• これは要らない

    2019-09-27 19:131

    もう何も思い浮かばない。

    オハナシを書き続けて幾年経ったか、
    遂に脳味噌が死んだらしい。

    いや、死んだのは妄想力か。
    幻想の魔王様を思い浮かべても、
    不倫をするOLの事を思い浮かべても、
    大好きなチョコレートの事を思い浮かべても、
    全て駄目、何の役にもたたない。

    魔王様は世界を滅ぼすし、
    OLは結局別の男を見つけちゃうし、
    チョコレートは美味しい。
    どれもこれも今更書こうとも思わない、
    自分でも書いた事があるグズグズの内容ばかり。

    もうこれは酒の力を頼るしかないか。
    ええいままよ、酒よ、我に力を。
    意を決して靴を履き、
    電車に乗ってお酒を出す店が沢山ある駅に向かった。

    先に断っておくが私は酒が飲めない。
    弱い上にアレルギー持ちという合わせ技。
    しかし致し方あるまいよ、
    持ち前のアレルギーは死に至る程でも無いし、
    オハナシのネタを得る為だったら多少の苦難はなんのその。

    あらかじめ銀行でおろしておいた諭吉を五枚、
    懐の財布に忍ばせて、
    ライトを怪しく光らせる店の戸を叩いた。

    狙い目はお酒に強い人。
    呂律の回らない酔っ払いや、
    互いの性器を結合させる事しか頭に無い輩は度外視、
    思わず書きたくなるような話を聞かせてくれる人が良い。

    人生の余暇に酒と夜を選んでまどろみ、
    グラスの中をうっとり眺めているような人が良い。

    しかし一軒目、二軒目三軒目。
    幾つか店を回ってみたけど、
    酔っ払いしかいやしねぇ。

    理不尽な事を言っているとは判っている。
    幼稚園に行って、

    「ガキしか居ねぇな此処は!」

    と唾を吐くようなものだ。
    酒を飲む場所に酔っ払いがいる事は当然。
    だが皆様予想以上に酔いに任せ過ぎではなかろうか。
    酒に飲まれて恥とモラルを忘れ過ぎではなかろうか。

    人間酒を飲む年齢にもなると面白い話の一つや二つ持ってるものだが、
    いかんせん酒がそれを語るのを阻んでて、
    遂には有益な話を何も聞かずに三軒目の店を出た。
    消費した福沢諭吉は1.5人。
    身の丈に合わないお店の敷居ばかり跨いでしまった代償か、
    紙切れが二枚減っただけなのに随分懐が軽い気がする。

    こうなっては意地だ。
    ここまで出費して手ぶらで帰路にはつけない。

    終電を逃すのを覚悟で四軒目の扉を開くと、

    「あれ?今からですか、終電大丈夫です?」

    開口一番店のお兄さんがそう尋ね、
    ペコペコと頭を下げながらこちらも大丈夫ですと返した。

    店の中にはカウンターの中に一人、
    カウンターの席に一人、計二人。

    少し気を利かせてみた。
    すいません、もうお店閉めるところですか。

    「いやー常連さん達がね、
     明日皆で一緒に旅行行くって、
     もう帰っちゃったんですよ。」
    「ね、酷い人達よね、さっさと居なくなっちゃって。
     お陰で今晩は私が一人でお店の売り上げに貢献しなくちゃならないの。
     良ければ手伝ってくれる?」

    カウンター席に座っているのは女性だった。
    狐に化かされてなければ年上の雰囲気、
    随分と細い手首の先の手の平で横の椅子をポンポンと叩くので、
    あながち悪い気はせずにこちらも腰を下ろした。

    「こんな時間に一人でって、もう終電ないの?」

    最初の一杯を取りあえず口に含んだのを見計らい、
    女性がそう尋ねてきた。
    いや、まだ終電はあるんです。
    でも、と言葉を継いで事のあらましを話した。

    「あら、物書きなのね。
     私そう言う人とは初めて出会うわ。」

    そこから『物書き』定番の話を披露し、
    最近の不調も絡ませてねだり事に手をかけた。

    「そうねぇ、オカルトみたいな話でもいいの?」

    すると女性、乗って来てくれる。
    どんな話でもまずは聞いてみなくては。
    喜んでと言い話に耳を傾けると、
    そういう喋り方なのか、
    身体をこちらに向け片手の甲で頬杖をついて語りを始めてくれた。

    「オカルトってね、判りにくい事だと思うの。
     それが本当に起きてるかあやふやで、
     あやふやだから色んな人が疑ったり怪しんだり。
     明らかにしようと近寄ってみると結局見つからなかったり。
     でもね、私が知ってるオカルトって、実際体験した事なの。
     信じる事は強要しないわ。
     人から聞くオカルトの話なんてそもそも信じられないでしょ。
     ところで、川の話なんだけどね。」

    カウンターの中から声が飛ぶ。
    エミコちゃん、久しぶりにその話聞くね。

    「マスター悪いけど水頂戴。
     お酒だと喉が焼けちゃうから。」

    マスターの短い返事の後に太いグラスに水が入る。
    気合が入っているそぶりに見えてしょうがなかったが、
    彼女がその水をぐいっと一飲みすると、う~んと唸りをあげた。

    「母ちゃん川って言うんだけどね。
     そうそう、母親の意味の、母ちゃん。
     例えばガム噛んだ後に紙で包んで鞄に入れるとするじゃない。
     それでその川を渡るの。
     あー、まだ私が子供の頃はその川に船頭さんが居てね。
     朝の六時半から午後六時まで船を出してたの。
     今はもう多分居ないと思うんだけど。流石にねぇ。
     話がそれちゃった。
     それでね、鞄にガムのゴミ入れたままその川を船で渡ると、
     鞄の中からそのゴミが消えちゃうの。
     これはもう要らない、って思ってるものが消える川!
     どう?本になる?」

    ずい、と乗り出して来る女性に少し後ずさりしたが、
    女性の方も冗談だったか直ぐに身体を引いて水を一口。

    「ってまぁこれだけだったら面白くないよね。
     大丈夫大丈夫、まつわる私の話はちゃんとあるから。
     そもそもその川が母ちゃん川って言うのはね、
     要らないと思った物が知らない間に無くなってるからなのよ。
     ほら、若い頃無かった?お母さんが勝手に部屋を掃除する事。
     それで、あれ?そう言えばアレが無い、誰か捨てた?って。
     実際の母親とその川の違いは、
     ちゃんと『本人』が要らないって思ってる物が無くなるって事。
     だから、実際に色々無くなっても気付きにくいのよ。
     そこがまた分かりにくいオカルトなのよね。」

    ああ、なるほど。
    私がそう相槌を打ったのが良かったのが、
    女性が更に水を一口、どうやら調子が出てきたようだ。

    「私結構……二十歳少し超える位かな?
     その地元に居たんだけど、
     その時の知り合いの一人がねー、とんでもない女でさー。
     鍵を幾つもジャラジャラ持ってるような女なの。」
    「鍵?」
    「そう、全部男の家の合い鍵。」
    「うわ、凄いですね。」
    「そう、揺らせばジャラジャラ鳴るくらい付いてるの。
     それでその女がある日私にこう言う訳よ。
     ちょっと疲れたから一人に絞ろうかなーって。」
    「疲れたって、大勢の男の相手がって」
    「そうそうそう言う事」

    もうご機嫌らしい。
    食い気味に言葉を付け足された。
    『物書き』という言葉を操る業種の人間に話をするのが初めてなのか、
    随分と気持ちよく話してくれるのは有難い限りだ。
    もっと聞かせてくれ、そろそろ終電が無くなる頃だ。
    いっそ逃させてくれ。

    「それでどの男がいいかなーって言うから相談に乗ったんだけど、
     その人が良いんじゃない、あっ、その人でも良いんじゃない?
     って言っても毎回、「えーでもー」って言うのよ。
     面倒臭い女でキリがなかったなぁ。
     それで私閃いたのね、そうだ、あの川を渡ろうって。
     合鍵の束をジャラジャラさせたまま川を渡れば、
     実は要らないと思ってる男共の鍵は無くなるんじゃない?
     もし一本だけ残ったとしたら、それこそ手間が省ける訳よ。
     その子は住んでる場所の関係でその川の事を良く知らなかったんだけど、
     説明したらかなりノリ気になって一緒に船に乗ったのね。
     それで―――え、なに?」

    私が右の手の平を前に押し出して、
    「ちょっと待って」と体で嘆願した。
    酒のせいだった。
    私もちょっと調子に乗ってみたかった。

    出した手を引っ込めると、
    映画の様にパチンと指を鳴らしてみせた。

    「その知り合いってのは実はエミコさんで、
     川を渡って残った鍵の人が今の旦那さん、
     っていう話じゃないですか、ソレ!」

    悪い事だった。
    折角相手が気持ちよく話してくれているのに何故こんな事を。
    話の先を読んでそれを指摘するなんてのは聞き手として酷い態度だ。
    今思い出すだけで恥ずかしくなる。

    しかしエミコさん、
    私の言葉を聞くなりニンマリと笑顔になって、

    「ちがいまーす!!!」

    と大口を開けた。

    「なんと!!その子!!    消えたの。」
    「え 」

    叫んで渇きが喉を走った。
    渇きが水を欲して脳を操る。
    また水を一口含んだエミコさん。

    「船に一緒に乗ったのね。
     狭い船だから前の席に私が座って、後ろにその子。
     船が出て、川の途中で振り返ったら居なかったの。」
    「――でも、その子は友達じゃ」
    「知り合い。友達じゃなかった。
     知り合いは無くなるのね。」

    知り合いは無くなるのね

    響きが恐ろしかった、その言葉の響きが。
    本当か嘘か、真贋どちらか判りようもなく、
    こちらもグラスを一回傾けて喉を大きく鳴らした。

    「でも、船頭さんが居るから、そんな実際居なくなったら」
    「ああ、その時船頭さんが言ったわ。」

     久しぶりに見ました、こういうの

    「って。」
    「……それだけ?」
    「それだけ。
     それにしても、ふふっ、なんだか嬉しいわ。
     物書きさんが思った結末と違ったなんて、ちょっと良い気分!
     いやー、今日は酒がおいしー!」

    終電には本当に乗れなかった。
    朝まで飲んだ。
    家に帰った頃には身体がバキバキで、
    寝てしまっては記憶が飛びかねないと思い、
    何とか震える指でキーボードを叩いた。


    しかし書いた内容は結婚する方の筈だった。
    この一つ手前の行から、また別の日に書いている。

    朝帰りしたその日、
    思考回路がハッピーエンドに飢えていたのだろうか、

    「一つだけ残った合鍵の男性と結婚した」

    という私が予想を外した内容のオハナシを書いた。
    ストックとして残し、
    更新が滞った時にでも流そうと思って寝かせた筈なのだが、
    今日アップしようとして読み返してみると、

    なぜか内容はエミコさんが話したものになっている。

    あの朝確かに酔いは残っていた。
    意識も朦朧だった。

    もしかしたら途中でこっちが良いと書く内容を考え直したかも知れないが、
    いや、確かに最後に残った男性と結ばれるオハナシにした筈。

    川が、
    この内容は要らないと捨てたのだろうが。

    元々このオハナシは『母ちゃん川』という題名の予定だった。
    母親が結婚の面倒を見るという意味でも完璧だった。
    事実、テキストドキュメントの題名も、『母ちゃん川』のままだった。

    『これは要らない』

    という題名は読み返して私がつけ直したものだ。
    元の内容に書き直すのは怖くて出来なかった。

    『要らない』方を拾い直しでもしたら、
    私自身が消さ


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  • アンパッションドリーム 後編

    2019-09-26 19:432

    パッションフルーツ、

    と聞いて余程情熱的な果物なんだな、
    なんて思われるだろうか。

    日本語に『同音だが違う意味の言葉』があるように、
    外国の言葉にも同音異義語はある。

    パッションフルーツのパッションとは『情熱』ではなく、
    キリスト教の用語で『受難』の事、
    様々な捉え方でパッションフルーツはキリストの受難の象徴らしい。

    さて現代、
    日本人の夢はパッションドリームと呼ばれる。
    勿論この言葉は良い意味を含んではいない、

    「こんな夢を喰らうなんざキリストの受難の様なもの!」

    と負方向の太鼓判を押されている訳で、
    いつの頃からこんな不名誉な言語習慣が付いてしまったのか、
    パッションドリームという単語を耳にする度に、
    日本のバク達は眉間に皺を寄せていた。

    そんな習慣から更に派生したのがアンパッションドリーム。
    パッションドリームとは逆の味、
    『受難』となじられるような味はしない、
    むしろ進んで食べたくなる程の美味しさを持つ夢。
    それでもなかなか食べられる機会は少なく、
    日本人がこの単語を口にする機会も比例して少ない。

    「タネは何かな」
    「宝くじでも当たったかな」

    夢の中で多賀さんが知らせてくれた後、
    父と一緒にそう話した。

    『タネ』とは夢を誘発する現実の現象の事。
    例えばテストで良い点を取ればそれに纏わる夢を見るし、
    会社で上司にこっぴどく叱られれば、
    おっと、この話しは止しておこう。

    アンパッションドリームのタネは主に二つ。
    金と恋愛。

    なんだそんなの、
    ロマンもへったくれも無いじゃないか、と、
    観客席からゴミが投げ込まれそうだがこれには理由がある。

    当然金と恋愛だけではなく、
    アンパッションドリームにはその他にも様々な種類がある。
    あるにはあるのだが、その殆どが継続性が弱くて、
    二日連続で似たような夢を見る事が確実と言って良い程に無い。
    その点、金と恋愛の継続性の高さたるや、
    非常に信頼性が高いのである。

    日本のバクの習慣としてアンパッションドリームはその出没を共有するが、
    それは金か恋愛の夢じゃないと報告に上がらない。

    ここでアンパッションドリームが出たよ、と報告しても、
    次の日も同じ夢が食べられなければ報告の意味は無いからだ。
    バクの夢を食べれる射程は前述の通り約半径100メートル。
    夢を食べる為に対象の近くで寝なければならない。
    ホテルに泊まるか、車の中で寝るか。
    だがそれは簡単な事ではない、
    成人独身ならなんて事は無いだろうが、
    未成年や既婚者だと事がすんなりと運ばない。

    「アンタ、こんな時間にどこに行くの?
     泊まり?どこによ。田中くんち?
     えーじゃあちょっと連絡の一つも入れとかないと!
     そんなのいいって?アンタは良くてもこっちは良くないの!」

    と言われでもしたらもう面倒だ。
    これは未成年のパターンであるが、
    既婚者の場合も外泊の理由をこじつけるのに手間がかかる。
    会社で泊まりの仕事が出来た、だの、
    友人と朝まで飲みたいから今日は帰れない、だの、
    いずれも何らかの理由で嘘だと判れば最悪離婚まで繋がる可能性がある。
    夫婦が夜に同じ家に居ないというのは、
    それが『当然』である家庭にとって一触即発の問題事になりうる。

    父の喉が唾をのんだ。
    そして僕にこう言う。

    「いいなぁ」

    それに僕、

    「ごめんね」

    とだけ言う。

    仕方ない、
    父は大学の教授をしていて泊まり込みの仕事と言うのが一切無い。
    割と時間が自由に使える職業として父自身も満足しているようだが、
    その時間の自由度がこういう時に逆に仇となっている。

    「ちょっと今日は泊まりで学校に」

    と父が母に言ったとしよう。
    すると母はきっとこう言う。

    「なんで?」

    母も元々大学で研究室にいた人間、
    父のしている事柄が泊まりを必要としないと重々承知、
    嘘もあっという間に見破られて夫婦間に亀裂が生まれかねない。

    「沢山食べてくるね」
    「いいなぁ」

    その点僕は今恵まれている。
    今大学生という身分で就職も控えていない、
    一言「飲みに行ってくる」と言えば、
    母も「その後はカラオケ?カギは閉めとくわよ」と容易い。

    大学生になって初めての事だ。
    今までアンパッションドリームの報告を聞いても動けなかった。

    僕は嘘が下手で、
    母に些細な事でも嘘をつくと、

    「アンタそれ嘘でしょ」

    と見破られてしまう。
    アンパッションドリームの報告を聞く度に父から、

    「大学生になるまで待とうな。
     それまでは母さんに心配かけさせないでくれ」

    と言われ続けていたが、
    ついにこの時が来た。

    飲みに行くと言って財布に入れた福沢諭吉、
    しかし実はホテル代。
    家から出る時に母から、

    「アンタ本当はどこに行くの」

    と聞かれないか心臓がバクバク鳴っていた。
    曜日は土曜日、明日は日曜、母は、

    「もう、無理しちゃダメよ!」

    と言って台所から僕を見送った。
    玄関まで見送ってくれたのは父だった。

    「ハラ壊すなよ」
    「ははっ、壊さないよ、だってモノが違う」
    「違う、喰い過ぎでだ」
    「それなら寧ろ壊したいね!行ってきます!」

    向かった駅前の小さなホテルは少し寂れていた。
    突如として集まった大勢の客にビックリしたのか、
    ホテル側の従業員は大慌て。
    ロビーに並んだ行列が珍しいのか、
    従業員室のドアからチラチラ誰かが伺っている。
    並んだ客達は目を合わせるとニヤけながら会釈を交わし、
    それぞれの部屋に向かっていく。

    僕もシャワーを浴び、
    寝間着を整え、
    枕に頭を預けて夢の中に飛び込んだ。

    いつもだと夢の世界は隣に父が居るのだけど、
    今日は世界に入るや否やバクだらけで騒がしい。

    「よし、皆揃ったな!あっちだ行くぞ!」

    誰が決めた訳でもないリーダーみたいな人がそう掛け声を。
    えいや、とバクの群れが夜の夢を突っ走る。
    僕にとっては初めての事だった。
    今までアンパッションドリームの報告を聞くだけ、
    まさかこんな祭騒ぎを毎度やっていたとは知らなかった。
    周りを全速力で駆け抜けていく他のバク達を見てあっけにとられ、
    僕はぽかんとその行く先を眺めているだけだった。

    自分はいわゆる『間抜け』じゃないと思っている。
    でも周りで駆け抜けていくバクを見た時、
    ふと父の事を思い出していた。

    僕が初めて夢の世界に入った時、そこには父がいた。

    「お前もバクになったか」

    父はバクのイロハと掟を僕に教え、
    それから夢の食べ方を教えてくれた。
    夜は父との時間だった。
    学校や部活の合宿、修学旅行以外は毎夜父と共にいる。
    起きている時に喧嘩をした時は夜によく仲直りをした。

    夢も大体同じものを食べた。
    父が「ちょっとアレ食べてみようかな」と口にして、
    「げぇ、マズイ!」となったものを僕も「どれどれ」と口にし、
    「えげぇ、やっぱりマズイ!」なんて言いながら笑ったり、
    僕がつまみ食いした夢が偶然美味かったりした時は父も呼び、
    二人で「今日は運が良いな」と言いつつ舌鼓を打った。

    父が食べた夢は僕も食べたし、
    僕が食べた夢も父も食べていた。

    周りで走り抜けるバクを横目に、
    僕は父を探していたが、
    直ぐに居ない事を思い出す。
    そうだった、今日は僕、ホテルに泊まってるんだった。

    走り去っていたバク達に送れること暫し、
    僕もようやく夜の夢を歩き出した。

    「あれ、お前」
    「こんばんわ」
    「こんばんわって、え?アンパッションドリームはどうした」
    「なんか、食指が動かなくて」

    夜の夢、
    親子二人。
    折角電車に乗ってホテルにも泊まったのに、
    市を一つ隔てて僕はわざわざ家にまで戻ってきた。

    「なんだ、集まった中の誰かとなんかあったのか」
    「いや、別にそんな事はない。なんかただ……」
    「なんだ、喰っといた方が良いぞ、
     夜自由に出かけられる時なんてそうそうないんだから。
     大学生くらいだぞ。就職したら仕事に響くし」
    「でも今日泊まったホテル、バクでパンパンだったけど」
    「そりゃあ土曜日だからだ。」
    「ああ、そっか」

    父がじっと僕を見て、
    僕もじっと父を見る。
    まだ子供の頃に初めて夢の中で父に会った時も、
    そういえばこんな感じだった。

    「なんか、
     父さんと一緒の夢を喰わないのって、
     なんか変だなって」
    「え?」
    「うん、まぁ、食う気が起きなかっただけなんだけど」
    「なんだ、親離れできてないってか」
    「いや、出来てる出来てる」
    「出来てないだろ、今からでも遅くない、食べて来いよ」
    「や、もう今日は良いの」
    「今日はいいって、そうそうあるもんじゃないのに」
    「いいのいいの」
    「……」
    「……」

    ぐぅ

    と二人の腹の虫が鳴った。

    「はは、腹が減った。」
    「……明日、横田さんちの夢でも喰いに行ってみるか?
     なんか最近車買い替えるらしいぞ」
    「へぇ、そうなの?」
    「なんか奥さんにゴネ倒して、ようやく決まったらしいって。
     ご機嫌だからそろそろ美味いんじゃないか」
    「でもそれ、奥さんからの交換条件とかないのかな。
     そっちの方が苦かったりして」
    「ありゃ。そうかもな」
    「ははっ」
    「あはは」

    日本のバクは空腹なのが多い。

    変な理由から、
    日本人はそれを『義理』や『人情』と呼ぶらしいが、
    とにかく、日本のバクは空腹なのが多い。

    父と僕、
    今日も二人で腹が鳴る。


  • パッションドリーム 前編

    2019-09-23 07:43

    夢に付ける調味料は無い。
    なので日本の夢は不味い。
    本当に不味い。

    フランス、イギリス、ドイツにスイス、
    アメリカ、メキシコ、オーストラリア、
    ブラジル、カナダにモンゴル、ロシア。
    各国が口を揃えて吐き捨てる。
    日本の夢は不味い。

    日本人の見る夢は不味い。
    食えたもんじゃない。

    年に二度のみ世界のバク達が夢の中で繋がり合える日がある。
    そこで誰しも一度は耳にするのが、

    「日本人の見る夢は世界一マズい」

    という言葉だ。

    バクの中にも色んな人間がいる。
    取り分け美食家(グルメ)と評される方々は世界を飛び回り、
    各地の夢を食べ歩く。

    明かりを蝋燭に頼っていた時代に比べ確かに技術は発展したが、
    それでもやはり海外旅行はお金がかかる。
    日本からアメリカなんて相当なもんだ。
    必然、バクの美食家達は財力の関係で極少数に留まるのだが、
    その彼らが口を揃えてこう言うのだ。
    ジャパンの夢はいつ喰いに行ってもマズイ。本当に不味い。

    通常、バクが夢を食べに行ける範囲には限界がある。
    頭を枕に預けて眠りについた場所からおよそ半径100メートル。
    その射程内で寝ている他の人間の夢しか食べられない。
    当然個体差があるので凄いバクは半径キロ単位まで食べに行けるらしいが、
    そんなのは極稀で、世の中の大半のバクは近くの夢をパクパク食べている。

    近くにいるバク同士は仲が良い事が多い。
    夢の中で繋がれるからだ。
    バク同士が夢の中で接触する場合は範囲が半径キロ単位に伸びる。
    夜に夢の『道』で出会うと挨拶をして、
    今日の御飯は如何ですか、なんて世間話をする訳だ。

    食事範囲よりも接触範囲が広いのは歴史がそうさせたらしい。
    数百年前に世界的な『バク狩り』横行した時、
    バク達はどうにかお互いの情報を共有し合おうと接触を試みた。

    バクが夢を食べるのは土を掘ってじゃがいもを取る様なものだが、
    他のバクを探して交流するのは地上を走る様なものなのだ。
    端的に言うと、食べるのと他のバクを探すのでは、

    「勝手が違うし探す方がやり易い。」

    秘密裏に情報を交わし合ったバク達は現代まで生き残り、
    バク狩りは後世に魔女狩りや異教徒狩り等と呼び名を変えられ伝えられた。

    そんな過去もあり、
    バク達は自分がバクであると死んでも言わない。
    例えそれが結婚相手であってもだ。

    よく耳にする話が、

    「結婚には愛があるだろう?
     自分の素性を明かしても良いじゃないか。」
    「結婚は離婚に変わるかも知れないだろう?」

    という、これは古くから使われているバクジョークだ。
    ジョークの古さから大昔に何があったのかが推察できる。

    年二回の世界のバクが繋がる日があると先に述べたが、
    バク狩り全盛期においてこれは役に立たなかった。
    春と秋、夜の長さが一日の丁度半分になる日がそれにあたるが、
    毎日狩られる可能性があるってのに、年二回だけじゃ意味が無い。
    しかし平和になった今では年二回の大行事として楽しみにされている。

    この世のバクの数は決して多くは無いだろう。
    しかし一堂に会すると賑やかさが大変な事になり、
    さもオリンピックの入場式みたいな様相を呈する。

    だが、
    そこで語られる日本人の夢のマズさ。
    特にイギリス人に不味いと言われると怒りを覚える、腹が立つ。
    あちらも日々散々「イギリスの料理は不味い」と言われてるからだろうか、
    ここぞとばかりに罵詈雑言で日本の夢をコケにしてくる。
    日本人の夢は不味い、本当にマズイ。
    一体毎日何して暮らしてんの?と。

    まぁ、同じ事だろう。
    日本人が見る夢の全てが不味い訳では無い。
    中には勿論幸せな気分になれる美味い夢もある。
    それはイギリス料理も同じ事だと冷静に考えればわかる事だ。
    イギリス中の店を食べ歩けば、

    「もう一度食べにくるよ!」

    とドアを閉める前に一声かけたくなる店も当然あるに違いない。
    しかし、それ以上にマズイ飯を出す店が多いのだろう、
    風評でイギリスの飯は不味いと言われているが、
    要するに日本人の見る夢もそういう事なのである。

    悲しい事に日本のバクは母国の夢の不味さを言われても反論しない。
    何故なら日本のバクはほぼ夢を食べないからだ。

    皆さん、『食あたり』という言葉を御存知だろうか。
    体内に取り込むべきでない物を経口摂取した場合に、
    体調をくず

    え?あ、なに、知ってる?

    じゃあ話は早い、
    バクでも同じ事が起きる、という説明だけで事足りる訳だ。

    『不味い夢』は往々にして『夢あたり』を起こす。

    不味い夢を喰った次の朝は最悪だ、
    二日酔いなんて可愛く感じる位に身体の調子が悪くなる。
    一日中腹にムカデを百匹飼っているような感覚で、
    頭の中に細い針を千本刺されたような痛みを感じる。
    これも人によって症状は千差万別だが、
    少なくとも僕はコレ。

    でも悲しい哉、バクは夢を食べたい生き物。
    夢を喰わねば腹が減るのだ。

    人の夢が不味いと言われるこの日本、
    もはや夢あたりの大盤振る舞い。
    日ノ本のバク達はいつも夢を喰わずにじっと夜をやり過ごし、
    腹を減らして朝を迎えるもので、
    大抵のバクはいつもイライラしている。

    中にはそんな境遇を気に入っている馬鹿も居て、
    その馬鹿は僕の従兄のタカシ兄ちゃんの事だ。

    「俺は雷禅だ」

    と昔の漫画で断食の末に餓死した大妖怪の事を引き合いに、
    いつも腹をグルグルと鳴らしている。

    だが機能としてバクの食事は生死にかかわるものではない。
    通常の人間でいう性欲と同じ。

    性欲は睡眠、食欲と違い解消されずとも死には至らず、
    バクの食欲も悪化すれども死までは至らない。

    ただかなりの欲求があり、
    いつも限界がくるとついパクリと食べてしまうのだ。
    例えそれが不味い夢だろうなと思っていても。
    大体三か月であろうか。魔が差して手を伸ばした夢を食べ、
    案の定『夢あたり』を起こして次の日は酷い事になる。

    いつもそうなのだ。
    今回は大丈夫かな?と思って口にしてみるも大丈夫な訳は無く、
    大概が酷い不味さで体に口が付いている事を後悔するハメになる。

    なんだ、よほど日本のバクは苦労してるんだなと御思いだろう。
    まぁ、そうなんです。
    けどもたまに良い意味で大当たりの夢にありつける事もある訳で。

    以前は腹を壊す不味い夢を見ていた人が、
    ある日気紛れで夢をつまみ食いしてみると、
    こちらの脳味噌が蕩ける様な美味い夢を見てる事があるんです。

    例えば、もう明日死んでも良いと思えるような事があったとか、
    これまでの人生、生きてて良かった!と思えるような事があったとか、
    詳しい事情は人それぞれですが、
    劇的に変わる事があるんです。

    それもあってか要らぬ期待をしてふいに手を伸ばし、
    期待外れの『夢あたり』をする事もあるんですけど。
    仕方ないんですよ、だってバクは神様じゃないから。
    いつ誰にどんな良い事があったのかなんて判らないし。

    しかしそれでもたまに流れてくる情報がある。
    それがアンパッションドリームと呼ばれる飛び切り美味い夢。

    これが『出た』という情報を聞いたバク達はもうお祭り騒ぎ、
    バク伝手にどんどん情報は広がり伝わり、
    美味い夢を喰いたくて越県してわざわざ寝に来るバクも現れる。

    久しぶりの事だった。
    父と一緒にいつも通り、腹を鳴らして夜の夢を歩いていたら、
    遠くからドタドタと忙しい足音がやってくる。
    現れた隣の地区の多賀さんが肩で息をしながら切れ切れの挨拶も無しに、

    「豊島さん、出た、出たってよ!」

    このように仰る。
    多賀どうしたの、ゴキブリでも出たの。
    父が笑いながらそう言うと、

    「アンパッションドリーム、出たよ!」

    多賀さんが笑いもせずに大きな叫び声をあげた。

    今の日本、
    長い横文字は略される傾向がある。
    最早言葉の原型が判らない事もままある。

    だが、アンパッションドリームは略された事が無い。
    間違っても聞き間違う事が無いように、
    アンパッションドリーム、一字も落とさずそう話す。

    それほどに貴重な事なのだ。