• 未払い残業代を骨が笑う 座編

    2019-02-28 19:07

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    床に水が浸っている。
    珍しい事ではない、
    掃除の際に床に水を撒く事は当然で、
    窓から吹き込んできた雨が濡らす事もある。

    ただ骸骨の口をくぐって零れた水を見るのは、
    この館に使える給仕にとっては初めての事。

    眼球が付いているという事は時として不便で、
    向きで何を見てるか丸わかり。
    じっと床の上を見つめる給仕を見つけ、
    弟君が一つ咳ばらいをした。

    「すまん、給仕が失礼な態度をとってしまった」
    「構いません。
     こちらこそ水をぶちまけて申し訳ありませんでした」
    「いや、いい。
     疲れた所に丁寧な説明をして貰ってすまなかった。
     一つ部屋を用意しよう。取り敢えずそこで休むと良い」

    骨に目は無い。
    眼窩に空洞、ただ空気が行ったり来たりで、
    上や下を向く目玉が無い。
    ただ白い骨がすっくと弟様を見つめるばかりで、
    本当の視線は何処を泳いでいるのやら。

    「休む?」
    「そうだ、長い任務だったから疲れたろうに」
    「いえ、まだ任務は終わっておりません。
     私をこのまま魔王様の所まで連れて行って下さい」
    「精が出るな」
    「なにを仰います、
     これから人間側への総攻撃です。
     洞窟を抜けた折には久しぶりの光景に多少呆けましたが、
     勇者が生き埋めの今、強襲をしかける機会には間違いありません!」
    「ちょっと待て」
    「なにか」
    「それは誰かが計画した事なのか?」
    「はい、洞窟に向かう前に魔王様が私達に。
     勇者を生き埋め、即挙兵という段取りだと」
    「それは無い」
    「え、いまなんと?無い?」
    「今魔族に人間側に総攻撃を仕掛ける国力の余裕は無い」

    骨に目は無い。
    目玉がない。
    一体何処を見ているのかも判らず、
    頬に肉も無いので笑っているのか悲しんでいるのか、
    怒りも喜びも読み取れず、
    弟君はただ痛感するばかりだ。
    そうか、感情とは元々、目に見えないものであったな、と。

    「ヴイカ、お前も知っている通り勇者が猛威を振るってきた。
     お陰で魔族の国力は落ちに落ちている。
     一旦魔族の中を立て直す必要がある。
     かたや人間側は勇者一人の活躍で大半の人間の兵は防衛のみ、
     兵力は十分に温存されて純粋な殴り合いの戦争なら相当強い。
     いかに強襲で先手を取ろうと優位に立てるのは一日そこらだろう。
     温存戦力で圧倒的に勝る人間に攻め込む利点は無い。
     いくら勇者を封じたとしてもだ。」

    目が無いのは不便なものだ。
    本当に何を考えているのか判らない。
    視神経が繋がっていたと思われる穴がちんまり見えるだけ。

    「……じゃあどうして魔王様はそんな事を私達に?」
    「どんな交渉の仕方だった?」
    「え?」
    「兄上がお前に今回の任務を通達する時だ。
     直に命令の内容を聞いたんだろう?」
    「随分とゴリ押しするような言い方でした。」
    「そうか。
     お前はもしかすると兄上の予想外の存在なのかも知れんな。」
    「え?私がですか?」
    「私も色んな所に密偵を放って情報をかき集めている。
     その全ての情報を繋いで出す推測だがな、
     お前は勇者諸共二度と日の目に当たらないままだった筈だ、
     兄上の算段ではな」
    「     え」
    「人間側に最近変な動きが二つあった。
     一つは各地の武器防具の界隈が活発になった事だ。
     魔族と争っているから当然かと思うか。
     実は真逆だ。
     勇者が現れてから業界の売れ行きは冷え切っている。
     戦場で活躍しているのは勇者ほぼ一人だからな。
     故に武器防具の消費も勇者一人分だ、ほとんどな。
     他の兵は警護ばかりで備品の消耗も無い。
     魔族だって勇者一人を警戒して城攻めなんぞ暫くしてないからな。」
    「――たしかに」
    「もう一つも不思議に思っていた事だ。
     なんと復活呪文を禁止するという条約を人魔の間で取り決めようという動きが」
    「は?」
    「不思議だろう。
     人間側で復活を禁止にするという事も不思議だが、
     これをさも締結当然言わんばかりに話が進んでいるのも不思議だ。
     ようするに魔族側がこの話を飲む、と思っての動き。
     だがお前も知ってる通り魔族でこの条約はご法度だ。
     何故なら勇者がこちらを大量に殺すので復活せずにはいられない。
     そうだろう?」
    「その通りです……。」
    「だから私も今まで不思議に思っていた。
     なんでこんな動きをしているのだろうとな。
     だが本日お前に会って話を聞いて全てに合点がいった。
     人間側は魔族側と結託して勇者を排除し、
     そのまま復活もさせないつもりだ。」
    「え!?」
    「そして魔族側もそれに承諾して勇者を封じ、
     その見返りに金銭と講和条約で休戦をして、
     暫く形ばかりの戦争をやるつもりだな。」
    「     どうしてそんな!?」

    骨は肉が繋いでいる。
    だから骨は外れない。
    仕方なかった、ヴイカの顎がバカッと音を立てて外れたのは。
    大声と共に勢いよく開いた顎が外れ、
    床に落ちる音が激しく響いたが、
    ヴイカはそれを直ぐには拾い上げようとはしなかった。
    怒りが勝ったか、椅子から腰を上げて弟君の前に仁王立ちを。
    弟君をそれを暫くじっと見て、
    ヴイカの顎を拾い上げた。

    「ほら」
    「………すいません」
    「人間側の中に勇者が邪魔だと思っている輩が居る。」
    「武器防具を商いにしている奴らですか」
    「そうだ、そして奴らは数が多く、発言力もある。
     様々な所に働きかけて今回の件まで至ったんだろう。
     普通に戦争をした方が奴らは儲かるからな」
    「しかし、それだと魔王様が人間と通じた事に」
    「組織の上と言うのは様々な所と繋がっているものだ。
     それに兄上も飛びつく案件だろう。
     お前が知ってるかは知らんが復活魔法はとにかく疲れる。
     復活の際に復活費用として幾らかをお前達の給与から天引きし、
     それで今魔王城内の財政自体は潤っているが、
     まぁ、兄上は辛いだろうな、体力的に。
     そこに大量の金銭譲渡を報酬に勇者の生き埋めを持ち掛けてきたら?
     その上復活魔法を禁止する条約まで締結できる雰囲気だったら?
     人間側としても勇者を掘り返すのは困るだろう、
     それに最近の勇者はやりたい放題だった、
     武器防具の商人たちでなくとも煙たがっていた要人は多い筈。
     兄上としては重労働から解放されて金銭収入も十分、
     人間としてもメリットが十分にある。
     人魔の講和がなされたとして、そうだな、大体一年かそこら、
     長くても一年半か。」
    「……結局平和にはならないって事ですか」
    「両陣営の頭が変わらない限りな。
     うちに限っては兄が魔王をやっている限り変わらんだろう。
     だからヴイカ、お前に命じる。」


    魔王を殺せ。


    「まだ質問はしなくてもいい。
     そのまま聞けヴイカ。
     仮にもお前は勇者を生き埋めにした部隊の一員、
     その事を大々的に広めて帰城すれば兄上もお前に合わねばならなくなる。
     それだけではない、よくやったと謁見の上に兄上の近場にもいける。
     そこで私が兄上直々に剣を取らせてはどうかと言うので、
     剣を私に来た際に心の臓を一突きにやれ。
     うん、質問があれば言って良し。」
    「……私が?」
    「ああ」
    「魔王様を?」
    「そうだ」
    「……それはなんの益があるのでしょうか?」
    「私が次の王になって人魔の争いを止める。」
    「……どうやって?」
    「今は血と血で争う事をしているが、
     時間をかけてこれを経済戦争に切り替える。」
    「経済戦争に?」
    「お前が知ってるかは知らないが、
     今世間ではトライベという悪病が流行っている。
     これは人魔両方で流行っていてなかなか手を焼いている。
     正直戦争をやっている場合じゃなくなるのは時間の問題だが、
     富裕層には流行ってないから戦争はまだ続くだろう。
     そのバカ達を一旦黙らせて人魔合同でこの悪病に対する研究を行って根絶する。
     その技術交換を皮切りにお互いの文化や技術を交流させて貿易を活性化、
     というのが今私が思い描いている段取りだ。
     だがこれを実現するには国家予算が馬鹿みたいにかかる。
     故に官僚クラスの給金も四分の一から五分の一にカットする」
    「五分の一!」
    「首を縦に振る者は少ないだろう。
     今座り心地の良い椅子に座っている奴らならな。
     その辺を一気に粛清して私の意見に賛同している者達で脇を一気に固める。
     もうこの準備はかなり前から進んでいて万端だ。
     ただタイミングだけが計りかねていた。
     そこでお前がきた。」
    「私が」
    「ん?」
    「魔王様を殺したら、私はどうなりますか……」
    「一先ずは牢獄に入ってもらう」
    「牢獄に」
    「それからなるべく早い段階で助け出す。
     兄上の色んな悪行を暴いて新体制を固めてからだな。
     ただ」
    「ただ?」
    「……正直、今お前がどうしてそんな姿で動いているのかは私にも分からん。
     もし、兄上が何かの魔力回路を使っていて、
     兄上の死と同時にそれが切れるなら、
     お前は兄上と同時に死ぬだろう。」

    だがこれだけは肝に銘じておけ。
    お前は本来生き埋めのまま掘り起こされる事も無かった存在。
    こうやって水の一杯も顎を通す事が無かった。

    兄上の権勢をこのままにしておけば戦争も止む事が無い。
    お前の家族も、下手をしたら戦火に巻き込まれるかも知れない。

    だが今お前は何の偶然かこの場で水を浴び、
    戦火を止められるかもしれない立場にある。

    「どちらがマシだ」
    「……弟様」
    「なんだ」
    「魔王様と話した時、
     残業代が出ると、そういう約束をしました」
    「残業代か?」
    「はい、時間外残業代として洞窟での勤務時間をそのまま換算すると。
     これ、最終的に払われますかね……」
    「心苦しいが正直何とも言い難い。
     新体制に変わった際、色んな所への根回しも含め、
     かなりの予算消費が見込まれる。
     魔王となった私自身の給与も兄上の時代の十分の一に絞る予定だ。
     もし払うとなってかなり後回しになるだろう。
     旧体制の魔王が取り決めた特別手当という事もあるからな……」
    「そうですか……」
    「だが、お前とその家族は必ず手厚く扱う」
    「他の仲間の分もお願いできますか」
    「……必ずと、約束しよう」
    「――判りました、先程の計画、約束いたします」

    そういうとヴイカの頭部が天を仰いだ。
    弟君に渡されていた顎は右手に持ったままだった。
    顎が外れたままの状態でどうやって話してたのか、
    部屋の隅で待機する給仕がじっと見つめたままだった。

    「ヴイカ、家族に会いたいか」

    気をきかせたつもりなのだろう。
    弟君がそう尋ねたがヴイカは首を横に振っただけ。

    「いえ、結構です」
    「そうか」

    骨の兵士、ヴイカ。

    最早この身に肉は無い。
    抱きしめて温めたいと発せば妄言の類。
    肌の柔らかさで包む事も出来やしない。

    この肉の無い体で家族に愛が伝わりますか。

    その胸の内を言葉には出さず、
    ただヴイカは椅子に座ったままだった。


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  • 未払い残業代を骨が笑う 脱編

    2019-02-25 19:512

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    あ、動いた。
    そう思ったのはヴイカという骨だった。

    落盤がもたらした結末は期待通りだった。
    洞窟最深部に居たあらゆる物を生き埋めにし、
    別れを惜しむ恋人のように離さない事だろう。

    だが洞窟に嫌われた者がいた。
    たった一人だけ。
    それがヴイカだった。

    ヴイカも他の骨同様に落ちてきた岩や土に身体を押し付けられた。
    そこまでは同じだ。

    どうせこのまま何か月も生き埋めなんだろうな。
    そう思ったのも同じだ。他の骨も同じ事を思った。

    ちょっとどこか動かしてみようかな。
    そう思ったのも同じだ。他の骨も同じ事を思った。

    だがヴイカだけが違った。
    自らを覆っていた土と岩が動き、
    そのまま這いずり出す事が出来た。

    「おい、誰か聞こえる?」

    ヴイカは勇者に被さろうとした時、
    払った剣で吹き飛ばされて入口の方へと移動した。
    更に勇者に向かう仲間からどけられるように扱われ、
    その体は更に入口へと飛ばされる。

    それが功を奏した。

    「おい、おい!おーい!」

    良く判らないが、身体が自由になったヴイカ。
    自分がこうなったんだ、もしや他にもこうなる奴がいるんじゃないか。
    ヴイカは思いっきり声を張り上げた。

    「おーう」

    返事が返って来たが随分とくぐもった声だ。
    それもその筈、返事の相手はまだ岩と土の中に埋もれている。
    埋もれているんだな、でも返事は出来るんだな。

    「おい、誰か!動けるか!」

    動ける訳がねぇだろ。
    動けたら駄目じゃねぇか、俺達は生き埋めになるまでが仕事だろ。
    土の中からそう返って来たが、
    声がくぐもっている分、土が喋ってるようだ。

    「そ、そうだよな。
     どうしよう、俺、なんか生き埋めから出れちゃったんだけど」

    ええ?

    「いや、ほんと、なんか腕が動くかなとか思ってさ、
     そしたらもぞもぞ動けて、ほら見ろ!ジャンプも出来る!ほらほら!」

    みえねーよ。

    「そ、そうだよな」

    そうか、出れちゃったか。
    お前ラッキーだな、運がいい。

    「はっ」

    どうした。

    「お、俺、もしかしたら土の中に戻った方が良いのかな」

    なんでよ。

    「だって勇者と一緒に生き埋めになるのが仕事だし、
     これだと生き埋めになってないだろ。
     規約違反で給料ナシとかに」

    なる筈ねぇだろ。
    良いか良く聞け、お前にはこれからやる事がある。
    この洞窟から脱出して無事に本拠地まで戻るんだ。
    そこで落盤して勇者ごと生き埋めにした経緯を報告しろ。
    そうしたら魔王様も軍を動かして人間達を早急に攻める筈だ。
    それが完了すれば俺達もその分早くここから救出される。

    「な、なるほど!お前頭良いな!」

    昔からそう言われてた。
    おい、どうして俺達が骨になっても動いてるか判るか?

    「どうしてだ!?実はずっと不思議だった!」

    俺にも判らん。

    「判らんの!?」

    だが今お前がどうすれば良いのかは判る。
    いいか、判る事からやっていけ。
    お前が今やるべき事は本拠地に行って生き埋め作戦の成功を知らせる事。
    他の事はそれから考えれば良い。

    そう言ってくれた相手は土砂の中。
    勢い付けにケツを引っ叩いてくれる訳もない。
    闇と静に長く漬け込まれたせいかヴイカは身体が全体的に重い。
    もしかしたら身体が闇に三分の一位溶けちゃったんじゃないのか。

    「お   」

    この洞窟から出るのも久しぶりだ。
    何か懐かしいものがヴイカの身体に当たる。
    日光だ、今は朝か。出口も近い。
    足を動かす度に関節に挟まった土をボトボトと落としつつ、
    ヴイカが入り口に辿り着いた。

    朝だった。
    洞窟の外は朝だった。
    天候は晴れ、雲も無し。
    風も無く、ただ何の変哲もない朝だった。

    ただヴイカにとっては違った。
    朝だった。
    朝と言うものがどういうものだったか忘れかけていた。
    闇と静だけに包まれた長い間、
    ついには仲間も喋らなくなり、
    土と同化してしまうかと思った程のあの時間。

    空が青、
    地面は茶色、
    草は緑。
    落盤完了の報告をせねばならないのに、
    ヴイカの足が動かない。
    身体に肉がある頃はなんの気にも留めなかった光景に、
    ただただヴイカは洞窟の入り口に立ち尽くした。
    騒ぐでもない、怒鳴るでもない、
    ただ彼には眼球が無かったので、
    静かに涙を零す事が出来なかった。

    「おい」

    ヴイカの声がしたのは洞窟の中。
    ヴイカは引き返してきた。
    やらなければならない事とは逆なのは承知している。
    だが。

    「空が青かった、今日の天気は晴れだ」

    そうかと土の中から返事が返る。

    「鳥が飛んでいた、なんか灰色と青色の鳥だ、動いてたぞ」

    飛んでんだからな、動いてなきゃおかしい。

    「それにな、それにな」

    おいそこまでだ、そこまでだ。
    土の中からまるで開いた手がにょきっと出てきそうな声がした。

    お前はここから出て行く。
    俺達はまだここで生き埋めをずっとやる。
    お前は外の世界に戻る。
    俺達はまだまだここにずっといる。
    この闇と静けさに耐えなきゃいけない。
    ようやく何とも思わない位に慣れてきた頃だ。
    余計な事を吹き込むな。

    至極、御尤もな言葉だ。
    ヴイカは返す言葉も無い。

    「ごめんな」

    そう言って身体を少し動かすと、
    そのまままた洞窟の外へと向かった。

    再び日差しがヴイカの身体を照らした時、
    彼の右手の二本の指が緑色を照らした。
    花を摘んでいたのだ、

    聞いてくれ、花も咲いていたんだ。
    ピンクの色でな、実は今持ってるんだ。
    匂いだけは伝わるかと思ってここまで持ってきたんだよ。

    なんて事を言おうかな。
    全てヴイカが思い巡らせていた台詞の数々だが、
    その微塵も言わずに洞窟から出てきてしまった。

    言えるものか、これからずっと生き埋めになる同僚達に。
    自分だけがこれから外の世界で自由になるんだ。
    骨だけど。

    あいつらはまだずっと闇と静に浸らなきゃならない。
    それを花を持ってきただなんて。
    俺だけ自由になった事を、
    これ見よがしに自慢するようなもんだろ。
    まだ骨だけど。

    ヴイカにとって心を雑巾の如く絞られた心地だった。
    右手に持っていた花を闇の中そっと地面に置いて、
    そのまま何も言わずに洞窟を出てきたのだ。
    同僚達への手向けでもある。
    彼らはまだ生き埋め続けなければならない。

    悪い。
    俺だけ先に行くな。


    魔族の街に向かって骨が歩いているのを見た。
    骨は骨格がきちんとしており、肉は無いが足を動かす。
    形状から見て魔族の骨だが、詳細がわからないので気味が悪い。
    その情報がすぐさま魔族本拠地に届いた。

    何分、魔族の中でも骨だけで動くなんて奴は今までいない。
    異常事態に各所に伝達が飛ぶ。

    「弟様」
    「どうした?」
    「なにやら骨が動いて本拠地に向かっているという情報が」
    「骨」
    「ええ、骨です」
    「なんの骨だ?」
    「魔族のもののようですが」
    「一体だけか?」
    「そのようで」
    「兄上には伝えたのか」
    「魔王様にも伝令は飛ばしております」

    魔王の弟が居を構えるのは本拠地のまだ浅い位置。
    魔王の耳に届くよりも早く彼の耳に骨の情報が入った。

    「現在の場所は?」
    「恐らくアルカワの森をまだ横断している頃かと」
    「第三班を向かわせて接触しろ。
     質問による受け答えの後、会話が出来るなら戦闘するな。
     その骨が魔族だと主張したなら保護してここに連れてくるんだ」
    「御意」

    朝も早い事だった。
    骨が魔王の弟の所に連れて来られたのも昼前の事。
    カチャカチャと関節が鳴る骨を前に弟は冷静だった。

    「お前は魔族か」
    「そうで御座います弟様」
    「骨だけだが身体はどうした。」
    「実は」

    実は勇者生き埋め作戦は極秘の事だった。
    骨だけで蘇る蘇生法も魔王が新たに開発したもので非公開、
    作戦の全貌を知る者も魔王の周囲の者達だけで、
    骨達が洞窟に向かったのも闇に紛れての事だった。
    どこから情報が洩れるかも判らない、
    勇者を罠にハメる為にはまず魔族から。
    そう通達された骨達は隠密に洞窟に配備されていた。

    「と言う訳で御座います、弟様。」
    「そういう事か……で、
     今勇者はその洞窟の中でお前の仲間達と生き埋めに?」
    「はい、御覧の通り、私だけ運よく浅い所に居ましたので、
     こうして作戦成功のご報告に来た次第であります。」
    「確認して良いか」
    「どうぞ」
    「それは本当に勇者だったのか?」

    なるほど、この質問に無理もない。
    ヴイカも弟君の言いたい事が判る。
    洞窟の中で視界は暗い筈。
    しかもヴイカは骨だ、眼球も無い。
    眼球も無く何故『見れる』のかもヴイカ自身判らない。
    己に判らぬ事に他者が疑問に思う、無理からぬこととヴイカも悟り、
    うん、と一つ頷くと指を二本立てて見せた。

    「私は二度、勇者に殺されました。
     二度目の蘇生でこの様に骨になってしまったのですが、
     弟様、死んだ事はおありですか。
     誰かに殺された事はおありですか?」

    自分を殺した相手というのは忘れないものです。
    二度も殺されるのは一度仕込んだ料理を更に煮込むようなもの。
    煮詰まれて奴の顔はこの魂にこびり付いたようで、
    この通り、骨になっても忘れてはおりませんな。

    「信じるに十分な説明だった。
     ところで君、名前は何というんだ」
    「ヴイカです」
    「ヴイカ、任務ご苦労だった。
     今何か用意できるもので欲しいものはあるか?」
    「それでは、水を一杯頂いても宜しいですか。」
    「水か?」
    「水を」

    言うからには用意しよう。
    だが水をどうするんだ。お前は骨だろ。
    潤す喉も無い。

    「どうぞ」
    「ありがとうございます」

    コップに水が約七割。

    「失礼」

    まさにコップに入った水を飲む仕草だった。
    傾けたコップから水があふれだし、
    薄く開けた骸骨の口の間を目掛けて飛び込んだ。

    頬は無い。
    喉も無い。
    舌も無論。
    水を受け止める肉が無い。

    水が弾けた。
    背骨に伝わった水がそのまま骨を伝って床まで落ちる。
    胃も無ければ膀胱も無い。
    全て水は骨を伝って何も潤さなかった。
    弟君の目の前でビシャビシャと音を立てて床を汚しただけ。

    「失礼しました。
     滑稽でしたか?
     けれど私は生きているのです。」

    哀しみを哀しみだと判り、
    喜びを喜びだと思う。

    同じように洞窟から出てこの魔族の土地についた今、
    ようやく安堵する事が出来ました。

    一息つくために水を一杯。
    生きている者なら誰もがする行為でしょう。

    喉を潤す為では無いのです。

    この所作が私に今生きている事を自覚させる。

    その為です。

    床は後で自分で拭きます。


  • 未払い残業代を骨が笑う 後編

    2019-02-19 20:26

    →最初から読む←

    洞窟の中にあるのは闇、
    それの伴侶のように無音が寄り添う。

    動けば音が鳴るものの、
    仕事上それは許されない。
    闇と無音のランデブーに付き合う他無い。

    その中である骨がこんな事を考えついた。

    もしかすると、この世に『時間』なんぞ無いのではないか。

    目の前のあらゆる物体が静止してる様を見た時、
    それがあまりに見事であったらこう錯覚するだろう。
    「これはもしや時間が止まっているのではないか。」

    止まっている物を見るだけならそうは思わないだろうが、
    それまで動いていた物が微動だにしなくなるとすればどうだ。
    心の奥底にでも「時間が止まったか?」と思いはしないか。

    これは不思議な事なのだ。
    『動』が『静』に変わると時間が止まったと思考が働くのだ。
    同一現象として認知してしまう、と言ってもいい。

    このように『物が動かない事』が『時間停止』と混同される以上、
    この二つには密接な関係性があると考えられる。
    あくまで、これは動物達の感性での話だ。

    そう考えた時、
    そもそも時間という概念は動物達の都合で作られたもので、
    本来そんなものは無いのではないかと思考が行きつく。

    こういう事だ。
    この世に『時間』は無く、ただ『動き』がある。
    『動き』を判りやすく整理する為に『時間』という概念を使ってるだけで、
    実際そこに不可視ながら信じていた『時間』は存在しないのだ。

    これを考えていた骨はまだ体に肉があった頃を思い出す。
    そう言えば部隊長に「時間を無駄にするな」と怒られた事があったが、
    あれを正しく言うなら「もっと身体を動かせ」となるだろう。
    やはり『時間』は『動く』事に限りなく近い言葉であり、
    都合よく言い換えているだけなのだ。

    空に太陽と月が無かったら『時間』は無かったかも知れない。
    天が変わるから時間が経ったと判るのだ。
    朝が夜に変わるから時間が過ぎたと判るのだ。
    もしこの世がずっと朝なら誰も『時間』を言い出さなかったかもしれない。

    区切れないんだ、この世を。
    朝と夜がこの世を丁度良く区切っているから、
    俺達が都合よくそれを『時間』と呼んでいるだけなんだ。

    結論、『動き』がある所に時間という概念は存在する。
    それが無い所に時間は産まれない。

    だからこの洞窟の中に『時間』など無い。

    これを考えた者の思考はぷっつりとここで途切れた。

    勇者を生き埋めにする為に洞窟に遣わされた骨兵士達。
    最深部に配置されてどれだけの時間が経ったのか誰も教えてくれない。
    お茶の差し入れも新聞の配達も何もない。
    彼らは重要な事を申請するのを忘れていた。
    魔王様に申請するのを忘れていた。
    『孤独手当』という名の特別手当の申請を。

    今、洞窟の中は孤独が完成した。
    間近に仲間がいる筈なのに、
    完璧な暗闇と完璧な沈黙でこの洞窟の皆が孤独に封をされた。
    まるで石臼のようにそれぞれの心をすり潰しにかかる。
    上の石は沈黙、下の石は闇。上下の無慈悲さに徐々に挽かれていく。

    この石臼から逃れられる術も絶えてしまった。
    それは無駄口である。
    自分の子供や嫁、果ては友人の話まで多岐に判っていたが、
    回を増す毎にその質が変性していってしまった。
    変性させたのは『不安』。会話の内容が

    「もし~~だったらどうしよう」

    という不穏なものに変わる、増える、止まらない。
    遂には仲間から

    「もうその話を止めろ」

    とまで言われてしまい黙りこくり、他の骨達も

    「もしかしたら自分もそんな事を口走ってしまうかも」

    と喋り出す事を止めた。
    無理からぬことである。
    彼らは陽の光を浴びれない。
    青い空も道端の草花も見れない。
    ただ闇だけを延々と見続けて、
    その心に不安が巣食わない道理があるなら教えて欲しい。
    彼らは産むべくして沈黙を産んでしまっている。

    それに彼らは恐れている。
    いつ、誰が、

    「お前はどうやって死んだんだ?」

    と喋り出してしまう事を。

    ここに居る一人残らず骨だ。
    少なくとも一回は死んでいるのだ。
    しかも殺されている。
    相手は勇者だ。
    これだけ仲間が居るからさぞ種類に富んだ話が聞けるだろう。

    だが冷静に考えた時、
    骨達はその勇者を待っているのだ。

    殺された記憶と言うのは良いものではない。当たり前だ。
    もう二度と殺されたくない、そう思って何度も死んだ骨もいるだろう。
    そんな経験をした兵士達がこの洞窟で待ち構えているにあたり、
    その事だけを考えれば気が狂っても仕方のない事だろう。
    だから余計にそんな話題を作れないし、聞いてもいけない。

    だが闇の中、何かの拍子で話し出しそう。
    不安が背中を押してしまいそう。
    死んだ記憶を話してしまいそう。

    この沈黙は正気を保とうとしている。
    まだ良い方向に事が進むように心がけている。

    だが毒だ。

    彼らはどれだけこの毒に耐えられるだろうか。

    唯一『変化』が判る時が雷が落ちるだ。
    雨音は優しすぎて洞窟の最深部まで届いてこないが、
    凶暴な雷が大地を叩く音だけは聞こえてくる。
    どぉん、という日頃はおぞましい音も、
    待ち伏せの任務についている骨達にとっては楽しみの様なものであった。

    ある日も、雨が降った。
    激しい雨だった。
    大気がこすれ、大気にピリピリと電気が溜まり、
    抱えきれなくなった空が雷を洞窟の中に聞こえる距離に落とした。

    どぉん。

    雷の音だ。
    ああ、雷の音だ。

    「おい」

    だが、
    いつもと何かが違う。

    「しっ」

    この雷の音は、
    何かが邪魔をしたように聞こえる。

    洞窟の入り口に誰かが立っていて、
    奥まで雷の音が届くのを邪魔したような。
    そんな事まで判るのか?って。
    そりゃあ判る。
    最深部の静寂の中で雷の音を何度聞いたと思っているんだ。

    誰かが洞窟の入り口に立っているんだ。

    「誰だ」
    「判らん」
    「うるさい、静かに」

    沈黙と暗闇で溶けかけていた意識と理性。
    緊張がそれらを叩き起こした。
    この洞窟の最深部、
    死体を真似て転がっている全ての骨に力が戻る。力が走る。

    やはり誰かが洞窟の入り口に立っていたようだ。
    雨に激しく打たれたのだろうか、中の方にまで入ってくるらしい。
    雨に濡れた身体が奏でているのか、
    ビチャ、ドチャ、という音が彼方で幽かにだけ聞こえる。

    勇者か、それとも仲間か。

    洞窟の中は進めば足場が整えられている。
    歩行を補助するのは平坦な道。
    障害物がない道は見ればすぐに判るだろう。
    この場所は誰かの手が加えられていると。
    奥にも誰かがいるかも知れない。

    そこまで気付いて更に奥まで入ってくるのは、
    此処が魔族の拠点だと知っている仲間か、
    さもなくば余程の好奇心の持ち主か、
    あるいは、勇者だ。
    魔物の拠点を潰して回っている。

    足音が判る程になった。

    光までもうっすらと見える。

    気配はもう最深部の手前まで来た。

    曲がり角を光が回折してその距離を知らせてくる。

    いよいよ直進する光が骨達の部屋を照らすまでになった。

    濡れた足音が骨達が待ち構える部屋の中まで入ってくると、
    いよいよその足音の主の正体が判った。

    勇者だ。

    忘れる訳がない、殺された相手だ。

    勇者がそのまま骨達の部屋に足を踏み入れる。
    生きている魔物を探しているのだろう。
    照明魔法を先頭に行かせ部屋の中に入って来た。
    骨達は知っている、勇者は魔物を殺す事に執着している事を。

    そして勇者がいよいよ部屋の中ほどまで歩を進めた時、
    がちゃん、がちゃがちゃ、と勇ましい音が鳴り響いた。
    見事だった。合図も無しに全ての骨が一斉に躍りかかったのだ。

    寸分の乱れも無い動きは勇者に剣を抜かせなかった。
    襲い来るのは骨だけになり、長い時間を耐え抜いた兵士達。

    「かこめ!」
    「たたけっ!」
    「逃がすな、畳み掛けろ!!」

    勇者もただでは包囲を許さない。
    刀身を抜くのを惜しんだか鞘に収まったままの剣を払った。
    その腕力だけでも十分に武器になる。
    鞘ごと剣を当てられた骨の一人が頭から割られて後ろに吹っ飛ぶ。
    照明がその様を如実に浮かび上がらせるが誰もそれに構わない。

    「押さえろ!」
    「掴め!」
    「掴め掴め!」
    「あああああ!」

    一体の骨が勇者の足を掴んだ。
    それに振り返る事も無く勇者が剣で薙ぐ。
    身体は砕け飛んだが掴んだ腕だけは残った。
    次に別の骨が勇者の首を掴む。
    次々に勇者の身体を掴み、砕かれていく。
    そこに慈悲は無い。迷いも無い。

    勇者と骨、
    双方に慈悲は無く、双方に迷いも無い。

    ただ骨が吹き飛ばされ、
    彼らの腕が一つ、また一つと勇者の身体を掴んでいった。

    取りついた骨が重なり勇者の動きが鈍くなってきた。
    掴まれた骨の腕達が嵩んで、曲がる筈の関節の可動が狭くなる。
    骨達は止まらなかった。
    鈍った勇者にある骨が全身で取りついたのを皮切りに、
    ついに勇者が倒れるまで骨達が身体を絡めとった。

    「もういい!」
    「発破!発破だ!」
    「誰でもいい発破しろ!」
    「早くしろ、発破だ!」
    「発破発破!」
    「誰か!発破しろ!早く発破しろ!!」

    無駄だ。
    全てが無駄になった。

    これまで暗闇と沈黙がした仕事は全て無駄。
    長い時間をかけて骨達を蝕んできた。
    無音で狂わせ、闇で惑わし、不安を打ち掛け、
    全ての骨達にじわじわと狂気を刷り込んだ。

    しかし全てが無駄だ。

    緊張が全てを凌駕する。
    良い事も悪い事も全て。

    息子や妻への思いも、
    古い友人との記憶も、
    勇者に殺された過去も、
    ただ積もっていく残業代の勘定も、
    仕事が終わってからの楽しみも、
    この仕事が、
    いつまで続くのかと言う不安も。

    どの感情も最早骨達を支配できず、
    ただこの瞬間、

    勇者を生き埋めにする、
    それだけが、

    「発破しろおおおお!!発破だああああ!!」

    この骨達の過ごした長い時間に報いている。

    洞窟内に響いた爆裂音を始まりに、
    多くの岩と土が仕事を成すファンファーレになる。

    この日、

    とある洞窟の最深部が遂に落盤した。