Tyrolさん のコメント

ついに四日目、そして四本目ですか。全て読ませてもらってます。鞘だけになったり埋葬されたり、放った…と言うと少し疑問な所もありますが…
最後の五本目がどんな刀になるのか、集大成の物か、あるいは彼が作った刀のうち一本である物なのか、楽しみにしております。

夫婦があの世で会えますように。
No.1
29ヶ月前
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このオハナシは前後編です。 お昼に更新した前編は →こちら← からどうぞ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 正月。 除夜の鐘、百八つ。 時久は近所で時たま世話になっている家に迎えられ、 そこで温かい汁物で腹を温めた。 一月七日。 正月から七日も過ぎれば気分は落ち着くが、 世間は時に寄せては返す波の様に揺蕩う。 「ここに天津時久はいるかっ」 連日の如く近所の家族に飯を頂いている所に、 黒い着物を着た如何にもな役人がやってきた。 それぞれが茶碗を手にぽかんとして、 「天津時久は、それがし一人だが。  他は違う。」 と、時久だけが悠長に受け答えをした。 「おまえか。」 「縄に付くような悪事を働いた覚えは無いが」 「お前を引っ立てようとしている訳ではない。  少し聞きたい話がある。ちょっと来てもらいたい。」 「いやまぁ待て、まだこの汁を全部すっとらん。  おかよさんの作る汁物は残したらバチがあたる。  なにせこんなに美味い。」 ズビズビ、ごくん。 すっかり出された飯を平らげた時久が如何にも面倒だと顔をしかめ、 草履に足を通して両肩を震わせた。 「うう、今日も冷える。」 「悪いな。こっちだ。」 今年は運が良い事にまだ雪が降っていない。 「ところで何の用だ。」 「卯之吉は、知っているな。」 「うのきち?  ああ、ああアイツか。知っている。  去年の春に嫁御を亡くした男か。気の毒にな。」 「卯之吉が昨日の晩に死んだ。」 「    ん?」 地面から冷気が立ち昇る。 「昨日の真夜中に近所の者が物音を聞いて外を見ると、  男が二人転がっていた。  片方は全く呆けてしまっていて、  もう片方は刀に斬られた傷があったが、  何故か太刀を全身で抱え込むように抱きしめていたらしい。  手当をしたが傷が深く、朝が来る前に死んでしまった。」 「……そっちが卯之吉か?」 「ああ。」 「そうか…。」 「それで卯之吉が抱きかかえていた刀に、  時久、お前の名前が打ち込んであった。」 「だろうな。きっとそれは俺が卯之吉に打ってやった刀だ。」 「一つ、不思議な事がある。  呆けている方の男だが、  調べてみれば少々盗みを働いていた過去がある。」 「それで?」 「割とシャキシャキ動いて敏い奴だったらしいのだが、  今そいつは涎を垂らす程に呆けている。  まるで気が触れてしまったようになっているのだ。」 「ほう。」 「呆けた盗人、刀を抱きかかえて死んだ卯之吉。  どうして、斬られた方の卯之吉が刀を抱きしめている。  そしてなぜ、盗人が一夜にして呆けた?  そしてお前だ、天津時久。」 「ほほう、どういう役者で呼ばれるのかな?」 「妖刀作りの天津時久。お前の事だろう。」 「ははあ、これはなかなか名前が売れて来たな。」 朝は来た。 だが、空が重い。 黒々とした雲の大関達が雨は降らせずとも、陽を塞ぐ。 天津時久が通された所には、 唇が土気色になってしまった横たわった卯之吉と、 鞘から放り出されたままの刀が一本、あるだけだった。 「お前が刀を打ってやった卯之吉だな?」 「確かに。この男の為に刀を打った。  ところで誰か、その刀に触ったか?」 「?ああ。」 「鞘から出たままか?」 「そうだが?」 「何もなかったのか。」 「そうだが。」 おかしいな。 時久の中で疑問が走る。 「この刀も妖刀か?」 「その筈だ。」 「何か、この件で判る事は無いか?」 「触ってもいいか?刀に。」 「構わん。」 時久が伸ばした指の先から、 吹きすさぶような鼓動が響いた。 頭の薄布一枚上を剃刀の様な痺れが通り過ぎ、 時久の目玉がぐるんと上に回った。 頭上を駆け抜けた痺れが景色を捲ってぐるぐる回す。 上を向いてみている光景が万華鏡の如く前から後ろへと走り抜け、 屋根の下の筈なのに楓、桜、果ては見知らぬ地面など、 辺りが回っているのか自分が回っているのか、 最早どこが上か下かもわからぬようで、 時久が口を思わずかぱりと開いた。 すると、ぐん、と放り込まれるように身体が動き、 気が付けば、見知らぬ部屋の中に立っていた。 明かり一つも無い。 見た事も無い部屋の中。 少し落ち着いて部屋を見れば、 壁に刀が立てかけてある。 卯之吉に打った刀である。 その時、がた、からん、と音がした。 扉。 つっかえ棒が、ころころと転がっている。 時久が暗い部屋の中で息を止めて扉を見ていると、 そろそろと扉が開き、男が一人、入って来た。 入って来た男が抜き足差し足で部屋の中に入り、 壁に立てかけてある刀を掴んだ、その時だ。 「だれだ?」 声がした。 入って来た男ではない。 卯之吉だ、この部屋で、卯之吉が寝ていたのだ。 「待て!」 刀を掴んだ男が慌てた様子で畳を蹴る。 それを追う卯之吉、布団を跳ねる。 あっけに取られた時久は動く事が出来なかったが、 その必要は全くなかった。 まるで自分の身体が幻であるかのように何もかもを突き抜けて、 棒立ちの時久は刀を盗み出した男の横にぴったりと立っていた。 道を駆ける盗人の横を滑るように動くのか、 いや、違う、寧ろ動いているのは自分ではなく、 景色の全てが動いているのだ。 そうか、これは幻か、 あの刀の幻か。 時久が悟った時、 盗人の後ろから卯之吉が叫ぶ声がする。 まて、その刀を返せ、その刀だけは、返せ。 盗人は、逃げるだけが能ではない。 それまで卯之吉に背を向けて逃げていた盗人が柄に手をかけ、 卯之吉に振り返り刀を抜こうとした。 だが、抜けない。 時久が瞬きも出来ない目の前で、 立ち止まった盗人が抜けない刀の鞘で慌てて卯之吉の腹を打った。 ぐう、と倒れ込む卯之吉の前で、 かちん、と音が聞こえた。 刀の封をしていた紐が、一人でにしゅるしゅると抜けたのだ。 しめた、やったぞ。 そんな顔をした盗人が刀をずらあと抜いたその時、 再び夜の天地がぐるりと回った。 盗人も、時久もぐるりぐるぐると回る天を見つめるばかりの中、 まるで煮込んだ泥窯のような空気が立ち込めて来た。 地獄だ。 空が黒々、向こうには針の山の様なものが見え、 右には角の生えた鬼、左には牛の頭の悪鬼が。 「幻か……!」 時久がそう呟いた刹那、 恐ろしい地獄の獄卒達が盗人に襲い掛かった。 腕や足を握られ、引き千切られるような苦悶に悶える盗人の顔。 ぶんぶんと振り回していた刀だが、 絞め殺されるように鬼達に掴まれ、 とうとう力が抜けるようにポトリと刀が落ちた。 空は、夜。 身の毛のよだつような地獄の光景が、 また、正月明けの静かな夜に、戻った。 だが、卯之吉である。 半狂乱で刀を振っていた盗人に運悪く斬りつけられたのか、 大きな刀傷を胸に作り、地面に伏し倒れていた。 刀を落とした男は膝から崩れ、口から涎を垂らして呆けた。 だが、卯之吉。 その卯之吉が這う。 盗人が落とした刀がまるで恋しいように、 血規がべっとりついた手で這いより掴むと、 そのまま自分の胸に抱き込んだ。 まるで探していた子供か嫁を見つけたような安堵の顔つき。 卯之吉はこれ以上ないと言った笑顔で刀を抱きしめ、 その笑顔は少しずつ、緩んでいった。 「……すまん卯之吉……。」 時久が悔いることがある。 それは、太刀を立派に作ってしまった事である。 毎日毎日手元に立派な太刀を握り、 それを盗み見た邪なものがこれを盗みに来ても、何ら不思議はない。 ああ、もっと小さくて見すぼらしい小太刀にしてやれば良かった。 すまぬ卯之吉、真にすまぬ。 「     ん。」 「どうした?」 時久が後悔の念の中で目を閉じ、 またゆっくり開けると、そこは番所に戻っていた。 「何か判ったのか。」 「……今のが見えたか?」 「ん?何がだ?」 「……いや、そうか。何でもない。  だが判った事がある。  その呆けた男というの、そいつはやはり盗人だ。  そいつが刀を盗み、追って来た卯之吉を切った。」 「どうして判る?」 「そしてこの刀がその盗人の心を喰った。  きっとその男、二度と正気には戻らぬだろうよ。」 「なんだと?」 「殺したい訳ではなかった、  ただもう一度、会いたいと願っただけ……。」 「何を言っているんだ?」 「いや、この刀がな、  もし喋れたらそう言うだろうと思っただけよ……。」 時久は見た幻を事細かに説明し、 自分が作った刀がどういう物かもよくよく話して聞かせた。 最初はいぶかしむ番所の面々だったが、 時久が刀に言って聞かせて幻を見せると、 いよいよ信じる他なかった。 それから時久は番所を離れた。 この刀はどうすればいいのかと問われた時、 「さぁな、妻と夫は共にいるのがこの世の習いよ。  卯之吉と一緒に葬ってやれ。」 と言ってそのまま番所に残した。 ただ、この刀の銘は、と尋ねられた時に、こう答えた。 「お里が恋しい。」 「ん?」 「卯之吉が言ってたのよ。あの時の顔は忘れられぬ。  故に、里恋。その刀の銘よ。」 そう言って、 時久は里恋を世に放った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 妖刀物語五日間連続連載第四日目。 ※前編で死んだ妻を黄泉還らせる事についてためらう描写がありますが、 昔は、死んで息を吹き返した者は縁起が悪いとされ、 折角生き返ったのに殺さなければならない習慣があったと文献にあります。 時久が嫁を黄泉還らせても惨い事、と言っていたのはこの事が理由です。
この人生、誰を恨むでもない。

所詮は書かずにおられぬこの身よ。

言葉を作るのではなく、

言葉によって生かされている。



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