• さよならリゲル

    2019-12-06 18:563時間前

    このオハナシは続き物です。
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    ――――――――――――――――――――
    嘘を言う大人はろくでなしではないか。
    泥棒、人殺し、詐欺師。みんな嘘を吐く。
    大人が嘘を吐いては子供に示しがつかない。
    大人の口から出る言葉は清くなくてはならない。

    だが、それは義務ではない。
    やむを得ず『嘘になる』場合だってある。

    入った事の無い酒場の扉を押す自分の手の感触が違う。
    いつもはもっと高揚した気分を抱く筈なのに、
    ただ、扉に『触った』という感覚しか判らなかった。

    「強い酒をくれ」

    何にしますかと聞かれ、
    洒落た言葉の一つも浮かんでは来ず、
    ただ暗い空気を引き連れてやってきた客が二人。
    その状況を見て取ったのは酒場の主人。
    この手の『とにかく酔いたい客』は何度も見た事がある。
    忘れたい事があるのか、苛立つ事があるのか。
    それで酒が求められるなら店側としては都合を満たすだけ。

    どうぞ、と店主が二つのコップを差し出した。

    「一気飲みはしない方が良いですよ。
     眩暈がして転んだ客が前に居ました」

    経験が主人にそう話させる。
    きっとこういう暗い雰囲気の客は一気飲みをするのだろう。
    だが、言葉が聞こえているのかいないのか、
    客の二人ともコップを顔に近づけて、
    飛ぶアルコールの激しさが鼻に突き刺さったのか、
    思わず二人とも一旦顔をコップから遠ざけた。

    「だから言ったでしょ」

    主人がそう言ったが、
    二人とも別に目くばせをした訳でもなく、
    同時に思いっきりコップを傾け飲みほした。

    「これと同じのおかわり」
    「俺もだ、二つくれ」

    忠告をする分にはタダだ。金がかからない。
    友人に散歩に行こうと言うのと同じだ。優しさがある。

    だが酒のおかわりは金になる。
    店を営めばいるのは優しさよりも売り上げだ。
    もう主人はそれ以上何も言わず、
    二つのコップを引き取った。

    「なにかあったんですか?」

    なんて、
    酒を飲む理由を聞くなんて真似はしない。
    男が強い酒を飲んでいるんだ。
    誰にも言えぬ悩みや辛さ、
    それを強い酒で掻き消そうとする孤独、それが男だ。

    店主が何も言わずに二杯目のコップを差し出したのは、
    自分もそういう時があったからだった。

    コップを残して店主が去る。
    コップはそれぞれの口が求めるままに。
    先程の様に一気に飲み干す事は無かったが、
    それでも酒は途絶える事無く喉の奥へと入っていく。

    「……そう言えば、あの坊主の約束、守れないな」
    「なんだ、旅の途中でどんな約束をしたんだ」
    「ついこないだ泊まった宿屋の坊主だった。
     ドアの隙間から部屋の中を覗かれちまって。
     俺とあいつが話してる時だった」
    「なんだ、バレたのか」
    「アイツも俺ももう大慌てだ。
     俺がその小僧を部屋の中に掴み入れてな――」
    「なんで」
    「なんでって……他にどうするんだよ」
    「……いい、俺が悪かった。続けろ。」
    「……それでよ、内緒にする代わりに約束したんだ。
     あいつの首と胴体が繋がったら、
     また二人してその宿に寄ってやる、
     その時に話を聞かせてやるって……。」
    「ああ……そりゃ出来ない約束だ」
    「だろ。そっちはそういうの、無かったのか。」
    「……無いね。そもそも無理だ。
     頭が無いんだから。会話が出来ない」
    「あ……そりゃそうか。
     でも道中で誰か気の良い奴とかいなかったのか」
    「いつも逃げ回ってたよ。石も沢山投げられた。」
    「そうか……そっちも苦労したな。
     お前の方もよくやったよなぁ、
     話せない身体だけの奴と一緒に旅をするなんて」
    「――謝るつもりだったんだ。」
    「なにをだ」
    「俺は昔、あいつを殴った」
    「ほう?」
    「蹴ったし、石を投げた。何個も投げたんだ」
    「いじめっこだな。首が無い相手にそんな事するんじゃ」
    「ああ、そうだ。俺はいじめっこの安い優越感に浸ってた。
     あいつの首が戻ったら、
     うるさいって言われる程に謝るつもりだったんだ」
    「そのいじめっ子がどういう心変わりで一緒に旅したんだ?」
    「……最初怪物だったんだよ、あいつは。俺の中で。
     でも蹴って叩いてするうちに気が付いたんだ。
     こいつは人間だ、ただ首が無いだけで――」
    「……困ってる」
    「そう、困ってる……困ってたんだアイツは。
     俺は見えてない事を良い事に、
     さんざん痛めつけた後に優しくアイツの肩を叩いた。
     トン、トトン、トンって。それが俺達の合図でさ。」
    「やってたな」
    「ああ、
     それで、さも痛めつけた奴とは別人だよ、と。
     そんな風にあいつの背中を優しく撫でた。
     それから色々な合図を教え込んで、旅をして……」
    「大したもんだ」
    「でも俺もあいつを痛めつけた。
     知ってるか?あいつの服の下は傷だらけだ。
     俺みたいなゲスな奴らに散々痛めつけられたんだ……。
     アイツの血で固まっている服を取り換えてやる時、
     服の下の傷が、俺を責めたよ。
     この中のどれかはお前が付けたものだって。
     だから旅をした。」
    「おい、アイツが言った言葉を覚えているか。
     お前と一言も話した事の無かったアイツがお前の名前を知った時、
     もっと早くお前の名前を知りたかったと言っただろ。
     どういう事か判るか。
     お前の名前をもっと口にしたかったって、
     そう言ったんだよ。
     そんな事、お前を本当の友人だと思ってなきゃ言わない、
     お前がさっきまでウダウダ言ってたのは勝手な自己陶酔だ、
     確かに………」

    ぷっつりと、
    突如として男の話ている声が途絶え、
    まるで魂が抜き取られたかのようだった。
    身体は少し後ろへと傾き、
    手に持っているコップの中は溢れてしまうのではないか。
    カウンターの中からマスターは心配そうに覗き込み、
    かたや、もう片方の男はその様をじっと見る。

    「……いや、何を言いたいんだろうな俺は。
     ここで何を言い争ったって、
     肝心のリゲルはもう居ないのにな。」

    言葉が、哀しみを呼んで、
    押しかけた哀しみが喉の奥に詰めかける。
    とおせんぼされた二人の喉が喋るには、
    やはり、強い酒を飲むしか無いだろう。
    双方コップを持ち上げ傾け、
    ぐいっと一気に飲み干せば、
    もうマスターも問わずに替える次の酒。
    ヨナだけは唇を静かに震わせて涙を滲ませていた。

    良い事が起こると思っていた時に、
    悪い事が起こってしまうのはとても惨(むご)い。
    リゲルの顔は穏やかだった。
    胴体も落ち着き払っていた。
    首が体の上に乗り、友人の二人は笑みを浮かべたのだ、
    さぁ、今日は三人でこれまでの旅路の話を笑いながらしよう、と。
    だが遂に二体から一体となったリゲルはうつ伏せに倒れ込んだ。
    おい、どうした、リゲルどうした。
    駆け寄った二人がリゲルの身体を抱きかかえ、
    肩を揺さぶり頬を叩き、
    焦りが満ちる二人はとっさにリゲルの首を見た。
    首は確かに繋がっている。
    上は顎の下、下は鎖骨の上。確かに繋がっている。

    ラバンの方がリゲルの首元に手を当てた。
    それを見てヨナもリゲルの心臓の上に耳を当てた。
    気絶しているのかも知れない。
    首と胴体が分かれてたのが急にくっ付いたんだ、
    気絶の一つや二つするかも知れないだろ。
    生きていれば首が脈打つし、心臓が鼓動を刻む筈。

    両者とも目を閉じ、
    集中させたそれぞれの耳と指、
    リゲルの生きていると信じ必死に生きる合図が来るのを待ったが、
    首も心臓も二人に生を感じさせない。

    長く長く、
    二人がリゲルの身体に触っていたが、
    先に身体を離したのはヨナだった。

    「どうだ」

    それにラバンがそう問いかけたが、
    目を細めたヨナが言ったのは、

    「いや」

    という一言だけだった。

    「お前こうなるって判ってやがったな。
     だったら事前にそう言え、ばか。
     言いたい事とか、色々あるに決まってんだろうが。
     死んだら何も出来ねぇだろうがよ……」

    嗚呼、そうは言うがラバン。
    もし、死ぬから身体と一緒になりたいとリゲルが言って、
    お前はそれを黙って見過ごす人間だろうか。
    お人よしにも首を担いで数年数里、
    首だけの怪物の為にどれだけの苦労を費やしてやった。
    そんなお人よしのお前がそれを聞いて、
    むざむざ身体と一緒にさせまいよ。
    どこかで神が御覧ならばそうラバンに語りかけても良かろうに、
    花の一つも囁かないし、風の一つも慰めない。
    傍らのヨナも下唇を噛み、
    両手を拳にしてリゲルの亡骸を抱きかかえるだけだった。

    恐らく、暫く忘れる事は出来ないだろう。
    例え強い酒を何杯あおったとしても。
    心許せる女を何度抱こうとも。
    酒の器に振れる度に冷たくなっている体の温度を思い出し、
    女の身体に触れる度に抜け殻の身体の弱さを思い出す。
    ああリゲル、ああリゲル。

    この世の人間達にとってお前は終生怪物だったろうが、
    俺達にとっては紛れもなく一人の人間だった。

    「今頃かな、そろそろ森が躍り出す」
    「思ったんだけどな。
     あの森に憑いてるのは人間の魂だよ」
    「死んだ踊り子が乗り移った説か?」
    「あの森にはきっと心があるよ。
     リゲルに墓を作ってやった後、
     あんなにするりと出られただろ。
     きっと森達も気を遣ってくれたんだ。」
    「同情か」
    「いや、きっと尊重だ。」
    「……なるほど……。」
    「俺は墓参りに来るよ。エラメルトの森に。」
    「そうだな。
     他の奴はこう思うかも知れない。
     エラメルトの森に墓を建てるなんて馬鹿の所業だ、
     踊り狂う草木に踏みつぶされるからと。
     でもきっと墓はあのままだ。そうだろ?」
    「ああそのそうさ。だから絶対に行く。」
    「俺もだ。今夜の酒にかけて」
    「今夜の酒?もっと他にかける物はないのか」
    「なんだ知らないのか?俺達の地方じゃこう言うんだぜ。」

    緩慢な死だったのかも知れない。
    首と胴を切り離されたその日から、
    今日と言う日に至るまでの全てが長い長い死だったのかも知れない。

    男達が酒を飲む。
    遂には涙しようとも。
    御伽噺の様に語られた男の一生に幕が降り、
    その首と胴に寄り添った男達は人知れず乾杯を。

    今この夜、
    二人の男が流す涙はかけがえのない友人を失った悲しみと、
    その友人が『人間』としてようやく死ねた事への安堵が混ざり、
    酒が宥める気休めよりも、
    深々と上り立つそれぞれの記憶がただ、
    二人の肩を優しく抱くだけ。

    さよならリゲル。
    今宵はその魂がエラメルトの森と共に踊り楽しむ事をただ祈る。


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  • 二つのリゲル

    2019-12-03 20:56

    ある旅人が立ち尽くす、一つの森の入り口で。
    森はいつでもどこからでも、
    遠慮はいらずにさあどうぞ、
    そんな感じに仁王立ち。

    朝の光に照らさしたならば、
    間の森もただの森になる。
    ようこそここはエラメルトの森。
    夜は草木の舞踏会場、
    昼間はただ森だけど。

    ある王様が昔昔にやってきて、
    このエラメルトの森を『狩ろう』としたけど、
    森一つをどうにかするなんて骨が折れる。
    焼いて、切って、一息ついて、
    日が暮れたのが反撃ののろし。
    怒り狂った森に『狩られ』て、
    王様はお城に戻らなかった。
    はてさて、どこで踊っているのやら。

    そんな言い伝えが残るのが武勲の如く、
    誰も『狩ろう』としないこの魔の森。
    人間様は誰も入ろうとしない筈だが、
    その中に入ろうと、
    首が言う訳だ。

    「ほんとにこの中か」
    「さっきからそう言ってるだろ」
    「なんかの間違いって事は無いか」
    「良いから入れ」
    「……夜になったら」
    「まだ朝だ。ほら行け!」

    リゲルがこんなに急かすのも初めての事、
    これはいよいよ首無し身体とご対面かと思うけど、
    しかし目の前にはエラメルトの森。

    「ちぃ、言い残す言葉は考えておけよっ」

    バランがそう言って森に入ろうとした頃、
    朝の支度をするヨナの隣で、
    首の無い身体がすっくと立ちあがる。

    「?おい、どうしたリゲル。ん?」

    一歩、二歩。
    三歩に四歩、
    足音重なり早さも増して、
    寝起きの人間がしていい早さじゃないぞ、その走りは。

    「おいっ、リゲル!待て!」

    こんな事になるなら入るんじゃなかった。
    そもそもヨナはここをエラメルトの森だと知って入った訳では無い、
    首同様、体も『魔』の力に惹かれる為に、
    ふらふらと森の中に入ろうとする胴体に付いて行ったのだ。
    しかし夜になって吃驚仰天、
    草木が躍って知れる、ここは悪名高いエラメルトの森。
    もう気分は悪魔の腹の中。
    草木も密に生えてるだけでなく、
    地面も上へ下へ、坂道の豪華フルコース。
    呪われているのは森ではない、
    最早この土地が呪われてやがるな、これは。
    そんな事を思いながら何日経ったか、
    なんとか木の実を頂戴して上を凌いでいるが心はへとへと、
    そんな中リゲルの身体が走り出したとあって、
    もうヨナは心で叫んでしまう、勘弁してくれよ。

    「おい、ちょっと……待て!」

    しかし今更見捨てるなんて嘘でしょう?
    天使が頭に語りかける。
    地面に転がっている旅道具を掴み上げ、
    慌ててヨナも走り出した。

    一方その頃ラバンと首も、
    いや失礼、ラバン『が』一生懸命走っていた。
    わっさわっさと荷物を揺らし、
    口だけは急かす首を抱えてウサギの如し。

    「この方角か!?」
    「この方角だ!!」
    「そっか……ちょっとっ……休憩……」
    「もうすぐだから!森が躍り出す前に合流するぞ!」
    「夜になるにはまだ時間が……っとと!
     おい!ここ行き止まりじゃねぇか!
     崖の壁だ!」
    「いや、ここでいい」
    「えぇ!?」
    「    来た」
    「え?」

    ヨナも汗をかいて走っていた。
    ラバンと同様荷物がわっさわっさと背中で揺れて、
    息も絶え絶え、口の中の苦味がつらい。
    おいリゲル、お前もどれか荷物を持てよ。
    そう叫んでも相手は耳が無いので聞こえない。
    オイオイどこまで走るんだよと思っていたら一大事、
    リゲルが向かっているのは崖の先。

    「待て!その先は!」

    言っても無駄だが声が出る。
    まるで親の言葉を聞かないやんちゃ坊主、
    リゲルはまるでそこに崖があるのを知っているかの様に宙に舞うと、
    そのままヨナの視界から綺麗さっぱり影も無し。
    見事に崖の下へと落ちて行った。

    「リゲ………!嘘だろ!?」

    ヨナが崖に駆け寄る前に下から鈍い音が聞こえる。
    バキバキ、ドン。
    どうやら地面と衝突する前に枝に引っ掛かってくれたようだが、
    それでも最後の音がなかなか派手だ、
    なにもなく無事、なんて事になる筈がない。

    崖に駆け寄り下を覗き込み、
    それまで走り貯めた汗がパタタと落ちる。
    最早汗が落ちる音も聞こえない、聞こうとも思わない。
    今、ヨナの両目は眼下にいる五体満足な人間一人、
    首の無い体が一つ、首だけの身体が一つ、
    その三つに奪われていた。

    「……リゲル!おま  身体だ!身体!」
    「おう……はは、お前、そんな顔してたんだな!」

    声に導かれて視線を動かすと、
    地面に転がった首がニタリと笑ってこちらを見ている。

    「えっ、うわっ、首が……バケモンか?」
    「黙れ!お前だって首無しの化け物と一緒に居たくせに!!」
    「おう、あーえっと……ちょっと待ってろ!
     すぐそっち行くから!」

    崖の上でバタバタと足音がする最中、
    『身体』を受け止めきれなかったラバンは目を回していた。

    「かぁ……おぉ……取り敢えず……身体か!?
     本物なのか?おい」
    「本物も本物だ!俺の身体だ!あー!」

    ラバンより先に起き上がった身体は、
    目も無い筈なのに迷うことなく首を拾い上げた。

    「あー……身体だ……おい、ラバン。」
    「ん?」
    「ありがとう。本当に、ありがとう。
     この言葉に嘘偽りはない。
     心から、ありがとう」
    「……ああ、良かったな。
     ほら、念願の身体だろ。早く元に戻れよ。」
    「いや、まだ役者が揃ってない」
    「ああ、体と一緒に居た奴か。おーイテテ」

    ヨナが駆け付けた。
    背中の荷物の重さは変わらない筈なのに、
    まるで羽でも生えたかのような身軽さだった。
    何しろ探していた首がついに見つかり、
    首無しリゲルは、首有りリゲルに戻る。
    いや、こんな良い方はもう無粋か。
    元の、ただの人間に戻る。

    「はは、そんなに急がなくても。
     もう見える場所に居たんだ、逃げやしない。」

    首を脇に抱えた身体がヨナに近づくと、
    リゲルの手がヨナの肩を叩いた。
    タン、タタン、タン。
    それだけで、首もニコリと笑って何も言わない。

    いつもこの合図だった。
    ヨナがリゲルに送る合図は決まってこれだった。
    起こす時も、道を変える時も、雨宿りする時も。
    ヨナとリゲルを繋いでいたのはタン、タタン、タン。

    「……良かったな、やっとだ。」

    ヨナもリゲルの肩を叩き返した。
    タン、タタン、タン。

    リゲル深く息をついてヨナとラバン、
    二人から丁度真ん中の位置に立ち、満面の笑みを見せた。

    「聞いてくれ、
     俺はずっと呪っていた、この二つになった身体を。
     首と体に別れて、それぞれ上手くいかなくて、
     きっと何年も恨んでいた。恨み続けていた。
     俺にこの魔法をかけた魔法使いもだ。
     でもな、聞いてくれ。
     一つだけ、こうなって良かったと思う事がある。
     それは、良い人間に二人も会えた事だ。
     身体が二つになったから、二人に会えたんだ。
     俺は本当にお前達を……――
     ――ありがとう、
     化物と呼ばれても良くしてくれたお前達に、
     何でこんなに良くしてくれた?なんて聞くのは野暮だよな?
     俺は知ってるよ、実はお前達が底抜けのお人よしって事を。
     ラバンは首の方だったから話が出来たが、
     お前の方は……。
     そう言えば、お前の名前を教えてくれ。」
    「ヨナだ。」
    「ヨナか、そうか……もっと早くお前の名前を知りたかった。
     もっと何度もお前の名前を口にしたかった。
     言葉も喋れないのにこんなにしてくれてありがとうな。
     お前は良い旦那になれるよ。
     お前と添い遂げると誓った嫁は幸せ者だ。
     きっと足が萎えて歩けなったとしてもヨナ、お前がいる。
     お前と結婚する女は老いてなお幸せになるだろう。」
    「おいおい、俺はどうなんだよ。
     ずっとお前の首を持ち歩いてやったんだぜ?」
    「ラバン、お前も本当にありがとう。
     お前は良く喋る女が良いかもな。
     お前と喋ってるのは本当に楽しかったよ。
     たまには喧嘩もしたけどいつもお前から謝ってくれた。
     馬鹿みたいな話も沢山したがそのどれもが面白かった。
     お前と結婚する女は幸せ者だ、
     きっと老いても笑いが絶えない生活を送るだろう。
     俺は本当に幸運だった。
     最高の男に、二人も出会えた。
     本当にありがとう、今まで、良い旅だった。」

    リゲルの言葉はそこまでだった。
    森の上を小鳥が飛んでいる。
    風が草の上を走っている。
    夜が来るにはまだ時間がかかる。

    「……リゲル、じゃあ元の身体に戻ろう。
     このエラメルトの森、今日こそ抜け出さないと。」

    ヨナが背中の荷物をよいしょと跳ねさせ、
    ようやくその時が、と目を見開いた。

    「ああ、その前にもう一言だけ。
     良く聞いておいてくれ。
     ヨナ、ラバン。
     俺は本当に最高の友人達を得られた。
     苦難も多かったが良い旅だった。
     今まで本当にありがとう。

     ありがとうな。」

    ――――――――――――――――――――
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  • 続・首だけリゲル

    2019-12-02 18:58

    御客達の騒ぎ声も鳴りやんで、
    そろそろ宿の二軒隣の家で飼っている馬鹿犬が鳴く頃か。
    宿屋の主人が女房と一緒に片づけをしながらそう思ったが、
    今日はなかなか聞こえてこない。
    おや、あの馬鹿犬、今日は喉の調子でも悪いのか?
    そんな事を思いながら皿をフキフキ、
    ふと窓の外を見てみるとポタリポタリと雨の始まり。
    そうか、雨のせいで馬鹿犬も今は小屋の中という訳か。
    納得した店主が皿を一枚戸棚に仕舞うと、
    空の向こうで雷が寝返りを打つ音が聞こえた。

    天が味方した。

    小僧がある客室に連れ込まれる頃だろうか、
    見計らったように雨脚が強まり、
    首だけ男と五体満足男が小僧と一緒に、

    「しぃー!」

    と言った言葉はうまく隠さた。

    宿の外は夜に雨が加わり見通せぬ程まっくろけ、
    かたや小僧は『首だけ男』に目が光り、
    その輝きを前に、
    大人二人は悩んでいた。

    部屋の中に攫いこんだのはいいものの、
    所詮は子供よ、口止め等は出来ぬだろう。
    色んなものを聞いて色んな事を喋ってしまう。
    それが子供と言う生き物だと大人達は重々承知、
    自分も子供だった時代を経験したのは伊達ではない。

    「あのな、ボウズ」
    「うん!」
    「俺達は悪魔じゃない、悪者でもない」
    「うん!」
    「ただ、この首だけの奴のな」
    「うん!」
    「身体を探してるだけなんだ。
     さっきも言った通り身体が戻れば首とくっつく。
     牛を丸のみになんかしないし、
     豚を盗んだりもしない。」
    「うん!うん!すげぇ……!触って良い?」

    小僧の目は好奇心で眩いばかり、
    それに見つめられる首は眉を歪ませるが、まぁそうだろう。
    明らかに小僧の目付きは面白い玩具を見つけた『それ』で、
    指の一本でも触れられたが最後、
    あれもこれもと何をされるか判らない。

    「駄目だ、触るな」
    「えーいいじゃん、ちょっとだけ」
    「お前さっき首なしリゲルの話をしていたな。
     魔法使いが同行しているって言ってたろ」
    「うん!」
    「こいつもな、魔法使いなんだ。そうだろ?」
    「お?」

    話を合わせろ。
    首がそう目くばせをする。

    「俺達が宿に来た時は俺が袋に入ってたろ。
     俺には呪いがかかっててな、
     そんじょそこらの人間が触っちまったら肌が腐っちまう、
     例えばお前がその可愛い小さな御手てで俺を触るだろう?
     そしたらその指の先から腐って、手首までもげちまう」
    「ええ?」
    「この男は魔法使いだからその呪いが利かない。
     旅先で出会う外の人間に迷惑がかからないよう、
     こうやって窮屈な袋の中で我慢してるんだ。
     そんな気遣いを、お前は台無しにするってのか?
     お前が手が腐ったと大騒ぎして親父と御袋に駆けよったら、
     それを触った二人も肉が腐っちまうぞ。」

    当然嘘である。
    嘘も嘘、真っ赤っか。
    よくもまぁ、こんなにスラスラ適当な言葉が出るもんだ。
    五体満足な方の男は感心して首と小僧を眺めていた。
    小僧はもう首だけの奇怪な生き物に夢中のご様子、
    横顔だけでも興奮しているのが手に取るようにわかる。

    五体満足は思った。
    もし、自分にも子供がいたら、
    土産に玩具でも買い与えたら、こんな感じなのだろうか。

    窓の外の雨よ唸るな、この子の眉が歪まぬように。
    窓の外の闇よ脅すな、この子の夢が暴れぬように。

    「身体が元に戻ったら、またこの宿に来てやるよ。」

    ふと、
    そんな事を言ったのは五体満足の方であった。
    首は思わず目を開いて声の方を見たが、
    そこに立っていたのは優し気な顔の男が一人いるばかり。
    どういう事だ、とそれまで吐いていた嘘も一休みし、
    事の成り行きを任せる事にした。

    「約束をしよう、ボウズ。
     噂じゃここいらに胴体もあるってんだ、
     もう捜し歩くのにそう時間もかからない筈だ。
     それで首と胴体が一緒になったら、またこの宿にきてやるよ。
     その時はあの客達が喋ってた話より、
     もっと面白い話を聞かせてやるから。
     だから、今晩の事は秘密にしてくれ。どうだ?」
    「うん!」

    約束を交わして、もう夜も深い事を小僧に教える。
    自分の寝床へお行きと促された子供は、素直に帰った。

    首はたしなめた、適当な約束をするもんじゃないと。
    俺の意見は全く聞かずに勝手に言いやがって。

    「おいラバン、聞いてんのか」
    「もうちょっと静かに話せ、雨が降っているとはいえだ。
     それに、寧ろよくやったと褒めてもいいもんじゃないか。
     あの子供に上手く口止めできた。
     殺すなんて野蛮な事が出来るか?しかもここは宿だ、
     あっと言う間に騒ぎになって身体探しどころじゃ無くなる」
    「まぁ、今回はお前の顔を立ててやるよ。
     身体が近い事に免じてな。」

    身体が近い。
    その言葉を聞いた男、名をラバン。
    この男ももう長らく首だけのリゲルと旅をしている。
    それが身体が近いと聞いて、首をぐるっと回した。

    「なにか感じるのか?」
    「かなり近い。
     こんなに体の感覚がモロに来るのは初めてだ。
     肩が冷たい、雨に打たれてるな。」
    「肩だけ…?どこかに雨宿りしてるのかな。」
    「気に雨宿りしている。
     あと今なら手の感触も少し伝わってくる。
     手がゴツゴツしてるものに触った、木だ、この感触は。」
    「てことは……」
    「まぁ、十中八九エラメルトの森の中だろうな。」
    「あぁ……やっぱり入らないと駄目か。」
    「諦めろ。」

    ラバンの故郷で『ジルヴェの滝』といえば有名で、
    水の流れが緩やかな時に耳を澄ますと、
    人の声が聞こえてくるという奇怪な場所だった。

    ある日ラバンは恋人に振られた腹いせに、
    滝に向かって石を投げていたが、
    高い所、滝の中腹目掛けて石を投げ込んだ時に変な声が聞こえた。

    「危ねぇぞ、何をするんだ」

    という男の声だった。
    ラバンも当然滝の噂は聞いている。
    しかし何であそこに石を投げ込んだら、声が?
    はて、と思ってもう何度か石を投げ込んでみれば、
    三個目で再び声がする。

    「止めろ!馬鹿!」

    馬鹿と言われて少し腹が立った。
    ラバンの心の中には怒りが少々、興味本位が大盛。
    この滝本当に喋るんだな、初めて聞いたぞ。
    ラバンは滝に近寄り石を放った高さまで近づいてみた。

    「おおい、誰だ?誰かいるのか?
     まだ今は昼だ、幽霊さんだったらまだ早いからな!」
    「幽霊じゃねぇよ!似たようなもんだけど!」

    そんな返事が聞こえてきたので、
    ラバンは一層興味を引かれた。
    会話が出来る相手なのだ。
    これは、何がどうなってやがるんだ。

    「おい、どこだ!」
    「近くだ!」
    「だからどこだって聞いてる!」
    「滝だ!滝の裏だ!頼む!俺を見捨てないでくれ!
     話が出来るまで近くに来たのはお前が初めてなんだ!」
    「見捨てやしない、滝の裏だって!?」
    「そうだ!この滝の裏に空洞があって俺はそこにいるんだ!」
    「動けないのか!?勇気を出して飛び込んでみろ!
     この滝は底が深い、地面にぶつかって死ぬ事にはならないから!」
    「動けないんだ!」
    「動けない?怪我でもしてるのか!?」
    「怪我って言うか、まぁ怪我みたいなもんだ!」
    「はぁ……?どういう事だよ。」
    「お願いだ、助けに来てくれ!!」
    「あーもう、乗り掛かった舟だ、毒を喰らわば皿までとも言うしなっ」

    水が覆う岩肌を慎重につかみ、横移動。
    岩肌を登る事も珍しいのに、
    その上滝の中にまで入るなんて、
    多分生きてて今だけだろうな。
    うっぷ、うぷ、水で口を塞がれながら、
    手足を滑らせない様に進むと、なるほど、確かにくぼみがある。

    「ぷっは!」

    ラバンが身体を空洞に転がり込ませると、
    何かにドン、と当たった。

    「うおあ!」
    「ん?おお悪い、そこにいたのか。
     って、え!?」

    振り向いた先には髪の毛も髭も伸び放題、
    まるで毛玉の様な風体の首が一つ、
    今にも泣き出しそうな顔でラバンを見ているではないか。
    かつてない程の驚いた声を上げてラバンが身じろぐと、
    首が情けない声でこう叫ぶ。

    まて、逃げるな、俺を見捨てないでくれ、
    ずっとここで一人だったんだ。
    ある魔法使いに身体と首をバラバラにされて、
    首だけここに置き去りにされて、
    もう何回朝と夜が変わったかも覚えてないし、
    お前が久しぶりに見た人間だ、
    お前以外に助けに来てくれた奴なんて居なかったんだ、
    頼む、俺をここから出してくれ……!

    よく見ると、
    目の下にはカサカサの肌の上、筋のようなものが見える。

    涙の痕だ。
    今だけじゃなく、ここできっと何度も泣いたんだ。
    鼻の下だって、子供の様な鼻水の通り道がある。
    この滝の裏には、孤独しかなかったのだろう。
    腰を抜かしたラバンは落ち着きを取り戻した。

    「……その、身体って言うのはどこにあるんだ?」
    「え……いや、わからない」
    「そうか……ん、でもお前が首だけで動いてるって事は、
     その身体の方もどっかで動いてると思った方が妥当か。
     よしここまで来て知らんふりなんて嘘だろ。
     お前の身体、探してやるよ。」
    「本当か!!!!」
    「でかい、声が。
     そんなに叫ばなくてももう聞こえるよ。
     俺達は目の前にいるんだ。」

    それが全ての始まりだったが、
    身体探しは順風満帆には行かなかった。

    首だけリゲルは魔法がかけられている為か、
    何かを感じてその都度あっちへ行け、こっちへ行けというのだが、
    大体それは他の呪われている人間だったり、
    呪われている物だったりする訳で、
    肝心の身体だった事は一度だってなかった。

    西へ東へ、東へ西へ。
    あっちへ行ってこっちへ行って、
    下手な冒険家よりよっぽどこの大地の事に詳しくなった頃、
    いよいよ入ってきたのが『首無しリゲル』の噂だった。

    噂の発生源を突き止める為、
    首を袋の中に隠して人間の中を聞き込み続け、
    ようやく、手が届きそうなところまでやってきた。

    「毎度あり
     それじゃあお客さん、近くに来たらまた寄ってね。」

    昨日の雨はすっかり晴れて頭の上は眩しい青空。
    店の玄関で宿泊客が次々と出て行く中、
    客達に店主がそう挨拶する横で、
    小僧もしっかりと声を張り上げた。

    「おじさん!約束だからね!また来てよ!」

    袋を背負った男は笑わなかった。
    ただ手を二回だけ振った。
    小僧にはそれだけで十分だった。
    袋の中が、一回もぞっと動くのが見えた。

    「やっぱり猫かね。」

    宿屋の親父も袋の動きに気が付いてそう言ったが、
    小僧が得意そうに顎を吊り上げて見せ、

    「違うもんねっ」

    とだけ小声で言い、その言葉は親父に聞こえただけ。
    ラバンはもう振り返る事をしなかった。

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