よみのさび ③
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よみのさび ③

2018-04-30 17:19
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―――――――――――――――――――――

コイルというのは賢いポケモンです。
いざ名前をつけてやると、
それに反応してちゃんと近づいてきます。

『さがみ』と言う名前を付けたせいか、
それから母はコイルの事を頻繁に呼ぶようになりました。
コイルの方も呼ばれたら母の方へと飛んで行き、
例えそれが用の無い呼ばれ方だったとしても機嫌を悪くする事はありませんでした。

当時はポケモンをボールやぼんぐりの中に入れるという習慣が強くてなくて、
うちのコイルも家の中では放し飼いの状態でした。
モンスターボールが民間に流通したのは戦後の事です。

戦前まではトレーナー同士がポケモンを戦わせる事も実は珍しい事でありました。
それまでの日本には民間でポケモンを戦わせるだけの余裕が無かったのです。

まぁ、もう今では歴史の勉強でポケモンの事も多少学ぶ時代ですし、
そこらへんの事は本業の方々に任せましょう。
とにかく、戦時中なぞは金も足りぬし物も足りない、
ポケモンを戦わせるための施設なんてもってのほか、
そんな物を作る位ならと物資が軍に徴集されていました。

外で戦わせるにしても同じ事です。
闘えばポケモンが傷つくでしょう。
しかしポケモンセンターなんてものは無いのです。
傷ついたポケモンは病院か自身で手当しなくてはなりません。
国がまだ貧しいのに、ポケモンに治療物資は回せない、
というのが当時の常識でした。

まぁ、それから戦争が始ってしまいましたな。第二次世界大戦です。
私を含めて兄弟全員、戦争に取られました。
親父も行きました。
帰って来たのは私と先程言った二番目の兄の裕二だけです。
後は皆戦争で死にました。

話が急すぎましたか。
どうもすいません。

そうですね、私が送られたのは高射砲兵でした。
爆撃をしに来た敵の戦闘機を撃ち落とすために下からドンドンと撃つんです。
しかし敵もそういう武器を知ってるので、
撃っても届かない距離まで昇って飛ぶんですね。
だからなかなか当たらなくて、
私の基地に敵がやってきた時は、そりゃあもう大変なものでした。

まず、警報が聞こえるんです。
丁度その日は夜遅くにアメちゃんがやってきました。アメリカの事です。
夜なので遠くからやってくる飛行機が肉眼では見えません。
ただ警報だけが五月蠅く鳴って、
警報が鳴れば持ち場に何があっても全速急行、と仕込まれているので、
寝床から飛び起きて全員持ち場に着きました。
それから警報がピタッとやむと、静かでした。本当に静かでした。
その静かな時間が結構長いんです。
これは夢を見ているのではないか、そう思ってしまう程の長さでした。
でもね、やっぱり夢じゃないんですよ。
聞こえてくるんですね、ごおお、ごおおと、
敵の戦闘機が空からやってくる音ですよ。
こちらも慌ててやたらめったら撃つんじゃないんですよ、
砲兵長殿から、撃ち方始めっ、って、連絡が伝わるまでじっとしてるんです。
敵が射程距離に入ったのか、いよいよ撃ち方始めの声が伝わってきました。
もうあとは大人の運動会みたいなもんです。
かけっこする時は、もうその事しか考えないでしょう。
それと同じように弾込め係は弾込めの事しか考えず、
打ち手は照準を合わせる事しか考えずに淡々と動きました。
だからですかね、最終的に多くの仲間が逃げ遅れました。

私ですか。
私は不真面目だったんですねぇ。
敵の飛行機から落ちてくる爆弾が他の仲間の所に落ちて、
どぉん、がぁん、と音が鳴ると、途端に怖くなりました。
私は弾込めで、チョコチョコと動いていたんですが、
ちょっと余所見をすると連絡通路を沢山の仲間が慌ただしくあっちこっち走る姿が見えました。
誰も彼もが怒鳴り声で会話しまして、
誰かがしくじっても、もうそれを殴りつけるだけの余裕も上官には無かったようです。

私は弾を込めをしていました。ひたすら弾込め、弾込め。
それで次の弾倉を取りに行こうとした瞬間、
偶然近くに落ちた爆弾の衝撃でコロンと転んでしまいました。

私はその時、本当に悪い事をしましたよ。

転んだ事はそんなに大した事では無かったんですが、大げさに転んだんですね。
転がる先も、少しだけ遠くへ転がりました。
そしてじっと暫く蹲ったんですね、こうして。
まるで体の何処かがやられたぁ、そういうふうにしてたんです。

怖かったんです。
どかんどかん、と近くで音が鳴って、
叫び声の一つも聞こえなかったんですが、
それは寧ろ仲間達が声も上げずに即死している証拠だったんですね。
私もその事が判って、砲の近くに戻るのが怖くなったんです。
だって、そうでしょ。敵は攻撃してくる相手を攻撃するでしょ。
高射砲を壊さない筈が、ないんですよ。
だから私は転んだまましばらく立ち上がりませんでした。

でも打ち手は弾が来ないでしょ。
赤川ぁ、弾はどうしたっ、って、その人が私の先輩だったもので、
打ち手の近藤先輩って人の怒鳴り声が聞こえたかと思うと、
次の瞬間には辺り一面真っ赤になりました。
敵の爆弾が私達の高射砲の付近に落ちたんです。

紙一重でした。
あと少し、近くに転がってたら。
あと少し、起き上がるのが早かったら。
私はもうここにいませんでした。

すいません、ポケモンの話でしたね。
え、このまま話し続けても良いと?
そういう訳にはいきませんでしょう、お兄さんもお仕事で来てるでしょうに。

そうですなぁ、
赤紙は最初、親父の所に来ましたな。
次は一番上の兄の幸司、
それから二番目の裕二、
三番目の匠司、
四番目の正司、
最後が私でしたもので、
私は母の段々と暗くなる顔をずっと見続ける事になりました。

親父や兄達を送り出す時は万歳万歳と必ず言いました、母も私も。
それがその時代の常識だったのです。
その頃になると、途端にポケモンたちは見かけなくなりました。
ええ、野生のポケモンですね。
山や茂みにはいると小さいのがころころ居たものですが、
いや、これが本当に不思議なものでね……。

もう、すっ、と姿が見えないんですよ、ポケモンの。

ポケモンは賢いですよ。本当に賢い。
1925年に発見されたらしんですが、
ポケモンは衰弱すると体を小さくして身を隠す習性があるんですって。
戦争が始まった日本各地で、それはもう神隠しに遭ったように野生ポケモンが姿を消しました。
きっと感じ取ったんでしょうね、これから大変な事が起こると。

しかし、まぁ人と暮らしているポケモンはそのままでした。
戦争が始まっても一緒に、同じ家に住んでいました。
だから随分と惨い事が起きましたなぁ。

先程も言いましたが、コイルは嫌われていたポケモンでしたので、
我が家にコイルがいる、というのは秘密にしていました。
うちのコイルにもよく言い聞かせました、
いいかい、人の目につく所には出てはいけないよ、下手をしたら殺されてしまうよって。

しかし世の中は本当にそうでした。
戦争で色んなものが足りなくて、電気にしても例外ではありません。
野生のコイルが電柱に張り付いていて、それを躊躇なく叩き殺した、
なんて話もよく流れていました。

それからいよいよ日本は物が無くなっていきました。
物が無いから、色んな所から兵器の部品になるようなものを調達して、
そうそう、御存知ですか?
今、渋谷にあるハチ公は、二代目なんですよ。
初代のハチ公像は戦時中に軍に徴集されて、溶かされてしまいました。
家の中のナベもカマもタンスの角の金具も全て徴収を受け、
神社の釣り鐘までも軍が取っていきました。金属回収令というやつです。

近所に片岡というお屋敷に住んでいる偉いさんがいたんですが、
そこではエアームドを飼っていました。
まぁ、随分と立派に育ったエアームドで、
あ、エアームドを御存知ですか、あの銀色のカッチカチの鳥の形をした……。
あ、御存知でしたか、これは失礼。

戦時中はエアームドを鎧鳥(よろいどり)と和名で呼んでいました。
今もその名残は残っているでしょう、よろいどりポケモンと言いますからね。

そのエアームドが、金属回収令の為に軍に徴集される事になり、
軍が片岡さんの家に来た時は私も見に行きました。
エアームドというと背丈は普通、大人の男位らしいですが、
そのエアームドは本当に立派な身体つきをしていて、
大人の男の背丈より、あたま三つほどの高さがありました。

いよいよ軍がそのエアームドを持って行こうとした時、
片岡の旦那様がきりっとした顔をしてこう言ったのを今でも覚えています。

「お国の為に、頑張ってこい」

頑張ってこいって、ねぇ――殺されるんですよ。
身体の金属の部分を全部はぎ取られて、殺されるんですよ。
それを頑張って来いといわなきゃならないなんて、
本当にあれは酷い時代でした。
片岡の坊ちゃんに至っては泣いてました。
奥様も悲痛な顔をしていらして……。

でも凄いのがそのエアームドでした。
何度も言いますがポケモンてのは賢い生き物なので、
人間達の雰囲気なんぞ直ぐに勘付くものなんです。

ただならぬ軍の人間の様子や、
今生の別れの末に命が絶たれるであろう事を嘆く片岡家の方々、
もう、連れていかれてしまえば自分が死ぬだろうと判っていたでしょう。
きっと全部判っていたんですよ、あのエアームドは本当に賢い子でした、
「てんろう(天狼)」と名付けられていましてね、本当に立派なエアームドでした。

それがね、本当に潔かった、凄かったんですよ。
軍が用意したのはね、木で出来た檻でした。
このエアームドにかかればすぐにぺしゃんこになるだろうって粗末なもので。
その中にね、自分から入っていったんですよ。
がちゃん、がちゃんと入って、その檻の中心でピシっと座りました。
片岡の旦那様が腕組みして檻の中のエアームドを睨むように見つめ、
檻の中のエアームドも一声も鳴かずにじっと旦那様を見つめて、
武士と武士の別れの際ってのはこういうものかと思いましたね。

そのエアームドは一声も鳴かずにトラックで連れていかれてしまいました。
絵本とかだと、もうトラックが見えなくなった位で大きな鳴き声が一回だけ聞こえたりするでしょ。
でも何も聞こえなかったんです。
ただただ、微動だにせず、そのエアームドは連れていかれました――。

すいません、ちょっとお茶を飲んでも宜しいでしょうか。

失礼します。


―――――――――――――――――――――
※天狼(てんろう):
 シリウスの事。
 おおいぬ座に属する星で、冬の大三角の一角を担う。
 地球から見える恒星では太陽を除いて全天で最も明るい輝きを誇る。


→四話にススム←

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今回はかなり熟考されているように思います、読者です。さがみも、天狼も、琴線に来る名前です。家族だものなぁ…。
大事に名前を付けてあげたいって思いますよ。こんなのだからキャラクターメイキングで1時間かかったりとか、せっかく育てたのに名前決められないからで対戦に出せなかったりするんだぞっ。家族になって、長く共に闘うことになるんだから、活躍させてあげたいし親愛を込めたいんですよ。願掛けや勲章の意味もあって、大体公式の対戦レベル50になったところで名付けをしています。最近の旅の相棒には、リゲル(ケロマツ♀)隆之(アチャモ♂)ボータイ(モクロー♂)きゃとるん(ニャビー♂) あっさり決まったり、かなり悩んだり。おっと、つい語ってしもうた。
この話は、次はどこの弦を弾くのか…待ってます。
19ヶ月前
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>>1
Tyrol様

少々時間がかかってしまいました。次回からはペースをあげれたらと思っています。
名前を付けるってとても重要な事ですよね。だから時間がかかるのも無理の無い事です。
私がやるゲームはやたら名前をつける機会が多いものがあったりして、
その場合は花の名前とかギターの名前とか、そういう種類でまとめる事にしています。
どこかの忍者亀みたいな事になるかもですが、芸術家たちの名前も渋くて好きですね。御一考あれ。
19ヶ月前
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