無職転生・二次小説 閑話「ルーデウスの一番長い日」 その6
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無職転生・二次小説 閑話「ルーデウスの一番長い日」 その6

2016-12-12 15:18

    「――ほらッ、早く入ってらっしゃい!」



    エリスが大声で呼ばう。
    誰かって?
    隣室からこの寝室に入る出入り口に佇む、クリスティーナをだ。

    クリスはスカートの前をギュッと掴み、モジモジとして入口から動こうとしない。
    呼ばれたはいいものの、部屋に入るに入れずにいるようだ。
    ……ドアの向こう側に、チラチラと白と青い何かが見える気がするが、キニシナイ。

    「ん、もう。子どもなんだから……」

    呆れたように言って、エリスはクリスの手を引いて俺のもとに連れてくる。
    ……うわぁ、ちょっと待って。俺にも心の準備ってものが。
    と、取り敢えず、ベッドから降りて立っておく。そして由緒正しい悪の総統のポーズをだな……。

    「 うにゅぅ…… 

    俺の前に引き出されたクリスは、怯えたように俯いたままだった。
    何かを話そうとするのだが、口元が僅かに震えるだけで、言葉が声にならない。

    「ほらッ!自分のことでしょッ!!」

    「ぴぅッ!!」

    パァンと、いい音が響いた。
    エリスがクリスの背中を引っぱたいたのだ。
    よほど痛かったのだろう。涙目で暫く悶絶していたが、深呼吸をして姿勢を正す。

    「……パパ。
     
     ……ちゃんと、相談しないで決めて……ごめんなさい」

    ペコリと。クリスは日本式お辞儀で頭を下げた。
    逆に俺はドギマギしてしまう。いや、謝るのは俺の方もなんですが。

    「――お、おう」

    ……取り敢えず、それしか言えなかった。
    クリスは頭を上げて、俺の眼を真っ直ぐに見てきた。

    「あのね、パp――ギャァぁァッ!?」

    クリスが突然、俺の顔を見て叫んだ。なに?なにが起きたというのです?

    「パパ……顔、顔が……」

    顔?言われて、俺は自分の顔をペタペタと触る。
    あぁ、エリスに叩かれて腫れ上がったままだったわ。そら驚くわな。
    ――と思った次の瞬間、今度は自分が驚くことになった。

    「神なる力は芳醇なる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん……」

    クリスが、俺の頬に両手をひたりと当て、初級の治癒魔術を詠唱したのだ。
    温かい光が溢れ、顔の痛みが引いていく。

    「クリス、お前……」

    言葉にならなかった。
    家にいた時は、あれほどに面倒がって魔術を練習しなかった子が。

    「うん――ハイ。向こうで、練習、しました……」

    恥ずかしそうに小声でクリスは答えた。

    うちはシルフィやロキシーの考えもあって、子どもには英才教育を施してきた。
    とはいえ、それぞれの性格によって、伸び方はまちまちだったけども。

    ルーシーは俺に気に入られたくて、小さい頃から必死に魔術を練習していた。
    その頃の俺は忙しすぎて、あの子の頑張りを褒めるどころか、見てやってさえもいなかった。
    それが原因なのか、反抗期が長かった(トホホ……)。

    アルスたちにも、そにれよる悪影響が多少あったようだ。
    パパに比べれば、自分たちがいくら頑張ったって――。そう不貞腐れていたらしい。
    (そうはいっても、上の子たちはラノア魔法大学をほぼ首席で卒業したのだが……)

    クリスは俺がベタベタに甘やかしたせいか、勉強や剣術を疎かにしていた。
    ダンスを覚えたり、可愛い服装をしてみたりと、オシャレに夢中になっていた。
    優等生だった姉のルーシーから見れば、クリスのそれは遊んでいるのと同じに見えたらしく、俺の知らないところでよく叱っていたらしいが、当のクリスはどこ吹く風。

    「私はパパのお嫁さんになるから、いいんだもーん」

    それが口癖だった。
    そのクリスが、魔術を使った。これは本当に、今日一番の驚きだった。

    「彼の為に……覚えました」

    開いた口が塞がらないとはこのことか。
    母親三人衆がどれほど口を揃えて諭そうが、姉が叱ろうが、頑なに覚えなかった魔術。
    それが、父親の為でもなく、好きな人の為という理由で習得したという。
    恋する乙女や侮りがたし……。パパとしては、地味に悔しい。

    「……彼の為に?」

    「……はい」

    クリスが顔を赤くして俯き、消え入るように頷いた。

    「あのね、パパ――」

    上目遣いで、クリスは俺に切々と語りかけてきた。





                     *





    クリスが言うには、件の恋人は、それはそれは努力の人なんだそうで。
    勿論、才能は人一倍あったそうだが、それ以上に人一倍努力を怠らない人物でもあった。
    人柄も良いらしく、家柄を鼻にかけず、誰にでも優しく公平に接した。
    また生徒でありながら、学校内の風紀改革にも着手していたのだとか。

    アスラ王立学校はその設立は最近ではあるものの、世界最大の国家が運営する学校であり、貴族の子弟が大勢通う場でもある。そうなると、そこには親元の力関係が如実に反映され、校内ヒエラルキーもそれによって形成されてしまう。

    特に生徒会役員は、上級貴族とその腰巾着で構成されており、校内のルールはその連中がいいように決めていたようだ。教師も口を出せず、むしろ積極的に媚を売っていたらしい。
    (後で知ったが、アリエルはそういう状況を理解していて放置していたとのこと。腐敗は世の常、それを改善出来る人材を待っていたとか。あんの女狐、性根は変わらねーな)

    そもそも王立学校は女王アリエルの意向で、幅広い人材登用と育成を目的に掲げており、貴族だけでなく商人や平民も通うことが出来る。うちも社会的な影響力はともかく、肩書き的には平民だしな。
    だというのに、設立して早々に貴族社会特有の腐敗が蔓延りつつあったという訳だ。ジークもそれで随分嫌な思いをしたらしいし。

    で、件の恋人は、その腐敗の温床である生徒会をなんとかしようと考えた。
    ただ、真っ向から生徒会に切り込んでも、多勢に無勢でやりこめられてしまう。
    そう思った彼は、搦手からの戦略を用いた。
    具体的に言うと、自分の軍隊を持とうと考えたんだとか。

    大勢の人間が通う場ともなれば、必然的にあぶれ者が出てくる。俺やリニプルみたいのだ。
    そういうはみ出し者を、彼は手当たり次第に集めて、丸め込んだらしい。
    端的にいうと、酒を飲んで仲良くなったのだ。

    どうやら品行方正一点張りな優等生かと思えば、案外に洒脱で人間味のある人物のようだ。
    まぁ、酒を飲んだだけで仲良くはなれなかったようで、結局のところ、連中の番長格と果し合いをして、信頼関係を深めたらしい。殴り合い宇宙(そら)だ。

    そんなこんなで屈強な傾奇者どもを配下にした彼は、ついに作戦を開始したらしい。
    内容としては傾奇者たちを、反生徒会連合というか、生徒会と別の自治集団として組織し、校内の風紀粛清と治安維持を任せることだった。

    学校内は一部上級貴族たちの独裁の場であった為、それに追従する輩が好き勝手やっていた。
    平民への暴力や女生徒への性的な嫌がらせ、怪しい薬の斡旋売買などだな。
    こういうのは異世界も、地球世界と大差無いんだよな……。

    んでまぁ、そういう無法状態を、反生徒会連合は徹底的に弾圧し、排除していった。
    勿論、生徒会側も反抗したらしいが、あっという間に敗北したらしい。
    クリス曰く、――"我らの七日間戦争"――とかいう伝説的逸話なのだそうだ。
    生徒たちの殆どは喝采を上げ、彼らの偉業を褒め讃えたという。

    しかしまぁ、よくぞ一人でそこまでやったもんだと思うよ。
    上級貴族ってのは、権力を嵩に着るってのもあるが、案外腕の立つ奴も多い。用心棒替わりに練達の剣士や魔術師を下僕に連れてたりするしな。

    配下にケンカ慣れした奴が多かったってのもあるんだろうが、親の権力に関しては拳でどうこう出来るもんじゃない。だがそこは、ちょっとしたカラクリがあったようだ。
    周到な彼は行動を開始する前に、ツテを頼って女王アリエルへ意見具申をしておいたらしい。そこらへんは自分の実家のコネを上手く使ったんだろうな。

    アリエルと同調した彼は校内の腐敗分子を叩き出し、そいつらは待ち構えていた監察官と騎士たちに引き取られる。
    親元にも同時に捜査の手が入り、贈収賄やらなにやらが出てくるって寸法だ。まぁ、証拠が出ようが出なかろうが、でっち上げてでも罪に落とすんだろう。
    そもそもが、女王肝煎りの学校に腐敗を持ち込んでいるんだ。国家への反逆と捉えても問題無い事案といえる。そういう連中は、普段からアリエルに従順とはいえないだろうしな。

    ――と、まぁ。

    アリエルの目論んだ通り、王立学校を改善する人物は出現した。
    腐敗した貴族の子弟どもと教師を追放し、さっぱりとした校風となる。
    反生徒会連合はそのまま新生・生徒会としてスライドし、調和の取れた運営がなされた。
    それにより、生徒たちは落ち着いて学生の本分をまっとうできるようになった。

    改革を終えた彼は、組織の長となることを拒み、ただの学生として過ごすことを望んだらしい。普通なら、それを足がかりに栄達を望むものなんだろうが……欲の無いことだ。
    だが生徒会には顧問のようなスタンスで関わり続けていたらしい。間違いがあれば、例え戦友相手でも容赦なく糾弾し、より良い方向へと教導していったとか。
    いつしか人は、光り輝くような存在の彼を、誰ともなく「プリンス」と呼ぶようになった。

    -------

    学業に、剣術に、組織運営に――。
    それからも彼は、首席になるのも頷ける程の勤勉ぶりを見せ、謙虚で奢らぬその態度ゆえに誰からも慕われ、陰口を叩く者も殆どいなかったそうだ。
    そりゃ、そんな完璧超人を見たら、誰だって惚れてまうがな。俺も危ないかもしれん。

    クリスは彼を見ていて、自分の至らなさが恥ずかしくなったのだそうだ。
    それまでサボっていた鍛錬と魔術習得に必死になった。
    早起きをして、走り込みをした。木刀を持って素振りをした。
    いつも魔術教本を持ち歩き、詠唱の練習をした。
    体力は徐々に付いてきたが、しかし魔力総量は上がらず、そこは苦労したらしい。
    それでも、諦めずに毎日修練に励んだ。勿論、王立学校の授業も並行してだ。

    少しでも、彼との距離を縮めたい。日に日に募る思い。
    クリスは自分でも何故、これほどに執心するのか理解出来なかった。
    相手は雲の上の人物。自分とは住む世界が違う。人種すら違うのではないか。
    最初から土俵が違うと、何度も挫けそうになった。

    しかし、彼ほど不思議な既視感を覚える人物もいなかった。
    どれほど才覚があっても決して驕らず、飄々と、しかし常人以上の努力をし、成果を出す。
    そんな超人染みた人間はそうはいない。なのに、ひどく懐かしいこの感じは一体……。
    とにかく、クリスにとっては、ひどく気になる人物だった。

    クリスはある日、卒然と気づいた。そう、彼は父である俺によく似ていると。
    だからこそ、彼を気にしていたのかとも最初は考えた。安堵と落胆を覚えもした。

    これは恋では無い。だって、私の一番はパパだから――。

    だけどその気持ちはいつしか薄れていった。
    思春期のクリスとしての興味は、父親から、別の異性へ――。

    なんのことはない。クリスは一目見た瞬間から、彼を好きになっていたのだ。
    いつだって彼を想い、彼の姿を探し、彼の後ろ姿を追いかけ続けていた。
    初めての恋――それに比べれば、父親への憧憬など敵にはなりえないのだ。

    -------

    そうして、彼を横目で追いかけつつ、一年近くを必死に過ごしていた。
    いつの間にか、クリスの努力は結実し、美しくも力強い花を咲かせていた。
    端的にいうと、学術も剣術もトップクラスになっていたのだ。

    毎日の鍛錬により、肉体は美しく引き締まり、面差しに自信が満ちてきた。
    魔術と学問を並行して学ぶことによって、深い思慮と智慧を身に付け。
    宮廷の礼儀作法を尽く習得したその所作は優雅で艶やかに。
    そして、持って生まれた美貌と長身から、周囲から「クィーン」と呼ばれるようになった。

    本来ならば、家柄も低く、こんな目立つ子はイジメの対象になってもおかしくは無かっただろう。かつてのジークがそうであったように、集団は異質な存在を拒絶したがる。
    しかし、クリスの持つ華やかさと、生来の明るく人懐っこい性格とのギャップが、男女に関わらず数多の人心を惹きつけたようだ。

    それに、よくよく考えれば、クリスはアスラ四大貴族であるノトス家とボレアス家という、最上級の血脈を受け継ぐハイブリッド(いやサラブレッドか?)だ。連綿と続いた高貴な血筋の裔であるクリスが、大国アスラの空気に馴染んでも不思議じゃないだろう。

    さらにいうと「クリスたん、萌え~(*´д`*)」なファンクラブも結成されていたらしい。
    それに、当時の学校は風紀が正され、雰囲気が良かったのもあった。
    彼女を取り巻く何もかもが、追い風となってくれたのだ。

    そうして、クリスは一年生総代に選出され、卒業式の司会進行役の補佐を任された。
    その時に司会進行を務めていたのが、二年生総代の彼――「プリンス」だった。

    -------

    「プリンスとクィーン」――周囲は似合いのカップルだと囃したてた。
    クリスはただ狼狽えていた。憧れの人の隣で、まさか自分が卒業式の司会という大役を務める事になるだなんて。

    だが彼は、頼もしくエスコートしてくれた。
    自分の何倍も働いていながら、クリスが動きやすいように心を砕いていた。
    またそれ以外でも、式典の裏方の学生にまで声をかけ、常に誰かを導いていた。
    それは「王子」の名に相応しい、光り輝く姿だった。

    クリスは生きた心地がしなかったらしい。自信も失っていた。
    あまりにも眩しすぎて。自分なんかじゃ、彼の隣にいるのは不釣り合いではないのかと。
    しかし、明日に式典を迎えるという日。すべての行事進行の最終リハーサルを終えた夜。
    彼は飲み物を「お疲れ様」とクリスに渡しながら、こう言った。

    「キミが相方で良かった。噂のクィーンと司会を務められるなんて、光栄だよ」

    クリスは耳を疑った。彼らしいリップサービスだろうとも思った。
    自分はヘマばかりしていたように思う。それに、平民出身なのに一年生総代だなんて、場違いもいいとこだ、……と。
    そんな思惑が顔に出ていたのだろう。彼は眩しそうな顔をして微笑み、そして――

    「ずっと、君を見ていたんだ、クィーン……クリスティーナ・グレイラット」

    クリスを真正面から見て、ハッキリとそう言った。





                     *





    ――と、ここまでがクリスの一年目らしい。
    なんつうか、聞いててどんな顔したらいいか、途中からわかんなくなったわ。
    笑えばいいと思うよとか言う奴がいたら、多分俺はそいつに握撃をかますと思う。

    しっかし、「プリンス」が俺に似ているってのは、ねぇ?
    俺はそんな勤勉でもなければ、人を導くほどリーダーシップは無いし。
    まぁ、クリスはそれだけで彼に惹かれた訳じゃないんだろうが……。
    最初は俺の面影を追っていたのが、いつの間にやら彼自身の魅力に魅入られた。……まさに、ミイラ取りがミイラになったって奴だろうな。

    さて――。

    一年目の話が終り、二年目については割愛させてもらおう。ハッキリ言ってノロケだった。
    どうりで去年は里帰りして来ないと思ったんだ。一年ずっとイチャついてたのか(怒)。

    ……まぁ、俺もシルフィとイチャラブしてたし(照)。
    ……ロキシーとも、イチャコラしてたし(追憶)。
    ……エリスには、襲われてばっかりだったけれども(赤面)。

    こうして考えると、俺たちはトコトン親子なんだなって思うわ。
    思い込みが強くて一途なところは母親のエリスそっくりだし。
    なんつうか、そう思えば、今回の件も納得出来なくもないな。
    昔のエリスも、俺を守りたい一心で剣王になったように、クリスも彼に恥ずかしくない自分である為に頑張った結果、学年総代にまでなった訳だから。

    ……恋のチカラ、って奴かね。そいつは、父親じゃ勝てないのかもなぁ。

    「――パパ?」

    ふと見れば、クリスは顔を曇らせている。……なんだ?

    「パパは、その……」

    何かを言い淀んでいる。
    いいよ、なんでも言いなさい。パパはもう怒らないから。
    俺は慈愛顔でそう言った。

    「パパ……。

     パパは……わたし達がいなくなったら寂しいって、本当?」

    ……聞かれてたのね。一体、ドコカラ?一体、ドコマデ?



    ………………。

    …………。

    ……。



    ぶああぁぁぁッ!恥ずかしい!!


    うおー。顔から火を噴きそうだ。恥ずい。恥ずかしくて、恥ずか死ぬ!
    などと意味不明な供述をしつつも悶絶する俺の頭を、ぺしっと叩く人物がいた。

    「――ほら。父親なんでしょう。しっかりなさい」

    エリスさんでした。さーせん。
    俺は彼女の後押しを受けて、深呼吸をしてからクリスに顔を向ける。

    「……寂しいよ、とっても。子ども達はみんな、パパの宝物だからね。
     
     本当は、ずっとずっと、この家でパパと一緒に暮らして欲しいくらいだ」

    「パパ……」

    クリスの瞳が揺れた。少し、潤んでもいる。

    「……そっか。寂しいんだ」

    ポツリと俯いて呟く。

    「……でもね。お前たちが成長して、巣立っていくことは、嬉しいんだよ。それは本当だ」

    「うん……」

    「――それにね」

    俺は続ける。

    「パパがママ達と結婚して、お前達が生まれて、パパはずっとずっと幸せだったんだ。
     毎日が楽しくて、毎日が幸せで。挫けそうな時でも、家族がいると思うと頑張れた。
     父親として、これは本当に、本当のことなんだ。
     
     愛する人と結ばれて、その人との子どもを産み、育てる――。
     それは、とっても大切で、とっても大事な、人としての物語なんだ。
     まぁ、パパの物語は、もう半分以上過ぎちゃったんだけど。
     でも、まだまだ綴られていく筈なんだ――この幸せな物語は。 

     ――だから、今度はお前にも、その幸せの意味を知ってもらいたい。
     お前と、お前の愛する人との物語を、これからは自分達で綴っていって欲しい。

                              ……今は、そう思っているよ」
     
    長々と言ったが、俺はじんわりとした心持ちで、そう締めくくった。
    クリスはうるうると瞳を潤ませて、感極まったように抱きついてきた。
    子どもに戻ったように、俺の胸の中で、う~う~と唸りながら泣いた。
    俺も、幼子をあやす様にして、抱きしめた。

    「――パパ」

    暫くして、泣き止んだクリスがポツリと言った。

    「ん?」

    「……クリスは、あの人のお嫁さんになりたいと、思います」

    「……そっか。うん、そうか。そうだよな」

    「……許して、くれますか?」

    「許すも、許さないも、無いよ」

    俺はクリスの両肩を優しく掴み、そっと身体を離した。
    涙でベシャベシャな娘の顔を、愛おしく眺め、それからこう答えた。

    「……幸せになりなさい。彼と一緒に。

     ――っていうか、幸せにならないと、パパ怒るからね?」

    そうして最後にメッ!っという顔をした。
    甘えん坊のクリスに、俺は怒るに怒れず、いつもこうやっておどけていたんだよな。
    それを思い出したのか、絶賛ベソかき中の彼女もプッと吹き出した。

    「プッ……フフフ」
    「ンフフフ……」

    二人で少しだけ笑い合って、でも笑ってる最中に涙がこぼれてきて、気恥ずかしくて、俺はもう一度クリスを抱き寄せた。全身で彼女の温もりを感じるように。


    「クリス……生まれてきてくれて、ありがとう。
     

              パパはお前を、いつまでも、いつまでも、愛しているからね――」


    「パパ――」




    窓の外の雪は相変わらず、頼りなく、あわあわと、優しげに降り続けていた――。





                     *




    その後、俺はエリスとクリスを伴って部屋を出た。
    出たっつうか、寝室(愛の巣)の隣はテーブルや椅子を設置してある小部屋なんだが、そこにシルフィとロキシー、アイシャやリーリャ、それとゼニスが待機していた。
    まぁ、散々気を揉ませたし、悪いことしたな……と一瞬考えたが、ふと見れば、卓上には所狭しとお菓子類が並べられていた。ジュースもお茶もある。

    (……なるほど。俺たちを肴に、隣でくつろいでいたのか)

    どうりで俺たちが部屋から出ると、みんなギクリとした訳だ。

    「あ、ル、ルディ、話し合いは、終わったみたいだね?」

    シルフィが摘んでいたポテチを慌てて皿に戻して言った。
    うん、ポテチってやめられない止まらないよね。

    「ンッがっぐっぐ……」

    どこかで聞いた覚えのある呻き声に横を見れば、青い頭はドライフルーツの砂糖漬けを頬張り過ぎて、目を白黒させていた。なんだろう、この愛らしい生き物。いや、神か。

    「うん、終わったよ。悪かったな、心配かけて」

    俺は何も見なかった風を装い、何気なく応えた。

    「クリスの結婚は許した――ってか、そんな偉そうには言えないけどさ。
     とりあえず、近いうちに向こうの親と話し合わないとだな」

    そう言うと、シルフィとロキシーは顔を見合わせて深く息を吐いた。
    リーリャもアイシャも胸をなでおろしている。

    ゼニスはゆっくりとこちらに近づくと、俺の目をぼんやりと見て、それから薄らと微笑みながら、俺の頭を撫でてくれた。うーん、いつになってもいいなぁ、これ。

    「……あれ?」

    そういえば、一人足りない。アルスがここにはいない。

    「んぁ~、アルス君なら外で素振りしてるよ」

    と、アイシャがやれやれという感じで教えてくれた。
    どうやらアイツは昏倒から目覚めたあと、自らの未熟を痛感して、この雪の降る外に出て素振りをし始めたらしい。

    「剣帝になって思い上がっていた。まだまだ母さんの域には程遠かった……」

    ――などと供述していたそうな。

    エリスが肩書きなんぞどうでもいいと、いつも言ってたもんな。
    それにしても、上り調子の若者より強いって、どういう母親なの……?
    よくよく考えると、エリスが暴走したら、この街で止められそうなのは、オルステッドとアレクくらいしか居ない気がしてきた。……猛獣か、ウチのカミさんは。
    そのエリスはテーブルの上のポテチやらをモシャモシャ食べていた。

    「ねぇ、いい加減、お腹空いたわ。ご飯にしましょうよ」

    そういや、朝に軽く食べたっきりで、俺も腹が減っていた。
           ・ ・ ・
    「んじゃ、夕飯ついでに、クリスの婚約記念晩餐会にしようか」
             ・ ・ ・
    「え~!私の婚約がついでなの~!?ヤダそんなの~!!」

    ぷりぷり怒るクリス。しかし彼女も空腹だったのだろう。お腹の虫が盛大に鳴り響いた。

    「アハハ――それじゃ、ご飯にしようか。支度は出来てるからさ」
    「頃合を見計らって温めておきましたから、すぐにお出しすることが出来ます」

    家事担当のシルフィとリーリャがそう音頭を取った。
    なんとも頼もしい。我が家はまだしばらくは安泰だ。

    「よし――それじゃ、行こうか」

    「うん!お腹空いたッ!!お家のご飯、超久しぶり~ッ!!」

    俺とクリスは手を繋ぎ、並んで歩く。
    そうしていると、毎日のようにこうしていた昔を思い出す。
    小さな女の子だったクリスは、今では俺と大差の無い背丈に。
    綺麗になって、愛する人を見つけ、自分の将来を見据えている。
    近い将来、この末の娘は俺の懐から巣立っていく。

    だから俺は願った。別になにかにって訳じゃないけれども、俺は願った。
    ほっそりと、だが力強い手を握り締めて、その体温を噛み締めつつ。



    ――願わくば、あと少しだけ。



    もう少しだけ、こうして過ごしていたいものだ――。



    -------



    ガンガンガン――。

    宴もたけなわの頃、玄関のノッカーが鳴り響いた。
    足の具合の良くないリーリャに代ってシルフィが応対に出る。
    暫くして、シルフィが食堂に戻ってくる。……む?なんか、顔がニヤけているような?

    「ルディ、お客さんだよ。玄関で待ってるって」

    ぬ、俺に?
    こんな雪の降る夜に、一体誰だろう。そう思いつつ立ち上がって玄関に向かう。
    うおー、食堂から出ると流石に寒いな。客人もさぞや凍えていることだろう。
    氷のように冷えたドアノブを回し、俺は扉を開けた。

    「お待たせし――」

    声が途中で止まった。声っていうか、思考が、かな。
    それだけ、俺を訪う人物が意外だったからだ。

    「よぉ――こんな時間にすまないな」

    白い息を吐きながら、その人物は言った。
    男性だった。年の頃は40代半ば。俺よりは少し上。
    背、格好は俺とどっこいどっこい。
    顔立ちは俺と似ているようで、俺よりも随分と色男だ。

    ――客人はルークだった。

    ルーク・ノトス・グレイラット。俺の従兄弟に当たる人物。
    アスラ四大貴族の当主でもあり、女王アリエルの懐刀。つまりは国家の重鎮だ。
    なんだって、そんな要人がこんな時間に……?
    俺の顔色を読んだのだろう。ルークはニヤリと笑うと、

    「実はな、連れがいるんだ。おい――」

    と言って身体をズラした。ルークの背後から、彼よりもやや背の高い若者が姿を見せた。

    「ん……」

    その若者はどこかで見覚えがあった。確か、アスラ王国の式典で……。

    「――あ」

    絶句した。若者の正体に思い当たったからだ。
    ルークはと見れば、ニヤニヤしている。

    「お久しぶりです、ルーデウス師。夜分に失礼致します――」

    若者は丁寧に挨拶をした。挨拶をして――照れくさそうに微笑んだ。
    俺は口をぱくぱくするしかなかった。
    おいおい……どういう嫌がらせだってばよ?

    だってさ、この若者ってばさ――。

    「お前が馬の骨の顔が見たいっていうから、わざわざ連れてきたんだぜ?」

    ルークが楽しくて仕方がないといった顔をして、そう言いやがった。



    ――あん?馬の……骨?



    俺は視線を若者に戻す。



    ……え、ちょっとまって、もしかして、馬の骨って、おいィ?



    「えっと――その、馬の骨です」



    苦笑いする若者――馬の骨氏。確か彼は、女王アリエルの息子である。



    アリエルの息子ってことはつまり、アスラ王国の王子ってことな訳で――。











    ――はぁ?









                 ーその7につづきますー





    それでは、また。(店`ω´)ノシ







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