• 真面目な配信者は報われない 『配信勇者』

    2019-09-03 21:40
    原作:大崎崇人/作画:育朗『配信勇者』(全2巻)マッグガーデン

     さてこの漫画、打ち切りである。
     この漫画はファンタジー世界にネット技術が入って動画ブームがやってきたという設定なのだが、本来魔王を倒す聖剣を持つ主人公のゼイン&ククは底辺配信者コンビであり、動画配信で成り上がろうとするも毎回失敗するという物語なのである。
     なんでつまらない動画のメイキングを漫画化するんだよっ……! それじゃつまらない漫画にしかならねぇじゃねぇか!
     というわけで、一見するとある種の見えてる地雷ではあるのだが、こういう作品はキャラクターが良ければ面白いはずである。ところがこの主人公のゼインくん、どうも傍目には誠実な聖剣の使い手というより完全にチンピラの残念な子で、聖剣の精霊・ククがそれにバシッとツッコめているとは言い難い。
     しかし、この作品、2巻から登場するヘルヘイトたんがかわいいので、そこから急速に面白くなった瞬間にクソリプ戦争(ガチ)が起きて打ち切りとなった。

     さてこの漫画、ヘルたんが聖剣チャンネルに加入する他にも、見ていると気づく。この世界、明らかに魔王軍以外の魔物と人間とが共存しているということである。じゃあなんで戦ってんだよこいつら
     そう、この世界はなんだかおかしいのである。おかしいのに、ゼイン&ククはがんばってついていこうとしている。そこが問題なのである。

     そもそもゼインくんは最初にチンピラで残念な子だがと言ったが、動画配信だけでは食べていけないからとバイトをやり、バイトリーダーに上り詰めるくらい真面目である。最初の評価と逆転してしまうが……。
     そう考えれば、ゼイン&ククの動画がクソ動画である理由もなんとなく気づく。彼らは「人間たちに注目してもらおうことでお金をいっぱいもらう」ことを目標にしているくせに、動画のシメで「魔王軍はぶっ潰すから首を洗って待っていやがれ」とやってクソ動画にしてしまうのだが、これは聖剣の担い手として最終的に真面目に魔王軍をぶっ潰すことを目的にしているからである。/結局、ゼイン&ククの動画って魔王軍にしかアピールしてないから、魔王軍しかフォロワー増えない気がするんだよなあ。ヘルたんだって基本喜んでるの魔王軍だし。

     この世界がどうおかしいのかだんだん分かってきただろう。
     魔王軍を倒すことが人間へのアピールになってない、ということである。四天王とかいうのもマジで魔王軍サイドしか知られていないということである。人間は人間サイド、魔王軍は魔王軍サイドでしか面白がられてない。(魔女とかVTuberみたいなやつとか、どっちでも見られる系はあるみたいだが)
     だから、どれだけコツコツ真面目に魔王軍を倒しても、マジで誰にも認められないし、仕方ないから動画配信を始めたけど、魔王軍サイドしか(場所の特定とかクソリプを残すためにしか)見てないのである。当然、人間サイドが聖剣の使い手をクソみたいに軽視しているのはゼインくんの口から語られる。
    なんなんマジで… /一応オレ達はスゲー聖剣の担い手とそれを導く精霊なわけじゃん 伝説の再来なわけじゃん? /それなのに世間は聖剣なんて遠い昔のおとぎ話くらいの認識 /言ったところで変なヤツ扱いだし 歴史弱いヤツは知らないくらいだし /市役所に行ってなんか手当ないか聞いてみたりしたが サラッと突っ返されたし /近くの村のガキどもにはバカにされるし /バイトの面接には4ヶ所落ちたし /なんなんマジで!!
     この報われなさは動画配信とは別の地点にあることに注意されたい。(バイトの面接に落ちたのは魔王軍退治に時間を割くため)
     そしてさらに問題なのは、この報われない世界にゼイン&ククが過剰に適応して、動画配信者になってしまうところなのだ。ネタバレになるが、最終話でゼインくんが配信勇者と呼ばれるようになったのも、これはつまり、初めて人間サイドに(勇者として)認知されたということに他なるまい。/こっそり言っておくと、ゼインくんも実はバイト仲間の一部に理解されてはいたということが最終話で分かる。
     そういうわけで、怒涛の2巻打ち切り最終話が意外とまとまりになっているという事実を告げて終わりにしたい。
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  • ブスをキャラクター化する 『顔がこの世に向いてない。』

    2019-09-02 20:48
    まの瀬『顔がこの世に向いてない。』ジャンプコミックス+

     買いました。

     この手のブスをキャラクター化する流れっていつくらいから始まったのだろう。それもブスでも恋愛ができるという話じゃなく、ブスだからあえて主人公に据える、みたいな。あ、わが国の古典を紐解くのは禁止でお願いします。なんでも揃ってそうだから。
     しかしこの漫画、とにかく枠組みが古い。
     そもそもブスがこの世に向いてないのはなぜかといえば、それは美人=男に気に入られるかどうかが重要だからである。
     ちょっとわたモテと比較してみよう。初期のわたモテは喪女(モテない女性)を指して叩かれていたのだが、実際の内容は喪女どころかぼっちや今で言う陰キャをあざ笑っておきながら、がんばって男に媚びていたのにめちゃくちゃ失敗しまくる滑稽なキャラクターのコメディ漫画だった(その後、男ではなく女にモテてるのはある種この漫画の路線が一貫している証拠ではなかろうか)。
     ところが顔世の場合、ブスコンプレックスを癒やすために、男の愛情が持ち出される、ということになる。大丈夫なのかジャンプ編集部! と言いたくなってしまうのだが、この男の子である北見一八くんの愛情は主人公の野宮のコンプレックスを刺激するだけで、マジでほとんど役に立たない。つまり、ブスである自分を決定的に肯定してくれる男の子(北見くん)がいて、その周りのキャラクターが解説することで、こんなにこじれてしまったのはなぜなのか、という一応半青春漫画になっているわけである。半青春漫画と言ったのは、あとの半分はブスを始めとして他のキャラクターもアホみたいに戯画化(キャラクター化)されているギャグ漫画と化しているからである。/主人公の野宮の友達の成島(ルーシー)は、恋人が二人で立ち寄りそうな喫茶店に画的に先回りできる「デートの行き先を事前に知る能力」があります。これには特に説明がありません、なんでだよ。

     じゃあブスのコンプレックスってなんだよ、ブスのキャラクター化ってなんだよ、という話になりますね。
     ぶっちゃけ野宮は絵を見てもそんなにブスという感じではない。ただ他のキャラがブスと言っているだけである。だからこれは学校中からイジメられてきたので、陰キャの立ち位置になってしまい、野宮をブス呼ばわりしてもオッケーになってしまった世界だと考えられる。
     作中では北見くんの妹がデート中にいきなり出てきて野宮をブス呼ばわりして逃げ帰っていく。このとき、北見妹(北見七三)は初対面だ。この他にも北見くんの幼馴染で野宮の元イジメ首謀者の安倍や北見くんの友達の河合も、軒並みブス呼ばわりを仕掛ける。こんなことは普通に考えてありえない。仮にガチでブスだとしても、初対面や初感想でブス呼ばわりする人間が多すぎる。
     これ実はデブでもハゲでも構わないのだが、キャラクターを成立させるために、人を侮辱しても構わない舞台を用意しているのである。別にブス呼ばわりしても何かしらの制裁を受けることはない。ただ野宮がコンプレックスを刺激されてますますこじらせ、彼氏となった北見くんが困った結果、周りの人間がオロオロすることにはなる。でも、ブスをブスって声に出して吐き捨てるような真似はほとんど見ないけど、女に点数つけたりデブハゲチビ呼ばわりもネットじゃ溢れかえってるし、それで制裁なんか受けないじゃん。
     こうなると、ブスのキャラクター化とは人を侮辱しても構わない世界の戯画化、ということになる。このとき人に必要なのはそれでも前向きに生きることだろうか? 誰かには必要とされているという安心感だろうか? まあ世界が変わんない限りどっちも裏切られるんですけどねってことまで描いてあります。

     あと北見くんはちょっとおかしいです。

     やっぱりコンプレックスいじりするテレビのお笑いはダメなんじゃねぇのかな?(カバー下の感想)
  • ネタバレ 映画「ドラゴンクエスト ユアストーリー」

    2019-08-13 14:56
    ○初めてやったドラクエはスーファミ版の3ですが、次が5です。
     まあ観たかったんで観に行きました。地雷であることは多少分かっていましたが、ほら、観ないで文句言うのも、ねぇ? ただもう、初見はぽかーんな感じでした。

     まず結論からお話しますと、これはドラクエ5ではありません。わたしはあまりおもしろくありませんでした。
     本作はざっくりネタバレしますと、ドラクエ5を元にしたVRゲームであり、プレイヤーが数時間くらい体験しながら遊んでいると、ウイルスがゲームの邪魔をしてきます。しかしスライムに化けたアンチウイルスを使って対抗することでプレイヤーは勝利する……という内容になっています。問題はそのウイルスが最後の最後に出てくることです。
     したがってドラクエ5と異なる展開や内容となっていても、それはある程度プレイヤーがプレイ前に決めた設定によるものとなっています。たとえば映画では幼少期がカットされていますが、それはプレイ前の設定によってカットされたものとなっています。ドラクエ5とは異なるゲームなので、グランバニア王国は出ません(スーファミの王宮の画面が出ますが)。娘は出ません。マリアは出ません。天空装備は剣だけです。ただこの辺は時間を考えればあれこれ編集しても多少は仕方ないかなとも思います。問題はそれが最後の最後に分かってくることです。
     つまり本作は2重に問題を抱えていることになります。

    ○ドラクエ5ではないという問題(VRクソリメイク版ドラクエ)
     本作はウイルスとのたたかいという、最後のネタバレがされるまで、一応この世界がドラクエ5であるかのように進行していきます。しかし、どこかドラクエ5と食い違っていることが観客には分かってきます。
     まず幼少期がカットされて、スーファミのゲーム画面を映します。
     青年になっても登場人物が一部おらず、上で述べたようにグランバニア王国などが出ないので整合性が取れていません。
     そして何より、このゲーム、モンスターを剣で切ると消滅しちゃうんですよ…。データが消えるみたいに。倒したモンスターが起き上がって仲間になりたそうにこっちを見ている、という展開が出てこないんです。(ブオーンも倒さないから仲間にできた)。ドラクエ5だったらありそうもないでしょ? ドラクエ5のキモのひとつって仲間モンスターなんで。だから本作では仲間になるのは基本的に勝手についてきたやつらばかりで、最後に主人公が持っているのは杖じゃなくて剣。いや消滅したやつが復活して起き上がるんでもいいんですけど、とにかくそういうゲームじゃなくなっているんですよね。
     だから「ああ、これ(やっぱり)ドラクエ5じゃねえんだな……」と気づかざるを得ないように出来ています。
     しかもこれが非常に問題なのは、この原因がウイルスのせいではなくてリメイクだから(ゲームが違うから)とはっきり分かるのが、最後の最後なんです。
     これがどういうことかというと、幼少期カットやロボット(キラーマシン)とたたかいたいという要望を受けて、つまり「登場人物であるプレイヤー」の要望に沿って作られたから、このドラクエはみんなの知っているドラクエとは違うドラクエになったんだ、ということが終盤に明かされます。
     しかしそれは映画上の、つまり作品のクオリティを考えた編集というより、映画をうまくまとめられなかった編集にわざわざ設定を付け加えているようで、やや虚しく見えました。なんか言い訳してるみたいで
     本当にドラクエ部分が面白いと思って作っていたら最初からこれはVRリメイクのゲームです、と押し出したのではないでしょうか? みんなの知っているドラクエ5とはちょっと違うまとめ方をするけど、面白く作るよ! という格好にすればいいのですから。
     大体、ガチに子供の頃にやり込んだプレイヤーがこんなクソリメイク掴まされたらちょっとキレると思うんですけど、本当に大丈夫なんですかね。


    ○ウイルスの問題
     ぶっちゃけウイルスの説教の内容についてはどうでもいいです。
     この作品が何人かのレビュアーを困惑させているのは、この物語がゲーム世界だということとウイルスの存在とが一遍に来たからです。しかし、実際のところゲームとウイルスは別個の問題です。
     本作はVR描写を序盤から丁寧に織り交ぜて描けば、ウイルスがなくてもゲームであることは分かったはずです。そして、「このゲームが終われば現実に戻るんだ…それでもこの過ごした時間は本物だった」というあまりにも直接的なメッセージは、ドラクエ部分を魅力的に描けば十分に伝わります。観客だって映画を見終われば日常生活に戻るけれど、過ごした時間は本物で楽しかった、という満足感を得ることができますから。
     ではなぜウイルスという展開を持ってきたのか。
     終盤。ミルドラースを封印しようとしたとき、いきなり時間が止まってウイルスが出てきます。そして今まで観ていたドラクエ世界のテクスチャだのなんだのを壊します。さらに「お前はかつてドラクエ5を楽しんでおり、今はVRのドラクエをプレイしにきたのだ」という真実が明かされるわけですが、ここで観客は、主人公がドラクエ5の主人公ではなくドラクエ好き(?)のゲームプレイヤーであり、壊されていくゲームの世界を回復するという新たな展開を超速で理解しなければなりません。
     ドラクエはもともとゲームだから、これが仮想世界なのだという話が出てきても……まあ、分かります。しかしウイルスはたまたまゲーム世界を破壊しにきただけで、あえてドラクエを狙う理由がありません。するといくらその直後にプレイヤーを肯定されても「俺は(一応)ドラクエの映画を見ていたはずなんだが??」という困惑や「なにがなんだかわからない」という困惑の方が先に立ってしまいます。
     これ、どうも他で見るとラスト15分の出来事だそうです(笑)
     つまりクライマックスなんです。結局、敵であるミルドラースは出てこないんですね、ウイルスのせいで。最初からミルドラースの話をあれだけ出してたのに突然ウイルスを出したから、理解が追いつかないんです。
     レビューだとなぜかミルドラースの正体扱いされてますが、ウイルスマンにはあえてドラクエを攻撃する理由はないので(確かたまたまこのゲームが選ばれただけ)、こいつは本来、物語上の敵ではありません。大体ゲームとはいえウイルス対策をプレイヤー自らの手でやる必要は特にないですよね。そう考えればウイルスは敵ではなく、これがゲーム世界であることを観客にバラすための「仕掛け」だと分かります。このウイルスマン、ウイルスのくせにわざわざドラクエ5のスーファミソフトまで見せてゲーム世界であることを主人公に教えてくれています。/あえてウイルスを敵とみなすのであれば、観客に対する敵と見るべきですな。ドラクエを観ていたと思ったらなんか違う映画を始めるので。
     さて、ここまでくればウイルスを使った理由が分かりました。ウイルスはこの映画がゲーム世界であることを明かすための安易な仕掛けだったのです。確かにネタバレをしてくれる人がいた方が「ああこれゲームだったんだ」って分かりやすいですから。
     ただそれは必ずしも物語とは関係がありません。あの「大人になれ」っていうのは、ウイルスの意思じゃなくてばら撒いたやつのメッセージですけど、そいつは物語に絡んできませんし、解決には至ってないですよね。敵はむしろウイルスじゃなくてそいつになるんですが見逃されています。それにこんなリアリティ高いゲームでプレイヤーが自らウイルスにワクチン?(スライム)ぶっこまないといけないというのも、かなり危険度が高いって話にもなってくると思います。
     そういう意味でもクライマックスの怒涛の展開は無理があったかと感じました。

    ○良かったところ
     ビアンカやフローラの画像を指してボロクソに言われてたけど、動いてる画で観ると普通に良かったよ。でも結婚イベントはクソだったし、結婚ワルツもほとんどなかったような……あ、わたしはビアンカ派です。
     あとヘンリーが最後まで出てくるのは個人的にはちょっとうれしかったです。

    ○こうしてほしかったところとか
    ・ふつうにドラクエ5をつくってほしかった
    ・映画にはプレイヤーじゃなくて観客がいることをおもいだしてほしかった
     この2つは感じました。どっちかだけでも出来れば、普通の映画が作れたと思うんですが……。

     まあかなーりボロクソに書きましたんですが、映画の作り方がものすごくクソなだけで声優さんや3Dはがんばっているので、観る分には観られると思います。
     褒めている方のレビューもいくつか見たんですが、多分インパクトのある終盤を過剰に受け取ってるせいで、なんかものすごいものを見てしまった……みたいなところがあると思います。映画館でもそうでした。終わったあと、観客のみんなが漏らした第一声は「苦笑」でしたから。褒めている方はそこをがんばってポジティブに受け止めようとしているんだと感じました。
     最後の言葉はContinueYourAdventureだそうです。わたしらの冒険とつなげられても困るので、忘れようと思います。