貴方の住処 私の住処
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

貴方の住処 私の住処

2016-10-13 07:24

    地獄はある話題で持ち切りだった。

    「田中って誰だ!?どこの田中だ!?」
    「田中とか、なんてありふれた名前なんだ!!」
    「下の名前調べろ下の名前!なんて名前だよ!!」
    「風刻と書いて『かぜとき』だってよ!」
    「下の名前の方が十分珍しいだろうが!そっちで探せ!!」

    随分と地獄は賑わった。
    天国から哀れみでチェリーパイが大量に降ってくると噂された時以上だ。
    結局天国から降ってきたのはチーズケーキで、一部の悪人が更に歓喜。
    他の悪人は「どっちでも構わねえよ甘ければ」と冷ややかだった。

    今回はあの時よりも俄然熱を帯びている。

    「もうすぐ地獄の釜茹での時間が始まる…。」

    地獄の底である女がそう呟いた。
    彼女は同じ地獄に居る男の事を愛していた。
    地獄では恋愛禁止。
    そんなご無体な決まりは、仮にあっても忍んで犯すのが人の常。

    「お願いだよ、次の釜ゆでが終わるまでは地獄に居てよ風刻。」
    「俺も居たいよ。」
    「…あの噂、本当?」
    「俺の知ったこっちゃないがなあ。」

    周りが随分と騒がしい。

    「いやだ…お願い、生き返らないで、居なくならないで」

    事の発端は噂好きの獄卒の一言だった。

    『何でも誰か一人、生き返るらしいぞ。』

    話を良く聞いてみれば、
    何でも現世のイカレタ科学者が人体蘇生のマシーンを開発したとか。
    そんでもって凄腕の殺し屋を生き返らせて、
    何かよからぬ事をさせるだの何だの。

    それが田中風刻だと言う。

    「…アタシ地獄に堕ちて、もうどうしようもないと思ってた。
     針の山に雷の森、釜茹でに生き埋め、虫刺されの壷。
     でも、私に「あとちょっとで終わるから頑張れって」、
     そう風刻が声をかけてくれて、

     そんな馬鹿な奴居なかった。
     皆自分が助かりたい一心で他人をふんずけて、もがいて。
     アタシはそんなのに疲れたから、いつも一人でうずくまって耐えていた。
     そんな私に馬鹿が声をかけた。
     アンタだよ風刻。
     アタシの事なんかほっときゃいいのに、励ます言葉なんて…。

     いやだよ風刻、現世なんかに戻らないでよ…。
     次の釜ゆでまではアタシの側に居てよ…。」

    二人は瓦礫の中に潜む。
    他の誰にも邪魔はされたくない。

    「…あれ?」

    そんな潜んでいる最中、
    今まで女が握っていた風刻の腕がやんわりと柔らかくなり、
    次第に掴んでいる感覚までも消えてゆく。

    「風刻…手…手!」
    「どこぞの馬鹿かは知らんが本当にやらかしたらしいな。
     大したもんだ。」
    「うそ!やだよ!」

    女が大きく身をよじったので瓦礫が音を立てて崩れ、
    近くに居た悪人の一人がそれを見て大声を上げた。

    「おおーい!いたぞ!田中風刻だ!」
    「まじか!」
    「どこだ!」

    途端にわらわらと多くの悪人が風刻めがけて群がってきた。
    「おいおい!次は俺の事を蘇らせるように言ってくれ!」
    「いや俺だ!俺を蘇らせてくれ!!」
    「アーノルドだ!アーノルド=ハイツだ!俺を蘇らせろ!」
    「木島恵理よ!私木島恵理!私の名前を覚えて!蘇らせて!」
    死肉にたかるハエのように悪人達が自分の名前を口々に叫びながら押し寄せる。
    女は引き剥がされないように風刻の腹にしっかりと手を回した。
    風刻も女をしっかりと抱いていた。
    その時。

    「お願い、
     一人にしないで。
     次の釜ゆでまでは一緒にいて。

     こんな地獄で、
     二人の後の独りはヤだよぉ。」

    色んな名前が飛び交う中、
    女の声が風刻の耳にしっかりと響いた。

    「エーチェ。」

    と女の名前が呼ばれるので、男を抱きしめる腕に力が入る。

    「!  やだ!行かないで!」
    「すぐ戻る」
    「うそ!やだ!ねえお願い!!」
    「土産を楽しみにしてろ」
    「そんなのいらないから待って!後少しで良いの!!」
    「絶対戻る  」

    数々の名前が叫ばれる中、
    女の腕の中に居た風刻は霧が晴れるように消えてしまった。
    その後の獄卒の「はいはい、釜茹での時間ですよ」という声がやけに虚しかった。

    地上の時間で一週間後。
    上の方がやけに騒がしい。

    「上は何の騒ぎだ。」
    「アイツが死んだらしいぜ。あの下の名前が変な田中の奴。」
    「へえもう死んだのか!早いな!」

    うじゃうじゃと言う喋り声を耳に、女が目を覚ました。
    上を見るとうっすらと天国の前の門の光が見える。
    そこでは現世帰りの男と神が話をしていた。

    「俺が天国行きとはどういうこったよ。」

    (言葉の通りだ)

    「生き返ってからも何人も人を殺したぞ」

    (悪人をな そしてお前は何万と言う命を救った)

    「不可抗力だ。たまたま結果としてそうなっただけだ。」

    (たまたまとは面白い たまたま何万もの命を救う筈がないだろう)

    「良いからさっさと地獄に落としてくれよ」

    (お前も面白い奴だ 進んで地獄に行きたがるなんて
     それも地獄帰りの人間が)

    「結構気に入ったんだよ。」

    (駄目だ お前は天国行きだ)

    「…そうだ、こんなのはどうだ神様。
     上の名前は忘れたが、下の名前がエーチェっていう女が地獄にいるんだが」

    上の世界の騒がしさが止まって少しすると、
    女の前に、随分と見知った男が帰ってきた。

    「風刻!」
    「おーおー!元気だったか!地獄でこんな事聞くのもおかしな話だが。」
    「元気じゃなかった!元気じゃなかった!!
     早く帰ってくるって言っときながらなんだよう!
     一年くらいは帰ってきてないじゃないか!馬鹿!!」
    「一週間ぐらいしかたってないっつうの。
     エーチェ。顔良く見せろ。」
    「アタシ、少し老けた?」
    「年取らねえだろ地獄じゃあよ…。うん、エーチェの顔だな。
     もう悪い事するんじゃねえぞ。」
    「   え?」

    ぐいんっと、もの凄い力で背中を引っ張られた感触があった。
    見る見るうちに女の目の前から男が離れていった。
    男は目の前から飛んで行く女をじっと見た。
    女が暗い地獄の闇を抜け、白い雲をかいくぐり、気付いたら。

    (エーチェ=フライスラグルか)

    と死んだ時以来の神の声が聞こえる。

    「       。」

    (もう一度聞く エーチェ=フライスラグルか)

    「     え?」

    (さあ こっちに来なさい)

    「  え?あれ?ここどこ?風刻は?」

    (あの男は地獄に堕ちた お前を天国に行かせてくれと言ってな
     代わりに俺が堕ちるからと言って)

    「え?」

    女は自分が突き抜けてきた雲の下を凝視した。
    真っ暗だった。何も見えない筈だった。
    それでも女の目に映る。
    男の手が、こっちに向かって、左右にヒラ、ヒラと、
    揺れているのが。

    「       なにそれ
     ふざけんじゃないよ!!!」

    女がわっしわっしと天と地獄を分かつ雲を引きちぎり始めた。
    近くに居た天使数人が女を取り押さえにかかった。

    何をしている、と神が尋ねる。

    「見たら判るだろ、あっちに戻るんだよ!」

    (お前はもう地獄から解放されて天国に行けるんだ)

    「だから!?だからなに!?
     それがなに!!??
     地獄でも天国でもどっちでもいいよ!!
     風刻がいなきゃ、どこに居てもアタシは嫌だよ!!
     どこに居ても誰かを好きになれるように作ったのアンタでしょ!?
     なんでこんなことするのよおおお!!!」


    風刻が、自分が堕ちてきた部分を見ていたら、
    一瞬だけ光る部分が広がって、その後にまた窄まるのが見えた。

    「……あーあー。」

    七秒程して、豪快な音を立てて女が風刻の足下に堕ちてきた。

    「お前馬鹿じゃないの。」
    「………。」
    「折角天国にいけたのに。」
    「………。」
    「おい、聞いてる?」
    「……あはは、あはは、やっぱりここ、くさい。

     人の肉が腐った匂いがする。
     溜まりにたまった血の匂いがする。

     ふふ」


    風刻の匂いがする



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    →本日の御愛読有難う御座いました←

    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。