もうこの林檎は食べれない 後日譚編
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もうこの林檎は食べれない 後日譚編

2017-02-12 19:18
  • 1

(これまでのオハナシを、咲花希 蓮様の為に)

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朝、晴天。
風が肌寒い。

長男が背広を着こんで玄関を出た筈だが、
何故かそのまま戻って来た。
忘れ物かと軽い口ぶりで尋ねてみると、
一通の手紙を親に差し出した。

「アルネオからの手紙だよ、コレ」

今年もいよいよ、締め括りの時が近い。

それぞれの家庭にはそれぞれの習慣がある。
年の初めに歯ブラシを全部新調する。
新しいパンツを一人一枚分買ってくる。
高級なワインを炭酸飲料で割って飲む。
他の家から見れば不可解な事でも、
それらは各々の家庭で知らぬ間に根付いた大切な習慣である。

ある家庭の庭に、二本の甲鉄林檎の樹が植えてある。
近所の家にはそんな樹を植えている所は無い。
そもそも甲鉄林檎なんて、国中に生えている。
それをわざわざ家の庭に植えるなんて、余程愛国心が強いのか。
そんな風に噂される家であるが、年末を前に慌ただしかった。

「カリンさんの所には電話した?」
「あー、いやまだ」
「今年来るかなぁ。」
「来る。絶対来る。」
「ちょっとぉ。お父さん、来るって言うんだったら掃除の手伝いしてよ!」

年越しには親戚を呼んでパーティーをするのが習慣である。
彼らは新年を祝うと同時に、ある人間が帰ってくるのを楽しみにしているのだ。
そのパーティーの準備にと、子供達が庭の甲鉄林檎をむしり取る。

偶然その様を通りがかりの大人が見つけてからかった。
おい、その林檎、おじさんに剥いてくれないか?
そう言われた庭の子供は笑いながら、

「ご自分でどーぞー!」

と林檎を放り投げる。
甲鉄林檎は普通の林檎の二倍以上の重量だ。
投げられたら大人でも驚く。
からかった大人はぎょっとして両手をポケットから出して慌てて受け止めた。

「こら、危ないじゃないか!」
「ははっ、奥さんへのお土産にどうぞ、美味しいよ!良いお年を!」

林檎戦争から数百年が経ち、その果実は戦争を忘れて店頭に並ぶようになった。
価格は普通の林檎の三倍から四倍。しかも、違う点はそれだけではない。
予め、黒くて堅い皮が、綺麗に剥かれてあるのだ。

この数百年で甲鉄林檎の皮を剥く技術は進化した。
黒い甲鉄の果実は人を殺す側から遂に人に喰われる側に戻り、
果実本来の役目を果たすようになったが、
それまでに多くの技術者の汗が流れたのは言うまでもない。

「こんばんは」
「はーいこんばんは!よく来たね!」
「いやー、今年はよく雪が降る。」

甲鉄林檎の樹が二本ある家に、親戚が賑やかに集まってくる。
子供達が元気よく家の中に入り、親達はその後からよっこらせ。
最後に年老いた白髭持ちが入場して、そのガウンを降ろした。

「アルネオはもう帰って来たか?」
「いや、それがまだ…。」
「手紙に書いていたのは大晦日だと電話で聞いたが」
「ええ、その筈なんですけど…どこかで足止めされてるのかしら。」
「ふぅむ…今年もグリズリーと川のシャケを取り合った話しで大笑いしようと思ったが」

大晦日。雪が止まらない。
家にやってくる親戚達も、服に積もった雪を払いながら家に入る。
ある一人の少女もそうだった。年にして十三。名前はティポラ。
母親が電話で「アルネオから今年も手紙がきたよ」と教えられ、
車で一時間かけて甲鉄林檎が庭に生える家にやってきた。

去年も、
一昨年も、
その前の年もそう。
こうやって親戚一同が集まって、新年を迎えた。

しかし、今年は今までと少しだけ違う。
そう、肝心の人物がまだ『帰って』きていない。
アルネオだ。

「……今何時?」
「七時。」
「……どこかで雪でスリップした車に突っ込まれたりしてるかも」
「よしなよアンタ!縁起でもない。」
「アルネオならそれでもちゃんと来る筈だ。」
「そうだよ、アルネオなら殺してもきっと死なない。」
「ウェル!変な言わないでよ、子供が変な事覚えちゃうでしょ。」

上はヨボヨボの爺さん婆さんから、
定年間近の大人、そして働き盛りの中年、大学生、ハイスクール、もっと年若い子供達。
様々な年齢が入り混じる一族の面々がじっと一つの広い部屋で、
テレビだけが賑やかに喋るのを聞きながらある人物をじっと待っていた。

「もう、取りあえずお祈りだけしようか。
 折角のスープが冷めてしまう。」

キンコーン

食膳の祈りの為に各自が両手を隣の親戚と繋ごうとした時、
家の呼び鈴が遠慮がちに声をあげた。

「アルネオか?」
「アルネオだ!」
「ようやく来たか、もう、待たせやがる!」

それまで誰かの心臓の手術でも待ってそうな顔だった面々が、
途端に破顔して口々に声を出す。アルネオだ、アルネオだぞきっと。

「御待ちのピザですが……」
「おい誰だピザ頼んだのは!」
「だって食べたかったんだもん!」
「まったく…若い奴は中性脂肪とか気にしないから!
 こんなジャンクフード頼みやがって!」
「うるせえ!食える時に喰いたい物喰うんだよ、悪いか!」

どうでもいいけど早く代金を払ってくれませんか。
そう言いたげな困った顔をぶら下げる配達員の後ろで、

「ちょっとごめんね」

と声がした。

「……お、そのピザ、中身はなに?」

後ろから現れた男がそう出し抜けに聞いてきた。

「え?えーと…注文は…チーズ&チリのジャンボソーセージです。」
「おお、じゃあ俺も食べたい。」

バサバサと肩から雪を払う男がやれやれと言った様子で片手をあげた。

「ごめん、遅れた。」
「アルネオ!おい!皆アルネオだ!アルネオとピザがきた!」
「アルネオとピザ!?なんだアルネオ、ピザ屋で働いてんのか?」
「おーアルネオ、そんな寒そうにして、早く入って、ほら」

どうやら人気者が帰って来たらしい。
それだけ察した配達員は

「あの、お金だけ取りあえず払ってくれますかね」

とだけ呟いた。


全員が揃った。
食前の祈りも唱え、
乾杯も済み、大人は酒を口にする。
子供達は二台ある片方のテレビで年末番組を見るか、
もう片方のテレビでゲームをするか。
働きだした若い衆達は、お互いの仕事の様子を椅子に掛けながら語らい合った。
アルネオも年長組に囲まれて、昔話を咲かせている。

「アルネオ!」

そんな中、一人の少女がアルネオに果実を持ってきた。
甲鉄林檎である。

「これ、剥いて!」
「ん?」
「ねぇ、剥いてー!」
「はは、ティポラも大きくなったなぁ、何歳になった?」
「年齢を聞かれるような歳じゃないよ、もう十三だよ!」
「そうかそうか」
「おっ、なんだアルネオ、もう林檎剥くのか?
 おおーいチビ共、もうディナーは良いのか?デザートが始まるぞ!」

それを聞いてゲームをしていた子供の中の一人二人がかけよってくる。
それまで仕事の話をしていた青年達もゆっくりと近寄り、
台所から家の夫人がやってきた。

「もう剥くの?アルネオ」
「ああ、レディーが一人、御所望なんでね。」
「あら、イマルかしら?」
「アタシよ!」
「なに、ティポラ?ちょっとレディーと呼ぶにはまだ早いんじゃないの?」
「なによ!」
「あら怖い」

これで良いかしら。
夫人にナイフを一本手渡されたアルネオは「ありがとう」と返事をし、
手元の甲鉄林檎に刃を入れた。
それを見た周囲が口にする。

「神のみわざを。」

それが何かの合言葉であるかのように口ずさみ、
アルネオが甲鉄の皮を剥くのをじっと見守った。

「――クルヴィア、皿とフォークを持ってきてくれ。」
「あら、ごめんなさい、持ってくるわ。」

アルネオが切り分けた林檎は一つ、また一つと人々の口に渡る。
アルネオも一つ剥き終えるとまた次を、また次をと、
全員の口に林檎が行きわたっても尚剥き続ける。
もう判っているのだ、皆が一口で満足する訳がない。
二切れ目、三切れ目を次々に口にほおばる。
剥き役は手を休める場合ではないのだ。

「アルネオ、いい加減ケータイ持ちなってば」

社会人三年目の青年が声をかけた。
アルネオの今年の手紙を最初に目にした若者である。

「このご時世に、直筆の手紙で帰るのを知らせるなんて、
 渋いんだけど、やっぱり時代遅れだよ。」
「俺に時代は関係ないんだよグレーヴ。
 ところでお前、去年言ってたガールフレンドはどうした、まだ結婚しないのか?」
「ああ、来年かな、結婚するなら。」
「いつだ、その頃にはちゃんと戻るようにする。」
「だから、ケータイ持とうよ!俺達が料金分担して負担するから!」
「いや……おい、ライドラ、なんとか言ってくれ。」

林檎を剥きながらアルネオが一番ヨボヨボの老人にそう助けを求めた。
しかし期待は裏切られる。ポケットから一つ、ケータイを取り出すと、

「時代はどんどん便利になるよ、アルネオ」

とにっかり笑った。

「そうだよ、ねぇ、アルネオもケータイ持とうよ!」

最初に林檎を持ってきたティポラも敵陣に加わったので、
流石にアルネオが苦笑いをする。

「ははっ、俺が持ってどうするんだ?」
「アタシと連絡取り合おう!」
「漫画やアニメの話は知らないぞ?
 ほら、危ない、もうちょっと離れて。ナイフが刺さる。」

でもケータイあった方が色々便利だぞ。
社会人になりたての若い衆達からも突かれ、
「まぁ、考えとくよ」と言葉短めに返すと、また次の林檎をアルネオは手にする。
困った様子を見かねてか、定年を間近に控えたウェスが、

「やっぱり、機械で剥いたのより、
 アルネオに剥いて貰った方が断然美味いな。」

と言った。
アルネオは「そうか?ありがとう」と言って笑うだけだった。

深夜一時にもなると子供達はまとめて一つの部屋に寝かされ、
酒の回った酔っ払いもベッドの厄介になる。
体力の落ちた大人達もお先に失礼とそれぞれ用意された部屋に向かい、
起きている事を許されたのは、わずかな大人達だけ。

「今年はどこに行ってきたんだ?アルネオ。」
「ガーヴァンの所だ。」
「そうか、元気にしてたか?」
「いや、今年の夏に遂に死んだ。」
「そうか………。」
「ついに、俺だけになってしまった……。」

尿意。
尿意で目覚めるのは幸運である。
そしてそれは幼児期からの脱却とも言えよう。
少々ジュースを飲み過ぎたのか、寝床でむくりとティポラが起きた。
隣で寝ている従妹を起こさないように部屋を出ると、トイレで用を足しに行った。
すっきりしてまだ温もりの残るベッドの戻ろうかと思ったが、
ふと、階下から大人達のか細い声が聞こえてくる。
こんな時間にまだ起きてるの。大人って何話しているんだろう。
そうおもい、子供の足は階段を下りる。

「リュレイ、ヒュノス、ジルヴァにカトノリオ、
 最後まで頑張ってくれたのがガーヴァンだったが…。
 いや、これ以上生きてくれと頼む方が酷な事だ、
 ちゃんと定められた運命を全うした、それだけのことだ。」
「何歳だったんだ?」

そう聞いたのはグレーヴ。まだ、二十六歳。

「俺と同じさ、数えてない。
 数えてない者同士、色んな冗談を言い合った…。
 お前、今何歳だ?と聞くと、確かお前より先に生まれたって言うんだ。
 でもこの前会った時は俺が先に生まれた計算だったというと、
 最近、俺は年を新たに数え足したから、お前よりも先に生まれた事にした、と…。
 この冗談で笑い合える奴も、ついにいなくなってしまった…。」
「……誰か死んだの?」

大人が五人、座るテーブルを、
ドアから一人、寝巻に着替えた少女が見てた。

「ティポラ、起きてたのか」
「トイレ」
「行ってきなさい」
「行ってきた」
「じゃあ、もう寝なさい。」
「眠たくない」

話しをやり取りしつつ、アルネオ達の座るテーブルに近づいた。

「お友達が死んだの?アルネオ」
「……ああ、一人ね。」
「大切な人だった?」
「かけがえの無い友人だ。久しぶりに泣いたよ。」
「女の人?」
「いや、男だ。ガーヴァンってやつでな。」
「どんな人だったの?教えて。まだ眠くないの。」

アルネオが二回手首をクイクイと動かすと、
一人がワインを注いだグラスを差し出した。

「……俺には九人の仲間がいた。
 そのうち三人は会った事が無かったが、それでも仲間だった。」
「会った事も無いのに仲間なの?」
「神様が教えてくれたんだ、お前には九人の仲間がいる。お前を含めて十人だってな。」
「夢に神様が出てきたの?」
「ああ、夢だった。夢を見たんだ。
 その夢を見てから結構な時間が経って、そのうち七人が有名になった。」
「魔法使いの人達?」
「ああ、なんだ聞いてるのか。
 そうだ、皆魔法使いだ。しかしある時、五人が事故で死んだ。」
「魔法使いの唄よね。
 一人は足をすべらせて~、
 二人目はあつあつの風呂のなか~
 三人目はやりにぶつかって~
 四人目はうまとごっつんこ~
 最後は静かに夢の中~。」
「そうそう、正確には最初に死んだのが夢の中、老衰したやつで、
 三人目の槍にぶつかったのは嫁に」

そこで同じテーブルにいた一人がゴホンと咳ばらいをした。

「おっと…まだ早い話だったな。
 それで、結局時間が経って他の仲間も次々に死んだ。
 けれどな、ガーヴァンだけは色々勉強して長生きした。
 アイツはよく頑張ってくれた。」
「アルネオも勉強したの?」
「いや、俺は…ちょっと、そこのアルバムをとってくれ。そう、それだ。」

アルネオがテーブルに広げたアルバムには、
白黒の古い写真が張ってあった。
その中の一つをアルネオが指さし教える。

「これはティポラのひい爺さんがまだ子供だった時の写真だ。
 それで、これが俺だ。」
「……これアルネオ?」
「そうだ。」
「今と同じ顔してる」
「そうだ。」
「……。」

子供の頭には理解が追いつかない事だった。
じぃっと写真を見つめていたティポラは、
視線をアルネオに移してなお、見つめ続けた。

「……アルネオは年、とらないの?」
「気が付かなかったか?」
「旅している人は年取らないのかと思ってた。」

それを聞いたテーブルの面々がふふっと笑う。

「神様がな、お前は年取っちゃダメって、俺に言ったんだ。」
「アルネオ、今何歳なの?」
「ティポラのお爺ちゃんより年上だよ。」
「私の名前を持ってた人よりも?
 私の名前、甲鉄林檎を作った人の奥さんと一緒なんだよね?」
「……ああ、その話はもう何回もしたな。ずっと、ずーっと昔の話だ。」
「会った事あるの?」
「あるよ。」
「綺麗な人だった?」
「美人だった。」
「…いつ死んだの、その人。」
「早かった…本当に早く死んだ。ティポラの旦那は俺の仲間でな。
 そいつと一緒に何度も泣いた。俺の涙が止まっても、
 リュレイの、その旦那の涙が止まらなくてな。」
「リュレイ…お兄ちゃんの名前だ。」

そう言ってティポラはテーブルに座っている父親を見た。

「良い名前だろう。だから二つとも、お前達の為に貰ったんだ。」
「ああ、良い名前だし、良い友人達だった…。
 林檎を実際に作ったのはリュレイの方でな。一緒によく、林檎の皮を剥いた。」
「その人も、あの固い皮を剥けるの?」
「神様に仲間だと言われた奴は全員剥けるんだ。
 俺とリュレイがそう作った。
 でも、これで、もう…。」

この世で林檎を剥けるのは、俺だけになったな。

神に魔法を授けられたのはこの世で十人居た。
その中で、自分が魔法を使える事を世間に知らせたのは八人。
アルネオも、その中に含まれている。
残りの二人は最後まで公言しなかったが、それをアルネオが探し出した。
それこそ世界中を回り、発見に何年もかけた。

仲間が、欲しかったのだ。
アルネオは同じ境遇の仲間が欲しかった、それだけだった。

「…魔法使いは、旅をしなきゃいけないの?」
「ん?」
「アルネオ、いつもどこか遠くにいるじゃない」
「あー、ちょっとな、一か所に長くいると厄介な事になるから、
 最近は時代が尚更そういう風になってきたし。
 だから旅であっちこっちを回ってるんだ。」
「たまには休めばいいよ!」
「いや、別に仕事をしている訳じゃない。
 優しい知り合いたちの所を渡り歩いてるんだ。」

そんなアルネオの言葉も気にはせずにティポラがアルネオに寄る。

「一年だけでも、ゆっくりすれば!」
「いや、一年もいたら」
「うちにくればいいよ!一年だけでも一緒に暮らそう?
 ねぇ、おとうさーん!」

ティポラの父親は首をすこしだけかしげ、
「アルネオが決める事だ」と言うだけ。

「ねぇ、アルネオ」
「旅をするのが、好きなんだ。」
「どこかにガールフレンドがいるの?」
「は?」
「だから遠くに行ったりするの?」
「いや、恋人なんかいたら旅なんて出来ないよ」
「だったらこの国にいればいいじゃん、
 仲間がいなくなっちゃんたんでしょ?
 だったらこの国にもうずっといなよ、
 だって、この家にいる皆、アルネオの親戚なんでしょ?一族なんでしょ?
 ねぇ、
 
 アルネオ。」

子供を説き伏せるのは、
骨が折れる。
何時の時代も変わらない。

「ティポラ、お前と同じ事を、これまで何回も言われてきた。
 でもな、ちょっと俺は長生きし過ぎてな。知り合いが、多すぎる。
 皆良い奴で、俺が顔を見せないと心配する。
 ここにいる皆と同じだ。」
「でも、私達は血がつながってるよ!」
「そうだ、でも皆、心がつながってる。」

テーブルに広がったアルバムには沢山の写真が収められている。
しかし、どれも白黒で、カラーのものは一つもない。
写真に写っている人物達は、アルネオを除いて全員、天に昇った。

「……アルネオ約束して」
「ん?」
「来年は二回帰ってくるって約束して。
 それでまた林檎を剥くって、約束して。」
「一回じゃダメか?」
「ダメ!二回!ぜったい!」

ぐいぐいと腕を掴まれるアルネオは参ったとばかりに、

「判った、約束するよ」

と返事をした。
それを見届けた大人の一人が、

「ティポラ、もう寝なさい。あとは大人の時間だ」

と言って、渋々ティポラは階段を昇って行った。

「……おい、ランド。」
「ん?」
「お前の娘にボーイフレンドはいないのか。」
「ティポラに?いたら俺が殺してる。」
「勘弁してくれ、このままだといつか俺がお前に殺されるかも知れない。
 俺はこういう事に決して疎い訳じゃないんだぞ。」
「ははっ、アルネオがティポラのボーイフレンドかぁ。
 いやぁ、あの娘にそこまで根性あるかなぁ。とんだワガママ娘だぞ。」
「二十歳程年齢が上の男を夫にした昔の知り合いに、良く似てるからな。
 どこぞの男とデート行くなんて事になったらお前、絶対邪魔してやるなよ。」
「ははっ、ティポラとアルネオで何歳年が離れてると思ってんだ。」
「ちがいない、犯罪どころじゃない、伝説になるぞ。」
「数百年生きた魔法使いを口説いた女傑ってな、これは凄い事になるぞ!」
「おいおい、勘弁してくれ……。」

困り果てたようにそう言った魔法使いは甲鉄林檎を一つ手に取り、ナイフを当てた。

「なんだ、まだ食べるのか?まぁ、剥かれたら食べるが。」
「ん、いや、昔の親友にな、ちょっと報告したくて。」

アルネオが、テーブルの上でシャリシャリと林檎の皮を剥く。
ただの林檎ではない、甲鉄の林檎だ。
その強度は甲鉄をも上回り、大昔には武器としても使われた。
魔法使いが二人がかりで研究して作られた伝説の林檎。
とある戦争で多くの兵士を殺した伝説の林檎。

しかし、今や伝説は本当にただの伝説に。
今、その表皮が、何者かの血によって穢される事は無い。

許された者のみに剥ける皮を切りながら、アルネオが胸のうちで語り掛ける。

リュレイ、見てるか。
ついに最後の魔法使い仲間のガーヴァンもそっちに行ったが、
それでも俺の子孫達は、俺を孤独にしてくれないらしい。
どんなに久しぶりに会っても、この賑わい様だ。
時代も随分平和になって、この林檎も無事に只の食用だ。
相変わらず、少々高価な事には変わりはないが――

「アルネオ。」
「ん?」
「ティポラじゃないが、ここはお前さんの血が通っている。
 皆、アンタの血から生まれた子供だ。
 俺達の代が死んでも、まだティポラ達の代がある。
 ティポラ達が死んでも、まだ次の代がある。
 お前が帰る場所はこの世の終わりまで続くよ。
 まぁ、年に二回、強引に帰れとは言わないよ。
 でもな、ちゃんと帰って来てくれ。皆、アルネオの事を待ってる。
 それに、もうこの林檎が食べられなくなるのも、とても惜しい。」
「――ああ、ランド。」

毎年、何かの拍子に思うよ、リュレイ。
俺はいつお前にまた会えるんだろうかとな。
でも、それもまだまだ先の事になる気がする。
俺の子孫達が、こんなにも愛しいものでな。

でもな、
こうしてこの固い林檎の皮を剥く度に、
お前とヒュノス、そしてあの時代の事を思い出す。これだけは、変わらない事だよ。

「――よし、皮が剥けたぞ。食べるのは誰だ?
 フォークを持ってきてくれ。
 今食べないと、あとは当分高い金を払わなきゃいけないんだからな。」

家の庭に、二本、甲鉄林檎の樹がある。
年末になるとその枝が、随分と軽くなる。
子供達が次々にもいでいくからだ。
それを見かけた人間達は不思議そうにそれを眺めるだけ。

何せ彼らは知らないのだ。
この世に甲鉄の皮を自力で剥ける人間が居る事を。

甲鉄林檎。
季節を問わずに実を付ける逞しい樹。

その樹が、今夜は静かに、最後の魔法使いの団欒を聞いている。


今夜の雪は、まだ止みそうにない。




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けんいちろうです。
咲花希様のリクエスト、

『失った戦友(親友、バディ等々主人公にとって一番大切な人間)と、
 共に生き抜いた武器(戦友)』

でした。
長かったでしょ?こんなに長くて御免なさいね。
途中からとても楽しくなってついつい長くなっちゃいました。

咲花希様の「武器種は不問」という言葉を見た瞬間、
書くならこのオハナシしかないと思いました。

実はこのオハナシには元ネタがあり、
いつか今回の下りをサイドストーリーで(勝手に)書こうと思っていたのです。

オハナシの元ネタ『甲鉄林檎』は犬魔人様という方が書かれた動くイラストで、
以下のリンクよりご覧になる事が出来ます。
キャプションで大昔の戦争で投石に使われたという下りが在り、
今回の私のオハナシはその更に前の時代、
初めて戦史に林檎が登場した時代を(勝手に)書かせて頂きました。
とても綺麗な動くイラストですので、是非ご覧になって下さい。


→犬魔人様:『甲鉄林檎』←


書き終えてみると、
一番書きたかったのはこの後日談編で、
それまでの林檎戦争の話は後日談編をよりよく味わう為の前菜的な位置づけです。
リアルタイムで読んで頂いた皆様には

「メインディッシュまだかよ」

と長らく待って頂き有り難う御座いました。
取り敢えず私自身はもう満足です。

今年のリクエスト消化は非常に時間がかかっております。
まだ御待ちの方がいらっしゃいますが、
どうかもう少々お待ち下さい。

咲花希様、今回のリクエスト、真に有難う御座いました。
他の皆様も長いオハナシにお付き合い下さり、有難う御座いました。
けんいちろうでした。


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