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荻上チキ責任編集 “α-Synodos” vol.125 誰がための「暴力」か
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荻上チキ責任編集 “α-Synodos” vol.125 誰がための「暴力」か

2013-06-01 21:00
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    荻上チキ責任編集
    “α-Synodos”

    vol.125(2013/06/01)

    誰がための「暴力」か

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    ★今号のトピックス

    1.石井光太×吉本浩二・・・震災以後のノンフィクションに挑む

    2.経済ニュースの基礎知識TOP5
    ………………………片岡剛士

    3.読書、時々、映画日記
    ………………………荻上チキ

    4.スポーツに暴力は必要か
    ………………………山口香

    5.滝充氏インタビュー
    「いじめ対策法」に物申す――いじめの実態を共有するために


    ○編集後記・・・山本菜々子

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    chapter 1
    石井光太×吉本浩二
    震災以後のノンフィクションに挑む

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    作家は、そして漫画家は、3.11にどう向き合って来たのだろうか。
    新進気鋭の両者がノンフィクションについて語り合う。(司会:荻上チキ)

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    http://synodos.jp/wp/wp-content/uploads/2013/05/0a704a2f283ca619dacf648c3af7f63b.jpg
    写真左から石井氏、吉本氏

    ◇それぞれのスタイルで

    荻上:今日はお二人にノンフィクションの切り口についてお話していただけたらとおもいます。まずは、お二人がそのスタイルを選んだきっかけはなんだったのでしょうか。石井さんはなぜ、ものをかくようになったのですか。

    石井:親父が演劇関係の仕事をしていて、周りにものをつくる人間しかいませんでした。それが当たり前という環境で育ってきたんです。はじめは、映像と文章の世界の両方に興味があったんです。でも映画ってみんなで作りあげていく分、妥協の産物だとおもって。自分の意見ってその中でどうしても消えていってしまいます。でも、本というのは、自分ひとりでつくっていく部分が大きくて、こっちの方が自分に合っているなとおもいました。

    谷崎潤一郎の『春琴抄』に佐助が目を潰す場面があるじゃないですか。それを読んだ時に、文章の方が映像よりもリアリティがあるとおもって。中学生の頃には活字というメディアに魅力を感じていました。高校の頃にはもうこれで行こうと決めていましたね。

    なぜ、ノンフィクションをやっているのかと聞かれたら、別にノンフィクションにこだわっているわけじゃないんです。大学一年生の時に初めてアフガニスタンとパキスタンに旅行に行った時、物乞いがずらっと並んでいるのを見ました。直感的にこれを自分はやらなきゃいけないし、やれば全て上手くいく、という確信を持ったんですよね。あくまでも感覚的なものだったんですが……。それがノンフィクションをかくきっかけです。

    荻上:ミシマ社さんのインタビューで、文章のテクニックの訓練をしていたとお答えになっていましたね。

    石井:親や周りにものをつくる人間ばかりだったので、どこまでやらなきゃいけないのかということがパラメーターとしてわかるわけです。例えば、親父の仕事を見れば、どれだけセットをつくるために絵をかかないといけないかわかるし、オペラ歌手がどれだけ歌い続けてきたのかわかる。作曲家の人達がどれだけモーツアルトを模倣していたかということもわかるわけです。

    文章だってまったく同じ話であって、文芸という世界で生きて行くんだから、それを芸にしなければいけない。誰かを真似したことのない絵描きっていないだろうし。クラシックをやる人間でベートーベンモーツアルトを聞いたことのない人間はいないだろうし。

    荻上:みんな初めはコピーから入りますもんね。

    石井:そうです。文章だって同じ話だとおもうんです。だから、芸を身につけるということを当たり前に考えました。本を一日三冊読んで、短編をどんどん模写していったのですが、それは自分の中で当たり前でしたね。

    荻上:写真も撮られてますよね。石井さんの中で写真ってどういうものなのでしょうか。写真が表紙にも使われていますし、「写真集を出さないか」という話もあるとおもいますが。

    石井:ありますね。でも、ぼくは写真ってあんまり得意だとはおもっていません。訓練もしたこともないですし。ただ、自分の写真がなぜ商品になるのかというと、誰も撮っていない写真だからだとおもうんです。

    つまり、同じ材料を写真家が撮った方がそれは上手いに決まっているんです。でも、写真家は物乞いの写真をとらないわけです。であれば、それを撮ったぼくの写真は作品でなくても記録として成り立つ余地があります。

    なににしても最低限の技術は必要です。ただ、その技術だけではダメ。それにプラスアルファで他の人がやっていないことを、どうやっていくのかということだとおもいます。蔵前仁一さんが『旅行人』という雑誌をつくっていた時、毎月のように「オレの旅行本を出してくれ」という人が来たらしんですよ。彼は「人が怒っている写真を撮ってきたら本にしてあげるよ」といって帰したようです。でも、そんな写真を取れる人なんて誰も現れなかった。

    笑顔の写真だったら、死ぬほど上手いカメラマンが撮っても写真集にはならないわけです。その倍率たるやすごいですから(笑)。でも、怒った人間の写真はなかなかとれないから、その写真集は簡単に出せます。お客さんは写真が上手い下手だけで写真集を買うわけではないんです。

    荻上:吉本さんは、漫画家になられる前は、テレビの制作のお仕事をされていたんですよね。漫画は小さい頃からかいていたんですか。

    吉本:そうですね。漫画はかいてましたけど、ぼくはそんなに画力がないんで。

    荻上:いえいえ。

    吉本:偶々受かった社会福祉の大学に行って、当時流行っていた8mmビデオで映像を撮って、編集して友達にみせたらすごく喜んでもらえて。それでTV業界に入りました。先ほど石井さんもおっしゃっていましたが、映像ってなかなか自分の思い通りにいかないものなんですよ。カメラマンの方に指示を出したりしないといけません。そういうことが性格的に苦手だったので、ひとりでかいた方が自分のかきたいものをかけるかなと思い漫画家になりました。
     
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