ロジャー・ウォーターズ「US+THEM」ツアー観賞記〜9/11@バークレイズ・センター
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ロジャー・ウォーターズ「US+THEM」ツアー観賞記〜9/11@バークレイズ・センター

2017-10-04 04:53



    公式サイト https://rogerwaters.com/tour.php


     2017年5月26日からスタートした、ロジャー・ウォーターズの「US+THEM」ツアー、9月11日のニューヨークはバークレイズ・センター公演を観てきました。

     チケットの発売は昨年末。25年ぶりの新作アルバム発売を控え、74歳となるロジャー最後のツアーになるかもしれないこの公演、長年のファンとしてはぜひとも観ておきたかったのですよ。2002年に実現した来日公演にはもちろん駆けつけたものの、この時のツアーは東京国際フォーラムホールAでも開催可能な小規模サイズ。ぐんとスケールアップした2006年~08年の「狂気」ツアー、2010年~13年の「ザ・ウォール」ツアーでは、どちらも来日公演は実現しませんでした。まぁ、セット運ぶだけでえらい予算かかるしね。国際フォーラム、空いてたしね……。
    「ええいもう、来てくれんのならこっちから行ってやるわい!」という気持ちで発売と同時にチケット入手。はるばるニューヨークまで出向いて実際にステージを体験してきたわけです。


    チケットです

     公演の感想? これはもう、一口では言い表せない。いや、ホント。
     5月のドレスリハーサルから日本でも公演レヴューが複数紹介され、その過激な「反トランプ」を訴える演出がくわしく報じられていたし、観客撮影の動画も数多くネットに上がっているので、おおよその見当がついたつもりでいたのですが……、やはり舞台芸術というものはステージを直に見なければわかりませんな! 実際のところ、これはピンク・フロイドの往年の名曲を楽しむロック・コンサートなどと思わない方がいいです。これは完全にロジャー・ウォーターズという表現者が、過去のキャリアを総括して、終わりなき戦争や排外主義はびこる現代に向け「抵抗」の意思を訴えるアジテーション・ショーとして観るべきもの。ロジャーが過去の名作アルバムの再現という形を借りずに、これだけ現代と切り結んだオリジナルのステージを構築して見せたのは、レーガン批判や核状況へのメッセージを込めた1987年の『Radio.K.A.O.S.』ツアー以来かもしれません。その志に比例する、ステージのクオリティの高さにまず圧倒されました。 
     今回のテーマですが、ツアータイトルにご注目ください。「US+THEM」、これはアルバム『狂気』の一曲「アス・アンド・ゼム」に由来しています。「ぼくたち、そして彼ら 結局、ぼくらは普通の人間に過ぎないんだ」という歌詞で始まる、分断や隔離そしてそこから始まる戦争の無意味さを歌った曲ですが、ツアータイトルではわかりやすく「&」ではなく「+」の記号で表現しています。つまり「ぼくたち、そして彼ら」を「敵か味方か」に分けるのはバカバカしい、「みんないっしょ」なんだ! ということ。
     今回のロジャーのツアーは、このメッセージを表現するため、新作アルバムとピンク・フロイドの曲を再構成した、壮大なロック・オペラの舞台でした。トランプ大統領に対する批判はそのコンセプトの一部分に過ぎません。同時に、新作アルバム『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』から演奏される曲が5曲に止まり、タイトル曲すらも外している理由もわかりました。今回のステージ構成では居場所が見つからなかったのですな。

     これから「US+THEM」ツアーにおけるロジャー・ウォーターズの演出について、再現レポートを書いて見ようと思いますが、全部ネタバレしているので、今後観賞の予定がある方はご注意ください。


    9/11公演の会場バークレイズ・センター(N.Y.州ブルックリン)

     さて、9月11日といえば、ニューヨークにとっては2001年に起こった同時多発テロの発生日。テレビでは朝からグラウンドゼロでの追悼式典を放送していましたが、街の様子自体は特に変わったこともなく、地下鉄でブルックリンのバークレイズ・センターにたどり着けば、老若男女の観客が早くから列を作っています。物陰でいそいそとフロイドTシャツに着替えるおじさんもいたりして、ほのぼのさせられますな。後で知ったことですが、この日の公演には『華氏911』の監督、マイケル・ムーアも来場していたのだとか(さらに後で知ったのだけど、伊藤政則もいたそうです)。

     バークレイズ・センターは、数年前に完成した新しいスタジアムで、大きさは日本で言えば横浜アリーナぐらい。今回のツアーのセットは、だいたい1万5千~2万人収容のスタジアムでぴったり収まるように設計されているようです。
     チケットを出し、警備チェックを受けて場内に入ります。荷物も広げて見せますが、警備員が気にするのは武器や爆発物の持ち込み。麻薬犬までいましたが、カメラは持ち込みOKで撮影も自由です。
     開演時間である20時の数十分前に客席に入り、ツアーパンフレットとTシャツを購入、2階客席でワクワクしながら開演を待つ。が、なぜか観客の集まりが悪い……。20時を過ぎてもけっこう空席が目立ちます。「ニューヨーカーってこんなにノンビリさんが揃ってるの?」などと訝しく思っていると、ステージ背景に設置された巨大スクリーンに映像が映し出された。
     砂浜に一人座り込んでいる女性の後ろ姿。彼女の孤独な姿を、サラウンドスピーカーから聞こえる波や風、鳥の鳴き声などが彩ってゆきます。


    開演前にスクリーンに映し出される映像

     この映像がえんえん、えんえん、なんと10分以上も映し出されるのですよ。
     時刻はすでに20時30分になろうとしている。ようやく客席も観客で埋まってきた。オイオイ、いったいいつ始まるんだよ……と心配になっていると、映像の空がじょじょに真っ赤に染まってゆき、電車が通過する轟音とともに暗闇に吸い込まれる。客電が落ち、そこへ名作アルバム『狂気』のオープニング「スピーク・トゥ・ミー」のSEである、時計、レジスター、囁き声、女の悲鳴が聞こえてきます。ステージに人影が上がり、バンドメンバー登場。中央に立つ巨大なベーシストこそロジャー・ウォーターズに違いない。15年ぶりに見た生ロジャーですよ。あいかわらずデカいなぁ。


    まず、スクリーンに銀色の球体が登場する

     スクリーンに映るのは漆黒の宇宙、そこへ月のような銀色の球体が浮かび上がると、「生命の息吹き」が演奏開始です。
     ギターのジョナサン・ウィルソンによるボーカルで「誕生」のイメージが歌われる。どうやらこの銀色の球体は月のようでもあり、宇宙船のようでもあり、生命の象徴でもあるようです。この世に出現した球体は宇宙から地球へと接近、海面をすべり、街を行き、やがて見えてくるのは、4本の煙突を立てたバターシー発電所(『アニマルズ』のジャケットのアレだ)。


    中央のベーシストがロジャー・ウォーターズ

     ここから一気に「吹けよ風 呼べよ嵐」に移ります。誕生したばかりの生命は、いきなり暴力の渦巻く荒々しい世界に叩き込まれるわけですな。不穏なベースラインはロジャーとガス・サイファートの二重奏。キーボードのジョン・キャリンがペダル・スティールの音色を滑り込ませ、映像はどこか出口のなさそうな路地からスーパーの店内、一般家庭の中など「現代」そのものを彷徨します。


    「吹けよ風 呼べよ嵐」のベースを弾きながらステージを練り歩くロジャー

     そしてベルの音がいっせいに鳴り響き、「タイム」へ。人は暴力をやり過ごしながら、時間に追われる日々を送らなければなりません。
     ファンにはおなじみの時計がいっぱい並ぶアニメーションにダブって、ミュートしたベースをチクタクと鳴らすロジャーの手元が大写しに。ドラムのジョーイ・ワロンカーが鳴らすタムタムは、ロジャーバンドの前任者グラハム・ブロードほど重々しくなく、オリジナルのニック・メイソンより遊び心に満ちているようです。


    「タイム」を熱唱するロジャー

     続いてアルバム通りの順番で「虚空のスキャット」へと進み、魂の彷徨は続きます。ニューヨーク出身のバンド「ルシウス」からやってきた金髪の女性コーラス2人組(ジェス・ウルフ、ホリー・ラエシグ)によるシャウトは向き合って掛け合いをするようなアレンジになっており、パワフルなオリジナルにくらべると優雅で伸びやかな演奏に聴こえます。


    「虚空のスキャット」でのコーラス(ジェス・ウルフ、ホリー・ラエシグ)の掛け合い

     スクリーンに改めて登場した銀色の球体が、突然、激しく変形します。パックリ割れた球体から現れるのは、70年代のツアーでも使われたジェラルド・スカーフの不気味なアニメーション。スクリーンいっぱいに広がったアニメをバックに、「ようこそマシーンへ」のシンセサイザーによるイントロが唸る、唸る、唸る。この展開は、成長した生命が機械的な「システム(制度)」の中へ飲み込まれてゆくことを示しています。


    「ようこそマシーンへ」のアニメーション

     曲が終わり、スクリーンにふたたび球体が戻ってくると、新作アルバム『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』のコーナーがスタート。シンセサイザーとSEのみによるイントロ(独白はナシ)「ホエン・ウィー・ワー・ヤング」に続いて、ロジャーはバラード「デジャ・ヴ」をギターで弾き語ります。「もし自分がドローンだったら」という歌詞に合わせて、スクリーンではドローンによる地上攻撃映像がモンタージュされてゆく。爆発音のSEぴったりに、車がロケット砲で吹き飛ぶ映像が飛び込むのも強烈です。続く「ラスト・レフュジー」はすでに公開されたPV映像をバックに演奏され、難民となったダンサーの姿に合わせてロジャーのボーカルが故郷を追われた人々の哀しみを歌い上げます。そしてアルバム通りの展開で「ピクチャー・ザット」になると、スクリーンはサイケデリックでノイジーな映像の乱れ打ちとなり、ロジャーは紛争や難民を生み続ける想像力欠如の時代への「怒り」を叫びます。スクリーンには大森林の空撮から交差点を行き交う無数の群衆、スマホを向けるばかりで何も見ようとしない野次馬たちなどが次々とモンタージュされます。


    「ピクチャー・ザット」で大写しになるスマホ野次馬

     今の「システム」における絶望的な現実ばかり目にしたところへ、ジョナサン・ウィルソンとデイヴ・キルミンスターの二人のギタリストが「あなたがここにいてほしい」のイントロを弾き始めます。「不在の人」に語りかけることで、人間性を取り戻そうという名曲。コーラスの二人が添える後半のハミングが美しい。スクリーンにはツアータイトルのデザインに使用される、「巨大な手」が左右から出現しますが、この手は互いに接近することなく、曲の後半で粉々に砕け散ってしまいます。


    「あなたがここにいてほしい」で崩壊する左右の「手」

     と、そこヘバラバラバラ……とヘリコプターのSE。ロジャーが「教師」の強圧的なセリフを叫べば、「ハピエスト・デイズ・オブ・アワ・ライブズ」から「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール Part2」のメドレーが開始。映像はレンガの壁のイメージに、アラン・パーカー監督『ピンク・フロイド/ザ・ウォール』から引用された教師や仮面をつけた子供達の行列がダブります。ふと気づけばステージ上に、オレンジの囚人服を着た子供達が一列に並んでおり、じっとうなだれているではないですか。2度目のコーラス“We don’t need no education(洗脳教育なんていらないよ)”のパートに入ると子供たちは顔をあげ、合唱に加わりながら激しいダンスを踊り始めます。ギターソロに入って、囚人服を脱ぎ捨てると、胸には「RESIST(抵抗しよう)」の文字が。
     このパートでは、それぞれの公演地で集められた子供たちが出演しており、数年前の『ザ・ウォール』ツアーでも同じ演出が採られていました。


    “We don’t need no education”と歌い踊る子供たち

     ロジャーはさらに「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール Part3」までメドレーで歌い上げ、人間を「壁を築くレンガ」の一部にしてしまう体制への抗議を、子供たちといっしょに訴えます。最後ではスクリーンに「RESIST」の文字がバーンと大写しになるダメ押しっぷり! 
     ここまででかっきり1時間経過。15分の休憩に入ります。


    「RESIST(抵抗しよう)」で休憩タイムです

     休憩の終わりごろ、突如としてUボートみたいな警報サイレンが「ヴ〜ン、ヴ〜ン」と鳴り響きます。赤いランプを点滅させながら、天井から2本のレールが降りてくる。降りきったレールの中央からニューッと生えてくるのは……4本の煙突! 続いて「壁」がスルスルと立ち上がり、その壁面に投影されているのは、まさしくバターシー発電所そのもの。伸びきった煙突からはちゃんと白煙が立ち上る。ご丁寧なことに、「空飛ぶ豚」も小さく飛んでいるのですよ!
    『アニマルズ』のジャケットデザインに『ザ・ウォール』のイメージをミックスした表現ですが、今回の「壁」はステージと客席の間を分断するのではなく、会場内を真っ二つに分断するのです。第一部で芽生えた抵抗精神を押しつぶそうとする強大な「壁」の登場。
     このようにして客席空間が分け隔てられ、分断状況が視覚化されたところから、後半戦がスタートします。

    バターシー発電所風の「壁」が出現し会場を分断(よく見るとブタも飛んでる)

     始まるのは、『アニマルズ』収録の大曲「ドッグ」。私の席からは「壁」が邪魔になってステージの半分が見えないけど、その代わりに演奏するメンバーたちの姿が壁面と背景に中継されてゆきます。イントロのかき鳴らされるギターは、ジョン・キャリンが担当し、コーラスの二人もパーカッションをドコドコ叩いて盛り上げる。長い長い間奏部ではドラム&キーボードをのぞいてメンバーが休憩に入るのだけど、この時みなさん豚、犬、羊のお面をかぶって一杯やっています。体制に順応することで「家畜化」してゆく人間、あるいは仮面をかぶって孤独をゴマかそうとする人間への風刺でしょう。


    さまざまなコラージュでコケにされるトランプ大統領

     アルバム『アニマルズ』の流れは続き、続いて「ピッグ」が始まりました。「そこのエラそうな豚男! ハハ、とんだ見せかけ野郎だぜ」の歌詞が始まるや壁面とスクリーンにはドナルド・トランプ大統領の顔が大写し。会場内は爆笑、歓声、口笛で大いに盛り上がります。ここから次々に映し出されるのは、豚や赤ん坊とコラージュされた暴君トランプ、プーチンに抱っこされたトランプ坊や、子供用の車のオモチャに乗ったトランプ、KKK団のマスクをつけたトランプ、ライフルを構えたトランプなどなどなど。去年、メキシコ国境でのライブでこの曲を演奏した際には、トランプを女装化させたコラージュがあったはずですが、それはカットしたようですね。


    会場を旋回するブタの風船にもトランプの顔が

     曲の中間部ではトランプの顔(目が$マークになり「オレの勝ちだ!」と叫んでる)がプリントされた巨大なピンクの豚が天井に現れ、会場を睨め回すようにゆっくり旋回してゆきます。豚の胴体に書かれた文字は「戦争の豚の貯金箱」と「ようこそマシーンへ」。
     終盤部に入ると、「国境のない国は国家ではない。我々には壁が必要だ」「オレのIQは最高レベルだぞ、知ってるだろ? でも自分のことをバカとか不安に思ったりしなくていい。君らのせいじゃないから」「マスコミが何を書こうと平気だ。オレには若くて美しい女たちがついてるからな」「ニューヨークは寒くて豪雪がひどいんだ、地球温暖化は必要だな」「オレの美徳といえば、すごい金持ちってことさ」などのトランプ迷言録がこれでもかと映写されてゆきます。最後に大写しになるテロップは「TRUNP IS A PIG」
     トランプはロジャーの3歳年下。まさに政治家ドナルド・トランプの台頭を世代的恥辱ととらえるアーティストの姿ここにあり。
     この演出、去年の大統領選挙で忌々しい思いを抱いていたに違いないニューヨーカーはもちろん拍手喝采ですが、中西部の公演では肩身の狭い思いをしていた民主党支持派を勇気づけたのではないでしょうか。


    「壁」が分割され、曲に合わせてうねりを表現し始める

     間髪入れずにレジスターのSEが鳴り、有名曲「マネー」が始まります。金の亡者のテーマ曲といえばこれしかない。前曲から続いて、金満家・トランプを報じる映像のほか、海辺の豪邸、カジノ、自家用機などのリッチなイメージが映し出され、そこへイアン・リッチー(ダジャレに非ず)が登場して中間部のサックスを吹きます。
     すると会場を分断していた「壁」が分割され、上下に稼働しては7色に味付けしたステージの演奏映像を映し出します。壁スクリーンは音楽に合わせてウェーブを作ったりジグザグになったり、複雑に変化して曲のノリを視覚的に表現してくれるのです。プロジェクション・マッピングの見事な技術によるダイナミズム、この迫力は会場で体験しないとわからないでしょう。
     そしてアルバム『狂気』の順番通り「アス・アンド・ゼム」へと続きます。「ぼくたち、そして彼ら」の連帯を訴える歌詞とともに映し出されるのは、現代アメリカで起こっているさまざまな人権団体の抗議活動。そして警官隊の衝突。さらに中東の兵士や、難民キャンプの様子、スラムの子供たちなど、さまざまな「彼ら」の姿。いつのまにか、会場を分け隔てていた「壁」は回収され、消失しています。


    映し出される抗議活動(Black Lives Matterは白人警官による黒人少年射殺事件に抗議する運動)

     が、そんな祈りの歌をかき消すように、舞台上のスクリーンにはまたしてもバターシー発電所のロングショットが映され、新曲「スメル・ザ・ローズ」が始まります。排外主義かつ強欲で「ぼくたち、そして彼ら」を敵・味方でしか判断できない連中のマッチョ脳を戯画的に歌った曲。スクリーンには1977年の『アニマルズ』発売時にバターシー発電所で巨大な豚の風船を飛ばしたプロモーション映像が流れ、さらに食肉工場や紛争地の映像へ展開。あのアルバムから40年経った今も、戦争や軍事産業で利益を得る輩が尽きないことをイメージしています。


    「スメル・ザ・ローズ」のギターソロを弾くジョナサン・ウィルソン

     曲が終わった瞬間、スクリーンの映像は浜辺で一人遊ぶ少女のロングショットに切り替わります。そこへアルバム『狂気』の終盤部、「狂人は心に」がスタート。人間の内面に潜んだ狂気と死の幻想について、牧歌的に歌うロジャー。
    「ぼくは君を月の裏側(狂気の世界)で見つけるだろう」の歌詞に合わせるように、ステージの下手から巨大な球体がふわっと浮かび上がりました。そう、前半部のスクリーンで、展開する映像の中心に存在していたあの「銀色の球体」が実体化して出現、観客を見下ろしながら一周してゆくのです(どうやって動かしてるんだろう。吊ってるのかな?)。いやはや、ここまでやるかの展開。


    「銀色の球体」が会場に出現!

     会場をゆっくり旋回する球体ですが、暗い会場を反射してその姿は真っ黒に見えます。つまり、「月の裏側」そのもの。いよいよ『狂気(原題 Dark Side Of The Moon)』の最後の一曲「狂気日食(原題 Eclipce)」へと入ってゆきます。
     背景のスクリーンが日蝕のイメージによって真っ黒に覆われると、スモークの煙が吹き上がり、レーザーライトが一階客席の上空に三角形のピラミッドを描きました。『狂気』のアルバムジャケットの象徴である、謎の三角プリズム出現です。
    「太陽の下、そこにあるものすべてが調和を保たれている しかし太陽はじょじょに月(狂気)に侵食されてゆく」というクライマックスの歌詞に合わせるように、月の裏側(月蝕)と化した球体は、調和の取れた三角形の前をゆっくりと横切り、『狂気』の世界を完成させるのでした。


    レーザーライトで描かれたピラミッドに接近してゆく「月」

     エンディングの演奏を終え、ロジャーがスクリーンに映し出され、MCが始まります。まるでピラミッドの中に浮かび上がったような姿。9月11日に行われた本日の公演について語ります。

    「今日は、この街の人々にとって非常に悲しい出来事が起こった日であり、16年前に殺された多くの罪のない人々とその家族の存在をこの身に感じています。仕事でこの災害にすばやく駆けつけたがために犠牲になった方々のことも。あの日をきっかけに始まった戦争によって、世界では何十万、何百万という人が命を奪われています。私たちは彼らの宗教や肌の色がどうであれ、無辜なる人々とは気持ちをひとつにしてゆこうではありませんか」


    ピラミッドの奥に浮かぶロジャー・ウォーターズ

     ロジャーの訴えに、観客は大歓声で応えます。そして、メンバーの紹介。一人ひとりがスクリーンに大写しになって挨拶してゆきます。
     時刻はすでに23時近く。そのまま袖に引っ込むことなくアンコールが始まりました。『ザ・ウォール』の一部を再現です。まず、ロジャーがギターを爪引きながら、「ヴェラ」を歌い、「ブリング・ザ・ボーイズ・バック・ホーム」までメドレーでつなぐ。第二次大戦の記憶にまつわる曲です。コーラスの二人が加わったアコースティックなバージョンです。オリジナルでは合唱隊による威風堂々な大合唱だったけど、女性コーラスのみで「Bring the boy back home~坊やたちを(前線から)家に帰してあげよう」と歌い上げるのは悲痛さすら感じさせます。
     そしてアルバム通り、「コンフォタブリー・ナム」へと続きます。オーラスの一曲といえばやっぱコレ。
     演奏が始まるとスクリーンの左右両端に、ふたたび「手」が映し出されます。最初のギターソロが始まると、またしても謎の球体が出現し、スクリーン上の両手に魔法をかけるように横切ってゆきます。あの球体は最後までこのショーの目撃者だったのです。
     デイヴ・キルミンスターがギルモアばりに第2のギターソロを展開し始めるや、左右の「手」がゆっくりと接近し始めます。その間に、ロジャーはステージを降り、最前列の観客たちに笑顔で挨拶してゆきます。
    「コンフォタブリー・ナム」は、クスリによって麻痺した酩酊感覚について歌われる曲ですが、ロジャーはここで「われわれは感覚を麻痺させたままでいいのか? 快楽に閉じこもって世の中に対し鈍感になりすぎてないか?」という逆説的な呼びかけを行う曲として歌っているように思えます。
     スクリーンでは、左右から伸びた「手」が、がっちりと握手を交わしました。ほとばしるスパーク光。7色のレーザーが飛び交い、銀色の紙吹雪が会場に降り注ぎます。クライマックスで浮かび上がるのは、「手を取り合おう」という連帯のメッセージ。これを陳腐とか古臭いとか感じる者はこのショーを楽しむ資格はないでしょう。「マジメ、かっこ悪い」の連中からどれだけバカにされようと、ヘイトスピーチはびこるポスト真実の時代に改めて連帯の価値を訴えることの崇高さを信じて疑わないロジャー・ウォーターズに、老ドン・キホーテの面影を見て泣きました。


    「コンフォタブリー・ナム」で手と手が結びつくクライマックス

     演奏が終わり、メンバーが手をつないで最後の挨拶です。
     スクリーン映像は冒頭の砂浜に座る女性の後ろ姿に戻りました。すると、砂丘の陰から彼女に駆け寄ってくる一人の少女(「狂気日蝕」の時の映像で、砂浜を歩いていた娘)。女性と少女がしっかりと抱き合います。二人は母娘なのか、同胞なのか、それはわからない。しかし、彼女の「孤独」が解消された瞬間をもって、2時間40分余り続いたショーはすべて終了するのです。


    再会する女性と少女

     というわけで、えんえんとショーの展開を詳述してしまいましたが、ロジャー・ウォーターズのようなロック・レジェンドが「反戦平和」を訴える内容なら、いくらでも演出に予算をかけることができるのだろう、と考えてはいけません。一国の現大統領を正面から否定する内容については、アチラの芸能界においても賛否両論、反発を覚えるトランプ支持派からはさんざんに批判されています。ショーの演出内容に抗議してアメリカン・エキスプレスはスポンサーの撤退を発表。この結果、予算から400万ドルのマイナスが生じたといいます。引き続きCitiグループも「ロジャー・ウォーターズとは今後仕事をしない」と宣言し、事態はより深刻に。

     また、ロジャーは2006年のツアーでイスラエル公演を行った時の体験から、パレスチナ支援運動に関わるようになり、2011年にはBDS(イスラエル・ボイコット)支援を表明しています。イスラエル政府によるパレスチナ人弾圧に抗議し、経済制裁や政治圧力を求める活動ですが、これについてはアメリカに多いユダヤ系国民が猛反発。実際、アメリカでは多くの州でBDS支援は「差別的だから違法」という扱いになっているようで、ハワード・スターンやアダム・サンドラーなどロジャーを「反ユダヤ主義者」とこき下ろすユダヤ系芸能人もいます。ロジャーは「私は反イスラエルではなく、アパルトヘイト政策に反対しているんだ」と何度も説明しているのですが、レッテル貼りの勢いは止まりません。ネットでよく見かけるのは「シリアや中国だってひどいことやってんのになーんでイスラエルだけ批判すんだヨ!」のパターンですね。この種の文句言いの主張はどこの国でもあまり変わらない。

     今回のツアーにおいてもその影響は続いており、マイアミ公演ではユダヤ系市民グループの抗議で、ダンスパートに登場する子供たちの出演が中止になったし、9/15、16日のニューヨーク州ナッソーコロシアム公演も地元ユダヤ団体から「中止させろ」と強硬な抗議が集中、9/11の時点ではまだどうなるかわかっていませんでした(その後、無事開催された)。
     さらにこの秋には反BDS運動グループによる、ロジャー糾弾のためのドキュメンタリー映画『Wish You Weren’t Here』が公開の運びとなっており、風当たりは強くなる一方。こういう状況でも、ロジャーは毎回、ステージを降りて観客と触れ合う演出を変えていません。
    「反戦平和」とはお花畑サヨクの大看板、誰でも無難に掲げられるメッセージ、とヒネた日本人はつい考えがちですが、安全地帯からのんびり訴えるのではなく、最前線で傷だらけになりながら、それでいて万人に開かれた大エンターテインメントショーを仕立てあげる闘志と度量。これこそが『アニマルズ』を発表した1977年からずっとロジャー・ウォーターズが特別な存在であり続けた根源でありましょう。

     この数年のうちに、キング・クリムゾン、イエスのライブも聴きましたが、長いキャリアを積みながら生き残ってきた彼らのステージは、優れた「音楽家」による、音楽の快楽を追求するものなんですね。一方、ロジャー・ウォーターズのライブは「表現者」による思想を込めた空間創造。たぶん、クリムゾンやイエスに参加するミュージシャンたちは、映像やステージのギミックに同期させるため、クリック音を確認しながら演奏するライブなんて好きではないと思うのです。しかしロジャーの考えるショーとは、完璧な演奏と最高水準の舞台装置を駆使して、コンセプチュアル・アートのようなステージを正確に再現し、テーマを広く訴える、というもの。かつて『ザ・ウォール』が発売になった1979年当時、「パンクが3分で表現する思想を80分もかけて大げさにやるとは」と嘲笑した批評があったそうですが、ロジャーはシンプルな主張を、手間ひまかけて作り上げた大伽藍に乗っけることで、聴衆に忘れられない体験を与えようとする男です。
    「プログレッシブ・ロック」というマニアックなジャンルに分類されるミュージシャンの中で、ほぼ唯一「多数派」にコミットできる自分が今、相互理解を訴えずになんとする、という自信と誇り。それでいて、メッセージの正当性に開き直ることなく、優秀なミュージシャン、映像、照明、美術の専門家たちを動員して精緻な表現を紡ぎだす監督ぶり。1999年から数年おきに続けてきたツアーの経験は、この「US+THEM」ツアーに見事に結実しています。


    「デヴィッド・ギルモア ライブ・アット・ポンペイ」(2017)

     先日、デヴィッド・ギルモアの2016年ツアーを収録した映像作品『デヴィッド・ギルモア ライブ・アット・ポンペイ』を観ました。こちらのツアーは世界遺産級の遺跡・名所を舞台に、円形スクリーンと豪華なライトショーを使って往年のギルモアフロイドっぽさを再現するライブ。「吹けよ風、呼べよ嵐」や「コンフォタブリー・ナム」など同じ曲を聴き比べると違いがよくわかるのですが、こちらではラップ・スティールやギターソロのパートではギルモアのプレイが前面に出まくり、その勇姿はまさに歌舞伎十八番。全体にブルージーな味わいが強調され音響も浮遊感マシマシ、聴衆を心地よく酔わせることを目的としています。場所が遺跡なだけにほとんど「奉納演奏」といった雰囲気。
     一方、ロジャーのバンドは新アルバムに参加したギター、ベース、ドラム、コーラスといった(ロジャーから見れば)若手のメンバーが集まり、ヌケの良い音響で全体に引き締まったプレイです。舞台演出の相乗効果を計算したクレバーな演出が感じられ、曲が現代に対しての批評性を失っていないことを強く印象付けてくれます。
     こうした二種類の形に進化したピンク・フロイドを聞ける状況は、決して悪くない。彼らのアップデートした姿を楽しめばいいだけだと思います。

     さて、ロジャー・ウォーターズ「US+THEM」ツアーは、2018年からのワールドツアーが決定しました。1月~2月にニュージーランド、オーストラリアを回った後、4月からはヨーロッパ23カ国を回る大ツアー。ステージ映像にはトランプの次にプーチンの登場場面が多いのですが、8月のモスクワ公演はどんな反応が得られるでしょうね。アリアナ・グランデのマンチェスター公演で起こった自爆テロ事件や、ラスヴェガスにおけるコンサート会場への銃乱射事件があっただけに、各国の公演でもじゅうぶん用心していただきたいもの。
     ヨーロッパツアーを終えたら次はアジアツアーが組まれるのか? 少し前の「rokin'on」のインタヴューでは、もちろん検討している、と答えていた来日公演は実現するのか? 現在の総選挙についてのドタバタを見ていると「ぼくたち、そして彼ら」どころか「彼ら」一色に染まってしまいかねない日本の政治状況ですが、ピンク・フロイドファンとしては、このショーから受け取った抵抗精神を胸に、再来年までにロジャー・ウォーターズ流の「喝」に耳を傾けることができる日本人を増やすことが、急務かもしれません。


    Set1
    1. Speak to Me
    2. Breathe
    3. One of These Days
    4. Time
    5. Breathe (Reprise)
    6. The Great Gig in the Sky
    7. Welcome to the Machine
    8. When We Were Young
    9. Déjà Vu
    10.The Last Refugee
    11.Picture That
    12.Wish You Were Here
    13.The Happiest Days of Our Lives
    14.Another Brick in the Wall Part 2
    15.Another Brick in the Wall Part 3

    Set2
    16.Dogs
    17.Pigs (Three Different Ones)
    18.Money
    19.Us and Them
    20.Smell the Roses
    21.Brain Damage
    22.Eclipse
    23.Vera
    24.Bring the Boys Back Home
    25.Comfortably Numb


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