もうこの林檎は食べれない 終編①
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もうこの林檎は食べれない 終編①

2017-02-06 19:29

    (このオハナシを引き続き、咲花希 蓮様の為に)

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    シュージアンの目に映った黒い林檎は、
    初めに木の板を貫いた。軽々としていて、そして豪快だった。

    人間の拳が木の板を破ろうとすると、幾らかの苦痛を伴う。
    破る事に失敗した時、その苦痛は相当なものである。
    これらの事を経験した事のある人間は知るのである。
    板を軽々と破る事の出来る媒体は、それなりの破壊力を有するのだと。

    「あの壁にぶつけるとどうなる?」

    試していたのが部屋の中なのが悪かった。
    しまった、と思う隙もシュージアンに与えず、
    黒い林檎は壁を貫き、廊下の先の壁にめり込んだので、

    「よし、王の御前でぶつけるのは岩にしておこう」

    という運びに至るのであった。

    「リュレイ君。改めて命令を下す。今回は国王からの命令だ。」

    この国に自生するティポラの樹を品種改良する事。
    しかし上限数に決まりは無い、
    パッキルがチロシン砦に軍を敷く直前まで品種改良を行い、
    この甲鉄の林檎の弾丸の生産に当たるべし。

    魔法使いとはいえ、一国民である。
    リュレイはただ一言、「御言葉のままに」と述べ、
    国王のいる王宮を後にした。
    これから途方もない作業が始まるのである。


    パッキルが寄越してくる兵は総勢約四万人。
    その中のおよそ三万人余りが重装歩兵である。
    先程の岩を砕く威力と、外れ弾や相手の装備を考慮して、
    敵兵一人を仕留めるのに必要だと思われる十分な弾数はニ十発。
    要するに今回のパッキル戦必要な林檎は約八十万発。

    「ちょっと待って下さい」

    リュレイに林檎生産の命令内容をシュージアンが伝える最中、
    流石に黙っておれんとアルネオが口を挟みこんできた。

    「今貴方が仰っているのは敵兵四万全てを殺す場合の話だ。
     しかし実際に戦はそんなものではなないでしょう。
     半分も崩れる前にパッキルは兵を引く筈だ。」
    「いや、我々は殲滅戦を行う。」

    殲滅戦。
    即ち、敵兵の一人も残らずに殺し尽すという事である。

    「どうして!?」
    「パッキルにある戦争の意志を挫く為だ。
     パッキルのみではない、他の大陸各国にも牽制する意味がある。
     グインドランに攻め込んではパッキルの二の舞になる、とな。」
    「しかし、パッキルが侵攻してくる予定の期日までに、
     その話では一万本の樹を改良しなくては、」
    「馬車を用意する。」
    「移動するにも時間がかかる!」
    「そして生産した実を収穫してチロシンへ運ぶのにも時間がかかる。
     早くとりかかる程、時間の余裕はあり、問答を繰り返すほど余裕がなくなる。」

    ヒュノス、彼女にも言いたい事があって当然だった。
    しかし口は大きく開かず、その体だけ、ずい、と前に出した。

    「アタシが飛んでリュレイを運びます」

    その言葉にシュージアンは別段、反応を見せない。

    「いいよ、ヒュノスは弾を飛ばす練習もしなきゃいけないし、
     決戦当日に疲れて魔法が使えなくなった、という事になったら、
     元も子もないだろうに。」
    「大丈夫、アタシ、リュレイと比べて若いから。」
    「いや、無理だよ。
     だって一万本分、改良しにいくんだよ、これから。
     このグインドランのあっちこっちに飛ばないといけなくなるし、
     そんなの、戦争の前に体がおかしくなる。」

    そんなのリュレイだって同じじゃない。
    無言の睨みをヒュノスが利かせ、
    意を汲み取ったリュレイが無言の言葉に返事をする。

    「ヒュノス、この戦争はね、分業制なの。
     弾を僕が作る。それを君が飛ばす。
     僕が先にやらないと、君の出番が来ないの。
     裏を返すと、僕の仕事が終わった後に君が使い物にならないってなったら、
     僕の仕事が意味を無くす。」

    女の尻は軽々しく触れるものではない。
    だのにリュレイという男は、ヒュノスという女の尻をよく叩いた。

    「っ!」
    「それぞれの仕事をちゃんとやろう。ね。」
    「…手伝いする位ならいいでしょ。
     四六時中一緒に飛んで回るとは言わないわ、
     でも日の照っている間位はリュレイを運ぶから、
     それでも、別にいいでしょう?」

    ヒュノスの瞳から睨みが落ちず、
    その瞳が今度はシュージアンに向く。

    「…構わんよ、程々であればね。
     この書状を持って動きなさい。
     国の息がかかってある所に持っていけば、無条件で馬を借りる事が出来る。」
    「有難う御座います。」
    「礼を言うのはこちらだ、健闘を祈る。リュレイ。」

    グインドラン国のあちらこちらに生える林檎種、ティポラ。
    それを一つずつリュレイ自身が術式を行って品種改良をするという、
    何とも気の遠くなるような旅が始まった。

    目標の林檎は八十万発。
    一つの樹が凡そ五十から百個の実を一度に付ける。
    十分な実を一日で成る様に魔法もかけ、
    一本あたりに見込める一日の収穫が凡そ八十個。
    要するに、単純計算では一万本の樹に術式をかければ条件を満たすが。

    「実際はそうしなくてもいい。」
    「え?」

    出来るだけヒュノスの負担を軽減する為、
    リュレイはヒュノスに抱きかかえられながら空中を移動する。

    「ちょっとばかり強引な魔法をかける。
     実をもいだら、その部分に次の日には実が成る様にするんだ。
     例えば今日百本の樹に改良を施して、
     その次の日にまた別の樹を改良したら、合計で三百本分の実が取れるようにする。」
    「なるほど、すごいね」
    「そもそもこのグインドランにティポラが一万本も植えてるのかな」
    「あるんじゃないの?だってそこかしこで見かけるよ」
    「ははっ、そんなに植えたかなぁ」
    「植えたでしょ、だって奥さんが好きだったんだからさ。」
    「……ああ、そうだね。」

    リュレイとヒュノスが国中を飛び回る中、
    アルネオは専ら収穫の手伝いに回る事となった。
    品種改良を施した所から片っ端に収穫して、チロシン砦に送らねばならない。
    リュレイの心配をしながらも、アルネオはただただ、黒い林檎をもいだ。

    そうやって一日が経ち、二日が経ち、いよいよ一週間が過ぎる頃、
    朝にリュレイを迎えに来たヒュノスが彼の目の酷いクマを見て声をあげた。

    「今日は、お休み!ダメ!もうだめ!」
    「ダメなんて言ってられないでしょ。」
    「もういいって!リュレイはもう十分やったじゃん!
     それにアルネオも言ってたよ、実際に八十万発もいらないだろうって、
     私だってやってみたから判るよ、あんなの、五発も撃ち込めば人は死ぬよ!」
    「パッキルの重装歩兵は余程しっかりした装備をしていると聞く…。
     五発撃って、仮にそのうちの二発外れるとして…」
    「アタシそんなに外さないって!」
    「何が起こるか判らないのが戦争なんだよ。
     それに、残りの三発、盾も持ってるだろうし、それだけで致命傷になるかと言われれば、
     僕が軍師ならもっと量に余裕を持たせる…やっぱり八十万発は必要だ。」

    ヒュノスもそろそろ体の調整をした方がいい、そろそろ期日だ。
    そう言ったリュレイが馬を借りに道を歩き始めた。
    ヒュノスはならば自分が、と彼の袖を引っ張りはしたが、

    「もう、魔力と体力は温存していた方が良いから」

    と言われてしまい、
    下唇を噛みながら彼が馬で走り去るのを見送る事しか出来なかった。

    リュレイが林檎園で倒れたのはその日の夕暮れの事だった。
    チロシンでグインドランがパッキルを迎え撃つ三日前の事である。

    この頃、グインドラン中の黒い林檎がチロシン砦へと運ばれるため、
    専用の道路が整備された程だった。
    賑やかな公道から聞こえる人々の声を聴きながら、
    ヒュノスとアルネオがリュレイの伏すベッドの傍らに座っていた。

    「大丈夫、もう体力が萎れて、歩けないほどだから。
     君達の目を盗んで改良をしに行ったりしないよ。」
    「………」
    「本当だってば。
     それに、計算してみればもう僕が改良しなくても、
     目標の八十万発は生産出来る手筈になっている。
     あとは収穫と運搬の人達が頑張ってくれるのを陰ながら応援するだけだって。」

    男は、女に睨まれるのが本当に恐ろしく、そして嫌だ。
    相手が自分よりも二十も若い女だったら、尚更嫌だ。
    おまけに自分に少しでも好意を寄せている相手だったら、もうグウの音も出まい。

    「……もうアタシ、今日からチロシンに入る事になってるんだけど。」
    「うん、そうだよね…。」
    「その間に抜け出してどこかの林檎園とか行ったら、空から放り投げるからね!?」
    「はは、もう今更数本増やした所で、何も変わらないから…。
     あと、僕とアルネオもチロシンに入るよ。」
    「……は?」
    「やっぱり見届けないといけない。そうだよね、アルネオ。」
    「ああ。今回の戦争は、魔法使いの戦争だ。
     俺達が見届ける権利があるし、義務がある。」
    「それに…自分がこんなになるまで作った林檎がね、
     どうやって戦争に使われるか、ちゃんと見ておきたいんだ。」

    リュレイの瞳を見ていたヒュノスの視線が、ゆっくりと落ちた。
    ベッドの毛布に温められる彼の両足。
    この足は、今どれだけ走れるのだろうか。
    魔力ですら、いつも感じる量の十分の一も感じられない。
    使い方が判らないので魔力が著しく微弱なアルネオのそれよりも劣るではないか。
    こんな男が、戦場となる場所に行くと言っているのか。

    しかし言っているのである。
    自分の作った林檎の様を見たいと、這ってでも行きそうな目をして言うのである。

    ヒュノスは家に戻り一本の杖を持ってきた。
    それは彼女の祖父が生きていた時に使っていたもので、
    これを使って私の横に立っていて、とそう言ってリュレイに託した。
    彼女が先に、チロシンに向かうからである。

    「ちゃんと今日の分のご飯は食べるんだよ!」

    そう母親のように言いつけて、ヒュノスはチロシンへと飛んで行った。
    託された杖を早速使って玄関から見送るリュレイと、アルネオ。

    「お前、こりゃあ尻に敷かれるぞ。」
    「はは、ヒュノスの婿になる男は、誰であれきっと尻に敷かれるさ。」
    「違いない。」

    そうしてパッキルがチロシン砦に向かって陣を敷いた当日、
    チロシン砦にやってきた魔法使い三人、
    集めた黒い甲鉄林檎、しめて合計91万発。
    これには流石のシュージアンも、

    「パッキル兵を一人も生きて返さないという諸君の気構えを知ったよ」

    と笑っていた。

    パッキルの陣営ではクエン三世自ら戦場に姿を見せていた。
    歴史上何度も戦場となったチロシン砦を前に、クエン王が開戦前の演説を始めた。

    「私はこの日を感謝しよう。

     わが夢に天使が現れたあの日、
     あの日から既にこの日は約束された聖なる日だと決められていた。
     何によって決められていたのか?それは神によってである!
     では何を決められていたのか?それは我がパッキルの勝利である!
     魔法使い達という生き物は、神が直々に選んでその力を授けたとされている。
     しかし!諸君も知っての通り、この世にいる七人の魔法使いのうち、
     既に五人は死に絶えた!それも聞くに堪えない無残な死が殆どである!

     神が!私にこう言っているのが聞こえる!
     やはりこの世に魔法使いがいるのは間違いだったと!
     そう仰られているのが、私には聞こえる!
     いや、実際に聞いたのだ!大陸中央に、打って出よと!
     これは天命である!この世の均衡を崩す魔法使い達、
     その残りを、汝、クエン三世の手によって打ち滅ぼせと、
     私はその命を受け、今諸君らとこの歴史的場面に立ち会っているのだ!

     魔法使い一人は騎馬、二千騎の力を持っているという!
     だからどうした!
     魔法使いの力など、神の前にはネズミの尾返しに等しい!
     何も臆する事は無い、我らには、神が付いているのだ!

     さぁ、今日この日に戦場に立った事を家に帰って妻に言え、子らに伝えよ!
     これまで敵うもの無しと思われていた魔法使い達に、
     我らは勝ったのだと!この勝利は約束されていたのだと!
     諸君らが皺を作り土に帰り、子らも天に召されようと、
     今日のこの日の栄光は、世々末代まで語り継がれることになるだろう!

     さぁ、帯を締めよ、約束された勝利を貰いに行くぞ!」

    四万人に迫る陣営ともなると、後方の兵士にはクエン王の言葉は聞こえていない。
    しかし前方から押し寄せる嵐のように広がる歓声が、
    きっとクエン王が荘厳で末代まで語り継がれるような言葉を言ったのだと思わせる。
    前列から生まれた兵士達の歓声の波は瞬時に後列まで飲み込み、
    幾つもの雷が吠えたような、地響きとは言い難いうねりがチロシンに届いた。

    「……敵は準備が出来たらしい。死ぬ準備がな。
     ようし、良いかぁ!この砦の者、全てきけぇ!」

    アルネオ、リュレイ、ヒュノス。
    魔法使い三人が砦の天辺に立つ隣、
    軍服を着こんだシュージアンが砦の内側へと叫んだ。

    「今から史上初めての戦争が始まる!
     これは人と人との戦争ではない!
     人と魔法使い、ただそれだけの戦争だ!
     魔法使いと言う戦力が正確にはどれほどのものか、
     それを知らしめる為の、我が国にもう誰も攻め込まないようにする為の戦争である!
     諸君らは剣を持たず、盾も持たないだろう、しかし!
     今日は嫌と言う程手にするものがある!それがこの甲鉄の林檎だ!
     これを今日は嫌になる程天に投げろ!
     それをこの天を支配する魔法使い、ヒュノスが敵に撃ち付け、ねじ伏せる!」
    「天を支配するって……私、そんなに偉くないのに…。」

    リュレイに小声が聞こえた。ヒュノスのものだ。

    「皆を鼓舞するためだよ、天の支配者さん。」
    「やめてよ!もう――」

    シュージアンの大声が続く。

    「敵が一兵残らず動かなくなるまで林檎を天に放れ、
     空になった籠を下に投げ、新たな満杯の籠を運び上げろ!
     決して手を休めるな!それが本日の諸君の責務だ!
     今宵は共にうまい酒を溺れる程浴びようじゃないか!
     健闘を祈る!」

    砦の中からあがる歓声を聞くと、
    シュージアンがわざとらしく着ているマントを靡かせて正面に向き直った。

    「あんな大声出るんですね。」
    「ん?ああ、一応軍人なものでね。君もやるかい?アルネオ君。」
    「いえ、私は一般人なので。」
    「魔法使いとは言わないのか?」
    「魔法使いならば、……いえ、なんでもありません。」
    「そうか。」

    チロシン砦。
    過去に幾度もグインドラン国とパッキル国の争いの場となる。
    この十四年間はその歴史も静かになってはいたが、
    今この時、再び戦火が上がる事となった。

    今、チロシンに向けて四万人の足音が迫る。
    一人一人の足音は聞こえない程小さいが、
    四万人の足音は、まるで巨人の群れの如し。

    「――重装歩兵三万人余り、騎馬が約七千、
     そして何度も攻めた歴史に習い、チロシン用の攻城やぐら…アルネオ君。」
    「はい?」
    「あのパッキルの重装歩兵の鎧、この甲鉄の林檎が崩せるかね。」
    「実際にやってみない事には。すぐに真実は判りますよ。」
    「ああ、もう暫くしたらね…アルネオ君。」
    「なんですか?」
    「私はね、こんなに興奮しているのは生まれて初めてだよ。」
    「……。」

    彼方に整列していたパッキルの軍列が徐々に近寄ってくる。
    その様はまるで最後の審判が書かれた書状を持った死神のように、
    ヒュノスには見えた。

    「……リュレイ。」
    「ヒュノス、大丈夫かい?」
    「一つお願いがあるの。」
    「なんだって聞くよ。」
    「手、握って。
     奥さんにしたみたいに、手、握ってて。
     お願い。」

    リュレイが触った細い女の手は、血が通っているとは思えない程に、冷たい。

    「……アタシがこの戦場で敵を倒しきれなかったら、ここが落ちる……。
     そしてグインドランもきっと、危なくなる…。」
    「大丈夫、僕がついてる、アルネオもいる。」
    「でもね、リュレイ」
    「ん?」
    「アタシ、
     人を殺した事が無いの。
     これからアタシ、あの人達を殺すんだよね、
     全部殺さなきゃいけないんだよね、そうだよね?」
    「――そうだね、全員は多分死なないだろうけど、そうだね。
     ヒュノス、」
    「なに?なにかあるの?」
    「君がね、僕の作った林檎で、あの人達を殺すんだ。
     半分は、僕が殺すようなものだ。
     僕もずっとここにいる

     大丈夫。」

    リュレイがヒュノスの手を強く握る最中、
    アルネオは当たりをしっかりと見渡す。

    チロシン砦のそびえ立つ城壁の上で、
    何人もの兵士達が林檎を手に、今か今かと待っていた。



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