よみのさび ①
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よみのさび ①

2018-04-20 11:46
  • 2

戦後六十年と言われた年、
山の中に踏み入っていた。

品川駅から特急料金含めて一万七千五百四十円。
JRから乗り換えたローカル線で五百十円。
更にバスで田舎道を進み六百二十円。
ここまでしめて一万八千六百七十円。
全て経費で落とすので手帳に記す。

確定申告で交通費請求書にこの数字を落とすまでは手帳を無くせないので、
鞄の中に厳重に仕舞いこんだ。
万が一にも自腹を裂くほどの裕福さを今も昔も持ち合わせておらず、
バスが走り去る音を聞きながら安堵して鞄のジッパーを引いた私は愚かだった。

どうせ経費で落とせる金だとは思っていたが、少々値の張った交通費の為、
いかばかりかバスを降りるまでモヤモヤしていたのである。
バスを使わずに徒歩で金を浮かせた方が良かったのではないか、
などとケチ臭い事を思い悩んでいたバスの車中、
整理券と乗車賃を精算箱の中に入れてしまえば気は楽になった。
あとは山道、徒歩である。
徒歩はタダ、自分の労力を払うだけ。

戦後六十年のこの当時、
フリーのライター兼記者として食べていた私はまさに身体が資本だった。
フリーの身はどこで金を使い、どこで金を節約できるかの見極めが重要である。
それまで散々金をかけて移動してきた道程を背にし、
銭(ゼニ)の心配がなくなった山道を目の前に私は悠々と歩き始めた。
だが私は世の中にこんな言葉があるのをすっかり忘れていたのである。
『タダより高い物はない』。
金を払えるだけ良い道だったと、私はその後思い知る事になる。

この時の取材旅行は珍しくテレビ局から請け負った仕事で、
メールで取材先の場所を聞くと赴く場所は山の中という。
しかもこれがただの山の中ではなく、
車道が全く整備されていない山の中という事だった。

私自身は飛行ポケモン免許を持ってないが、
道添という友人が唯一知り合いの中で免許を持っている。

大学二回生の時に随分と日焼けをした道添が、
取りたての免許を自慢しにわざわざ私の実家まで鳥ポケモンに乗ってやってきて、
彼の自慢のオニドリルの背中に私が二人乗りしようとして怒られたのはもう懐かしい思い出だ。

この道添がその後『特別同乗免許』まで取得したのは私の耳まで届いてきた。
御丁寧な事に友人伝え出なく、本人が直接電話してきたのだ。
入り用の時には連絡を寄越せ、二人乗りをしよう、と電話越しに言ってくれた道添。
声が少し逞しくなっていた。

テレビ局からのメールで向かう先は山の中だと知らされた時に道添の事が真っ先に頭に浮かんだ。
竜ポケモンのカイリューでもレンタルして二人乗りした方が安く済むかも。
そんな皮算用をしながらメールをスクロールしたのだが、
世の中は万事都合が上手く運ぶものではない、
私は直ぐに心の中で嗚呼、惜しい、とため息を漏らした。

『取材相手の老人はポケモン嫌いの為、
 ポケモン同伴で付近に近寄る事が出来ません』

との文面がパソコンの画面の中でチラチラと光っている。
山の中までポケモンで飛んで行けば一番楽だったのだが、
先方の機嫌を損ねてしまえば良い取材は行えないのが経験則。
仕方がない、こういう事もある。
私はピーマンが嫌いである。
ポケモンが嫌いな人がいても咎める立場にない。
だがせめて山の麓まででもと思い道添に連絡をとってみると、

「申し訳ない、そこは仕事のスケジュールが一杯で」

と申し訳なさそうに断られてしまった。
悪い都合は仲良しこよし、悪い展開が更にかさむ。

そうなるとポケモンで空を飛んで行く方法は断念する他無い。
知り合いと二人乗りするポケモンは安心だが、
知らない相手と二人乗りするポケモンは怖いのだ。

道添は大学卒業後にプロの鳥ポケモントレーナーになっていた。
仕事は資格を生かした運搬系ライダーの職場で汗を流している。

判っている、道添と同じ資格を持つ人間は他にもいて、
彼らは道添と遜色ない技術を持っているだろう。

だが空が怖い。
空が怖いのだ、落ちたら死ぬことが怖い。

道添は大学で同じ釜の飯を喰った同士、
風呂も一緒に入ったしサッカーで蹴飛ばし合った事もある仲だ、信頼出来る。

でも知らない相手は信頼できない。
落ちたら死ぬ状況下で身を任せられない。

ポケモンの特技、「そらをとぶ」の最中に人間が落ちて死亡する案件は、
世界中でも一年に平均0.5件しか起こっていないらしい。

だが裏を返せば要するに二年に一回は誰かが死んでいる。
その『誰か』に自分がならないという可能性はゼロじゃない。
それなら気心知れた相手に任せたいのが人情というもの。
私は多少値の張る交通費に目を瞑り陸路を選んだ。
金で安全を買ったのである。

買った『安全』はエンジン音と共に過ぎ去った。
さぁ、歩こう、この金をせびらない我が足と共に。

まるで人気のない山の入り口にで、
この先に本当に誰かが住んでいるのかと怪しみながらも歩を進めた。
夏になれば草木が生い茂るであろう道を淡々と進む。
十分、ニ十分、三十分歩いて、そこである一つの強い思いが私の中に生まれた。

金を払うから誰か私を連れてくれないか。
この山に住むというジジイの元へ連れてって。

私は苦労をしてようやく自分の思い違いに気付いた。
金が払えるのは良い旅路だってのである。
金さえ払えば自分の体力を消耗する事無く目的地へ行けるのだ。
だが人間の体力は財産以上に枯渇が早い。
赤血球が肺を通じて酸素を求め、胸部が大きく収縮運動を繰り返した末、
私はようやく地図に示されていた一軒家に辿りつく事が出来た。

「ごめんください」

肩から足まで貫く疲労感を落ち着かせ、
インターホンが見当たらないので声を上げて来訪を知らせようとするも、
家の中からは反応が帰って来ない。
幽かな木霊が遅れて帰って来ただけで、他には何も聞こえては来ない。

もう一度息を整えごめんくださいと叫ぶと、
木造りとみられるドアの向こうでようやく人の気配が聞こえた。

テレビ局から依頼された今回の取材内容は『ポケモンと暮らさない人々』。
戦後六十年、電気がほぼ全ての家庭に通じているように、
ポケモンもほぼ全ての家庭に浸透して共生するのが現代である。

冷たい言い方をすれば、多種多様なポケモンが、
多種多様な家庭の需要を満足させている。
それは時に単なる愛玩であり、家事の手伝いであり、仕事の手伝いにまで及ぶ。
経済的に見ればポケモンは利用価値が高く、
家庭的に見ればポケモンは温かい。

だがそれは多数派の意見であって、
極少数ながらポケモンを全く寄り付かせない人間と言うのが存在する。
多数派は少数派を珍しがってあれこれ取り上げるものだが、
今回の取材がまさにそれであった。

取材は第一印象が肝心である。
呼吸を整え顔を正し、足音を待つ。
意識は前方のドアに向かわせた筈なのだが、ふと、耳が後ろに注意を回した。

山の中が静かだ。
先程声を上げた時もそうだったが、
この山の中が、山なのにとても静かだ。

山と言うのは自然である以上、そこには野生のポケモンが住み着く。
小さいのから大きいのまで、可愛いのから怖いのまで色々いる筈である。

筈、なのに、とても静かではないかと、
私の耳が小さく呟いた。

それに相槌をする時間は無かった。
目の前の木造のドアがその古さを知れと言わんばかりの擦れた音を響かせ、
ドアが開ききるまでその音が止む事は無かった。

「いらっしゃい、伊地知さんですか」
「はい、伊地知です。この度は取材の御協力を頂きまして恐縮です」
「いえいえ こんな山の中まで来てもらってすいませんね」
「いえ、静かでいい所ですねここは」
「ええ、まぁ。
 どうぞ中へ」

齢九十を超えているとの事前情報を得ていた。
どんなシワシワのヨボヨボジジイが出てくるかと思っていのが失礼だった。
お会いしてみれば鉄の棒でも入ってるのかと思う程腰は伸びており、
呂律もしっかり回っていて七十前半の御年齢に見える程。

一人暮らしの山の中、
壁から匂いが染み入ってくるのか、
家の中は森が圧縮された様な匂いがした。

「では申し訳ありませんが」

と私が取り出したのは小さなハンディカメラだった。
取材の相手、赤川雅貫さんは現代機器を嫌う方だと言うが、
今回の取材のみ、カメラ等の取材機器の使用を許してくれたのだと言う。

「もう、喋るのですかな」

用意して頂いた湯呑を私と赤川さん、それぞれの手元に置き、
小型マイクも作動させた私は「それでは」と前置きをした。

「赤川さんはポケモンとの接触を一切もたず、
 この山の中で一人で過ごされているという事なのですが、
 それは一体どういう理由からなのでしょうか」
「理由と言いますか、まぁ、今さら言うのも少し変な気がします。
 実は今から話す事は今まで誰にも言った事無いんです。
 戦争が終わってずっと誰にも話さず、私一人だけの事情にしてました。
 お兄さんは、ポケモンを持った事はありますか。」
「ええ、今まで二匹飼った事があります」
「私も昔一匹、一緒にいたんです。
 ちなみに何を?」
「初めてはワカシャモを」
「ワカシャモですか。腕っぷしが強いのが多いポケモンですね」
「ええ、それを子供の頃に父から与えられて、
 結局手に余って訓練センターに預けてしまいました。
 家の中には他にもコダックがいました、それは親が飼ってて。
 それから一人で暮らす様になってからはピチューを飼ってます」
「今はお留守番ですか」
「センターに預けてます」
「すいませんね、私の我儘で」
「いえ、お話を伺わせて頂くのはこちらなので」
「――私も昔、コイルを一匹だけ傍に置いていたんですよ」
「コイルですか」
「昔はね、コイル、という言い方が敵性語にひっかかるというんで、
 『ねじとんぼ』と言っていたんですよ」
「ねじとんぼ?」
「ねじが三つ付いてて、磁石がまるでトンボの羽に見えるでしょう。
 磁石とんぼでは語呂が悪かったのか、ねじとんぼと呼んでいたんですよ。」

コイルをねじとんぼ。
ではコイルの進化したレアコイルはどう呼んでいたのだろうか。

少し喉が乾いたのか、
御茶をすすった赤川さん。

部屋の中には今、
御茶が飲みこまれていく音と、
カメラの電気音が幽かに木霊するだけ。

―――――――――――――――――――――
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ポケモンだと…!?(笑顔で喀血しながら昇天)
ねじとんぼ…その発想にグッと来た、やべぇ、ニックネームに付けたい…! 生活感溢れるポケモン、楽しみにさせていただきます。ポケモン世界って乗り物の技術はあまり発達してなさそうなイメージ…オニドリル事件を思い出してしまった
151匹から先のポケモンが出ていますが、知識はGOからですか?それと、今度「名探偵ピカチュウ」がゲームから実写化計画進行中だそうです。推理物のためかモンスターボールがない!など独特の世界観を形成していて面白かったです(クリア済)

野生ポケモンがいない、コイル、よみのさび……。
21ヶ月前
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>>1
ポケモンです…!
待って下さい、ねじとんぼをニックネームにするにはまだ早い、赤川さんのパートナーだったコイルはまた別の名前です!
実際ポケモンの世界って空路技術はどうなってるんでしょうね。なんだかんだ飛行船位は飛ばしてるんじゃないでしょうか。ポケモンの知識の事ですが、実は数本のシリーズをプレイしてます。プレイした上で、初代のデザインを見てみると、とても味があるデザインをしてると思うんですよ、どの子達も。コイルも絶妙なデザインしてませんか?大好きです。
コイルに関しては過去に『コイルショック』などゲーム外でも伝説を作ったりありましたよね。なかなか印象に残るポケモンの筆頭だと思うのですが、今回はそんなコイルとけんいちろうのオハナシの中で、戯れて見ませんか。
21ヶ月前
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