『契約』
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『契約』

2013-06-01 07:50

    いつものファミレス、いつもの席。
    タバコを燻らせてたら 目の前に人が座った。

    メガネをかけて、線はちょっと細めの男性。
    前髪が長いので顔の半分は隠れてる状態だが、きっと綺麗な顔立ちのはずだ。

    まあ 顔の好みなんて個人で違うけど。


    「殺したい人がいるんですよね」

    頬杖ついて 観察していると、その人は唐突に言った。
    ほう、初対面の人間の前でいきなりこう来るか。

    「そう。殺したいほど思ってもらえる人は幸せね」

    タバコの灰を 灰皿に落としながら私は言う。

    「ああ、間違いでした。正確には殺したい人たちがいるんですよね、でした」

    表情も変えず さらっと殺意を口にする。
    それはきっと 見知らぬ私だから言えることなのだろう。
    そして、知らない私に言わずにいられない程 持て余している感情なのだろう。

    「複数なのね。殺すの?」

    じっとメガネの奥の目を見て尋ねた。

    「殺せません。殺せないから足掻いてるんです。殺せるならとっくにヤってますよ」

    手を挙げてウェイトレスを呼び、「コーヒー」と男は頼んだ。

    居座るつもりらしい。
    まあいいか、私も一人で退屈していたところだ。
    感情の開放に付き合ってやるか。

    すぐにコーヒーは来た。

    それを コクン と一口だけ飲んで カップを戻す。
    その作業は流れるように違和感がない。

    「で、殺したいけど殺せない貴方はこれからどうするの?」

    意地悪な私は聞いた。

    「どうしましょうねえ・・・
    あの人たちがいなくなってくれないなら、僕が消えようと思ったんですよ。
    でも、死ねないんですよね。
    じゃない、臆病だから死のうという行為さえ出来ないんですよ」

    ふふっと薄く笑いながら カップをくるくると回してコーヒーを弄ぶ。

    そっか。

    同じか。

    「ならここに居るといいわ」

    タバコの火を消して 私はその男に告げた。

    「え?」

    視線をやっと私に合わせる。

    「死ねるわよ、貴方。ここに私と居ればね。
    正確には 消えるってとこかしら」

    「どういうこと、ですか?」

    少し怪訝そうな顔。

    そりゃそうよね、死ねるだの 消えるだの突然言われればね。

    「契約したのよ、私。その代償に命をあげる約束なの。
    一人も二人も同じだと思うわよ、あちらさんにとっては。
    だから、本当に消えたいのならここに居ればいいわ」

    ニッコリと笑って告げた。
    本気にするかどうかはわからないけど、席を立つかどうかは相手次第だしね。

    「・・・なら 居ましょうか・・・」

    口元に手をあて、少し物憂げに目を伏せながら男は言う。

    「契約成立ね」


    そのまま無言で時を過ごした。
    時間の感覚はなくて、ただ何かが流れていった。


    そのうち 何かが訪れる。

    この空間だけ周りとは違い始めるが、ほかの客は気づかない。

    「契約したのはお前か?」

    やがて禍々しくも低くてよく通る声が私を支配する。

    私は頷く。

    「その男は?」

    「彼も消えたいんですって」

    「ほう。ならばそうしよう」



    闇と光の中。


    私はやっと 開放される。



        ー終ー


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