• 未払い残業代を骨が笑う 後編

    2019-02-19 20:26

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    洞窟の中にあるのは闇、
    それの伴侶のように無音が寄り添う。

    動けば音が鳴るものの、
    仕事上それは許されない。
    闇と無音のランデブーに付き合う他無い。

    その中である骨がこんな事を考えついた。

    もしかすると、この世に『時間』なんぞ無いのではないか。

    目の前のあらゆる物体が静止してる様を見た時、
    それがあまりに見事であったらこう錯覚するだろう。
    「これはもしや時間が止まっているのではないか。」

    止まっている物を見るだけならそうは思わないだろうが、
    それまで動いていた物が微動だにしなくなるとすればどうだ。
    心の奥底にでも「時間が止まったか?」と思いはしないか。

    これは不思議な事なのだ。
    『動』が『静』に変わると時間が止まったと思考が働くのだ。
    同一現象として認知してしまう、と言ってもいい。

    このように『物が動かない事』が『時間停止』と混同される以上、
    この二つには密接な関係性があると考えられる。
    あくまで、これは動物達の感性での話だ。

    そう考えた時、
    そもそも時間という概念は動物達の都合で作られたもので、
    本来そんなものは無いのではないかと思考が行きつく。

    こういう事だ。
    この世に『時間』は無く、ただ『動き』がある。
    『動き』を判りやすく整理する為に『時間』という概念を使ってるだけで、
    実際そこに不可視ながら信じていた『時間』は存在しないのだ。

    これを考えていた骨はまだ体に肉があった頃を思い出す。
    そう言えば部隊長に「時間を無駄にするな」と怒られた事があったが、
    あれを正しく言うなら「もっと身体を動かせ」となるだろう。
    やはり『時間』は『動く』事に限りなく近い言葉であり、
    都合よく言い換えているだけなのだ。

    空に太陽と月が無かったら『時間』は無かったかも知れない。
    天が変わるから時間が経ったと判るのだ。
    朝が夜に変わるから時間が過ぎたと判るのだ。
    もしこの世がずっと朝なら誰も『時間』を言い出さなかったかもしれない。

    区切れないんだ、この世を。
    朝と夜がこの世を丁度良く区切っているから、
    俺達が都合よくそれを『時間』と呼んでいるだけなんだ。

    結論、『動き』がある所に時間という概念は存在する。
    それが無い所に時間は産まれない。

    だからこの洞窟の中に『時間』など無い。

    これを考えた者の思考はぷっつりとここで途切れた。

    勇者を生き埋めにする為に洞窟に遣わされた骨兵士達。
    最深部に配置されてどれだけの時間が経ったのか誰も教えてくれない。
    お茶の差し入れも新聞の配達も何もない。
    彼らは重要な事を申請するのを忘れていた。
    魔王様に申請するのを忘れていた。
    『孤独手当』という名の特別手当の申請を。

    今、洞窟の中は孤独が完成した。
    間近に仲間がいる筈なのに、
    完璧な暗闇と完璧な沈黙でこの洞窟の皆が孤独に封をされた。
    まるで石臼のようにそれぞれの心をすり潰しにかかる。
    上の石は沈黙、下の石は闇。上下の無慈悲さに徐々に挽かれていく。

    この石臼から逃れられる術も絶えてしまった。
    それは無駄口である。
    自分の子供や嫁、果ては友人の話まで多岐に判っていたが、
    回を増す毎にその質が変性していってしまった。
    変性させたのは『不安』。会話の内容が

    「もし~~だったらどうしよう」

    という不穏なものに変わる、増える、止まらない。
    遂には仲間から

    「もうその話を止めろ」

    とまで言われてしまい黙りこくり、他の骨達も

    「もしかしたら自分もそんな事を口走ってしまうかも」

    と喋り出す事を止めた。
    無理からぬことである。
    彼らは陽の光を浴びれない。
    青い空も道端の草花も見れない。
    ただ闇だけを延々と見続けて、
    その心に不安が巣食わない道理があるなら教えて欲しい。
    彼らは産むべくして沈黙を産んでしまっている。

    それに彼らは恐れている。
    いつ、誰が、

    「お前はどうやって死んだんだ?」

    と喋り出してしまう事を。

    ここに居る一人残らず骨だ。
    少なくとも一回は死んでいるのだ。
    しかも殺されている。
    相手は勇者だ。
    これだけ仲間が居るからさぞ種類に富んだ話が聞けるだろう。

    だが冷静に考えた時、
    骨達はその勇者を待っているのだ。

    殺された記憶と言うのは良いものではない。当たり前だ。
    もう二度と殺されたくない、そう思って何度も死んだ骨もいるだろう。
    そんな経験をした兵士達がこの洞窟で待ち構えているにあたり、
    その事だけを考えれば気が狂っても仕方のない事だろう。
    だから余計にそんな話題を作れないし、聞いてもいけない。

    だが闇の中、何かの拍子で話し出しそう。
    不安が背中を押してしまいそう。
    死んだ記憶を話してしまいそう。

    この沈黙は正気を保とうとしている。
    まだ良い方向に事が進むように心がけている。

    だが毒だ。

    彼らはどれだけこの毒に耐えられるだろうか。

    唯一『変化』が判る時が雷が落ちるだ。
    雨音は優しすぎて洞窟の最深部まで届いてこないが、
    凶暴な雷が大地を叩く音だけは聞こえてくる。
    どぉん、という日頃はおぞましい音も、
    待ち伏せの任務についている骨達にとっては楽しみの様なものであった。

    ある日も、雨が降った。
    激しい雨だった。
    大気がこすれ、大気にピリピリと電気が溜まり、
    抱えきれなくなった空が雷を洞窟の中に聞こえる距離に落とした。

    どぉん。

    雷の音だ。
    ああ、雷の音だ。

    「おい」

    だが、
    いつもと何かが違う。

    「しっ」

    この雷の音は、
    何かが邪魔をしたように聞こえる。

    洞窟の入り口に誰かが立っていて、
    奥まで雷の音が届くのを邪魔したような。
    そんな事まで判るのか?って。
    そりゃあ判る。
    最深部の静寂の中で雷の音を何度聞いたと思っているんだ。

    誰かが洞窟の入り口に立っているんだ。

    「誰だ」
    「判らん」
    「うるさい、静かに」

    沈黙と暗闇で溶けかけていた意識と理性。
    緊張がそれらを叩き起こした。
    この洞窟の最深部、
    死体を真似て転がっている全ての骨に力が戻る。力が走る。

    やはり誰かが洞窟の入り口に立っていたようだ。
    雨に激しく打たれたのだろうか、中の方にまで入ってくるらしい。
    雨に濡れた身体が奏でているのか、
    ビチャ、ドチャ、という音が彼方で幽かにだけ聞こえる。

    勇者か、それとも仲間か。

    洞窟の中は進めば足場が整えられている。
    歩行を補助するのは平坦な道。
    障害物がない道は見ればすぐに判るだろう。
    この場所は誰かの手が加えられていると。
    奥にも誰かがいるかも知れない。

    そこまで気付いて更に奥まで入ってくるのは、
    此処が魔族の拠点だと知っている仲間か、
    さもなくば余程の好奇心の持ち主か、
    あるいは、勇者だ。
    魔物の拠点を潰して回っている。

    足音が判る程になった。

    光までもうっすらと見える。

    気配はもう最深部の手前まで来た。

    曲がり角を光が回折してその距離を知らせてくる。

    いよいよ直進する光が骨達の部屋を照らすまでになった。

    濡れた足音が骨達が待ち構える部屋の中まで入ってくると、
    いよいよその足音の主の正体が判った。

    勇者だ。

    忘れる訳がない、殺された相手だ。

    勇者がそのまま骨達の部屋に足を踏み入れる。
    生きている魔物を探しているのだろう。
    照明魔法を先頭に行かせ部屋の中に入って来た。
    骨達は知っている、勇者は魔物を殺す事に執着している事を。

    そして勇者がいよいよ部屋の中ほどまで歩を進めた時、
    がちゃん、がちゃがちゃ、と勇ましい音が鳴り響いた。
    見事だった。合図も無しに全ての骨が一斉に躍りかかったのだ。

    寸分の乱れも無い動きは勇者に剣を抜かせなかった。
    襲い来るのは骨だけになり、長い時間を耐え抜いた兵士達。

    「かこめ!」
    「たたけっ!」
    「逃がすな、畳み掛けろ!!」

    勇者もただでは包囲を許さない。
    刀身を抜くのを惜しんだか鞘に収まったままの剣を払った。
    その腕力だけでも十分に武器になる。
    鞘ごと剣を当てられた骨の一人が頭から割られて後ろに吹っ飛ぶ。
    照明がその様を如実に浮かび上がらせるが誰もそれに構わない。

    「押さえろ!」
    「掴め!」
    「掴め掴め!」
    「あああああ!」

    一体の骨が勇者の足を掴んだ。
    それに振り返る事も無く勇者が剣で薙ぐ。
    身体は砕け飛んだが掴んだ腕だけは残った。
    次に別の骨が勇者の首を掴む。
    次々に勇者の身体を掴み、砕かれていく。
    そこに慈悲は無い。迷いも無い。

    勇者と骨、
    双方に慈悲は無く、双方に迷いも無い。

    ただ骨が吹き飛ばされ、
    彼らの腕が一つ、また一つと勇者の身体を掴んでいった。

    取りついた骨が重なり勇者の動きが鈍くなってきた。
    掴まれた骨の腕達が嵩んで、曲がる筈の関節の可動が狭くなる。
    骨達は止まらなかった。
    鈍った勇者にある骨が全身で取りついたのを皮切りに、
    ついに勇者が倒れるまで骨達が身体を絡めとった。

    「もういい!」
    「発破!発破だ!」
    「誰でもいい発破しろ!」
    「早くしろ、発破だ!」
    「発破発破!」
    「誰か!発破しろ!早く発破しろ!!」

    無駄だ。
    全てが無駄になった。

    これまで暗闇と沈黙がした仕事は全て無駄。
    長い時間をかけて骨達を蝕んできた。
    無音で狂わせ、闇で惑わし、不安を打ち掛け、
    全ての骨達にじわじわと狂気を刷り込んだ。

    しかし全てが無駄だ。

    緊張が全てを凌駕する。
    良い事も悪い事も全て。

    息子や妻への思いも、
    古い友人との記憶も、
    勇者に殺された過去も、
    ただ積もっていく残業代の勘定も、
    仕事が終わってからの楽しみも、
    この仕事が、
    いつまで続くのかと言う不安も。

    どの感情も最早骨達を支配できず、
    ただこの瞬間、

    勇者を生き埋めにする、
    それだけが、

    「発破しろおおおお!!発破だああああ!!」

    この骨達の過ごした長い時間に報いている。

    洞窟内に響いた爆裂音を始まりに、
    多くの岩と土が仕事を成すファンファーレになる。

    この日、

    とある洞窟の最深部が遂に落盤した。


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  • 未払い残業代を骨が笑う 中編

    2019-02-18 12:532

    →前編←

    この世で一番静かに過行くもの、
    風でも月でもない。
    それは時間だ。

    光でも愛でもない。
    それは時間だ。

    太陽と月が見えない場所での時間の確認は困難を極める。
    下手をしたら一秒が十時間に感じる事もあれば、
    三日が数時間に感じる事もある。
    生き物は心臓が脈打つが、
    それすらも指標になりえない程の錯覚を起こす。

    時間は忍び足、
    その足跡は誰も見えない。

    「……どれだけ経ったんだろなぁ」

    闇のどこからか聞こえた呟きに、
    また闇の何処からか呟きが返った。

    「三か月は過ぎたか?」
    「そんなに経ってないだろ、せいぜい十日だ」
    「嘘だろ?最低でも一か月は経った」
    「えー違うよ、まだ二週間位じゃない?」

    数字は数えるから意味がある。
    故にこの洞窟の奥の奥、
    どうやって日にちを数えられるのか。
    どうやって時間を追いかけられるのか。
    到底無理な話であって、
    まだ見ぬ終末の景色を論じ合うようなもの。
    誰もその答えを知らないし、
    誰も教えに来てはくれない。

    ただ、闇。

    「この任務が終わって家に帰る頃にはさぁ……」

    不毛な言い争いの間隙を縫いまた一つの呟きがするっとうねる。

    「家が一つ買える位の給料、貰えるかなぁ……」

    なるほど、金の話か。
    それはとても重要な話だぞ。
    そう思った仲間が大半だったのか、
    日数を論じ合う声の波は引き潮のように消えて行った。

    家、という単語が大きかったらしい。
    そうか、家か。
    家は良いな、俺は増築したい。
    などと再び会話の波が沸き立った。
    しかし先程の様ではない。
    見えない日数を追いかけている語気よりも、
    まだ見ぬ家を妄想する彼らの声は立っている。

    「うちの両親の家結構ボロくてさ。
     改築してやるかな。」
    「いいねー、親孝行じゃねぇか。」
    「……お前ら本気で言ってるのか?」
    「あ?なんだよ」
    「……家を建てられるほどの給料を貰うとして、
     ここで何年残業したらそうなるか計算してんのか?」

    言わねばいいものを。
    この暗闇のどん詰まり、
    折角明るい話題で盛り上がってたのも束の間、
    いきなり現実を目の前に突き付ける冷めた発言に、
    また、暗闇の中に沈黙が押し寄せてきた。

    「二割掛けとかになってないかな」
    「は?なにそれ」
    「残業時間が嵩む度にさ、
     次の一時間の残業代が前の時間の二割増しに」
    「ならない。なるわけねぇだろ。だってあの魔王様だぞ?」
    「あー魔王様人件費に関しては微妙にケチだからなぁ」
    「でもちゃんと残業代は出すって言ってくれたし!」
    「……あ、嫌な事思いついちゃった」
    「え?なんだよ、言うなよ、絶対だぞ」
    「えぇ……じゃあ言わない」
    「おいなんだよ、気になるだろ言えよ」
    「どっちだよ」
    「この暗闇の中で言わず仕舞いなんてよせ、
     気になって気持ち悪い。」
    「じゃあ言うけどな、……これって年次昇給はどうなるんだろうな。」
    「………あー」
    「嫌な事に気が付いたなお前」
    「いや、ふと頭に過って。
     魔王様は残業代出すって言ったけどさ、
     この任務、いつまでに、どれだけの手当とか言ってないだろ。
     え?もしかして言ったの?言われてないの俺だけ?」
    「いや言ってない言ってない、お前だけじゃない」
    「だろ?これで本当に待ち伏せだけでここに数年待機でさ、
     それから生き埋めの後も数年待機だった場合、
     その間に経過した年数で上がる予定の基本給とかどうなるんだろって」
    「あー」
    「いやー、嫌な事ばかり頭に浮かぶ」
    「待機しかしてなかったって名目で昇給無しで、
     それに生き埋め以外してなかったってケチつけられて昇給無かったら」

    ※)昇給というのは貰えるお給料が上がる事です。
      とても大切な日本語だから良い子の皆は漢字ドリルに百回書こうね。

    「え、やだやだ絶対やだ」
    「そうなったら魔王様殺すわ」
    「残業代貰えたとしても……えー。
     基本給上がんないんだったら損じゃない」
    「あー聞かなきゃ良かった」
    「でもあの魔王様ならありそうだよな。
     そもそもこんな所で生き埋めになれとか言うんだもんな。
     完全に魔王だろあの人」
    「魔王だから」
    「魔王だぞあの人」
    「そうだな、魔王だったな」

    暗闇の中で魔物達が何度もこう言った会話を繰り返す。

    意識が、すり減った。

    最初は必ず誰かが静かにしろ、五月蠅いと咎めていたのに、
    今ではもう誰もその言葉を言い出さない。
    ただ自然に会話が断続的になり、
    ただ自然に沈黙が滲んでいく、暗闇の空間に。
    そしてまた、彼らは死体の真似に戻るのだ。

    静けさが腰を据えて鎮座するこの洞窟の闇のただなか、
    一体何日が、何週間が、もしやすると何か月が過ぎたのだろうか。
    水の中でもがく者が息をする為に水面を求める事が罪で無いなら、
    闇の沈黙で音を求める彼らを誰が悪と断ずることが出来ようか。
    さも溺れる幼子が水面で息をするように、
    どれほどの時間かも判らなくなったこの時、
    またどこかで横たわる骨の一つから声が聞こえた。

    「酒が」

    という声だった。
    しかしそれだけだった。
    まるでこの沈黙に遠慮するかのように闇に戻った。
    だが久しぶりの仲間の声が気になったのか、
    他の誰かが「酒がどうした」、追いかけた。

    「いや、酒がどうなったかな、と思って」

    酒は珍しくもない。
    人も飲むし、魔物も飲む。

    酒は注がれる口を差別しない。

    だがもう彼らは何日もそれを口にしてない。
    魂が得られぬ酒に反応したのかまだ追手がかかる。
    何の酒だ、その話、ちょっと聞かせろ。

    「いや、ただ俺の知り合いが酒を造ってるってだけの話なんだけど。
     でも一つ酒を寝かせたんだ。
     その酒が俺の息子が十七になったら祝いで飲もうって決めた酒でな。
     それを開けるのに確かあと三年とちょっとの筈だが、
     俺はあと三年でここから帰れるのかな、と思って」
    「三年か。もう一年位は経った気がするな」
    「な、本当それ」
    「でも実際は本当に一年経ってたりしてな」

    一年が経つ。
    それが良い事なのか悪い事なのか、
    もはや洞窟の中にいては判断できない。
    だが一つだけ判る事がある。
    それは残業代がジリジリと溜まっている事だ。
    それだけが判っているのだ。

    「なぁ」
    「なに、楽しい話?」
    「血管が見たい」
    「……は?けっかん……?」
    「血管が見たい」
    「何だお前、危ない性癖持ってんのか?」
    「血管が見たいんだ。
     この手に渡っている血管が」
    「残念だが俺達は骨だから無理だよ」
    「……俺達、もしかしたらもう死んでるんじゃないのか」
    「それ、俺も何度も思った」
    「そして実はここは地獄なんじゃないのか」
    「それは違う、何故なら俺は生きていて俺は洞窟にいるからだ。
     そして同じ洞窟のこの部屋にいるお前も生きているし洞窟にいる。
     死んでないし地獄じゃない」
    「どうやって証明できる?それを」
    「はぁ?」
    「俺達が死んでなくて、ここが地獄でないとどうやって証明できる?」
    「ここに勇者がやってきて俺達が畳み掛けたらそんな事を考えずに済む」
    「違う、俺はどうやって証明できるかを聞いてるんだ」
    「その証明は緊急を要しない。
     だから勇者が来るまで待て。」
    「うわあああああああああ!!」
    「わあああああああ!?なに?なになに!?」
    「勇者きた!?勇者来たの!?」
    「落ち着け落ち着け、武器を手に取れ、照明魔法!誰か!」

    長い長い時間、身体を預けていた床から身体を起こした。
    それはそれは不可解な感覚だった。
    起き上がった筈のなのにまるで横に転がるように感じる者もいれば、
    まるで上下逆転して身体が回転するように感じた者もいた。
    長い死んだふりが平衡感覚を狂わせる。

    兎にも角にもこれまでに無かった事態だ。
    明かりを点けるんだ。
    奇襲だとしても周囲を把握する必要がある。
    現状確認、現状確認、
    誰か、明かりを!

    ぱすっ、

    という魔法の照明音と共に光が縦横無尽に駆け抜ける。
    洞窟の中を、仲間達の身体を照らす。
    久方振りの色が魂を刺激するが緊張がそれに勝る。
    各自武器を手に、構えた。

    「……どこだ」
    「勇者どこだ……」

    長らく見てなかった仲間の身体の合間を探せ、勇者を探せ。
    血走る目は無いのだが皆が皆血眼だった。
    そう、勇者を生き埋めにすればこの仕事は半分終わる。
    あとは生き埋めになって戦争が終わるのを待つだけ。
    人間が降伏するのを、待つだけ。

    「……どこにもいないぞ?」

    冷静さを取り戻した者は近くの物陰を探しもしたが、
    肝心の勇者の姿は影も見えない。

    「あの……」
    「なんだ!?」
    「見つけたか!?」
    「いや……さっきの叫び声、俺の……」
    「……え?」
    「なに?」

    一人の骨が背中を床に付けてひっくり返っていた。
    他の仲間は全員武器を手に取り立ち上がってるというのに。
    お前は一体どうしたんだ。

    「なにしてんだお前」
    「どうした?」
    「いや……あの……怖い夢見ちゃって」
    「ゆめ?」
    「うそだろ?それであの悲鳴?」
    「どんな夢見たんだよお前」
    「勇者におっかけられて尻尾かじられる夢見た……」
    「………」
    「………」

    良かったな、夢で。
    でも安心しろ、お前の尻尾にかじれる肉はもうねぇから。

    しゅぽっ、
    と明かりが消える音が鳴り、
    骨達がまた配置についた。

    即ちまた死体の真似事を始め、
    闇と沈黙という精神を狂わす空間に浸り始めた。

    初めての大騒ぎに身体を動かし疲れた者も多い。
    誰も騒いだ骨を咎めなかった。呆れもしなかった。

    なんだ、まだ俺達は夢を見れるんだな。

    そう思っただけだった。


  • 未払い残業代を骨が笑う 前編

    2019-02-16 13:244

    お早う御座います、魔族です。

    皆様の中には魔族嫌いの方もいるかと思いますが、
    少しだけその偏見を捨てて私の話を聞いて下さい。

    ある日の事なのですが、
    目が覚めたら身体が骨だけになっていました。

    その時、目の前に魔王様がいらっしゃったので、
    私は勇者にやられて死体が回収されたんだなと理解しました。

    勇者ってのはですね、アホみたいに強いんですよ。
    そのアホみたいに強い奴が、これまたアホみたいに成長するので、
    もう手の付けようがないんですね。
    奴は人間の皮を被った化け物ですよ。
    要するに勇者ってのはアホなんです。

    そんなアホが私達魔族を片っ端から殺すもんで、
    もう幾つかの魔族は種が途絶えました、所謂絶滅です。
    そんなもんだから魔王様は復活の呪文を覚えて、
    死体が綺麗な魔族は呪文で蘇らせることにしたんですね。

    いや、もう私もかれこれ五回位死んでるんですが、
    流石に骨だけで生き返ったのは初めての事でした。

    ちょっとびっくりしたので魔王様になんで骨なんですかと伺ったら、

    「作戦を思いついた」

    って言うんですね。
    いや、まぁ嫌な予感はしましたよ。

    イタチごっこでして、
    最初に復活の呪文を乱用し始めたのは人間側です。
    先程言ったアホの勇者ですが、
    こいつは何度も死んでいるのです。

    しかし死んでも死んでも蘇る。
    お陰でどんどん強くなるので、
    魔族が人間の中にスパイを送り込んで、
    復活の呪文のノウハウを盗んだんですね。

    それで一番魔法の知識がある魔王様が復活の呪文を覚えてんですが、
    まぁこれが蘇らない。
    ええ、蘇らないんです。

    勇者のアホが魔族を殺す際にケチョンケチョンにするもんで、
    身体が傷つき過ぎて魂が戻ってこないらしいんですよ。

    じゃあ同じ事を勇者にすれば良いんじゃないかと言う話なんですが、
    卑怯な事に粉微塵にしても炭にしても蘇りやがります。

    どうも何かが違うらしい。
    大体一緒らしいけど、
    やっぱり何かが違うらしい。

    そこのノウハウまで完璧に盗もうと何人ものスパイをそれから送り込んだんですが、
    最初にノウハウが盗まれてから技術保護対策が厳重になってしまったらしくて、
    何度スパイを送り込んでも帰ってこない。
    殺されたのか、または殺されたのか。

    仕方がないから魔王様が研究開発しようとか言ったんですけど、
    死者復活の作業で研究なんてしてらんない。
    これは勇者を倒してしまうのが一番早いという結論に至ったと聞いて、

    「それでなんで私は骨になってるんですかね。」
    「まぁ聞け、名案だ。」
    「はぁ。」

    お前以外にも骨で復活する兵士を四十名ほど作る。

    「魔王様、作るって。一応私まだ意識はあるんですけど」
    「ごめん言葉が悪かった」

    まぁそれでな、
    骨兵士を拠点の一つである洞窟に配備する。
    位置は奥の奥だ。
    そこに勇者を誘いこんで落盤させる。

    「えっ」
    「えっ」
    「らくばん?」
    「そう、生き埋め。」
    「……それは我々まで生き埋めになるのでは」
    「大丈夫、骨だから後から掘り返して救出可能」
    「それは勇者まで一緒に救出してしまうのでは」
    「ここからがキモだ。
     勇者を生き埋めにしてその間に人間達を攻める。
     現状なんで我ら魔族が困ってるかというと」
    「勇者がいるからですね」
    「だろ?
     それを生き埋めと言う形で足止めするんだ。」
    「はーなるほど」
    「そこでお前達骨部隊は洞窟の奥で文字通り死んだふりをするんだ。
     そこにやってきた勇者が中ほどまで来た時、
     全員で勇者に取り掛かって、
     そこで身動きできなくなった勇者を生き埋めにする!」
    「私ら諸共ですか」
    「拠点も放棄する」
    「私ら諸共ですか」
    「苦肉の策だ。あのアホ勇者を野放しにしてはおけん」
    「えーでもー」
    「特別手当出すから」
    「それって勇者を待ってる間も家に帰れないんでしょ?」
    「正規時間以外は残業代ちゃんと出すから!」
    「ほんとにー!」
    「ほんとにほんとに!ちゃんと記録付けるから!ね!ね!」

    この身体は骨。
    肉は無い。
    頭も随分と軽くなった気がする。
    脳味噌はどうなったのか。

    しかし脳裏に家族の顔が過る。
    妻よ、息子よ。
    お父さん骨になっちゃったよ。
    でもこれで勇者を食い止めるんだってさ。
    お父さん、ちょっと頑張っちゃおうかな。

    「ちゃんと払って下さいよ。」
    「え!出す出す!ちゃんと明細もつけるから!」

    まぁ、考えてみたら楽な仕事かもしれない。
    勇者を待つ為に床で寝てるだけで金入るんだし。
    胃も無いから飯代もいらないし。
    それから生き埋めになってからも残業代出るし。
    なんだ、ほぼ寝るだけで金貰えるじゃん。ボロいボロい。
    よーし、お父さん頑張っちゃうぞぉ。

    配備当日、同じように魔王様に口説かれたのか、
    予定通り四十名程の骨達が洞窟の中に集まった。

    「じゃあ皆さんお願いします。」

    ユラユラと燃えるたいまつを持った案内係が洞窟の浅い方へと行ってしまう。
    俺たちゃ骨よ。死んだふりをするんだ、明かりなんかあったらおかしい。
    死人に明かりは必要無いもんな。
    でも本当は俺達生きてるのよ。
    だから暗闇ってのは、少し寂しい。

    めいめいが死体っぽく寝っ転がったのだろう。
    ガチャ、カチャと暗闇の空間に骨が勇者を騙す準備が聞こえた。

    さぁ、仕事開始だ。
    これが俺達の仕事だ。
    お父さん頑張るぞ。

    指の一つ動かしてもいけない。
    武器は出来るだけ手の近い場所に置いておく。
    まるで魔物にやられた人間の骨みたいに振る舞うんだ。
    多分、ちょっと形は違うんだろうけど。

    「おい」

    喋ってもいけない。
    喋っちゃいけないのに、おい、
    誰だ今喋ったバカチンは。

    「喋るなって」
    「足音一つ聞こえねぇから大丈夫だろ」
    「いやそうだけど」

    ここは洞窟のどん詰まり。
    どん詰まりは行き止まり。
    この場所よりも『奥』は無い。
    故に行き交う魔物の一匹も無く、
    音が聞こえるのは勇者が来た時と決まっている。

    「あのさ、勇者っていつ来るのかな」
    「そんなの判る訳ねぇだろ」
    「そうだよな」
    「良いから黙れバカ」

    バカ。
    最後の言葉にしては悪かった。
    転がった死体たちの耳に『バカ』がずっと残る。
    どうせならもっと良い言葉を聞きたかった。
    そう思った兵士は何名いるだろうか。
    また、皆黙ってしまって判らない。

    「出来れば遅く来てくれねぇかな」
    「おい、誰だ今喋ったの」
    「お、俺だけど」
    「喋んなっつったろ」
    「許してくれよ、怖いんだよ」
    「あ?」
    「お、俺ここに来る前に勇者に十三回殺されててさ」
    「じゅうさんかい!?」
    「お前結構死んだなぁ」
    「正直ここに来るのも嫌だったんだ。
     それでまだ心の整理も出来てなくてよぉ、
     整理つくまでもう少し時間があったらなぁって。」

    それを聞いてある骨がこう言った。
    今なら簡単に整理出来るだろ。
    なんせ今俺達の胸はスカスカだからな。

    「ふふっ、バカ、お前、笑わすな」
    「ははっ、確かに整理すんのは簡単そうだな」
    「ははは」

    カタカタ、カタカタ、
    カタカタ、カタ………カタ………タ……。
    笑い震えた骨達の、音が静かに低くなる。

    「お前、そんなに嫌そうなのにどうして来たんだよ。」

    端の方にいる骨だった。
    呟くような声だったが場所が場所だ。
    その場に居る骨全員に聞こえる程には明瞭な声だった。

    「娘が居るんだ」

    心の整理が出来てないと言った骨が返事をしたが、
    その声を咎める骨はいなかった。
    ただ、その骨の言葉が続いた。

    「給料日に給料袋を持って帰るとな、
     わーいお父さん稼いできたねってはしゃぐもんでさ、
     ある時石ころも詰めて持って帰ったら、
     その膨らみを見て今日は凄いね!って言ってさ。
     まぁ、後から中身見た母ちゃんに馬鹿だねって怒られたんだけど。
     でも最近死ぬのが続いて復活代が給料天引きされて袋小さくて、
     娘が言うんだ、お父さん無理しないでぇ、って。
     そんな事娘に言われるなんてなぁ。
     俺は臆病で十三回も死んだんだけどよぉ、
     娘を喜ばせたくてな。
     この仕事、残業代凄く出そうだろ。
     生き埋めの仕事って聞いた瞬間正直やろうかためらったけど、
     今までで一番大きな給料袋背中にしょって帰ってよ、
     それで娘に、わぁお父さんすごーい!って、
     そう言われるかもって思ったらさぁ、
     ――いやぁ………俺って馬鹿だよな。」

    馬鹿。
    馬鹿は馬鹿でもこの響きは違う。
    馬鹿は馬鹿でも、嗚呼、馬鹿は馬鹿でも。

    「馬鹿じゃねぇよ。」

    ほぼ反対側から別の骨が鳴った。

    「アンタは馬鹿じゃねぇよ。
     今ここにいるのに十分な理由だ。
     少なくとも、俺にはそう聞こえた。」
    「俺もそう思った」
    「俺もだ」
    「娘いるの羨ましい」
    「いいなー」
    「お父さん頑張れ」
    「立派だぞお父さん」

    カタ、カタタ………カタ……。
    また骨達が静寂に服する。

    洞窟の浅い所から何かが擦る音が聞こえた。
    勇者が来たのだろうか。
    配備されてから何時間経ったのだろうか。
    カタン、コトン、音が大きくなり、
    コトン、コト。また小さく通り過ぎて行った。

    「……勇者か?」
    「しっ」
    「……違うな。」
    「オイ」
    「……多分見張りが気紛れに近くまできただけだろ」
    「ここ一本っ道のどんづまりだもんな、
     来て戻るなんて見張りぐらいなもんだろ」
    「なんだよ、くんなよ。」
    「……俺もさぁ」
    「あ?」
    「息子がいるんだよ。」
    「なんだよ」
    「えっ」
    「聞かせろよ」
    「……いやぁ、気が付いたら骨になってさ、
     それで落盤がどうのと言われてさ。」
    「ほんとほんと」
    「それで残業代がどうのこうのと言われて、
     でもなぁ、そういう事じゃないんだよなぁ、
     結局は息子と嫁の顔が思い浮かんでさぁ。
     俺が勇者を足止めしたら、その分家族が安全になるって思って」

    そうだよなぁ。

    皆同じ事考えるよなぁ。

    なんだオイ、恋人すらいない俺に喧嘩売ってるのか?

    まぁまぁ、色んな奴がいるから

    またそこかしこから骨達の声が鳴る。

    「名前は」
    「え?」
    「息子の名前は何て言うんだ」
    「ブルザレスだ。」
    「昔の英雄の名前じゃないか、良い名前だ」
    「名前負けしてるって言われるけどな」
    「そんな事は無い、子供は皆成長する。」
    「そうだよな……ちなみに嫁はプリスチだ」
    「嫁までは聞いてねぇよ」
    「えぇ?ついでだ聞いとけ」

    カタカタ、カタカタ……。
    また静寂が戻った。

    洞窟の浅い所から何かの音が聞こえた。
    大きな音のように聞こえた、パシィ!と何かが砕けるような音だ。
    勇者が来たのだろうか。
    配備されてから何日が経ったのだろうか。

    「なんだ!?」
    「勇者か!?」
    「遂に来たのか!?」
    「しっ!だまれ!黙れ黙れ!」

    一瞬騒然となった洞窟の奥。
    しかしそれぞれが自らの使命を思い出して即座に沈黙した。
    騒ぎ立てるのは無理もない事だった。
    何せずっと動かずにただ勇者が来るのを暗闇の中で待ち伏せる。
    まるで延々と続く夜の森を彷徨っているように意識が皆、遠かった。

    「………」
    「………」

    息を殺す。
    ただじっと。
    いよいよその時が来たかと各自に緊張が走った。

    「……」
    「……」

    しかし音から続く気配がない。
    足音も聞こえない。
    何かが砕けたような音だったが、何が聞こえたのだろうか。

    「なるほど、さっきはきっと水押しだな。」
    「みずおし?なんだそりゃ」
    「土の中の水分が増えて圧が増すんだ。
     この洞窟のどこかの部材がその圧に耐え切れずに割れたんだな」
    「なんだぁ」
    「勇者が来たんじゃないのかぁ」

    カタン、カタタッタン。
    緊張からの安堵はまるで跳ねる兎のよう。
    骨達がリズミカルに身体を鳴らす。

    「……なぁ、俺達こうしてからどれだけ経った?」

    その跳躍的な骨の合唱に紛れるかの如く、
    一つの声が暗闇の中に突き刺さっていった。