老いへと至る
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老いへと至る

2016-10-29 09:45

    「結局ねー君ねー、
     人間関係における『絶妙な距離』なんてねー、
     どちらかが我慢する事によって、成立しているんだよー。」


    私がまだ大学生だった頃の話をします。
    私は誕生日が4月の22日ですので、
    大学に入学してから18歳だった時間というのはとても短いものでした。
    そのわずかな時間の間に、
    私は谷口先生という人に出会ったのです。
    谷口先生は白髪が年相応に生えている、眼鏡をかけた人でした。
    先生には失礼ですが、私好みの『老人』でした。

    「十年位前にねー、
     山本っていう博士学生がいてねー。
     僕の研究室で学生やってんたんだよー。
     彼は随分と僕に懐いてくれててねー。
     『もっと力をつけてこの研究室に帰ってきます!
      そして先生の力になって一緒に研究がしたいです!』
     なんて言っててねー(笑)
     僕はそれを聞いてて嬉しかったねー。
     話は半分に聞いてたんだけどねー。
     だってそりゃあそうさー。
     人間の決意なんて、殆どが変わっちゃうものでしょー。
     僕もそういう人生を味わってきたわけだしねー。
     変わらない思いなんてねー。
     人生で一つあったら良い方さー。」

    語尾が間延びする先生でした。
    そのせいでしょうか、柔らかい感じの雰囲気に取り込まれ、
    私は先生の近くにいる事を好んだのです。

    「彼はソニーに就職してねー。
     ソニーだよソニー、凄いよねー。
     いやーよく手紙をくれたよー。
     頑張ってますよーこういう事をしてますよーってねー。
     でも段々と手紙が少なくなってきてねー。」

    谷口先生の腕は黒コケていて、
    指の間接や指と掌の接合部分とか、
    まるでそこに小石が入っているみたいにゴツゴツしていました。
    まるで炭鉱で働く工夫のようなその手が、
    どこか平成の時代に合わないように見えて、
    私はその手を好いていたのです。
    谷口先生との別れ際に、私は必ず握手を求めてました。
    その手に、触る為でした。

    「いやーもう山本は帰ってこないだろうねー。
     きっとソニーに入って凄くなっちゃったんだろうねー。
     私よりも凄くなっちゃったんだよきっとー。
     学生の頃は私の事を凄いと思ってくれてたんじゃないかなー。
     だから自分も凄くなってー私と一緒に研究したいんだと。
     でもねー。
     自分が私より凄くなっちゃったらねー。
     そりゃあもうー、帰って来る意味なんか無くなっちゃったのかなー。
     結局ねー、人と人との関係にさー。
     何が正しくて間違いかなんてー。
     誰にも決め付ける事が出来ないんだよー。
     だから皆すったもんだの末に仲違とかしちゃうんだよねー。
     
     絶妙の距離って言うのはさ、
     片方が求めるスタンスを、
     もう片一方が許容するって事なんだよね。
     
     だから山本と私の今の距離も、
     私ががーがー言わない今、
     これは絶妙な距離なワケだよ。
     判る?」

    谷口先生の癖とは、
    話の要点になると、声が間延びしなくなる、というものでした。
    その声を聴いて私の口も思わずこう開いたのです。

    「でもそれって、山本さんの自分勝手ですよね。
     約束しといてそれを破るなんて。
     だって、先生も悲しいでしょう?
     懐いてくれてた教え子が帰って来ないだなんて。」

    その私の言葉に谷口先生はこう答えてくれました。

    だから絶妙の距離なんだよ
    私がそれを我慢している間は
    それが絶妙の距離 なんだよ
    まだ君は若いからなぁ
    年を取ったら色々知って
    色々判っちゃうよーはははー

    谷口先生は好きでしたが、
    谷口先生がたまに言う人生の教訓は嫌いでした。
    まるで、人生ってのは不味くて当然なんだぞ、諦めろ!
    と言われてる様に感じたので。
    それが当時の私でした。

    人には若い時が有り、また老いる時が有ります。
    必ず若い時が先に来て、老いる時が後に来ます。

    私達はまるで川の上流から下流へ下る木の葉のようです。
    しかしその川は大きすぎて、私達は、
    「ここから先は下流だ」
    「ここまでが上流だった」
    と容易くは言いがたく。

    だから私達は、
    先人達の言葉を思い出して、
    『嗚呼、先人らの言っていた事が今なら判る気がする。』と、
    その様に、私達は自分の位置を確認して、
    自らも老いへと至るのでしょう。





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