虚身(前編)
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虚身(前編)

2017-06-15 12:17
  • 2

今はもうこの世に存在しないが、
戦国大名も裸足で逃げ出す恐ろしい刀が存在した。
妖刀作りの刀匠、天津時久が作った刀。
それが鬼殺五工と呼ばれる五振りの妖刀。
鬼をも殺す恐ろしい得物。

そのうちの一本が虚身(ウツロミ)。
刀身を鞘から放てば柄を握る者が虚ろになり、
鼻先を行き交う者すら気付けない。

「ごめん下さいよ」

ある日、
一人の猫背な男が時久のもとを訪ねて来た。
しかし夜も更けて随分と。
いよいよ寝に入ろうかと思っていた時久は、

「もう本日は御用立てできかねる」

と言って扉を開けなかった。

ところがこの客がなかなか図太い輩で、
裏庭から忍び入って時久の寝床の障子をガラリと開けた。

「どうか一つ、お願いが御座います」
「願いを乞う者の態度ではないと思うが。」
「いや、どうか、その点は御容赦を。」
「その上こちらも願いを聞く姿ではないと思わぬか。
 見ろ、寝間着だぞ。」
「その点も、どうか平にご容赦を。」

さりとて今更着替える気分も無い。
そのまま布団の上に胡坐をかいて、

「そこの障子、閉めなされ」

と真夜中の客を招き入れた。

「どうやら相当お急ぎのようだが」

真夜中に図太く押しかけてくる様を嗜めるように、
お茶の一つも出る筈が無い闇の中で時久が尋ねた。

「天津時久殿とお見受け致す」
「いかにも、天津時久よ。」
「どうか一つ、拵えて頂きたい刀がありまして」
「小太刀かな、それとも太刀か」
「大きさは問いませぬ、
 どうか、体が見えなくなる一振りを拵えて頂きたい。」
「身体が見えなくなる?」

真夜中の客が夜の中で渋い顔を歪めたのが時久も判った。

「実は、あっしは盗人で、
 ついこの前にとある場所で盗みを働いた所、
 とは言ってもそこは荒れ果てた屋敷なのですが、
 そこにはざっくりと金が転がっていたので御座います。」
「ほお」
「しかし、それは最近巷で噂の『猿』の隠し金だったんでさ」
「猿?」
「御存知ないので?
 鹿猿(しかざる)というまだ若い頭領が率いる盗人集団でさ。
 丁度あっしがね、その金を探し当てて失敬しようとした時、
 運の悪い事にやつらがそこに帰ってきちまったんだ。」
「奴らとしては運の良い事だな」
「旦那、皮肉がお上手で。
 そこで気を緩めていたもんで俺の顔も見られちまって。
 今頃奴ら、俺の事を血眼になって探しているにちがいねぇ。」
「どこかへ逃げれば良いではないか。」
「いや、それが結構な金を持ち逃げ出来てね。
 それできっと奴ら怒りがカンカンで御座いますよ。
 地獄の果てまで追ってくる予感がするんだ。
 どうか、知る人ぞ知る妖刀作りの匠、天津時久殿。
 一つあっしの助けになってくれねぇか、
 金ならあるんだ、たんまりと。」

夜に来る客はろくでもない奴が多い。
だが来たからには刀を打って進ぜよう。
時久は客からたんまりと血を抜いてやり、
夜も夜だというのに窯に火を入れた。

「丁度明日の今頃取りに来い。」
「ああ、ありがてぇ、ありがてえ」

夜が明け昼になり、
再び夜が来る頃には刀は打ちあがった。
脇差が一本、鞘に納め、
また抜いてみると時久の握る手がふわりふわふわ消えてゆく。
これでよしと思った時久はさすがに疲れて、
そのまま敷きっぱなしの寝床に転がると、
すとんと寝てしまっていた。

果たして朝。
時久が目を覚ますと、鍛えた脇差の影が無い。
どこを探しても、刀が無い。
番で出て来た弟子にどこかで見たかと言っても、
そんなものは影も見ないという答え。

「あの盗人め。
 盗人らしく持っていきよったわ。」

それから四日後の事。
随分と表が慌ただしい。
弟子になんの事だと聞いてみると、
何でも番所に置手紙があったらしく、
書かれた荒れ寺に行ってみれば、

「なんでも名うての盗賊達が、全員死んでいたとかで。」
「……猿か?」
「御師匠、御存知で?」
「少しな。」

荒れ寺で死んでいた『猿』の面々は何れも殺されていた。
死因は刃物による殺され傷。

しかし不思議に、その殆どが真っ直ぐズブリと刺されたような刀傷で、
真横に切り抜いたような刀傷は一つも無かったという。

とにもかくにも噂が立つほどの盗賊が死に絶えたとあって、
巷は不気味さを感じながらも幾分安堵した様子であった。

だががそれから三日ぐらいしてか、
今度はまた別の奇妙な噂が立つようになった。

なんでも道を歩いていると、
かちん、かちんと金を鳴らす様な音がする。
その音が道の真ん中を動いて通り過ぎていくのだが、
音だけ聞こえて姿かたちが見えやしない。

「その様から巷では『かちんかちん』が出歩く、
 と気味悪がっているそうで。」
「『かちんかちん』か。
 はは、随分と可愛い。」
「なんでもそのかちんかちん、足音もするそうで。」
「ほう。」
「それと最近、飯屋で変な喧嘩も起きるそうで。」
「いいではないか、
 面白い世の中は暇ではない。」

それから少しした晩の事。
時久が寝床で横になっていると音が聞こえて来た。
かちん、かちんと段々と近づいてくる。
時久にはそれが鯉口を鳴らしている音だと知れた。

「いつぞやの盗人だな。」

障子をピシャンと開け放つと、
月に照らされた足跡が二つ庭の真ん中で砂を押し広げ、
今や遅しと時久を待っているようであった。



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姿が見えないとはどこかのボカロで見(抜刀音)

「虚身」というとそろそろ季節の「空蝉」や、ゲームのダンジョン「うつしみのどうくつ」を思い出します。察しは付きますが、月夜の中気配だけの客人が歩み寄ってくる様子、観客席で息を呑んでお待ちしております…。
ところでお恥ずかしい話、印象的で数幾多のオハナシを読ませてもらって、「鯖木切り」からの再登場ということでして読み返したいのですが、オハナシを探し当てるのは一苦労です。どこのカテゴリから検索するのがいいでしょうか? リンクなど貼ってもらえれば更にありがたい限りです。どうかよろしくお願いします!
28ヶ月前
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>>1
Tyrol様

「うつろみ」って…そうですね、なんかツルンとしてそうな響きじゃないですか?あと可愛いっぽい。
カテゴリの話ですが、「そんなに探すのが手間だろうか…」と思って見返してみたらかれこれ400話くらい投稿してるんですね。こいつは失敬。取り敢えず刀にまつわるオハナシだけでもカテゴリー「刀」でくくっちゃいますね!すいません!
28ヶ月前
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