ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

  • ブロマガをはてなブログに移転します

    2021-08-06 01:56
    皆さんご存じの通り、ブロマガがサ終するとのことではてなブログに移転しました。
    今後はこちらでお願いいたします。タイトルはまだ仮です。

    たろちん(黒霧島のほう)のブログ(仮)
    https://tarochinko.hatenablog.com/
  • 広告
  • 【ネタバレ】20年くらい前に初めてエヴァ見た独身おじさんが全てのエヴァンゲリオンにさようならした日

    2021-03-09 04:481
    表題の通りです。ネタバレなしで見たい人はぜひ今すぐ全ての社会責任にさようならして劇場へ向かってください。

    シンエヴァ、とりあえず言えるのはめちゃくちゃよかったです。僕はまさにシンジ君とタメくらいのころに旧劇場版をビデオで見て「エヴァすげー!なんか難解そうでかっけー!アニメはすごい!」ってなってアニオタになり、その後生来の飽きっぽさが幸いして1年くらいでアニオタを辞めたくらいのライト層なのでガチ勢の皆さんほどエヴァの呪縛を食らってたタイプではありません。

    一方でエヴァを知る前後くらいで急速に人間性をこじらせ、高校に進学しなかったりアル中ニートになったり今に続く世の中とのウマ合わない病を発症したので、旧シリーズで示されたエヴァの表現はずっと心のロンギヌスの槍としてぶっ刺さってもいました。今でも「みんながLCLに溶けてひとつになったら気持ちよさそー」と思ってるしそのボタンがあったら押します。

    やがて大人になり、新劇は破のエンタメ感やQのこじらせ再発症感などを少し冷静に、A.T.フィールド越しに楽しんでいましたが、そういう立場的にシンエヴァは「エヴァがきれいに終わった!」という点に最大のカタルシスがありました。文字にするとすげえつまんねえ感想だな。でも20年応援してきたスポーツ選手が最後の世界大会で優勝してそのまま引退するのを見てるような気分が近かったです。

    旧劇もシンも庵野監督がエヴァファンに「アニメから卒業しなよ」的なメタメッセージを発しているとよく分析されていますが、当時「おめでとう」と言ってもらったチルドレン(僕)がおっさんになって「完結おめでとう」って言う側に回れた爽やかさがありました。なのでケンスケやトウジが大人になってたのが一番よかったです。テレビ版でケンスケのキャンプに家出したシンジが泊まるシーンとかめっちゃ好きだった。まさかそこ回収してくるとは。新劇だとミサトさんに「相原くん」って言われるくらい忘れられたキャラだったのに。

    あと「アスカとケンケン」を筆頭に各キャラのカップリングに脳を破壊されてる意見も見ましたが、僕も独身おじさんなのにそれは全然なかったです(余談ですが脳を物理破壊されたゲンドウがなぜかそれをちょっと拾うシーンは笑いました)。というかシンジが「自分のやったことは自分で背負いたい」みたいに言ってたのがマジでそれで、そういう自問自答や内省や葛藤を繰り返すことこそ僕が旧エヴァから教わったことなので、「綾波を助ける!」とかの直球ヒーローシンジさんより全知全能ポジのカヲルくんすら論破する達観シンジくんのほうに圧倒的成長を感じた。「アスカたそハァハァ」と言っていた中学時代から「自分の人生の責任は自分で取る。自分で考え自分で決める。アスカは絵」というマインドを構築していった旧劇から新劇始まるくらいまでの間に、既に僕は「さらば、全てのエヴァンゲリオン」していたのかもなとか思いました。

    あんま内容に触れてない。めちゃくちゃ考察とか詰め込んでいったのにまだ読み解けてない部分多いですが、全体的に「サービスサービス」の精神はQがアレだった分マシマシになってた気がします。黒波が爆速で感情獲得していくとことかミサトさんが髪ほどくとことか初号機と十三号機の異常空間ゲンカとか。「おもしろーい!」で見てオッケーな映画だと感じました。ゲンドウが量子テレポートでビュンビュンしてたのは一生いじれるおもしろシーンだと思う。

    絶望の槍と希望の槍みたいなのが出てきたけど、旧劇を「絶望」の話とするなら新劇(シンエヴァ)は「希望」の話なのかなと思った。で、描かれ方が違うだけでどっちも「現実と向き合う」という話だと思う。シンエヴァは多くの謎にちゃんと説明もついてた(と思う)し、エヴァ全体としても「新劇」という紆余曲折合ったシリーズのまとめとしても美しかったと思うのでやっぱ「エヴァがきれいに終わった!」という感動が一番強かったです。

    ということであのころめっちゃ好きだった全てのエヴァンゲリオンにさようならできて僕としてはとてもいい体験でした。今後もときどきエヴァのことを思い出します。「さようならはまた会うためのおまじない」らしいので。
  • ろくじゃない日

    2020-05-24 21:442
    別に大げさなことを書きたいわけではないのだけど、今日はばあちゃんの告別式があったので日記を書いておく。そんな感傷的なものではないけどおばあちゃんっ子だったので。

    先週くらいにばあちゃんが入院したという連絡がきて、数日後に亡くなったという連絡がきた。いわゆる「今夜が山だ」みたいな状況ではあったらしいのだけど、こういうご時世なので面会的なものはできないので普通に暮らすしかなかった。親父がちょっとだけ喋ったところによると意外と元気で「もういいから早く帰りたい」的なことを言ってたらしい。

    告別式の写真がよかった。直近の89歳の誕生日の写真をトリミングした写真で、元写真はばあちゃんがフニャーっと笑顔でピースしてる写真なんだけど、なんならそのピースまで入れてくれたほうがいいのにな、と思った。俺は世の中や近隣の人にめちゃくちゃ「ろくじゃないよ(長渕剛で言う「ろくなもんじゃねえ」の意)」と悪態をついてタバコをふかしているばあちゃんと孫の僕らに満面の笑みで猫かわいがりしてくれたばあちゃんを両方知っているから。から、ってことはないか。まあそういう感じ。

    今日は10年以上ぶりに会う親戚とかがいっぱいいて「みんな老けたなあ」「知らない親戚の子供がいるなあ」とか思った。儀式苦手マンなので葬儀では坊さんの木魚その他を駆使したドラムソロを聞きながら「これ宗派によってリズムパターン違うのかな……」「裏拍でチーン入れるのはなんでかな……」とか思ったり思わなかったりした。精進落としで飯食ってるときに「ばあちゃんによく食わされたサッポロ一番塩ラーメンが今でも遺伝子に刻まれてるレベルで好きだ」という話をした時は故人をしのんでる感があった。そのくらい。

    ばあちゃんは僕が社会のミジンコだった頃に保育園におむかえに来る係をやってくれていて、駄菓子屋で50円とかの組み立て式飛行機を買ってくれたり中古ゲーム屋の隅に置いてあるアーケードゲーム機でキングオブザモンスターズをやらせてくれたりした。僕は小1まで甘えん坊の赤ちゃんだったので学校のあとにベビーカーに乗せてもらってスーパーの総菜の鶏肉かなんかを食いながら往来を往来していた記憶もある。大人になったら車いすくらい押して恩返ししたかった気もするけどばあちゃんは人に頼るのが嫌いで車いすにほとんど乗らなかったらしい。

    まあ野暮な思い出でお茶を濁すのはやめよう。実際自分はばあちゃんとしばらく疎遠になったし、ろくじゃない孫だった。

    大学時代は家が近かったので少し顔を出したりもしたけど、その後は10年くらい会わなかった。最後に会ったのは去年の春だ。「そろそろ危ないから」みたいなことを周りに言われて会いに行って元々遠かった耳がさらに5kmくらい遠くに行っていて筆談で「元気?」「元気だよ」みたいな会話をした。30過ぎの僕に「大きくなったねえ」「昔はこんなに小さくておぶってパン屋に行ってねえ」みたいなテンプレの話もしてくれた。世界の全てに「ろくじゃないよ」と悪態をついていたばあちゃんだけど、その日は帰るときに僕の肩を叩いて「またおいで」と言ってくれた。「また来るよ」と言ったけど多分ばあちゃんには聞こえてなかったし、結局また行く前にばあちゃんが逝ってしまった。

    なんか染みったれた感じになるな。親父は「ばあさんはまとめ方が上手かった」と言ってた。苦しみながら生き長らえると大変みたいなことを言ってるんだろう。僕もそう思う。それがよかったんじゃないかなとも。

    まあそんなのは生きてる人間の勝手な意見で、ばあちゃんは「ろくじゃないよ」って思ってるかもなとも思う。あの吐き捨てるような「ろくじゃないよ」の言い方が僕は好きでよくマネしていて、親戚も昔からネタにしていて、大井家のギャグとして今後もずっと使わせてもらいたいなと思っています。ばあちゃんのご冥福をお祈りします。今日はほんとにろくじゃない日でした。