口移し
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口移し

2016-04-26 07:23

    (3/19)

    己がどれほど詰まらない男かを知っている。

    しかし、私は『人間運』だけは他の人に比べて並外れて良い。
    きっと神様が何も持たない私に憐れみで備えて下さったのだろう。
    私が巡り合う人間は片っ端から善人ばかりだった。

    それは男女問わず同じ事。

    学生時代には多くの良い男友達に恵まれ、
    そして多くの良い女友達にも恵まれた。
    中には「親友」と呼んで差支えない人もいた。
    この世には頑として「男女の友情はあり得ない」と言い張る方が居る。
    失礼ながら、それは当人がその関係を味わった事が無いからではないか。

    ガリレオは地動説を提唱し、多くの迫害を受けた。
    しかし、真実地球は丸く、空の上には宇宙があった。
    何故、ガリレオを迫害した人間はそのような行動を取ったのか。
    話は簡単、体験を持っていないが故、真実に盲目だっただけである。

    別にガリレオについてあれこれと説きたいのではない。
    事実、私はそれほどガリレオについて詳しくは無い。
    私が言いたいのは、
    詰まらない男だった私にも構ってくれた優しい女性達が、
    これまでの私の人生には居てくれた、
    そう言う事だ。

    図々しい事に、
    とある夜のあれこれについても教えて頂く事があり、
    私も所詮は健全な男子だからか、
    何を拒む事も無く手取り足とり教えて貰った。

    私の究極の欠点は「恋」という感情が判らないという事だった。
    友人達が誰が好きだの彼が好きだの、
    隣の席のゆうこちゃんがもうたまらんのだけど如何したら良い!?
    とか言う会話の中、

    「で、お前は誰が好きなの?」

    と発言権を回されても、

    「いやー…その、誰が好きとか言うのが、イマイチ…」

    と、その場の空気の温度を下げる役しか演じられない。

    「好き」という感情はある。あるし、判る。
    好きな子は沢山居た。
    あっこちゃんに、まさこちゃん。
    よっちゃんに、ともちゃん。
    マキにみーたんに、エリ姉。

    でも、どうにも私の「好き」と友人達が言う「好き」というのは、何かが違う。
    私は子供心にその事を悟っていた。

    大学生になる時分、
    私の「好き」はやはり皆が言う「好き」、要するに、
    「恋」と断ずるには何かが足りていないのだと確実に悟るに至った。
    私には「独占欲」が決定的に欠けていたのである。

    その為か、別段常に誰それと居たいと思う事も無く、
    そして私は特定の誰かを束縛したいとも思う事も無く、
    色恋沙汰に関してはのんべんだらりとした学生生活を送った。

    しかしそれはあくまで私の事情である。
    恐れ多くも女性の方から好意を寄せられる事が奇跡的に数回あった。
    そして、とある取り分けアグレッシブなお方によって、
    私はそれまで知らなかった男女の楽しみ方の一端を享受して頂いた。

    そうこうして、
    私は片手の指では少々あまる程の女性と関係を持たせて頂いたのだが、
    何の因果か、彼女らは一人残らず冷え症だった。
    夏場はともかく、冬場の彼女達の足は氷の様だった。

    そんな軒並み冷え症の彼女達の中、
    一人だけ、私にある事を教えてくれた女性がいた。

    彼女は私よりも一歳年上で、
    近くのローソンでバイトしている他大学の人間だった。

    どうやって親密になったのかはこの際割愛するが、
    私達は彼女のバイト前後にお茶をする関係になった。
    私達の下宿は驚くほど近距離で、
    それぞれの家とローソンの距離よりも近かった。

    そんな折。
    学生とは食生活が乱れがちな生き物である。
    私なぞはそれの代表格みたいなもので、事あるごとに体を壊していた。
    既に私と彼女が知り合った後、彼女がバイト上がりに

    「お茶飲みに行きますよ」

    とメールを飛ばしてきた。
    私は自分の詳細を説明した。
    風邪をひいている。うつるから来るな。

    「そんなメール貰ったら普通来るわ。」

    なるほど、確かに。
    ふらふらになりながら出迎えた玄関先で勉強させてもらった。

    正直この時の事はいつまでも忘れないだろう。
    本当に体の状態が芳しく無かった。
    食生活だけは気をつけねばならないと堅く誓った。
    本当に死ぬかと思った。

    「薬は?」

    と聞いて来た彼女。
    家にあるのはパブロン。
    うちの一族はパブロン愛好の家なのである。
    しかし私自身はパブロンが大嫌いだった。
    だって不味い。

    「飲んだ。」
    と私が嘘を吐くと、
    「それ嘘でしょー。」と彼女。
    「嘘じゃないって」と言ってみると、
    「だって、ゴミ箱の中が空だもの」と、
    サラのスーパーの袋が張ってあるゴミ箱を見せつける彼女。
    真に迂闊でした。

    「薬どこ?」

    彼女の勘は素晴らしく、
    開けた一つ目の棚の中から薬箱を取りだした。

    「アタシ天才じゃない?」

    その才能を恨んだ。

    「いつもパブロン?」

    というかその時の箱の中ある風邪薬と言えばパブロンしかなく、
    それを見るのも実に久しぶりの事だった。
    風邪はいつも自然治癒。
    それが私の学生生活のポリシーだった。
    その事を彼女に言うと、

    「現代医学に謝りなさい」

    と叱られた。
    でもだってパブロンは味が好きになれない。
    好きや嫌いの問題じゃないでしょ。
    そう言って彼女がパブロンの袋を開けると、
    ぷうんとパブロンの匂いがした。
    嫌いなものほど敏感になる。

    「ほら。」

    彼女はコップに水を注いで来てくれた。
    にもかかわらず私ときたら

    「水道水は嫌だ…」

    と駄々をこねた。
    冷蔵庫を開けた彼女は、今度は牛乳を注いで持って来てくれた。
    野菜生活は切れていたのである。
    私と出会ってくれる方々は本当に辛抱強くて良い方ばかりだと思う。

    「ほら。」

    二度目の「ほら」。
    しかしパブロンである。

    私は本当にパブロンが嫌で。
    なんかあれ、本当に不味いのである。
    ただ味がまずいと言うのではなく、
    なんか飲む前に口の中に放り込んだ段階の匂いがもう駄目で、
    舌触りもなんかカサカサしてて、
    そう、もう全てダメ。生理的レベル。

    「薬は飲まない主義なの…。」
    「そんなに酷そうな顔してて?熱何度よ?」
    「確か八度三分…。」
    「バカじゃないの(笑)飲め。」
    「やだ…パブロンだけはヤダ…。」
    「体に合わないの?」
    「いや、そう言う訳じゃなく…。」
    「でもこれしかないよ?」
    「体に会う合わないじゃ無くて…」
    「なくて?」
    「それマズイ」

    彼女の右手には牛乳、左手にはパブロン。
    左、右と交互に動かし、
    両方を自分の口の中に放り込んだ彼女。

    これまで私と肉体的関係を持ってくれた人は、
    一人残らず冷え症だった。

    でも、
    「口移し」を教えてくれたのは、その中でも彼女だけだった。

    「  」
    「  ~~~!」

    不味かった。あれは。

    でも飲むしかなかった。

    「ごっめん、もしかして初めてだったとか。」

    ティッシュで口元を吹きながら彼女が問う。

    「いや、その点については問題なく…。」
    「あ、そう。」
    「でも口移しとか…漫画とかでしか見た事ねぇ。」
    「私が子供の頃、お母さんにこうやってよく飲まされた。
     薬のみたくなぁーい!とか言ってるとね。」
    「俺は子供か。」
    「大人なら薬のみなさいよ。」
    「だってパブロン……。」
    「不味いのが薬でしょー。」
    「………まだ口の中に苦さが残ってやがる。」
    「薬だから。」
    「あのさー」
    「ん」
    「    牛乳、おかわりが欲しいんですけど。」
    「    ん」

    「口移し」を教えてくれたのは彼女だけだった。

    一番上手くいくのは重力に任せる事。
    上向きに寝ている相手に上から与える。
    口の中から押し出すよりも、重力に任せる方が良い。
    唇の幅を調節して移す速度も上手い具合に変えれるし。
    おかわりを流し込んでくれた後に彼女はそう説明してくれた。

    男女で行える数々の行為の中、
    実のところ、口移しを一番好む。
    まるで命を吹き込んでいるよう。
    するのもされるのも好きだ。

    それはもしかしたら、
    その相手の事を実は一番「好いて」いたからじゃないのか。
    さぁ。

    その点については、
    また別のオハナシでございますので。



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