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ロジャー・ウォーターズ『死滅遊戯(AMUSED TO DEATH)』の復活
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ロジャー・ウォーターズ『死滅遊戯(AMUSED TO DEATH)』の復活

2015-08-28 22:00
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公式サイト http://www.sonymusic.co.jp/artist/RogerWaters/info/457312

 かつて「ピンク・フロイドの頭脳」と呼ばれた男、ロジャー・ウォーターズ3枚目のソロアルバムである『死滅遊戯(AMUSED TO DEATH)』がこの夏、最新のリミックスと最高峰の音質を得て復活した。

 今月に入ってからしばらくの間、さまざまなWebサイトやYou Tubeを開くたびに、広告欄に巨大な目玉が浮かび「ロジャー・ウォーターズ|死滅遊戯」の文字がデカデカと表示されていたので、「とりあえずこっち見んな」と思われた方も多いだろう。昨年、ピンク・フロイド20年ぶりの新作『永遠<TOWA>』の発売に際しては、その大宣伝攻勢も「フロイド復活だからお祭り騒ぎも無理ないわなー」と納得するばかりだったが、まさかロジャーのソロ再発売までこんなに宣伝してくれるとは思わなんだ。さすがはソニー・ミュージック(本国から指示が飛んでいるのだろうか)。

 来月にはフロイドのギタリスト、デヴィッド・ギルモア9年ぶりのソロアルバム『飛翔』の発売が予定されているので、発売日が近づけば、またその広告がしつこく打ちまくられるようになるにちがいない。


2015年版『死滅遊戯』PVより「神話(What God Wants,PartⅠ)」 ジェフ・ベックのギターソロに注目

 さて、じつはピンク・フロイドファンですら聞いてる人が少ないロジャー・ウォーターズのソロアルバム、今回の広告を見て初めてその存在を知ったという人も多いだろう。
「『死滅遊戯』? ブルース・リー『死亡遊戯』のパチもんかいな?」
 と思ったあなたのために、簡単にアルバムの概要を解説したい。言っておくが『ブルース・リー 死亡の塔』とはだいぶ違うぞ。

 ピンク・フロイドのベーシスト兼作詞家として、『狂気』(1973)以後の主導権を握ったロジャー・ウォーターズは、『炎~あなたがここにいてほしい』(1975)、『アニマルズ』(1977)、『ザ・ウォール』(1979)、『ファイナル・カット』(1983)と活動を続けたところでバンドから脱退、ソロ活動に移行する。
『ヒッチハイクの賛否両論』(1984)、『RADIO.K.A.O.S』(1987)と連打されたソロアルバムは、キラ星のごときセッションミュージシャンを揃え、『ザ・ウォール』のスタイルをさらに深化させた音響劇としてのトータル・コンセプト・アルバムだった。その第3弾として発表したのが、1992年発表の『死滅遊戯』だ。この作品には、ジェフ・ベック(g)、ジェフ・ポーカロ(dr)、リタ・クーリッジ(vo)などの豪華メンバーが集結、おかげでロジャーはボーカルとプロデュースに専念し、ベースをプレイしていない。
 その完成度はロジャーとしても会心の出来だったらしく、『狂気』、『ザ・ウォール』に並ぶ自分の代表作として挙げている。
 そしてその後、今日に至るまでロジャーはロック音楽のフルアルバムを発表していない。



ニール・ポストマン『愉しみながら死んでいく〜思考停止をもたらすテレビの恐怖』

 なお、原題『AMUSED TO DEATH』とは、ニール・ポストマンが1985年に発表した『AMUSING OURSELVES TO DEATH : Public Discourse In The Age Of Show Business』という本から取られている。著者のニール・ポストマンはニューヨーク大学の教育学部教授。テレビメディアが発達することで深刻なニュースから芸能人のゴシップに至るまで、あらゆる情報がエンターテインメント化し、「愉しみ」だけを追い求めた結果、思考力を失い、頽廃してゆく人類の姿を予見する。「ネアカ」などという言葉が流行った80年代、天安門事件や湾岸戦争の勃発に目を向けていた当時のロジャーはこの本から強い刺激を受け、ソロ3作目のコンセプトを「映像メディアによって感覚を麻痺させながら滅びゆく人類」に定めた。
 偶然にも『死滅遊戯』が再発売された今年、ニール・ポストマンの『AMUSING OURSELVES TO DEATH』の邦訳が出版された。『愉しみながら死んでいく~思考停止をもたらすテレビの恐怖』がそれである。翻訳の今井幹晴は、ピンク・フロイドの評伝であるニコラス・シャッフナー『神秘〜ピンク・フロイド』を訳した人物というのもなにかの縁を感じさせる。
 原著はロングセラーとなり世界各国で読み継がれ、2005年には20周年記念版も出版されている。それからさらに10年を経た今、ようやく翻訳されたこの本に目を通してみた。最初は「ワープロなど邪道ぢゃ!」式の旧態依然オヤジの説教を聞かされるのではないかと危惧したが、まったくそんなことはなく、迂遠なほど多い事例の羅列によって説明される「映像文化がもたらす物事のエンターテインメント化」が人間に及ぼす影響については、You Tubeをはじめとする動画サイトやスマホ画面といった「画像文明」に囲まれて生活する現代でこそ実感できる箇所も多いことに気づかされた。

『愉しみながら死んでいく』は、「メディアはメッセージである」と定義したマーシャル・マクルーハン『メディア論』(1964)や、メディアを使った情報伝達がかえって現実(事実)から遠ざかることを「疑似イベント」と命名したダニエル・J・ブーアスティン『幻影の時代~マスコミが製造する事実』(1962)を引き継ぐ本である。筒井康隆は『幻影の時代』に強い刺激を受け、短篇『東海道戦争』を書き、それは長篇『48億の妄想』へと発展した。『愉しみながら死んでゆく』を読んだロジャー・ウォーターズの内部にも似たような創作衝動が起こったわけだ。

 アルバム『死滅遊戯』には、『ザ・ウォール』のような具体的なストーリーはない。映像メディアに囲まれた社会で、宗教や戦争、資本主義に翻弄される人々が、オムニバス風に描かれる。どちらかと言えば、人間に潜む闇の感情について追求する『狂気』のスタイルに近い。
 曲間をつなぐのは、ザーッというチャンネルを変えるノイズ。気まぐれな視聴者がチャンネルをコロコロ変えるように曲も展開してゆくが、いくらチャンネルを変えてもテーマは変わらず、より刺激的な映像、より面白い情報に飢えた中毒者となった現代人をえぐる諷刺の刃がいっそう鋭く突きつけられてゆく。このノイズ自体、デジタルテレビ時代の今日では懐かしいものとなってしまったが、アルバムの内容は類型的なメディア批判の構図を越えている。

 新版『死滅遊戯』は新たにミックスをやり直し、SEやギターソロの入れ方など、かなりの部分に渡って細かい修正を行っている。音質も向上し、Blu-ray版の音の奥行きはすばらしい。歌唱力や演奏力以上に、「世界観」の提示を目指すロジャー・ウォーターズ独特の音響構築術を最も堪能できる名盤と言ってよいだろう。

 しかし、「歌詞が多いわりに意味がわかりにくい」という評判も絶えないロジャーのソロ。以下、興味を抱いてくれた方に向けて、アルバムの展開を曲順に解説する。


『死滅遊戯』1992年版CDジャケ モニターから見返される「猿」



『死滅遊戯』2015年版CDジャケ モニターから見返されるのが「子供」になり、裏面には無人の車椅子と酸素ボンベが置かれている

1 ビル・ヒュバードのバラード(The Ballad Of Bill Hubbard)

 序曲となるインストゥルメンタル曲。チャンネルをザッピングするノイズ、テレビの話し声、家族らしき会話、犬の声、虫の鳴声……ある夜のテレビを囲んだ一家団欒スケッチのようなSEの群の中に、浮遊感あふれるシンセサイザーのトーンが鳴り響き、ジェフ・ベックによるギターの爪弾きがすべりこんでくる。アルバムの共同プロデューサーでもあるパトリック・レナードが担当するシンセも味わい深い。
 ぶつぶつと老人のモノローグが聞こえるが、これは第一次大戦を扱ったテレビドキュメンタリーに登場したアセル・ラゼフという元兵士が、ドイツの捕虜になった際に友人のビル・ヒュバードを置き去りにしてしまった悔恨を語るものだ。「テレビメディア批判」というコンセプトを掲げながら、いきなりテレビで感銘を受けた番組の音声が素材になっているあたり、一面的なアジテーションとは違うのである。

2 神話、パートⅠ(What God Wants,PartⅠ)

 ジェフ・ベックのソリッドなギターソロと、アンディ・フェアウェザー・ロウのリズムギター、そして「What God Wants God Gets Help Us ALL(神は求める物を手に入れ 我らすべてを救い給う)」とくり返す女性コーラスがパワフルにからみ合う、このアルバムの代表曲にして唯一の高揚させてくれる曲。現在の戦争の多くが「宗教対立」であり、神の名の下に暴力が正当化される世の中を皮肉る内容で、「神は平和を求める 神は戦争を求める 神は飢餓を求める 神はチェーンストアを求める 神は欲しいものを手に入れる」とラップ調にアジテートしてゆくヤケクソ気味な歌詞も面白い。なお、ロジャーは無神論者だが、彼はここで宗教を否定しているのではなく、宗教を利用して権力を行使する者、真理を独占して信者たちに暴力を働かせる者を非難しているのだ。
 ところで、“AMUSED TO DEATH”を「死滅遊戯」と訳したディレクター氏は困ったセンスだが、“WHAT GOD WANTS”を「神話」と訳したのは悪くない。テレビメディアによる情報伝達とは、まさにロラン・バルトのいう「神話作用」の代表例であるからだ。

3 完全真理パートⅠ(Perfct Sense,PartⅠ)

 手の内にある折れた骨を見つめ、空の星々を見上げる猿のイメージで始まり、この技術と宇宙に関心を寄せる猿が人間(我々自身)であり、いつしか政府や金融システムを守るための駒(兵士)でしかなくなってしまうをことを淡々と伝える静かな歌。1992年版では、冒頭のSEは宇宙飛行士の呼吸音だったが、1999~2002年のツアーで演奏された時、このSEは『2001年宇宙の旅』のボーマン飛行士の呼吸音と、コンピュータHAL9000の「Stop,Dave……(やめてくれ、デイヴ……)」に始まるセリフに変更された。ロジャーはもともと『2001年』を引用するつもりだったが、スタンリー・キューブリックの許可が降りなかったらしい。その後、権利問題が解決したのか、今回の2015年版ではちゃんと『2001年』からの引用が使用され、猿のモチーフがあの映画に拠っていること、そして人類の技術の到達点が「命乞いする人工知能」であることをあきらかにしている。
 ベテランのソウルシンガー、P.P.アーノルドが美声を披露し、彼女はその後ロジャーのツアーメンバーになった。

4 完全真理パートⅡ(Perfct Sense,PartⅡ)

 チャプターが分けられているが、前曲とつながっている楽曲で、ライブでは続けて演奏される。9時のニュースをつければ、兵士たちの殺し合いである「戦争」が、アナウンサーと解説者によってまるでフットボール中継のように陽気に実況される。湾岸戦争時にモニターの中で中継される戦争が与えた衝撃と違和感を歌った内容であることはあきらかで、さながら『モンティ・パイソン』のスケッチのような黒いユーモアに満ちている。

5 勇気ある撤退(The Bravery of Being Out Of Range)

 老いた戦争指導者が安全な場所から戦線を指揮する様子と、それを酒場からテレビに映る「娯楽」として歓喜する大衆が描かれる。今月の『ストレンジ・デイズ』に掲載されたロジャーの発言によると、80年代におけるロナルド・レーガンを念頭に作った曲だそうだ。2015年版では、曲のエンディングに新たなギターの音色が追加されている。
 2002年のツアーにおいてロジャーは30年ぶりに来日、東京と大阪で公演を行なった。そのステージでは「完全真理」に続いてこの曲も演奏、背景の巨大スクリーンには酒場でフットボール中継を見ながら盛り上がる男たちの静止画像が映し出されているのだが、曲が進むと、男たちの見るテレビ画面の内容が空爆の映像に変わってゆくという演出が施され、コンサートもひとつのコンセプチュアル・アートとして表現するロジャーらしさが際立っていた。

6 レイトフォー・トゥ・ナイト、パートⅠ(Late Home Tonighit,PartⅠ)

 ロジャーが得意とする、アコースティックギターの調べに乗って囁くように歌う牧歌的な曲。ナショナル・フィルハーモニック・オーケストラによる弦のメロディとバックコーラスがじつに優雅な雰囲気をたたえるが、内容は辛辣だ。オクスフォードシャーの農夫たちが眺める英国空軍の戦闘機の発進。その戦闘機はアメリカの戦闘に参加して、中東の誰かを殺戮すべくミサイルを発射する。わき上がる観衆の大歓声。そして赤ん坊の泣き声をかき消す爆発音。

7 レイトフォー・トゥ・ナイト、パートⅡ(Late Home Tonighit,PartⅡ)

 前曲に続いて、「爆撃の英雄」となったパイロットと、オクスフォードシャーの農夫の妻がカットバックする様子を、ロジャーが今度は絞り出すような声で悲痛に歌いあげる。オーケストラのアレンジを担当したのは、『リーサル・ウェポン』や『ダイ・ハード』などの映画音楽家でもあるマイケル・ケイメンで、過去に『ファイナル・カット』や『ヒッチハイクの賛否両論』では、ロジャーと共に共同プロデューサーを務めている。

8 トゥー・マッチ・ロープ(Too Much Rope)

 冒頭、荒い呼吸と共に凍った地面を掘削するようなノイズがくり返され、緊張感を高める(雪を踏みしめる足音かもしれない)。やがてソリの鈴の音と馬のいななきが聞こえ、森の中のシンリンオオカミ、バザールで腎臓を売る貧乏人、ベトナムの戦場を再訪する帰還兵などのイメージが連なってゆく。が、それらはおそらく、冒頭の作業をしていた男の家のテレビに映像として飛びこんで来たものだ。やがて「長過ぎるロープ(トゥー・マッチ・ロープ)」つまり「過剰な技術」を人類は使いこなせないというメッセージが歌われる。
 歌詞の前半に「人にはそれぞれ値段があるんだボブ そしてお前のは相当低い」という一節がある。これは『ザ・ウォール』の共同プロデューサーだったボブ・エズリンを指していると噂され、ロジャーもそれを認めている。エズリンはロジャーから『RADIO K.A.O.S』のプロデュース依頼を断っておきながら、直後にデヴィッド・ギルモア率いる新生ピンク・フロイドから『鬱』のプロデュースを依頼されるや引き受けている。それを根に持ってのことらしい。
 TOTOのスティーブ・ルカサーが参加しているが、余韻を感じさせるソロギターが彼の担当と思われる。

9 神話、パートⅡ(What God Wants,Part,PartⅡ)

 ここから後半戦。テレビCMの音楽に混じって、団結を呼びかける伝道師の空疎なわめき声がつんざく。欧米では宗教団体がスポンサーになった伝道番組が多く、そこでの人気伝道師はテレビスターなみの影響力を持っている。劇的な説法と他宗派への攻撃的な言辞で知られる者も多い。「神はドルを求める、神はセントを求める、神はポンドとシリングとペニーを求める」と、のべつまくなしに寄進を募る裏で、しっかり脱税している俗物宗教家への怒りが、ロジャー得意の並列法の歌詞で綴られる。

10 神話、パートⅢ(What God Wants,Part,PartⅢ)

 前曲の続きだが、一転して虫の鳴声が聞こえる中、ストリングスとシンセが沈んだトーンを醸し出す。内容的には「完全真理」の続きでもあり、宗教対立や金融問題や戦争に翻弄される人間の姿が、さまざまな動物たちで例えられる。が、『アニマルズ』のような具体的な比喩ではなく、非常に難解な歌詞となっている。後半、ジェフ・ベックが聞かせる泣きのギターがすばらしい。ベックはこのアルバムで8曲に参加しているが、ここから先は全曲でそのプレイを堪能できる。

11 ウォチング・TV(Watching TV)

 ニュース中継のフラッシュから、天安門事件で若い女性が犠牲になったニュースをテレビで見た男の嘆きがえんえんと語られる。ロジャー自身のアコギによるフォークソング風の歌い出しだが、呑気なメロディとは裏腹に歌詞の内容はどんどん大げさかつ深刻になってゆく。中国の話題らしく、胡弓の調べが聞こえるのも効果的。途中からイーグルスのドン・ヘンリーがボーカルで参加し、歌声をハモらせる。
 なお、アンディ・マペット『ピンク・フロイド全曲解説』では「中国人の女性反政府活動家のことを“イエロー・ローズ”呼ばわりし、彼女の死が重要視されるのは見てくれが良かっただけだと暴言を吐いてしまっている」と指摘しているが、これは誤読だろう。テレビで彼女の死を見た男はその死を嘆き、彼女を“中国の黄色いバラ”と勝手に命名し、やがては“妹”とまで呼び、“おれは妹を悼む!”と叫んで見せる。しかし名前不詳のユダヤ人、ニカラグア人、アステカ族、チェロキー族、果てはドードー鳥まで、歴史の犠牲者はいくらでもいたのに、彼女が特別視されるのは「テレビで報じられた」からなのだ。そしてニュースを受け取る側はなにをしたかと言えば、“おれたちはテレビを見ていた”、それだけ。
 その瞬間に抱いた悲痛な感情も、チャンネルを変える音でたちまち忘却される。

12 三つの望み(Three Wishes)

 現れたランプの精に三つの願いを訊かれ、「レバノンでみんなが幸せになること」、「誰かがこの歌を作るのを手伝ってくれること」、「父親が子供のころに死ななければよかった」と願うが、最後になって「去って行った彼女を呼び戻したい」と思いつく。しかしすでに遅すぎた……。このアルバムで唯一、ロジャーが私的な心情を歌った(と思われる)曲。アルバム発表年である1992年、ロジャーは16年連れ添った2度目の妻キャロライン・クリスティーと離婚していることを思うとちょっと複雑な気分になる。なお、ロジャーは1993年にプリシラ・フィリップスと3度目の結婚をするも2001年に離婚。2012年にはローリー・ダーニングと4度目の結婚を果たした。懲りない奴!

13 奇跡(It's A Miracle)

 アルバムも最終部に入り、クライマックスを迎える。が、曲調は盛り上がるどころか、沈鬱な空気が濃くなってゆく一方だ。このあたりの重苦しさが、「ロジャーのソロは起伏に乏しい」と批判される一因なのだが、狂躁的な現代社会に傷つき、出口なしの状況に苦しむ魂に明るい曲など聞かせてなんになる。むしろこの窒息寸前の世界認識、希望などどこにも存在しないことを提示することで、逆説的に癒しを与えるのがロジャーの方法論なのだ。安部公房の言葉を引用すれば、「明日のない希望よりもむしろ絶望の明日を」というわけだ。
 緩慢なテンポの中にコラージュされてゆくSE、二つの音を単調にくり返すベースライン、呪文のようなコーラス……すべてがロジャー・ウォーターズ。現代資本主義がもたらした文明の「奇跡」について、「アンデス山脈にペプシがある、チベットにマクドナルドがある、ヨセミテは今や日本人のためのゴルフ場」と痛烈に皮肉る。歌詞に差別語を導入することを恐れないロジャーは、「日本人」の部分に“JAPS”という言葉を使っているが、来日公演でこの曲を演奏した際にも、変更することなく堂々と歌っていた。“JAPS”の瞬間に手を振った観客に向けて、すかさずリアクションしてみせた姿を思い出す。
 最終部におけるジェフ・ベックの胸をかきむしるようなギターソロが忘れ難い。ドラムを担当したのはTOTOのジェフ・ポーカロ。なんとジェフ・ポーカロはこのアルバムの発売一ヶ月前に急死してしまった。

14 死滅遊戯(Amused To Death)

 最終曲となるタイトル・チューンは前曲と組曲のような意味合いを持つためか、1999年~2002年ツアーでも続けて演奏された。スーパーマーケットとカラーテレビと10代の美少女たちといった「豊饒なる文明」に囲まれ、娯楽としてのスキャンダル(歌詞にジェシカ・ハーンの名が登場するが、彼女は有名なテレビ伝道師である「PTLクラブ」代表との密会をスクープされ、その後巨大な宗教スキャンダルへと発展した)を追いかけるうちに、衆愚化し、病み衰え、滅亡へと向かう人類の姿が描かれる。最後は地球を訪問した異星人が人類の遺跡を発見、ことごとくテレビセットの周囲で死んでいる人類を見て「彼らは死ぬほど愉しんだのだ」と納得する。
 ほんのりとカントリーソングっぽい味わいの曲を生かすためか、リタ・クーリッジが招かれロジャーと共にボーカルを担当、陰惨極まりない歌詞を、ソフトにまとめてくれる。グラハム・ブロードのパーカッションの音色も軽快で、曲全体が一種の悪夢的な冗談であることを伝えている。
 最終部に、序曲で聞こえたアルフ・ラゼルのモノローグがふたたび流れ出す。60年後、自分が捕虜になった土地を再訪したラゼルは、戦争基地委員会でビル・ヒュバードの名を発見し、彼が無事保護されたことを知る。戦場に見捨てたことを60年もの間、心の傷として苦しんでいたラゼルが救済される瞬間……。苦味に満ちたアルバムの中で、唯一の明るさを感じさせる場面だが、それもテレビによって得られた感情だ。
 最後にはまた虫の鳴声だけが静かに響く。


2000年のライブより「奇跡(It's A Miracle)」 最後のギターソロはスノーウィ・ホワイトが演奏

 元ネタとなったニール・ポストマン『愉しみながら死んでいく』の出版は1985年。日本では「ニュース・ステーション」の放送が始まった年である。ニュースをワイドショー風に切り取る演出手法はその後各局に散らばり、今ではさらにわかりやすく、面白く、興味をそそるように情報を「立てる」演出が探られている。それはニュースのみならず、スマホで確認するネットニュースでも、SNSや巨大掲示板の書き込みを編集する、まとめサイトでも同様だ。
 1985年の前年、1984年にはジョージ・オーウェルの『1984年』(1948)が世界的なベストセラーになった。そこでは、実在が定かですらない「ビッグ・ブラザー」が君臨する全体主義社会が描かれる。人々は街に大量に設置されたテレスクリーンと盗聴マイクにより、自由な思想さえ許されなくなっている。
 しかしポストマンは、テレビメディアが発達した今日においては、『1984年』のような監視型のディストピアよりも、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』(1932)が描いた世界観により接近しているはずだと指摘する。
『すばらしい新世界』に描かれるのは、人類がすべて「選別」を受けて生産され、自らの「環境」にまったく疑問を感じることがない世界。人々は大量生産・大量消費が推奨される毎日を受け入れ、生活に満足しきっている。不快な気分になったら薬で改善することも可能だし、結婚は否定されてフリーセックスが推奨、皆がいっしょに過ごすので孤独を感じることもない。嫉妬もなければ隠し事もなく、プライバシーを求める者もいない。誰もが隷属を愛し快楽を貪る「愚者の楽園」そのものである。
 冷戦の集結とバブル崩壊から四半世紀、世の中が真に効率をめざすシステムを指向することで、ブラック企業の横行やヘイトスピーチの跳梁を許し、システムへの奉仕のみを求める現代日本を見ていると、『1984年』以上に『すばらしい新世界』が描くタイプの全体主義を指向する人々が増えつつあることを、皮膚感覚で理解できるのではないだろうか。

 すでにオーウェルの『動物農場』をヒントに、『アニマルズ』というアルバムを作ったロジャー・ウォーターズが、ポストマンの論を読み、『すばらしい新世界』に興味を持ったことは想像に難くない。完成したアルバム『死滅遊戯』は、日本における伊藤計劃『ハーモニー』や、貴志佑介『新世界より』などハクスリーの影響下から生み出された作品同様、作家が抗いようもなく進んでゆく世の中の「システム」にぶつけた一発の爆弾として未だ不穏な存在感を放っている。

 新生ピンク・フロイドの『鬱』やら『対』やらが数百万枚も売れる中、百万枚の売上にも届くかどうかだった『死滅遊戯』。しかし、真の代表作が理解されるのはまさに今、とばかりのお色直しを成功させたロジャーだが、来月には「ザ・ウォール」ツアーを映画化した“Roger Waters The Wall”の公開が予定されている。

 そしてその後には、取りかかったまますでに十数年と言われる新作フルアルバムの完成が控えている。21世紀、『死滅遊戯』が描いた世界はいかなる更新を迎えるのか……?



参考に、過去記事より『永遠<TOWA>』のレヴューを。

ピンク・フロイド最終章?~『永遠<TOWA>』
http://ch.nicovideo.jp/t_hotta/blomaga/ar666165


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まさかニコニコでロジャー・ウォーターズを見るとは思わなかったw
ものすごく丁寧な解説に感銘。もう一度聴き直してこようかな
71ヶ月前
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意外と言ってはなんですが、ニコニコにもけっこう動画あがってますよね。ロジャーのソロ作も今、聴き直すと浮かぶ風景が昔と違う気がします。
71ヶ月前
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