もうこの林檎は食べれない 終編③
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もうこの林檎は食べれない 終編③

2017-02-10 20:52

    (このオハナシを引き続き、咲花希 蓮様の為に)

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    人が夜に見た夢は、所詮無意識の産物でしかないのか。
    少なくともパッキル国のクエン三世が見た夢には、
    神の祝福は宿っていなかったようだ。

    国王の祝福する声によって送り出されたパッキル兵達は、
    空から降る黒い林檎に強かに撃ち抜かれた。
    それも一人や二人ではない、何千、何万と撃たれた。
    ある者は足を落とし、ある者は肩を落とし、
    首から上をもがれた者は、もう抱き起される事も無く戦場に転がったまま。

    一人の兵士の周りの仲間が黒い果実に撃たれて死んでいき、
    もう撃つな、これ以上撃つなと顔を歪ませても、
    それでも砦から降り注ぐ林檎は止まらない。
    何せパッキルは総勢四万人。
    それを殲滅するのには時間がかかる。

    リュレイの指示によって風を吹かせているヒュノスが、
    彼の胸の中で何度も尋ねた。
    ねぇまだなの、まだ終わらないの。
    それにリュレイは「あともうちょっとだ」としか言う事が出来ない。

    しかし遂に時が来た。
    パッキル側の有能な参謀が余程進言したのか、
    『天啓』を受けたと言うクエン王が、軍に退却命令を出したのだった。
    多くの戦友の亡骸を戦場に残し、パッキル兵が引き上げていく。
    それを見てシュージアンが他の下士官に尋ねた。

    「あと何発残っている?」
    「まだ70~68万発は残っております。」
    「そんなにか?」
    「追撃しますか?」
    「いや、背を向けた兵士に矢を射てはならない。
     それが私の尊敬していた上官の言葉だ。」

    背を向けた兵士に矢を射てはならない。
    戦意を無くした兵士はやがていつか地を耕す仕事に戻るだろう。

    「……もういい、天の支配者ヒュノスに、
     風を止めるように伝えろ。
     復唱の要無し、次の指令を下すまで待機せよ。」

    伝令を使うまでも無い距離ではあったが、
    シュージアンの言葉がヒュノス達の元に運ばれ、
    リュレイの胸元に縋っていたヒュノスがそれを耳にした。

    「聞いた?ヒュノス。
     もう風を止めても大丈夫だよ、僕達の勝ちだ。
     よくやった、よく頑張った。本当に良く頑張った。」

    そう言ってリュレイがヒュノスの頭を撫でる様は、
    大人の女にする仕草と言うよりは、
    自分の娘を褒める仕草という表現が適切だったかも知れない。
    しかしヒュノスはリュレイの胸のうちで、ただただ頭を撫でられるだけであった。

    それまでパッキル兵の体に、
    さもなくば地面に深々と突き刺さっていた黒い林檎達。
    まだ空中を飛んでいた残りは、ゴトゴトと音を立てて戦場に落ちていく。
    それらはもう誰かの身体を傷つける事も、地面に食い込む事も無かった。

    パッキル国の退却という結末で林檎戦争の幕は下りた。
    その後、帰国後にクエン三世は暗殺され、
    彼の弟がパッキル国王位を継承、グインドランとは講和を結んだ。

    グインドラン自体も林檎戦争の後に声明を発表。
    今後、いかなる状況であってもグインドランからは決して戦争を起こさない事、
    また今後は貿易によって各国と切磋琢磨していく事を固く宣言した。

    グインドランが圧倒的勝利で飾った林檎戦争は魔法使いへの認識を改めさせた。
    これまで魔法使い一人で騎馬二千騎に相当と言われてきたが、
    戦争後、魔法使いが二人もいれば一国の軍隊を滅ぼす事さえ可能と謳われるようになった。

    この林檎戦争の立役者の一人、シュージアンだが講和締結後に、

    「見るべきものは全て見た」

    と言い残し、軍どころかグインドラン国を出ていった。
    なにかと孤独を好む人物だったと同僚達からは囁かれ、
    大勢が彼を引き留めるという事も無く、さわやかな去り際だったと言われている。

    他の立役者と言えば『林檎』であるが、
    これには残念な結末が沿う事となった。
    当初、戦争終了後に再び品種改良を行い元に戻すつもりだったが、
    この林檎戦争における最初の品種改良によってリュレイの魔力が捻じれ、
    もう二度と魔法を使う事が出来ない身体となってしまった。
    幸運な事と言えば品種改良を施した林檎種、ティポラはまだ手つかずの物が残っている事だ。
    それから未改良のティポラは本数を徐々に増やし、
    グインドランの銘産物に返り咲こうとしている。

    だが意外な事も起きた。
    それは品種改良を施した甲鉄のティポラは、未改良の物よりも遥かに美味になっていたのだ。
    果肉全てが蜜で出来ていると謳われる程芳醇な甘さを誇ると言われ、
    その言葉はシュージアンが残したと伝えられている。

    シュージアンがグインドランを去る数日前の事、
    アルネオが彼の元へ赴き、甲鉄林檎を差し出した。

    「参謀殿、」
    「よしてくれ、もう軍人じゃない、私は。」
    「では、シュージアンさんで、宜しいですか?」
    「結構だ、アルネオ君。」
    「……この林檎、リュレイとヒュノスが、土産に、と。」
    「はは、土産か…リュレイは気の毒な事をした。
     相当な無理をさせたと私は責任を感じている。
     ヒュノス君は、どうだね。戦争後に調子を崩していたが…。」
    「空を飛べるまで回復しました。
     しかし、もう自由自在にという訳にはいかないでしょう…。
     空を早く飛んだ時に聞こえる風切り音が、戦争の事を思い出させるようで。
     低空をゆっくりと飛ぶのが、まぁ、安全でもあるので。
     結果としては良かったと、私自身は思っていますが。」
    「そうか……ははっ、なるほど。」
    「はい?」
    「それで、この齧ったら歯が折れそうな林檎を土産に、という事か。
     私は敵に回してはいけない二人から恨まれてしまったようだな。」
    「ああ、いえ、違うんです。これを見て下さい。」

    と言うとアルネオは一本のナイフを取り出した。
    シュージアンは笑った。まさか、それで林檎を剥こうと言うのかね。
    するとアルネオは少し笑って、本当に林檎の皮を剥き始めた。
    いや、甲鉄の林檎の皮が剥けてしまった、と言った方が正しい。
    シュージアンは驚いた。

    「ちょっと貸したまえ…うん…いや、甲鉄の林檎だ…。
     切った所も…危ないな、指を切りそうだ。
     一体どういう事だ?そのナイフが魔道具なのかね?」
    「これは普通のナイフで、それは確かに甲鉄林檎です。
     品種改良をする時に、ちょっと細工を。」
    「どんな細工を?」
    「魔力を持つ者が金属を介して林檎に刃を当てる時、
     その部分が普通の林檎の皮のように柔らかくなるよう、術式を構築しました。
     私は魔法が使えませんが、魔力は帯びているので。
     さぁ、最後まで剥きますよ、一緒に食べましょう。」

    アルネオが皮を最後まで剥いた林檎を半分にすると、
    その片方をシュージアンに手渡した。

    「まるで黄金で出来たガラスの様な輝きを持っているな」

    そう称賛したシュージアンは、ゆっくりとその果実を齧った。

    「まるで……。」
    「まるで?」
    「ふふっ、詩人の様な台詞は言えんよ。
     しかし、まるで果実全てが蜜で出来ていると思う程、芳醇な甘さだな。」
    「その言葉、リュレイに言っておきます。」
    「リュレイと、死んだ奥方の墓前にも言っておいてくれ。
     あと、リュレイの新たな奥方にもな。」
    「新たな?」
    「ヒュノス君がそうなるのじゃないのかね?」
    「さぁ、リュレイが首を縦に振るのがいつになる事か…。」
    「私からの忠告だとリュレイに伝えてくれ。
     男の最も犯してはいけない罪は、女を待たせる事だと。」
    「……結婚式の書状を送らせましょうか?」
    「いや、必要ない。私の行先は当てもないのでね。」
    「そうですか。」

    林檎を全て齧り終えたシュージアンがその口を拭きながら、
    思い出したように口を開かせた。

    「……そういえばアルネオ君、君に聞きたい事がある。」
    「なんでしょうか」
    「どうして、あの時に王宮にやってきた?」
    「あの時とは?」
    「初めて王宮に召喚した時だよ。」
    「……リュレイとヒュノスが、一緒に来てくれというもので。」
    「良い仲間と出会ったな。
     それともう一つ聞きたい事がある。アルネオ君。
     君は何年前からこのグインドランにいる?」

    かえらぬ返事が漂うだけ、二人の間を漂うだけ。
    ただシャリシャリという音が、アルネオの口元から鳴っている。

    「国の中の資料を洗いざらい調べ尽したが、
     君に関する一番古い記述はね、私の知る限り38年前のものだ。
     しかし君の見てくれはヒュノスと同じくらいに見える。
     四十前には全く見えない。
     加えて、このグインドラン内部で何度も引っ越しているな。
     今のところは長いらしいが……」

    聞いているアルネオは身じろぎもしない。

    「……私の仮定だがな。
     君が魔法を使えないというのは、嘘だな。
     火竜変化、氷結魔法、火炎魔法に風を操る魔法、植物育成。
     差し詰め君は、不老不死だな。」
    「まだ死なないとは、決まってません。」
    「だから戦場まで出張ったのかね?」
    「いえ、かけがえのない友人達と、ちゃんと肩を並べていたくて。
     シュージアン殿、魔法使いもまた、人間なのですよ。」
    「……王宮に来れば身辺を調べられる可能性があるのに、
     どうして来たのかと思っていたのだ。
     本当に良い友なのだな、二人とも。
     安心しろ、私が調べた事は他に口外してはいない。」

    もう、二人の両手には林檎は無い。
    ただアルネオの手先だけが、林檎の汁で滴っていた。

    「リュレイとヒュノスに、結婚おめでとうと言っておいてくれ。」
    「その時が来たら、ですか?」
    「いや、君が二人の所へ帰ったらで良い。
     言葉は時間が経つと腐ってしまうからな。林檎と同じだよ。
     所で君は……誰かと結婚したりはしないのかね?」
    「実は、昔に一人だけ。」
    「そうか。ははっ、完全なる独身男は私だけだったか…。
     ちなみに、今いくつだ?君は。」
    「それは普通の人間がする事ですよ。」
    「ん?」
    「魔法使いは、数を数えないんです。」
    「……それは、君限定だな。これから、どうする?」
    「……急ぐ予定もありません。急ぐ未来もありません。
     差し当たって、リュレイの農園の手伝いを。」
    「そうか。良い予定だ……私は、一足先に、旅に出るよ。」
    「……どうか良い旅を。」

    シュージアン=カイス。
    彼の旅への出で立ちは、非常に身軽なものだったという。

    林檎戦争終結後、
    平和の記念にと、品種改良された甲鉄林檎が引き抜かれる事は無かった。
    グインドランと言えば甲鉄林檎、新たな国のシンボルは貨幣にも使われた。
    何よりその美味さは力強く国の中に浸透し、王宮までもが舌鼓を。
    リュレイとヒュノス、アルネオの三人は度々林檎を剥きに王宮に向かう日々だった。

    グインドランは、広い。
    しかし甲鉄林檎を剥けるのは三人しかいない。
    普通の人間がどうにか自分の手で剥く事が出来ないかと、
    あの手この手で剥こうとするも余りの固さに四苦八苦。
    この甲鉄林檎への執念によって穿孔技術は発達していくのだが、
    それはまた、別のオハナシ。

    その後リュレイはヒュノスと夫婦になり、
    子供を二人設け、幸せに暮らした。

    アルネオも、とある盲目の女性と恋に落ち、
    子供を一人、天から授かる。
    子供が成人して暫く、妻が先に天に召されると、

    「知り合いを探してくる」

    と言って国の外に旅と称して消えていった。
    周囲は毎日やってくる

    「林檎を剥いてくれ!」

    とせがむ子供に嫌気がさしたのだ、などと言ったが、
    その真意は定かではない。彼の子供ですら、彼の意図は判らなかった。

    ただ、必ず年に一回は子供の所へ帰ってくるのだと言う。
    その習慣は変わらず、子供が死ねば孫の元へ、孫が死んでも曾孫の所へ。

    その後は時間の絶え間ない波が人々から彼の存在を虚ろにさせ、
    最早、甲鉄林檎を自力で剥ける人間がこの世にいるなど、
    想像する事すらさせなくなった。


    ある日、子供が玄関から外に出てみると祖父が戸口に立っていた。
    何かを持っているので見てみると、まるで燃えるガラスのような果物の果肉だった。

    「食べてみるか?」

    言われるがまま口にすると、
    今まで食べた事のない美味しさに、もっとくれと孫は祖父にせがむ。

    「ダメだ駄目だ、これはおいそれと食べれるものじゃないんだ。」

    と言って、
    半分に割った果実を孫に渡した。

    「口止め料だ、この事はナイショだぞ。」

    これは何の果物なの。
    そう祖父に聞くと、意外な答えが返ってくる。
    なんと国のシンボルでもある甲鉄林檎だと。

    「本当に!?誰が剥いたのさ!」

    孫がそう聞くと祖父は戸口からじっと遠くを見て答えた。

    「わしがまだお前程子供だった頃、
     よく林檎の皮を剥いて貰ったお兄さんだよ。
     もうこの国にはいないと聞いていたが…。
     ははっ、まぁ今では、ワシの方がジジイになってしまったがな。」

    孫が首をかしげると、

    「おお、いかんいかん、中に戻って手を洗わんと。
     知らん人に果物を剥いて貰った、なんていうと、
     お前のお母ちゃんになんて問い詰められるか判らん。
     ほら、戻るぞ戻るぞ。」

    孫を急かすその老人の手は、
    シュージアンに林檎を渡したあの日のアルネオのように滴っていた。

    甲鉄林檎の汁で滴っていた。

    しかしこれは甲鉄林檎の汁だと言って、
    それを信じるものは最早誰もいないだろう。


    すべて、むかしのものがたり。




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