虚身(後編)
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虚身(後編)

2017-06-15 19:54

    このオハナシは前後編です。
    お昼に更新した前編は→こちら←からどうぞ。
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    かちん、かちんと音が鳴る。
    抜いた脇差を再び鞘に入れ込もうと、
    鯉口に当たって鳴る音である。

    「旦那、俺の姿が見えねぇだろう。」

    月夜の下、
    砂利引きの裏庭で姿が見えるのは天津時久。
    しかし声がするのはいつぞやの盗人。

    「ああ、見えんな。
     俺の作ったそれは大層良い出来であろう?」
    「何をぬかす、こんな、とんだ厄介物を掴ましやがって。」

    唾を吐いたのか、
    砂利の上に、ぺっと水気の塊が落ちた。

    「相変わらず態度が悪い。」
    「こちとら盗人なんでね。
     態度の良し悪しなんてそもそも説かれる筋合い、ねぇのよ。」
    「確かにそうだ。」
    「おい、ところで、これよ。」

    かちんかちん。
    夜の庭で、かちんかちん。
    何度も何度も、かちんかちん。
    夫の帰りを心配する女房でも、
    こんなに何度も火打ちを叩かない。

    「どうして元に戻らねぇんだ。
     消えた身体が一向に見えるようにならねぇぞ。」
    「俺も聞きたい事がある。
     どうして殺した。」

    『猿』を、どうして殺した。

    「お前に打った刀は身を隠す為の代物だぞ。
     誰かを殺す為ではない。」
    「いやぁ、あれは骨が折れた。
     なにせこの刀、とんだナマクラだったからな。
     刃が丸くて斬れやしねぇ。」
    「それは人を斬る為には作っておらぬ故な。
     しかし貴様、全員だから突き殺したのか。」
    「刀の先だけは運良く尖ってたんでな。
     あいつら、俺にばれても余裕しゃくしゃく、
     金の隠し場所も全く変えずに陣取ってやがって。
     大層天狗になってた所を俺が一人残らず殺してやった。
     驕る平家は久しからず、盛者必衰の理を表す、とな。」
    「なぜ殺した?」

    何故殺した。
    何故、隠れるだけにしなかった。

    「何故殺した、と聞いたのは俺だが、
     この天津時久、その虚身を作った張本人として答えてやろう。
     お前はその便利な刀を手にした事で気が大きくなったのよ。
     これがあれば逃げずとも、
     見えぬこの身で『猿』を全員殺せる、
     あわよくば取り損なった金も全てこの手にしてやろうと思ったろう。
     欲が欲を呼び寄せ、殺さなくてよい相手を殺し、
     刀を鞘に戻しても身体が元に戻らなくなったとは、」

    かちん、かちんという音に別の音が加わり始めたのは、
    雨が空から降って来たから。
    空から降る雨に打たれて、
    姿が見えない男の輪郭が、
    弾いた雨に浮いてくる。

    「さぁ、俺が謳い直してやろうか。
     驕る平家は久しからず、盛者必衰の理を表す。
     ただ最初の願い通りに逃げるだけにすれば良いものを。
     貴様が最初に褒めた通りにこの天津時久、
     妖刀作りに於いては恐ろしいぞ。」

    かちん、かちん、と鳴っていた音が変わった。
    ジャバリ、と歯が鞘走る。

    「戻せ、この身体を。
     見えるようにしろ、俺を。天津時久っ!」
    「馬鹿め、気付かんか。」
    「なにがだっ」
    「自分の手を見て見ろ。」

    見て見ろ、と言われても、
    盗人の手は月明かりが透き通って見る事が出来ない。
    それでも何の事かと男が目を凝らして見ると、
    自分の身体を通り過ぎてゆくのは、月の光だけではなかった。

    「雨が通っておらぬか?その身体。」

    雨の幾つかが、
    盗人の身体を通り抜けていく。
    身体に当たって弾いていくのもあるが、
    幾つかは、まるで盗人の身体がそこに無いかのように、
    地面にぽつぽつと落ちていくではないか。

    「俺を殺してみるか?その虚身で。
     殺してみろ、きっとお前、もっとその身が虚ろになるぞ。
     恐らく誰にも触れやしなくなる。
     しかも俺はその虚身を作った親の様なもの。
     子は親の恨みを忘れぬものだろうな。」

    鯉口が鳴らなくなって雨だけの夜の中、
    縁側の前の庭で、歯軋りの音がした。

    ばちん

    と一つ大きな音がして地面に何かが落ちる音がした。

    「天津時久っ、一つ頼みがあるっ!」
    「この期に及んでまだお前の願いを聞けと言うか。
     まだ刀の代金も貰ってないのにか。」
    「……刀ならここに返す!
     お願いだ、俺の身体が……!」

    言いかけた言葉はそこまでだった。
    そのまま雨に濡れた地面をバシっと蹴る音を始めに、
    そのまま激しい走る足音は庭の外へと出て行ったのだった。

    雨が打ち付ける庭には一つ、
    鞘に収まった脇差が物言わずに座っていた。


    「すまぬ、住職。」

    それから暫くだ、
    時久が知り合いの寺を訪ねたのは。

    「おお、時久殿。どうなされた。」
    「すまぬがこれを預かってはくれぬか。」
    「刀とは物騒な。しかしなんじゃこりゃ。
     鍔と鞘が紐で封してある。」
    「それを抜けばな、実は」

    時久が虚身の事を何から何まで話してやると、
    住職は目を丸くしてしげしげと刀を眺めた。

    「ほう、これがそんな恐ろしい刀だとはねぇ。」
    「住職なら恐れる事はあるまい。
     なにせ仏道とは禁欲の道。
     殺しもせぬし盗みもせぬ。
     強いて言えば、囲ってある後家の所へ人目を忍んで通う位だろ。」
    「何を言う、色欲も禁じるのが仏の道。」
    「では、これは要らぬか、別の所に預けるとする」
    「いやいや待て待て。
     他にお主、信頼できる者などおるまい?
     これはの、このわしがしっかりと管理してやろう。」
    「ならば頼んだ。」
    「おう、頼まれた。」

    そう言って、
    時久は虚身を世に放った。

    それからというもの、
    夜中にちょくちょく出歩くと言う住職の噂はピタリと途絶えたという。


    (※後家:未亡人。夫が死んで一人でいる女の事。)
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    妖刀物語五日間連続連載第三日目。

    【以下筆者後書き】

    盗人集団『猿』の頭領『鹿猿』は「死飾る」の言葉遊び。
    塒(ねぐら)にしていた荒れ寺を最後は自分らの身体で死飾った。


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