図書館員のいない図書館 『首里の馬』感想
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図書館員のいない図書館 『首里の馬』感想

2020-10-01 10:06
    〇これはかなり悲惨な話である。
     沖縄のとある資料館で資料整理を手伝う未名子は、台風の夜、謎の馬に出会う。資料館といっても公的な施設ではなく、個人が勝手に証言や資料を収集している場所に過ぎないが、それを運営していた順さんが病院に運ばれてしまい、未名子は資料をスマホでぱちぱち撮って、データに変換して、別の人に渡すことを思いつく。もともと遠く離れた人にクイズを出すという謎仕事をしていたので、その人たちにデータを送るのだ。

     この話には資料館の利用者が存在しない。そもそもカギこそ開いているが、公的な施設として補助金申請も出してないし、一般向けに開かれて宣伝しているわけではないし、資料解説のガイドもおかないこの資料館は、利用者を遠ざけている。むしろ、だからこそ、未名子はここで長く手伝っているのだ、という。
     ところが未名子は「世の中のどこかになにかの知識をためたり、それらを整理しているということを、多くの人はどういうわけかひどく気味悪く思うらしい」ということに「気づく」。
     そんなことはない。人は多かれ少なかれモノや知識をコレクションする。その行為自体が気持ち悪いのではなく、自分の知っている形で開かれていないから恐れる。未名子も資料館の知識をクイズしていた人たちに渡すとき、クイズ形式でやり取りする(知っている形でやり取りする)ことにも表れている。
     「魔女の館」のように思われる資料館は、魔女が住んでいて、しかし魅力的な(あるいは恐ろしい)本がいっぱい貯めこまれている、という「図書館の魔女」式の図書館像である。一般人に開かれていない、知識を持つ人しか触れられない古臭い図書館像だ。

     この「図書館の魔女」観を打ち破ろうと、日本の図書館界では50年以上も前から改善の努力が続けられてきた。いま当たり前のように本が本棚に並んで、利用者が手に取って本が探せる開架式は、書庫にため込んで図書館員に請求を出して取ってきてもらう閉架式より、本が劣化しやすく保存に向いていない。けれども多くの公共図書館は利用者につかってもらうために、開架式(か閉架書庫との併用)を採用している。
     それだけじゃない。そもそも未名子が資料館に惹かれたのも、学校に行かない子どもの居場所として、社会教育施設がある種の社会福祉の役割を持っているからじゃあないか。最近だって「学校休んで図書館にいらっしゃい」というツイートが話題になったこともあったが、こういう施設が居場所になることはある。
     ところがこの話には、利用者がいない。いや、未名子こそ利用者なのだが、その利用者に応えるプロがいないのである。外に開いていない施設だから。個人の研究・関心で集めている施設はその個人が亡くなれば意味を失う。「魔女の館」が潰れるのは話の最初から運命的に決まっていたのである。

    〇図書館員は、働いていれば自然と三つの「利用者」がいることに気づく。
     それは施設の設置者、現在の利用者、そして将来の利用者である。
     公立図書館は県市町村などの設置者がいることになるが、こうした行政・自治体はそれぞれどのような町をつくるのか、という目標を持っている。そして図書館はそれに応じたコレクションを収集し、図書館をつくることになる。/これが学校図書館であれば、学校の教育目標がその図書館の目標になる。
     先日も新型コロナで図書館の利用者に名前と連絡先を書かせて情報収集するという問題が起きた。これは、自治体レベルでは住民の安全を守るために情報を収集する責任があるのだが、図書館にしてみると、利用者のプライバシーを侵害し、読書の自由を奪うことになる。設置者と眼前の利用者が異なるので、本来、図書館員はどれかに盲目的に従うのではなく、その間でよりよい策を講じなければならなかった。
     これは将来の利用者についてもいえる。
     どんな資料を残すのか。あるいはスペース、財政的負担の面から、どんな資料を破棄(蔵書であれば除籍)するのかは、将来の利用者と現在の利用者の負担や利益を考えなくてはならない。
     このような利用者に対する視点は図書館員であれば自然に身につくし、適切な図書館教育を受けていれば当然持っている。
     ところが『首里の馬』を考えてみると、設置する順さんもそれを手伝う未名子も、そしてデータを渡したクイズの回答者も利用者であって、奉仕をする図書館員のような存在ではない。利用者を利用者として認識する人がいない。未名子はおそらく居場所として資料館を選んでおり、それが壊されると資料を収集して整理する行為に執着するが、これは誰のためでもないので「今まで自分の人生のうち結構な時間をかけて記録した情報、つまり自分の宝物が、ずっと役に立つことなく、世界の果てのいくつかの場所でじっとしたまま、古びて劣化し、穴だらけに消え去ってしまうことのほうが、きっとずっとすばらしいことに決まっている」と結論づける。

    〇なにか役に立つ、評価する、歴史化することは悪であるかのように恐れられている。
     未名子の周りはほとんど優しい人間しかいない。資料館という居場所をくれた順さん。いつ仕事を辞めてもいいというし、未名子を怯えさせることがない上司のカンベ主任。クイズの回答者はみんな親切だし、怪訝そうな顔をしたり怒ったりする警察や電機屋の店主も結果的にではあるが、馬をこっそり盗んでも文句を言わないし、電機屋は大声で「難儀!」と叫ぶがそれすらも弱弱しい生き物と言われるような姿で現れる。
     これだけ優しい世界でも未名子は悪意に敏感に反応する。おそらく関心を持たれたり期待をされたりして交流する方が厄介なのだ。この気持ちはすげー分かる。周りから評価されて役に立つことを強要される(ような気がする)のはくっそ疲れるし、死にたくなる。だから未名子は自分が資料館に行くのと同じようにみんなが理解すればいいのに、という考え方をする。/「資料館にはあんなに資料があって、それらは別にまったく秘密なんかじゃなくて、調べればどれだけだって開かれているのに。」
     未名子は断続的な歴史を持つ沖縄で、資料を評価しない(歴史化しない)でただ収集と保存をすることで、自分自身の歴史化も避けようとしている。

     だが、それは利用者の視点だ。
     図書館員のいない図書館には利用者を利用者としてみる人がいない。利用者がいなければ評価はされないが、資料を引き継ぐ意味も失う。評価して処分されるよりも、無関心に資料を引き裂かれるほうが厄介だと思う人間はいる。これは職業的にそうならざるを得ない。/だから未名子も資料を分散しようと試みたはずだ。/悲惨なのは、それが利用者には伝わっていないということだ。

    追記:専門家は不在でよいということ
     新型コロナの動きを見ていると、みんな専門家を信頼していないし、不在でよいと思っている。俺は司書自体が実務家としてはともかく、専門家としての能力を失っているのではないかとも思っているが、基本的には単に利用者に応えようと適応しているだけに過ぎない。司書は司書だ。
     たとえば新型コロナで言うと、尾身センセイがやたらとたたかれていたことがあった。これも妙な話で、あの人は昨年に紹介したように、「感染症対策はサーベイランスと医療の二本柱が基本」という線を抑えている。それは今でも外れていない。ただし、別に専門家は政策を決める立場にない。尾身センセイが専門家会議の間でもPCR検査を少ないと思っていたというのは4月に会見で発言したが、そもそも雑誌の座談会で話していたことも同じ『日経サイエンス』で触れていることである。検査能力を増やすかどうかは政策的な問題だし、医療体制をどう整えるのかももちろん政策の問題だ。なぜなら法律が絡んでくるからだ。だから最近の読売新聞のインタビュー(6日付)を見ていたら、割と言葉を選びながら、特措法では何が必要だったのか結論ありきでなく議論してほしい、と言っている。
     しかし、そうした法律に関わらず、言わねばならないこととしては、GoToキャンペーンはステージ3まで行ったら止めてくれよとか、緊急事態宣言を出すことになるとか、そういう行動変容のことばっかり言うから、なんか実効性があまりなさそうで役に立ってなさそうな感じがする、と聞かされる。
     そうではないのだ。
     図書館の司書も本を焼く。本を捨てる。そりゃ与えられた図書館の面積が狭ければ捨てざるを得ない。毎年本を買っているんだし。それに予算だって限られている。利用者の満足度と回転率ばかり重視していれば、肝心な資料評価の能力を失うこともある。しかしそれは政策を決めた利用者が数字を重視するからだ。
     尾身センセイをみた時に、現場の医療機関ーサーベイランスを行う機関とはまた別に提言を行っているのだな、とみることも重要だ。政策決定者は少なくとも現場の専門家――二つに加えて、それを評価する分科会の存在として尾身センセイたちのグループを見た方がよい。自分でそれが二本柱だと言っているんだからそう見るべきだろう。
     ところが、そういうのさえ無視されて、専門家は不在でよい(自分たちに直接役に立つものを)ということになっているから、とりあえずまずここから……という慎重な言葉さえも、不信によって受け止められる。慎重な言葉は一応慎重に聞くべきだ。もちろん尾身センセイに問題がないとは微塵も思わないが、俺は、この人に政策的な判断を求める点はどうもおかしいと思っている。

     なので、上記の感想も、より丁寧な感想に戻したいと考えている。
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