魔王様に新刊を ⑳
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魔王様に新刊を ⑳

2017-09-15 21:03
  • 2

前回は→こちら←から。
最初から読む場合は→こちら←から。


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勇者と言われる人間が魔王城に単身乗り込んで数日が経ち、
城門は未だ修理が続いているものの、
城内はいつもの空気を取り戻しつつあった。

食堂は穏やかさを取り戻し、
魔物たちが行き交う大廊下は賑やかさで明るくなったが、
ある部屋だけが『勇ましさ』という雰囲気を増した。
言わずもがな、本の製作現場である。

魔王様とルーファが現場を離れた事で、
ナスカレと他一名がその仕事に割り当てられた。
勇者の侵入後に現場の状況を改めて確認し、
再び製本統括役の魔女、アマンダの号令で作業が再開始する。
それから二日間は扉の向こうまで物音が聞こえる日々だったが、
ある日突然、部屋の中の物音は静かになった。

ある者が不思議に思い部屋のドアをこっそり開けて中を見ると、
それまで勇ましく働いていた魔女達が、
一人残らず椅子に座って本に目を通している。
そう、『製本作業』は二日をかけて無事に終了したのだ。

後は『確認作業』のみ。

それまで製本部隊だった魔女達は後発として確認部隊に合流し、
今、部屋の中は文字の森に迷い込んだ者達に満ちている。
誰もが一言もろくに喋らずひたすらに本を読むその光景に、
密かに覗き込んだ者は息一つせずに扉を閉じたという。

「魔王様、遂に五千冊の輸出準備整いました。」

大臣のその声が聞こえたのは更に二週間が過ぎた日の夕方。

「そうか、いや、昨日ぐらいには皆で、
 『明日終わるんじゃないか』って言ってたもんね。」
「最近ははもう廊下に溢れ出すまで人数が集まってましたからね。」
「部屋の中だけじゃ納まらずにね。
 いや、寧ろそんなに皆が集まって手伝ってくれて良かった。」

ある夕食時にとある魔族が友に尋ねた。
お前が今仕事で確認している本は、面白いのか、と。
聞かれた方が「いや、なかなか面白い」、と答えたもので、
その次の日、尋ねた魔族は仕事の合間に作業現場に覗きに行った。
ちょっと、俺にも一冊読ませてくれ。
そう言うものでアマンダが未確認の本を手渡す。
「落丁とか誤字とかあったら知らせとくれよ。」
判った、と手渡された魔族は、そのまま作業の一員となった。

それから時間毎の鼠算の様に規模は増え始め、
部屋の中だけでは空間が事足りず、
集まった魔族が部屋から溢れ、
廊下にびっしりと埋まる様に集まった。
壁を背にするもの、床に座る者。
その誰もが手に製本された新刊を持ち、
一心不乱に読みふけり、無事に五千冊の輸出準備は完遂に至った。

その一方、ルーファはどうしていたのかと言うと、
二週間完全に、与えられた自分の部屋の中に籠っていた。

『夜の塒』の次の本を書かなきゃ。
ハッピーエンドで終わらせなきゃ。
でも正直に言うと、そんな書き方、した事ない。

ルーファは今まで物語の段取りをした事が無かった。
これがああなって、そしたら次はそうなって。
このイベントをこなしたらこの場面に転換して、
そして最後はこのラストで締めくくる。
そういう物語の予定を組んだ事が一度も無かった。

ただ、言葉の向かうままに。

まるで天啓や憑依の類であると言っても過言ではない。
そうでなければ、ルーファは物語の中で登場人物達と一緒に生きていた。

ルーファに言わせれば『生きているだけで物語になる』。
朝日を浴びて目を覚まし、
腹が鳴るのでパンを裂き、
ドアを開ければ外に出られる。
誰かとすれ違えば挨拶もするし、場合によっては足を止めるだろう。
笑えば恋が生まれるやも、
そっけなくすれば争いが生じるやも。
雨が降るか、風が吹くか、
怠けず生きればそこかしこに物語がある。

それを本の中でするだけだ、
登場人物と一緒にご飯を食べ、雨に打たれ、
時には誰かの泣き顔を横で見つめる事になるだろう。
夜の寝床で誰かに押し倒されたりもするだろうし、
誰かに頬を平手で打たれ、痛みで涙を浮かべるかも知れない。
ルーファにとって物語を作る事は生きる事と遜色無かった。

ところがどっこい、
今回はまるで演劇をやれ、と言われているようなものだ。

与えられた台本に背かず、
ここからここへ、こうやって、
そして最後はハッピーエンドで締め括ろう。
さぁ、ルーファ一座、宜しくお願いしますよと、こういう訳だ。

しかしルーファに演劇の経験は無かった。
ただ、生きてきただけだった。
筋書きが判っている人生に何の面白みがあるの。
そう思う節さえあった。

だが、今回ばかりはハッピーエンドしなきゃいけない、
魔王様ともそう約束したんだ、
絶対に、今回ばかりはハッピーエンドに。

三巻までの内容を改めて自分で読み返し、
三巻の最後からハッピーエンドまでの筋道を計画書の様に書き連ねてみる。

うん、よし、これで良いだろう、多分。
書きだした計画書もどきをパンと叩き、
さぁいざ本番、と筆を取り、

そして二週間ほどが過ぎた。

「……ルーファ~?」
「あ、ナスカレ……御飯ありがとう」
「ちょっと~大丈夫~?
 日に日になんか~やつれてない~?」
「肩が凝りやすくなってきたかも」
「ちょっと~やっぱりさ~ご飯の時くらい~食堂きなって~」
「いや、ちょっと今は集中的に書きたくて……」
「そんなコト言って~。
 この前の勇者の事まだ気にしてんの~?
 別にルーファが攻めてきた訳じゃないでしょ~?
 ルーファなんてあたしでもやっつけられるし~」
「いや、集中して書きたいだけだって、本当」
「でも少しは外に出ないと体に毒でしょ~?
 体に毒が回ってるわたしが言うのもなんだけど~」
「ふふっ、そうね」
「それで~?どうなんですか~せんせ~、進み具合は~」
「それがね……」
「どうした~」
「日に日に遅くなってる気がする……」
「ちょっとちょっと~」
「凄い……こんなに筆がはかどらない事、初めて……」
「やばくな~い?」
「やば~い」
「まだ大丈夫そうだね~」
「ナスカレがいるおかげ……。
 なんていうかもう、書けば書くほど、海の中に潜っていく感じがする。
 最初は青かったんだけど段々暗くなって、
 寒くなって、体も動きが鈍くなっていくの。しかも息苦しい。
 今、そんな感じなの。
 海は見た事すらないんだけど。
 私内陸育ちだから。」
「わたしも見た事無いよ~。
 でもね~これだけは言える~。
 表現がやば~い」
「くぅ……ナスカレ助けて……」
「ちょっと無理かな~」
「判ってる、言ってみただけ。
 私が書かなきゃいけないもんね、これは。」
「……ね~、ルーファ~」
「ん?」
「この御飯持ってきたんだけどさ~。
 今からこのまま食堂行かない~?」
「え?」
「今日は食堂で食べようよ~」
「ええ……でも……」
「ね~ほら~」

初めての事だ、こんなにナスカレが強引なのは。
いつもおっとりゆったり、ルーファに何かを強いる事など無かった。
そのナスカレがルーファに膳を持たせ、腰を押す。
気が滅入って弱っていたのも相まってか、
ルーファは弱弱しく笑いながら夜の食堂へと続く道をゆっくりと歩いた。

「ほら~みんないるよ~」

とナスカレが開けた大食堂の中は随分久しぶりに見る。
何せ約二週間ぶりとなる。
羽が生えたのだの、身体がやたらデカいのだの、
相変わらず仮装の祭りでもやってるのかと思う光景だ。
その中の三つ目の魔族がいち早くルーファの事に気付くと、
顔を真正面にぐるりと向けてきた。

「……ナスカレ」
「だいじょうぶだって~。
 ほら~あそこ空いてる~、あそこいこ~」

ナスカレに腰を推されて進み出すが早いか、
一つの大声が大食堂の宙に跳ね上がった。

「ネリせんせー!アンタの本読んだぜ!」

三つ目の彼である。
スプーンを持った右手を上に挙げてブンブンと振り回し、
大きな声を出すではないか。
ルーファは思わず吃驚して、盆の上の汁物が跳ねた。

「あっ、ネリ先生じゃないか」
「おうネリ先生」
「ネリ先生だ」
「ネリ先生」
「ネリ先生」

ネリ先生、ネリ先生と、まるで呆けた子供達の独り言か、
さもなければ渡す宛ての無い伝言ゲームの様に大食堂中に言葉が伝播していく。

「おーいネリ先生、新作書くの頑張ってくれー!
 応援してるぜー!」
「ネリせんせー、本面白かったよー」
「続きはまだかいネリ先生ー!」
「今回の本は人間達にしっかり売ってくるからよー、まかせてくんなー!」
「ネリセンセー、オモシロカッタヨー」
「これ最後ハッピーエンドなんだろ?なぁネリ先生!」
「久しぶりに食堂来たなネリ先生!」
「こっちきな!ここで話を聞かせてくれネリ先生!」

誰も彼も、まさに一人残らず。
食堂の皆が、それ即ち、この魔王城の全員が、
ネリ先生、ネリ先生と口にする。
こんな事が起きるとは思ってもみなかったルーファはただ立ち尽くすだけ。

「つい今日の夕方ね~新刊の確認作業が終わったの~。
 あの五千冊のやつね~。
 それで最後は皆で本読んで~。
 最初はね~?メンバーだけでやってたんだけど~。
 覗きに来た子につられて~別の子もやってきて~。
 みんな俺も俺も~って~、読みたいって~。
 最後は凄かったんだよ~三巻目しかないのに~。
 みんな読みふけって~。
 ――ルーファ~?」
「    みんな読んだの?」
「そうだよ~」
「       っ」
「ルーファ~ご飯が塩味になっちゃうよ~」
「     」

物書きは孤独。
孤独にならざるを得ない。

バトンを誰かに渡す事も出来ないし、
隣で歩く誰かもいない。
馬車に乗せてくれる誰かもいないし、
それこそ喧嘩をしてくれる誰かもいない。

ただ一人での作業、途方もない孤独。
ただ一人、物語を書き、
ただ一人、ひたすらに文字を書く。

誰かに代わってもらうなんて、出来ない。
そんなのもう自分の物語じゃない。

自分がこの物語を書かなければ、
この物語はこの世に生まれる事が出来ない。

自分がこの物語を生まなければ、
この物語は誰にも読まれる事が出来ない。

物語を書く事は子を産むようなものだ。

だがつわりも無い。
陣痛も無い。
腹を内側から蹴られる事も無い。

その代わりに、励ましてくれる夫もおらず、
優しくしてくれる母もおらず、
気持ちを察してくれる母親仲間もいない。

ただ孤独だけが物を言わずに五感を覆う。

けれど、ルーファ、見て。
今目の前には貴女が生んだ子供を好きだと言ってくれる相手がいる。
この大食堂全部を埋め尽くしている。
三つ目やら、角が生えてるのやら、まっくろなのやら、
色々と姿形は忙しいけど、
それでも皆が貴女の書く物語を応援してくれている。

こんなに嬉しい事、
物書きとして無いよ。

「ルーファ~」
「   うん、大丈夫、ありがとナスカレ。
 食べよ、ご飯食べよっか。
 大丈夫、明日からあたしここで食べるから。
 ありがとうナスカレ。」
「いいってことよ~」

久しぶりの大食堂。
しばらく、ネリ先生、と、呼ぶ声が途絶える事は無かった。



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まだ続きます。

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最近毎日読めて嬉しい
24ヶ月前
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>>1
ごんざ様

有難う御座います、やはり出版の準備とかで色々と手が回らなくなってました、最近は。
24ヶ月前
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