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なにかを深く好きになることが必要だ〜『森卓也のコラム・クロニクル 1979-2009』
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なにかを深く好きになることが必要だ〜『森卓也のコラム・クロニクル 1979-2009』

2016-10-07 22:34


    公式サイト  https://takuyamori2016.tumblr.com/

     今夏は渥美清の没後20年。BSプレミアムでは『男はつらいよ』シリーズの代表作が連続放送され、関連番組も複数制作された。
     ということは、渥美清がライバル視したフランキー堺も没後20年なのだが……、こちらはほとんど採り上げられない。晩年、役に恵まれなかったフランキー堺と異なり、渥美清といえば国民栄誉賞受賞者であり、「寅さん」で今も高い知名度を誇っている。この差は大きい。
     今夏に放送された渥美清関連番組も、「渥美清=寅さん」という往年の図式を強化・啓蒙するためのものだったわけだが、中でも野心的だったのは、原作・小林信彦によるドキュメンタリードラマ『おかしな男〜渥美清・寅さん夜明け前』だろう。渥美清の内面に潜む暗さと獰猛さ、やがて「寅さん」というキャラクターに収斂されてゆく、ある側面を巧みに紹介しており、渥美を演じた柄本佑も、孤独な芸人の気配を感じさせて見応えがあった。
     この番組の少し前、NHK総合で原作・黒柳徹子による連続ドラマ『トットてれび』が放送され、こちらにも渥美清が登場していた。テレビ放送の創世期から黄金期への過程をはしゃぎ気味の実録ドラマに仕立てた内容だが、そこでは渥美清(中村獅童)と黒柳徹子(満島ひかり)の初対面は以下のように描かれる。
     舞台はNHKの生中継スタジオ。慣れぬテレビで緊張気味の渥美はセリフ覚えが悪く、天真爛漫な黒柳にいら立って、つい「アマ!」と怒鳴りつける。黒柳は「アマっておっしゃいますと? それ、日本語ですか?」とやり返す。

     渥美「ああいやだいやだ、この手の女は本当にいやだね!」
     黒柳「この手の女とおっしゃいますと?」
     渥美「山の手でお生まれになって、音楽学校かなんか出て、苦労知らずのいけすかねぇ女のことだよ、アマ!」

     下町育ちと山の手育ち、階層の異なる男女が出会い、最初はその背景の違いからいがみ合うが、いつしか深い友情へと変わってゆく……、というアメリカ映画の王道パターンに人物をあてはめていたわけだが、当時の渥美清がきわめてアクが強く、怖い印象を与える人物だったのは本当だ。日本テレビのプロデューサーだった井原高忠は売込みに来た渥美を見てヤクザかと疑ったという。
     しかし、ちょっと気になったのは、はるか後の「徹子の部屋」で、この時の初対面について、当人同士が語りあったことがあるからだ。倍賞千恵子と並んでゲスト出演した渥美清は、倍賞に向かって「この人(黒柳)はね……」と、山の手育ちの黒柳が浅草ストリップ小屋出身の自分に対し、いかに見下した対応をしたか、面白おかしく話し始めたという。
     残念ながらこの「徹子の部屋」、実際の放送を視聴してはいない。ではなぜ知っているかというと、先月ついに読み終えた『森卓也のコラム・クロニクル 1979-2009』に書かれていたからだ(1986年3月「“間接話法”二題」より)。この時の渥美の「話法」について、森卓也のコラムから引用すると……。

     もってまわった、いやらしいやり方とも言えるが、正面きって“カドを立てる”のを避けたがる私たち日本人が、言いにくいことをいうとき用いる手でもある。
     渥美と黒柳は古い友人なわけだが、やった側は忘れてもやられた側は忘れないものだ。渥美としてもどこかで吐き出しておきたかったのだろう。

     名著『アニメーションのギャグ世界』で知られる映画評論家・森卓也は、映画、アニメーションはもちろん、テレビドラマや落語、笑芸全般に造詣が深い(鈴木清順監督『けんかえれじい』、『殺しの烙印』のギャグ・アイディア担当者の一人でもある!)。『森卓也のコラム・クロニクル 1979-2009』は30年に渡って新聞に掲載されたコラムを編集したもので、ひとつひとつが短い分、モリタク節の特徴が如実に伝わってくる。それはまず、海外のアニメーションを研究する上で鍛えられたと思しき、練られた「芸」に対する貪欲な観賞眼。野暮なもの、重苦しいものを嫌い、それでいて芸の内にひそむ人間心理の機微、現代社会に向けられた鋭い洞察を見逃さない。加えて、この昭和8年生まれの見巧者の根底には、傷つけられる者からの視点、傷つける者への生理的な警戒心が備わっている。先ほどの引用も、トーク番組の中で渥美清が一瞬見せた、屈折した感情がとらえられて心に残った。
     30年に渡るエンタテインメント評判記『森卓也のコラム・クロニクル 1979-2009』だが、劇団☆新感線の舞台や三谷幸喜のドラマは取り上げるのに、松尾スズキや宮藤官九郎にいっさい触れていないのは、彼らの狂躁的かつ露悪的な笑いが、時として人を傷つける側に回りがちなのを見過ごせないからかもしれない。一方で園子温が『自転車吐息』で登場すればその新鮮な感覚を紹介し、『ある朝スウプが』で脚光を浴びた自主映画サークル「群青いろ」についても、すぐさま全作品をチェックする身軽さもある。中国映画、韓国映画の充実について触れるのも早ければ、海外テレビドラマは今や劇映画を上回る満足度、と20年以上前から公言している。京劇を観賞すれば、役者の動きを巧みにスケッチし、そこからスラップスティック(ドタバタ喜劇)俳優に小身短足が多いことを思いやるセンス。エドワード・ヤン監督『牯嶺街少年殺人事件』が評判になれば、3時間版と4時間版を比較し、あるショットの有無による「描写の重み」の差を指摘する。巣に毒餌を運び込ませる型のアリ用殺虫剤CMを目にすれば、細菌戦や枯れ葉剤作戦に似たおぞましさ、と嫌悪感を隠さない……。
     西洋の思想家の言葉を引用しては画面内の運動がどうしたと語りたがる映画青年や、ことさらに大昔の作品・人名ばかり取り上げたがる復古主義者とはひと味もふた味も違うのだ。

     テレビタレントの「芸」にもきびしく、黒柳徹子のトークの衰えを嘆く一方、教養が必要な話題を巧みにさばく島田紳介はお気に入り。チャンバラトリオのコント『国定忠次』のアイディアが、テックス・エイヴリーの短篇アニメ『呪いの黒猫』と酷似していても、「アイディアの不思議な一致」とだけ書いて見逃すが、「さんまのからくりTV」の人気コーナー「ご長寿クイズ」については、老人を嘲笑するもの、と激しく怒り、「年配者は何を知らないかではなく、何を知っているかで評価したい」と書く(この一言、山田太一のドラマ『男たちの旅路』の一篇「シルバーシート」での加藤嘉のセリフ、「人間はしてきたことで敬意を表されてはいけないかね?」を思い出す)。
     映画館の上映におけるスクリーンサイズの正確さや、上映時の画面のヌケ(明るさ)が適切かどうか、映画や海外の番組がテレビ放送の際にカットされる問題などにこだわる記述が多いのも、「芸」を正確な形で見せてほしい、それこそが作り手への礼儀である、という鑑賞者の倫理に基づいている。
     例えば、1985年3月「『砂の女』をカットしてはいけない」では、勅使河原宏監督『砂の女』がNHK放送版では23分もカットされていた、と非難する内容だが、これは勅使川原プロがカンヌ映画祭出品後に124分の海外版を公式としたためで、ビデオソフトもこの版で販売されていた(現在は147分の初公開版がDVD化され、名画座でもこちらが上映されている)。ゆえにNHKの責任ではないのだが、村人役の三井弘次の演技を脳裏に刻み付け、公開から20年後にその欠落を指摘できる記憶力にはまったく恐れ入るほかない。


    「アニメーションのギャグ世界」(1979・奇想天外社版)

     私が森卓也の名を知ったのは、中学生のころ。筒井康隆『みだれ撃ち讀書ノート』に載った、『アニメーションのギャグ世界』評を読んだのがきっかけだ。なにしろ「筒井康隆ファン必読、かんべむさしファン必読。小林信彦ファン必読。ドリフターズ必読。テレビで動きのないつまらんアニメ作ってるやつ必読。ロブ=グリエの読者必読。映画ファン必読。むろんのことマンガ劇画ファンも必読」と書かれているのだからたまらない。すぐ図書館にすっ飛んでいった。しかし当時絶版の『アニメーションのギャグ世界』は田舎の図書館では手に入らず、代わりに『シネマ博物誌』を借りて読んだところ、エノケン、エンタツ・アチャコ、バスター・キートン、ディズニーアニメ、ワーナーアニメ、宮崎駿、キング・コングなどの魅力をわかりやすく、かつ具体的に綴る文章に惹きつけられ、たちまちファンになった。愛知県に住んでいたので、著者が一宮市在住という点にも親近感を抱いた。
     中日新聞に「からむニスト」という匿名コラム欄があることは、愛知県人としていちおう知っていた。しかし我が家が購読するのは朝日と読売、「からむニスト」の執筆陣に森卓也が混ざっていたとは不覚にも気づかずじまいでまったく惜しいことをした。その中日新聞に30年間に渡って掲載されたコラムを、放送作家の和田直久が編集だけでなく装画まで担当した『森卓也のコラム・クロニクル 1979-2009』、出版計画を知ったのは5年前なのでずいぶん長く潜行していたものだと思うが、完成した本を見て納得。活字ギッシリの2段組で700ページ近い分厚さである。これで新聞掲載コラム全体のおよそ6割の分量だそうだ。珠玉のコラムを1日数ページずつ、就寝前の楽しみとして読み続け、読破するのになんと4ヶ月以上かかってしまったわけだが、今ではちびちび飲み続けた大事な酒瓶がついに空になってしまったような寂しさを感じるばかり。

     30年分のコラムを振り返れば、その時代の空気が肌によみがえる。コラム第一弾は1979年8月。ミュージカル映画のダンスシーンをコラージュした舞台『アメリカン・ダンスマシーン』の紹介だが、プログラムの記述に映画『砂塵』と『大砂塵』を混同するミスが生じていることをきっちり指摘している。
     さらに1980年1月には正月映画『ルパン三世・カリオストロの城』を「三回見た」「まれに見る壮大かつロマンチックな冒険活劇である」と激賞。当時「アニメージュ」はまだ創刊2年目。宮崎駿の名は若いアニメファンの間でようやく認知されてきたばかりのこの時代、新聞コラムでその面白さを紹介したのは森卓也だけだったのではないか。この9ヶ月後には、「『ルパン三世』最終回は宮崎駿」とテレビ版『ルパン三世』(2rd)に参加していた「照樹務」なる人物が宮崎駿であることを伝え、不世出のアニメ作家への注目を呼びかけている。

     また、追悼コラムも多く収録されている。1981年8月の「向田邦子を悼む」を読むと、

     向田作品の本領は、一見ありふれた人々の日常の行動を、一皮むいて描くところにあった。そして、その本性の多少のいやらしさをひっくるめて、人間を、いとしい生きものとして見つめる温かさ。

     と、作家論を簡潔にまとめてみせる。向田ドラマへの思い入れはこの20数年後の2008年、緒形拳の追悼にも表れている。名作『阿修羅のごとく』で八千草薫の夫を演じた緒形が続編『阿修羅のごとく パート2』ではなぜ降板してしまったのか(露口茂に交代)、本人にたずねた思い出を語っているのだが、緒形の答えは「同時期に出演したドラマと放送時間が重なってしまったから」。並のライターならこれで納得するかもしれないが、当時の番組表をきちんと調べ直すのがモリタク先生。そして裏の時間帯に緒形出演のドラマなど存在しないことを突き止める。ではなぜ……と推測を広げてゆくのだが、こうしたいい意味での「マニアのしつこさ」が批評にさらなるふくらみを与えているのは確かだ。

     映画、アニメに並んで落語や漫才、小劇場公演も熱心に鑑賞しており、落語では上方の桂米朝、桂枝雀、東京の古今亭志ん朝、立川談志らを中心に、じつに多彩な公演に足を運び、若手の成長にも目を配っている。これは名古屋という、東京と大阪の中間地点に住んでいることの強みだろう。どちらかに思い入れを深めることなく、適度な距離感を保ちながら高座を楽しんでいることが、文章から伝わってくるのだ。編者の和田直久は本書の解説(秀逸な森卓也論である)で、その批評の特徴について「安易な接近がない」と指摘しているが、重要なポイントだと思う。
     1980年2月「有望新人、小朝の登場」を読むと、新人・春風亭小朝を「未来の大器といってもいい」と激賞。初期の小朝が志ん生や談志の物真似を得意とした、なんてこれを読むまでまったく知らなかった。1986年11月の「春風亭小朝のナンセンス越え」では、名古屋ラジオの公開録音で小朝が演じた「扇の的」を、かつての談志に匹敵と絶賛する。ところが1995年2月になると、「安易な独演会」と題し、下ネタ頼りとなった小朝独演会の安易な構成を指摘、「名古屋をナメなさんな」と叱責する。その後の小朝の高座については、上出来な時は賞賛を惜しまぬが、不出来な時は手きびしい。ホメ殺しはしないのだ。



    イッセー尾形一人芝居「指導員」


     落語と並んで、森卓也が情熱豊かに「追っかけ」をしているのが、イッセー尾形と山田太一。1985年2月「イッセー尾形は舞台を見るしかない」から、2009年5月「イッセー尾形の趣向と本質」まで、たびたび取り上げられるイッセー尾形の一人芝居をめぐる劇評は、ファンにとっては貴重な同時代の証言であり、イッセーの舞台と演じるネタがどのように発展していったかを示す参考資料でもある。
     1987年8月「イッセー尾形は舞台がいい」では、テレビ用に収録された「イッセー尾形の都市生活カタログ」のネタを、舞台収録のビデオ版や過去の公演の記憶と付き合わせ、どのような変更が加えられていたかチェックする、恐ろしくマニアックな内容だが、それを新聞の小コラムでサラリと書いてしまうのがすごい。
     一人芝居形式の「ピン芸人」が増えた今、イッセー尾形の演技をDVDや動画サイトで見て「たいして笑えない」、「長いし地味」という印象を抱く若い人が少なくないようだ。しかし、イッセー尾形は芸人ではなく「役者」であり、舞台空間そのものを体験しなくては正当な評価はできまい。あの一人芝居はそもそも「笑い」が主眼ではないのだから。
     演技による日本人論ひいては人間論をつむぎ続け、熱狂的な支持者を生んだイッセー尾形と演出の森田雄三だが、2012年に一人芝居の活動を休眠、コンビを解消してそれぞれの道を歩んでいる。現在もなお変化を続けるイッセーの活動についてどう思っているか、著者に質問してみたくもなる。


    『森卓也のコラム・クロニクル 1979-2009』本文 

     そして山田太一。同世代ということもあるのか、森卓也のこのドラマ作家への執着は並ならぬものがあり、1981年4月「山田太一作『午後の旅立ち』」から2009年3月「山田太一ドラマの名場面」まで、新作ドラマ、舞台公演に関してはその大半を取り上げている。なにげない日常の中から、人間のいびつでスリリングな側面が浮かび上がるさまを鮮やかに描くその「芸」に、著者が惚れるのはよくわかる。
     1982年3月「山田太一『想い出づくり』最終回」では、結婚適齢期(24歳というのに驚くが!)の女性3人をめぐる連続ドラマ『想い出づくり』の最終回に怒った人が多かった、という話題を取り上げ、作者がしかけた巧妙な皮肉を理解できんとは情けない、と解説しつつ、

     山田太一もこうしたホモ・ルーデンス劇よりも「タクシー・サンバ」「男たちの旅路」といった芸術祭参加型マジメデンスのほうが評価が高いようだ。チト素直すぎますな。 

     と締めるのにニヤリとするファンも多いのでは。
     私はもともとテレビドラマの熱心なファンではなかった上、オトナが褒めそやすものに背を向けたがるお年頃だったため、山田太一ドラマは見逃しているものがかなり多い。1986年のドラマ『深夜にようこそ』は、深夜のコンビニエンス・ストアを舞台にした異色作で、気になっているもののひとつだが、これを往年のフランク・キャプラ映画のヒューマニズムが現代でも再生可能であることを実証した作品、などと森卓也に評されると猛然と見たくなってくる。
     さらに興味深いのは、山田太一の劇作を評したコラム。私が山田作品の舞台公演を実際に見たのは、数年前の『日本の面影』再演版(草刈正雄がラフカディオ・ハーンを演じた)だけ。そのせいか、てっきり劇作もテレビドラマの延長のようなものだろう、という先入観を抱いていたが、これはとんだ読み違え。じつは大半がオリジナルの、それも上質な喜劇なのだという。
     森卓也によれば、山田太一が地人会に提供した『ラブ』(1983)は「和製アンドレ・ルッサンの趣」のあるブールバール劇(フランス製三角関係娯楽劇)、『夜中に起きているのは』(1995)は「往年のエルンスト・ルビッチやビリー・ワイルダーを連想させるセンスだが、当然ながら翻訳調の不自然さはここにはない」、『私の中の見えない炎』(2000)は、西欧のコメディーの最高水準級で「間違っても日本伝統の“寅さん”や松竹新喜劇の“笑いと涙”にまとめられないのがすばらしい」とあるのだから、こりゃもう観たくなるに決まっている。どうにか戯曲だけでも読めないか、とあわててAmazon.comを検索している始末。己自身のアンテナの鈍感さを恥じ入るばかりである。 反省して最近は日本映画専門チャンネルでの山田太一ドラマの再放送をまめに録画している。先日は『早春スケッチブック』を全話通して観賞した。簡潔にして強靭な構成力とセリフ劇の妙を満喫したが、この中で、山崎努演じる死期の迫ったカメラマンが、中学生の少女に向かってこんなことを言う。

     「なにかを深く好きになることが必要だ。しかし、それは、ほうっておいて出来ることじゃない。好きになる訓練をしなきゃあいけない。 マンガが好きならマンガでもいい。ただ、気持ちのままに読み散らしているのではいけない。細かな魅力を分かろうとしなければいけない。すると、誰のがチャチで、誰のがいい味だということが分かってくる。もっと深い味が欲しくなる。もっと複雑な魅力が欲しくなる。それはもうマンガでは駄目だということになったら、他のものを求めればいい。その分、君の心は豊かになっている。 好きなものがない、ということはとても恥ずかしいことだ」

     むろん、ドラマ中のセリフに過ぎないが、『森卓也のコラム・クロニクル 1979-2009』とは、「好きなもの」を好きでいるために膨大な時間と金銭を費やし、その鑑賞眼を鍛え抜いてきたホモ・ルーデンス(遊ぶ人)による、30年間の時の缶詰だと思えてならない。しかしそれは、懐古趣味の閉じた世界に向かうタイムマシンではない。若い世代が読めば、「芸」の記録として封じ込められた時代に触れることで、かえって「現在」を見る楽しみ、自分が興味のある分野や執着する世界における、「まだ評価の定まっていないなにか」に目を向ける勇気を与えられるだろうし、そのために必要なものを教えてもらえるはずだ。

     最後に、森卓也先生、平成28年度文化庁映画賞(映画功労部門)受賞おめでとうございます。


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