無職転生・二次小説 閑話「ルーデウスの一番長い日」 その5
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無職転生・二次小説 閑話「ルーデウスの一番長い日」 その5

2016-11-28 20:50



    「あれは確か、ナナホシがドライン病になって倒れた頃で――」



    日差しが傾き、薄暗くなりだした部屋のベッドに腰をかけ、俺はそう切り出した。
    話を聞かせる相手は勿論、エリスだ。



    -------



    とりあえず、これまでのあらすじを説明しておこうか(他人事)。

    クリスの爆弾発言から一転、俺はショックのあまり、部屋に引き籠もってしまう。
    そこへエリスが(ドアノブをもぎ取って)入ってきた。
    結婚を嫌がる俺の真意を聞き出す為にである。

    彼女はらしくもなく頭を使って問いただしてきた。
    俺のしどろもどろな説明を一蹴し、なおも詰め寄ってくる。
    腹を立てた俺はつい手が出てしまい、バチバチと叩き合いになってしまった。
    そうはいっても、俺のは感情的になっての暴力だったが、エリスは俺を諭す為の、愛のムチだったのだ。なんせ、ボロボロ涙をこぼしながらの張り手なんだもんな。アルスにはグーパンだったのに。

    落ち着いてから、俺は彼女の顔を治癒魔術で癒した。二発も思い切り叩いちゃったし。
    俺の方は、腫れ上がったままだ。自戒の為と、痛みが引く前に、過去の記憶を掘り起したかったからだ(でも、肝心の脳味噌は揺れまくっていた)。

    まぁ、なんだ。散々引っぱたかれた甲斐もあって、俺は自分の真意に気がつき、今に至るって訳だ。全然格好よくねぇなぁ……。



    -------



    「――そんで俺が研究室でうたた寝していたら、ヒトガミが現れた。
     その時の奴は、地下室の中を見てくれって、それだけを俺に伝えてきた」

    「地下室?なんでそんなところを……」

    「……それが、あの糞野郎の邪悪なとこなんだよ」

    エリスのなんでもないような疑問に、俺は苦虫を噛み潰したような気分で答えた。

    「何気なく地下室を覗きに行かせて、そこに潜んでいた暗殺者を、俺自身の手で解き放させようと画策してやがったんだ」

    「な、なによそれ。なんで地下室に暗殺者が潜んでいるのよ」

    「どうやってかは、今でもわかんね。資材に紛れたか、偶然入り込んだのか……」

    「偶然……、なんで暗殺者が地下室に入り込むのよ」

    「でも、いたんだよ、本当に」

    俺は視線を逸らさず、誤魔化しの笑みを浮かべたりせず、真っ直ぐにエリスを見た。
    それに何かを感じたのだろう、エリスは何か言いたげだったが、口を閉ざした。
    それを見て、俺はひとつ溜息を吐いて、話を続けた。

    「……地下室には、ネズミがいたんだ」

    「やだ、ネズミ?汚いわねぇ……」

    エリスは一瞬顔を顰めるも、ん?と考える。当然だ、そういう話し方だからな。

    「え、でも、今さっき、暗殺者って……」

    「あぁ、暗殺者だ。そのネズミが、そうなんだよ」

    そう、ネズミ。どこからか侵入してきた、ピンポイントの暗殺者だ――。
    そいつは、俺が氷結魔術で殺して、魔術ギルドに預けた。
    後にギルドからは、ネズミ自体はどこにでもいる種類だと言われた。侵入経路の特定は出来ずじまいだったが、感染の恐れのあるネズミと、野良猫の駆除は徹底してもらった。
             キャリア
    「ネズミは病原菌の運び屋だった」

    「びょうげんきんのきゃりあ?」

    聞き慣れない言葉だったのか、エリスの頭上に「?」が浮かぶ。

    「病気の元になる種というか……そんなんだ」

    「ふぅん、種」

    「うん」

    でも、その種が恐ろしい病を萌芽させるんだ。その時の俺にとって、最悪の芽をな。
    あんなモンを俺に解き放させようとさせやがって……。
    俺はヒトガミの言葉と何気ない態度を思い出し、ギリリと奥歯を噛み締めた。

    「……妊娠した女性だけを殺す、悪魔の種なんだ」

    「え――」

    エリスは顔を強張らせ、自分を庇うように両手を胸元に持っていった。

    「でも、ルーデウスは男じゃない。その病気に罹っても――」
    「その頃、ロキシーが妊娠していたんだよ」
    「あッ――!?」

    突き刺すような俺の言葉に、エリスは愕然とする。
    そう、あのネズミは、お腹にいたララごと、ロキシーを殺す為の運び屋だったのだ。

    「知らずに地下室に降りた俺はネズミを解き放ってしまった。
     そしてネズミは台所に逃げ、夕食の残りを漁り、食事に病気を移してしまう。
     翌日、小腹を空かせたロキシーがそれと知らずに摘んで食べてしまい――」

    話しているうちに、思い出すうちに、俺は両手を固く握り締めていた。
    余りにも強く握っていた為にミシミシと音がするくらいに。
    血の気が引き、ブルブルと震えてもいた。

    「ルーデウス……」

    エリスはそんな俺を心配そうに見つめ、震える俺の手に、自分の手を重ねてきた。

    「……わたし、もう、ご飯の残りをつまみ食いするの、やめるわ」

    ……つまい食いしてたんかい、人一倍食べる癖に。
    まぁ、それはいい。

    「そうして、ロキシーは死んだ。お腹のララと一緒にな」

    そう言って、俺は深く溜息を吐いた。ひどく気分が悪い。
    エリスが俺の背中を摩ってくれているのが嬉しかった。

    「大丈夫……?」

    「あぁ……、思い出してたら、どうにもな」

    あの日記帳を読んだ時の気持ちが、まざまざと思い出される。
    淡々とした筆致の癖に妙に生々しすぎて、まるで俺自身が経験したかのように錯覚してしまう。
    今も思い出しながら語っていると、自分の記憶と思い込んでしまいそうな程だった。

    エリスも、そんな違和感に気がついたのだろう。変な顔をしている。

    「……ねぇ、ロキシーは死んでないし、ララも無事に生まれてるじゃない。
     ルーデウスの口ぶりは、まるで自分の身に起きたみたいじゃない」

    ……だよな。そう思うよな。
    俺は一度姿勢を直して、深呼吸をする。これから核心を離す為に、腹に気合を入れたのだ。
                
    「あぁ……。そうだ。ロキシーもララも無事だ。この世界線ではな」

    「この、……世界線?」
                   ・・
    「そうだ。今の話は、この世界の未来で起きた話なんだ」

    「はぁ?なによそれ」
                        ・ ・ ・ ・・ ・ ・
    「ちょっと語弊があったな。……この世界の未来から来た男の身に起きた話、か」

    その時、俺はいまだ手を握り締めたままなのを思い出した。
    ガチガチに固まっていたが、やっとの思いで開いてみると、じっとりと汗ばんでいた。
    それをズボンでゴシゴシと拭い、顔を何度か撫でた。気分転換だ。

    「俺は何十年か先の未来からやってきたそいつに今の話を聞いて、ヒトガミの計画を未然に防ぐことが出来たんだ」

    「……ん、んん~」

    エリスは悩んでいる。まぁ、アニメもラノベも無い世界だからな、ここ。急に理解しろったって、中々そうは行かないだろう。アイシャなんかは即座に理解しそうだけど。

    「え、えぇと……、何十年か先……、別の未来……、別の世界……」

    あー、こんがらがってる。頭から湯気出てる。
    どうすっか、わかりやすく説明するには……。

    あ、そうか。俺とエリスには、共通することがあったんだった。

    「なぁエリス――覚えているか、あの迷宮を」

    そう言ってから、俺はふと薄暗くなった窓を見た。
    雪はまだ降っていた。それにもうすぐ夕暮れ時だ。
    随分と冷えてきたので、俺は魔術で部屋を暖めることにした。セルフエアコンだ。
     
    「迷宮……?あ、なんか、暖かい」

    エリスがホッと息を吐いた。彼女も寒かったのかもしれない。

    「俺とエリスと、シャンドルで行った、王竜王の迷宮だよ」

    「――あ、あぁ~、アレね」

    思い出したらしい。懐かしそうな顔をしている。

    "王竜王の迷宮"――それはクリスが生まれてしばらくした頃のこと。
    アスラ王国より来訪したシャンドルが持ち込んできた依頼で潜った迷宮だ。

    迷宮とはいうものの、実際は王竜王の住処――洞窟だった。
    その迷宮が、蓄積された王竜王たちの魔力のせいで変異し、迷宮と化した。
    そこで俺とエリスは凄まじい体験をしたのだが――それは本編を読んでもらおう(宣伝)。

    「あそこで、俺もエリスも、思いがけない人物と出会っただろう?」

    そう言うと、エリスもハッとなった。

    「別の世界の……私とルーデウス……」

    「その通りだ」

    あの迷宮は、時と世界が入り混じって存在していた。
    原因は今でも不明だが、多分、俺の魂がこの世界に来たのと似たような理由だろう。

    刻一刻と様相が変わる迷宮内で、俺たちは別世界の自分たちと出会った。

    ロキシーとシルフィを死なせてしまい、狂ってしまったルーデウス・グレイラット。
    そんな俺を追いかけ続け、存在自体を磨り減らし切ったエリス。

    直視に堪えない二人だった。あれが、あんなのが自分たちの成れの果てだと思うと……。

    「……えっと、じゃぁ、ルーデウスは、あっちのルーデウスと話をして、ロキシーのことを教わったの?あれ、でもそれじゃなんだか辻褄が合わないわね」

    俺は狂ったもう一人の俺――狂デウスとロクに話し合う間も無く戦闘に入ってしまったが、エリスの方はもう一人の自分と話し合えたようだった。
    狂った俺とは違い、なんだかんだいって、エリスはやっぱりエリスだったんだろう。
    そこで、俺とすれ違ったままで過ごした彼女の半生を語られたらしい。

    「いや……俺は奴とは話せなかった。そもそも、奴は二人目だったしな」

    「二人目?じゃぁ……」

    エリスの言葉に、俺は頷く。

    「あぁ……ロキシーの事は、一人目の俺に聞いたんだ」



    -------



    「――って訳だ」

    ふぅ、長い話だった。
    エリスにも理解しやすいよう、あれこれと回り道を随分としてしまった。

    「ふぅ……ん。未来から、お爺さんになったルーデウスが現れた……ねぇ」

    エリスは頭痛でもあるかのように、片手を額に当てて眉間に皺を寄せていた。
    迷宮での経験があったにせよ、やっぱりこんな荒唐無稽な話は理解に無理があるのだろう。
    とはいえ、彼女なりに噛み砕いてくれたようだった。

    「あぁ。あの老人はすべてを語れずに死んでしまったが、日記を残してくれたからな。
     俺はそれを読んで、ヒトガミの邪悪な企みを知れたんだ……」
     
    本当に、あの老人には感謝しかない。
    ってか、どいつも俺の成れの果てなわけなんだが……。
    一人は俺を殺そうとし、一人はシルフィとロキシーと、ついでにエリスを救いに来た。
    ……あれ?どっちも俺をまともに扱ってくれてなくね?ひどくね?

    「日記なんてもの、あったの」

    「あぁ……。内容は、あんまり思い出したく、無いんだけどな」

    あれを読んでた頃は、毎日ゲロ吐いてたくらいだ。
    今は厳重に封印して、オルステッドの社屋に保管してある。あんまり手元に置いておきたくないってのもあった。呪われてそうだし。

    「とにかく、未来から来た俺は、それは凄まじい人生を歩んだんだ。
     ロキシーを病気で失い、シルフィを政争で殺され、他の家族は全員姿を消し……。
     クリフは俺のヘマでミリスの騎士団に殺され、ザノバは――」

    そこまで語って、胃の辺りがひっくり返りそうになった。
    生々しすぎて、読んでから何十年も経過してるというのに、今もひどく不快になる。

    心配そうに背中に手をやるエリスを制し、俺は呼吸を整えた。

    「……ザノバは、俺の家で、焼き殺されていた」

    エリスが短く息を飲む。

    「どうしてザノバは……この家で……?」

    「アイシャを、守ろうとしてくれたんだ……」

    いつも笑顔だったザノバを思い浮かべると、なんだかジワリと涙が溢れてくる。
    ……いや、こっちの彼は今も元気なんだけどさ。
    師匠、師匠って子犬みたいに俺を慕ってくれるアイツを思うと、ついつい。
    俺はひとつ咳払いをし、話を続ける。

    「老人の家族……ノルンとアイシャ、ゼニス母さんとリーリャ、そしてルーシー。
     彼女たちはいつからか姿を消していたらしい。老人の日記には詳しく書かれていなかっ た。当時は自暴自棄になり過ぎて、家族のことまで考えが回らなかったのか……。
     
     ……アイシャだけ何故か戻ってきて、老人の世話をしていたらしい」

    「ふぅん。なんか、わかる気がするけど……」

    今ではアルスの奥さんとして収まってるけど、昔はいっつも「お兄ちゃーん」って俺にべったりだったしな。……最近、お兄ちゃんは少しだけ寂しい。まぁいい。

    「ザノバは俺を付け狙うミリス教の連中から、アイシャを守ろうとして殺された。
     
     ――でも、そのアイシャも殺されていた。ジュリとジンジャーと一緒に」

    背中に回されたエリスの指が肉に食い込んでででイデデデッ!!痛いよエリスさんッ!?

    「あ、ごめん」

    「おー、痛え……」

    一時、休憩。喋りすぎたし、背中が痛いし、それに何より、疲れた――。

    -------

    「――その後、老人はヒトガミへの復讐のみを拠り所にして生きた。
     ちょっとでもヒトガミに関係してそうな奴を、片っ端から殺して回った。
     龍族の遺跡を巡り、秘術を研究して様々な魔術を編み出した。
     50年もの間、ヒトガミを殺すことだけに情熱を燃やして――燃やし尽くした。
     
     ……でも、届かなかった。ヒトガミのいる世界に、彼はたどり着けなかった」

    あの時の、悔し涙を流す老人を思い出し、俺の胸に憐憫の情が湧く。
    どれほどの絶望か、どれほどの悔しさだったか……。

    「――せめて、ロキシーやシルフィの運命を変えられればと。
     老人は残った寿命のすべて使い切って、若い頃の自分――俺のいる時代に時空転移すること を決意した。龍族の秘術と独自理論の融合である時空転移魔術を使った。

     そうして、死にかけの老人が俺の前に現れ、己の悔恨を俺に伝えて、事切れた――」

    ふぅ~……。
    思い出した。俺は、やっとすべてを思い出した。
    記憶の隅に埋没した、哀れなあの老人のことを。失敗した俺のことを。
    ここまでくれば、何故俺があれほどにクリスの結婚に過剰反応したかが理解出来る。
    俺は、知らず知らずのうちに、あの老人の人生を自己投影していたんだな……。

    気が付けば、部屋は随分と暗くなっていた。
    俺がパチンと指を鳴らすと、サイドテーブルにあった燭台に火が灯る。
    ボンヤリとした明るさが俺とエリスを照らし出す。

    「……だから、なの?」

    ポツリと。エリスが聞いてきた。
    抑揚のあまり無い、平坦な声色。

    「ルーデウスが、家族が欠けるのを厭うのは、その老人のことがあったから?」

    「……多分、そうだ。
     
     パウロを目の前で死なせた時にも随分凹んだけど……。
     それでもその時は、シルフィもロキシーも、ノルンもアイシャも俺の傍にいた。
     母さんはあんな風になってたけど、リーリャが世話してくれたし、心強かった。
     ルーシーが生まれて、俺は一家の主となったんだ、一層みんなを守らなきゃって、思った」

    「でも、順調な時にヒトガミが夢に出てきて、あの老人が現れて……。
     彼の凄まじいまでの執念に当てられて、日記の内容に圧倒されて……。
     いつしか俺の心に、あの老人の怨念が根ざしてしまったんだと思う」

     だって彼と俺は、途中までは同じルーデウスだったんだから――。
     彼がいなければ、俺はロキシーとシルフィを失い、親友と家族をいっぺんに失うところだったんだから――。

    前の世界の時に、よく未来を知れたらなって思ったことは何度もあったけど、実際自分の人生を知ってしまうって、ロクなもんじゃない。特に、滅茶苦茶な未来が待ってるなんて……。
    俺の魂に、癒えることの無い瑕疵がついたとしても、おかしくない。

    「そう――」

    エリスにしては珍しく、暗い顔つきだった。
    さしもの狂剣王も、老人の底知れない深淵を覗き込んで、闇に当てられたのかもしれない。
    ――と、不意にエリスは振り向いた。

    「……でも、私がいれば、ルーデウスは寂しく無かった筈よ。
     家族みんながいなくなっても、私はルーデウスから離れたりはしないわ。
     迷宮での私もそうだったんだし。
     
     ――その老人の世界の私は、なにをしていたのよ!?」

    困惑したような、自分に憤慨しているような、どちらとも言えない顔つき。
    それはそうだろう。今までの話に、エリスの影も形も現れなかったのだから。

    「……エリスは」

    俺は少し、躊躇った。
    正直にすべてを話すと、エリスを傷つけてしまうかもしれない。
    それが嫌だったからだ。
    しかしエリスは俺の言葉を待っている。強い光の眼差しを俺に向けている。

    俺は唾を飲み込み、舌で自分の唇を湿らせた。

    「その世界のエリスは――死んだんだ」

    「………………ぇ」

    エリスの瞳が一瞬揺らいだ。そんな馬鹿なと。

    「老人はヒトガミの手がかりを探して、世界中を駆け巡った。
     怪しい奴とみれば片っ端から襲い掛かり、拷問まがいの手段で情報を得ていた。
     
     エリスはそんな俺を追い掛け回し、俺の非行を諌めていたらしい。
     俺はそんな彼女を疎ましく思い、ヒトガミの手先だと思い込んでいた――」

    緊張からか、エリスの喉がゴクリと鳴った。
    今までは俺の物語だったが、今度は自分の物語になったからだろう。
    俺は続けた。

    「俺はエリスを逆恨みしていたらしい。彼女を捕らえて鎖で繋ぎ、拷問するくらいに。
     だけどエリスには非は無かった。

     ある訳が無い。当たり前だ。エリスは、だって――」

    急に声が詰まった。

    「――だって、いつも俺を、守って」

    何故だか涙が溢れてきた。言い知れない激情が胸に迫って来る。
    エリスがギュッと俺の手を握ってきた。俺も力一杯、握り返す。
    それからギュッと目を瞑り、鼻をすすり、空いてる手で目を擦った。

    「ズズッ……すまん。

     ……エリスは逃げた。身を隠した。俺は次の相手のところへ向かった。
     そいつは、魔王アトーフェ・ラトーフェだった。

     その頃の俺は魔導鎧を開発していた。大概の相手には勝てるようになっていた。
     だから、あのアトーフェにも真正面から挑んだらしい――図に乗っていたんだ」

    「調子に乗った俺は、アトーフェと、その親衛隊とをいっぺんに相手取った。
     一度ひどい目に合わされた相手だってのにな。……本当に、バカなんだよ、俺は」

    話していて腹が立ってきた。己の、駄目さ加減に……。

    「結局、負けそうになって……。

     そこに、エリスが割って入って……死んだ。

     俺の替りに、死んだんだ。

     あの老人は――俺はエリスを、二度も失ったんだ――」

    一度目は初めての時の朝。

    そして、二度目は、本当に、本当の、喪失だった――。

    「だからさ、エリス――」

    もう一度、手を握り直し、俺はエリスに向き直る。

    「俺は、もう君を失いたくない。君だけじゃなく……家族を、失いたくないんだ」

    また、ボロリと涙がこぼれ落ちる。なんか、今日は泣いてばっかりだ。

    「ルーデウス……」

    「……てへへッ」

    パッと握った手を離し、エリスが何かを言いかけるのを遮るように、俺は慌てて照れ笑いをする。ペロはしない。

    「いや、今更クリスの結婚がイヤだとか、そんなんはもう思わないよ。
     散々、自分の腹の中をほじくったしさ、うん」

    「子ども達が成長してくのは、しょうがないしね。
     俺もオッサンになったし、変わっていくのは当たり前だもんね」

    早口でまくしたてた。でも、諦めたつもりでも、涙がじわりと湧いてくる。
    なんだか物凄く小っ恥ずかしくなり、俺は俯いてしまう。
    娘の結婚にヤダヤダと駄々を捏ね、泣き喚いて逃げ隠れして、今もメソメソ泣いてる。
    こんなん、いい年して恥ずかしいじゃねーのよ。女房の前では格好つけたいじゃないのよさ。

    「ルーデウス――」

    エリスが声をかけてくる。でも、俺は顔を上げられない。彼女の目を見ることが出来ない。
    きっと、今の俺は本当に情けない顔をしている筈だから。

    (むにゅぅ)

    ――ふと、急に柔らかいものが、頬に押し当てられた。
    何かと思う間もなく、強い力で頭を抱きしめられてしまう。


    「……バカね」


    エリスだった。柔らかいものは、膝立ちになった彼女の胸だった。
    相変わらずエリスの胸は柔らかくて、熱くて、ちょっと汗臭くて。
    長年一緒にいるけど、嗅ぎ慣れた彼女の匂いには、不思議な安心感があった。

    「もう、誤魔化さなくても、いいのよ。
     あなたの、ルーデウスの気持ちは、よくわかったから……」

    「でもね――」

    「変わらないものなんか無い――。
     それは、あの転移事件を経験したわたし達が、一番よく知っている事じゃない」

    頭上から、エリスの囁くような声。少し涙声なのは、気のせいだろうか。
    彼女の囁きは続く。

    「わたし達が老いていくように、子ども達は成長して、巣立っていく。それでいいじゃない」

    「巣立った子どもはつがいを作り、子を産み、育て、それが未来へ繋がっていくんだから」

    ――未来へ、繋がる。

    それは、あの老人が、狂った俺が果たせなかった、人としての存在意義――。
    俺の胸に、温かい何かが去来する。

    「それにね」

    「ルーデウスが老いていくなら、わたしも一緒に老いていってあげる」

    「家族がいなくなるのが怖いなら、ずっと傍にいてあげる。……約束する」

    「ヒトガミとだって、一緒に戦うわ」

    「ルーデウスの牙となり、盾となるのがわたしの役目なんだから」

    「だから、ね。安心なさい。あなたは、一人ぼっちじゃないのよ」

    頭を抱えられながら、背中もポンポンと優しく叩かれる。
    その力加減とリズムは、なんだかひどく安心感があり、泣き出したい程の懐かしさがあった。
    遠い昔に、前世の母親にも、小さい頃にこうして貰った記憶がある。
    なんだか、子どもに戻ったような気分だった。

    「……でも、さ。いつかは、一人になるかもしれないじゃないか」

    ポロリと。
    俺は拗ねたように言う。本当の子どものように。

    「シルフィやロキシーは寿命が長いけど、重い病気になるかもしれない」

    未来からやって来たあの老人の世界では、二人共、非業の死を遂げている。
    タイミングがズレただけで、この世界の俺にもそんな未来が待っているかもしれない。

    「いつかは、エリスも俺を置いて、先に逝くかもしれないじゃないか――」

    ――それは、いつか見た夢のつづき。
    ほとんどが幸せで、温かい夢だったけど、でも、そこだけが俺の心に染みを作っていた。
    下手に未来を知ってしまったが為に、今の俺は楽観視が出来なくなっている。

    「俺は、それが怖いんだ。一人ぼっちは、もうイヤなんだ……」

    あの、エリスとの初めての夜。
    俺は彼女と添い遂げる覚悟を決めて、朝が来たら告白しようと。
    でも、起きてみたらエリスはいなくなっていた。
    あの時の喪失感――。俺は、あんなのをもう二度と味わいたくない。

    「……なら」

    少しの沈黙のあと、エリスはそう呟いた。

    「――なら、わたしはルーデウスより、ちょっぴり長生きしてあげる」

    エリスは良い事を思いついたとばかりに、あっけらかんと言い放った。
    俺はもぞりと彼女の胸の中で顔だけを動かして見上げる。
    エリスの顔には一点の染みも無く、自信に満ち溢れた輝きを放っていた。

    「ルーデウスが99歳まで生きるなら、わたしは100歳まで生きるわ!」

    「ね?これなら、寂しくないでしょう?」

    ドヤッ!という顔。昔、家庭教師をしていた頃に、何度も見た表情だった。多分、俺を抱いていなければ、得意のボレアス・ポーズを決めていたことだろう。

    「……プフッ」

    俺はその根拠の無い自信に、つい吹き出してしまう。
    お前100まで、わしゃ99までって、それを地で行くってのか?

    「……でもさ、俺が先に死んだら、エリスだって寂しいだろ?」

    「大丈夫よ!シルフィもロキシーも長生きだし、ルイジェルドだってまだ生きてるでしょ?
     ララもリリも、ルイシェリアだって長生きだろうから、全然寂しくないわ!」

    ……そう言われると、こっちが寂しいんですが。

    「それに、その頃には孫やひ孫もバンバン産まれてるだろうし。
     そうしたらみんなを呼び寄せて、この家で住めばいいのよ!大家族よ!
     寂しがってる暇はないわルーデウス!望むところじゃない!」

    ……あるぇ?なんか、そう言われると大丈夫な気もしてくる。
    でも、さっき言った俺の懸念(シルフィやロキシーが不慮の事故や病気で死ぬ可能性)は、完全に考慮の外なんだよな。

    俺のそんな弱気ループ思考が顔に出ていたんだろう。
    エリスは鼻息荒くドヤ顔をして言った。

    「なによルーデウス。まだ怯えているの?
     安心なさい。あなたは、あの迷宮のルーデウスやそのお爺ちゃんとは別人よ。
     だって、シルフィもロキシーも生きてるし、子ども達だっているじゃない。

     何より、私がここにいる。あなたの傍にずっといる。もう絶対に離れたりしない!

     ――そうね、クリスが結婚すれば家族が増えるわ!
     あの子に子どもが生まれれば、グレイラット家はますます賑やかになるのよ!!」

    超笑顔だ。自分の未来に、一点の染みも無い。そんな安心を覚える笑顔。
    ……そんなエリスを見てると、なんだか本当にそう思えてくるから不思議だ。

    確かに、俺はもう、あの老人の未来とは別のルートを歩んでいるんだ。
    この世界の未来は、既に彼の手を離れ、不確定になっている。
    そんな不確かな未来に怯えていても、仕方がない。
    どうせ想像するなら、ポジティブで楽しい未来の方が良い。
    ……エリスの言いたいこと、つまりは、そういうことなんだな。

    「……エリスは、流石だなぁ」

    ポツリと。何気なくその言葉が漏れた。
    それを聞いたエリスはニッコリと微笑んだ。

    「ね?だから、そんなに怯えなくていいの。もし誰かが欠けても、誰かが必ず傍にいる。
     絶対に、ルーデウスを一人になんかさせないわ!」

    まるで太陽のような微笑みだ。
    ……ほんと、この人を嫁さんに貰って良かった。心底そう思う。

    「――あ、また泣いてる!もう、本当に泣き虫なんだから」

    気が付けば、ホロリと涙が零れていた。
    でも、なんていうか、哀しいんじゃない。寂しいのでも、無い。

    ……嬉しいんだ。

    エリスの優しさが、大らかさが、とっても温かくて、嬉しかったのだ。

    「ほんと、あったかイデデデ!痛いよエリス!痛い痛い痛いギブギブ!!」

    エリスはまたハンカチで顔を拭いてくれている。だけど、今度は物凄く乱暴だ。照れ隠しなのかもしれない。いつものエリスだ。

    「まったく、いい年して恥ずかしくないの?」

    そう言いながら苦笑する。少し顔が赤い。

    「――ね?もう寂しくないでしょ?」

    「……そうだな。エリスの言うとおりかもな」

    俺がそう言うと、ストンと隣に腰をかけてくる。

    「フフッ。――じゃぁ、あの子の結婚はどうなの?」

    さすが剣神流の猛者。斬り込みが鋭い……。

    「んー?んん……。そうだな。まずはちゃんと、あの子の話を聞くところから、だよな」

    うん。さっきはロクに話もしないで逃げてきたからな。
    まずは、どこの誰が相手なのか、しっかり事情聴取してからだ。
    それで、あちらのご家族と懇談会でも開いて、式の日取りとかを決めないとだな。

    ウチは割と顔が広いから、アリエルとかにも知らせたほうがいいかな?クリフにも。
    王竜王国のオッサン(国王)とかはどうかな?北方三国とビヘイリル王国は……。
    ぐえー参ったな、どいつもこいつも国家の重鎮ばっかりじゃねーか。
    いや、待てよ。アスラって言えば、まずは学校を卒業してからってのが順番じゃないか?

    ってか、あいつ、料理とか掃除とか出来るのか?エリスだってまだまだ怪しいぞ?
    今のまま送り出しても、結局恥をかくのはあの子だからな。そこらへん、しっかりサポートしてやらなきゃ。ああもう!こんな時にギースがいれば(錯乱)!

    ――なんだよ。腹を括ったら、考えなきゃならないことや、やらないといけないことが山積みじゃねーか。ふざけんな。有給も取らないとだし、面倒臭いことこの上無い。

    「フフフ……」

    百面相のように顔色を変える俺を見て、エリスが笑っている。なにがおかしいのよ!

    「もう、大丈夫そうね。クリスの結婚、許したと受け取っていいのかしら?」

    「あん?何を今更。許すも許さないも、むしろ幸せにならないと、パパは承知しませんよ!?
     っていうか、こうなったらとことん豪華な式にしてやらないと気が済まん!

     世界中のお偉い貴族の野郎共を呼びつけてやる!来なきゃ燃やすと脅してでもな!
     アスラのお姫様が羨ましがるくらいの、盛大な式典にしてやる……」

    「アッハハ――だそうよ!」

    俺が半分逆ギレ気味で興奮していると、エリスが大声で叫んだ。
    すると、ドア(壊れかけの)がキィッと開いた。



    「あ」



    そこには、モジモジと佇む、クリスティーナの姿があった――。










                 ーその6につづきますー






    それでは、また。(店`ω´)ノシ




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