二人の絆は狐色
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二人の絆は狐色

2016-07-16 17:16

    小さい頃に母から教わった。
    人間てのは恐ろしい生き物だと。
    だからお前は自分が人間だと思っちゃいけないよ。
    そう言われて育てられた。

    でも母はこうも言った。
    お前は自分が人間だと思っちゃいけないが、
    しかし、人間みたいに生きていかなきゃいけないよ。

    それは、
    とても難しい事だった。

    随分と大人になり、
    スーツという着物を着るようになった。
    この着物は結構辛い。
    尻尾が痛む。

    まず耳だった。
    母から言われた『人間みたいに生きる事』の第一ステップが、
    耳を体から消す事だった。

    「ごめんね。
     別にお前が悪い訳じゃないんだよ。
     でもね、人間の世界で生きていく為には、
     その耳をお母さんみたいな耳にしなきゃいけないんだよ。」

    程々に「子供」という時期を過ごしていて判った。
    自分の耳は人間が生やしている耳とは違う事に。
    雑誌に載っている人間達の耳とは違った。
    自分の耳は猫や狐のそれに似ていた。

    「何で僕の耳は母さんとは違うの?」

    母に子供の時に尋ねた。

    「お父さんが、人間じゃないからだよ。」
    「僕にお父さんなんて居るの?」
    「人間じゃない事がばれて、」

    昔に死んじゃったけどね

    僕は人間と狐の間に出来た混血児。
    耳と尻尾と口ひげはきつね、
    他の部分は大体人間。

    心は、どっちだ。

    父親は妖狐。
    変幻の血が自分にもかろうじて分け与えられたらしく、
    耳と口髭は何とか消せた。
    しかし尻尾はなかなか消えなかった。
    鍛錬の結果、何とか消えるようになったけれども、
    四六時中消しているのは無理だった。
    我慢できなくなるとトイレの個室に篭る日々。

    そんなある日、
    得意先の女社長に気に入られ、
    二人っきりで食事に、と誘われた。
    同僚と上司から滅多な事じゃないぞ、と耳打ちされ、
    この機会は逃してはいけないと、びしっと決めて食事に赴いた。

    「どうぞ、入って。」

    と入れられた店は、
    いや、これは店と言ってよいものか。
    入れられた食事所は高層ビルの上の方、
    果てしなく高価な所だった。
    まるで誰かの宮殿かと思う内装。そして個室。

    「…他に誰も居ませんが。」
    「貸切よ。」

    かしきり!?

    「君とゆっくり話がしたいと思って。
     誰にも邪魔をされずにね。」

    何か、「喰われる」予感がした。
    まるで熊に出会った時のようだ。出会ったことは無いが。
    しかしきっと熊に出会ったらこんな気分になるのだろう。
    食われる前は、こんな気分になるのだろう。

    しかし、自分の心配はどこへやら。
    女社長とのご飯は随分と楽しいものだった。

    しかし。

    「……。」

    尻尾が疼きだした。
    こんなタイミングで。
    一度尻尾を出してしまうと十分は戻らない。
    そんなに席を空けてしまうと失礼になってしまう。

    「……あの」

    そこで苦肉の策。

    「ちょっと、腹具合が思わしくなくて…。」
    「あら?」
    「ですので、失礼ですがちょっと長く席を空けてしまうかも…。」
    「尻尾なら、ここで出してもいいのよ。」

    尻尾なら

    ここで出しても

    いいのよ

    「…なんですって?」
    「大丈夫だよ、ここの料理長も狐だ。
     ヨシオ、俺が誰だか判るか?」

    女声が、男声に変わる。

    「…え、いや、…誰かも検討つきません…。」
    「はっは、…だろうな。
     ハルカは俺が死んだと思ってるだろうからな。」

    ハルカ。
    それは母の名前。
    母が死んだと思っているのは。

    「…え?父親?
     あんた、俺の父親?」

    目の前の「女社長」が、
    そこでにっこりと笑った。優しく、柔和に。

    「女社長」と二人で尻尾を出して、
    ビルの上から下界を眺める。

    「…どうだ、人間の世界ってのは住みやすいか?」
    「まぁ、慣れました。」
    「そうか。」
    「なんで、女の格好をしてるんですか?」
    「長年、人間として生きてきた結果だ。
     この姿の方が色々と便利な場面が多い。」
    「でも雄としての誇りはないの?」
    「ふふ、雄か。
     お前も根っからの狐だな。
     男といわず、雄というか。」
    「男も雄だ。」
    「ははは、人間が聞いたら苦い顔をする。」

    女社長の頭の上から、
    二つの狐耳がポポンと生え出す。

    「耳も出した方が楽だ。」
    「もう、僕は平気ですよ。」
    「ハルカの血が混ざっているからかな。」
    「…なんで。」
    「ん。」
    「なんで、母さんに死んだと、嘘を?」
    「ハルカは人間で、俺は狐。
     エゴだが、一緒に居てはいけないと、そう思ったから一芝居うった。」
    「母さんは、まだ、あなたの事を忘れていませんよ…。」
    「…人間には色んなのが居る。
     良い奴も居れば、
     本当に根っから腐った奴もいる。
     こいつ、本当に人間か?
     本当は鬼が化けてるんじゃないか?
     と思うほどに酷い奴がな…悪魔が化けてると思うほどの奴も、
     中には居る。

     ハルカは今時珍しい人間だ。
     俺が狐と判っていても俺の子供を生んで…。
     お前もここまで立派に育てた。

     今更、どの面下げてハルカの所に戻れって?
     もう、二度と会わない覚悟だった。
     今もそれは変わらない。」
    「でも…人間なら会いたくなるでしょう!」
    「人間なら、な。ヨシオ、お前はどっちだ?
     俺は『こっち』だ。
     ハルカは『あっち』。
     ヨシオ、お前は、
     どっちだ?」

    こっちと、
    あっち。

    「こっちとあっちの生き物が一緒にいちゃあいけないんだよ。」
    「じゃあ、なんで俺が生まれたんだよ!
     アンタと母さんが一緒に居たからだろうが!」
    「……その通りだ。」

    沈黙が、暫く下界を見下ろす自分達の間に立ち込めた。
    全ては過去の事だと判っていた。
    けれども。

    「…もしかしたら、
     ハルカが人間じゃないんだと、そう思ってた。

     ハルカが俺と同じく狐で、
     狐同士で愛し合ってるんだと思った。
     馬鹿な話と思うだろうが。
     確かめたかったんだ。
     狐にしか狐は愛せない。
     しかしハルカが本当に人間だと判って、
     正直、なんというか…。

     恐れたんだな。
     人間を愛してしまう自分へと変わりつつある事を。
     狐は狩られる生き物だ。
     いつも恐怖し、そして恨んでいた。人間を。
     
     ハルカ。
     俺が人間じゃないと、狐だと言った後も、
     『狐なの。そう。こういう事も生きてたら起こるのね。』
     と言って、何ら変わらない生活を持ってくれた。
     
     すまん、嘘を吐いた。
     エゴだ。完璧に俺のエゴだ。
     ハルカみたいな素晴らしい人間の女性は、
     俺みたいな狐なんかと一緒に居てはいけない。」
    「そう、思ったから、死んだフリを?」
    「…もう、言い訳の仕様も無いな。
     お前からハルカが未だに一人である事を聞いたとき、
     正直困ったと思うと同時、
     嬉しい自分の気持に気がついた。

     しかしな。
     もう、随分と時間が経ちすぎた…。
     今のお前がここまで育っているのが良い証拠だ。」
    「一緒だな。人間と狐も。」
    「…何がだ?」
    「雄は、馬鹿だ。
     雌も馬鹿だが。
     いや、とどのつまり、皆、馬鹿だ。」

    そうかも知れないな。
    と、父は頷いてくれた。

    「困った事があったら、何時でも連絡しろ。
     遠慮するなよ、人間は狡猾で恐ろしい。」
    「ははは、ああ、何か頼み事がある時は頼るよ。」
    「あと、ハルカにだが。」
    「うん。」
    「…いや、何も言わなくて良い。」
    「本当に?」
    「…今はどうしたら良いのか、
     良く判らん。情けない話だがな。

     ははっ、まさかこんな事になるとは。
     自分の息子と喋ってみたくて食事に誘ったばっかりに。」

    父は、母の元に戻りそうな気がした。
    色んな柵がありそうだが、
    そんな気がした。息子の勘というやつだ。

    帰り道を歩いてる最中、沢山の人間とすれ違った。
    ふと、父の言葉を思い出す。

    人間には色んなのが居る
    良い奴も居れば 本当に根っから腐った奴もいる
    こいつ、本当に人間か 本当は鬼が化けてるんじゃないか
    と思うほどに酷い奴がな 悪魔が化けてると思うほどの奴も

    「中には居る…か。」

    狐は化けるのが上手い。確かに上手い。
    しかし、人間も引けをとらないのでは。

    今日の三日月は、
    氷のように輝いていた。
    まだ、秋がやって来る前の夜だった。




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