選ぶ楽しさ、打てば響く、ということ:パワプロ2014 栄冠ナイン
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選ぶ楽しさ、打てば響く、ということ:パワプロ2014 栄冠ナイン

2015-01-17 14:44
    A:栄冠ナイン面白すぎる。野球ゲームは当てたり投げたりするアクション要素が難しくて、ちっとも面白く無いと思っていたのだが、ことこれに関しては本当に面白い。キャラエディットが充実しているし、気に入った能力の新入生をいじることだって出来る。ネなきゃマズいと思って深夜の2時半までやって翌朝ふらふらしながらVitaを持って外出するとか本当にヤバい。飽きるまでやっていたら死んでしまうかもしれん。

    B:さて、ゲームの楽しさ、面白さとはなにかと問うと人によって違いはあるだろうが、やはり最大の面白さは選ぶ楽しさだと思う。自分は選択肢をつきつけられて、はいかいいえかを選ぶことによって生まれる変化に面白さを感じてしまう。割りとこれは普遍的なことで、クイズだってゲームになるし、ゲームブックは基本的に好きな数字を選んでその該当ページにどんどん飛んで読み進める本のことだ。シューティング? アクション? 格闘ゲーム? それは選択肢の延長か、逆にゲームに慣れることで選ぶゲームに収束していくことになる。高度化したゲームは結局動作を最適化させて、選択肢として絞り込むわけだから。
     まあ、それは偏った解釈であることは間違いない。へりくつに近い言い様にも思うが、実際のところ、選ぶ楽しさということは確実に存在しているはずだ。
     前回とも感じていたことだが、選ぶことだけではなく、選択を強制させられること(つまり選べない)などもう少し考えてもいい。必ず受けなくてはいけないイベント、ループする選択肢、解決しなくてはいけない問題。これらは面白さとつまらなさを同時に引き受けることがある。自由度と強制ストーリーは真っ向から反発するが、なぜこの選ぶ/選べないがそれを引き受けるのかというと、根本的にコマンドを入力する、選択することに対して、必ず反応が返ってくるからである。操作性と言うか、入力に対するレスポンス、それが保障されているということは、相手の反応があるということ。そしてそれを前提に障害として選べない瞬間が起きること。そこに感情が動く。
     特に栄冠ナインなどは、ただただ選ぶだけで、ほぼ必ずいずれかのキャラクターの能力値が上がっていく。もうこれ自体が面白いのである。あの、ステータスが上がっていくピロンピロンパラッパッパッパー!という音といい……パチンコに近い麻薬中毒性みたいなものを感じる。同時に、栄冠ナインは理不尽に強い学校に一回戦に当たったり、弱い新入生が入ってきたり、そういう選べない部分でも困難さがつきまとう。せっかく強いキャラを作って臨んだのに、プレーしていない内に先発エースが大量失点して5回裏、なんてこともあり、この困難さが、確実に数値が上がっていくことの喜びと対になって、ゲームの楽しさを深めている。

    C:あまりにも長く、相手の反応がなかったりすると、人は疲れてしまう。あるいは、選択してもマイナスにしかならないとすれば、選ぶこと自体が嫌になる。だから自分は、入力し続けて結果がすぐに出てこないゲームが苦手なのだと思う。操作自体が楽しくないゲーム、慣れるまでが辛いゲームはもうさすがに難しくなってきたのかもしれない。

    D:メモ的。あまり考えて書いていない。
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