• ろくじゃない日

    2020-05-24 21:442
    別に大げさなことを書きたいわけではないのだけど、今日はばあちゃんの告別式があったので日記を書いておく。そんな感傷的なものではないけどおばあちゃんっ子だったので。

    先週くらいにばあちゃんが入院したという連絡がきて、数日後に亡くなったという連絡がきた。いわゆる「今夜が山だ」みたいな状況ではあったらしいのだけど、こういうご時世なので面会的なものはできないので普通に暮らすしかなかった。親父がちょっとだけ喋ったところによると意外と元気で「もういいから早く帰りたい」的なことを言ってたらしい。

    告別式の写真がよかった。直近の89歳の誕生日の写真をトリミングした写真で、元写真はばあちゃんがフニャーっと笑顔でピースしてる写真なんだけど、なんならそのピースまで入れてくれたほうがいいのにな、と思った。俺は世の中や近隣の人にめちゃくちゃ「ろくじゃないよ(長渕剛で言う「ろくなもんじゃねえ」の意)」と悪態をついてタバコをふかしているばあちゃんと孫の僕らに満面の笑みで猫かわいがりしてくれたばあちゃんを両方知っているから。から、ってことはないか。まあそういう感じ。

    今日は10年以上ぶりに会う親戚とかがいっぱいいて「みんな老けたなあ」「知らない親戚の子供がいるなあ」とか思った。儀式苦手マンなので葬儀では坊さんの木魚その他を駆使したドラムソロを聞きながら「これ宗派によってリズムパターン違うのかな……」「裏拍でチーン入れるのはなんでかな……」とか思ったり思わなかったりした。精進落としで飯食ってるときに「ばあちゃんによく食わされたサッポロ一番塩ラーメンが今でも遺伝子に刻まれてるレベルで好きだ」という話をした時は故人をしのんでる感があった。そのくらい。

    ばあちゃんは僕が社会のミジンコだった頃に保育園におむかえに来る係をやってくれていて、駄菓子屋で50円とかの組み立て式飛行機を買ってくれたり中古ゲーム屋の隅に置いてあるアーケードゲーム機でキングオブザモンスターズをやらせてくれたりした。僕は小1まで甘えん坊の赤ちゃんだったので学校のあとにベビーカーに乗せてもらってスーパーの総菜の鶏肉かなんかを食いながら往来を往来していた記憶もある。大人になったら車いすくらい押して恩返ししたかった気もするけどばあちゃんは人に頼るのが嫌いで車いすにほとんど乗らなかったらしい。

    まあ野暮な思い出でお茶を濁すのはやめよう。実際自分はばあちゃんとしばらく疎遠になったし、ろくじゃない孫だった。

    大学時代は家が近かったので少し顔を出したりもしたけど、その後は10年くらい会わなかった。最後に会ったのは去年の春だ。「そろそろ危ないから」みたいなことを周りに言われて会いに行って元々遠かった耳がさらに5kmくらい遠くに行っていて筆談で「元気?」「元気だよ」みたいな会話をした。30過ぎの僕に「大きくなったねえ」「昔はこんなに小さくておぶってパン屋に行ってねえ」みたいなテンプレの話もしてくれた。世界の全てに「ろくじゃないよ」と悪態をついていたばあちゃんだけど、その日は帰るときに僕の肩を叩いて「またおいで」と言ってくれた。「また来るよ」と言ったけど多分ばあちゃんには聞こえてなかったし、結局また行く前にばあちゃんが逝ってしまった。

    なんか染みったれた感じになるな。親父は「ばあさんはまとめ方が上手かった」と言ってた。苦しみながら生き長らえると大変みたいなことを言ってるんだろう。僕もそう思う。それがよかったんじゃないかなとも。

    まあそんなのは生きてる人間の勝手な意見で、ばあちゃんは「ろくじゃないよ」って思ってるかもなとも思う。あの吐き捨てるような「ろくじゃないよ」の言い方が僕は好きでよくマネしていて、親戚も昔からネタにしていて、大井家のギャグとして今後もずっと使わせてもらいたいなと思っています。ばあちゃんのご冥福をお祈りします。今日はほんとにろくじゃない日でした。
  • 広告
  • 世の中のことわからない僕が「人はいつか死ぬ」ということはちょっとわかったつもりで生きてる話

    2020-05-11 04:454
    「盛り下がってるかーい?」というロックスターのゴキゲンナナメな煽りが聞こえてきそうな昨今、人類の皆様いかがお過ごしでしょうか。小市民です。ライブハウス自宅よりキイチビール&ザ・ホーリーティッツの「世の中のことわからない」をお届けします。マジわかんねえよな、世の中。



    まあ2020年5月現在のめちゃくちゃをあの名前も呼びたくねえウイルスが引き起こしてることは間違いのねえことでござあすが、もう嫌になりますわね。病気が、ってんじゃあない。いやそらあ病気も怖ぇけどそれより俺ぁ世の中が怖ぇ。ってあんまり怖いので落語調じゃないと言えなくなるくらい怖いわけ。

    僕はもとより落伍者のほうやらしてもらってたんで自粛で家にいろー、なんてのは望むところ、むしろ「夢が叶いました」と歓喜の涙を流しながら毎日元気に1日50歩しか歩かず焼酎を飲み倒しています。なんなら自分みたいなもんは日に1、2本の輪ゴムかなんかを食べさせてもらえれば十分なのですが最近はウーバーイーツなる適度にフリーな奴隷にメシを運ばせるサービスなどもあるらしく、それを使うと自粛しながら人間の食い物が食えたりします。毎回配達員の方を抱きしめて感謝の濃厚接触をしたい気持ちに駆られますが、そのほうが叱られるらしいのでしていません。「ソーシャルディスタンス!」と言ってバックステップをするとお互いの絆ゲージが上がるという仕様のアプデが入ったらしいです、世の中。

    素晴らしいことだと思います。なんかマスクとか10万円とかも生きてるだけでくれるらしいし。がんばって生きてるといいことあるなーって思います。

    まあ素晴らしい云々っていうのは嘘なんですけど、それだけ皆で絆ゲージをガン上げしてるのになんか世の中を見てるとむちゃくちゃ喧嘩してるというか、高めたゲージを解放して各人がオリジナルのバチギレ超必殺技を撃ち合う大乱闘スマッシュブラザーズ状態になっているように見えます。多分幻覚なんですけどちょっと怖いなと思うことがあります。

    僕は「毎日焼酎をキメないと死ぬ」というある意味でウイルスより怖い難病を患っているのでそういう幻覚を見てしまうんですが、そもそもその難病を患ったきっかけというのが「人はいつか死ぬ」という事実に気付いた時からだったような気がします。

    10代くらいのころはそらあ僕も可能性の獣です。法律に「人はいつか死ぬ」という条文が書いてあっても「嘘乙」とつぶやいて冷めたツラして歩いていました。だけど成長して物事の分別がついてくると「人ってもしかしてマジでいつか死ぬんじゃね……?」ということに気付き始め、そうすると自分の根っこであった「まあまだ死なんやろ」という絶対の自信が崩壊しそのあとはもうめちゃくちゃです。何十日か前に色々な意味で死んでしまったワニよろしく「5秒後に死んだらどうしよ……」という考えが四六時中頭を離れなくなり、正気を失った私はその症状の特効薬と噂されていた焼酎(最近はアビガンとかいう同様の効果を得られるものも出ているようです)にたちまち手を染め、今では副作用により日常的に幻覚を見るようになりました。

    「人はいつか死ぬ」という恐怖で自我が崩壊するのは僕調べによると不治の病らしく、発症当初の僕も色々捨て鉢になってロックを聴きまくったり急に「ラブ&ピース」と叫んで人に抱き着いたりインターネットで喋りながらゲームをしたりして健康な皆さんにご迷惑をおかけしましたが、最近は病気との付き合い方も少しわかってきて時々小康を得られるようにはなりました。「人はいつか死ぬ病」というのは現代医学でもまだ解決の目途が立っていない最強の難病らしいのですが、わりと無症状なだけで全人類が罹患している病気らしいです。「みんな同じなんだな」と思うと少し落ち着けます。筆者は既にだいぶ症状が進行しているので焼酎だけは欠かさないように細心の注意を払っていますが。

    エビデンスのない素人考えで恐縮なのですが最近流行りのあの名前も呼びたくねえウイルスは、どうも副作用としてこの「人はいつか死ぬ病」を併発させる可能性があるんでねえかなと思っています。こっちの病気は身体的な症状はなくただちに影響もないんですが、メンタル面でやや人と人の関係をギスギスさせる効果が確認されています。ここは元から楽しい地獄だと星野源も言っていたので大勢に影響はないかと存じますが、絆ゲージを上げないといけない現状においては決して無視できない部分かと思いますので、人類の皆様はどうぞご自愛ください。

    余談ですが本日お届けしたナンバー「世の中のことわからない」は、「会い足りないけど会えない」みたいなごく普通のことを言ってる歌なのに急に「世の中のことわからない」と言い出して「だけども君のそばにいたいよ」と続く変ちくりんなラブソングです。人間が歪に人間を愛する感情みたいなやつがソーシャルディスタンスを飛び越えて広く伝染してくれたらいいのになと思いました。隔離病棟自宅からは以上です。
  • おしまいおじさんはなぜ配信で泥酔して「除雪車」という言葉で号泣したのか

    2020-01-22 23:4914
    どうも、おしまいおじさんです。本日は表題の出来事について弁明というかそういうアレをさせてください。

    まずインターネットで生配信をしたりする人間の98%は頭がおかしいということは周知の通りですが、その中にも段階というかセーフアウトの分岐点みたいなものはあって、表題の行為というのは1回表で27アウトになるようなありえない行為だということです。私がやりました。

    とは言えこの世に意味のないことなんてのはひとつもないわけでありまして、私がそこに至った経緯にも一応の理由は説明可能です。既に引退試合を終えた私が今さら負け試合の振り返りを行っても進んだ時計の針が巻き戻るわけではありませんが、遺言のようなものだと思って聞き流していただければと思います。

    犯行当日の1月20日、僕容疑者は友人とのゴキゲンなキャンプ旅行を終えて帰宅しました。祭りのあとの楽しくも少し切ない余韻、翌日から現実が再開されるという絶望、二日酔いの体に酒を流し込んでいく自暴自棄感、これらの感覚のどれかは頭のおかしくない読者諸兄に置かれましても多少はご理解可能なのではないかと愚察いたすところであります。

    そうした感情がサイゼのドリンクバーで高校生が作る謎カクテル状態になった私は、感情の排水溝としておなじみの自身のニコ生チャンネルに垂れ流すことにしました。そんで「旅行おもろかったわ」「明日から仕事とか無茶だから今日で死ぬわ」といったごく常識的な意見を述べながら酒を飲んでいました。この時点で既に引いてしまう人類もいるかと思いますが、A級妖怪以上の皆様に向けて話しておりますので霊力の弱い方は結界の張ってある場所でご覧ください。

    こんな配信のタイムシフトをまともに観返す勇気は自分にはないのでほぼ断片的な記憶をもとにお話ししていますが、酒がキマってきた私はコメントを全肯定するという遊びを始めたかと思います。「今日は残業してつらかった」「残業とか全人類がいまだなしえてない偉業だからえらい」「トイレでうんちできたよ」「お行儀がよすぎる。そんなのフランス料理のマナーより難しい」とかそういうノリです。これは私の大好きな感動漫画「はぐちさん」の模倣的な行為だと思われます。

    私には1~2年に一度くらい、「純度100の泣き上戸に入る」という奇癖があります。これは半分意図的な部分もありその代表的なものが「今日は大好きな感動映画のアイ・アム・サムを観てめっちゃ泣いてこましたろ」とかいうやり方です。基本感情表現が下手な人間なので1人自宅で深夜泥酔したときに、いいストーリーやいい音楽に全力で身をゆだねて感情をだだ漏れにするという方法論です。ストレスが溜まってくるとお笑いをめちゃくちゃ見て笑うというセラピーもよくやるのですが、その反対のものになります。

    その配信時、「泥酔」「ストレス」「いいBGM」「感動要素(はぐちさん)」「もうどうでもええわという自暴自棄感(感情の解放)」といった諸条件が偶然にも全て揃っていました。専門用語で「状態に入る」と呼びます。つまり衆人環視の状態で隠しスキルの「泣き上戸」が発動してしまい、私は「ヤバイ、今なんでも泣ける状態に入った」といった旨の自白をしたかと思います。

    そこでおそらく皆様がなんか適当なことを言ってくだすったのだと思いますが、私の目に「除雪車きたよー」というコメントが飛び込んでまいりました。多分雪国にお住いの方で除雪車がきたんだと思います。

    私はそれを見てオヨヨヨヨと泣き始めたかと思います。怖いでしょう。俺だって怖いんだ。

    この現象をロジカルに説明しますと、「なんでも泣ける」という状態に「除雪車」が「きたよー」すると、「除雪車ってなんてえらいんだ」という感情で泣き始めます。

    寒くて暗くて人影のない夜にたった1人でみんなのために雪を除けていく除雪車が走っている。その頑張りは取り立てて評価されません。「除雪車なんだから当たり前だろ」ならまだよく、なんなら「夜中にでかい音出してうるせえな」とか嫌われるまであります。

    それでも除雪車は文句ひとつ言わず、そんな人たちのために除雪をやり続けます。それが除雪車に生まれた者の宿命であり、それ以外の夢を持つ権利すら除雪車にははじめから与えられていないからです。

    家族を乗せてドライブに行きみんなを笑顔にする車がいる。熱いレースを繰り広げて称賛を浴びる車がある。でも除雪車にそんな未来はなかった。だから今日も孤独に除雪をするために走っていたのです。

    そんなビジョンが自分のことをはぐちさんだと思い込んでいる34歳泥酔おじさんの脳裏に一瞬で浮かび、「俺だけは除雪車の気持ちを汲んでやりたい」といってむせび泣き始めたということです。泣き疲れたおじさんは配信をつけたまま椅子で寝落ちし、無事人生おしまいおじさんとなって社会的に引退しました。

    今もこの文章を書きながら酒を飲んでいるんですが、書けば書くほど「こいつ頭おかしいんじゃないか」という気持ちになっています。状態に入っていないからです。それなのにこんなことを長々と説明してるのもだいぶ頭おかしいのでまあやっぱり頭おかしいんだと思います。

    現場からは以上です。私から伝えたいのはストレスと酒の飲みすぎには気を付けようということと、おしまいおじさんのことは嫌いになっても除雪車のことは嫌いにならないでほしいということです。