無職転生・二次小説 閑話「ルーデウスの一番長い日」 その4
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

無職転生・二次小説 閑話「ルーデウスの一番長い日」 その4

2016-11-24 15:16



    ――びっくりした。



    エリスが、俺のほっぺたをツネったのだ――唐突に。



    あんまりびっくりしすぎて、反応出来なかった。
    いや、剣王エリス様のほっぺツネりだ。「奥義・光のほっぺツネり」かもしれない。
    そんなん、俺じゃなくても避けられなくて当然だろう。

    「……そうじゃないでしょ?」

    俺のほっぺたをツネりながら、エリスは生真面目にそう言った。
    はい、そうじゃないですよね……。って、これも違うか。



    -------



    「違う。そうじゃない、ルーデウス」

    ツネりながら、エリスはさらに言う。
    ……違うって、なんだ?
    主語が無いので、いまいち彼女が何を言いたいのか理解できない。

    ちなみに、ほっぺたは痛くない。
    むにゅっとした優しいつまみ方だ。花山さんだったら俺のほっぺは千切られている。

    俺が目をパチクリしていると、エリスはまた口を開いた。

    「クリスが何の相談も無かったのは、確かに良くない。とても大切な事なんだし。
     
     でもそれと、ルーデウスがイヤだという気持ちは別問題だと思う」

    ズバリと言われた。グゥの音も出ないってのはこの事だ。
    言い淀む俺を見て、エリスは更に追撃を重ねてきた。

    「私が聞きたかったのはそんな事じゃない。ルーデウスの、本当の気持ちよ」

    ――本当の、気持ち?

    「前もって相談しないから。みんなが責めるから」
    「そんなので、あなたはあの子の結婚を嫌がるの?」
    「そうじゃないでしょ?そんなのは、理由にならない」

    言いながら、エリスの眼差しはまっすぐに俺を捉えて離さない。

    「……何かあるんでしょ?退っ引きならない理由が」

    ――理由。

    「どうしてクリスの結婚がイヤなのか、その理由を教えてちょうだい。
     納得のいく話が聞けない限り、今回は流石の私にも考えがあるわ」

    落ち着いた口調だが、絶対に引き下がらないという信念が伺えた。
    俺は思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
    先程までの、俺に一途なエリスでは無く、子犬を守る母親そのものの気迫だった。

    「か、考えって……なにかな」

    気圧されながら、俺はやっとそれだけを口にした。
    それを聞くや、エリスはおもむろに立ち上がる。それから腕を組んで仁王立ちになり、

    「私が相手の男を見定めに行ってくる。
     そいつがクリスに相応しい相手なら、私が結婚を取りまとめてくる。
     ルーデウスは反対なんだったら、それはそれで構わないわ」

    ――と、宣言するように言った。いや、それは確実に決意の表明だった。

    「……えッ?構わないって、それってどういうことだ?」

    「クリスティーナの籍を抜くわ。そうすれば、ルーデウスとあの子は無関係でしょ」


    「………………はぁっ!?」


    「どっちみちあの子が結婚すれば、この家の籍から抜けるんだから、それが早くなるだけよ。
     なにか、問題ある?」

    いや、いやいやいやいやッ!!大問題だ!冗談じゃない!!滅茶苦茶にも程がある!!

    「おい、冗談でもそんなこと言うなよ!そんなの、あの子だって嫌がるに――」



    「好きな男の為に家を捨てられない程度の覚悟なら、

     そんな結婚、最初からしない方がいいのよッ!!」




    ――ビリビリビリビリ。窓ガラスが振動している。
    久しぶりのエリスの大喝だった。俺の鼓膜もキーンとなっている。
    それとは別に、俺は何も言い返せなくなっていた。

    ――怖い。エリスが怖い。とてつもなく。

    いつもの仁王立ちなんだけど、恐ろしく怖い。まるで出会ったばかりの頃みたいに。
    俺はそこで、ようやくエリスが凄く怒っていることに気がついた。
    さっきまで、俺を信じるとか言って、怒ってなかった筈なのに。
    何が彼女の逆鱗に触れたのか、俺にはわからない。

    「――私にとってはね、ルーデウス。結婚っていうのは、それくらい重いものなの。
     あなたと添い遂げる為に、私は絶え間なく努力している。何故か、わかる?」

    わからない。
    俺は首を横に力無く振る。

    「相手がルーデウスだからよ。
     あなたが世界一の相手だと思うから、肩を並べる為に鍛え続けている。
     シルフィだって、ロキシーだって、みんな一緒よ。それくらい必死なのよ」

    ――それは、凄まじいまでの覚悟だった。

    エリスはその昔、俺を残して剣の聖地に向かった。
    理由は勿論、強くなる為だ。
    結果、彼女は剣神流の剣王という、世界有数の強さと肩書きを手に入れて帰ってきた。
    結婚をして、子どもを二人生んだ今でも、彼女は己を鍛え続けている。

    ――貪欲なまでに強さを追い求めるその姿勢はすべて、俺と一緒にいる為だという。

    当時の彼女からすれば、俺は世界一の魔術師で、自分はちょっと腕の立つ程度の女の子で。
    偶然出会った龍神オルステッドに、歯が立たずにボロ負けしてしまった。
    そのオルステッドに、俺は半殺しにされながらも一矢報いた。
    エリスは「流石ルーデウスだ」と思ったが、同時に自分の力の無さを痛感したという。

    ――自分が弱いせいで、愛する人を目の前で失う。

    エリスからすれば、それは気が狂いそうになる程の喪失感だったという。
    だから剣の聖地に向かった。俺を残して、家も何もかも捨てて。強さを求めた。
    強くなりさえすれば、俺を守れる。また一緒にいられる。そう想って――。

    ……あの頃の俺は、彼女の悲壮なまでの決意を知らず、単純に捨てられたと思っていた。
    行方不明のゼニスを探すという目的はあったけど、無気力に過ごす期間が長かった。
    でも、その間ですら、シルフィやロキシーは、絶え間なく努力していたという。

    シルフィは権謀術数渦巻くアスラ王宮内で、アリエルを暗殺者から護り抜いていた。
    ロキシーは水王魔術を極め、短縮詠唱魔術を編み出し、それを駆使してゼニス探索に世界中を行脚していた。

    三人が三人とも、命を、魂を削るようにして生きていたのだ。
    それもこれも、いつかもう一度、俺と巡り合うために――。

    ――重い。凄まじいまでの覚悟の重さだった。

    彼女たちのそんな覚悟に、俺は応えられるのか、正直自信が無い。
    俺のことを勝手に神格化してくれているからこそ、俺はこの三人の妻を相手に、のんべんだらりとやってこれたようなもんだと、今ではそう思っている。

    ――つまり、軽いんだな、俺は。

    だからこそ――

    「だからこそルーデウス。あの子の結婚に反対だと言うなら、それなりの理由を話して」

    軽すぎる俺を断罪するかのような重みを持った、エリスの言葉だった。

    「あの子がそれで説き伏せられる程度の恋しかしてないのなら、私も諦めるわ」

    バッサリだった。
    盲目的にどちらかを庇うのではなく、あくまでも中立。あくまでも公平。
    そのことで、クリスがどれだけ傷つくか、どれだけ自身が恨まれるかは度外視。
    お腹を痛めて生んだ娘だから無条件に庇うのでは無いという姿勢は、エリスらしい。

    ――肉を切らせて骨を断つ。

    あくまでも、自分自身が傷つくことを前提にした、特攻の構え。
    家も領民も捨て、俺を護ることにすべてを捧げた彼女らしい覚悟だった。

    「……さぁ、どうなのルーデウス」

    大上段に構えた抜き身の剣のような、そんな気迫の篭った言葉だった。
    ここで迂闊なことを言えば、彼女に見損なわれるかもしれない。
    俺は彼女を納得させられるのだろうか。いや、問題はそこじゃない。
    自らの胸中に自問自答してみる。

    俺は、クリスティーナの結婚に反対なんだろうか。
    ……否。そこまでネガティブな感情は無い、……と、思う。

    確かにあの子が離れるというのは寂しい。けれどその気持ちと結婚とは別だ。
    クリスが幸せになるならばとは、俺も思う。誰だって、好きな相手と結ばれたいだろうし。

    でも、それじゃあこの否定的な感情はなんなんだって話だ。
    何度も言うが、頭では、理屈では理解しているんだよ。あの子の結婚には。
    それでも、俺の何かが引っかかっている。どうにも不安になる自分がいる。
    思い当たることは、いくつかある。それは……

    「……ヒトガミの問題がある」

    やっとの思いで、言葉を捻り出した。
    そう、ヒトガミだ。あの邪神が俺に、俺の家族に害を為そうと今も虎視眈々としている。
    直接手を出せなくとも、あの子の周囲の人間を誑かしている可能性はある。
    それはあの子の恋人だって、例外じゃない筈だ……。

    「クリスは、あの子はウチで一番非力な子だ。
     ルーシーやアルスと違って、元々剣も魔術も興味が薄かった。
     自分の身を自分で守れるとは、とても思えない……」

    ルーシーやアルス、あるいはジークに関して、俺はあまり心配していない。強いからな。
    ララは要領がいいし、リリは若干心配なところもあるが、それでも自衛の力くらいはある。
    でもクリスは、お姫様に憧れるただの平凡な女の子に育ってしまった。
    勿論、最低限の勉強や鍛錬はさせたが、本当に最低限だ。


    「あの子が家にいれば、俺が守ってやれる。少なくとも、俺の目の届く範囲に居てほしい。
     ――そう思うのは、ダメなのか?」

    俺の言葉を、エリスは神妙な顔で聞いていた。
    しばらく吟味するようにして、口を開く。

    「……それは相手に会って、自分の目で見定めてからでも遅くはないんじゃない?
     最初から逃げ腰じゃ、本当にヒトガミの使徒だったとして、野放しにするだけでしょ?」

    怯えて動かないより、攻めていくべきだ――エリスはあくまでも攻めのスタイル。
    俺は痛いところを突かれてしまい、言い返せなくなる。

    「それにアスラならギレーヌだっているし、イゾルテもシャンドルもいる。
     女王のアリエルだって事情を理解しているんだから、根回ししておけばいい話よ。
     そもそも、それだったら王立学校に留学させるのだって危険だった筈。
     ルーデウスの不安は、自分の影に怯える犬と変わらないと思う」

    エリスは俺の理論の穴を、ひとつひとつ潰していった。
    彼女がこんなに理論建てて話せるとは思ってもみなかった。
    ……それだけ、俺の言葉に重みが無いのかもしれない。

    「……でも、ギレーヌ達はアリエルの警護で暇はないだろ?
     いくら俺の娘だからって、女王の近衛騎士を護衛になんて付けられる訳が……」

    「なら、ルーデウスが付ければいいわ」

    「は?え、だって、俺は無理だし、オルステッドだって、アレクだって……」

    「誰もあんな連中に頼めとは言ってない」

    「じ、じゃあ誰に……?」

    ハッキリいって、ヒトガミの使徒に対抗出来そうな人材は、俺の知り合いにそんなにいない。
    あの邪神が差し向けそうな刺客といえば、凄腕の剣士や暗殺者、或いは権力者とかだろう。
    いくらある程度腕が立ったとしても、例えば北帝オーベールみたいな変幻自在な強者には太刀打ちできそうにないし、アスラの変態大臣みたいな奴なら権力でどうにかしてしまう筈だ。
    ましてや、直接ヒトガミが接触してきたら洗脳されかねない――

    「いるじゃない、腕が立って、権力なんか気にせず、洗脳もされなそうなのが」

    「へッ!?だ、誰?」

    リニアか?それともプルセナ?アイツ等くらい権力や洗脳に弱そうな連中はいない。
    他にも、ルード傭兵団の主だった顔が浮かぶが、それも頼りがない。
    ペルギウス?それとも配下の精霊?いやいやそれこそ無理だろ。
    俺には本当に心当たりが無い。呆気にとられる俺に、エリスは鼻を鳴らす。

    「――ナナホシよ」

    はぁ!?ナナホシ!?それこそ、無理だろ。頭は良いけど剣も魔術もからきしだし……。
    それにアイツは今、空中城塞で眠ってて……

    「違うわよ。アイツよ。人形の方のナナホシよ――"アン"だっけ?
     あの子に、クリスの護衛をさせればいいじゃない。
     腕も立つし、疲れ知らずで、オマケにクリスのオムツまで替えてくれた仲だし」

    「………………ッぷぇ」

       マジック・オートマータ
    ああ……魔導人形。その手があったか。

    俺とザノバが作り出した、自律型の魔導人形シリーズ。現在は13体が稼働している。
    初期型にして完成形のナナホシ人形――"アン"は、今では魔女サイレント・セブンスターとして稼働させている。自分の名前を広めてほしいというナナホシ自身の依頼で。
               リミッター
    確かに魔導人形なら、管理限定状態でも聖級剣士レベルの性能だし、リミッターを外せば短時間ながら王級剣士を超える強さを発揮出来る。
    オーベール級相手はキツイだろうが、それでも簡単に負けはしない筈だ。なにせ死なない。外装を戦闘用装甲に換装すれば、防御力も跳ね上がる。

    そして何より、主に忠実だ。"アン"に至っては、むしろ思考が人に近過ぎるくらいである。
    そういえば、あの人形はクリスのオムツを替えてくれて以来、その後も事あるごとに、赤ん坊だったクリスの世話を手伝ってくれていた。クリスも懐いていた。

    例えば新しい人形を造り、"アン"の人工知能――精霊核をコピーして移植する。
    それならきっとクリスに対して、高い忠誠心を発揮する人形となる筈だ。
    クリスを護れと言われれば、自身が破壊されてでも護りきろうとするだろう。
    強く、死なず、絶対に裏切らない――。護衛として、こんな頼れる存在は無い。

    「どう?あの子の危険性は随分と減るんじゃない?」

    エリスが生真面目にそう言った。

    「……あぁ。……うん」

    なんというか、自分がアホみたいだった。
    娘の結婚に対して、感情的になるだけで、先のことなんか全然考えていなかった。
    ただ家族が傍にいればいいと、そう意固地になっていた。

    でもエリスは違った。
    結婚する、しないにしろ、子どもが巣立った後の安全を考えていた。
    自分が守れないのならば、頼れる相手に任せるのだと……。
    なんていうか、今だに俺は、自分一人で抱え込んでなんとかする癖が残っている。
    エリスだって本来、自力本願で協調性が無く、誰よりも突出する奴だったのに……。

    「――合理よ。ギレーヌが何度も言ってたでしょ」

    俺の顔色を読んだのか、エリスはそう言った。
    ……なんつーか、エリスは流石だな。俺は素直にそう思った。

    「……これで、あの子が遠くに嫁いでも、取り敢えずの安全は確保出来るわよね?」

    「まぁ……、そうだな。良いアイデアだと思うよ」

    反論なんか、出来る余地は無い。どうせ、どこに住んでいたってヒトガミの悪意は根絶出来ないんだ。それなら率先して身の安全を固めた方が利口ってもんだろう。でも……。

    「なによ、まだ何か不満があるの?」

    俺が黙っていると、エリスは少しむっとしたようだ。

    「……不満は無いよ。俺もそれが一番だと思う」

    何とも言えないもどかしい気持ち。心臓の辺りにわだかまるモヤモヤ。
    確かにエリスのアイデアは、ほぼ満点だろうとは思う。
    しかし、それでも俺のこの気持ちの悪さは晴れない。

    「それでもやっぱり、……俺は、クリスを、手放したく……ない」

    ポツリと胸に浮かんだ気持ちを言葉にする。
    エリスの眉根が寄っている。明らかに不機嫌だ。

    「なんで?どうしてよ。その理由を話してって言ってる――」
    「理由なんか、俺にもわかんないんだよ。理屈じゃないんだよ」
    「なによそれ?あの子の結婚の――なにがそんなにダメなの?」

    ダメ――。その言葉に引っかかりというか、違和感を覚えた。
    何がその違和感の源なのか、心のささくれを辿りつつ、つかえつかえ言葉にする。

    「ダメ……じゃないよ、ダメとかじゃ、ないんだよ」

    なんとも、歯切れの悪いことだ、我ながら。
    だけどそう言うしかない。俺の中で、この違和感はまだ形にさえなっていないから。

    「ダメじゃないんだけど、俺は――俺はなんか、……イヤなんだ」

    そう。俺は今回、「ダメ」という否定的な言葉は使っていない。
    だけど「イヤ」というネガティブな感情が強かった。それは何故か――。

    「多分、変わっていくのが、……怖いのかもしれない」

    自分の胸中に去来する感情、それを言葉に置き換えて、その理由を探っていく。
    そこには、俺の原点とも言える前世が関わっていたように思えた。

    「俺は――さ。前の世界で、何も為せなかったし、何も遺せなかったんだ」

    今更ながら、何十年も連れ添ったエリスに、屑だった前世の話をするのは心底恥ずかしい。いっそ自分で自分の頭を爆砕したいくらいだ。

    ちらりと彼女を見れば、彼女はひどく透明な眼をしていた。
    何を話しても、あるがままを受け入れる――そんな透徹した眼だった。
    なんとなく、そんな彼女の姿勢に安堵を覚える。

    「だからかな、こっちに生まれ落ちて、俺なりに頑張って生きてきて、結婚して家庭を築いて、子どもが出来て――」

    「すっごく幸せだったし、嬉しかった。こんな俺でも誰かと繋がって、何かをカタチにして、それを未来に遺せるんだと思うと、本当に感謝しかないなって――」

    ……うん。本当に、ありがたいと思う。
    最近はあまり思い出さなかったけど、やっぱり昔の俺は糞野郎で。
    そんな俺でも、生まれ変わって頑張れば、ちゃんとやれるんだって。
    頑張る原動力はやっぱり、家族……なんだよな。
    でも――。

    「いつ頃からか、得体の知れない不安に襲われるようになったんだ」

    「不安?」

    「うん……。俺にも、よくわからないんだけど」

    ――そう。いつからか、言い知れない不安が常に付きまとうようになった。
    この不安の源がなんなのか……俺は解らないまま、今に至っている。

    「子ども達が成長するにつれて、その不安が大きくなっていって――」

    「成長するって事は、変わっていくって事で――」

    「あんなにパパっ子だったルーシーが反抗期を抉らせたり、素直な子だったアルスが家出をしたり、ジークはジークで引き篭りになったり……」

    「なんていうか、思うようにいかないなっていうか……」

    「変化が、怖い。せっかく手に入れた日常が、歪んじゃうのが、イヤなんだ」

    そう――。
    せっかく、上手くいってたのに。
    上手くいきかけると、ポロリと何かが掌からこぼれ落ちていくような。

    ――ブエナ村の時は、パウロに負けてシルフィと引き離された。

    ――ロアの街で家庭教師として順調な時に、転移事件に巻き込まれ。

    ――転移迷宮の時は、親父のパウロを身代わりに死なせてしまった。

    俺の人生は、いつも上手くいきかけると、どうにも出来ないちゃぶ台返しが待っていた。

    「今、こんなに幸せなのに……」

    ――順調なのに。
    ――このままの時が、永遠に続けばいいのにと、ずっと思い続けて。
    ――でも、時間は残酷なほどに過ぎていって。

    「変化することによって、泡みたいに消えていくのかなって――」

    そこで俺は言葉を一度切った。
    大きく息を吸い込んで、腹に溜まった気持ちの悪い何かを吐き出そうとする。
    でもその気持ち悪いモノは素直に出て行ってはくれず、腹に溜まったままだった。
    エリスは相変わらず神妙な表情で聞いている。もう一度深呼吸をして、俺は続けた。

    「……クリスの結婚は、それはそれで喜ばしいことだよ。父親としては」

    「娘が成長して、好きな相手を見つけて……。あの子に、あんな素敵な笑顔をさせる奴なんだ。きっと、あの子を幸せにしてくれるんだろうなって。そう思うよ」

    「でもまた、あの子が俺から離れていく事で、何かが壊れるんじゃないかって不安で……」

    「……怖いんだ。だから……俺は家族を、手放したくない」

    そう言って、俺は理由にならない理由を締めくくった。

    言葉にしてみたものの、なんだかしっくりこない。
    それでも、思いつく限りの事は吐き出した。

    「…………」

    エリスは黙っている。黙って、俺をじっと見ている。
    ……なんだろう。物凄く、息苦しいような。
    こんな目で俺を見るエリスは、初めてかもしれない。

    「……ルーデウス、は」

    つくづくと俺を見つめたあと、彼女が口を開いたのは、随分と経ってからのように思う。

    「クリスが、あの子が結婚する事自体には、反対じゃないのね?」

    ひとつひとつ、確認するかのように、言葉の意味を噛み締めるかのように、エリスは言う。

    「うん。手放しで喜べるような心境じゃぁ――ないんだけど、まぁ……」

    俺が呟くように言うと、またエリスは少し黙った。

    「でも、不安なのよね。クリスが離れるっていうのは」

    「ん、……うん」

    「出来れば、家族がいつまでもこのままで。ずっと欠けず、変わらず……。

     ――それが、ルーデウスの本心……なのね?」

    確認するかのように。

    「………………うん

    消え入るように、蚊が泣くような声で、俺は頷いた。
    悄然とする俺を、エリスはまたつくづくと見ていた。それこそ、穴が開くほどに。

    「それだけ?」

    暫くして、彼女はそう言った。
    俺はその言葉の意図がわからなかった。

    「…………え?」

    「本当に、それだけ?」

    「それだけ……って」

    「だって、ルーデウスが言った事は、全部自分勝手なワガママじゃない」

    エリスにそう言われた瞬間、顔面がサーッと真っ赤になったのがわかる。
    見透かされたことへの羞恥で。認めてもらえない事への不満で。

    「おい、なんだよワガママって――」

    「ルーデウス、子どもは籠の鳥じゃない」

    俺の言葉は厳しい口調のエリスに遮られた。

    「子どもというのはいつか巣立っていくものよ。
     手放すのが惜しいからって、いつまでも飼い殺しにしていいもんじゃないわ。

     ――寂しいから?
     そりゃ私だって、シルフィやロキシーだって、子どもの成長は寂しいと思っている。
     だからって、子どもの進路を親の気分ひとつで狂わせるのは、それこそダメよ」

    「勿論、不安もあるわ。あの甘えん坊がよその家でやっていけるのだろうか、ご飯をちゃんと食べられるのか、病気になったりしないか、……とか。

     でも、あの子が自分の考えで生きて、その結果がどうあれ、それはあの子が選んだ道よ。
     もうよちよち歩きの赤ちゃんじゃない。成人した大人の女なんだから」

    それは生みの母としての言葉だった。俺は所詮、男なんだと痛感する。

    「それは……俺も解ってる」

    「じゃぁなんで、足を引っ張るようなことを?」

    「し、しょうががないだろ」

    「なにがしょうがないの?どうしてしょうがないの?」

    「どうしてって……」

    すぐには返事出来なかった。
    正直に言えば、俺にも自分の本心がよくわからなくなっていたからだ。
    とにかく、このままではクリスが居なくなる。俺の傍から離れてしまう。
    頭の中が混乱して、そればかりがグルグル回っていた。

    それからふと浮かび上がる、得体の知れない不安のイメージ――。

    (クリスだけじゃない、いつか家族全員が、俺の前から居なくなるのでは?)

    ――それは、俺の魂のどこかに根ざした、不安の種。

    ただの妄想かもしれない。でもそれが堪らなく怖い。イヤでイヤで叫びたくなる。
    胃が絞り上げられる感覚。あまりの恐怖に吐きそうになる。

    でもこれは話したくない。話したら最後、本当にそうなるかもしれないじゃないか。
    理由?俺にだってわかるものか。誰にもわかるものかッ!!

    「本当に?本当にそう思うの?本当にわからないの?」

    イラッと来た。なんで、こいつはこんなにしつこいんだろうか。

    「うるさいなッ――!!

             わからないものはわからないんだよッ!!」


    ついつい大声が出てしまう。
    しかしエリスには通用しない。

    「怒鳴ってもダメよ。自分の本心から目を背けてもダメ」
    「ルーデウス。そんなに家族が欠けるのがイヤなの?」

    「イヤに決まってるだろッ!!」

    「だからなんでイヤなの」

    「うるさいなッ!!何かが変わったら、また壊れるかもしれない……」

    「変化を恐れていたら、何も成長がないわよ」

    「うるさいッ!!うるさいうるさいッ!!」

    「本当はどう思ってるの?本当の気持ちを教えて」

    「何度も何度も言ってるだろッ!!寂しいのがイヤなんだよッ!!」

    「答えになってない。なんでそんなに――」


    「うるせえッ!!」


    バシィッ――!!

    乾いた音が、部屋に響いた。
    反射的に立ち上がった俺の右手が、エリスの頬を引張たいた音だ。
    エリスの首がガクンとなるほどに、強く叩いてしまった。

    「あ……」

    自分でも唖然とする。まさか、俺がエリスに暴力を振るうなんて。
    エリスの顔は、横に向いたままだった。

    「……エリス、あ、ごめ、ゴメン……」

    のろのろと謝るが、エリスは微動だにしない。
    俺が狼狽していると、彼女の顔はゆっくりとこちらを向いた。
    頬が赤い。唇も切ったようで、少し血が滲んでいる。

    あぁ――やってしまった。

    前世でも、母親に諫められるとカッとなって何度も暴力を振るった。
    あの頃は、それで鬱憤が多少は晴れた。親に対して、やってやったって気持ちにもなった。

    しかし今回は違う。相手はエリス。俺にとっては何より大事な存在だ。
    そんな彼女に対して、暴力を振るってしまった。
    激しい嫌悪と、後悔の念に苛まれる。

    ――しかし、エリスの表情は微塵も揺らぎが無かった。

    「……ねぇ」

    滲んだ血を拭こうともせず、エリスは口を開く。

    「どうして、そんなに、寂しいのが、イヤなの?」

    そして、また先程までの言葉を繰り返した。
    俺はその言葉にうんざりすると共に、若干の動揺を感じた。
    どうして、エリスはこんなにも、俺を追い詰めるんだろう。

    「……も、もうそれはいいだろ。何度も言ったじゃないか」

    歯切れ悪く、俺はそう言い放ったものの、エリスの眼差しは俺にぴたりと向いたままだ。

    「ダメ。ちっとも返事になってない」

    彼女の切り返しは鋭かった。

    「それじゃ、この先も同じことを繰り返すだけよ」

    そこでやっと、自分が出血している事に気がついたのだろう。ペロリと唇を舐め、手の甲で拭う。エリスがやると、そんな仕草もサマになる。
    ……残念ながら、血を流させたのは、俺なんだけども。

    「どうして、そんなに拘るんだ。問題はクリスの結婚じゃ――」

    「そこじゃないのよ、問題は。

     そうじゃないのよ、ルーデウス。これはあなたの、あなた自身の問題なのよ」

    ――俺の、俺自身の問題?なんだよ、それ。

    「シルフィが前に言ってたわ。ルーデウスが変わったって。
     オルステッドと戦う少し前に、様子がおかしくなったって。
     聞いても誤魔化すだけで、なのにナナホシには相談しに行ったり。 
     ロキシーも言ってた。ルディは嘘と隠し事が増えたって」
     
    「それは……!それは、ヒトガミが……」

    「ええ、そうよね。その邪神が私達みんなを殺そうとしている。
     それは知ってる。ガルだってギースだって、それで敵に回ったんだし。

     確かにそれは恐ろしいことだわ。いつ誰が背中から襲って来るかわからないんだから。
     でも、ルーデウスがソイツに怯えるなら、私達だって一緒に戦う。
     みんなで力を合わせれば、闘神とだって戦えたんだから」
           ・ ・ ・
     「――でも、これはそうじゃない。これはあなたの問題」 
     
    「ルーデウスは何かを誤魔化している。隠そうとしている。
     それがなんなのか、私は知らない。わかんない。
     でも、それをあなた自身が見ないふりをしている気がする。
     そんなんじゃ、いつかまたこういう事になると私は思う。

     ――それを解消しない限り、あなたはまた家族を巻き込むし、あなた自身も不幸になる」


    矢継ぎ早にエリスは言い放った。
    舌鋒は鋭かったが、そこに悪意は感じられなかった。
    だからって、ここまで言いたい放題は流石にカチンと来る。

    「……なんだよ、その言い方は。俺だって、好きで巻き込んでる訳じゃないッ!!」

    思ったよりも血が昇っていたのか、大きな声が出た。余計にカッとなってくる。
    しかしエリスはどこ吹く風。ふんッと鼻で嗤うようにして俺を見た。

    「なに?言い負けそうになったら怒鳴って誤魔化すの?」

    「――――ッ!!」

    パァンッ!!

    また俺は反射的に手が出た。エリスの赤い髪がパッと広がるくらい強く。

    「~~ぉ、お前に、俺の何がわかるッ!!」

    もうダメだ。頭に来た。いくらエリスとはいえ、俺にだってプライドがある!
    そう思って怒鳴った。こんなに大きい声を出したのは初めてかってくらい。

    「俺だって好き好んでやってんじゃねーんだよッ!!

     どうしょうもないから、こうなったんじゃねーかッ!!

     なんだってそんなに責められなくちゃならないんだよッ!!

     どうでもいいだろうがッ!!俺の事なんてッ!!放っておけよッ!!」

    喉が痛い。鼓膜がビリビリする。
    胸の中のモヤモヤが、ここぞとばかりに吐き出されていく。

    俺が更に苛立ちを罵声に変えて吐き出そうとした瞬間、エリスがキッと俺を睨んだ。

    ――パァンッ!

    弾けるような音がしたと思う間も無く、俺の視界はグルンとなった。
    頭がクラリとして、ベッドに尻餅をついてしまう。

    「フ――ッ!フ――ッ!フ――ッ!」

    荒く息を吐き出す音。
    揺れる視界を巡らして見れば、エリスが肩を上下させていた。
    大型の猛獣が、今にも俺に襲い掛かりたいのを必死に堪えている――そんな感じ。
    鼻血が出ている。俺が、力いっぱい叩いたせいだろう。

    「――どうでもいい?」

    そう言うや、エリスは右手を上げた。

    ――パァンッ!

    視界が激しく揺れて、首がガクンとなった。
    ベッドに尻餅をついたまま、たたらを踏むようにして、なんとか踏ん張って耐える。

    「どうでもいい相手に、本気になんてならないわよッ!!」

    今度は左手が上がり、バシィッという音がして、俺の視界がまた揺れた。

    「あんたを心配して、心配だから――」

    もう一発。左右に頭が揺れて、もう何が何だかわからない。

    「何を考えているのか、全然わかんないから――」

    わからないなりに、エリスの手首をなんとか掴む。無我夢中の行為だった。

    「私だって、どうしていいか、わかんないから――」

    しかし、足払いをされて俺は床に投げ飛ばされた。
    背中を強かに打って息が詰まる。
    その上、鳩尾辺りにエリスが馬乗りになってきた。マウントだ。
    そこから、何度も張り手をされた。痛いというより、頬が痺れたように熱い。
    それから胸ぐらを両手で掴まれ、グイと引っ張り上げられる。

    「だから、こうして――」

    もう、そこからは声にならなかった。
    ウー、ウーっと、幼子が泣くのを我慢するかのように。
    噴き上がる激情を抑えかねて、エリスは歯を食いしばって、泣くのを堪えていた。
    でも、こぼれ落ちる涙までは、止められなかった。ポタポタと、俺の顔や胸元に水滴となって落ちてくる。

    まるで、子どもだな――。

    なんだか、エリスの泣き顔を見ていたら、無性に悲しくなってきた。
    それと同時に気が付く。
    クリスだけじゃなく、俺のことまで配して、なりふり構わず諭してくれたことに。
    優しいなぁ、エリスは……。いつだって、俺を庇ってくれていた。護ってくれていた。

    こんな優しい奴を、俺は泣かせちゃったのかぁ――。

    胸が潰れるような罪悪感。そして、いつかどこかで経験したような既視感。
    気が付けば、さっきまでの腹立たしさは、どっかに雲散してしまった。

    エリスはポロポロと涙をこぼして、俺はそれをぼんやりと見上げて。

    ――なにやってんだろうな。
    もう、俺ら、いい年なのにな。孫だっているのに。
    末っ子が、結婚するかもしれないってのに。



    なんで、殴り合いのケンカしてんだろうな――。



    「……………………ごめんな、エリス」



    長い沈黙のあと、俺はそう呟いた。口の中がボロボロなんで、喋りにくい。
    エリスは震えながら、涙をこぼしながら俺の顔を見ていた。
    俺は目を瞑る。
    その真っ直ぐな眼差しを見ていると、なんだか心が萎えてしまうから。

    「……俺の、生まれ変わる前の話をしたよな」

    返事は無い。構わず俺は続ける。
    自分の中の違和感を整理する為に。最初から、順を追って俺の人生を話すことにした。

    「働きもせず、部屋から出る事もせず……。
     癇癪を起こして暴れたり、諭してくる両親に暴力を振るったり……。
     挙句、その両親の葬式にでも出ない。

     ――前世の俺は、正真正銘のクズだったんだ。

     クズ過ぎた俺は、家族の筈の、実の兄弟から家を追い出された。
     それこそボコボコに殴られて、雨の降る家の外に蹴り出されたんだ」

    今でも薄ら覚えている。秋に入ったばかりだというのに、本当に冷たい雨だった。
    情も何も無いなと思った。俺だって好きでクズに――引き籠もりになった訳じゃないのにと。

    でも、もはや言い訳なんて、遅かったんだ。
    俺は失ってしまった。自ら、壊してしまったのだから――家族という絆を。

    だからかな……最初、ゼニスやパウロを両親と思えず、家族とも思わなかった。
    どうせ俺が何か失敗すれば、すぐに家族ごっこをやめて、裏切るに決まってると思い込んだ。
    新しい人生をゲーム感覚で捉えて、他人を信用しないで、自力でなんとかするんだと……。

    転機は、ロキシーと出会ったこと。人を信じ、尊敬する大切さを教わった。
    それからシルフィと出会い、人と繋がることの喜びを教わった。
    最後はエリス。人を教え、守り、導くことの本当の意味を知った。

    それから色々とあってから、シルフィと結婚した。そしてルーシーを授かった。

    「こんな俺にも、家族が出来て……」

    本当に大事な宝物が出来たんだ。嬉しかった。
    それと同時に、パウロとゼニスが俺をどんなに愛していたか、思い知った。
    親ってものも、何もかもが初めてで、誰もが上手くやれる訳じゃないことにも気がついた。
    でも、それがわかった時には、パウロは死に、ゼニスは壊れていた……。
    また、家族を失なった。俺が間抜けなせいで。

    自暴自棄になった時、ロキシーが俺の心を救ってくれた。
    だから、彼女も守りたいと思った。家族になって欲しいと望んだ。
    そして、ロキシーは俺の二人目の妻となった。

    それから暫くして、ルーシーが生まれた。
    天使が生まれたと思った。なんという愛しい存在なんだと思った。
    もう失いたくなかった。何が何でも守ろうと思った。だけど――

    「そんな時、ヒトガミが夢に出てきた」

    「奴は俺に、ロキシーを殺すように唆してきた……」

    ……ん?おかしか、ないよな?でも、何かが俺の中で引っかかる。

    大体合っているようで、何かが違う。齟齬がある。
    何か、重要なことを、俺は思い出さないようにしている。
    違和感を覚えつつも、俺は話を続ける。

    「ロキシーと俺の子どもが、オルステッドと手を組んで、奴を殺すからだと……。
     だから、生まれる前にロキシーを殺せと。
     俺は拒んだ。そしたら奴は、それなら俺の家族を全員殺すと……」

    「ロキシーを殺せないなら、オルステッドを殺せと言ってきた」

    エリスが息を呑む雰囲気が伝わってきた。
    彼女の中でも、あの絶望的な戦いの記憶が想起されたのだろう。

    「奴の恐ろしいところは、脅しをかけてきながら、甘言を弄してくるところなんだ。
     俺がオルステッドを殺せればよし、無理でも俺が死ねば後顧の憂いが無くなる。
     そうなれば、家族には手を出さないと言った」

    俺はやむを得ず、ヒトガミの要求を飲んだ。
    相手はオルステッド。世界で一番恐ろしい相手。俺を一度、無造作に殺した相手。
    二度と戦いたくない相手だったが、家族と俺の命を天秤にかければ、家族に傾くのは当然だ。

    「……その後は、エリスも知っての通りだ。
     俺はオルステッドに半殺しにされ、お前が俺を助けてくれた」

    俺はエリスに捨てられたと思ってたけど、それは俺の誤解だった。
    それに何より、俺はエリスに惚れ直してしまった。
    だから結婚した。もう、二度と俺の傍から離れて欲しくないと思ったから――。

    「俺にとって家族って奴はさ、気を抜いたらダメなんだよ。
     選択を少し間違っただけで、すぐに壊れてしまうんだ。
     だから、壊れないよう、離れないよう、いつまでも、いつまでも抱き締めていたかった」

    離したら最後、俺はまた一人になってしまう――。
    そうなれば今度は本当に、俺自身が壊れてしまうだろう。
    生きることも死ぬことも出来ず、ただ本能の赴くままに蠢く何かに成り下がるのだ。

    「一人になるのはイヤなんだ。エリスが居なくなったあの時みたいに、さ」

    俺がそう言うと、俺に跨るエリスの身体が強張るのがわかった。
    彼女としても、ロクに説明無しで出奔したのは迂闊過ぎたという反省があるらしい。
    クリスにも言われていたが、そのせいで結婚の順番が、三番目になったのだから。

    「――だからさ、エリス。

     俺は、家族が居なくなるのがイヤなんだ。寂しいのはもうイヤなんだよ。


     あのジジイみたいに、一人ぼっちで死ぬのはイヤなんだよ――」



    …………あ?



    今、何かがポロっと、口から漏れたぞ?

    あの、……ジジイ?

    漸くというか――俺は今、ハッキリと思い出した。
    家族が欠けるのを恐ろしいと思う原点と、それが決定的になった瞬間を――。



    「…………ジジイ、ってのは、誰」



    エリスからの初めての問いかけに、俺は久しぶりに目を開ける。
    彼女はもう、泣いてはいなかった。真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに俺を見つめていた。












                  ーその5につづきますー



    それでは、また。(店`ω´)ノシ




    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。