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ご卒業おめでとうございます。

2019-03-16 13:00
    ご卒業おめでとうございます。

    今日まで多くのことを学び
    体験してきたことでしょう。
    一番思い出に残っていることは何だったでしょうか?
    密度の濃い、有意義な時間を過ごされたことと思います。
    今日のこの日を迎えられたことを
    心よりお祝い申し上げます。

    みなさんには「無限の可能性」が秘められています。

    と、よく耳にすると思います。

    こうした晴れの舞台では、お馴染みの表現かもしれません。
    誰もが聞いたことがある、よく知られた言葉で
    ご存知のとおり、限りのない可能性のことを表しています。

    この「無限の可能性」という言葉からは
    素晴らしい人生や輝かしい未来といった
    前向きな意味合いが豊かに連想されます。
    何者にもなれる。
    どんなことでも成し遂げられる。
    あきらめなければ、自分が望む人生や
    誰もがうらやむ成功が待っている。
    自分の人生を思うがまま進もうとする皆さんにとって
    この言葉は希望に満ち溢れた、大変に素晴らしい言葉です。
    今、この場で「無限の可能性」と述べたということは
    そうしたポジティブな意味を有する言葉として
    前途有望な皆さんに贈る言葉として
    大変にふさわしいものと思います。

    では反対に、否定的な意味合いで
    ネガティブなものを連想させる言葉として
    ”可能性”を用いる場合についても考えてみましょう。
    何と言うでしょうか?

    それは「恐れ」だと思います。

    ”朝方は雨模様ですが、午後には晴れる可能性があります”
    ”大型の台風が上陸する恐れがあります”と
    たいがいは、このように使い分けをするそうです。

    ですが、上陸する可能性があります、と使っても
    何ら語弊はないように思えます。
    ”遭難する可能性が出てきた”
    ”このままだと飢え死にする可能性も出てくる”
    ”今日の手術が失敗する可能性も否定できない”
    などなど。
    どうやら「可能性」という言葉には
    肯定的にも否定的にも用いることができる
    中立的な立場もあてはまるようです。

    となると、この「無限の可能性」という
    皆さんにとって聞き慣れた言葉が帯びる意味合いを
    用心して捉えることが必要だと
    私などは考えずにはいられません。

    それは「可能性」という言葉は
    肯定的否定的関係なく
    考えられうるあらゆることが含まれる、という
    あいまいで大きな意味を持つということであり
    「無限の可能性」という言葉は
    考えられうるあらゆることに限りがない、という意味として
    捉えることができるということです。

    つまり、この言葉の意味は必ずしも
    善い意味「だけ」が当てはまる訳ではないということです。

    何者にもなれる、ということは
    成功者にも善人にもなれるし
    悪人にもなれるということです。
    努力に努力を重ねたからといって
    自分の望む人生や
    誰もがうらやむ成功が将来が
    待ってくれるという保障は、どこにもないということです。
    自分の人生を思うがまま進もうと思うことと
    実際に進むこととは全く違うということです。

    最初に私は
    みなさんには「無限の可能性」があると言いました。

    それはつまり、祝福でもあり期待でもあり
    そして、助言や警告でもあるということです。

    みなさんには「無限の可能性」があります。

    どうか、この言葉がもつ多様な意味に目を凝らし
    注意深く捉えていただきたいのです。

    僕には
    私には
    「無限の可能性」があるのだから
    誰が何と言おうと、自分の夢や目標を追いかけるんだ。
    と、勇ましく立ち向かうのは素晴らしいことです。
    幻想を持つことは若者の特権です。
    幻想を現実に変えられるのもまた、若者であると思います。

    でも、無限の可能生=手に入るではないということに
    注意していただきたいと思います。
    これだけ頑張ったんだから報われるはず、とか
    こんなに努力しているんだから手に入る、など
    見えない誰かに取引を持ちかけても
    それはただの自分勝手になってしまいます。
    夢や目標を持つということは
    努力は当たり前のことであると心得たうえで
    そして、努力が必ずしも報われるものではないと
    心の準備もするということです。
    思い描く何かが成就し、成功する可能性も
    夢破れて失望し、何かに失敗する可能性も
    同等に存在するという意味で
    「無限の可能性」があるのだと
    覚悟をしていただきたいと思います。

    ここまでの私の言葉を聞いて
    そんなはずはない。
    あきらめなければ夢は叶うんだ。
    裏を返せば、あきらめたら夢は叶わない。
    あきらめずまっすぐに突き進むことこそが本当だ、と
    挑戦する心に満ちた
    冒険心旺盛な僕や私がいるかもしれません。
    たしかにその通りではあります。
    ですが、そうして夢が叶った人が
    いったいどれくらいいるのでしょうか。

    私が言いたいのは何も積極的に「諦めろ」と
    言いたいのではありません。
    あきらめないと貫き通すことの大変さと
    危険さを述べたいのです。
    確かに、あきらめなければ開かれる
    大きな可能性はあるのでしょう。

    でも、時には
    あきらめることによって開かれることもあります。
    当時はあきらめた、と思っていても
    後から振り返ると正しい選択だったと
    思えることもあるのです。

    悔いのない人生を送ることは本当に難しいです。
    どう難しいのかというと、本当に悔いがないかどうかは
    挑戦した後、終わってみないとわからないからです。
    死ぬそのときまでわからないこともあります。
    そして、歴史に偉大な足跡を残すような人でも
    まったく悔いを残さず死んでいったかというと
    全ての人がそうであるとは限りません。

    悔いを拒まず、不自然に嫌がらず
    悔いそのものも大きな視点でみれば
    自身にとっての学びだということを
    受け入れていただきたいと思います。

    どうか、悔いのないように生きたいと思いすぎて
    自分を痛めつけないようにしてください。
    悔いのないように生きるんだと思いすぎて
    周りを悲しませないようにしてください。

    後悔を経て、強くなる人間もまた
    たくさんいますから。

    「無限の可能性」を秘めた
    皆さんのこれからの活躍を期待しています。
    本日は本当におめでとうございます。


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