死走(後編)
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死走(後編)

2017-06-28 22:35
  • 2

このオハナシは続き物です。
前編は→こちら←からどうぞ。
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山は、
人に物を考えさせる。

人が山を登る時、
ある瞬間から足と頭がぶつりと切れる。切り離される。

足が山道の歩き方を覚えたかのように勝手に動き、
一方頭は澄んでゆく。

この山を越えたら何を喰おうか。

あの時の喧嘩は本当にあいつが悪かったのか。

ああ、もっと良い暮らしがしたいなぁ。

頭の中に転がっている色んな物事を山が拾い上げ、
澄んだ人の頭の中で、山が丁寧に考え事の編み物をするのだ。
思考を編む山の指は『木漏れ日』と『風の密かな囁き』。
この二本の指が人の頭の中で淡々と編んだ思考は、
人が歩き疲れて休む頃に立派な仕上がりとなっている。
人はそれを他人に見せたくなるものだ。

「なぁ。」
「はい?」

山道の途中で一息ついて、
女と時久が木陰に二人、座り込み、
一つの竹の水筒を飲み回した。

時久は女についてきたのだ。

仇の殿様を殺そうなどと、
そんな面白い事を見逃す馬鹿が何処に居る。
そんな事を口に出す程時久は愚かではないが、
それとなく、

「そろそろ旅に出たかったところよ」

と言うと、

「心配して下さらなくても結構ですのに」

等と女に言われてしまい、

「いや、その刀の行う事の結末を刀匠として見届けたい」

と最後の押しを貫いた顛末が二人の今の旅路。

そして山道を歩き続け、
思考を編まれた時久が女に声をかけた。

「なぁ」
「はい?」

なぁ、と言われて女が聞き返した。
木々の間を囀る小鳥達だけが二人の会話の邪魔をする。

「死ぬことは怖くないのか」
「……どうでしょうかね」
「わからんのか」
「考えた事が無いので。順序としてしか」
「順序?」
「仇の殿様を殺すまでは絶対に死なない。
 私が後、あいつが先。
 それだけ叶えば、まぁ、他はどうでも。」
「そうか。」

女がもう一口水筒を吸うと、
立ち上がって腰をパンパンと叩く。

「時久様、これ以上私の心を鈍らせる事を仰るならば、
 この場を境にお帰り下さい。
 もう………如何なさいますか。」
「――今のは愚問であった、すまない。」

また二人での旅路を歩く。

二人で行く長い山道の中、
向かいから来る一人の旅人と巡り合った。
お前さん達何処へ行くのかね、とニッコリ顔が人懐っこく、
思わず足を二人で止めて備前へ行くのだと告げると、

「はぁ、備前かぁ。
 いや、わしはついこの前まで備前にいたんだがね、
 これからあの国はきっと良くなるだろうよ。」
「と、申しますと?」
「ついこないだの話でよぉ、
 そりゃあ偉い殿様がな、
 触書で国のあちこちに看板を立てたんだ。
 その内容ってのが自分(殿様)がしてきた悪行を悔い改めて、
 金輪際悪行は一つも犯さぬ、その誓いに、えーとなんだったかな、
 とある神社に多額の寄付をして修繕も行うのだと。
 そんで、次の年には息子に自分の座を譲って、
 自らは隠居すんのだとよぉ。」
「なぜそんな事に。」

女が尋ねた。

「ん?いやなんでもな、
 殿様の娘御、ようするに姫様だな。
 これが病気にかかったんだと。
 それで医者が山ほど来たが全員匙を投げちまって、
 んで最後に現れたのが件の神社の神主よ。
 その神主が殿さまにピシャリと言ったそうだ、
 お前の夢に神様が現れなかったか?とな。
 ぎくりとした殿さまに神主がこう続ける。
 神様がお前に仰った筈だぞ、
 お前がこれまでに犯した罪を悔い改めねば、
 お前に天罰を下す、とな。
 姫様が重い病に罹ったのは、お前が神様を軽んじ、
 これまでの罪を悔い改めなかったからだ。
 私は夢に現れた神の命により、お前にこの事を忠告しに参った。
 悔い改めねば、その姫は死ぬぞー!とな。」
「それで?」

女が尋ねた。

「それで殿様が死に装束で神社に赴きなさって、
 寝食も惜しみ神様に祈ったのよ。
 神様の言葉を軽んじて申し訳ありませんでした、
 もう悪行は犯しません、ですのでどうか娘の命だけは助けて下さい、
 代わりにこの命を取られても構いません、と。
 そして祈り続けて二日目の夜、姫様が回復したとの知らせが神社に。
 いやぁ、良かった。殿様の親心が天に通じたんだな。」
「それで?」

女が尋ねた。

「うん、まぁそれで神主が殿様に言ったわけさ。
 人とは心の弱い生き物である、喉元過ぎれば熱さを忘れる。
 神に誓った事を忘れぬように、自分の悪行を板に書き付け、
 それらの事を二度と侵さぬと誓った旨を国中に立てろと。
 そして、今の有様よ。
 国中には殿様の事を書いた看板が立ち、
 その上神社はピカピカになる。
 若殿は民草に優しく人望があるって言うし、
 あの国はこれから良くなるよ。」
「それで?」
「それで?ん、あと殿様の枕元に神様が再び降りなさってな、
 お前のこれまでの罪を許すと仰ったらしい。
 まぁどんな罪人でも許すとは、太っ腹じゃないか、神様も。
 これで一件落着よ。」
「それで?」
「え?」
「それで?」
「いや…わしが知ってる話はここまでよ。
 まぁ、あんたらも急ぐ旅路のようだな、
 長い話をして足止めしてすまなんだ。
 道中気を付けなされよ。では、わしはこれにて御免。」

ぺこりと頭を下げて通り過ぎた旅人に振り返りもせず、
女はずっと前を向いて立っていた。
備前を向いて立っていた。

「   いくか。」

時久が女の先を歩き始めると、
後ろから女の何とも言えない足音が付いて来始めた。

「  自分の悪行の許しを乞うただと?それで?」

呟いたのは風ではない。女だ。

「神が許しただと?その悪行を?それで?」

石を蹴飛ばしたのは獣ではない。女だ。

「これからの備前は良くなる?それで?」

それで、それで。
それでどうなる。

「―――るい。」

時久が女の名前を呼んだ。
立ち止まり振り返り、女の名前を呼んだが、
女は止まった時久の横を通り過ぎた。

「それで、   それで?」
「るい」

時久が女の手を強く掴み、
その足を止めた。
女の目に涙は無かった。
ただ言い知れぬ怒りが零れていた。

「   それで?」
「………るい。」
「それで!?」

姫君の病が治った。
殿様が自分の罪を悔い改めた。
神様がその罪を許した。
備前は良い国になるだろう。

それで、それでどうしたというのだ。

「私は、」

るいの唇が震えている。
この女の口が震える事など、あるのか。
時久の手が、緩んでるいの手がするりと抜ける。

「私は何も聞いてはいない。
 あの人でなしに父と母を殺され、
 今日まで泥を啜ってでも生きると苦汁を飲み、辛酸を舐め、
 そうしてこれまで生きてきた。

 神が許しただと?

 私の母の命は?私の父の命は?
 そんな一言で済ませられるほどの、
 塵のような、ごみのような!
 私は、私は!決して!」
「るい、るい。」
「私は!」
「るい、落ち着け、るい。」
「時久様、私ぃ………!」

るいの両手が時久の着物の襟を握り込み、
力一杯握り込み。

「くやしい……!
 こんな………くやしいぃ………!」

言葉は時に、
人の役に立たない。
それはその者が言葉に対して学が無いからではない。

『思い』が、ただ、言葉に落ちてこないだけ。

神があの世でるいの両親に聞いたのだろうか。
もう、この人でなしの殿様を許しても良いか?と。
それに両親は良いとでも答えたのだろうか。
よもや娘が、こうして悔しがるほどの怒りを抱えているのに。

るいが涙を流す事は無かった。

ただ時久の服をこれでもかと握りしめ、
砕けるのではないかと思う程歯を食いしばり、

時久は眼前のその表情を、
ただ、見ていた。


日が少し、傾き始めた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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ずいぶんと長く悩んでおられたように見えて、やっと更新が来た! と思ったら、まだ難産のようですね。これは、辛い展開だ…。
大衆は為政者の物で為政者は大衆の物
彼女のように、人生を賭けて…人間すら捨てて仇討ちに身をやつした道中で、相手がこの世の物でなくなったり、急に懺悔を始めたら…。復讐の念とは、理性なのか本能なのか。また言えば人と獣どちらの行為なのか。私としては未だ彼女が殿を斬っても仕方ないと思いますが、そうなれば恐らく刀の効果により彼女も一緒に死ぬんですよね。「今の」殿様を認めている人たちからすればポカーンなわけで
…けんいちろうさんの結論を待っています。
27ヶ月前
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>>1
更新が遅れたのは私個人の時間の関係で御座います、お待たせしてすいません。
Tyrol様のコメントを受けて、今この場で色々と解説したいところなのですが、
そうすると最終回の楽しみが減ってしまうので詳しくは最終回の後書きで語らせて頂きたいと思います。
けんいちろうでした、良い日々を。
27ヶ月前
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