年下だから駄目なんですか
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年下だから駄目なんですか

2016-04-29 20:30

    (6/19)

    年下だから、いけないんですか。
    だから僕じゃ駄目なんですか。
    そんな悲しい言葉を好きな人に言った事がある。

    僕が18歳の時、先生は29歳だった。

    高校三年生の身の上に降りかかる授業は様々で。
    あの手この手で攻めてくる授業の中で、
    女性の先生が受け持っている授業は、英語と数学と家庭科の三つだけだった。

    英語の先生は皆に綺麗と言われて、
    唯でさえ美しい見た目に拍車がかかって、男子達を惑わせていた。
    そんなもんだから英語の先生を憎く思っていた女子も結構いたって話。

    家庭科の先生はお母さんと同じくらいの年齢だった。
    先生もそう言う感じで授業を行って、
    皆から「お母さん先生」と呼ばれていてさ。
    男子からも女子からも人気があった。

    数学の先生の名前は楠(くす)先生っていう名前でね。
    何時も履いているのはジーパンで、
    スカートなんて履いてるところを見た事が無かった。
    長い髪の毛を後ろで束ねていて、
    いつも地味な服をきて授業をしていた。
    でも鼻筋の形がとても整っていて、
    僕は先生が横を向いて数式の解説をしている時、いつもその鼻を見ていた。

    楠先生は絶対に『美人じゃない』わけじゃなかった。
    でも、英語の先生がちやほやされ過ぎていて。
    しかも着てくる服でも分が悪かった。
    英語の先生が着てくる服はタイトスカート。
    楠先生の着てくるのは絶対ジーパン。
    英語の先生の『脚線美』と言う眼に見える凶器が唸る。

    でも、楠先生が好きだと言う生徒も勿論存在していた。
    それは男子なり、女子なり。
    とある楠先生の事が好きな女子が、先生にこんな言った時、
    僕は思わず心の中で「よく言った!よくやった!」と拳を握った。

    「楠せんせーもさー、スカート履かないの?
     絶対先生スカート履いたら可愛くなるのにー。」

    先生の名前は楠まなみ。生徒の意見には応える女。
    次の数学の授業で楠先生はスカートを履いてきた。

    「せんせー、私が言ってるのそう言う事じゃないー。」

    先生がへそから下に着てきたのは、確かにスカートだった。
    でもジーパンも履いていた。
    先生のスカートは何処かの民族衣装みたいな白黒の生地で、
    それが右の腰骨辺りから斜め左に向かってザックリ傾いている形のものだった。
    その下に履いているジーパンがそのスカートと何故かとても合っていて(僕の中では)、
    その日の数学は、一体何を勉強したのやら最早覚えていない。
    黒板なんかを見る暇が惜しかった。

    年下だから、いけないんですか。
    だから僕じゃ駄目なんですか。
    そんな悲しい言葉を言った相手は、勿論楠先生だ。

    卒業する間際に、一人きりで廊下を歩く楠先生の背中を追いかけて走った。
    楠先生は他の先生と違って、廊下を走る事を一度も注意した事が無いらしい。
    その事を頭に入れていた訳じゃない。
    先生と二人きりになりたかったから走った。

    僕の言葉を聞いた楠先生は「そっか 」と優しく言った。
    僕が好きですと言った後。

    「それでどうしたい?」と先生は優しいままで聞いてきた。
    不思議な話だとその時は思った。
    好きなら、付き合うかそうじゃないか。
    そう言う話にしかならないんじゃないの、先生。

    問1。
    僕は楠先生の事が好きです。
    卒業間際にその事を先生に伝えました。
    それで僕はどうしたいのでしょう。

    Ans. 付き合ってくれませんか

    「僕と付き合ってくれませんか。」

    皆、凄い事をしてきたんだなと判った。
    こんな台詞を言うなんて、勇気の一つや二つあっても、全然足りないって話だよ。
    これまでのんびりため込んだ勇気も全然溜まってる訳でもないし、
    元々勇気なんて、そんなシステムじゃないし。
    窓の外から神様が見てくれてると思って、
    これから先に貰えるかも知れない勇気を神様から前借して、
    やっとの思いで言いました。

    「返事、今すぐ欲しい?」

    先生、返事って、それって生モノですか?
    違うんなら別に良いです、僕、待ちます。
    でも、時間が経って変に変わってしまう物なら、今すぐ貰いたいんですけど。
    あ、別に腐りませんか。変わりもしませんか?
    それじゃあ

    「待ってくれる?じゃあ、
     授業全部終わった後に、第一理科室においでよ。」

    第一理科室でね、僕は悲しい言葉を言いました。
    年下だから、いけないんですか。
    だから僕じゃ駄目なんですか。
    それを聞いた楠先生は、「ごめんね」と、目を細めて、笑ってくれた。
    苦しそうな顔をされるよりも、遥かに良かった。

    先生が僕に返事をくれる前に、こんな事を話してくれた。
    ねぇ、数学で一番嫌いなものって何?
    先生はね、虚数が一番嫌い。
    無い数字を追ってどうするのって、思わない。

    「先生に教えてくれた先生もね、同じ事を言ってた。」

    高校を卒業して、楠先生以外の女性と付き合った。
    愚かな事は言わないよ。やっぱり楠先生以上の女性とは出会えなかった、とか。
    付き合った女の子は全員良い人ばかりで、それを楠先生と比べるなんて出来ない。
    でも、やっぱり楠先生は僕の中で特別な存在だった。
    だから僕は楠先生と同じ高校数学の先生になった。

    そして三年生の数学を受け持った年。
    卒業間際の静かな廊下で、
    後ろから誰かが走る音が聞こえた。

    先生になって、楠先生が廊下を走る事を注意しない理由が判った。
    若い時は何かを追いかけなければいけないもの。
    それを押し込めるような真似、絶対にしてはいけない。
    危ないのは判ってるよ。でもね。
    だから、僕も廊下を走っている生徒を注意する事は、一度も無かった。

    後ろから聞こえる走る足音が、
    誰かと二人っきりになりたいと言っている。
    その声が途絶えたと同時に、女子生徒の声が聞こえた。

    「先生、好きです。」

    あの日の廊下を思い出した。
    他に誰も居ない事を確かめた。
    楠先生と二人っきりになる為に走った。
    呼び止めた先生に、好きですと言った。

    まるであの日の様ですね、楠先生。
    懐かしい気持ちが「好きです」と言われた気持ちに混じって、
    思わず優しい声で「そっか」と言った。

    問2。
    目の前に走って来てくれた君は僕の事が好きです。
    卒業間際にその事を僕に伝えてくれました。
    それで君はどうしたいのでしょう。

    Ans. 

    「私と付き合ってくれませんか」

    返事、今すぐ欲しい?
    返事は別に腐りもしないよ、時間を置いても変に変わらないよ。
    そう、じゃあ、全部授業が終わった後に、第一理科室においで。

    楠先生。
    あの時何を考えていたんですか。
    今の僕と同じ事ですか。
    それとも全く別の事ですか。

    第一理科室で、僕は告白してくれた彼女に悲しい言葉を言われた。
    年下だから、いけないんですか。
    だから私じゃ駄目なんですか。
    それを聞いた僕は、「ごめんね」と、目を細めて、
    笑ってあげる事しか出来なかった。
    あの日に楠先生がそうしたからじゃない。

    僕が彼女に返事をする前に、こんな事を話した。
    ねぇ、数学で一番嫌いなものって何?
    先生はね、虚数が一番嫌い。
    無い数字を追ってどうするのって、思わない。

    「先生に教えてくれた先生もね、同じ事を言ってた。」

    一人きりになった第一理科室で、
    虚数って本当に何だろうと思い、√(ルート)の中にiを書いてみた。
    何の事は無い、唯黒板にチョークの粉が付いて見える文字だった。

    「あの時の私と、同じ顔をしてるね」

    楠先生が黒板に向かっている私の背中でそう言った。
    でも、振り返っても楠先生の姿は見えなくて。
    しかし声は絶対に楠先生だった。

    楠先生。
    僕じゃ駄目だったのは、
    年下だからって訳じゃなかったんですね。
    すいませんでした、あの時あんな悲しい事を言ってしまって。
    先生、ちゃんと僕の事を真剣に考えて返事をくれたんですよね。
    今になって、やっと判った次第です。
    不出来な生徒ですいません。

    楠先生。
    楠先生に数学を教えた虚数嫌いな先生は、どんな先生だったんですか。
    やっぱり楠先生みたいに素敵な先生だったんですか。
    男だったんですか。女だったんですか。

    楠先生。
    形の良い先生の鼻が今でも好きです。
    誰かが横顔を僕に見せる時、絶対に楠先生の鼻の形を思い出します。
    いつの間にか心に芽生えた虚数嫌いの性格も、
    きっと先生のせいですよ。
    それも多分、一人分じゃないですよ。
    虚数を嫌いになったのは、

    僕と、あと、もう一人。





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