砂の身体
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砂の身体

2016-10-25 07:20

    「はい、そういう訳で戦争ってとっても怖いです!
     人と人とが憎み合わないように、
     皆さんも日頃から友達とかと仲良くしましょう!
     ではさよーならー!」

    という先生の掛け声を合図に、
    僕ら六年四組の生徒は帰り道に一人、また一人と立っていった。

    「ただいまー。」
    「あ、まなちゃんお帰りー。」

    と母の声がする。
    今に入ってみると母がだらしなくソファーに横たわっていた。
    その癖、良い匂いがするって事は即ち。

    「魔法使いさんは?」
    「今お料理中。」

    その母の台詞は語尾にハートマークがつきそうだった。

    「ただいま、魔法使いさん。」

    と僕は台所に向かい、
    エプロンをしている男の人に向かってただいまの挨拶をした。

    「ん、お帰りマナブ。」

    それが魔法使いさんだ。
    お母さんがお父さんと離婚してからと言うもの、
    色んな人が転がり込んでくるようになった。
    というのもお母さんの知り合いの人がいるんだけど、
    その人が何か変な人で、
    その人が毎回、

    「お願い!お願いだからちょっとこの人預かって!」

    頭を地面にこすり付けて頼みながら結局色んな人を置いていくんだ。
    今回の人は魔法使いさん。
    お仕事なぁに?って聞いたら、
    うんたら宮殿ごくひちょっかつ…えーとなんだっけ。
    まぁいいや、そんな感じでとってもややこしい事言われたの。
    だから次に何が出来るの?って聞いたら、
    その中で

    「魔法で敵国との交渉やら防壁を」

    と言ったので、僕は「魔法使いだ!」と喜んで、
    お母さんも「魔法使いさんは初めてだわ」って、
    まぁ、そんな感じさ、僕らの馴れ初めは。

    「今日はなーに?」
    「カレーというものを作っている。」
    「初めてだっけ、カレー作るの。」
    「ああ、信じられなかった。
     こんな茶色のブロックを入れるだけで、
     こんな風味のとろみが生まれるとは。
     このカレーという料理を開発したのは、どこぞの腕利きだ。」

    魔法使いさんは、料理も得意だった。
    おかげで最近母さんの料理を食べれてない。

    「ねぇ、魔法使いさん。」
    「なんだ。」

    くるくるとしゃもじで鍋の底を回す魔法使いさん。

    「魔法使いさんの世界って、戦争ってあったの?」
    「戦争?随分と厄介な事を聞くんだな。今日は。」
    「先生が言ってた。平和授業とか言うので。」
    「?平和の授業なのに戦争の事を話すのって、
     何かおかしいと思うが。」
    「戦争の事を知って、もう二度と繰り返しちゃいけないって。」
    「あー、なるほど。」
    「で、魔法使いさんの世界では?」
    「まぁ、何度か、ちらほら。」
    「へー。」
    「戦争なんて、どれも同じだ。人が死ぬ。絶望が蔓延る。
     満足するのは、特権階級の馬鹿達だけだ。」
    「…ねぇ、魔法使いさん。」
    「ん。」
    「そんなにかき混ぜなくてもいいと思うけど。」
    「鍋料理は常にかき回すことが大切だ。
     でないと、鍋底にコゲが付く。」

    そんな事、お母さんはしてない。

    「…今この世界では第二次世界大戦ってのが起こったんだけどさ。」
    「知ってる。日本が敗戦国になったんだろう。」
    「そう。でさ、第三次世界大戦って、起こるかな?」
    「ないな。」

    魔法使いさんの返事は早くて、思わず僕は喉に言葉が詰まった。

    「何で?」
    「時代がもう、戦争するには遅すぎる。」
    「どういうこと?」
    「後せめて百年時代が遅かったら起こったかもな。
     でも、もう時代が発達しすぎてる。
     誰も世界的な戦争を起こそうなんて、もう誰も思わないだろう。」
    「何で?」
    「要するに、武器の射程距離が伸びすぎて、
     そして威力が大きくなりすぎだ。」

    かーしゅー かーしゅーと、
    魔法使いさんが持つしゃもじが鍋底を撫でる音がする。

    「早い話が、
     今の時代の武器面々でもう一回世界的な戦争なんか始めると、
     もう終わりだ。
     どこぞの馬鹿がきっと勢い任せに核爆弾とやらを打ち込んで、
     それに対する報復、報復、報復。
     
     あっと言う間に死の世界になるぞ。
     ねこじゃらし一本すら生えないようになる。
     こんなに技術が発達している世の中だ。
     その事に気付かない参謀は誰一人としていないだろ。

     だから、戦争なんてするもんじゃないと、
     お偉方はよく判ってる筈だ。」

    魔法使いさんはしゃもじを引き上げて、
    もう片方の人差し指でしゃもじの端のカレーのルーを掬い取り、ペロっと口に入れた。

    「ん、なかなか良い味だ。」

    そう言って魔法使いさんはもう一度指でルーを掬い取り、
    僕の方へと差し出した。

    「味見してくれ。」

    僕は思った。
    差し出された魔法使いさんの指を舐めながら、
    この指も、この手も、
    人を殺した事があるんだろうかと。

    「魔法使いさん。」
    「ん。」
    「 うん、美味しい。」

    でも、
    そんなこと、聞かない。
    聞けない。

    「よし、そろそろ仕上げだ。
     ママさーん、ご飯出来ましたよー。」

    戦争なんて、どれも同じだ。人が死ぬ。絶望が蔓延る。
    満足するのは、特権階級の馬鹿達だけだ。

    その魔法使いさんの言葉が、
    その夜ずっと、僕の心に残ってた。

    その日見た夢は、
    街中を歩く人達の身体が砂の様にどんどんと崩れていく夢だった。

    紙屑の様に崩れる、という言い回しもあるらしい。
    けれど魔法使いさんが言っていた言い回しは砂、だった。

    戦争なんて、人が砂の様に形を失い、
    もとは何処に居たのかさえも、判らなくなる、と。

    その言葉がとても怖かった。



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    →本日の御愛読有難う御座いました←

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