キャラクターとして考える異世界転生
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キャラクターとして考える異世界転生

2019-06-21 10:37
    ※ネタです。

    ○ニコニコ漫画のランキングに上がってくるのを見ると異世界転生花盛りといった感がある。それだけニコニコユーザーが高齢化しているのだろう(異世界転生ものの読者は30代~40代)/ただそれもひところよりは飽きられているのかもしれない。
     しかし、この異世界転生、どうもコメントでは文句を言っている連中の方が多く、とても人気があるようには思えない。ニコニコ静画だから仕方ない面もあるとは思うのだが、それ以前になぜ異世界に転生するのだろうか、ということがあまり突っ込まれていないことが気になる。異世界の細部が作り込まれていないことに文句を言う人が多いのであって、異世界に転生すること自体には疑問に思う人が少ない。
     俺自身、漫画はつまらないけど原作は面白いんだよ、というコメントを信じて何度かチャレンジしたものの、大体合わなかったので小説版はかなり遠慮させていただいている。異世界転生が対象としている読者が30代~40代というのは本当だろうか? 異世界のトラックにツッコミを入れ、ステータスやスキルにツッコミを入れ、ハーレムや異世界の知的水準にもツッコミを入れているのに、読者は異世界に転生すること自体にはあまり違和感がない。

    ○そもそもキャラクターとして異世界転生を見る前に、「異世界」への「転生」は物語の契機であり、カギとなってもおかしくはない。つまり、現実世界でのなんらかの失敗や問題により「死亡」した主人公が、異世界へと転生することでその問題の解決を果たしていく、ということは十分にありうる。逆に、突然異世界に飛ばされてしまったから帰りたい、という目的を持つのでも良い。むしろトラックで殺されるのだからこちらの方が自然だ。「異世界」への「転生」が現実世界との対比で、物語の目的になることはありうる。
     ところが近年の「異世界転生」はどうも見ていると何か違う。
     異世界に転生した時点で物語は一旦切れてしまっており、現実世界での問題を引きずることがあまりない。むしろせっかく異世界にきて楽しい人生を送るはずだったのに、王様だの姫様だのが邪魔をして罠にハメられたのでそれに復讐するといった、「異世界」から問題がスタートする展開も多い。この段階ではもう「転生」すらいらないという作品も多く見受けられ、現実世界とのつながりより異世界でのチートや無双、ハーレムを強調する作品も多い。/でもスキルはある。
     これはどうもおかしい。

    ○少し整理してみよう。
     主な異世界転生とは大体このような設定を持つ。
    ・現実世界とは違う「異世界」へ行く
    ・「転生」する。つまり、一度死ぬ
    ・厳密に言えばこの両方がセットになっている。「異世界転移」や「転生モノ」ではなく「異世界転生」である
    ・どちらかと言えば「異世界」に比重が置かれている。現実世界と切れている
    ・「転生」したときにボーナスが神/女神にもらえる。スキルなど
    ・前世での出来事や経験をあまり引きずらない
    ・「異世界」での目的は「異世界」で暮らすことである(スローライフ)。それを邪魔する敵がいる場合に復讐したり、何か行動を起こす
    ・「異世界」の住民の知的水準が低い
     以上を満たすとき、この「異世界転生」とは物語というより、キャラクターに付与される属性と考えられる。このキャラクターは現実世界から「異世界」に死んで移動してきたが、それを物語の軸にはしていない。
     「いや、俺の好きな作品はそんなことないんだけど」というファンの方に考えてほしいのだが、物語の軸としては上記の「異世界転生」は非常に使いづらいのである。それはおそらく、異世界に行くことと転生することの食い合わせが悪いことによる。だからもはやこうした設定を使わずに「異世界」だけを上澄みで掬って採用している作品の方が多い。しかし、それは単なるファンタジーものであってもはや「異世界」ではない。現実世界との対比が存在しないからだ。

    ○異世界と転生の食い合わせが悪いことについては、おそらく死後の世界が関わっている。
     「転生」は一度死んで生まれ変わる。これをキャラクターで見るとどうなるだろう。
     すでに亡くなった有名な武将が現代に蘇る……ありそうなキャラクターだ。分かりやすい。一般人ならどうか。死んだ親父が小さな子供になって娘の前に現れた……これもありそうだ。この時、物語としては主人公となる誰かが、そのキャラクターと関係を結ぶことによって展開していくことに注意したい。もちろん異世界で織田信長が「転生」しても良いのだが、別に織田信長を女体化して「転生」させる意味はそれこそエロゲーだからなどという鉄の意思でもない限り、別に「転移」で構わない。/『ドリフターズ』もそうだが、ノブナガよりも知名度では落ちる豊久を主人公に当てることで物語が展開しているところが面白い。
     このように考えると「異世界転生」が何やら難しいことをしていることが分かる。
     織田信長が異世界に転移するならまだしも、一般人が死に、さらに異世界へ行ってしまうと、現世での他のキャラクター(登場人物)との関係が切れてしまう。「異世界転生」のキャラクターの関係は転生先で作られるのだが、なぜ死んだのかという理由が焦点になることはあまりない。

     このときネックとなるのはやはり「死」だ。
     「異世界転生」が実は本質的に「死」をポイントとしてキャラクターを形成していることは間違いない。「異世界転生」するためにトラックや通り魔による「死」が埋め込まれたのは、現実世界の自分と現実世界の関係を「死」によって否定する必要があったためだ。死によって「異世界」に移動し、自分をリセットすること。これが「異世界転生」のキャラクターであり、「異世界」とは死後の世界を指すものと考えられる。

     「異世界転生」のキャラを死後の世界のキャラクターとした時、彼らの目的がスローライフであったり、あるいはそれを邪魔するものへの殲滅であることは簡単に理解されよう。「異世界転生」とは死後の世界の慰安旅行者か、神の使い、代理執行人なのである。
     死後の世界とは天国か地獄、すなわち約束の地か呪われた地であって、処女に囲まれてハーレムで過ごすか(あるいは神の国をグルメ旅して見て回るか)、罪人を神の代理人として裁き続ける必要がある。
     スキルが神により与えられていることも注目したい。自分はカミに選ばれた戦士だ、という思いから来るものだろう。彼らは自らが死をもって「転生」したことを忘れたかのような振る舞いをしばしば見せるが、これはカミの力によって死を忘れさせられているのだ、と指摘できる。

    ○ところが、ここで大きな問題が出てくる。つまりこのキャラクターは、物語としてみれば「異世界転生」した時点で半ば目的を達成し終えている。
     「異世界転生」する時点で彼らはキャラクターとして死を迎え、神に迎え入れられているのだ。上記のキャラクター性はNPCか何かであって、主人公的な物語を持つものではないことは読者にもおわかりいただけるだろう。本来、死後の世界を描くためには、いかにして死ぬべきか、をきちんと描くのが物語として重要だったのだ。/『ナルニア国物語』みたいな……。
     ところが多くの異世界転生モノはこの転生自体をトラックや通り魔で雑に終わらせてしまっている。現実世界における苦しみに目を向けて、死ぬことで「ご褒美」として「異世界転生」できる、という物語自体、本来は宗教的な観方に入り込むし難しい。現実世界の苦しみも、「死」の苦しみも、きちんと描こうとすると非常につらい。そしてそれを乗り越えた上で「ご褒美」として「異世界転生」があるというのは物語としてありえなくもないが、その果てに別の世界で思い通りにやりたい放題をする、という物語はさすがに荒唐無稽だ。
     「異世界転生」は「死」を雑に描く。ここには2つの意味がある。
     1つは現実世界の苦しみを描き、それを「死」によって乗り越えるという物語自体が苦痛なのでそれを回避している。最近、安楽死法が成立した小説も出たが、そこでも「死」を物語化することができない、ただ単にそっちの方が便利だから、というだけである。これは「異世界転生」も同じことで、現実世界の苦しみを解決するための「転生」なのではなく、たまたま死んで転生して、神様からボーナスを受け取ってラッキー、なのである。転生トラックや転生通り魔のようなギミックによって「転生」するのであり、実は現実世界の解決ではなく、自分の苦しみ(感情)を機械的に切断することでキャラクターを形成しているに過ぎない。/トラックや通り魔との「対決」など物語上ではありえない。
     もう1つはそれにも関わらず、「転生」が示すように、自分の人生の生き直し、やり直しをしたい、という願望(感情)を少なからず込めてしまっていることだ。本来「転生」という属性は、一度死んでいるものとして設計しなければ物語の軸にならない。しかし、「異世界転生」は、感情を切断され、異世界に移動することで目的を達成してしまった存在としてキャラクターを作り出す。すなわち、前世の感情が死によって切断されているのに、やり直したい、という思いを込めているから、神によるチートやボーナス、そしてスローライフをしたいという意味が分からないのである。
     そのため、現在ではこうしたギミックを取り外したり薄めたりして、生き直し、やり直し、というキャラクター性にのみ焦点を当てたものも多い。そこでは「異世界」である意味もあまりないのだが、読者が慣れ親しんでいるからだろう。ファンタジー世界で、最初から特別なキャラクター、という存在もどうも増えつつあるようだ。

    ○「異世界転生」が「死後の世界」「慰安旅行者」「神の代理執行人」というキャラクター性を持つことを見抜いて大いに利用している作品も多い。というより、有名作品がそのように出来ているからだろう。またそれを逆手に取って、意識的にそのキャラクター性に迫ろうとする作品もある。
     例として挙げれば『異世界おじさん』ではおじさんを「死者」ではなく「臨死体験者」にしつつ、なぜ呼ばれたのか、という謎を甥と追いかける物語にしている。「異世界転生」は元から破綻した倫理観でやりたいことをやれるはずなのだが、この作品では巻き込まれたキャラクターとして物語を仕掛けてある。/セ○信者でお年玉で新作買いに行く途中でトラックした上に、帰還したらハードから撤退してたとか辛すぎない?/「臨死体験者」であり、経験がセ○から出来ているので、連続している。なぜおじさんが現世でも魔法が使えるのかも謎のひとつだ。

     『転生』は現実世界とのつながりをかなり徹底して仕掛けており、なぜ異世界に転生してしまったのか、という謎がキャラクターに埋め込まれている。これだけ「異世界転生」が流行ったから使える手ではあるが、本来キャラクターの属性が物語の軸になっているというのはこういうことだ。というか説明しちゃうとネタバレになる。うまいところ突く人いるよね。完走してほしい。


     異世界にしか神はいないんだよ。

    追記:異世界転生もの批判をずいぶん見たあとで、見比べる機会がある際に、なぜか漫画版でスキルの修行?練習?をカットする作品が見られた。これは不思議なことである。実はこの問題についてはもう少し適当なことが書けるんじゃないかと思っている。

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