ほとんどのユーザーは「開発者」ではない
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ほとんどのユーザーは「開発者」ではない

2013-10-12 11:52
  • 8
こんな記事を読んだ↓
UIが変わる度に文句いう人

いろいろと思うところがあるけど、いわゆる「初心者」と触れる機会が多い人間から見ると、このエントリを書いている人は、多くのユーザーの「レベル」を考慮していない気がする。他人が自分と同じレベルで物事を考えてると思っているんじゃないかなあ。

たとえば、なにか食事を口にしたとき、それを食べて一番最初に思うことは、「おいしい」か「まずい」かであって、そこから、食材の組み合わせだの調理法だのを考え始める人がどれくらいいるのか(普段料理する人なら考えるけど)。

大切なことは、多くの人にとって、「なぜおいしいのか」や「なぜまずいのか」は理解不能であるし、理解しようともしないということ。世の中には「理由はわからないけどなぜかおいしい」ってもんがいっぱいある。でもその理由を考えない人が多い。

行きつけのお店に行くのは、おいしい料理の仕組みを知るためじゃなく、おいしい料理を食べるためである。まずい料理を出すお店に、なぜまずいのか仕組みを明らかにするためにわざわざ再度行くことはない。こうすればいいのではないか、と店長に提案することもない。まずかったら、もう行かないだけである。これは「思考停止」だろうか?

なぜ使いづらいUIなのかを考え始めるとキリがない上に、答えが出ないこともたくさんある。普段UIを設計する人なら、UIを変えた(技術的)背景も改善方法もいろいろと思いつくだろう。でも、多くのいわゆる「一般的」なユーザーは、ほとんど直感で感じる以上のことはしない。しないというか、できない(だって、普段自分で作らないから)。

それに対してイライラする開発者もいると思う。でも、そういう考え方を普段しないんだから仕方ない。普段からそういうことを考えている人と、普段からそういうことを考えていない人を、同じ土俵で扱うから、ストレスを感じる。

「思考停止」だと批判するのもひとつの考え方ではあると思う。でも実際は、「思考」は停止したんじゃなくて、「そもそも最初から始まってすらいない」が正しいと思う。「思考」のスタートの仕方すらわからないユーザーがほとんどである。ということを、開発者側が心得ておくのは、悪いことではないと思う。大変だけど。

使いづらいなら使わなければいいじゃないかという批判もあるだろうけど、じゃあ夏暑いからといって7月から9月の間(最近は10月も暑い・・・)外出しないのか?暑いから出たくないけど、でもそういうわけにもいかないから、日傘をさす(最近は男も日傘をさすらしい)などして、暑い夏と付き合うしかない。「嫌々ながらも付き合っていくしかない」というのも世の中にはいっぱいある。

携帯電話やスマートフォンなしでは生きられない、仕事ができない、という人は多い。人によってはTwitter(あるいは人によってはニコニコやYoutube)などが、すでに「なくてはならないもの」となってしまい、それなしではストレスを感じる。そういう人たちは、有用性と不便さを天秤にかけて、「止めることができない、けど使いづらい」と文句を垂れながら使うことになる。

どこがどう使いにくいか言ってほしいとユーザーに希望する気持ちはわからなくないが、多くのユーザーにとって、なぜ使いにくいかを説明するのは実は結構難しい。よく理解できない人がいるからこそ、それを仕事にする人が存在するし、経済が回る(UIに限ったことではない)。「ダサい」って印象を抱いたとき、なぜダサいかをきちんと説明できる人は意外と少ない。だからこそ○ーコのファッションチェックとかいうのが成立したりする(最近テレビ見てないけど今もあるの?)。

そういう、直感で物を言う人を切り捨てるというのも、ひとつの手ではあると思う。でも、多くの人が直感で「使いづらいと感じた」のって、非常に大切な情報である。フィードバックがくるだけ恵まれている。料理がまずいのに「おいしい」と言って二度と来なくなるような状況より、よっぽどマシだろう。

「クソUI」の批判にうんざりするのはわかるけど、そこから情報を引き出すことも大切だと思うよ。そこで、なぜクソUIだと言われるのかを考えないのは、それこそ「思考停止」では?どの変更点に対してユーザーがどういう反応を示したのかを分析するのは、ユーザーではなく開発者側の仕事だ。「開発者視点」のレビューを求めるのではなく、「開発者側」がユーザーからどれくらい情報を掘り起こせるか。それができるところは強いと思う。転んでも泣かない。

僕が1番危惧しているのは、思考停止の塊の連中がうだうだ言うせいで、Webサービスのユーザの幸せを願ってUIの改善に注力しているチームがUIを改善することに抵抗を感じてしまうとそれはもうWebサービスっていうかものづくりの破滅の始まりだ。
ユーザーの幸せを願って改善したのに批判をされたのなら、それはユーザーの需要を見誤ったというだけなので、そういうUIが駆逐されるのは必然なのでは?そうやっていいUIが生き残るのなら、それはある意味健全な改善だと自分は思う。

ちなみに自分の動画にはかなり初期の段階で「期待はずれのUI」というタグがついた。もちろんロックしてある。
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Twitterでの反応とかを見ると、MS Officeのリボンといった、ソフトウェアのUIを念頭にコメントしている人が多い印象。
元の記事は、「WebサービスでUI」の話であり、この記事も、書き始めは、ニコニコ動画の原宿 → Zero → Q → GINZAの変遷が頭にあって、そこから、ソフトウェアにも話を拡げているんだと思われる。
75ヶ月前
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大衆向けに作ってるものはなんだって批判されるものだから、
特に気にしなければいいと思う
75ヶ月前
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「この記事いいな」と思ってたら、「つんでれんこ」開発の方でしたか。納得です。
75ヶ月前
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ふむ。某サイトのUI改変騒ぎから流れてきたけど、興味深い考え方ですね
74ヶ月前
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公衆向けのWebサービスでなく受託とかでやってれば割と当たり前の話な気もしますね。
開発サイドとしては「絶対いいのに」て線でも、利用者との意識の乖離が激しいと予想以上の反発が出るものです。
開発者(特にアーティスト気質の方)は受け入れがたいものがあるらしく、
いつも頭下げて調整するの大変なんですよね・・・・
73ヶ月前
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ユーザーを想定するのって大事ですよね。
windowsなんていい例じゃないかな。
HomeEditionとProfessionalEditionとの住み分け。
わからない人用とわかる人用、考えない人用と考える人用。
シンプルに簡潔に、複雑により自由に。
73ヶ月前
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UIとかソフトウェアじゃなくても制作・創作の全てに言えることですよね。

例えば漫画でも作者が「この漫画は斬新で最高!」と連載しても読者が「面白くない」と思えばすぐ打ち切りになる。
読むのは作者じゃなく読者なので、作者や編集が如何に「最高!」と言っても読者に理解されない作品は「駄作」という評価を得るわけです。

ここで「理解できない読者が馬鹿」と言う作者と「読者に理解出来るように工夫しよう」という作者が生じるわけですが、まあ心情的にも作品的にも応援されるのがどちらかは自明の理ですね。
73ヶ月前
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え…表の位置を 1mm 単位で調整する機能がないとか、設計者側の思考がバグってるとしか思えないんですが…。
16ヶ月前
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