透明だった僕たちは、限りなく透明に近いブルーになる。~シャニマスに対する書誌学的アプローチ~
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透明だった僕たちは、限りなく透明に近いブルーになる。~シャニマスに対する書誌学的アプローチ~

2020-07-06 22:50
    薄桃色を超えるシナリオはそう出てこないだろう。

    あの感動的なストーリーを見てから4ヶ月。
    たった4ヶ月で、近いレベルの衝撃を受けるシナリオが投下された。
    もちろん、その間のシナリオもみんなそれぞれいいのだが、
    天塵の衝撃たるや。
    一度見て涙を流し、二度見てまた泣き、
    委員長の配信で三度目の涙。
    そのあと委員長の配信2周目と、普通に読み返したのを1回。
    計5回、天塵のシナリオを読んだ。

    毎日10回以上「天塵」で検索をかけて他人の感想を読み、
    絶賛する意見には大いに賛同し、
    否定的な感想もとても面白い視点だと楽しませてもらった。

    これだけ天塵を読み、ノクチルのことを考えていて、
    僕は一つ、思い出した作品があった。

    それが、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」だ。
    村上春樹と並び称される二大村上のドラゴンの方。
    デビュー作であるこの作品で芥川賞を受賞し鮮烈デビューした人気作家だ。





    うん、タイトルからしてなんかもう、ノクチルっぽいよね。
    透明感のあるユニットで、ユニットカラーもブルーだし。
    最初に発表されたとき、結び付けた人も多いんじゃないかな。

    それはそれとして、中身の話をしよう。
    簡単にあらすじを紹介すると、
    『米軍基地のある町福生市(ふっさし)にすむ主人公リュウは、
    米軍から仕入れたドラッグを売りさばき、
    女を集めては米軍の開く薬物パーティに送り出し、
    薬・暴力・女の生活を送っている...』


    どこがノクチルと関係あんねん!


    心の中の横山奈緒が盛大な突っ込みを入れてきました。

    いやまぁ、話は最後まで聞いてほしい。
    そもそもであるが、文学作品を下地に作られたユニットというのは前例がある。
    皆さんご存知、ストレイライトだ。
    詳細は下記記事にもまとめている。

    冬優子とニューロマンサー

    こちらだって、電子ドラッグ、暴力、女、サイバーパンクの世界である。
    シャニマスの新ユニットは文学作品に由来する。
    というのは、普通に考えられることだ。

    さて、ここからは限りなく透明に近いブルーのネタバレを含む。
    ネタバレがあったからと言ってこの作品はストーリー重視ではないためあまり差し支えないが、
    どうしても初見で読みたい方は、ブラウザバックをお勧めする。



    ◆社会の色に染まることができない透明な

    限りなく透明に近いブルーは、簡単に言うと、
    社会になじむことのできないまま大人になりかけている主人公たちの
    自らを燃やしながら生きる様を描いた作品だ。
    最後に黒い鳥がおぞましく描写されるのは、
    現代社会のメタファーとして描かれているというのは、
    芥川賞受賞時の書評でも語られた定説であり間違いないであろう。
    他にも、

    「主人公のリュウとその恋人リリーは、雨の中車を飛ばしてたどり着いた街で、机が規則正しく並べられた学校に得も言われぬ恐怖感を抱き、帰りには車をスリップさせぶつけて、リリーは殺してくれと叫ぶ。」

    「主人公の友人、ヨシヤマとその彼女ケイはヨシヤマの母の葬式のために富山に行って以降、情緒不安定になり関係性が悪化する。」

    「仲間内でラリって朝を迎えたら警察にパクられて、解放された帰りに日比谷公会堂の野外フェスに参加。タダで乗り込もうとしたカズオはガードマンにバッドで殴られたので仕返しにガードマンを集団リンチ。モコは裸同然でステージ前で踊り狂う。帰りの電車では社内でリバースし、普通の乗客の女性に堂々と襲い掛かる。」

    改めて書くとマジで薬でもやってんのか。ってくらい不安定だな。
    やってるんだけど。

    とにかく、家族・家庭・警察・学校などなど。
    社会性を感じるものに触れるたびに彼らは不安定になる。
    社会に染まることができない少年少女たちなのだ。


    いや・・・まぁ、過激がすぎるんですけど・・・。
    天塵で見たノクチルと共通するところを感じないだろうか。

    随所で語られている通り、彼女たちはロックな生き様を見せた。
    初仕事の歌番組でいつも通りの自分たちでいることで干されるし、
    誰も見ていない海辺の花火大会のライブで、
    「いいんじゃない、うちらがよければ」
    である。
    社会、特にアイドル業界の色に一切染まることなく、
    幼馴染4人の自然体であり続けている。
    透と雛菜のアウトローっぷりは、個別シナリオでも十分に感じられるほどだ。



    世間やアイドル業界の彼女たちへの評価もこれである。
    現実のTwitterですら、
    「アイドルを舐めている」
    「アイマスでやることではない」
    と批判される始末。
    いわゆる世間一般、社会に馴染まない存在だ。

    結局、天塵のシナリオ内で、彼女たちの世間的評価が変わることはない。
    ただ、プロデューサーはそんな彼女たちの
    透明なままの姿にこそ、輝きを見出した。




    まだプロデューサー自身が上手く言葉にできていないし、
    どうやって世間に彼女たちを透明なまま見つけてもらうか。
    それは、今後のプロデューサーの大きな課題だ。
    自分がその立場だったらあまりの難易度に吐きそうである。

    まだプロデューサー以外は彼女たちの魅力を見つけていない。

    一方ノクチルの4人は、社会を恐れてはいない。
    小糸と円香は恐れているのは恐れているかもしれないが、
    4人でいることを選んでいるのだから、つまるところ同じだろう。
    幼馴染と一緒にいるためにアイドルになる。
    その選択自体が、アイドル業界的に言えば狂っているといわれるのだから。

    限りなく透明に近いブルーの登場人物たちは、
    とてもじゃないが輝いているようには見えない。
    ただ、薬に溺れただれた生活を送りながら、今その瞬間を楽しんでいる。
    自分たちにだけは、輝いている日々を送っていると思っているのだ。
    結局、彼らは作中で更生することもなく、
    中途半端な形で物語は終わる。
    作品の最後で主人公のリュウは、
    黒い鳥に追われ逃げ惑う中、ガラスの破片に限りなく透明に近いブルーを見た。
    その色こそ、救いの色だと感じた。
    そんな色になりたい、この色を多くの人に見せてあげたいと決意し、物語は幕を閉じる。
    モデルが村上龍本人なので、
    のちに作家となり、この本を書いたという未来がわかる。
    リュウは、限りなく透明に近いブルーを移すガラス。
    作家となり、世間にこの色を見せる生き方を見つけた。
    当時から賛否両論だったこの作品だが、
    同じように社会に息苦しさを感じていた人たちにの救いとなったのだろう。
    おそらく、残りの登場人物は透明なまま死んでしまったか、
    黒に染まって社会に溶けていったのだ。


    僕は、ノクチルがたどり着く色もまたこの色。
    限りなく透明に近いブルーだと思っている。
    今の話を踏まえてノクチルのロゴを見てほしい。




    Oの文字に見えるのは、水面から深海を表した海である。
    だが同時に、丸いガラス片が青い光を移しているようにも見えないだろうか。
    Oの中に見える色こそ、限りなく透明に近いブルー。
    透明だった僕たちがアイドルとしてたどり着く色であり、
    この色を見せることが、ノクチルのアイドルとしての仕事となる。
    今の彼女たちが持つ透明な、青春の煌めきのような姿を、
    見ているファンの下へ、色を伴って届けるのだ。

    その姿に至るのは、きっと1年後。
    ストレイライトがWEBDのシナリオで一つの完成を迎えたように。
    ノクチルとプロデューサーもまた、あるべき姿を見つけられるはずだ。




    ex1)重なるモチーフたち
    ここからは、本編に入れられなかった情報をつらつら書き綴っていく。
    天塵のシナリオと限りなく透明に近いブルーには、
    共通するモチーフがある。
    その一つが、車と海だ。
    『リリー、車でドライブしたことあるだろう。何時間かかけて海とか火山に行くんだ。』P70L7
    この話のあと、リュウとその彼女リリーは車でドライブに行く。
    天気は大雨、たどり着いた場所は、トマト畑。
    『「あれは何なの。」
    「トマトだろう。トマトには見えないなあ」
    「まるで海だわ、行ったことのない外国の海よ。何か浮いてるのよ。その海に」』P75L12

    薬でもキメてるのかって会話ですがキメてるので…。

    たどり着いたトマト畑を海だと思い込み、リリーは泳ぎだします。
    『あそこは本当に海なのかもしれない。リリーは発光する深海魚だ。』P76L9

    いや、薬でm
    雷に照らされるリリーを発光する深海魚と見ているのですが、




    ここ、めっちゃシンクロ。
    結局リュウたちは本物の海にたどり着くこともありませんでしたが、
    ノクチルの4人は海にたどり着いた。
    同じ結末となることはない。かもしれない。



    他にも、気になるモチーフがある。
    「ドアーズ」というアメリカのロックバンドだ。
    限りなく透明に近いブルーの中で2,3回このバンドのレコードがかけられる。
    中でも、彼らの曲の一つ、「水晶の舟」は、
    主人公のリュウがフルートで吹いてくれと、仲間から頼まれる曲として出てくるのだ。
    ところで、ドアーズのデビューアルバムは「ハートに火をつけて」
    どこかで聞いたことがあるのではないだろうか。
    そう、「は~と♡に火をつけて 月岡恋鐘」pSRである。

    これに関しても別記事で詳しく書いているので見てほしい。

    をとめ大学シャニマス学部アンティーカ学科月岡恋鐘専攻名誉教授Pに「は~と♡に火をつけて 月岡恋鐘」を解説してもらった。【ネタバレ有】

    すでに一度、シャニマス内でモチーフとされているロックバンドだ。
    この「ハートに火をつけて」というアルバムには
    表題作である「ハートに火をつけて」という楽曲があり、これが彼らの代表曲の一つ。
    人気が高くのちにシングルカットして発売されたのだが、
    その際にB面に収録されたのが「水晶の舟」である。
    水晶というのもノクチルのイメージに近い感じがするが、
    このあたりの関連性はいずれ見えてくるのかもしれない。



    ex2)鮮明な色は悪ではない
    さて、ハートに火をつけてのことを語った以上、
    もう一つ触れておきたいことがある。
    ノクチルとアンティーカについてである。
    奇しくも、ドアーズのCDという存在で、A面B面になったこの2ユニット。
    天塵のシナリオの中でも、アンティーカについて言及されている。



    アンティーカはすでにテレビでの露出も多く、
    一部では283プロで一番売れているのではと推測されるほど。
    そんな彼女たちはのイメージカラーは鮮明な紫。
    しかもその色は、彼女たち自身で決めた紫だ。
    最初のイベントコミュを見てもらえればわかるが、
    ゴシックなコンセプトは、アンティーカの5人で選んだもの。
    今でこそストーリーストーリーのように、素のままのアンティーカも
    世間的に受け入れられて評価されているが、
    最初はアイドルとしてデビューするための外付けの武器を身に纏ったのだ。
    智代子のチョコアイドルに近い。
    ある意味、テレビ受けやアイドルとして認知されることなども
    計算した社会に受け入れられるための紫である。
    そして、その紫は多くの人々に受け入れられ、売れている。
    そんなアンティーカをノクチルの対極としてシナリオ内に出すのは
    とても合理的な位置づけだと思う。

    ただ、アイドルマスターシャイニーカラーズにおいては
    色がついていることは悪ではないし、透明であることも悪ではない。
    悪があるとすれば、黒く染まってしまうことだろう。
    鮮明な色付きは、魅力となる。
    シャイノグラフフィで歌われている通り、
    「透明から鮮明に」なることは、進化といえる。
    ノクチルは、今はまだ透明なだけだ。



    ex3)村上龍にとっての作家

    ちなみに、少し話はそれるが、作者の村上龍は自著「13歳のハローワーク」にて
    作家という職業をこう紹介している。

    『13歳から「作家になりたいんですが」と相談を受けたら、「作家は人に残された最後の職業で、本当になろうと思えばいつでもなれるので、とりあえず今はほかのことに目を向けたほうがいいですよ」とアドバイスすべきだろう。医師から作家になった人、教師から作家になった人、新聞記者から作家になった人、編集者から作家になった人、官僚から作家になった人、政治家から作家になった人、科学者から作家になった人、経営者から作家になった人、元犯罪者で服役の後で作家になった人、ギャンブラーから作家になった人、風俗嬢から作家になった人など、「作家への道」は作家の数だけバラエティがあるが、作家から政治家になった人がわずかにいるだけで、その逆はほとんどない。つまり作家から医師や教師になる人はほとんどいない。それは、作家が「一度なったらやめられないおいしい仕事」だからではなく、ほかに転身できない「最後の仕事」だからだ。服役囚でも、入院患者でも、死刑囚でも、亡命者でも、犯罪者でも、引きこもりでも、ホームレスでもできる仕事は作家しかない。作家の条件とはただ1つ、社会に対し、あるいは特定の誰かに対し、伝える必要と価値のある情報を持っているかどうかだ。伝える必要と価値のある情報を持っていて、もう残された生き方は作家しかない、そう思ったときに、作家になればいい。』-13歳のハローワークより

    どうだろう。
    これまでの話を踏まえてみると
    ノクチルにとってのアイドルも近い立ち位置にあると思えなくもない。
    彼女たちは、彼女たちでいるためにアイドルを始めた。
    だが、そんな彼女たちだからこそ、
    ファンや現代社会に突き付けられるメッセージを持っているのではないだろうか。
    アイドルだって、アーティスト、作家なのだから。


    おわりに

    さて、これら共通点を偶然のこじつけと見るか、論理的ととらえるか。
    それはあなた次第。
    つまるところ、書誌学的アプローチが正解であるかは、
    作者のみぞ知るところである。




    参考文献
    『限りなく透明に近いブルー』村上龍-講談社文庫
    『13歳のハローワーク』村上龍-幻冬舎
    『ニューロマンサー』ウィリアムギブスンーハヤカワ文庫
    『アイドルマスターシャイニーカラーズ』-バンダイナムコエンターテインメント
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