墓要らず達の夜
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墓要らず達の夜

2017-08-27 13:42
  • 4

十七歳の時に働いていた鉄工場が事故で潰れたもので、
くいっぱぐれて路頭に迷った。

その時に目に付いたのがイングル墓地の広告だった。

「墓守随時募集中」

墓守ってどんな仕事するんだろ。
興味が沸いて墓地管理をしている教会へ行くと、

「お墓の管理だよ」

と神父さんに言われた。

「やるかね?」

とも言われたのですぐ首を縦に振った。
今思えば、もっと説明を聞くべきだった。

墓守の仕事は住み込み。
オンボロの貸し部屋を追い出された身としては助かった。
昼に訪れた教会で夕飯を頂き、
久方ぶりにベッドに身体を沈める、この何と言う幸せか。
屋根も壁もある幸福を噛みしめながら夢を見た。

という駆け出しの住み込み初日だったが、
幸せに寝ている所をいきなり起こされた。

「仕事ですよ」
「ふぇ?」

イングル墓地の夜は遅い。
大きなスコップを持たされて墓場に赴くと、
そこには人間の影が闊歩していた。

「仕事内容は埋め戻しです。」
「埋め戻し?」
「あの歩いている方々を墓の中に埋め戻すのです」

こんな時間に墓地を歩いているなんて怪しい人間に違いない。
と思っていたら人間じゃなかった。
腕の肉がもげていたり、顔の半分が無かったり、
よもや普通の人間とは思えない。

「えっ、なんですかあれ」
「夜になると墓場から出てくるんですよ。
 あれを埋め戻すのがあなたの仕事です」

渡されたスコップの意味が分かった。
これが立派な仕事道具なのだ。

仕事初日という事もあり、
神父様がスコップで死者達を穴に埋め戻す様を見学する。
もぞもぞと穴から出てくる途中だったら、こうするのがコツですよ。
そう言って出てきた死者を足で踏んづけて埋め戻すのを見て真似してみる。

「そうそう、もっと勢いよく。
 こう、踏むのではなく、押し込む感じで」
「なるほど」

途中から「あとは見様見真似で」と神父様から任され、
長い夜の仕事をこれからやって行く事になった。

夜に働き、昼に寝る。
なるほど、神父様が墓守を募集している理由が分かった。
肉体疲労が非常に激しく、昼は寝ないとやってられない。
神父様が昼に寝る訳にもいなかいだろうに。

「前は墓守の人、いなかったんですか?」

と聞いてみると、

「いやぁ、死者に地中に引きずり込まれたらしくて。」

と背筋が寒くなる事を言ってくれる。

「良いですか、足を掴まれない事が肝要ですよ。」

なんてアドバイスをくれる神父様。
一体これまで何人の墓守が地中に引きずり込まれたのか、
怖くて聞けずにただ、スコップを手にした。

それから来る日も来る日も埋め戻し。
夜が来て、死者が這い出て、また埋める。
埋めたらまた出て、また埋める。
埋葬者が増えれば手間も増える。

そんな死者だが、たまに変なのが出る。
身体が半分ほど地中から出たと思いきや、

「ビールだ、ビールをくれ」

と言ってきたやつがいた。

「ビール?」
「そうだ、ビールをくれ、飲みたいんだ」
「土でも飲んでろ、よいしょ」
「あー」

他にも櫛を欲しがるやつとか。

「ねぇ、くし頂戴。」
「くし?」
「そうよ見て、もう髪の毛がゴワゴワ」
「毛根は既に死んでるから諦めて よいしょ」
「あー」

何かを要求する死者達。
大体それは生前の好物だったり習慣だったりするらしい。

そんなある日。

「あー」
「はいはい、戻りましょうねー。よいしょ」
「ま、待ってくれ新聞をくれ」
「待たない待たない よいしょ」
「し、新聞を……あー」

新聞なんか読みたがるやつは初めてだった。
次の日の朝飯の話題で神父にその事を話す。
実は昨日の晩、新聞を読みたがるやつがいてよ。

「へぇ、珍しいですね。どこの新聞を読みたいって言ってました?」
「聞いてない。面倒だから即埋め戻した。」
「あらら」

次日の晩もそいつは出てきた。

「あー」
「またかよ。よいしょ」
「待ってくれ、お願いだ、新聞を」
「新聞って、どこの新聞だよ」
「ランカスター、ランカスター新聞を」
「あーもーうるさい」
「あー」

また朝飯時に神父様に話す。

「ランカスター新聞って言ってた」
「ほお、贔屓にしてたんですかね。
 試しに持って行ってあげたらどうですか、会堂にありますから。」
「いいのか?」
「昨日の分でも持って行ってあげたらいいでしょう。」

その晩。

「あー」
「出たかおっさん」
「新聞を、新聞をくれ」
「はい、新聞」
「お、おお!ランカスター新聞だ!」
「それあげるからそのまま大人しくしてて、俺は他の奴ら埋め戻してくるから」
「おお、ありが  ちょっと待て」
「なんだよ」
「暗くて見えん、明かりを」
「あーもーうるさい」
「あー」

朝飯時。

「てなわけで埋め戻した」
「ランプを持っていきなさい。」
「えー?」
「読ませてあげてみなさい。」

その晩。

「あー」
「出た出た」
「新聞を」
「ほい、新聞」
「あの…あかりを」
「ほい、ランプ」
「おおお!ありがとう!」
「そのまま体半分埋まって大人しく読んでろよ」

夜の墓場でペラペラと新聞をめくる死人。
しかしこちらはそれどころじゃない、
次から次へと出てくる死人を埋め戻すので大忙し。

「おい、おい」
「お、どうした新聞おっさん」
「出来れば、わしが死んでから今までの新聞を」
「あーもー厚かましい!」
「あー」

そして朝飯時。

「新聞さんはどうしてますか?」
「読んでた。それで死んでから今までのが読みたいとか、
 こっちが良くしてやれば調子に乗りやがって。」
「ちなみにどなたですか?」
「墓標にはアレグロッソ=ビンレッジとか書いてた」
「ああ、ビンレッジさんの。それじゃあ死んだのはつい最近ですね。」
「そうだな。は?」
「もって行ってあげなさい、新聞。
 きっとまだ捨ててない筈」

その晩。

「あー」
「よーす」
「新聞を」
「ほら、あんたが死んで、これまでの」
「おおお本当か!」
「明かりも」
「ありがとう!」
「大人しくしとけよ」

たかが死人一人、新聞を読んでるからと言って何もない。
こちらは仕事がある。夜毎に這い出る死人達。
それを埋め戻すので忙しい。
来る晩、来る晩埋め戻しの毎日。昼は眠くて起きてられない。
嗚呼、一体働くとはなんぞや、
嗚呼、生きるとはなんぞや。

「ふう……あとはあんただけだ、新聞おっさん」
「……」
「おい、埋めるけど」
「もうちょっと待て」
「何読んでんの?」
「これじゃよ、これ」
「なに?コラム?」
「連載小説じゃよ。毎日ここに続きが書かれてるんじゃ。
 これ、わしの孫が書いててな。」
「へー」
「……。」
「……。」
「……。」
「……もう終わりにしたいから埋めるぞ」
「ちょっ まっ あー」

朝飯時。

「なんか連載小説を孫が書いてるんだと。
 それを一生懸命読んでた。」
「へぇ、そうだったんですか。ビンレッジさんのお孫さんが」
「そーそー」
「それで、満足されたんですか?」
「えっ……いや……途中で埋めた」
「どうして」
「いやだって…もう仕事終わらせたくて」
「読ませてあげなさい。最後まで」

その晩。

「あー」
「はい。残りの新聞。」
「お、おお…急いで読むわい」
「急がなくて良いよ」
「えっ?」
「ゆっくり読みな、孫の力作なんだろ」
「そ、そうか…そうなんじゃよ、孫がな、毎日書いて」
「それはもう聞いた。じゃあ行ってくるから」

最近じゃもう滅多にスコップは使わない。
慣れたものだ。出てきそうな場所が勘で判る。
駆けつけて全身が出終わらないうちに足で踏み込む、押し戻す。
けれども次から次に出てこようとしてくる死人達。

なんで皆そんなに出たがるんだよ。
生きてても、辛い事の方が多いだろ。
死んだからといって、何が変わるんだよ。

「おい、新聞おっさん」
「お、おお、すまん、まだじゃ」
「いいっていいって……を!?」

新聞おっさんの隣の墓から、
新聞おっさんと同じように上半身だけを出した死人が、新聞読んでる。

「……何してんの?」
「え?俺?」
「そう、アンタだよアンタ。」
「いや、この隣のおっさんが新聞読んでてさ、
 それで孫が書いてるんだよーって自慢するもんだから、
 へーじゃあどんなもんかなと思って」
「読まなくていい、読まなくていいから」
「待ってまだ途中  あー」

押し戻される隣の死者を新聞おっさんが「ありゃ」とか言いながら眺める。

「…どうなの?孫は頑張ってるの?」
「んん?いやー頑張っとるよ、面白い物を書きよる」
「へー、そうかい……」

もう残るは新聞おっさんだけ。
あとは全部埋め戻した。
けれども新聞おっさんはまだ全部の新聞を読み終えていないようだ。

「……自分で戻れる?」
「ん?」
「俺、もう戻って良いかな」
「おお、読んだら墓の前に置いとくわい、新聞」
「いや、それより土の中に戻れるか聞いてるんだけど」
「大丈夫、戻れる戻れる」
「ああ、そう」

それならいいや、おっさん頼む。
そうして墓地を後にした。
そして朝飯時。

「どうでした?新聞は」
「今頃全部読み終わってるんじゃないの?」
「今ごろとは?」
「自分で戻れるからって、置いてきた」
「なんとまぁ、そんな事もあるんですか」
「あのおっさんならきっと大丈夫そうだったから。
 恩を仇で返す様なやつには見えなかった」
「そうですか。」

その晩。
新しい新聞を手に新聞おっさんの墓へ行くとまだおっさんはおらず、
代わりにその隣の墓の奴が上半身だけ出して転がった新聞を読んでた。

「あれ?新聞おっさんは?」
「んを?いや、今日はまだみたいだ」
「で、お前は何してるの」
「何って新聞読んでる。昨日途中だったから」
「あー」
「おっ、おっさんおはよう」
「おはよう。おっ、その手に持ってるのは今日の分かい?」
「そうだよ、ほら。」
「おお、やったー、ありがとう」

まるで子供の様に喜ぶ新聞おっさんの隣で、
まだもくもくと過去の新聞を読み続ける他の死者。

「……お前、そこで大人しくしてる?」
「え?俺?」
「そうそう、お前だよお前」
「まぁ、新聞読んでるから」
「あ、そう……それならまだ埋めないどいてあげる」
「お、すまねぇな」

新聞死者が二体に増えた。
まぁ、良い事だ、手間が省ける。
全身墓から出ちまって動き回られるよりかは随分ましだ。

「……っておい、なんで増えてんだ。」

新聞おっさんの両隣の死者が体半分だけを墓から出して、
三人でもくもくと新聞を読んでいた。

「いや、このじいさんがよ、孫がこれを書いてるって」
「あー知ってる知ってる」
「いや、これ結構面白いぜ、ほら、お前読んでみなよ」
「あーもーうるさい」
「えっ待って、まだ最後まで あー」

朝飯時。

「そんな訳で三人に増えた。」
「ふふっ、面白いですねぇ」
「まぁ、下手に歩き回らないからいいんだけどよ。」
「それで、読んだんですか?」
「え?」
「お孫さんの小説。読んだんですか?」
「俺の読書の趣味はねぇよ。」
「あらま。」

その晩。

「……なんだよ、スタンバイバッチリてか」

来てみると既に上半身まで這いだした死人が三人、
両手を組んで待ちかまえていた。

「ほら、今日の新聞」
「おお!ありがとう!」
「まてじじい、俺が先に読む!」
「ちょっと待て、俺だ俺!」
「何を言う、わしの孫だぞ!」
「あーもー喧嘩すんな!」

新聞を取り合う三人を置いて他の奴らを埋め戻しに向かう。
スコップ片手に足で土に埋め戻す。
しかし何か変だ、いつもより歩き回っている奴らが見当たらない。

あらかた埋め戻したかと見て新聞おっさんの所に戻ると、
黒山の死人だかりが、そこにあった。

「……何してんの」
「おお戻ったか!今な!わしの孫の小説の話をな!」

地面に開いた新聞を囲むように死者達が輪になっている。
その一辺に新聞おっさんがいて、話を皆に聞かせていた。

「あーもー、ほら!散った散った!」

と罵声をかけると死者から湧き出るブーイング。
親指を地面に向けて口を尖らせる奴までいる。

「大人しく戻らないともう新聞持ってこないぞ。
 そのおっさんが悲しむだろうな。
 お前ら、同じ墓地の仲間を悲しませたいのか。」

渋々と言った顔になった死者の面々が、まるで怒られた子供のようだ。
とぼとぼと歩いて散った死者達がもぞもぞと墓に戻って行った。

「そう、怒りなさんな」
「なんでこんな事になってんだよ」
「そりゃあ、わしの孫が凄いからじゃよ!
 あのな、最近いよいよ面白くなってな、
 今まであまり目につかない新聞の中の方じゃったが、
 最近はついに裏一面に載るようになって」
「うるさいおやすみ」
「あー」

もう、こんな朝を何度迎えただろうか。
夜の締めは、新聞おっさん。
でも、悪くない、こんな日々も、悪くない。

「最近楽しそうですね。」
「えっ?」
「いや、あなたが。
 初めてここにきた時と違って、随分と楽しそうな顔になりましたね。」
「気のせいじゃないのか?」
「ふふ、まぁ、自分では気が付かない事もあるのですよ。」

その晩。
いつもどおりスコップを肩に担いで墓地に向かうと、
そこには地面から這い出した死者達が一か所に群がっていた。

「おい、おいおいなんだこりゃ」
「そう、それでな……おっ!きおった!
 おーい、ここじゃここ!」

一人の死者が手を振ってくるが、その顔には見覚えがある。
新聞おっさんだ。新聞おっさんが良い笑顔で手を振りやがる。

「なんだよこれは」
「今日の新聞は?」
「あるけど……はい、これ」
「おお、待っておった!」

待ってた、待ってたと周りからもやんやの歓声。

「それでは、今日の分、読むぞ。」

裏一面を開いて、新聞おっさんが咳ばらいを一つ、
その瞬間に周りでざわついていた死者達がしん、と静まり返った。

「……ぶどう酒はアルバーンに限る。そんな事を思う程だった。
 たった昨日初めて飲んだ銘柄を褒めたたえ、夜は存分に上機嫌。
 羽織った毛布の色も判らぬ程に酔ったもので――」

音読だ。
新聞おっさんが孫の小説を読み続け、
それを周りの死者達が静かに聞いている。
立っている死者、座っている死者、
中には首だけ他の奴に持ってもらっている奴もいる。
誰も彼もがただ、新聞おっさんの読む小説に耳を傾けていた。

今までただ、死者を埋め戻すだけの夜を潜り抜けてきた。
しかしそれでも生きて行けるからと、無心に埋め戻す夜を繰り返した。
だが今夜、墓から這い出した死者は、誰も彼もが微動だにせず、
ただ一人の死者の孫が作った話に耳を傾けている。

俺の仕事道具は、スコップだ。
しかし実は、この仕事に適していない道具なのかもしれない。

見ろ、今日のこの墓地を。
このスコップは今まで何度も死者達を埋め戻してきた道具だが、
今夜程、この墓地の死者達を静かにさせた事は無かった。
どの死者もただ呻きもせずに聞いている、読まれる物語をただ聞いている。

必要なのはスコップではなかったのかも知れない。

このイングル墓地、今夜はただ、
ある死者が読む物語が霧の中に密かに漂うだけ。


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退屈は死なない猛毒とは言いますが
死人も悩ます毒である様ですな
25ヶ月前
×
>>1
退屈を殺すには好きな物事を得るのが一番。
死人達は毎夜、好きになる何かを探していたのかもしれません。
25ヶ月前
×
(’ノ・ω・)ノあー
このリズミカルさが面白くて最初はフフッて笑いながら読んでいましたが、気付いたらシリアスになってた。最後には微笑ましく思った。教会圏の死後のことは詳しくありませんが、私、逝く時にあちらで満足できるかしら。退屈を埋めるために地上を歩き回ることになるなんて嫌でございます。そもそも体力がry
夕方ごろにおじちゃんの墓の前に新聞置いておけば解決、いやそれだと仕事がなくなる、そもそも連載が終わった後はどうなるやら
……まだまだ墓守の仕事は必要そうですね! あー
25ヶ月前
×
>>3
あっちの世界ってどうなってるんでしょうね。取り敢えず天国と地獄がー、と皆が言っていますが、そこまで足を踏み込んで帰って来た人の証言を見た事無いので私は結構その存在を疑っています。
世の中にはコミニケーションが大事ですよね。確かに新聞置いておけばいいようなものですが、あくまで手渡しをする、という方が味があって人生暇にならないと思う訳です。
25ヶ月前
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