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【武神】「神功皇后の三韓征伐」(日本の歴史「古事記」より)
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【武神】「神功皇后の三韓征伐」(日本の歴史「古事記」より)

2018-04-10 02:44
    【武神】「神功皇后の三韓征伐」(日本の歴史「古事記」より)

    使用曲:「千本桜」(黒うさP)
    替え歌:武神

    神功皇后の三韓征伐、日本書紀によれば200年頃
    仲哀天皇急死したので、かわって朝鮮征服
    韓国側の史料でも、369年から遠征
    390年代までに、大規模な遠征

    広開土王は好太王と呼ばれ、南百済、北喫舟
    西は後燕、侵攻して、領土拡大に、つとめたと
    息子長寿王、功績称え、四一四年、広開土王碑を
    建てられたよ、高句麗の王、第十九代の、広開土王碑

    当時の日本が朝鮮半島で、軍事力発揮していた事実の碑文
    当時の日本が強大な中央政権、すでに存在していたことわかる
    韓国側はこれを否定、碑文の主語を高句麗と
    主張している支配下に、おいてたことを

    現代シナ人、の研究によって、これを否定、「三国史記!」
    朝鮮半島に、一次史料、なかったことが幸いで
    シナ民族が守ってくれた、コリア人の破壊まぬがれた
    古代朝鮮半島、日朝関係史、知るうえで非常に貴重なもの

    三韓征伐時、神功皇后は、応神天皇身ごもってた
    腹帯締めて、出征した、日本書紀、の記述

    朝鮮から凱旋すると、待ちかまえてた応神天皇
    生まれた場所、ウミ名付けた、神功皇后の孫が仁徳天皇

    前方後円墳、仁徳天皇稜、四世紀には、日本に強大な
    統一国家、できていたこと、示すものである、証拠資料
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