“7日間ブックカバーチャレンジ”で紹介した本
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“7日間ブックカバーチャレンジ”で紹介した本

2020-07-12 23:56

     前回のブログから、はやくも2ヶ月あまりが経過しました。
     みなさんいかがお過ごしでしょうか。

     5月の終わりごろからぼちぼちと仕事を再開し、6月に入って2ヶ月ぶりに電車に乗って出勤、その後半から延期されていた仕事が本格的に再開決定となり、またたくまに目が回る忙しさとなっております。
     まぁ、この間も東京の感染状況変化や都知事選などいろいろあった。言いたいことはたくさんあるが、ともあれいちばんの心配事は梅雨前線の被害と今後、そして全国の新型コロナウイルス感染者数の増加についてですね。なにしろ今月下旬にはいよいよ撮影週間を迎える身、またその直前に「緊急事態宣言」に対応するため延期決定などということになったら、どう処理するかそのシミュレーションも考えねばならず、やるべき対応策が増えるばかり。

     そんな中、再開したブログの第1弾は、休業期間中に流行ったタグを使ってFacebookの方で紹介した記事をまとめたものをお送りします。
    “7日間ブックカバーチャレンジ”とか“7days bookcover challenge”とかいう好きな本を紹介するアレ。普段はチェーンメール的な企画には乗ることはない、めんどうくさがりな私ですが、複数の人から誘われたのと、ヒマだったので書きました。
     それとこの数年、仕事で書籍の物撮りなんてまったくやらなくなってしまったので、データを貼り付けて編集でデザインという安易な制作手法に慣れきってしまった自分に喝を入れるべく、カメラを取り出してせっせと撮影しました。しかし、これをやりだすと照明器具が欲しくなって困りますなぁ。
     それでは7日間のブックガイド、始まります。


    第1日



    中原弓彦『喜劇の王様たち』(校倉書房・1963)
    中原弓彦『笑殺の美学』(大光社・1971)
    小林信彦『世界の喜劇人』(晶文社・1973)
    小林信彦『世界の喜劇人』(新潮文庫・1983)

     これ、内容としては全部同じ本でバージョン違いですね。
     収録内容・構成にそれぞれ微妙な違いがあります。
     装丁は上2冊が小林泰彦、下2冊が平野甲賀。
     中2の時に『世界の映画作家vol.26バスター・キートンと喜劇の黄金時代』を読んだのがきっかけで、「スラップスティック喜劇」という世界に興味を持ち、続けてこの『世界の喜劇人』新潮文庫版を読んだことで、その後の嗜好を決定づけられた気がします。
     この本を片手に、お昼のロードショーや深夜の映画枠に放送される、マルクス兄弟やジェリー・ルイス、リチャード・レスターの映画をせっせとビデオ録画した日々を思い出します。


    第2日



    筒井康隆『東海道戦争』(早川書房・1965)
    筒井康隆『ベトナム観光公社』(早川書房・1967)
    筒井康隆『アルファルファ作戦』(早川書房・1968)

     装丁はすべて真鍋博。
     筒井康隆の最初期の短編集は、このハヤカワSFシリーズで発行された後、収録作品を削って再編集されたものがハヤカワ文庫に入り、その内容のまま中央公論社で改めて単行本化され、後に中公文庫に入るというややこしい過程をたどりました(当時の人気作家というのは何度も本が出せたのですなぁ!)。
     中央公論社版も装丁は真鍋博で、中学生の私はこの版で愛読したものですが、「あとがき」を読むと作者本人が、最初の本が出せて非常に嬉しかったこと、刊行順では第3短編集は『アフリカの爆弾』(文藝春秋)の方が少し早いのだけど、自分としては『アルファルファ作戦』が3冊目と思っていることなど、熱い思いを綴っていたので、筒井ファンとしてはSFシリーズ版も揃えなくてはと思ったのでした。
     ずいぶん時間がかかったけど、揃えられた時は感無量でしたよ。


    第3日



    横山隆一『百馬鹿』(奇想天外社・1979)

     小学生のころ、田舎の市民センターの図書館分室に本を借りに通っていたのですが、なぜかここには筑摩書房の「現代漫画」シリーズがどさっと置かれてあり、横山隆一・馬場のぼる・鈴木義司・冨永一朗・園山俊二・東海林さだお・福地泡介といった大人マンガのナンセンス性に夢中になったものです。「コロコロコミック」のギャグ漫画なんて読めなくなってしまったものね。マセた子供でした。
     折しも、テレビアニメ版の『フクちゃん』が放送されたいたころで、その原作者である横山隆一に『百馬鹿』(1968〜1970)という連載一コマ漫画があることを知って驚いた。単行本化はされず、奇想天外文庫や実業之日本社から選集が出ていたのだけど、こんな豪華愛蔵版が出版されていたのですね。数年前に手に入れました(この本のためにかなりの原稿が改稿されている)。
     50年代〜60年代の半ばまで全盛を誇った大人向けナンセンス漫画が、70年代に入るや急速に衰退した理由はいろいろ考えられます。

    ・漫画=ストーリー物が一般化した
    ・子供と大人の読者の差がなくなった
    ・男性作家ばかりでお色気ネタや家族像などに視点の偏りがあった

     時代は変われど横山隆一の『百馬鹿』と、この本にも収録された『人造首相』や『貧乏神』といったナンセンス短編の数々は、今読んでも鋭く人間の滑稽さをえぐっていると思います。


    第4日



    ミシェル・シマン『キューブリック』(白夜書房・1989)

     もともとの原書はフランス語で書かれたもので1981年発行。
     2年後に英訳版が出て、1987年に増補版が登場。この増補版の邦訳が、後列に並ぶ黒い本です(左の白いのは箱)。監訳は内山一樹。
     本の中身は、前半が雑誌「ポジティフ」の批評家ミシェル・シマンの論文ですが、これはほとんど読んでない。目玉は後半、スタンリー・キューブリック本人への1972年、1976年、1980年、そして1987年(これは手紙で行った)の貴重なインタヴューが収録されているのです。そのほかに、美術監督ケン・アダムや撮影監督ジョン・オルコット、脚本担当マイケル・ハーなど、スタッフへのインタヴューも豊富。大判の美しいスチール写真も珍しいものが多く、食い入るように見たものです。
     キューブリックの死後、2001年に『アイズ・ワイド・シャット』まで収録したさらなる増補版が登場、アメリカ取材の際に書店で見つけて買ってきました。それが前列の本です。スタッフやキャストのインタヴュー記事が増えてますね。
    表紙のディレクターズ・チェアはマシュー・モディーンが撮影したものだとか。
    なんでも、この取材時にシマンが録音したインタヴューテープを素材としたドキュメンタリー『Kubrick by Kubrick』が制作され、日本ではNHK-BS1で7月13日の深夜『キューブリックが語るキューブリック』というタイトルで放送とのことこれも楽しみです。


    第5日



    アルベール・カミュ『反抗的人間』(新潮社・1958)

     コロナ禍の中で『ペスト』がベストセラーになるなど、改めて注目されているカミュ。
    『反抗的人間』というとなんだか難しそうだけど、原題は「むかつきを覚える人」って感じの意味だそうです。
    「不条理」をめぐる哲学的エッセイ『シーシュポスの神話』(原書・1942)は文庫化され、今も読み継がれているというのに、「革命」を論じたその続編的存在『反抗的人間』(原書・1951)は文庫化されず、日本では存在が忘れられています。しかし、この本に対してサルトルが行った批判に始まる「カミュ=サルトル論争」をまとめた『革命か反抗か』は文庫化され、現在も書店で流通中、という奇妙な状況になっているのですね。
     これは、60〜70年代における、サルトル信奉の時代の負の遺産が今も引き継がれている表れなのではないかと考えます。あの論争で、カミュはサルトルにノックアウトされた、ということになっているので……。
     しかし21世紀の今、読むに値するのは「暴力革命」を否定したカミュの方なのは、多くの人々が認めるところ。私も若いころに背伸びして読んだ思想書の中で、最も内容に切実さを感じたのがコレでした。
    『ペスト』が売れてる今こそ、新訳・復刊が望まれる一冊ですね。


    第6日



    斎藤守弘『ショック! 写真構成 人体の怪奇大百科』(学習研究社・1974)

     これは父の死後に書庫から発掘した本で、「水曜スペシャル」とか「UFO特集」とか「ユリ・ゲラー」とかのテレビ番組を絶対に見逃さないオカルト少年だった私は、むさぼり読んだものです。
    「写真構成」を謳うだけあって、「毛だらけの多毛少女」とか「早老症で見た目90歳の少年」とか「顔が2つある双顔児」とか「頭が2つある双頭児」とか「頭の上に巨大な瘤ができた髄膜瘤の幼児」とかの写真が大量に掲載されています。もちろん目線・モザイクいっさいナシ。
    「実際の病気に苦しむ人を“怪奇”などと紹介するのは許されるのだろうか?」という疑問を抱かないこともなかったですが、やはりこの見世物小屋感覚は刊行当時も問題とされたようで、抗議を受けて回収されることになった曰く付きの一冊だとか。

     さてこの本では、いくつかの症例が「実録劇画」の形で紹介されています。その中に「骨のない人間がいた!」と「人体から吹き出す五色の綿!」というエピソードがあり、劇画担当は『エコエコアザラク』の古賀新一。





     後に、安部公房の『密会』(1977)を読んだ時、「溶骨症の少女」や、その母親の「綿吹き病の女」という奇病キャラクターが登場するので、すぐにこの本を思い出しました。おそらく、安部公房もここからネタを拾ってきたのだろう、というのが私の読み。
     後期の安部がテーマの投影体となるべきモチーフを探り当てるのに苦労していたことがうかがえます。



    第7日



    『MIND OVER MATTER:The Images of Pink Floyd』(1997)

     ロック音楽のアルバム・ジャケットを、「作品の一部」を構成する芸術へと価値を高めたデザイナー集団「ヒプノシス」と、そのリーダーであるストーム・ソーガソンの作品から、ピンク・フロイドのアートワークを集めた作品集です。邦訳は出ておらず、パルコ・スペースPART3でやった「ストーム・ソーガソン展」で買った記憶があります。
     表紙の「顔」はピンク・フロイド1994年のアルバム『対』(Division Bell)の一枚。

     原題の意味は「(困難を)精神力で乗り越える」みたいな意味だとか。ソーガソン、意外に精神主義なのね。
     箱に筆で書かれた文字「愚公移山」は中国故事で「根気よく努力を続ければ大願は成就する」という意味なので、これが原題の東洋版ということなのでしょう。というかよくそんな故事を知ってるなぁ。
     ルネ・マグリットのシュルレアリスムや、マックス・エルンストのコラージュの感覚よりも、ヒプノシス作品の方が出会いが早かった私。これと「モンティ・パイソン」におけるテリー・ギリアムの切り抜きアニメに、反世界を好む「基礎」を作られたように思います。



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