうだね。ダイコンとキンチャクがいいな」「アイ、アイ」「それと練りカラシ」「アイ、アイ」手際よく具をよそう店主。注文した客は店主から目を逸らさない。「いつも出してるの、この店?」「ハイ」

    「フウーン……ふん、ふん」彼はじろじろと店主をねめつけた。「なーんか怪しいなぁ……」慌ててもう一人の客がたしなめる。「コラっ。シツレイだろ、フジタ=サン」「うふふ、そうかね」「スミマセン、ドーモ。連れがどうも礼儀知らずで」

    「いえ、いいんですよ」店主はこともなげに言った。「お連れの方のほうが正しいですから」「アン?」言われて、客が店主を見た。まだ若い、中性的な美貌の持ち主。声からすると女性だったが、しかしその視線は鋭い。そしてなにより、顔の半分を覆う禍々しいメンポ。その表面には「野」「分」の文字……!

    「アッコラー!?」「ドーモハジメマシテ。モーターノワキです」悠々とおじぎをするモーターノワキは、しかしその実、その男の連れの客から顔を逸らさない。彼女のニンジャ第六感が告げているのだ。敵は彼一人だと。「そちらの方は……ウドウ・ジンエ=サンとお見受けします」

    「アイエエエエ!?」男のほうが叫んだ。「ナンデ!? 正体バレナンデ!?」「状況判断や」答えたのは店主ではなく、その横でずっとシラタキと格闘していた女だ。その胸は平坦であった。「この空母探偵龍驤ちゃんからすれば、この程度の欺瞞はまるっとお見通しっちゅうわけやな」

    「斎藤一あたりと誤認させようとしたようやけどな……念のため、剣術の専門家に映像の確認取ったわ。あんたの突きは、突きの専門家としてはダメダメやってな。突く速度は一流やけど、返す速度と態勢が隙だらけや」龍驤は言った。

    「斎藤一……藤田五郎には、ウィキペディアにすら乗っとる有名な言葉があるんや。突きはなかなか当てられへんから、突くコツよりもむしろ返すコツのほうが重要……せやけど、偽装しとったアンタにはそれができへんかった。よって」

    「代わりに、二階堂平法「心の一方」を用いて、相手を催眠術で縛って当てやすくして対処したわけだね。バレバレだってわけよ」ミドルティーンの少女、双葉が繋げる。「んでまあ、催眠術を含む剣術が出てくる、斎藤一が出てくる有名な創作――って言ったら、そりゃ「るろうに剣心」だよね」

    「うふふ……うふわはははは!」突如として彼、鵜堂刃衛はまわりに剣気を放出!バァァーン!「ぐっ!?」「あっ!?」「はあっ!」バツン!野分は自由を回復!だが残りの二人が自由を失った隙に鵜堂は傍らの男を引っ張って車道に飛び出す!「逃げるぞ!」「あ、ああ!」

    「かっ!」鵜堂は道行く車に剣気を放出!バァァーン!催眠にかかった運転手がブレーキを踏んで車を止める!「出せ。出さねば殺す……ムウーッ!?」鵜堂が車に侵入しかけたところでブリッジ回避!直後、カタナの一閃が彼のいた場所を貫く!「若葉だ」

     ゴウランガ!車の運転手は若葉であった。龍驤はあらかじめ鵜堂が取るであろう行動をシミュレートし、先回りしてこのタイミングで若葉が駆けつけるように手配しておいたのだ!なんたる空母探偵の深慮遠謀か!「退路は断った。二人で逃げられるほど我々は甘くない」

    「うふふ、そうだねえ」鵜堂はむしろ嬉しそうに言った。それから、カタナを大きく振り上げ――横にいた男を、なんのためらいもなく、頭から切り捨てた。「アババババーッ!?」絶命!

    「な!? なにすんねん自分!」「どうもこうもない。鬱憤たまってたんだよ。なにしろこいつときたら、俺のスタイルを一方的に縛りやがる。正体がバレたら不利だのなんだの……うっとうしい」「相手は貴様の主人やろ!」「だから斬る理由がないとでも?」鵜堂は平然と言った。

    「甘く見るな。従者が術者を斬れない理由などない。それが《語り部》の術が嫌われる所以だ。もちろん、こうなっては俺も長くはないがな……好きに人を斬れない人斬りなんざ、死んでるようなもんだよ。なにも変わらん」「……言うたもんやな」

    「若葉と言ったな。おまえを俺の最後の標的とする」言って鵜堂は、紙を若葉に投げつけた。その表面には「斬奸状」の文字。「せいぜい楽しませてくれよ……うふふ、うふわはははははあ!」そして、鵜堂は駆けだした。その先にいたのは、腰を抜かして横転したスクーター乗り!

    「邪魔だ!」「アイエエエエ!」鵜堂はスクーター乗りを蹴っ飛ばしてどかし、「はあっ!」いままさにスリケンを放とうとしていた野分に向けて剣気を放った。バァァーン!「ヌウーッ!」完全には封じられないものの、意表を突かれて行動が止まる野分。

     一方の若葉の方は、カタナを捨てて拳銃を構えた。だが鵜堂はスクーター乗りの身体を巧妙に盾にして射線を遮ると、スクーターのエンジンを吹かした。間に合わない!「……無理だ」若葉は拳銃を下ろした。

    「逃げられた……か」「うわぁ……マジで人殺しの現場見ちゃった。マジ怖い」双葉が青ざめた顔で言う。「さすがに予想外やったけど……でも、これで終わりちゃうのん? 術者がいなければ従者って一日くらいで消滅するんやろ? 無視しとけばええねん」「そうもいかない」「え?」

    「斬奸状……これは、この中の誰に向けたものでもない」若葉はそう言った。「前もって用意していたのだろうから、当然だ。宛先は我々ではない――ただ、内閣総理大臣を標的とする。止めたければこれこれの場所に来い。そう書かれている」そして、拳銃をしまうと、ため息をついた。「無視はできない」

     すでに野次馬が大量に現れ、遠くからサイレンの音も聞こえる。「警察が来るな」「逃げますか?」「一応、前もって連絡はしとる。事情を説明するためにウチと小田切が残るから、二人は先行して追っててや」龍驤は言って、頭を押さえた。「やっかいな事態になりよったで、マジで」



    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


    「……しかしアレやな。なんかさっき、空気というか地の文というか、なんや変やなかったか?」
    「空気って言葉がアトモスフィアって書かれそうな感じだったよねー」
     タクシーの中で語り合う双葉と龍驤。
    「んで、いまどんな風になってるの?」
    「とりあえずのわっちの信号はウチの携帯で受信できる状態にしてあるわ。
     まだ交戦中ってわけやなさそうやな」
    「でも、斬奸状って言っても場所を指定してあるだけでしょ? だったら、警察や自衛隊に頼んで包囲しちゃえばいいんじゃない?」
    「どーかなー……正直、ウチならそー簡単にはいかへんようにするわ」
    「どうやって?」
    「手っ取り早いのは人質やな。後は、爆弾仕掛けるとか? 実際にはブラフでもええねん。それだけでうかつな攻撃はできなくなる」
    「あー……そりゃそーだね」
    「狙撃って手も考えたんやけど、町中に狙撃銃手配置するのは日本じゃ難しいやろしな。それに準備の時間もない。相手が若葉との一騎打ちを所望してるとなれば、応じざるを得ん状況や」
    「応じないで包囲して時間を稼げば? しばらくすればあのひと、勝手に消えるんでしょ?」
    「あの「心の一方」相手に通じるとは思えへんな。包囲を抜かれてそのまま永田町に繰り出されたら最悪のケースもあり得る。……ああもう、こんなんなら最初からながもんあたり調査室に派遣しとけばよかったかもなあ」
    「後悔先に立たずだねー」
    「ん、ここでええわ。運ちゃん、釣りはいらへんから!」
     言って一万円札をたたきつけて降りる龍驤と双葉。
    「けっこう豪勢なことするよね龍驤ちゃん。おつり4000円超えてたよ?」
    「キミの食費と違って経費で落ちるからな」
    「あー……そのへん抜け目ないんだねぇ」
    「よし、間に合ったで!」
     龍驤は、先を見て言った。
     河原、橋の下。そこが鵜堂の選んだ戦場だった。
    「……ギャラリーは集まったようだな」
     鵜堂は言って、にやりと禍々しい笑みを若葉に向けた。
    「なあ、なんでおまえを選んだかわかるか?」
    「…………」
    「似た気配を感じたんだよ。おまえ、他の連中と違って、最初から生け捕りとか考えてなかっただろう? いや、考えてはいたかもしれんが、殺しても構わんとは思っていたはずだ」
    「…………」
    「明治の世でも退屈だったのに、この平成とやらは輪をかけて退屈だ――が、おまえのような奴もいるのなら、案外それほど世は変わってないのかもしれんな」
    「おしゃべりな男だ」
    「ああ。俺はおしゃべりなんだよ。なにしろこれから人を斬れるんだ。楽しくて楽しくて口も軽くなる。おまえはどうだ?」
    「人殺しを楽しいと思ったことはない――というか、人を殺したことなんてないよ」
    「うふはっ! うふわはははは! そいつはいい!」
     鵜堂は爆笑した。
    「それでその気配か! いやはや納得したよ――俺よりいびつな奴なんてそういないと思っていたが、どうしてどうして、おまえは面白い!」
    「人を変態であるかのように言わないでもらおう」
    「いやいや失礼失礼。しかし面白い奴だな。この時代、剣なんて残っているかも怪しいと思っていたが、おまえは剣を使っていたな。何者だ?」
    「自衛官――否。貴様にわかるように言えば……要は「軍人」だよ」
    「ほう」
     龍驤は話の合間に、こっそり野分に近づいてささやいた。
    (なあのわっち……あいつの後ろに、不意打ちで攻撃とかできへんかな?)
    (アンブッシュですか? たぶん無理でしょうね……ニンジャでもないのにあの男、異様に隙がないです。その上、こちらが手を出せば逃走しつつ無差別に辻斬りすると言われました)
    (やっぱそうか……若葉、大丈夫かな)
    「軍人か。ならば問おう。おまえは人殺しを罪と思うか?」
    「もちろん、犯罪だ」
     若葉は言って、
    「だが戦争犯罪ではないな」
    「……素敵な答えだ」
     にぃ、と鵜堂は笑った。
    「快楽のためでもなく、大義のためでもなく……義務のために人を殺す。一見して格好良く見えるがな。俺に言わせれば、おまえは俺よりずっと外道よ」
    「…………」
    「快楽のための人斬りは自分を満足させ、大義のための人斬りは世界を満足させる。だが義務のための人斬りは誰も満足させん……おまえ、それでも人を斬るつもりか?」
    「意味がわからん」
    「だろうな。だが生き残れば嫌でもわかるだろうよ。……うふふ、こいつは存外面白い。抜刀斎よりもある意味、楽しめるかもな?」
     言って鵜堂は、刀を抜いた。
    「どうした。おまえもさっさと刀を抜けよ」
    「刀は使わん」
     言って、若葉が懐から取り出したのは……刀ではなく。
    「多節棍……? 珍しいものを使うな」
    「違う」
    「なに?」
     若葉はその棍の関節部分をひねり、がちりがちりと固定していく。そして、それが終わると、懐から大きな鉄の穂を取り出して、棒状になった棍の先端に差し込んだ――
    「槍」
     若葉はつぶやいた。
    「このご時世だ。武器の携帯には制限が強い――携帯武器の種類は、貴様の時代より増えたよ」
    「うふふ。面白い」
     鵜堂は笑った。
    「剣は槍に相性が悪い。というより、長柄に相性が悪い。普通、武器は一撃必殺だ――斬られれば死ぬし、刺されれば死ぬし、殴られれば死ぬ。抜刀斎の逆刃刀だって、あれで殺さないのは奴が練達の技で手加減していたからに過ぎん。そしてリーチが長いということは、一撃必殺の攻撃が先に届くということだ」
    「……」
    「とでも思っているんだろう? 甘いよ」
     鵜堂はひょうひょうと言った。
    「剣道三倍段なんぞと言われてるがな。なぎなたならともかく、槍相手に三倍もいらん」
     言って鵜堂は――無造作に踏み込んだ。
    「かっ!」
    「! はあっ!」
     一瞬動きが止まった若葉は、しかし即座に「心の一方」をはね除けて槍を突き込む。しかし、一瞬の遅れがたたって、鵜堂に易々とかわされ、踏み込まれた。
    「突きは遅い」
     がきん! とかろうじて若葉の槍の柄が鵜堂の剣を受け止める。
    「斬撃と違い、穂先の速度にはてこの原理が働かん。故に遅い――剣客ならだいたい、止まって見える」
     つばぜり合いは体格に劣る若葉が不利。飛び離れようとするが、鵜堂はしつこく追いすがって横薙ぎ。がきん! と今度は、若葉が軽く吹っ飛ばされてたたらを踏んだ。
    「そしていったん詰めてしまえばリーチの差など関係ない」
     追いすがった鵜堂は今度は唐竹割りに行く。だがここで若葉は逆に踏み込み、槍の柄で相手の手を下から打ち据えた。
    「ぬっ……!」
    「ふっ……!」
     若葉は槍を捨て、小太刀を懐から取り出して襲いかかり――次の瞬間、それを捨ててはじかれるように左に跳躍。すれすれのところを、鵜堂の刀が通過していった。
    「……ほう」
     両者は距離を取って対峙する。最初と変わらない――否。戦況は大きく変わっている。
     若葉は槍を失った上に、小柄な身体のせいで体力を大きく消耗し、肩で息をしている。
     そして対する鵜堂は――
    「面白いな。いまの『背車刀』は、抜刀斎すら初見ではかわせなかった技だ――なぜかわせた?」
    「あまりおしゃべりは好きではないが」
     言いながらも若葉は答える。……体力を回復させる、時間稼ぎのためだ。
    「貴様が死んだ後の150年ほど……我々の技術が進歩しなかったと、本当に思っているのか?」
    「…………」
    「攻撃のための手を背後に隠し、どちらの手で攻撃するかを読ませない――こんなもの、戦場格闘技では基本の一つだ。だからその技は『知っていた』……そして、破り方もな」
    「破り方?」
    「意図的に、貴様の右側に視線を常に寄せておいた。……貴様が無意識に左手の攻撃を選択するようにな」
    「う、ふふ」
    「そして……読めていれば、その隙は攻撃に利用できる」
     若葉は鵜堂の左肩を見ながら言った。
     そこには――二本の鉄の棒が、突き立っている。
    「あれは……クナイ・ダート? いや、スリケン? どちらとも違う……」
    「棒手裏剣だよ」
     鵜堂はその鉄を抜いて放りながら、言った。血がそこから噴き出した。
    「なるほど……わかってきたぞ。おまえは、剣士でもなければ槍術師でもない。その本質は――」
    「そうだ」
     若葉はうなずいた。
    「自衛官、若葉。普段は海上勤務だが――本来の専門は、『暗器使い』だ」
    「……うふ、わはは」
     鵜堂は愉快そうに笑った。
    「槍も小太刀も捨てるのが早いわけだ! 面白い――面白い面白い面白いぞ! おまえを斬ってやりたくて仕方がなくなってきた!」
    「無理だ」
     言って若葉は、もう一本の小太刀を懐から取り出して、右手に構えた。
    「貴様には我が攻撃は見切れん」
    「…………。
     我、不敗なり」
     ぼごん、と、鵜堂の身体が不自然に跳ねた。
    「我、無敵なり」
     ぼごん。すさまじいプレッシャーが地を駆け、当てられた双葉がぶるりと震える。
    「我……最強なり! うふわははははあ!」
     ぼごん。最後の震えと同時に、鵜堂が仕掛けた。
     駆け寄って、全力真っ正面からの平突き――それに対して若葉は小太刀でいなしつつ、左手に隠していたデリンジャーを発砲。鵜堂の右腕から血が吹き出る。だが止まらない。
    「この程度では止まらん! 『憑鬼の術』を用いた俺はな!」
     次いで一文字、横薙ぎ。だが若葉は後ろに飛びずさりつつスーパーボールを地面に投げる。バウンドしたそれは追ってこようとした鵜堂の眉間に着弾、たたらを踏んだ鵜堂にスライディング気味に近接した若葉は小太刀を足に突き立てる。だが自己暗示で肥大化した筋肉は容易には貫き通せない。十文字、唐竹割り――それを転がってかわしつつ、若葉はピンを抜いた閃光弾を投擲。爆発。閃光で一瞬なにも見えなくなる。が、それでも鵜堂は止まらない。大上段からの一撃が迫る。若葉にはかわす手段が――ない。
    「若葉ぁ!」
    「アブナイ!」
    「いや……!」
     次の瞬間。
    「かっ!」
    「なにっ?!」
     鵜堂の動きが一瞬ぶれる。その瞬間、若葉は前転して鵜堂の横に移動すると、全身のバネを使って伸び上がりながら、寸鉄を眉間に叩き込んだ。それでも効かない――はずだ。『憑鬼の術』で超人化した鵜堂には効かない――超人化しているなら。
    「あ、が、は……!」
     鵜堂が、二、三歩、後退する。
    「お、おまえ、それは――」
    「心の一方――と言ったな」
     若葉は平然と言った。
    「言っただろう。150年の間に我々は進歩したと。……催眠武術の類を貴様だけが使えると、いつから錯覚していた?」
    「お、なじ、技術……!?」
     鵜堂が目を見開く。その身体に、気配に、先ほどまでのプレッシャーはもう、ない。
    「貴様に、我が奥義を見せてやろう」
     若葉は言って、……目を、軽く閉じる。
    『我は駆逐艦――英傑たる駆逐艦――
     その身を以て海原を駆け、力示す者。
     かつて沈みし鋼鉄の船、《若葉》の継承者』
     ごう、と若葉を取り巻く空気が一変した。
     背丈も小さく、細身の少女であるはずの若葉が――なぜか、とてつもない重い存在であるような錯覚。
    「『憑鬼の術』というのは、要は、これだろう?」
    「……うふ」
    「自己暗示によって自己の力を高める術。それに我々は、かつての艦船のモチーフを混ぜることで、飛躍的に完成度を高めた。……貴様は、鋼鉄でできた2000トンの艦に、勝てる自信はあるか?」
    「うふ、うふふ、うふわははははは!」
     鵜堂は剣を横薙ぎに振るい――がきん、という音と共に、鵜堂の剣が折れた。
     若葉の身体に届いたはずの剣が、見事に折れていた。
     ……まるで、鋼鉄にたたきつけたかのように。
    「終わりだ。……もはや、続ける理由もない」
    「……殺さないのか?」
    「どうせ貴様は死んでいるようなものだろう」
     若葉はそっけなく言った。
     だが鵜堂は笑って、
    「それはどうかな」
    「なに?」
    「かっ!」
    「あっ!?」
     叫んだのは、双葉だった。
     その顔が青くなり、ぱくぱくと口を上下する。だが、
    「心の一方を強くかけた。呼吸器に影響が出るほどにな。……こうなれば、俺にもこの術は解けん。俺を殺す以外の解決策はない」
    「…………」
    「殺せよ。さあ殺せ。栄えあるおまえの最初の殺人だ。俺は満足できる。おまえもあの娘を救える。ためらう理由はどこにもない――さあ、殺してみろ!」
    「馬鹿か貴様」
     言って、若葉はすたすたと鵜堂を無視して双葉の前に行き、ぱん、と手を叩く。とたん、双葉はげほげほと咳き込んだ。
    「げはー、し、死ぬかと思った……」
    「…………」
    「もう一度言う。……我々は進歩した。そう言ったはずだが」
    「う、ふ」
    「だいたい、さっきも言っただろう。人殺しは犯罪だ」
    「……だが戦争犯罪ではない」
    「そうだ。そして今は戦争ではない」
    「…………」
    「人殺しをためらうつもりも理由もないが」
     若葉は淡々と、言った。
    「貴様ごときに殺しの罪悪感を植え付けられるほど、この若葉は未熟ではないよ。……馬鹿にするな」
    「……俺の負け、か」
     鵜堂は、地面に倒れ、笑った。
    「だが、満足だ。……そうか。これが「負け」なのか……」
    「悪くないか?」
    「ああ、悪くない」
     鵜堂はほほえんで……そして、ゆっくりと目を閉じた。
     それが、決着だった。


     帰り道。タクシーの中で。
    「しっかし……めちゃくちゃ強かったなぁ、若葉」
    「そうか?」
    「せや。自己暗示で艦そのものになりきるとか、もうむちゃくちゃやん。ウチらの中でもそうとうなトンデモ度やで」
    「ああ、あのはったりか」
     ぴたり。全員の動きが止まった。
    「はっ、たり……?」
    「いくらなんでも、鋼鉄の船レベルになれるわけがないだろう。私の技術はあいつの『憑鬼の術』と大差ないよ。強くはなれるが、あくまで人間の範囲内だ」
    「じゃ、じゃあ、なんで剣が折れたん?」
    「閃光弾で目つぶししたときがあっただろう。あのときに薬品を投げといた」
    「…………」
    「そしてこの制服はケブラー製でな。本式の日本刀ならともかく、薬品で脆くなった刃などは通さない。なので」
     若葉は平然と、
    「鉄の棒で思いっきり殴られた程度のダメージで済んだ」
    「重傷やん!」
    「大丈夫だ。あばら骨はたぶん折れてるが」
    「大丈夫やないわボケ! あああ運ちゃん目的地変更! 病院! 最寄りの病院へ!」
     慌てる龍驤と、動じない若葉。きょとんとしている野分を見ながら。
    「まあ、なんというか……」
     双葉はつぶやいた。
    「従者のわたしが選べることじゃないんだろうけど……怖いところに呼び出されちゃったなあ、やれやれ」


    第壱話、了



    おまけ:従者名鑑


    No.001 小田切双葉
    出典:「三者三葉」
    術者:龍驤
    属性:Neutral-Normal
    性別:女
    外見:普通の女子高生
    得意技:大食い、料理、サクラ
    解説:空母探偵龍驤の従者。平和な状況で誘導もなしに呼び出したせいか、極めて平凡かつ平和な存在が呼び出されてしまった。大食いで普段の言動が軽いので馬鹿だと思われることもあるが、実際には割と頭が回る。胃袋だけは本当に謎。


    No.009 鵜堂刃衛
    出典:「るろうに剣心」
    術者:不明(名前を名乗る前に鵜堂に斬られたため)
    属性:Neutral-Evil
    性別:男
    外見:明治の警官服で偽装
    得意技:二階堂平法「心の一方」、背車刀、憑鬼の術
    解説:神道系魔術結社が用心棒として呼び出していた従者。タネを割らせないようにするため、斎藤一の真似で牙突もどきで戦わされていた。タネが割れ、追い詰められると術者を殺害し、最後の戦闘を楽しむために若葉との一騎打ちに挑む。


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