無職転生・二次小説 閑話「ルーデウスの一番長い日」 その7
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無職転生・二次小説 閑話「ルーデウスの一番長い日」 その7

2016-12-26 21:17
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「――いやぁ、まさかお前……、いや、殿下がクリスの彼氏だったとはね」



アイシャが淹れてくれた熱々の紅茶を飲みつつ、俺は目の前の若者にそう言った。
若者は照れくさそうに苦笑する。
俺は彼を殿下と呼んだが、それも当然である。なにせ大国アスラの王子なんだから。
ザノバも王子だったけど、格の上では別物だ。三輪車とF1くらいの差と言える。

そんな大国の若き王子が、国家の重鎮であるルークを伴い、雪降る夜に訪ねてきた。
外交的にというか、普通に一大事である。本人たちは案外に暢気なものだったが。

とはいえ凍える寒さの玄関から、暖炉のある暖かい食堂に俺は招き入れた。
マグカップに熱々のスープを注いで供したところ、それは大好評だった。
雪の降る中をやってきた二人にとって、それは何よりの持てなしだったろう。

そうして、身体が中から温まった頃合で、俺は話を切り出した。
勿論、なんだって今時分に来訪したか、だ。

どうやらルーク達を呼び出したのは、シルフィだったようだ。
俺とエリスが言い合いをしてる最中、クリスから詳しい話を聞き出した彼女は家を抜け出し、オルステッド・コーポの社屋に向かった。そこに設置されている通信石版を使うためだ。通信先はアスラ王室。
俺が不貞腐れて話が拗れた場合を考えて、ルークに事情を話し、当事者である王子に渡りを付けてもらおうと考えたらしい。

結果的に、俺はクリスの結婚に納得したので無駄足といえばそうなんだが。
……ってか普通、平民の親子ゲンカに王子様を担ぎ出そうとするかね?
俺がそう言うと、

「え?あ~、まぁ、アリエル様なら笑って許してくれると思うし……」

などと宣い、エヘヘ……と、頬をポリポリするウチのカミさん(白)。
なんつうか、怖い。この主従、俺よりも信頼関係厚いんじゃないの?

そんでもって、連れてくるルークもルークだよ。いくら女王の懐刀だからって……。

「あぁ、まぁ、アリエル様には一応、話は通してあるからな。問題ないだろ」

とか、この野郎までそんな事言いおった。ヤダもう、こんな専制君主国家。

ヤダついでに、もうひとつふたつ愚痴を。
招き入れられたルークが食堂に顔を出した時、アイシャが普通に、

「あ、ルーク様じゃん」

などと言い放った。こいつ、全然成長してねえと頭を抱えかけたが、ルークはルークで、

「よお✩」

と、イケメンスマイルでウインクしやがった。指二本立てて。真似したい、その笑顔……!
どうやらアイシャはアイシャで、ルード傭兵団の責任者として定期的にアスラに出向いてるらしく、その縁でアリエルやルークとも顔馴染みになっていたようだ。
なんていうか、そのうち、この世界全てに顔パス利かせそうなんだよな、うちの妹……。

そんでもって、二つ目。
食堂にて、丸まった毛玉(レオ)に深く埋まり、のんびりくつろいでいるウチの次女。
名前はララ。グレイラットさんちの娘さん。

こいつ、今日はクリスが帰省するから早めに帰ってこいと言いつけておいたんだが、全然帰ってこなかった。
なんでかっていうと、

「水晶玉に、腫れたパパの顔が映った。これは、なにかしら揉めるなって」

そう思ったから、頃合を見計らって戻ってきたんだとか。……どいつもこいつも、トホホ。

-------

と、まぁ。愚痴はおいておいてっと。
話を聞きつつも軽く軽食を出したりして、二人にはくつろいでもらった。
俺の主な関心事は、王子の気持ちである。
よりによってウチのクリスを、なんだって結婚相手に選んだのかが聞きたかった。
だってこの子、大国の皇太子ともいえるやんごとなきご身分ですのよ?それの岳父になるっていうのはさ、メッチャ緊張するっつうか。

まぁ、ウチのほかの子にも、アスラの貴族連中からひっきりなしに見合い話は舞い込んできてたけどさ。やっぱ王家と婚姻とかになると、背筋が伸びるっていうか。
あぁ、そういやジークには王女との縁談も持ち上がってたけど、あいつはそれを蹴って男友達の元へと走った。……これは語弊というか、誤解を生む表現だな(意図的)。

「えっと……、笑わないで頂けますか、ルーデウス師」

俺に対して、常に礼儀を尽くすその姿勢は非常に好感が持てる。さすがプリンス。
しかし"師"呼ばわりは、なんだか恐縮してしまうな。

そういえば、俺はこの王子殿下に魔術を教えてたことがあったんだよな。
オルステッドの仕事が無い時、月に一、二度ほど。まだ彼が子どもの頃だ。
だからか、こいつは未だに俺を師と呼ぶし、俺も当時のイメージが抜けきらない。
まぁ、俺がロキシーを時々「先生」と呼ぶのと同じだろう。

-------

んでまぁ、王子殿下の話なんだが。
どうやら王立学校でクリスと出会う前にも、面識があったらしいんだな。
それはアリエルが末子を産んだ祝賀パーティでのことだった。

俺は家族を連れて、アスラ王国に来た。勿論、クリスも連れている。
パパっ子なクリスは俺にべったりだったが、人でごった返す祝賀会場でついついはぐれてしまった。俺を見失い、不安になってメソメソ一人で泣いていたクリスを見つけ、手を引いて一緒に探してくれたのが幼少時代の王子殿下だったという訳だ。

「神の悪戯というべきか、導きというべきなのか……」

祝賀パーティ当日、王子は退屈で仕方が無かったらしい。
主役は女王アリエルと生まれたばかりの末っ子だったから、文句も言えない。
仕方なしにブラブラしていて、泣いている女の子を見つけたって寸法だ。

最初は泣いていた女の子――クリスも、年の近い少年と手を繋いでいるうちに安心したのか、段々と喋るようになっていった。
特によく話したのが、父親である俺のことだったらしい。
世界一の魔術師だとか、みんなが凄い、偉いと言うんだとか、とにかくベタ褒め。
王子は最初こそウンウンと聞いてあげてたが、段々と面倒になったらしい。
なにせ、自分は父親というモノがどういうものか、知らないからだ。

母親はいる。アスラ王国を統べる、女王のアリエルだ。
しかし、彼女は王族や貴族の慣習に倣い、産んだ子どもはすべて乳母や教育係に預けていたので、下々の感覚での母親という感じでは無かったようだ。

教育係の一人はアスラ七騎士の一人、『王の城壁』シルヴェストル・イフリート卿。
痩せた小男だったが、忠義に厚く、特に人材育成に辣腕を振るう才人である。
王子が生まれた時に付けられた人物で、当時から既に年配だった。
なので「爺」と呼びこそすれ、父性を感じることは無かった。

父と母という物をあまり知らず、かといって愛が足りない訳では無いという不思議な環境。
教え込まれるのは国をいかに統べるか、人をいかに使っていくかの帝王学。
しかし偏った人格にならないように、様々な層の人物とも交流をさせる。
俺の魔術講座も、その一環と言えたのだろう。下世話な人間ですからね、フヒヒ。

とまれ、幼い王子はそうして育ってきた。だから、クリスの語る家族像というものが、本当のところ、完全には理解出来なかった。
理解は出来ないながらも、この少女は父親を尊敬し、愛しているのはよくわかった。
でも、ちょっとむかっ腹も立ったそうだ。今、この子をエスコートしているのは自分なのに、なんで手を離した父親を褒めているんだ、と。

でも、面白い話もあったらしい。父親が魔王と戦ったり、迷宮を探検する話だ。
勿論、幼いクリスの話だ。さぞや出鱈目にデフォルメされた拙い物語だったろう。
王子も、まさかそんな物語の英雄染みた人物が、こんな少女の父親な訳があるかと思っていた。

しかし、クリスの手を握りながら王宮内を案内しているうちに、なんだか自分がお姫様を守る剣士の気分になってきた。
そう思えば、足取りも軽くなってくる。勢いに任せて、王宮のあちこちを案内した。クリスも喜んで見て回った。

――王子にとっての、これが初めての冒険だった。

-------

小一時間ほどの冒険のあと、王子たちは俺を見つけた。いや、見つけたっていうのは語弊があったな。こっちが見つけたんだ。
発見者は、魔導人形の"アン"――サイレント・ゼブンスターとして連れてきていた――だ。

「マスター・ルーデウス。クリスティーナ様を発見しました」

"アン"に呼ばれて駆けつけた俺に、クリスは満面の笑みで抱きついてきた。
その時、今まで繋いでいた手を離されて、王子は悔しくなったらしい。
でも嬉しそうなクリスの顔を見て、なんとなく納得したんだとか。
この人の胸の中が、この世で一番安心出来る場所なんだろうな……と。

その時、王子に歩み寄る人物がいた。教育係のシルヴェストル卿だ。
彼は俺と一緒に、クリスを探してくれた。勿論、王子の捜索も兼ねてだ。

その時のシルヴェストル卿とのやりとりを、王子は微細に語ってくれた――

-------

「殿下、お手柄でしたな」

謹厳実直を絵に描いたような小柄な男は、珍しく柔和な微笑みを浮かべていた。
いつになく上機嫌なのを訝しみ、王子は浮かんだ疑問を尋ねる。

「爺、あの少女とその父親は何者だ」

それは当然の疑問だった。
明らかにシルヴェストル卿は少女の父親に最大の敬意を払っていた。
卿は確かに中級貴族であり、それほど権門という訳では無い。
そうはいっても大国アスラの貴族である。そこらの小国の国王などよりも遥かに格上だ。特に彼は女王アリエルの信頼厚い七騎士である。王城警護の最高責任者でもある。

有能な教育係として、さらに有徳な男としても、幼い自分に薫陶を与え続けてきたシルヴェストル卿は、誰よりも尊敬に価する騎士だと思っていた。
その彼が、風采の上がらない男にまるでかしづくかのように振舞っていた。
幼い王子にとって、驚天動地ともいえる光景であった。
それに対する卿の答えは、ごく簡単であった。

「あの御仁は、それはそれは凄いお人なのです」

また、凄い、だ。なにがそんなに凄いんだ。
少年らしい、ちょっとした敵愾心みたいなものが口をついて出た。

「そうですねぇ……。あの御仁の行跡だけでも凄まじいのですが」

そう言って、よどみなく、つらつらと述べていく。

曰く、三歳で中級魔術を操り、五歳で水聖級魔術師となった。
曰く、女王アリエルを護り抜いた伝説の魔術師『無言のフィッツ』を育て上げた。
曰く、十歳時に転移事件に遭遇、ボレアス家の息女を護りつつ、危険な魔大陸より帰還した。
曰く、A級冒険者時代、凶暴なる赤竜と単騎で対決し、これを撃破した。
曰く、強力無比なる不死身の魔王を、中級魔術によるただの一撃で粉砕した。
曰く、様々な魔術の深奥を極め、無詠唱で放たれるそれは地形すらも容易に変えた。
曰く、亡国での防衛戦において、100万の軍勢を相手取り、そのすべてを薙ぎ払った。
曰く、妻を愚弄され怒り狂い、見渡す限りの大森林を一瞬にして焼き払った。
曰く、魔導鎧なる武装を身に纏い、七大列強二位『龍神』と互角に戦った。
曰く、非力と言われる魔術師でありながら、列強七位にその名を刻んだ。
曰く、七大列強三位『闘神』と真っ向勝負をし、見事封印せしめた――。

曰く、曰く、曰く、曰く、曰く――。

あまりにもその行跡、あるいは業績が凄まじすぎて、王子は途中から聞き流していた。
想像を超える来歴に、幼い脳の理解力が悲鳴を上げたからだ。

「まぁ、男として一番凄いと思うのは、妻を三人も娶ったところですかな?」

などと言い、ウインクをした。この男にしては珍しく、茶目っ気のある行動だった。
しかも聞けば、その三人の妻の誰もが世界有数の人物だという。

「先ほどの少女は、噂に名高い狂剣王エリス様との御息女でしょう」

赤髪の狂剣王の話は、王子も知っていた。自身の剣術指南が剣王ギレーヌだったからだ。
聞いた噂では、仲間と二人がかりとはいえ、列強六位『剣神』を破ったという。
その時の『剣神』は、『闘神』や『鬼神』『北神』と手を組んでいた。ならばこそ、よもや二人がかりでも卑怯とは言えまい、というのが腕に覚えのある者たちの言だ。

また、他二人の妻も『水王級魔術師』だったり、実は伝説の『無言のフィッツ』その人だったりと、まるでびっくり箱を開けてしまったかのような気分になった。

「ふはぁ――」

あの少女の言っていたことは本当だった。本当に、凄い父親だったんだ――。
素直に尊敬の念が湧いてきた。少年らしい憧憬も抱いた。
それに比べて――と王子は思った。

自分は、ただ大国アスラの王子として生まれただけで、自身では何も為し得ていない。
生まれつき利発だったので、学術も魔術もそれなりにこなしてきた。剣術もだ。
しかし、それだって三歳や五歳で歴史に名を残すほどのレベルでは無い。
どれほど懸命にエスコートしようが、あの少女にとって自分は、偉大な父親が現れるまでの間に合わせに過ぎなかったのだ――。

落胆が顔に出ていたのだろう。それを察したシルヴェストリが声をかけてきた。

「んん――。まぁ、あの御仁も、最初から凄かった訳ではないのでしょう」

「三歳で中級魔術を扱えたといっても、師について学んだ時期があるそうですから。
 血の滲むような努力で、世界最高の魔術師になったんでしょう。
 ただ、その生まれついての才と、努力のレベルが常人と違うだけで……」

努力――。
そうか。どんな偉人でも、初めは素人であり、修練を積むものだ。あの人だって、きっと想像も出来ないような努力の積み重ねで、英雄になっていったのだろう。
ならば――。

自分はまだ、子どもなのだ。努力する時間などいくらでもある。
さらに師事する相手は豊富にいる。『王の猟犬』ギレーヌ、『王の大剣』シャンドルなどは、世界でも有数の強者だ。聞けばシャンドルなどは『北神二世』だという。
そして『王の大盾』レイダ・リァは『水神』である。剣術に関して何ら不足は無い。

魔術に関して、アスラは魔法三大国と国交がある。優秀な講師を招聘することも可能だろう。
自分にどんな才能が眠っているのか、あるいはそれほどでもないのか、今はわからない。
だが、何もせずに不貞腐れていても成長は無い。

前だけを見て、上だけを目指すんだ――。

自分が世界一になれるなんて、今はとてもではないが思えない。
赤竜や魔王と一騎打ち出来るようになるとも、世界史に名を残せるとも思わない。

でも、せめて――。

王子は自分の手を見る。柔らかく、苦労知らずな幼い手を。

――せめて、一人の少女から信頼を寄せられるくらいには、なりたいと思う。

その時、王子はまだ二人の名前を聞いていないことに思い至った。

「爺、あの人の名前は、なんというのだ?」

「おお、これは失礼を――。

 あの方のお名前は、ルーデウス・グレイラット。
 世界最高峰の魔術師であり、最近は『魔導王』とも呼ばれているそうですな。

 本来は、アスラ四大貴族ノトス・グレイラット本家の御嫡流の血筋であられるそうで。
 ――あぁ、いってみれば、殿下の遠い縁戚と言えますな」

ルーデウス、ルーデウス・グレイラット。『魔導王』……。
僕にも、あの人と同じ血が流れているのか……。
そう考えると、王子の全身の血が熱くなった気がした。我知らず、握り拳に力が入る。
その様子を見て、シルヴェストルは優しい微笑みを浮かべた。

「そしてあの少女はクリスティーナ。クリスティーナ・グレイラット。
 母君のエリス様も、本来の出自は四大貴族ボレアス家であります。

 つまりあの少女は、伝統あるノトスとボレアス両家の血脈を受け継いだサラブレッド。
 下手な小国の姫君よりも、なお気高き血筋と言えましょう」

そう言ってから、初老の騎士は悪戯っぽく笑った。
 
「……恐れながら、王子のお相手としても、申し分ないかと」

言葉の意味を理解した瞬間、カッとなった。きっと、顔も真っ赤になっていることだろう。

「な、なにを言うんだ、爺ッ!!」

「ハッハッハッハ。これは失礼を――」

朗らかに笑う老紳士の胸をポカポカと何度も叩いた。照れ隠しだ。
それから、去りゆく親子を見やる。

世界一の父親と手を繋ぎ、楽しそうにしている赤毛の少女。
彼女と手を繋ぐ、彼女の隣を歩く資格は、今のところ自分には、無い。
だけど――。

「……爺」

「――ハッ」

「祝賀会が終わり次第、僕の授業計画の再検討を」

「……ふむ」

「僕に、出来る限りのことを教えてくれ。教育係である爺を、信頼している」

「……ハッ、畏まりました」

王城の守護者は、まるで侍従のように深々と頭を下げた。
頭を下げながら、横目でこっそりと王子の顔を盗み見る。
先刻までは、年齢相応の幼ない顔。しかし今は、目標を見つけた男の顔をしていた。

――これは、この老いた身にも、先々の楽しみが増えましたぞ。

老騎士は、そうほくそ笑みながら、頼もしげに幼い王子を眺めていた――。

-------

「――いや、お恥ずかしい」

語り終えると、王子は深く息を吐いた。
空になったティーカップに、そつなくアイシャが紅茶を注いだ。爽やかに礼を返し、王子はそれを美味そうに啜った。

「はぇ~……」

俺は開いた口が塞がらなかった。勿論、呆れた訳では無く、感心したからだ。

「そんな小さい頃のことを、よくもまぁ覚えていたもんだね」

正直、俺だってそんな些細な出来事、忘れてたよ。

「当然です。今の私を、決定づけた出来事ですから」

王子は今度は照れずに背筋を伸ばし、俺を真正面から見てそう答えた。
うーん、イケメンだなぁ……。
そう思いつつ、俺もお茶を飲もうと思ったが、カップは空だった。
見ればアイシャはクリスと「いい男じゃん!」とか囁き合っている。
アイシャさんや……ガールズトーク前に、お兄ちゃんにも紅茶を入れて欲しかったよ……。
仕方が無いので、セルフ魔術で白湯を出して飲んだ。侘しい。

ふーむ。クリスとの馴れ初めは、これで大体理解出来た。
つまりは、アレだ。一目惚れみたいなもんか。
話を聞いてると、最初は俺へのライバル意識っていうか、男の子らしい意地から始まったような気はするが。
でも、その根っこには、可愛い女の子に振り向いて欲しいという、ええカッコしい気持ちが見え隠れしていて、健気だ。わかる。

……でも、だからって十年近くも期間が空いて、よく気持ちが続いたもんだ。
他にも、可愛い同級生に目移りしたり、各国からの縁談なんかもあったんじゃないの?
そう言うと、彼は顔を赤らめて答えた(フッ、若いな……)。

「それは、その……。自分を鍛えるのに必死だったので……。

 それに、各国の王家からの打診はあったようですが、母上が察してやんわりと断ってくれて いたようで……。
 母上からは、よくからかわれました。

 『赤毛のあの少女には、どんな殿方との縁談が舞い込んでいるやら――』と。

 それと、ルーデウス師の個人教授の時、さりげなくご家族の様子を伺ったりとか……。
 あとは、その……、王立学校で彼女を改めて見て……、あの――惚れ直したというか」

んあ――。

おっと、また口を開けちまった。いかんいかん。
そういや、個人教授の時に、やけにウチの様子を聞いてくると思ってた。そういう下心があったのか……。ハハハ、こやつめ(ビキビキッ)。

つーか、アリエルの援護射撃の後押しもあったのかよ……。息子焦らせるとか、マジ怖い。
どんだけウチと縁を結びたいんだよ……。


それはまぁ、置いておいて――。
彼が言うには、王立学校にクリスが入学するのを心待ちにしていたんだそうだ。
設立した側だからな、こっちの動静は把握出来るだろう。先にアルスやジークも入学していたわけだし。

クリスが入学したら、本当はすぐに声をかけようかと考えていたらしい。
しかし、思いとどまった。十年も前のことをクリスが覚えているか不安だったのと、王子である自分が公の場で新入生に声をかければ、噂になってしまうのでは、との考えからだ。

それに、アスラ貴族の間でのグレイラット家への評判も気になった。簡単にいえば、格下の平民の分際で、王家からの覚えが良いことへのやっかみだな。

そうはいっても、表立ってウチの子をどうこう出来る輩はいなかった。
アルスは入学当時、既に剣神流聖級という半端じゃない強者だったし、魔術の腕もかなりのもんだった。ラノア魔法大学も首席は逃したものの、トップクラスの成績で卒業したのは間違い無い。それに勤勉さ、品行方正さでは兄弟の中でルーシーに次ぐ。つまりは、隙の全くない超優等生って訳だ。オマケに母親譲りの美少年だったからな。

ジークは外見と、普段の素行から問題児だったようだが、それでも北神流の猛者である。
兄弟のどちらへも、不逞貴族といえど、うっかり手出しは出来なかったという訳だ。
しかし妹だったらどうか。それも、剣術も魔術も大したことがなければ……。

アスラ貴族の変態趣味は有名である。その子弟どもにも、それは漏れなく遺伝している。
王子が入学する以前から、表向きは普通の貴族学院のようでいて、水面下では荒れていた。
家柄を後ろ盾にしてのやりたい放題。乱れた性獣の放牧場のようだったという。
示し合わせて、多人数で女子生徒を拐かすことも平気でやる。

そんなとんでもない場所に、クリスを迎え入れる訳にはいかない。
だからこそ、王子は入学する何年も前から入念に計画をした。根回しもした。
入学してからは精力的に動いた。邪魔もされたし、危険なこともあった。
だけど挫けなかった。すべては、想い人クリスを護るため――。

「……なんとまぁ、涙ぐましい」

王子の決意と行動力、その持続性には脱帽するしかなかった。
クリスから前もって聞いてはいたが、実際当人を目の当たりにすると、もう納得するしかなかった。だって、オーラが半端ないんだもん。俺にはないもんね、こんな輝き。

「いやぁ……」

しかも面映く照れている。素直過ぎて可愛い。

「でも、うちの娘は甘ったれのまま入学させちまったから、幻滅しなかったのか?」

白湯を啜りながら(味気ない)、俺は聞いてみた。
すると彼はにっこりと微笑んだ。

「甘えん坊なのは、初対面の時から知っておりました。
 それに、彼女はみるみるうちに成長していきましたから……」

あぁ、彼を見習って、努力を重ねたって奴か。まぁ、そうだよなぁ。
あんだけ魔術も剣術も、学術も物臭がっていたあの子が、学年トップになるんだもんなぁ。
ん~、でもアルスの妹だし、ポテンシャルはあったのかもしれんね。

「アルス様の残した業績は、王立学校では未だに語り草ですからね。
 剣術は剣神流聖級、その上無詠唱で上級魔術を軽々と放ち、学術も優秀。加えて品行方正。
 はっきりいって、あの方ほど優秀な人材は、王国には見当たりません」

いやぁ、照れるなぁ。
王子様から褒められちったよ、俺のムスコが。さすが俺のナニだ(違)。
ちらりと見ると、すまし顔のアイシャの鼻の穴がヒクヒクしている。なにあの生き物。

ふぅ――。
長々と話を聞いてわかったけど、本当にこの王子様はクリスのことが好きみたいだな。
誠実だし、優秀なんだろうし。彼になら、娘を任せてもいいかなと思う。

思うんだけどさぁ……。

「あの、ルーデウス師……?」

俺が腕を組んで考え込んでしまったので、王子は少々不安になったらしい。
食堂の空気は、ほんの少し、固くなった。
それをほぐしたのは、驚いたことに今まで寡黙だったルークである。

「――いいんだぜ?この訪問は非公式だ」

彼はゆったりと座り、紅茶を嗜んでいる。嫌味なほどイケメンな仕草がサマになっていた。
俺はルークを見る。彼も俺を見ている。

「……いいのか」

「フッ――。俺はお茶を飲みに、ここへ訪れただけさ」

俺が聞くと、ルークはそう言った。それからアイシャにお茶のおかわりを所望する。
つまりルークは、ここで起きたことは、不問に処すると言外に匂わせているのだ。
彼のその心意気に、俺は胸の内で感謝する。

「殿下――」

俺は王子に向き直った。出来るだけ、真面目な声を出そうと努める。
王子も俺のその声と顔色を察したのだろう、背筋を伸ばすようにして姿勢を改めた。

「今、この場で、殿下の覚悟を聞いておきたい。よろしいか?」

今までのくだけた雰囲気ではなく、一個の父親として俺は聞いた。
俺の娘を娶る。その意味を、その覚悟を、父親として確認したかったのだ。
相手は大国の王子である。本来は、こんな平民の家で取り決められる内容では無い。
だが、所詮は男と男、人と人との関係である。肩書きをとっぱらい、腹を割って話したっていいじゃないか。

果たして、王子は俺の考えを見事に汲んでくれたようだ。
俺の言葉を正面から受け止め、目を逸らすことなく、重々しく頷いた。

「はい――。私は、アスラの王子として、母の名とその名誉において誓います。
 嘘偽りの無い気持ちを言葉にすることを――。

 クリスティーナ・グレイラットを伴侶として迎え入れるのは、私の悲願でした。

 ルーデウス師、いや、ルーデウス・グレイラット様。

 御息女を、クリスティーナ様を、私の妻にすることを、どうか認めてください――」

その言葉は、大国の王位継承者としてでは無く、一人の男としての言葉だった。
一片の迷いも、一片の澱みも無い、誠実な言葉だった。

俺はその言葉のひとつひとつを噛み締めるように受け止めた。
胸の中で何度も何度も反芻して、それから答えた。

「……結婚するってな、簡単じゃないぞ。
 特にお前は、大国の王子だ。平民の娘を娶るってのは、色々問題があるだろ」

「……重々、承知致しております。
 それについては、母や重臣たちとも幾度となく話し合いました。
 皆、クリスティーナを受け入れることに、障碍は無いという認識です」

もう、国ぐるみでOKしてるってか。さすがの根回し。

「……ウチの娘は、さっきも言ったが相当な甘ったれだぞ。
 料理も掃除も出来るかわからん。なにせ、俺が散々甘やかしたからな!
 ワガママだし、好き嫌いも多い。感情の起伏も激しいから、かなり面倒臭いと思うぞ」

離れたところで聞き耳を立てていたクリスの柳眉が逆立つ。立ち上がりかけたところを、慌ててシルフィが抑えた。ロキシーが口元を塞いでいる。ナイス連携(最終的に、エリスが睨んでクリスはシュンとなったが……)。

俺の言葉に、王子は微笑みを返した。……なんだ?

「男子、三日会わざれば刮目してみよ――という言葉があります。
 
 ルーデウス様は、この二年間のクリスティーナをご存知でしょうか?
 彼女は、己に足りないと思うものはすべて、修得してきました。

 確かに甘えん坊ですが、そこは彼女の魅力のひとつでもあります。
 なにより彼女は、学校では男女の隔てなく好かれ、非常に頼られる存在でした。
 人に好かれる、信頼を寄せられるというのは、稀有な資質と思います。

 親元から離れた時にこそ、その人の本質が出るのでは、ないでしょうか――」

ううむ……。負うた子に教えられるとはこのことか……。

確かに俺は、15歳までのクリスしか知らない。アスラで一人暮らしを始めてからの彼女の様子は、ある程度人を介して聞いてはいたけれども。

だが、他人の口から「クリス?頑張っているよ」と言われても、頭の中のあの子は俺にベッタリだった幼い頃のイメージで固定されている。だから素直に彼女の頑張りの成果を受け入れていなかったのかもしれない。

こいつがクリスのこれまでの姿勢から、絶大な信頼を寄せているのはよくわかった。
しかし、俺としてはまだ心配なことがある。
それは、平民の娘が大国の王妃候補になって、やっていけるかどうか、だ。
いくら彼がクリスを愛していようと、それと国を動かすということとは、関わりがない。
為政者というのは、一般家庭の亭主とは別の生物なんだから。

「なぁ……、もうひとつ聞きたいんだが」

いまだ燻る胸中の不安を、率直にぶつけてみた。
クリスがたとえば王妃になってもやっていけるのか。
王子が皇太子となり王になったとして、クリスがそれを支えてやれるのか。
それに、アスラ王宮内は権謀術数渦巻く伏魔殿でもある。好きだ愛してるだけではやっていけない世界なんじゃないのか。
それに対して、王子からの返答は頼りのないものではあった。

「……正直、先のことは、わかりません。
 私はまだ若輩者ですし、他に継承権を狙っている、王家に連なる者たちも確かにいます。
 今の私一人では、彼らに対し、無力に等しいかもしれません……」

それはそうだろう。今の彼は学校を卒業したての、いわば子どもでも大人でもない状態だ。
人生経験は浅く、自信の拠りどころとなるバックボーンは薄い。
さらに王子とはいえ、他にも継承権を持つ兄弟親類がいる。骨肉の争いとなれば、利権を狙ってハイエナのような連中が群がってくるだろう。

はっきり言って、今の彼がクリスと一緒になっても、ポシャる可能性の方が大きい。
結婚に反対する訳では無いが、彼らの行く末に不安を覚えるのは確かだ。だからこそ、俺はその気持ちを正直に言葉にした。

しばらくの間、彼は僅かに俯いて目を閉じる。何かの重圧に耐えるかのように。
しかし再び顔を上げた時には、その貌には力が戻っていた。

「確かにこれから先、私自身の兄弟、あるいは姉や妹と結婚した者と王位継承権を争うことに なるでしょう。叔父たち親類らも油断なりません。
 後継争いは厳しい戦いになると思われます。兄弟たちは皆、優秀ですからね。

 これから数年の間は、割り振られた領地の経営や、与えられた家臣の差配の巧拙で、上に立 つ者としての資質を監査されることになります。

 それ以外にも、政治的暗闘もあるでしょう。
 既に、利権を狙う貴族や政務官たちが裏で密かに接触してきております。
 当然ながら、他の兄弟たちにも打診している筈です。  

 我々は血族ではありますが、ひとつしか無い王座を争うライバル同士でもあります。
 覚悟はしておりましたが、やはり大国アスラの王位というのは、これほどに血生臭さに塗れ ているのかと、戦慄を覚えます……」

だからこそ、その戦いに挑むのに、クリスをパートナーとして選んだのだという。
一人で孤軍奮闘するよりも、二人で支えあえば……。実に若者らしい発想だった。
二人で領地経営に精を出し、家臣を上手く使いこなしていくうちに、人生経験は着実に増していくだろう。安全な学校内での政治ごっこよりも、それは確実だ。
ただ、俺が思っていたラブラブ新婚さんというイメージでは無い。
なにせ暗殺されて、あの世行きの可能性もある訳だからな。どんなハネムーンだよ。

「お前はそれについて、どう思っているんだ、クリス?」
「はうッ!?」

俺は向こうで聞き耳を立てているクリスに声をかけた。
慌てたように立ち上がり、訥々とだが、しっかりと自分の考えを口にした。

「あの……私は、私に出来ることで、彼を支えていこうと、思います……」

これからなにがあるか、それは誰にもわからない。
しかし、二人で手を取り合って、困難に立ち向かいたい。
同じ夢、同じ痛み、喜びも悲しみもすべて、互いに分け合って歩いて行く。そう誓い合ったそうだ。
生命の危険があることについて、怖くないのかと聞くと、

「……怖いよ。王宮でのことは白ママからも聞いてたし。
 でも、パパや三人のママだって、死線を何度もくぐり抜けてきたんでしょ?
 私だって、そんなパパたちの娘だもん。彼と二人で、立ち向かいます」

とか生意気言いやがった。声が少しだけ震えてるっつの。

「……ったく」

……若いっていいよな。苦笑いするしかなかった。
俺もシルフィと結婚した時は、こいつらよりも若かったし、先のことなんて何も考えていなかった。
ただ、二人でならなんとかなる、としか思ってなかった。二人で一緒に、幸せになろうと。
まぁ、その後に二人目、三人目と結婚した挙句、何度も死にかける羽目になったわけだが。


「ふぅ~、やれやれ……」

ため息を吐きながら、首をコキコキと左右に鳴らす。
なんつうか、かたっ苦しく考えていたのが、アホらしくなってきた。
娘は心配だが、できる限りのバックアップはしてやろうと思う。王子だって、それくらいのしたたかな計算はしているだろうし。俺は知らんふりして道化を演じればいいのさ。

「言っておくが、途中で尻尾を巻いて逃げ帰ってきたら、追い返すからな?」

俺は一応、クリスに向けて父親らしいことを言った。
クリスは一瞬ウッとなったが、神妙な顔をして頷いた。

それを見てから、俺は王子に向き直る。

「お前もだ。途中で、やっぱチェンジ~ってのは無しだからな?」

んなことしたら、マジギレすんぞ?オルステッドけしかけんぞ?あ?
俺は「!?」状態の武丸になったつもりで、そう凄んだ。
ところが王子は、逆に安堵したかのような微笑みを浮かべてこう言った。

「男に、二言はありません」

……こいつ、恥ずかしげもなく言い切りやがった。
はぁ。なんつうかもう、これ以上言葉はいらないって気分になってきた。


「わかった。お前の気持ちはよくわかった。

                    ――お前たちの結婚を、許そう」


「ほ、本当ですかッ!?」

ガタタッと椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
俺はそんな彼を手で制して、言葉を続ける。

「だけど最後にひとつだけ、俺から言いたいことがある。……いいか?」

「あ、はい……。勿論です」

若干、テンションが下がったようだ。しゅるる~という感じで座り直す。

「うん、まぁ、なんだ――。

 娘はお前に任せる。俺も男だ。うん。男に二言は無い。

 ……でもな、ひとつだけ。最後にもうひとつだけ」

そう言ってから、ちらりとルークに視線を送る。奴は肩をすくめる仕草をした。
それを確認してから、俺は王子に視線を戻し、一人の父親としての言葉を吐いた。



「――娘はくれてやる。持っていけ。


 その代わり、一度でいい。



 俺から大事な娘を奪っていくお前を、一度だけ。一発だけ、殴らせろ」



俺の言葉に、王子は一瞬、呆気にとられたように口を開け、すぐに引き締めた。
幼さを残す青年の顔は、男の貌(かお)になって、頷く。

「承知いたしました、ルーデウス師。思うようになさってください」

「いいよな、ルーク――」

俺がルークに一応の確認を取ろうとした時、それが起きた。



「異議ありッ!!」



窓ガラスがビリビリと振動し、屋根に積もった雪すらズリ落ちる程の大音声――。

勿論、言わずと知れた、うちのカミさん(赤)の声だ。

つい今しがたまで静かだったエリスが、このタイミングで発言した。一体なんで……。
しかし、それはすぐに明らかになる。
ズガーンと椅子を蹴り倒して立ち上がり(やめてください壊れてしまいます)、腕を組んで仁王立ちになったエリスは、俺や王子、ルークを睥睨して、こう言い放った。



「一発殴らせろなんて、ケチ臭いこと言ってんじゃないわよ!」



ひどいよ、エリスさん!!
俺にしては、一世一代の格好いい親父文句を言ったつもりだったんだが!?
しかし、俺のそんな心の叫びは虚しく響いた(心の中でね)。

「け、ケチ臭いって、お前……」

「だってそうじゃない。娘を奪われるんだから、こっちは迎撃の用意あり、でしょッ!!」

「あ、あの、エリスさん。なにを言っているか、さっぱりなんですが!?」

「簡単な話よ。男と男、一対一で勝負すればいいって言ってるのよッ!!」

「――はぁ?」

「そのほうが、お互いスッキリすると思うわッ!!」

ドヤ顔でそう宣言した。絶対にこの顔、自分がスッキリしたがってる。
やっぱり、どこまでもエリスはエリスなのであって――……はぁ。











――深々と雪の降る春の夜。こうして、俺はアスラの王子と戦うことになるのであった。
























……国家反逆罪とかにならないよね!?そこんとこどうなの!?ルークさん!?









              ーその8につづきますー



それでは、また。(店`ω´)ノシ




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やっと追いつきました。
更新楽しみにしてます
41ヶ月前
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>>プロトタイプ原型様

・゜・(ノД`)・゜・うわーん!久しぶりにコメント頂けた!ありがとうございます!
これでいいのかな?とかビクビクしつつ書いていたりするので、反応があると喜びます(私事)。
もう少しでこの物語も終わりになりますので、お付き合い頂けると幸いです。
41ヶ月前
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