「SFコンテスト」における安部公房の選評(全集未収録)
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「SFコンテスト」における安部公房の選評(全集未収録)

2015-09-22 17:48


    SFマガジン1961年8月号

     今月、第3回ハヤカワ・SFコンテストの受賞作が発表されたようですね。

    (公式サイト)http://www.hayakawa-online.co.jp/new/2015-09-03-175126.html


     早川書房が主催するこの新人賞、長篇小説が対象となってからは3回目ですが、じつは長い中断期間をはさみつつも50年以上の歴史を誇っています。そして、その第1回から第3回までの選考委員の一人が、安部公房でした。

    「SFマガジン」の創刊は、1959年12月。編集長・福島正美は当時「空想科学小説」と呼ばれていたジャンルを新たに「SF」として認知させるには、斬新なSF作家の登場が不可欠と考え、独自の文学賞を企画しました。注目すべき点は、特撮映画を量産していた東宝が共同主催となっており、円谷英二ら映画人も選考委員に参加している点でしょう。当時の早川書房では賞金を捻出するのが困難だったからかもしれませんが、受賞作の映画化への期待も高く、このメディアミックス戦略により注目度が増したことは間違いありません。実際、選考委員の一人である円谷英二は、完全に映画化を前提として作品を読んでいることが選評からうかがえます。

     しかし、文学賞である以上は、プロ作家による審査の目が必要です。福島正美はSFのよき理解者であり、雑誌創刊時から相談相手となってくれた安部公房に白羽の矢を立て、安部はその依頼を快諾しました。
     この時、安部公房が残した選評ですが、編年体で編まれた「安部公房全集」にはなぜか収録されていません。数々の小さな記事や座談会の類いまで収録している全集ですが、じつはけっこう漏れがあることも知られています。
     さて、世の中には「選評マニア」などという人種もいるそうですが、確かに選評とは、書き手の個性が出るテーマ。候補作の感想を一言か二言触れるだけでサッサと全体の印象を述べて終わる人も多いですが、そこはさすが安部公房、この選評は当時の彼がどんなSF観・小説観を持っていたかをうかがう貴重な資料としても楽しめるものになっています。

     1961年から1964年にかけてと言えば、安部公房は長篇小説『砂の女』、『他人の顔』を発表し、『榎本武揚』の連載に入っていた時期にあたります。短篇小説では『無関係な死』や『時の崖』を、戯曲では『城塞』を発表。さらに数々のラジオドラマ、テレビドラマを執筆し、テレビ朝日の連続ドラマ『お気に召すまま』の企画・構成・監修を担当するという活躍ぶり。

     まさに創作力のピークを迎えようとしていた当時の安部による三本の選評が読めないままなのはあまりに惜しいので、ここに再録しておきす。まぁ、怒られたら消しますが。
     ではさっそく、第一回の選評から見てみましょう。


    第一回空想科学小説コンテスト・選評(1961年8月号掲載)
    応募数・不明
    選考委員・安部公房、半沢朔一郎(朝日新聞科学部長)、円谷英二(特技監督)、藤本真澄(東宝常務)、田中友幸(東宝プロデューサー)

    入選    該当作なし

    佳作第一席 地球エゴイズム(山田好夫)

      第二席 下級アイデアマン(眉村卓)

      第三席 時間砲(豊田有恒)

    努力賞   地には平和(小松左京)

     詮衞をおわって痛感したことは、SFを書こうとする人たちに、SFが、たんに素材・内容の新しさだけでなく表現の新しさをも必要とする、という自覚が足りないということだった。そのため、全体にふるめかしい感じがつきまとうばかりでなく、SFが求める現実感ーー現実の手ざわりが、非常に類型的で、弱いものになっている。これは、SFにとって、致命的な欠陥ではなかろうか。
     SFは本質的に、論理を組み立て、そのプロセスと結果を娯しむものでなければならない。極端なことをいえば、論理はウソの論理でもいいのだ。そしてそのウソの論理を、本当らしく見せかけるより、ウソ独自の面白さを極限までつきつめるーーそこまで到達すれば、文学としても最高のものになり得る。すくなくともSF作家の精神には、それだけの野心と、それにふさわしい厳しい態度とが、なければならない。
     今度のコンテストで入選作が出なかったのは、こうした意味で、かならずしも失望するには当たらないと思う。可能性は、充分にみとめられたのである。
     ぼくは「地球エゴイズム」を一位に推した。物を見る目の緊張といったものが、もっとも感じられたからである。最後のどんでん返しも、アンハッピー・エンディングも、これなくしては、たんなるポーズに終わったろう。ただ、当然胸で感じなければならない恐怖が理屈(論理ではなく)に支えられている点が惜しく、もっと小説技術を学ぶ必要がある。
    「下級アイデアマン」は、アイデアの良さを取った。しかしこの作品の致命的な欠陥は、テーマそれ自身の分裂に、作者が気がついていないということだ。その意味では、次点になった「地には平和」の方が優れている。ことにこの人は、文章表現の追求力もたしかだから、全体のバランスや落ちの甘さを警戒すれば将来きっといいものの書ける人だろう。
    「時間砲」はその意味ではいちばん落ちるがこれといった破綻のないところが三位を維持した理由だろう。しかし、せっかくこれだけのアイデアを考えたのだから、もっと時間そのもののパラドックスを、ストーリイに絡ませて考えるべきだったのではないだろうか。

     佳作第一席を獲得した『地球エゴイズム』の山田好夫は、翌年のコンテストにも応募して佳作に入っていますが、その後は書いてないようですね。しかし以下には眉村卓、豊田有恒、小松左京とその後の日本SF界を牽引する才能が並んでいます。
     佳作第二席『下級アイデアマン』の眉村卓は、この受賞をきっかけに作家活動をはじめ、2年後には早くも最初の長篇『燃える傾斜』を発表しています。
     佳作第三席の『時間砲』はこの時は掲載されず、豊田有恒は数年後に改稿してジュブナイル長篇『時間砲計画』に発展させています。
     そして努力賞は『地には平和』の小松左京。後に『地には平和を』と改題してSF同人誌『宇宙塵』に掲載、直木賞候補となりました。
     さらにこの回、「奨励賞」となった予選通過者の中には、平井和正、光瀬龍、加納一郎、小隅黎(同人誌『宇宙塵』主宰者・柴野拓美の筆名)、小野耕世(当時NHK局員で後の映画・コミック評論家)、島内三秀(後の脚本家・桂千穂)らが名を連ねています。

    第二回SFコンテスト・選評(1963年1月号)
    応募数・349篇
    選考委員・安部公房、半沢朔一郎(朝日新聞科学部長)、円谷英二(特技監督)、藤本真澄(東宝常務)、田中友幸(東宝プロデューサー)

    入選第一席 該当作なし

    入選第二席 該当作なし

    入選第三席 お茶漬けの味(小松左京)

          収穫(半村良)

    佳作    無機世界へ(筒井康隆)

          平和な死体作戦(朝九郎)

          震える(山田好夫)

          火星で最後の……(豊田有恒)

     SFは、国際的な言葉で書かれた文学である。こうしたコンテスト作品の審査を行う場合にも、どうしても世界的な水準で考えなければならないことになる。もしぼくの評価が辛いとすれば、それは、その意味からにほかならない。
     全体として、今度のコンテストには、前半のそれと、さほどの進歩のあとが見られなかったようと思う。最もつよく感じたことは、前年度にも指摘したが、(一)思考の緊張が見られない、(二)よい意味での知的遊戯の楽しさが欠けている。の二点であると思う。技術面の完成度のひくさも、総体的に見ると前年とあまり変わっていない。
     審査した作品のうち、着想を生かしたという点で、最も買えたのは、半村良氏の『収穫』であった。人間が収穫されるというアイデアは、非常に面白い。もうすこし論理的に展開すれば、かなり質のたかい作品ができたのではないか。
     結局、この作品が成功作といえないのは、本質的な文明批評精神に欠けているからである。たとえば、残された--宇宙人によって選ばれたエリートたちが、なぜ残されたか、なぜ選ばれたかという重要な問題がなおざりにされている。そのため、作品全体が、読者に対して訴えかける力--いわゆる説得力に欠けているのである。しかも問題なのは、この小説がエリート側から書かれているということだ。だから、読み方によっては、これが、独善的に自らをエリートとする思想--ナチズムの是認というようにも読めてしまう。
     ある意味で、この作品の失敗は、むずかしすぎるテーマを選んだことにあるかもしれない。シリアスな対象を興味本位に扱ったためであろう。
    『お茶漬けの味』は、全作品中、文章とコンポジションの点では、最もすぐれているだろう。人間対機械の問題を平面的にとらえずに、人間の、宇宙的時間内での役割というかたちでとらえようとしたところには、一応の結晶した思想がうかがえる。
     だが、それが、結局、かなり平板なものになっているのは機械と人間との関係が、非常に類型的にとらえられているからではないか。つまり、この作品の批判精神は、常識主義に支えられているのだ。したがって、登場人物の機械に対する憎悪も作り物になり、客観的な世界をバイカイとして内部世界を見るというSF本来の役目が、損なわれてしまうのだ。冒険的追求のなさが、この作品の失敗であろう。
     この点は、今度のコンテスト総体にいえるだろう。類型にしばられず、新しいものを創造する勇気を持ってものを見、それを適確な表現力と、すぐれた構成力とで描く。すぐれたSFを生む道は、それしかないだろう。

     前回の受賞者である、小松左京、山田好夫、豊田有恒らが再度応募し、ふたたび選ばれているのが目立ちます。
     最高位は入選第三席『お茶漬けの味』の小松左京ですが、福島正美はすでに小松の才能を高く評価しており、これより先に「SFマガジン」1962年10月号に『易仙逃里記』を掲載、初登場させています。その後は「SFマガジン」常連作家として華々しい活躍を始めたのは周知の通り。
     一方、同じく入選第三席に入った『収穫』の半村良はこれが作家デビューでした。しかし半村はその後、伝奇小説のジャンルでヒットを飛ばす70年代まで、「SFマガジン」では目立った活動がありません。福島正美が半村の作風を好まなかった、という説もあるようです。
     佳作入選を果たした筒井康隆はすでにSF同人誌「NULL」の主宰者としてこの世界では有名人で、「宝石」などにショート・ショートを発表していました。『無機世界へ』は、後に改稿され、中編『幻想の未来』へと発展します。
     豊田有恒の『火星で最後の……』は佳作の中から唯一「SFマガジン」に掲載され、晴れて作家デビューを果たしています。

    第三回SFコンテスト・選評(1964年8月号)
    応募数・258篇
    選考委員・安部公房、星新一(作家)、円谷英二(特技監督)、藤本真澄(東宝常務)、田中友幸(東宝プロデューサー)

    入選 該当作なし

    佳作第一席 太陽連合(吉原忠男)

    佳作第二席 プログラムどおり(松崎真治)

    佳作第三席 黒潮(永田実)

    努力賞   金色の蟻(岩武都)

          昆虫都市(二瓶寛)

          宇宙艇307(西崎恭)

          海底より永遠に(小川俊一)

     今度のコンテスト応募作品は、全体として、娯楽性のつよいことが目についた。もちろん、娯楽性のつよいこと自体は決して悪いことではないが、娯楽性そのものについての考え方の甘さが、非常に気になった。たとえば応募作品中に、本質的な意味での<発明>がまったく発見できなかったことも、その一つの現われである。
     
    娯楽作品には、必ず一つの<発明>がなければならず、その上に練り上げられたリアリティがなければならない。娯楽作品だから、低い誤摩化しでよいと考えるところに、応募者の考えの甘さが目立つのである。今度、入選作を出せなかった理由もそこにあるだろう。
     佳作第一席に推された吉原忠男氏の『太陽連合』は、その意味では、もっとも救われている。ほかの作品にくらべて、きめもこまかく、充分な書きこみもあり、また、そのデテールを生かすセンスもあって、一応、計算された効果をあげている。
     ただ、この作品のテーマはあきらかに借り物で、そのために作品自体を盛りあげるべき必然性に欠けている点が、致命傷だろう。この作家が、器用さだけで終わらせないためには、自分のテーマを持つことが不可欠だと思う。
     佳作第二席の松崎真治氏の『プログラムどおり』も、書きぶりにいや味がなく、適当なユーモアを持っていて、SFにありがちな浮つきのなかったところが買われたのであろう。しかし、これは同時にこの作品の限界をも示している。つまりこの作品は、ユーモアにも、また、タイム・トラベル・テーマの必然的に持つロジックの追求にも、不徹底なのだ。それがこの作品を水準以下のものにしているのである。
     次点となった永田実氏の『黒潮』の最大の欠点は、小説というよりも、映画のシノプシス的な意識の低さにある。作者は、つねに読者に絵を見せようと考える結果、小説はシーンのつなぎあわせとなり、人間にも、事件にも、<観察>というものが感じられないのだ。

     この回には選考委員に星新一が参加しています。
     佳作第一席『太陽連合』に選ばれた吉原忠男は医者が本業。その後、1975年には文学界新人賞候補、1981年には野生時代新人賞候補となり、同年にオール読物新人賞を受賞。80年代の後半から社会派推理小説を時おり発表しています。デビューから作家として活動するまで20年あまりかかっているわけですが、マイペースに執筆を続けている人なのでしょう。
     一方、努力賞に入っている『宇宙艇307』の西崎恭ですが、これは西村京太郎のペンネームです。当時30代前半の西村はいろいろな新人賞に応募しまくっており、すでに1961年には宝石賞、1962年には双葉新人賞に二席入選、1963年にはオール読物推理小説新人賞を受賞しています。ミステリだけでなくSFも書いていたのですね。そして1965年に『天使の傷跡』で江戸川乱歩賞を受賞し、推理作家としてスタートを切るのですが、乱歩賞への応募もこの時点で4度目だったとか。後にトラベルミステリーを大量生産する膂力は、アマチュア時代に培われていたようです。
     なお、SFコンテストはここでいったん打ち止めとなりました。第四回の募集告知は載ったのですが、その後に中止となったらしく(理由は不明)、再開されたのは10年後の1974年になってからでした。


    SFマガジン1964年8月号に掲載された選評

     しかし三年連続で入選第一席はなし。小松左京や半村良が応募しても最高賞は取れなかったのだから、なかなか審査水準のきびしい新人賞だったと言えるのではないでしょうか。

     安部公房の残した選評を読むと、新人作家に対して真摯に向き合っていることがよくわかります。同時に、「表現の新しさ」や「論理を組み立て、そのプロセスと結果を娯しむ」ことの重視、「緊張した思考」と「よい意味での知的遊戯の共存」を訴え、必ず一つの<発明>と、練りあげられたリアリティを要求するなど、選評を通じて自分自身の創作姿勢を確認しているような感すらあります。
     1963年、安部公房は「僕のSF観」というエッセイを発表しています(全集17巻収録)。

     SFというと、いかにも特殊なジャンルのように考えられがちだが、それはたとえば日本の近代文学などを基準にした場合のことであって、もっと広い立場からみれば、いわゆる近代文学などの方が、はるかに特殊だともいえるのである。SF的発想はむしろギリシア以来の、文学の源流だとさえいえるのかもしれない。

     こう述べた安部公房は、SFを<仮説の文学>と説明、例としてルキアノス「本当の話」、「竹取物語」、呉承恩「西遊記」、セルバンテス「ビイドロ博士」、スウィフト「ガリバー旅行記」、M・W・シェリー「フランケンシュタイン」、ポオ「ハンス・ブファアルの無類の冒険」、メルヴィル「白鯨」、コローディ「ピノッキオ」、キャロル「不思議の国のアリス」、スティーブンソン「ジーキル博士とハイド氏」、ヴェルヌ「海底二万マイル」、ウェルズ「透明人間」、チャペック「人造人間」、「山椒魚戦争」、アポリネール「オノレ・シュブラックの滅形」、幸田露伴「番茶会談」、内田百閒「冥土」、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」、「グスコーブドリの伝記」、シュペルヴィエル「ノアの方舟」、三島由紀夫「美しい星」、その他マーク・トウェイン、石川淳、花田清輝、安部公房の諸作品を挙げます。「ね、SFなんて昔からいくらでもあったでしょ?」というぐあいに。

     さらに1967年には「SF--この名付けがたきもの」というエッセイを発表(全集20巻収録)。「SFマガジン」の読者欄で「SFとは何か?」という議論が勃発することに注目、そういう議論は謎めいた恐るべき動物に対してわざわざ「ライオン」などと命名し、その飼育法を語り合うようなもの、と指摘します。

     だからぼくは、SFの流行などということを信じない。SFが、SF用の檻のなかで、いくら豚みたいに繁殖してみせたところで、なんの自慢にもなりはしない。ぼくが夢みているのは文学の中での、SF精神の復権なのである。自然主義文学によって占領された、仮説文学の領地を、奪回することなのである。

     昭和30年代の日本といえば、「SF」とは宇宙人や怪物、半裸の女性が出てくる低級な読物、という偏見も強く、発表できる媒体も限られていた時代。そんな中で「いや、むしろSFこそ文学の本道」と主張する安部公房にとって、「SF」とは、安易な命名を拒否する未知数の可能性を持った文学全般を指していたようです。この主張は、90年代に話題になった「スリップストリーム文学」の立場に近いもののように思えますが、そうした「定義づけ」をきっと安部は嫌ったでしょう。

     70年代以後、映画やマンガ、アニメ、そしてゲームを通して、いわゆる「SF的な感覚」は一般に浸透し、今では空気のように意識せずに摂取しているものとなりました。それどころか、純文学の世界も、SF的なアイディアが混じった作品が急速に増え、芥川賞候補になることも珍しくありません。その一方で、専門誌「SFマガジン」は隔月刊化を迎えました。
     そんな時代になると(なっても?)、「SFとはまずセンス・オブ・ワンダーである」だとか、「数式や化学式が出てくるSFこそ至高」といった好みを語りたがるマニア者、「これはSFである」、「これはSFではない」と判断したがる権威者が目立つこともあるようです。しかし、これこそ安部公房が警戒した、謎めいた猛獣の魅力を減ずる行為。現代のSFファンとしては、わざわざ檻を作って囚人となるような真似は避け、常に未知数を探しに行ける立場でいたいものです。


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