もうこの林檎は食べれない 終編②
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もうこの林檎は食べれない 終編②

2017-02-09 07:26

    (このオハナシを引き続き、咲花希 蓮様の為に)

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    一か月も経てば人はその日に何を食べたのかを忘れる。

    一年も経てば人はその日に何の仕事をしたのかを忘れる。

    十年も経てば、国家は昔に行った戦争の仕方を忘れる。

    しかし、グインドランという国、
    このシュージアンという男だけが、ずっと戦争の事を覚えていた。


    パッキルの兵、
    一人たりとも、
    その髪の毛の一本ですら、
    再びその母国に帰らせてはならぬ。

    シュージアンがその様に声を上げたこの戦。

    殲滅戦とはその多くが包囲戦である。
    籠城戦に於いて、守る側が殲滅戦を展開するというのは聞いた事が無い。

    パッキル側にもグインドランがどのような腹積もりかは知れていた。
    歩行前進をしていたパッキルの隊列だったが、ある瞬間にドラの音が鳴った。
    それが彼らの死の走行の合図だった。

    「投げ方、はじめろ!」

    パッキルの兵士が走り出して四秒、
    今度はシュージアンの声がチロシンに響いた。

    怒声と共に城壁の兵士達が林檎を空に投げ上げる。

    「ヒュノス!射出しろ!」

    リュレイに手を握られたヒュノスが砦の空に音を鳴らした。
    風と言うのは姿が見えない。ただ、感触だけで知るしかない。
    しかしそれは力の弱い風の話しで、強い風に関してはこの限りではない。
    パッキルの兵士達が地面を揺らしたように、
    ヒュノスが起こした風は、天が裂けるような轟音を起こした。

    風が、黒い林檎を運ぶ。パッキルの元へ。

    シュージアンは目を見開いてその瞬間を睨みつけた。

    パッキルに届いた一発目の林檎は先頭の重装歩兵の盾に当たった。
    どれくらいの威力があったのだろうか、
    林檎が当たった盾はその凄まじさに身を捻り、
    二発目が同じ兵士の肩に直撃、その身を盾と同じく後ろに捻った。

    黒い林檎が次々にパッキルの隊列に直撃していく。
    林檎の直撃を受けた兵士達は次々に後方へと体が吹き飛び、
    狙いを外した林檎は地面にめり込み、
    しかしそれでもパッキル兵士達の疾走は止まらない。

    シュージアンが砦の上で叫ぶ。

    「両翼の騎馬隊を見逃すな!
     取りつかれれば登ってくる、撃ち漏らすな、やや両翼に弾数を裂け!」

    砦の中から投げられる林檎が海波にさらわれているようだ。
    知らぬ間に上空から消え、戦場へと流される。
    今、チロシンの砦は黒い小さな死神が無数に飛び立つ、魔の城の様だ。

    「少し、早かったのではないですか?」
    「ん、何がだ?」

    戦局を見守るシュージアンにアルネオがそう聞いた。

    「林檎を射出するタイミングですよ。少し、早かったのでは?」
    「もう始まった、今更どうにもできまい。
     いやしかし、どうしてそんな事を聞く?」
    「アナタなら、もう四秒ほど敵を引き付けてから撃ち始めるかと思って。」
    「久しぶりの戦に興奮してしまってな。
     思わず声を上げてしまったぁ…。しかし現状は悪くない。
     見ろ、パッキル兵士の勇猛果敢な姿を。
     全く引こうとしない。」

    バキバキという音が戦場に響いた。
    パッキルが用意したやぐらの一つが、林檎に射貫かれて崩れ落ちる音だった。

    「寧ろ先程の頃合いで良かった、と思う程だ。
     見ろ、奴らの死に物狂いの様を。
     今は戦意で恐怖を忘れているだろうが、
     その感情がいつ、恐怖のみに満たされるか…まぁ、拝見しようじゃないか。」

    戦場にはパッキルの兵士達の勇ましい声が響いていた。
    それがこの林檎戦争の始まりである。

    その勇ましい声に別の音がすぐに加わった。
    チロシンの空から来る、ヒュノスの操る風の大群である。
    それからパッキルの陣はその音色を徐々に変えていった。
    黒い林檎が地面にめり込む音、兵士の体に当たる音、
    そして当たり所が『良くて』死に損なった兵士達の、呻き声、喘ぎ声。
    それでも変わらずに聞こえてくる音が一つある。
    それがパッキル兵士達のチロシンへと向かう勇敢な足音だった。

    だが足音は少しずつ音が薄くなっていく。
    足音ではない音が代わりに増えてゆき、
    砦の上で風を送り続けるヒュノスの手が幽かに震えているのを、
    彼女の手を握っているリュレイだけが気付いていた。

    「大丈夫かい」

    杖を突くリュレイがそう声をかけるも、返事は無い。
    魔法によって空から吹き付ける風が、彼女の髪の毛を後ろから前へと吹き流す。

    「  あと何人殺せばいいの」
    「ヒュノス」
    「……あと何分、人を殺せばいいの?」

    戦争を知らない魔法使いの目からは今にも涙が溢れそう。
    これはまだ若い彼女をこの戦場に送り込んでしまった我々大人の責任だ。
    そう思ったリュレイは彼女の手を握る手を更に強めたが、
    ヒュノスの身体はそれを合図にリュレイの方へとしな垂れかかった。

    「お願い、ちゃんとやるから、
     皆死ぬまでこうしていて、お願い……!」
    「おい、戦場から目を離すな!お前が風を送ってるんだぞ!」

    偶然見ていたシュージアンがリュレイの胸に顔を隠すヒュノスを怒鳴りつけたが、

    「僕がちゃんと戦況を把握させます!
     戦場の地獄を見続け卒倒するのと、
     こうやって最後まで風を送り続けるのと、どちらがマシか判断して下さい!」

    それを聞くと舌打ちをしてシュージアンが口を閉じた。

    まぁ、今の状況でも十分だ。
    シュージアンは胸の中でため息を吐いたが、
    眼下の地獄を見ながら満足げに腕を組んだ。

    胸の内でシュージアンは自分に語り掛ける。

    見ろ、シュージアン。今自分はどこに立っていると思う。
    今、お前は特等席に立っている、あの日に憧れた戦場よりも勝る、
    恐らくこの世に二度とない戦場を特等席から見ているぞ。


    十四年前の事。
    シュージアンが目撃したミル平原戦では、氷と竜だった。

    覚えているか、あの瞬間を。
    センバスの兵士達に向かって氷が噴き出したあの瞬間、瞬きを忘れていた。
    否、瞬きをしてはいけないと体が悟っていた。
    こんな光景、少しでも見逃してはいけない、
    今後再び見られるかも分からない代物だ、目に焼き付けろ、と、
    実際に戦が収まって目が勝手に瞬きをした時、
    渇いていたのか暫く閉じた目を開ける事が出来なかった。

    氷の次は竜だ。
    絵本の中でしか見た事のない生き物が空を舞い、炎を吐き、
    芽吹いた氷が瞬く間に解けていった。
    まるで夢でも見ているのではないか。
    当時の私は十分に大人だったが、まるで子供のように心臓が高鳴った。

    しかし、夢の様な時間は割とすぐに終わりを迎えた。
    トリプトファンの氷の魔法使いが、あっさりと戦場を引いたのだ。
    私は双眼鏡を目に押し当てながら、どうして、と叫び出しそうだった。
    どうして、そこで戦場から身を引くのだ。
    これから氷と竜の壮大な戦場が続いていくのではないのか。

    しかも信じられない事に、竜もそれからすぐに引いてしまった。
    久しぶりに沸き上がった年甲斐もない子供心は、
    やる気のない魔法使い達によってあっという間に萎れてしまった。

    それから後に判った事だが、
    氷と竜の魔法使い、それぞれが各自に状況判断して引いたらしい。
    あの場での戦闘続行は、人として行うべきではない、と。

    人として行うべきでは、ない?

    なんだ、それは。
    あの場は戦場だぞ。
    全ての兵士達は死ぬ可能性を持っているし、
    それを承知で全員あの場に繰り出したのではないのか。

    魔法使い達よ、何を恐れたのだ。
    人を殺し過ぎてしまう事か?
    自分達の力が、戦場で人を殺す事に恐怖を抱いたのか?
    馬鹿を言うな、お前たちは魔法使いだろう。

    この世に現れた魔法使いは合わせて両手の指の数にも満たない。
    その全員が夢の中に神が現れ、「お前に力をやろう」と天啓があったらしい。
    お前達魔法使いは神に選ばれたのではないか。
    その力を使わない事は愚行ではないのか。
    神が何故お前達にそんな力を与えたのか判らないのか、
    この世を面白くする為に、決まっているだろうが。

    ミル平原戦の後、トリプトファンとセンバスの間では休戦条約が結ばれた。
    どちらから言い出したかは知らないが、本当に余計な事をする。
    それではもう、氷と竜の地獄絵図を見る事が出来ないではないか。
    それどころか、各国の戦をする意志も収まってきていると耳にした。
    愚かな、これから魔法使いが戦場に出る新しい時代が始まるというのに!

    だが愚かな多くの人間は新たな時代の可能性に目を背け、
    次々に戦場から離れていった。

    他の国の詳しい事は知らないが、
    グインドランの軍の縮小は速度が凄まじかった。
    士官仲間が一人、また一人と軍から離れていく。
    殆どの軍官僚がそれを咎めない、どころか、自分達も我先にと去っていく。
    国王が軍を痩せさせる事を奨励し始めたのだ、信じられなかった。

    そうして軍としての仕事はあらかた取り上げられ、
    国の財政の手伝いの様な下らない仕事を押し付けられるようになった。
    もうその頃は『軍人』と呼べるような人間はほぼ残っておらず、
    残っていたとしても国から支払われる給金も激しく絞られ、
    皆が質素な生活を強いられるようになった。
    国から押し付けられる別の仕事をすれば話は別だったが、
    多くの『軍人』はそれを拒み、それが『軍人』を減らす事に拍車をかけた。

    それから間もなくだ、『軍事参謀』の地位を手に入れたのは。
    あっけなかった。
    酒の席で泣きながらグラスを口にするかつては尊敬していた上官に、

    「お前、いつまで軍人を名乗っているつもりだ」

    と言われた。あの日の事は忘れない。

    「上官殿からその地位を頂くまでは、自分は軍人です」

    と返事をしたのは、その上官が死ぬまで軍人で居続けるだろうという信頼からだった。
    しかしその上官が言ったのはこんな言葉だった。

    「そうか、じゃあもう、こんな地位はくれてやるぞ。
     俺はもう疲れた、引退する。」

    軍人とは、何か。誇り高いものではないのか。
    酒を煽りながら、じゃあやる、だなんて。
    そんな薄っぺらい冗談みたいな下らない事をおいそれと口にしないのが、
    軍人なのではないのか。

    それから直ぐだった、私が本当に軍事参謀という肩書になったのは。

    それから来る日も来る日も舞い込んでくるのは国の財政の帳簿ばかり。
    戦場の勢力配置図なんて一度たりとも回って来ない。

    しかし私は堪えた、ずっと独りで考えていた。
    その国とあの国が戦えば、一体どんな魔法戦になるのだろう。
    かの国とこの国が戦えば、一体どんな魔法戦をしたらよいだろう。

    一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年が過ぎ、
    年月が経てば経つほど頭の中の魔法戦略が積もっていく。
    仕事の合間にタバコを吸っている時、
    出来上がった資料を運ぶ為に廊下を歩いている時、
    財政課の者に酒に誘われた時、
    酒の席で知り合った女と夜を共にしている時。
    片時も魔法で戦争をした場合の事を考えない時は無かった。
    そのせいか女に顔を引っ叩かれる事は何度かあった。

    しかしあの時見た戦場が忘れさせてくれんのだ。
    あのミル平原で目に焼き付けた魔法戦。
    またあの戦いを、見たくてたまらなかった。

    何年も何年も、この国と他の国が戦争をしたら、
    あの国が彼の国と戦争をしたら、と考えに耽ったのだよ、当然だろう。
    私は軍事参謀、軍人なのだ。

    しかしまさか。
    一週間のうちに五人も魔法使いが死ぬとは。
    神が私に意地悪をしているのだと歯軋りをした。

    もう十年もじっと耐えて来たんだ。
    このただ数字を計算する砂を噛むような軍事以外の仕事にも、
    いつか再び魔法での戦争が起こるであろうと待ち続ける事にも。

    それが、魔法使いが五人も死んだだと。

    もう、このグインドランにしか魔法使いはいないではないか。
    そんな、では、どこの国と魔法合戦をすればいいのか?

    そんな風に静かに狼狽えた私を神は放ってはおかなかったよ。
    パッキルの馬鹿王に、天啓が下ったのだと?
    その噂を聞いた瞬間に悟った。
    神が私に「これで満足しろ」と言っているのだと。

    今まで魔法使い達の戦争しか考えてこなかったが、
    魔法使いが戦場で戦う事に関してはこの世の誰よりも思考を巡らしてきた。
    ただ、応用すれば良いだけだ。

    しかし邪魔が入ってはいけない。
    私はすぐさま各国の親愛な『参謀』諸君に知らせを飛ばした。
    今回のパッキルから仕掛けてくる戦、加勢は無用、と。
    こちらから助力を願う知らせも送らないので、その心算でいて頂きたい。
    念を押すように書き綴った書状で各国の軍事に封をし、
    次にとりかかるは国内の事だ。
    間違っても人対人の戦争にしてはならぬ。
    それでは、私が十年も耐えて待っていた意味が無い。絶望で死ねと言うのか。

    神が憐れんだのか、偶然が重なった。
    穀物の不作、資材の流出、戦争を忘れた愚かな官僚達。

    ああそして、もしこの国の魔法使い達が戦争に参加したら。
    長年考えて来たその構想が、見ろ、今目の前に現実となって、
    あの十四年前に目にした光景よりも素晴らしいものになっている。

    やはり魔法というものは凄まじい、
    戦いに向かないと思われていたこの二人の魔法使いも、
    使いようによっては目を見張る仕事をするものなのだ、
    他の馬鹿共が思いつかなかっただけで、私だけが!考えて来たのだ!

    鋼鉄に匹敵する強度を持つ果実を生産させ、
    それを矢に勝る速度で敵に打ち込む。
    投石機なぞ使わせるか、あんな野暮ったい兵器。
    見ろ、全て魔法から成る兵器、甲鉄林檎。

    今、長年夢見た光景がお前の眼前に広がっているぞ、シュージアン。


    「……どうしたのですか?」
    「ん?」
    「いえ、泣いてらっしゃるので……。」

    アルネオは横で泣いているシュージアンを心配した。
    彼の心のうちを何も知らなかったのだ。

    「いや、ただね。
     感動しているだけだよ。」
    「戦争で感動するのですか」
    「ああ、まるで自分の子供が初めて生まれたような感覚だよ。」



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