龍の涙
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龍の涙

2016-04-30 15:05
  • 2

(7/19)

試験管を振っている時は絶対に喋りかけるな。
こちらからも喋りかける事はしないからな。
この二言が、姐サンに一番最初に言われた事だった。
そんな事を言われ、そして常に気に留める様に従わされてきたのに。

「あー、
 そうだ。」

という言葉を聞いたので、
「はい?」と言って振りかえって、そして驚いた。
試験管を振っている姐サンの姿が網膜に映る。

うちの姐サンは変わった人で、
「師匠」や「先生」と言われるよりも、「姐サン」と呼ばれる事を望んだ。
あれから片手の指では足りない程の年が回り、
「姐サン」と呼ぶ声も、その調子にもすっかり慣れた。

外れた話を元に戻して、私は驚く他無い。
「試験管を振っている時はうんぬん」と言った私の「姐サン」が、
試験管を振りながら話したのかも知れないからだ。

あくまで「しれない」だ。
私が振り返った瞬間から振り始めたという線もある。

「そろそろお前の力を試そうと思う。」

非日常的な事が起きている。
師匠が試験管を振りながら喋っている。
と言う事はこれは夢、であるか。

「ちょっと、お使い行ってきて。」

ペレウっていう山に、スマウグの系脈のマザックていう竜がいるから。
ちょっとそいつから涙を一滴貰ってきて。お願いね。
あ、あれだよ?一滴って言っても、竜から見た一滴サイズね。
大丈夫、食べられはしないさ、私の名前を出会いがしらに言いなね。
そうすれば大丈夫だからさ。


初めての事に驚いていたら、
次に聞かされた御使いの内容、なんだそりゃ。
試験管を振りながら言う事だから、どんな非常事態で大切な事かと思いきや。

お使いですか?

ええ、ええ。行きますとも。
ああ姐サン、昔の事が懐かしいっすねぇ。
昔は試験管振ってる事を知らずに話しかけて、鉄棒投げられた事もありましたねぇ。
なんですかいありゃ。ただ、機嫌が悪かっただけですかい。

「あの、ペレウ山ってどっちですか?」
「あっちー。」

今回は運が良いかも知れない。
姐サンの指が、窓の方向を指さしている。
いつもは窓がはめ込まれて無い壁ばかりを指すものだから、
外に出る時にはほんの少し角度が変わっちまうんだ。
その少しの角度のずれが、道を行く度に大きくズレていく。
それを踏まえると、今回は幸運の女神が憐れんでくれたのか。
指を指した方角は大体、今の季節の日の出の方向から拳一つずれている位。

「じゃあいってきまーす。」
「いってらっしゃーい。」

姐サンに差された方向に伸びている道をなんとか足で捕まえながら、
頭に過るのは「そうすれば大丈夫だから」という言葉ばかり。

そうすれば大丈夫。
言葉よ言葉、それはどういう意味なんだい。
そうすれば、と言う事は、「そうしない」場合は、大丈夫じゃない。
そういう事を、お前の響きは意味しているんじゃないのかい。
道の上を進む事は足に任せっきりで、
頭の中の脳みそが勝手に悪い事ばかり考えるもので、
天にかかる青空が随分どす黒く見えてしまうじゃないか。

『私の名前を出会いがしらに言いなね。』

姐サンの名前を。
出会いがしらに。
すいません、竜の旦那!
姐サンから御使いを頼まれてきました。
頭の中で、ドでかい竜にそう叫ぶ自分の姿がある。
叫んだ自分にわざわざ振り向いて下さった竜が、こんな事を尋ねてきた。
その、お前の姐サンという輩の名前は何だ、言え。
次に見えたのは動きが止まる自分と、それに吹きかけられる炎。
勿論、竜の御口からたっぷり盛り合わせの大盤振る舞いときた。

そうだ、姐サンの名前は何だっけ。

ファミリーネームは覚えてるんだよ、グライスだろ。
名門グライス。その響きで弟子入りしたんだ姐サンに。
でも実際あってみると、これが実は俺より若い小娘でさ。
寝癖も直さない様な風貌をしてるもんで、疑いの眼で喰ってかかったが、
腐っても名門グライス、魔法で首から下が土の中に喰われた時は、
男のモノがかつて無く縮みあがったもんだ。

所で、姐サンの名前はなんだっけ。

風も野花も教えてくれねぇ。
名門グライスの四女の名前はなんてったっけ。
尋ねる旅人にも出くわさないまま、着いた山はペレウ山。

しかし、着いた山頂、噂の竜の姿は無し。
これはきっとあれだ、
姐サンの名前を思い出せない神様が俺にくれた好機か?
姐サンの名前を思い出してから、
「おーい竜さん!お使いに来ましたー!」
と叫べば良いよ。
神様、きっと貴方はそう仰ってるんでしょう?

さーて、姐サンの名前は何だったっけ。

なんとかグライス。

サラ、
モナ?

二文字じゃねぇな。

ウララ、
クララ…。

どうもラの音は入って無かったような気がするぞ。

マリア、
フランソワ、
ネルダーチェ。

ネルダーチェは俺の姉の名前じゃねぇか。

胡坐をかいて座る岩の上。
ごつごつした岩肌が険しい表情でこちらを睨みつけるも、
生憎ほかに腰を下ろす所が見つからない。
石の上にも三年という言葉があるが、
一体俺は何年この上に座ってりゃあ姐サンの名前を思い出すかねぇ。
そもそも、石の上にも三年って、どんな意味の言葉だっけか。
嗚呼、言葉なんて俺に取っちゃ全部響きよ。
意味なんて何でもしったこっちゃねぇ。

ところで、姐サンの名前は、なんだったか。

毎度いっつもこんな感じなのである。
思いだそうとすればする程思い出せない。
あれに似ている、針の糸通し。
苛々すればする程糸が穴を通らない。
押してダメなら引いてみろと言う言葉の下、
ここは一旦心の水面を平らにしてみろ。
きっと、見えて来なかったものが見えてくる。

「おい、そこの人間。」

ほーら、見事に見えてきた。
でっかい竜が。

「……えーと!
 私は!
 姐サンの御使いでペレウ山のマザックという竜さんに会いに来た者でして!」
「姐サン?」
「はい!」

思いだす前に出てきちまったよ、この竜。
もうこうなったらゴリ押しだよ。

「あの、マザックさんですかね!?」
「姐サンってのは、どこの姐サンだ?」

喰いついてきやがった。
要らん所を!

「あのー、名門グライスの魔女が、私の姐サンでして。」
「グライス?
 あー、聞いた事があるなぁ…。」

聞いた事があるな、と竜は言った。
これはおかしい。そう首をかしげたのは私の首。
だってこの竜、話によると姐サンと顔見知りっぽいじゃないの。
それなのに、姐サンのファミリーネームを知らない?(自分の事は棚に上げて)
こいつ、本当にマザックっていう竜なのか?

「ちょっと失礼な事をお尋ねしますが、
 おたく、マザックさんで間違いないでしょうかね?」
「いや…それはちょっと違うんだけど…。」
「…え?
 でも、ここはペレウ山ですよね?」
「…マザックは、もう死んでる。」
「おろ。」
「俺の育ての親が、マザックだ。
 マザックが言っていたんだ、人間には十分に気をつけろ、
 奴らは見かけによらず狡猾で狡賢いとな。」
「そんなー、何を言ってるんですか。
 見て下さいよ!この顔を!」

一秒間に瞬き五回。
とっておきの得意技。

「…(うわーうさんくせー)」
「(うさんくせーとか思ってそうだな、この顔だと)
 (これはもう御使いの内容をサッサと言うのがいいな)
 あのー、実は姐サンのお願いで、ちょっと涙を頂きたいんですが。」
「涙?」
「ええそうなんですよー、ねー困っちゃいますよねー。
 いきなり泣けとか言われても泣けませんもんねー。
 大丈夫です、そこの所は私の方が色々と心得ております。
 あのー、鼻毛とか抜いて差し上げましょうか?
 結構効きますよ。」
「馬鹿か貴様!」

噂で聞いた事がある。
竜の怒気は強い風を巻き起こす、と。

「どわぁ!」
「竜とは誇り高き一族!
 痛み如きで涙が出るか!」
「えー……?

 えーとじゃあ…あー、そうだ。
 こんな話をしってますか?
 ある冬の寒い晩、捨てられた子犬が道をトボトボ歩いていると、
 向こうから三匹の烏が」
「それもちがーう!!」
「ぬひゃあ!」
「誰が悲しい物語を聞いて涙を流すか!」
「えーこれも駄目?」
「もう一度言うが我ら竜は誇り高き一族!
 痛みや悲しみで涙を流すと言う事は一切無い!」
「えー!?
 じゃあ一体何が起きたら泣くって言うんですか。」
「……心を打つ程、嬉しい事が起こった時。」
「……ええー…?」

お手上げ。
なんだそれ。
心を打つ程嬉しい事?
なんだそれ。
どうしろっていうの。

「ちょっと、それどうにかしてもらいませんかね…。
 俺にはなんのこっちゃ分からんですよ。

 嬉し泣きなんてね、した事が無いもんで。」

結局何も打つ手が思いつかず、
そして相手の竜も姐サンの言っていた相手と違うので、
俺はすごすごと帰ってきてしまった。
そんな俺に姐サンがこんな事を言った。

「マザックは死んでいただろう。」
「え?」
「若い奴はどうしていた。」
「いや…普通にいましたけど…姐サン、知ってたんですかい?」
「他の竜はいなかったか。」
「いや、若いのが一匹だけでした。」
「そうか。なんとか縄張りを守ってるんだな。良い事だ。」
「いえ、ところで姐サン、姐さーん。」

御使いにだしたのは、何の為なんだ?

「姐サン、結局、竜の涙は取って来れなかったんですが。」
「ああ、今回はな。」
「今回?」
「私が『取ってこい』と言ったんだ。
 時間がかかっても取ってこい。」
「ええー。」
「私も、マザックから竜の涙を取るのに随分と時間がかかった。」
「姐サンが?マザックっていう竜から取ったんですか?」
「竜と人が仲よくするのはとても良い事だが、とても難しい事だ。
 時には竜が、時には人が自らの保身やらプライドでそれを邪魔する。
 若い奴は、何と言ってお前を追い返した。」
「なんでも、嬉しい時にしか涙は出ないとかなんとか言って。」
「そんな馬鹿な事があるか。
 私がマザックから涙を貰った時は、アイツの鼻毛を抜いた。」
「はぁ!?」
「竜が人に涙を見せるのは、余程心を開いた時だけだ。
 お前ももういい歳だ。
 竜の一匹と繋がりを作っておいた方が良い。
 私の師匠としての世話だ、その若い奴の涙をとってこい。
 私も、いつまでお前に何かを教えてやれるでも無い。」
「そんな、縁起でも無い事を。」

時は悠長には流れない。
加えて、人生は何が起こるか判らない。
師匠はそう言うと、試験管を振る手を止め、
これは初めての事だろうか。俺の方へと向き直った。

「今は、若い竜の殻をゆっくりと砕いてやれ。
 ヒナが外の世界を知るには、時に外の助けが居る。
 お前の方がアイツよりも外を知っているだろう。
 マザックが甘やかし過ぎたせいで、
 あの若い奴は他の竜や、人間との付き合い方を知らない。

 お前が手を引いてやれ。

 竜の知り合いは悪くない。」

そこでふと思った事だが、
師匠はマザックと言う竜と仲が良かったのだろうか。
だとしたら、マザックの訃報を知った時、
この綺麗な顔は、曇ったのか。俺はそれに気付かなかったが、
気付かなかっただけだろうか。

「結局、竜の涙は何に使うんで?」
「お前が飲むんだ。
 竜の涙は魔力がつく。」
「左様で。」

厄介な事になるんじゃないか。そう思った。
若い頃のへそ曲がりは、真っ直ぐに伸ばしてやるのに随分と骨が折れる。
それは、若い頃の自分がよくやってた事だから。

竜の泣き声は山の響きに似ていると言う。

風が一陣、
山の向こうから吹いていた。





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竜の涙を飲むのか……


29ヶ月前
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>>1
デルトラクエストをちょっと検索してきます
29ヶ月前
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