ユーザーと開発者の「ズレ」
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ユーザーと開発者の「ズレ」

2013-11-19 14:11
  • 7




「ズレ」がなるべく生じないようにすることはとても大事なことだけど、「ズレ」が生じてしまうのは仕方のないこと。では、その「ズレ」の先にあるものとは?そんなお話。



ここ数日で、一悶着(?)あった。いくつかのツイートを抽出した動画は荒れ、まとめブログやニュース系ブログにも取り上げられ、ツイッターはやたらフォローされるわニコレポはお気に入り通知で埋まるわ、てんやわんや。とりあえず、何が起きたかをわかりやすく(わりと煽らずに)まとめてるTogetterのリンクをひとつだけペタリ。

ニコニコ静画の2013年11月のリニューアルと良いUIの話

自分としては炎上させる意図はなく、包み隠さず率直に物事を言う人だと以前から知っていたので、この機会に運営側に聞いてみたいことや自分の意見の提案など色々と投げながら議論していければなあと思った次第。(今回のリニューアル担当とは違うみたいだけど)色々答えてくれそうという期待からリプライを送ったりしたのだけど、最後の方はリプライ送っても無反応ですね。

運営と議論したくてリプライ送ってたけど議論できないならもういいやって感じで、自分の中ではこの件はもう熱が冷めた。まあ今後リプライ送ることもないと思う。彼が担当しているニコニコ書籍の方はお世話になってるので、残念だけど。


※追記(2013/11/19/20:55):なんか謝罪ツイートがあったみたいです。

※追記ここまで



ただ、この件はこれでもうお終いだけど、以前書いた記事ともつなげてもうちょっと色々考えたので、またちょっと長めの記事を書く。ここまでが前置きで、以下本論。
※なお、わりと当たり前のことしか書いていません。



1.ユーザーは「開発者」ではない
(これは前記事でも書いたことだけど、2.の前提になるので軽く触れる)

1.1.ユーザーは「開発動機」を知らない
新しい仕様を開発したり、新しいUIに衣替えしたりするとき、開発者側には(一応)ある種の意図がある。それはセキュリティ的な動機かもしれないし、単に話題作りの刷新かもしれない。でも、ユーザーはそれらの「背景」を(基本的には)知らない。ユーザーが「開発動機」を知らないまま、新しい仕様やUIに直面すると、何が起きるか?「なんで変えるんだよ。以前のままでいいじゃないか」という不満を言うことになる。「以前のままでいい」というユーザーの意見は、「以前のままではいけない」という理由を知らないが故に生じる。開発者側は動機を知っている。でもユーザーは知らないから現状に文句を言う。

1.2.ユーザーは「開発過程」を経験しない
何かを実現するとき、パッと開発できることは少ない。あーだこーだと弄くり回し、時にすべて捨て去って最初からやり直し、色々な試行錯誤を経て最終版ができる。このように開発者側は少しずつ変化を体験していくので、最終版が完成したときにも、それを実現した「過程」を知っているので、それを「急な変化」とは感じない。「使い方がわからない」ということも起きない。たとえ自分が担当した部分ではなくても、似た機能・UIの開発をした経験が、新しいモノへの理解をサポートしてくれる。一方ユーザーはその開発過程を経験しないので、変化が一気に押し寄せる。複数の機能・UIの変化があるときは、たとえ一つ一つは些細な変更でも、ちりも積もれば山であり、まとまった状態でくると、怯む、ビビる、戸惑う。開発者側が依拠している「経験」とユーザーが依拠している「経験」は別物で、ユーザー側が持っていない「経験」を開発者側は持っている。この結果どうなるか?開発者が「ユーザーが何で理解できないか理解できない」という状態に陥る。

1.3.ユーザーは「開発体制」を知らない

何らかの実装・刷新をするとき、個人で開発することもあればチームで開発することもある。でもユーザーは誰が開発したかなんて知らない。そうすると何が起きるか?何らかの不満が出たときに、「まーた○○社かよ」と言って会社全体に文句を言う場合もあれば、「またあいつかよ」と個人を批判したりする。文句を言っている相手は実は開発を担当していないかもしれない。開発者側は担当者を知っている。でもユーザーは知らないからユーザー各々が好き勝手に「的」を決めて文句を投げる。

他にもユーザーが知らないものは一杯ある。例えば「開発手法」を知らないし、「開発予算」も知らない。そういう色んな要素を含めて、ユーザーは「開発者」ではない。ユーザーの開発(者)への批判が的外れな時もあれば、開発者側がユーザーの需要を見誤ることもあり、それが生じる原因はこの両者に存在する「ズレ」であることが結構多い。

※なおこの記事において「開発者」という単語は一種の「概念」的な使い方をしており、必ずしも職業としての開発者と一致しないこともあるのでご了承ください。また「開発」を熟知したユーザーも確かにいますが、そういうのは除きます。


2.ユーザーと開発者の「ズレ」
(ユーザーと開発者の間に生まれる「ズレ」について)

2.1.「ズレ」の認識
こんな感じで、ユーザーと開発者の間には、いくつもの段階で「ズレ」が生じる。これはしょうがないことだ。だってユーザーは(基本的に)「使う側」であり、「開発する側」ではない。ユーザーの多くは、この「ズレ」を認識しないで(時に無責任に)「開発者はユーザーの意見を聞け」と言ったりする。でも、開発者側がユーザーとの「ズレ」を認識せずに「ユーザーは開発者側についてこい」というのも、同じレベルで愚かだ。

このユーザーと開発者の「ズレ」をなるべく減らそうと、開発者側は努力する。「テストユーザー」を募集したり。手法は色々ある。でも、いくらランダムにテストをしてみても、テストできるのはやっぱり一部にすぎず、どうしても発生してしまう「ズレ」は存在する。

2.2.「ズレ」を埋める作業を誰がやるのか
「ズレ」が生じてしまうのは仕方がないとして、「ズレ」が生じたときにはそれを「埋める」作業が必要になる。でも「どちらがそれを埋める作業をすべきか」というのはとても難しい問題だ。「開発者側が歩み寄るか」それとも「ユーザー側が追いつくか」。一見すると単純な「二択」のように見えるが、過程はそう簡単でもない。例えば、最終的にはユーザー側が追いつくべきだが、そのための道筋を開発者側が示してやるという解法もある。開発者側の当初の意図とは違うけど、ユーザー側の意見を取り入れて、少し変えた形で当初の開発意図を実現する方法だってあるだろう。この場合は両者が歩み寄る形になる。アプリケーションの場合はReadMeやChangLogをつけたり(でも大抵は読まれない)、チュートリアルをつけたりもする。どういう対応をするかは、サービス(アプリなども含める)提供者次第だ。ここを間違うと、ユーザーが離れる。

2.3.「ズレ」が生じうることを想定すること
「ズレないようにする」のは大事だが、それよりも「ズレてしまったときにどうするか」ということを開発者側が意識しておくと、結果として双方が幸せになることが多い。今回の静画リニューアル騒動は、どうやら内部的には評判がよかったらしい。開発段階では「こっちの方がいいに決まっている!」と感じたかもしれない。でも、実際に公開したらユーザーから批判が殺到した。この「ズレ」が何かは、今後(運営側が)検証していく仕事ではあるが、それとは別に、「万一ユーザーに受け入れられなかった場合はどうするか」を静画リニューアル担当者たちは考えていなかったのではないか。あるいは想定していたとしても、やや見込が甘かったのではないか。そうでないなら、旧仕様への巻き戻しという対応にはならなかったのではと思う。(もしかしたら、「各所で批判が○割を超えたら再考する」みたいな基準はあるのかもしれないけど、自分は開発者ではなくユーザーなのでその辺の事情は知りません)

静画ではなく「動画」スタッフはそこらへんの対処法を知っているのではないかと思う。(言い方は悪いが)「動画」開発陣は過去に何度かやらかしているので、その経験の蓄積からか、自信満々にリニューアルしてもユーザーのフィードバックを積極的に受け入れる体制を整えている。QやGINZAのUIそれ自体が良いものかどうかは別にして、双方に「ズレが生じうる」ということを認識しているし、実際に生じてしまったときにどうするかの方針もある程度決めているように見受けられる。

たとえ話になるのだけど、柔道を習うとき、技よりも先に「受け身」を習う。つまり、どう投げるかよりも、投げられたときどうするかを先に学ぶ。そうしないと、投げられたとき大けがをするから。試合において100%自分が投げるなんてありえないんだから。開発だって、100%成功するわけないんだから、失敗したときの対処法をきちんと備えておく。古人はそれを「転ばぬ先の杖」と言った。

「ズレ」を恐れて(あるいはその結果からくる批判を恐れて)開発が滞るのはよくない。「ズレ」てしまったときの対処を想定した上で、「ズレ」を恐れずに開発していく。…うん、すごく難しい。でも、そんなもんだと思う。

ちなみに、「ズレ」たことを認めないのは最悪。

3.「ズレ」が生じたその先に
(「ズレ」が生む可能性)

3.1.「開発者の想定外」は負の面ばかりではない
ウェブサービスは「開発者側が広い器を提供し、その上でユーザーが遊ぶ」という考え方があるらしいが、自分はこれには賛成しない。開発者側が想定している範囲外のことをユーザーがやることがあり(「器」からはみ出る行為)、実はそっちの使い方の方が当初の想定より面白いことって多々ある。例えば、ニコニコ動画の「タグ」機能。(おそらく)運営側は動画のジャンルや作品名や作者名とかに使うと想定していたと思うけど、実際にはそれだけではなく「公式が病気」タグをつけるなど、もっと広い使われ方をして、時に「タグ戦争」とかが起きたりする。「ニコニコ市場」だって、(おそらく)当初は動画内容との関連商品を張るだろうという想定だったのだろうけど(収益化は大事だしね)、例えば鼻づまりな感じで歌ってる動画の「ニコニコ市場」がティッシュ関係だらけになったりなど、想定外の遊ばれ方をしている。ニコニコだけじゃない。例えばツイッターのハッシュタグが大喜利ネタに使われたりなど、開発者にとって想定外な使われ方が流行るのはあちこちで見られる現象だ。

3.2.ユーザーの意見を取り込むか否か
このようにユーザーが開発者側の意図を知らない(用途を好き勝手に解釈する)が故に生まれる遊び方がある。これを、「自分の意図通りじゃなくてつまらない」と捉えてそのような使い方ができないように縛るか、それとも「なるほどこういう風にも使われるのか」と捉えて一つの経験として身につけるかは、開発者次第だろう。ちなみに、ユーザーの意見を取り入れながら開発していくと、ユーザーが「わしが育てた」という感情を持ち、(ちょっとやそっとおかしなことをしても)気長にサービスに滞在してくれるようになったりもする(時には文句も垂れながら)。

3.3.旧来ユーザーを切る覚悟
旧来ユーザーを切っても新規にユーザーを確保できれば良い、という考え方もそれはそれで一つの選択肢だけど、少子化でどんどん人口減ってるこの社会で旧来ユーザーを切るって、かなりの覚悟が必要だと思いますよ?減った分を他コミュニティから取り込む?「現状に不満がないときは変化を嫌う」人は多い(特に日本は)。そうでない人もいるけど、他所からユーザーを引っ張ってくるのは、非常に難しい。じゃあ海外?でもその海外進出のコストは、旧来ユーザーを掴むコストに比べて安いだろうか。(ちなみに、一番大変なのは、一度離れてしまった人を連れ戻すこと。いまド○モが苦労してるね。ミ○シィとかも大変だね)

ユーザーの意見をどう扱うか、そこら辺のさじ加減は開発者次第だが、ニコニコは他のサービスに比べてユーザーの意見を取り入れてくれる方だと思うので、自分はまだニコニコで遊んでいる。まあ昔に比べてアクセス頻度は激減してしまっているけど…。ユーザーとの「ズレ」にどう対処していくか、そういう観点からも、多分サービスを利用し続けると思う。


色々長いこと書いたけど、あくまで一個人の一意見ですので。
これにてお了い。


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なるほど!
75ヶ月前
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至極もっともで共感できます。
そしてこの流れで赤字でバッサリ斬りつけるところはちょっと笑っちゃいましたw
75ヶ月前
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割と当たり前なことなのに
それを(多分)分かってない人が
運営をしている不思議
いや、運営になれる不思議
75ヶ月前
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>ちなみに、「ズレ」たことを認めないのは最悪。

これ。例の山田なんたらはまさにこれ
75ヶ月前
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ずれ…でマーケティングの授業で思い出したこと。
実はコーラで
新しいものを導入し味覚調査→新しいものがうまいという意見が多い→新しいのを導入して従来のを撤去→大反発→従来のに戻す
と(多少フェイク?込みだが)。
75ヶ月前
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たまたま読んだけど勉強になるなあ。
今回のニコニコ静画UIの件に限らず一般論としても。

身近でもやらかさないように気を付けよう。

いい記事ありがとうございました。
75ヶ月前
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凄く的を得ている、いい記事でした。
おもしろかったです。
72ヶ月前
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